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さらし文学賞
C ザ・イレイサー

 そこは空き地だった。空き地にはコンクリートの管が三つ、重ねて置かれている。まさにいわゆる小学生の類が、まさしくいわゆる集会的なものをするためにはうってつけな、まごうことなきいわゆる空き地であった。彼の有名な国民的アニメのモデルになっているのは、実はこの場所ではないだろうか、と疑えるほどに、典型的な空き地である。友人間では単に空き地といえばそこだと通じる。
 そこに、変なものがあった。四角い箱であり、それが、不自然におかれていた。いや、不自然だと思えた理由といえば、それが昨日までそこには無かったからであり、今日、突然として現れた『それ』は、さも当然の有り様でそこに鎮座していた。昨日そこに無かったことなど、考えられないほど、自然であった。
 四角い箱。立方体ではなく直方体。もしくは四角柱。底辺と奥行きと高さはすべてバラバラで、長方形と長方形と長方形とを組み合わせて書ける、箱。立体。さながら旧型の家庭向けゲーム機のようでいて、無骨で、無機質な有様をしていた。灰色であることもその無表情さを助長する。
 私はそのとき空き地の入り口に居て、その箱を遠目で見ていたのだけれど、いよいよ好奇心はこの体をその箱まで連れて行った。近づいてみればその箱は案外に大きかった。横幅一メートルはある。高さは膝の下程度。何か、機械のようでもあった。ゲーム機というより、むしろもっと高度なコンピューター。耳を澄ますと微かに、虫の羽ばたくような音が聞こえる気がした。不愉快な。その音源がその箱から出ているのかは分からなかった。しかしその箱の近くに居ると、妙に気分の悪い音がする。やはりその箱から出ているのだろう。確か、モスキート音と言ったはずだ。
 私はその箱の側面に触れてみた。別段熱くもなく、冷たくもない。肌触りはしっくりとしていて、灰色の様子も手伝ってひたすらに地味だった。
 この箱は、何なのだろう?
 ふと、視線を地面のほうに落とすと、先ほどまで気づかなかった紙片が落ちていた。何かが書いてある。
『 最新科学兵器 ザ・イレイサー 取扱説明書 』
 と、小さな文字で書いてある。この箱のことらしい。懇切丁寧に、挿絵まで書かれていた。挿絵は、まさしく『それ』だった。長方形と長方形と長方形で、描かれたイラスト。最新科学兵器。僕はその文字列を凝視した。少し、居た堪れなかった。
 誰かの悪戯かもしれない。そんな風にも思えるし、しかしそんなことをして誰が得をするのだろうか。いや、こんなへんぴな空き地に最新科学兵器云々などがあってたまるか、と思えばやはり誰かの悪戯にも思えてくる。
 『ザ・イレイサー』。しかもカタカナだ。直訳で『その消しゴム』とは言いえて妙で、確かに『それ』の寸借は消しゴムを巨大化させたもののようにも思える。『ザ・イレイサー』。正しくは、『ジ・イレイサー』だな、などと、野暮な注釈が頭の中をよぎった。
 私はその紙の説明を読み進めた。
『この兵器、ザ・イレイサーの使い方はいたって簡単。この機械の上に思考判別装置がありますので、その上に手を乗せてください。そしてあなたが『消したい』と思うものごとの名前を三回心の中で唱えてください。すると、それは姿を消し、今後一切姿を現さないこと請け合いです』
 それが『それ』の取り扱い方らしかった。それは小さな紙面に丁寧に書かれていた。馬鹿丁寧に。馬鹿馬鹿しい。
 しかし、つまりこれは暗殺や抹殺をするための類の道具なのだろう。きっとこれを人間界に落とした死神がそのうち現れるに違いない。
 私はもう立ち去ろうと思った。
 こんな馬鹿馬鹿しいことに付き合ってはいられない。
そう思った。
 □ □ □ □ □ □ □ □ □
そう思った。しかし、そんな私の中の疑念が不意に消えた。
 もし、もしもこの装置が本物であったならばどうしよう。それこそ、独裁者スイッチのように働くのだろうか? この機械を使えば、町にある、ありとあらゆる物が自分だけの物になる。安易な発想ではあるが、仮に不可能で無いならば、この機械が本物ならば、きっと誰かはするのではないか。これを見つけた誰かは。
 この、せいぜい『跳び箱の一番上』程度の体積しかない立体が、世界を変えうる兵器になる。新世界の神を作る大量殺人兵器になりうる。
 私はもう一度、取り扱い説明書を見た。
『消したいと思うものごとの名前を三回唱える』
 たったそれだけで、何かが変わる。何かが終わる。
 さて……。
 私は考える。この道具の存在を、機能を、証明するにはどうしたらいいのだろうか。
(誰かを消してみようか。では誰を? もしくは、何を?)
 ……何を、か。
……ものごと。
 物事、か。と、私は思い至る。これは、人を消すためだけの道具ではない。人以外の物も消せるのだ。そのあたり、独裁者スイッチとも死神のノートとも違う。
 ならば。と、私はその機械、『ザ・イレイサー』の上に手を乗せる。ふと妙な感触が手の平の表面をなでた。思考を読み取っているのだろう。もしもこれが本物ならば。
『ザ・イレイサー』『ザ・イレイサー』『ザ・イレイサー』
 そう。
 私はそれの名を頭の中で三回唱えた。
 もしも、それが本物ならば、『これ』はきっと消えうせる。
 もしも、それが本当に本物の最新科学兵器云々であるならば。
 私はそれから手をどかした。何も起こらない。
 やれやれ。安堵とも安寧ともつかないため息が出た。この機械は、この機械自身を消せないのかもしれない。他のものを試すべきだろうか? しかしとんだ時間を使ってしまった。と、私は携帯電話を開いて時間を確認する。何も試さず、早く家に帰ろう。
 私は公園を出ようと、勇み足で歩き出した。ふと、後ろを見やる。
□ □ □ □ □ □ □ □
 私は公園を出る。私の後ろには、手入れのされていない雑草が一面にあり、その中に土管が三つ重なっている。典型的な空き地があった。
 それ以外は、何も無い。
 はて。
 私はここで、何をしていたのだろうか。思い出せない。携帯電話で時刻を確認する。もうこんな時間か……。今日はもう早く帰ろう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「博士、博士」
「なんだい?」
「ザ・イレイサーはどうなったんですか?」
「消えたよ」
 二人は土管の上に腰掛けていた。彼らの外見は消えている。
「もしかして、大損失なんじゃ……」
「もしかしてもない。大損失だよ……。ああ、こんなことなら機械自体は消せないプログラムにしておけばよかった。はあ」
「そうですね。ああ、残念だ。途中までは本当にうまくいっていたのに……」
 彼らの外見は見えないが、表情はきっと曇っている、はずである。
「途中までは、な。しかしこちらの機械まで消えてしまった。こちらの機械で、彼の中の『疑念』を消せたところまではよかった……。まさかあの人が機械自体を消すなんて……」
「結果、大損失ですね」
「ああ、こんなことなら、私たちの記憶からも消えるようにしておけばよかった。何を失ったかが、分からないようにしておけばよかった。そうすればこんな後悔も、こんな後悔も、こんな後悔も、無かったというのに……」
「博士……、今三回唱えても、後悔は消えませんよ?」

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