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さらし文学賞
the end credit

s-2-a

「しかしね、君。私は引退するつもりなのだよ。」
「はぁ、何をですか?」
 私は深く溜息をつく。目の前にいる私よりも二回りも若い男の質問に。
「役者をだよ。」
「そう、だからですよ。だからこそ、先生にお願いしたいのです。」
男は若い。名前くらいは私も聞いたことのある、新進気鋭の演出家らしい。何でも、斬新で実験的な作品を幾つも手がけ中々の評判らしく、私の数少ない役者仲間の若い連中は彼の作品に随分と熱をあげている様子のようだ。保守的で頑迷な老いた私のような古典的な役者でなく、若い連中にでもこの仕事は頼むべきなのではないのか。
「そう、役者の鑑のような貴方にこそ、この役は相応しいのです。」
 彼は先程と同じように私に熱く語りかける。彼の話し方は暑苦しい。そう、私などは感じてしまう。若い頃だったら、彼の話も、その話しぶりも情熱的で、精力的で、魅力溢れたものに感じていたかもしれない。しかし、老いた私には、彼の話も話しぶりも、どこか空回りした、青臭く、理想主義な絵空事のようにしか思えない。
「そう、役者を引退する役は。」
 再び溜息をつき、私は帽子を机の上に置いた。


s-1-a

 孫が風船を持っている。
「おじいちゃん。」
 私は何故か墓石の前にいる。ここに眠る人は誰なのだろうか?
「おばあちゃんはここにいるの?」
 孫は墓石を指差しながら尋ねてくる。私は小さく頷いた。

s-1-c

 目の前には妻がいる。
彼女はベッドの上に眠っている。隣に座って、彼女を見守ることしかできない。
「あなた……?」
彼女は目を瞑ったまま、小さな声でぽつりと呟いた。掛け布団から出ている彼女の左手を握り締める。
「あぁ、そうだよ。」
「ありがとう、傍にいてくれたのね。」
 彼女は薄っすらと瞼を開き、こちらを見ながらそう言った。
「あぁ、これからはずっと傍にいるよ。」
 彼女は嬉しそうに微笑んでいる。
「役者はもう引退した。これからはずっとお前の傍にいる。」
「ありがとう。」
 彼女の左手の力が強まる。少しだけ目元が潤んでしまう。
「あなたは本当にいい人だったのよ。」
 涙、流さぬように彼女の右手に両手を被せ、強く握り返す。
「本当に。」
 彼女の目をじっと見つめる。頬に少しずつ滴が下りてくる。
「頑固で気難しい人だったけど、本当は優しくて、寂しがりやで。」
 まるで、少女のように頬を染めながら彼女は言う。
「素敵な人よ。」
 今にも消えそうな呟き。私は、ただ彼女の手を必死に握り、泣いてしまう。
「私の良き夫の役もこれで終わりね。」
 寂しそうな呟きが小さく聞こえる。
「あなたの妻、という役をできてよかった。」
 少しずつ彼女の手から力が抜けていく。
「貴方のこと、本当に好きだった……。」
 彼女の息がこと切れる。
 
 目の前には女がいた。何故か、悲しくもなくとも泣いていた。

s-1-b’

目の前には見知らぬ墓石、そして子供。子供は風船を持っている。
「おじいちゃん、なんでおばあちゃんはここにいるの?」
 子供は不思議そうな顔をしている。私にも分からない。赤い風船に目を遣る。青い空によく映える。
「おじいちゃん……?」
「私にもよくわからないよ、坊や。」
 不可解な顔をしている見知らぬ子供。私は帽子を抑え、彼に背を向ける。

 私の後ろを子供が駆け足で負いかけてくる。しかし、大人の歩幅と小さな子供歩幅の差は大きい。
「おじいちゃん、どこいくの。」
 少しだけ泣いているような子供の声。振り向くと、空に風船が舞い上がっていた。


s-4-a

「役を演ずるというのは、どういうことなのですか?」
「そうだね。たとえば、君は今私のインタビューアーなわけだけど。」
 目の前のインタビューアーは真剣な顔つきで私を見ながら、手元のメモ帳に私の口から発せられる一言一句を書き記そうと身構える。
「まぁ、そう身構えなくても結構。」
 威厳を保ちつつも、相手の緊張をほぐように笑みを浮かべる。彼は私の笑みに対して緊張しながら作り笑いをしながら答える。
「とりあえず、そうですね。私は先生にインタビューをさせてもらっている身ですね、今は。」
「そうだね、では何故君はそんなに緊張しているのかね。」
 私の質問に彼は戸惑った。
「えっと、ですね。まぁ、先生には今までこういったインタビューなどに答えていただける機会も少なかったわけですし。えぇ、我が社のほうでは初めてになるわけで……。」
 彼はしどろもどろになりながら、そう答える。
「しかも、先生のようなご立派な経歴の持ち主の方に、私のような若輩のヤカラが、その……。」
「なるほど。」
 笑顔は絶やさずに、彼のしどろもどろさに対しては苛立たず、実の孫を見るかのように優しく。
「だが、君だっていつもそんな風なわけではないだろう。」
 彼は「えぇ、まぁ……。」といいながら、顔をメモのほうへと向ける。
「大丈夫だよ、別に怒っているわけじゃない。」
「はぁ……。」
 彼は少しだけ安堵したようにこちらのほうを向く。
「君だって、気の置けない友人と一緒にいるときなら、もっと饒舌だろうし、愛する人に対して、臭い言葉を吐くときに、そんなに噛んだりはしないだろう。」
 ゆっくりと丁寧に、具体例を出しながら、彼に言い聞かせるように話す。
「まぁ、そうですね……。」
「つまり、それが役を演じるということなのだよ。」
 にっこりと笑いながら、彼の方をみる。


s-3-a

「すいませんが、お名前とご住所をお聞きさえていただけますか?」
「はぁ……、えっと……。」
 私は言葉に詰まった。仕方がなく、目の前の人に言葉を続けず、帽子を被り外に出た。


s-4-b

「最後に、今度演じられるとされている、引退する役者、という役はどのように演じられるつもりですか?」
 少しは緊張もほぐれてきたのだろうか、インタビューアーの彼はメモに書いてある最後の質問を尋ねた。
「まぁ、難しいとは思うがね。そうだね、さっき言ったように役を演ずる、ということは他者との関係性から来るものなのだからね。もし、役のない役者というのがいたら……。」
 彼がじっと私の目を見ている。
「そう、役がなければ、そこには私自身しかいないということになるな。」
「なるほど、先生自身が……。」
「そうだね。」
 彼は合点がいったような、煙に巻かれたような顔をしながらメモ帳に私の言葉を書き取った。
「とりあえず、今日の質問は以上です。ありがとうございました。」
 彼は長時間に渡る仕事を終えたことに安堵を覚えたのか、小さく息を吐きながら、感謝の言葉を述べた。
「これで、終わりかね?」
「はい、ありがとうございました。」

 私は帽子を被り、男の前から去っていった。


s-3-b

 風が吹いた。頭の上に乗せている帽子を慌てて抑える。
「お疲れさまです。」
 男がいう。
「これで終わりです。」
 何を言えばいいのだろうか。男はこちらのほうをにこやかに見ている。私は表情無く、立っている。何をすればいいのだろうか。次は何を言えばいいのだろうか。

" The life is like a fairy tale"、いや。
" To be, or not to be, that is the question"、いやこれも相応しくない。
違う、" If a wound goes really deep,the healing of it can hurt almost as bad as what cause it ?"。
"It looks like I'll spend the rest of my life dead."、そうじゃない。
あぁ、"I don't know how to kiss or I would kiss you. Where do the noses go?"
こんなことをいうんじゃない。"Life is a beautiful magnificent thing even a gerryfush."、何も喉の奥から出てこようとはしない。    
"The world is yours."何も出てこない。

ただ、台詞だけが零れ落ちていく。

徐々に暗くなっていく。舞台には、もう何も残っていない。後ろには大道具はなく、手元には小道具もない。天井にはスポットライトは吊るされておらず、足元にはバミリもない。どこにいるべきか、なにをすべきか、なにをいうべきか。

s-3-c

 Black out。ただ、帽子だけが残った。

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