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さらし文学賞
インタイ

「師匠、考えなおしてはいただけないのですか」
「うむ。お前も儂の性分は知っておろう? そう簡単に言ったことは曲げぬよ」
「承知しています。しかし、こうしてお頼み申し上げています」
 畳に文字通り額をこすりつけて、私は頼み込むも、師の気配が変わる様子は無い。
「無駄なことぞ。いかに一番弟子のお前とは言え、その程度でわしは揺るがぬ」
 芸を貫き続ける我が師匠は、あと数年も続けていれば、人間国宝にも選ばれたのではないかと言われる、偉大な方だ。だが、その一途さ、頑なさが斯様に働こうとは。
「まだ私は未熟です。せめて私が一人立ちできるまで、延ばしてはいただけませんか」
「ならん。第一、お前はもう十分一人立ち出来る。師に甘えるのをやめることから始めよ」
 畳に額を付けている私には見えないが、尊顔には笑みが湛えられているだろう。しかし、言葉はあくまでも厳しく、圧力すら感じさせる。
「延ばしていただけねば腹を切る、と申してもですか」
 匕首を懐より取り出し、抜き放つ。師は白刃にも怯まない。その向う先が己であったとしても、おそらくは。
「弟子を死なせるようでは、ますますやっておれんよ」
 空気が張り詰めそうな場面で、寧ろ師は豪放磊落に笑い飛ばして見せた。師の一言で私が腹を切ることができないとわかったことを悟られたのだ。
「儂は引退する」
 その言葉は、もはや承服するしかなかった。
「名はお前にくれてやる。一人で修業に明け暮れるなり、弟子をとるなり、好きにするがいい」
「はい、師匠、お元気で」
 もう二度と、会うことは無いだろうと、私は思った。

 次の日、街角には元気にタイヤキを売る元師匠の姿が!
「引退親父の売る『あんこinタイ』はいかがかな! 若い人向けには『カスタードinタイ』もあるよ! さあ、よってらしゃいみてらっしゃい!」
 師匠は引退とinタイを掛けたダジャレを使うためだけに、引退を決意なされた。全力で、お止めしたかった。
「あはは、親父ギャグとか超ウケるし!」
「オジサン、あたしたちカスタード2つね」
「あいよっ! やっぱり若い子はカスタードinタイだね!」
 全力でお止めしたかった……のだが、なぜか流行ってるし、もう何も言うまい……と思ったが、最後に一言。
 元師匠、カスタードもそこまで若者向けじゃないです。

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