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さらし文学賞
パノラマカーよ、永久なれ

 名鉄名古屋駅のホームに、ミュージックホーンが鳴り響いた。アナウンスでは、吉良吉田行きの特急が到着することを告げている。やがて、ホームに入ってきた車体を見て、児玉和夫は、もの寂しい気分になるのだった。あの真っ赤なパノラマカーは、もう走ることはないのか。

 二〇〇八年十二月二六日。この日は、和夫にとって、忘れられない日となった。和夫だけではない。彼が属していた鉄道研究部にとっても、忘れられない日であったろう。

 和夫が通う高校の鉄道研究部は、以前から活動停止の危機に追い込まれていた。別に、警察のお世話になるような、社会的問題を起こしたわけではない。ただ単に、属する部員の数が少なすぎたのだ。
 鉄道研究部は、和夫が通う学校が設立されたときから存在していた部活だった。当初は、今とは違って、なかなかの人数がいたらしい。しかし、どういうわけか、年を重ねるごとに、入部希望者は減る一方であり、和夫が部長を務める代に至っては、総勢三人という、シャレにならないほど小規模な団体となってしまった。
 その部員というのは、部長である児玉和夫と、副部長の、相沢輝、紅一点の藤本希美である。

 話は、二〇〇八年の十月に遡る。学園祭も無事終了し、次の活動に向けてのミーティングのときに、和夫が、意気消沈した様子で語り始めた。
「みんな、大事な話があるんだ。よく、聞いてくれ」
「なんだよ、和夫。学園祭でなんか問題でも起きたのか」
 輝が訝しがった。ちなみに、学園祭では、名鉄の各駅から写した七〇〇〇系の写真を展示し、ごく一部の客層に対し好評であった。問題といって、真っ先に食中毒を思いついた輝だったが、そもそも食品を扱っていないので、そんなことが起きるはずはない。
「実は、この鉄道研究部が、正式に廃部になることが決まったんだ」
 和夫の宣告に、部員一同は凍りついた。いつかは、その事態が起きるだろうと、予測はしていた。だが、そのいつが急に決定してしまうとは。
「ねえ、なにかの間違いじゃないの」
 言いよる希美に、和夫はただ首を振るしかなかった。
「顧問の増田先生から連絡があったんだ。高校の予算上、ここまで小規模の部活にこれ以上、維持費を出すわけにはいかない。だから、来年度の新入部員の募集が停止になったんだ」
「ちょっと待てよ。今、俺達の学年は……」
 なんという神のいたずらか、和夫たちは高校二年。学校の規則で、高三の夏休みまでには、部活を引退しなくてはならない。追い打ちをかけるように、今年度の新入部員はゼロ。つまり、来年度には、自動的に鉄道研究部は消滅するというわけだ。
 心づもりはしてきたはずなのに、なぜだか胸に空虚ができてしまう三人。今だったら、廃校になる学校に通う生徒の気持ちが、痛いほど理解できるだろう。
「そこでだ」
 重々しい雰囲気を打ち破るかのように、わざとおどけた声で和夫はこう提案した。
「いっそのこと、廃部を迎える前にみんなで一斉に退部し、この部活にピリオドを打ちたいと思う」
「いや待て。いくら廃部が決まったからって、焦って退部することはないだろ」
 あまりに突拍子もない発言に、輝は机を手でたたき抗議した。
「でも、その案、悪くはないわね。それに、和夫だってなんの考えもなしにそんなこと言うわけないもの」
 輝とは対照的に落ち着いた態度で、希美は目くばせした。和夫はそれに答えるかのようにウインクすると、
「その通りだ。実は、この鉄道研究部の最後にふさわしい、とっておきのイベントを考えているんだ」
 そう言って、和夫はかばんから、インターネットのニュース記事のコピーを取り出した。
 そこには、七〇〇〇系パノラマカーが、二六日をもって運転を停止することが書かれていた。七〇〇〇系といえば、学園祭で題材にしたので、三人の記憶には新しい。
「ああ、この列車なくなるんだよな」
「パノラマデラックスやミュースカイもいいけど、やっぱ元祖のこれがいいわよね」
「そうそう、特に先頭車両から見える景色といったら……」
 いつもの、電車トークに入りそうだったので、和夫は大きく咳ばらいした。
「で、退部の話ね」
「パノラマカーと退部がどう関係あるんだよ」
 じれったそうに顔を覗き込む二人を、片手で制し、和夫はようやく計画の全貌を明らかにした。
「まず、具体的な退部の日だが、これは二十六日にしようと思う。その日は、学校で補修授業があるから、みんな登校するはずだ」
 和夫たちの学校は、進学校の部類に属していたので、冬休みに入ろうとも、最初の数日は補修などというものがある。
「その日に、みんな揃って退部届を提出。その後、パノラマカーのラストランに乗りに行く」
「ちょっと待て。ラストランってとんでもない人数が押し寄せるはずだぞ」
「そうよ、学校が終わって名古屋駅に行くとしても、午後一時ぐらいにしか着けないわ。とてもじゃないけど、乗るなんて」
「まあ、乗るってのはあくまで理想だ。でも、あのパノラマカーの最後の雄姿を、この目に焼きつけ引退するってのも、華があるじゃないか」
 舞台俳優になったかのように熱弁する和夫。なんだかんだ言っても、和夫は鉄道研究部部長だなと、いろいろな意味で輝と希美は確信した。

 鉄道研究部ピリオド計画(和夫が勝手に命名)が発表されてから約二か月後の、十二月二十六日。この日の補修授業は全く身が入らなかった部員一同。和夫に至っては、数学の答えで、「七〇〇〇」という、明かに的外れの答えを口走ってしまった。おまけに、担当が増田先生で、
「児玉、お前今日がパノラマカーの引退だからって、七〇〇〇系を気にしすぎだぞ」
 というつっこみをくらわせ、和夫は、生徒のお笑いのネタとされる始末だった。
 放課後に、二人にその話をしたら、「馬鹿か、お前は」と、輝には爆笑され、希美は苦笑いをしたままひいていた。
「それはともかく、いよいよ鉄道研究部ピリオド計画のスタートだ」
 和夫が静かに宣言すると、三人は、やけに真剣な面持ちになり、目を合わせあった。そして、意を決し、職員室の増田先生のもとを訪ねたのである。
 この日になって、ようやく計画を知り、増田先生は驚きを隠せなかった。最初は、退部届を拒否したのだが、和夫たちの熱意に折れ、ようやく、書類を受理した。
「しかし、お前たち、もっと早く言ってくれれば、先生だってラストランに付き合ったのにな」
「まあ、先生をびっくりさせたかったというか」
「なにしろ、全員退部するなんて、何かの機会がないと言えたもんじゃありませんし」
 なんとか、計画の第一段階が成功し、ふてぶてしくなる部員を目に、増田先生は肩をすくめるのだった。
「まあ、お前たちの気持ちはよく分かった。その計画が終わったら、今度は勉強に集中するんだぞ。特に児玉」
 指をさされ、和夫は顔を崩し、後ろ髪を掻いた。輝が「しっかりしろよ」と言いたげに、ひじで和夫の背を小突いた。
 和夫たちを見送り、増田先生は、残念そうに仕事に取り掛かった。
「増田先生、残念でしたね」
「臨時で休みをとってもよかったんですが、さすがに、年末のこの時期に、教頭に直談判するわけにはいかなかったのでね。ああ、パノラマカー、最後に見たかったな。携帯の着メロだって、あれなんですよ」
 増田先生の携帯から流れるミュージックホーンを聞きながら、隣の席の先生は、やはり、増田先生は鉄道研究部の顧問だと、心の底から思った。

 計画実行のため、三人はいそいで、名古屋駅へと駆けて行った。電車通学をしている三人には、今朝の名古屋駅の異常な状況は、身にしみて分かっていた。電車待ちの人の列で、ホームへの階段が埋まるなんて、人生初の経験である。
 名古屋駅の改札前に着き、三人は思わず固まった。今朝よりは、ましになっているものの、通勤ラッシュ涙目の人の波ができていたのである。駅の係員は、声を張り上げ、総員で、列の整理に追われていた。
「これは、乗るの無理じゃないか」
「でも、ここまで来たんだ。せめて、一目見て帰ろう」
 幸い、三人には、通学用の定期というものがあるので、切符を買う必要はなかった。記念に乗るだけなので、名古屋の次に停車するであろう、金山まで往復することに決めた。
 お望みのパノラマカーが到着するまでの間、和夫の胸中は、様々な思いでいっぱいだった。入部したときも、先輩は五人しかおらず、途中で廃部になることを承知のうえで決断したのだった。部員こそ少ないものの、この二年間に仲間と乗った名鉄電車の車窓の景色や、そこで交わした会話が、走馬燈のように駆け巡った。そのうちに、なんだかあついものがこみあげてきて、それを押さえるのに精いっぱいだった。ここが、学校の部室とかなら、気がねなく涙を流せたかもしれない。しかし、こんな公共の場で、事情を知らない人たちの前で、それをするわけにはいかず、和夫はただただ耐えていた。輝と希美も同様らしく、押し黙っていた。他の電車オタクと思われる人の、電車うんちくなどが飛び交うなか、三人の間には、なにやら重々しい雰囲気がただようのだった。
 この時に名古屋駅に集まったのは、なにもパノラマカー目当ての人だけではないわけで、先を急ぐ人は、普通の五七〇〇系などに乗車していた。その分、列が動くので、いつしかホームを見渡せる位置まで来ていた。
「いよいよだな」
 和夫が目くばせをすると、三人はこくりと頷いた。
 そして、運命の時がやってきた。
「パノラマカーは、先ほど、栄生の駅を出発しました。快速急行、東岡崎行きは、まもなく到着いたします」
 構内に響くアナウンス。それを境に、人の波が暴れだした。「押さないでください」という、駅員の懸命の声。鉄道ファンたちの歓声。幾多の雑音が飛び交う中、和夫たちは聞いた。


 チャーラーラー、チャーラーラー、チャラララー。


 聞きなれていたはずの、ミュージックホーン。それが、ここまで心に染みるのはなぜだろうか。そして、地下トンネルの奥より、真紅に燃ゆる雄姿が颯爽と顕現した。
 人の波は、伝説のビッグウェーブと化した。開いたドアからは、しばらく客足が途絶えなかった。乗り降りする人の列で、ホームは、かつてないほどの混雑ぶりを見せた。
 なぜだか知らないが、和夫たちの足は動かなかった。途中までは、乗車の列にのまれていたが、いつの間にか、下車する列にのまれたらしい。目の前に、あの車両があるのに、遠ざかっていく。なんとか、列を抜け出し、再度、乗車の列に舞い戻る。しかし、その時には、車内はすし詰め状態だった。
 発車を告げる笛が吹き鳴らされた。ドアが閉まる。
「ありがとよ、パノラマカー」
 知らずに、和夫はそうつぶやき、そして、携帯のカメラを開いた。去りゆく雄姿は、和夫の携帯の中に、ばっちりと記録された。
 なんとか、ホームから抜け出した三人は、思わず息をついた。
「やっぱり、乗るのは難しかったわね」
「でも、次のやつがあるじゃないか」
「いや、乗るのは、記念運行の時にしよう。今は、こいつで十分だよ」
 和夫は、携帯を開いて見せた。そこには、先ほどのパノラマカーのフロント部分が、鮮明に映し出されていた。とっさに撮ったにしては、プロ顔負けの写り具合だった。
「大した野郎だぜ、あの状況で、こんな写真を撮るなんて」
「ねえ、それ私たちにも送ってよ。記念になるじゃん」
 和夫の携帯のメールの送信完了音が鳴り、この計画の成功を告げた。

 冬休みが終わり、鉄道研究部が正式に廃部になったころ。和夫は、名古屋駅で、電車を待っていた。ホームに進入した、吉良吉田行きの特急を横眼に、携帯の待ち受けを見るのだった。そこには、今もあの日の雄姿が光り輝いていた。

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