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さらし文学賞
天岩戸を開く者

 空腹を感じて、私は浅い眠りから覚める。あのドアから外に出なくなってどれくらいの時間が経っただろう。
 周りが心配しているのはわかっているのに、私はあのドアを開けずにいる。外には見たくないものが多いから。
 さながらここは天岩戸。となれば私はアマテラス。太陽になったつもりはないのだが。
「有美、ご飯はここに置いておくから」
 遠慮がちな母の声が、ドアの向こうから聞こえた。母は私に食事を持ってきてくれている。父は昨日は帰ってこなかったようだが、帰ってきたら何と言うのだろう?
 いや、言う前にアメノタヂカラオのようにドアを無理に開けるのだろうか。
 せめて、アメノウズメが舞うまでは待ってほしいものだけれど。
「ユミ、ユミ。デテオイデヨ!」
 ふと高音に呼ばれ、私はびくりと自分が震えたのを感じた。
「有美、開けてくれないか」
 続けて低めの声が聞こえて、私は歯がまともに合わせられないほどに動揺する。
 スサノオノミコトが、一番会いたくない相手が来ている!
「い、や」
 からからの喉から声を振り絞る。
「お母さんも心配している。せめてご飯を食べないか」
「いい、か、ら、帰って!」
 なんとか言いきって、逃げるようにドアから離れる。
 ドアの向こうからは「そうか」と言う声が聞こえて、足音がドアから離れていく。
 ああ、去ったのだわと安心した刹那、強烈な踏み込みの音とともに、ドアが無理やり破られた。
「すまない、壊した」
 頼りない天岩戸は、スサノオノミコトが振るうアメノムラクモによって破壊されてしまったのだ。
「ベンショー、ベンショー」
「わかっている。黙れ」
 壊れた木刀を壁に立てかけ、肩に止まるインコを忍は諌めた。
「有美、元気か?」
 は、こいつは、なにを、言っているのか。一日以上食事せず、眠りも足らず、元気なわけがない。
「帰って、忍」
「そうもいかない。お母さんにも頼まれたし、第一私は有美に学校に来て欲しい。有美が来てくれると約束してくれたら、帰ってもいい」
 それまでは梃子でも動かない、という気配が立ち姿から察せられた。
「どうしても行きたくないの。だって、私は」
「昨日自殺未遂した生徒のいじめに関わりそうだった」
 私の言葉は途中から忍が言っていた。
「あんな衝撃的なことがあって、いきなり学校を休む人間が出れば、関係があると私でもさすがにわかるよ。気になったから、周りに聞いて調べた」
 昨日、とある生徒が自殺した。原因ははっきりしていないが、私は自殺ではないかと思っている。彼女が苛められていたのは一部の生徒には知られていて、私もそのグループに引き込まれそうだったが、なんとか逃げた。逃げた、だけだ。
「気休めだろうけど、責任を感じることじゃない。有美一人じゃ止められなかったし、有美は参加してないだろう? 大体、彼女の動機がいじめが原因かさえ、まだわかってはいないんだ」
 確かに忍の言うことは正論だ。けど、私が逃げるのはそれからだけではないことに、忍は気づいていないだろう。
「私は、有美に学校に来ていてほしい。趣味が読書で、それがきっかけで図書委員にもなって、喩え話がわかりにくくて、そうやって私の人生に潤いを与えてほしい」
 ぎり、と歯が鳴ったのがわかる。
「私は、」
 睨みつける。
「私はそれに耐えられないのよ!」
 強く、自分に出来る限界であろうほど強く、床に手を叩きつける。
「貴方は私に『わかりにくい喩え』を使うというプレッシャーを与える! 憧れの貴方がいうそれに私が答えられなければ、あの人たちは今度は私を要らないモノとして見る! 私は言葉に異様に気をつけねばならない! 自分を取り囲む状況を日本神話に喩える陳腐なことくらいしか、私にはできないのに!」
 それで足りなかったのなら、私はヒルコのように、要らないものとして見られてしまうのではないだろうか。それは、とても怖くて、私の腕は、脚は、体は震えるのだ。
「ねえ、貴方に私の気持ちがわかる? スサノオの行いはアマテラスを天岩戸に閉じ込めるのよ!」
 アマテラスも私も、現実逃避でしかないのだろう。それを、原因であるスサノオノミコトがすべて悪いことにする。
 忍は数瞬ののち、肩のインコを下ろし、壊れた木刀を両手で支えるように持つと、振りおろした。自分の頭を、木刀へ。
「何を」
「……すまない、どうやったら謝れるかすら、私にはわからなかった。だから、こうやって頭に上った血を追い出して、私の思うことを言いたいと思った」
 忍は額から血を流しながら、木刀を捨てて私に歩み寄る。
「まずは、ごめん。有美にプレッシャーをかけたかったわけじゃなかったんだ。私は有美をただ褒めているつもりだった」
 私だって、貴方にそんなことをしてほしかったわけじゃない、という声が出ない。なんて私は情けないのだろう。これじゃあ、要らないと思われて当然だ。
「要らないモノになんて、有美はならない。なぜなら、私はいつも有美を求めるから」
 震える私の肩に、忍が触れる。まるで私の心が分かっていたような言葉に少しだけ嬉しいと思う反面、暗さが私を襲う。
「けど、きっと私は苛められる。貴方が周りに色々聞いたのなら尚更、私は陰ながら何かされる」
 力強く、忍は首を振る。
「苛められることもない。私の剣を有美に捧げるから。四六時中、永劫に有美を守るから」
 知らず流れていた私の涙を、忍が拭い去る。喜びたいのに、私は受け入れられない。
「そんな資格無い。私は、貴方の望むように生きられない。わかりにくい喩えなんて常に出すことはできない」
 今だって、何を言えばいいのか探り探りだというのに。それが私を奈落へと落とそうというのに。
「それも大丈夫。これは有美には隠していたことなんだけれども」
 うずくまる私に相対するように姿勢を落とし、恥ずかしそうに忍は言う。
「私はとても頭が悪いんだ。時々話すのをこいつに頼るほどに。だから、有美が日本神話で喩えるなんて高度なことをしてくれれば、それは私にとって『わかりにくい喩え』なんだよ」
 「アタマワルイ、アタマワルイ」といつの間にか忍の肩に乗り直していたインコが喋り、軽く小突かれた。その様子がおかしくて、少し笑ってしまう。
「そんなこと、知っていたわよ、おばかさん」
 忍は顔を赤くして反らした。その顔を、可愛いと思ってしまう。
「じゃ、じゃあ、これは知っていたか、私は、お前のことを」
 言い終わる前に、ぎゅっと抱きしめてしまっていた。
「それも知っていたわ」
「そうか、有美には敵わないな」
 顔を合わせていないから、どちらがどれだけ顔を赤くしているかはわからない。
「いいえ、私こそ貴方には敵わないわ。だって、貴方はスサノオノミコトだもの」
「……やっぱりわかりにくい」
 首をかしげて、けれど笑った気配。つられて笑う私。もう、この部屋に居続けたいと思えなかった。
 ああ、やはり。天岩戸は喜と楽によって真に開かれるのだ。

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