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さらし文学賞
ビタースイートに溶かされて

 気がついてみれば、空はすっかり夕焼けに染まっていた。冬の訪れからしばらくの時が経った今日日において、それは一日の終わりが近いことを意味していた。
「もうこんな時間か、急がないと」
 練習に熱中していたため、すっかり時間を忘れてしまっていた。自主練をしていたとは言っても、おそらく彼女は許してはくれないだろう。着替えを済ませ、道場に鍵をかけると校舎へ向かう。鍵を返してから足早に図書室へ赴く。図書室の扉の前には文庫本を手にした女子中学生が一人、扉に寄りかかるようにして立っていた。
「今日は早かったんだな、有美」
 声をかけるも返事は無い。数秒後、有美はいかにもわざとらしい口調で一言
「そういう忍先輩は随分と遅くまで頑張っていらしたんですね」
と返した。
「今日は顧問の先生がお休みで部活も休みだから早く帰れるとおっしゃっていたように思うのですが、いったいどこで何をなさっていらしたのでしょうね」
「遅れたことは誤るよ、ごめん。でも練習試合が近いから、それまでに腕がなまらないように練習しとかなきゃって思って……」
 有美がこちらを見る。その顔は不自然なくらいにまで作られた笑顔だった。これまでの自分の経験上、彼女は本当に不機嫌なときはいかにもわざとらしい笑顔を浮かべる。つまり、彼女がこうした表情を作るときは大体、嵐の前兆であるわけで……。
「これでもう三冊目なんですけど」
 そう言って、持っている文庫本をひらひらと俺に見せつける。有美は速読家だ。物にもよるが、あの程度のサイズの本なら一冊読むのに一時間程しか掛からないだろう。今日は図書委員の仕事があると聞いていたので少しは時間があると思ったのだが、それ以上に長いこと練習をしていたということになる。
「だからごめんって。今度なんでも言うこと聞くからさ……」
 両手を合わせ、今にも土下座でもせんばかりの勢いで平謝りをする。そもそも約束を破ったのは俺の方だったのだ。それにこういうときは早めに自分の非を認めておいた方が良い。いつものパターンならおそらくこの後の展開は想定内だ。
「チョコパフェ三回分、それで手を打ってあげる」
 明らかにさっきまでとは違い、不機嫌そうな顔でこちらを見ている。有美との待ち合わせは今日に始まったことではないが、俺が遅刻するたびにこうやってお菓子を請求される。この前は五分遅れただけでプリン五個を要求された。有美曰く「眼には眼を刃には刃を、謝罪にはお菓子を」らしい。言葉の誤用のような気がするのだが、生憎の所、それを言及できる立場ではない。
「大体いつもいつも人を待たせているって言う自覚が無いからこんなことになるの。分かってる?」
「以後善処します」
「善処?」
 今日はいつに無くしつこい。
「分かった。もう次からは絶対に待たせたりしない。神に誓って絶対に」
「絶対ってこの前も言ってたよね……。まあ、いいや」
 若干呆れ顔になったが、身支度を整え終わる頃には怒気は消え、いつもの彼女に戻っていた。こういう気持ちの切替が早いところは彼女の長所である。
「もうこんなに暗くなっちゃったし、早く帰らなきゃ。お母さんもジョンもきっと寂しがってるよ」
 そう言うと彼女は今度こそ本物の笑顔を作りながら俺を促した。
 あらかじめ言っておくが、ジョンとは最近家で飼い始めた犬の名前。そして今俺の隣にいる少女、有美は俺の彼女というわけではなく、俺の『妹』である。

 漆黒の空の下、俺たちは身を切るような寒さに体を震わせ、吐息を白に変えながらお互いが体験した今日の出来事について話し合う。こうした二人揃っての帰宅がここ数年続いている。暗い夜道を女の子一人で帰らせるわけにはいかない、という至極真っ当な理由ではあるのだが、兄としては若干複雑に感じている。確かに不審者が出た場合、男が傍にいたほうが世間的にも安心だとは思うのだが、俺とばかり一緒では女友達と一緒に帰ることは出来ない。もっとも、有美に彼氏ができれば俺がいる必要もなくなるのだろうが、それはそれでどこか寂しさを感じてしまう。
 一方、有美はといえば気楽なものだ。以前この状況をどう思っているのかそれとなく聞いてみたが、その返事といえば、
「そんな事言ったって友達とは学校で一緒なんだから一緒に帰らなかったからってどうなるってものでも無いって。それにお兄ちゃんと帰るのが一番安全だし」
といったものだった。兄として妹に頼りにされるのは悪い気がしない。自慢ではないが俺は剣道の有段者だ。それに剣道ほどではないが、他にも柔道や合気道など思いつく限りの武道のたしなみはある。幸いにも今まで不審者に遭ったことは無いが、実際に遭遇しても対処にはそう困らないだろう。しかし、いつまでも兄妹でベッタリというのはいかがなものかとも思ってしまう。
とはいえ、俺から言って始めたことでもあるし、有美も嬉しそうにしているので止めるに止められなくなっているのだが。
「そういえば明日ってバレンタインデーだよね」
 有美が不意にそんなことを口にした。
「そっか、そう言えばそうだったな」
 口ではわざとそう言っているものの、覚えていないわけが無い。むしろ忘れたままでいろと言うのが無理な相談なのだ、あの状況では。脳裏に数時間前の教室での様子が思い出される。

 二月十三日。偉人が生まれたり死んだりもしたわけでもないごくありふれた一日。おそらく世界的に見てもたいして盛り上がるための要素を持たない一日ではあるのだが、なぜかうちのクラスは盛り上がっていた。いや、ひょっとすると俺が世間一般を知らないだけなのかも知れないのだが……。
 授業が無い時間はほとんど明日のバレンタインの話題で持ちきりだった。女子は誰にチョコをあげるか、どういったものを作るかといった話題で色めき立ち、男子も誰からチョコをもらいたいかを話し合い、挙句の果てには貰ってもいないうちから皮算用を始めていた。そんな中で、俺はといえば専ら静観を決め込もうとして……残念ながらそういうわけにはいかないらしい。
「よう、忍。どうだ、今年は記録の更新狙えそうか」
 悪友の一人が声をかけてくる。聞こえないふり聞こえないふり……。しまった、回り込まれたか。
「なあ、どうなんだよ。いけそうか?ってゆうかいけるだろ、お前。今年は後輩もいるしよぅ。うらやましいぞ、この色男が」
 確か去年もこんなやり取りをした気がする。あのときは確かどちらの方がより多くチョコをもらえるかを勝負した挙句、こいつがあえなく完敗していたように記憶している。
「そんなに欲しいなら、いっそ自分で買ったらいいんじゃないか」
「馬鹿を言うな、それじゃあ意味が無いだろう。大体お前はいい気なもんだな。知ってるぞ、お前去年机の引き出しとか下駄箱とかすごいことになってただろう。このオレの目をごまかせると思うなよ」
 こいつの言うことはあながち間違いではない。相当な脚色が加えられているが、何個か貰ったことは事実である。当然のごとく義理であったのだが。
「いや、でもあれ全部知り合いからだったし、そういうのとはちょっと違うような気がするんだが……」
「何を言うか。たとえそれが義理だとしても、貰えたという事実に揺ぎは無いのだ。それにな」
 一呼吸おいて
「それすらもらえない奴だっているんだぞ」
「……ご愁傷様」
「ああ、何たる敗北感」
 我が悪友はわずかに天を仰いだ後、再び話を続けた。悪友のどうでもいい話は休み時間中続いた。無駄に長い話の要点だけをかいつまんでみると、
「チョコが欲しいです。少しばかりお恵みください」
とのこと。面倒だったので了解すると小躍りして帰っていった。明日は家の戸棚に合ったチロルチョコでも包んであいつにくれてやろう。
 俺は周りに話を合わせていたものの、正直なところこの行事自体にそこまで特別な思い入れは無い。もちろん、貰えるのであればそれに越したことは無い。でもそれは数の問題ではない気がする。むしろ、そこにどれだけの想いが懸けられているかの方が重要ではないだろうか。いずれにせよ今日はバレンタインデーではないのだ。今日からそんなことに気にしても仕方がない。浮かれているクラスメイト達を尻目に、俺は今度の練習試合の事を考えていた。今度の相手はうちのライバル校だった。団体戦で初めての大将を任された俺は試合運びについての脳内シミュレーションを続けていた。そちらの方が俺にとっては重要だったのだ。だというのに……。

「ここに来てまたその話か」
 俺が嘆息交じりに呟くと、有美が話を続ける。
「だって大きなイベントじゃない。ただでさえ今の時期って他に楽しいイベントがあるわけでもないし、上級生は受験の時期でしょ。どうしたって雰囲気暗くなるよ。お兄ちゃん知ってる?ウサギさんって寂しくなると死んじゃうんだって。だからね、だからこそ必要なんだよ。一種の必要悪って奴。お兄ちゃんだって興味くらいあるでしょ」
「そりゃあまあ、無いわけではないけど……」
 いい加減そういった話題は勘弁願いたいのが本音なわけで。
「それにさ、今日聞いたんだけどお兄ちゃんって意外と人気あるみたいじゃん。何か去年もいっぱい貰ってたんだって。先輩から聞いたよ。それに私の周りでもお兄ちゃんにあげようかなって人いたし。妹としては少し鼻が高いよ。もう、天狗にでも勝負挑めそうなくらい」
「そういうもんかな」
「そうだよ。それだけ皆から好かれてるって事でしょ。自分の好きな人が周りから良く思われてるのを嫌だって思う人、ほとんどいないと思うよ」
 そう言ってこちらに笑いかける。こうした顔を見るにつけ、やっぱり妹には笑顔が似合うと思ってしまうのはやはり、「兄バカ」というやつなのだろうか。それから有美は目線をそらせて呟いた。
「でも妬けちゃうなあ。私だけのお兄ちゃんだったのがいつかは誰か別の人のものになっちゃうんだよね」
「だからって流石に今のままじゃいられないよ。この間だって有美のこと彼女だって勘違いされたしさ。それにやっぱり……」
 有美の為にも別々に帰る方が良いのかもしれない。
「そっか。そうだよね。お兄ちゃんだってもう高校生なんだし、いつまでも私と一緒じゃ嫌だよね。ごめんね、我侭言って」
 そう言うと有美は少し寂しそうに笑った。お互いに考えることは同じなのだろう。相手のことを思えば、過度に接することは避けておきたい。ただ、今まで共有してきた楽しい時間があまりに多い分、少しでも離れてしまうことに不安を感じずにはいられないのだ。そうして互いに一歩を踏み出せぬまま今日にまで至っている。


 本当の事を言えば有美は俺の妹ではない。有美はまだ物心がつかないうちに家にもらわれてきた。だから俺にとっては義理の妹ということになる。事の発端は十年前の事件にある。
 もともと有美の家は父子家庭だった。母親は有美を生んでから間も無くして亡くなったらしい。そこで学生時代から有美の家のおじさんと親交が深かった俺の両親は、おじさんによく、俺の家に来るように勧めたらしい。そのせいもあって、おじさんはよく有美を連れて家に来ていた。決して楽な生活をしていたわけではないのだが、どんなに辛くても明るく振舞える、そんな素敵な人だった。おじさんは朝の間に有美を俺の家に預け、夕方仕事から帰るときにまた俺の家に寄り、夕飯を一緒に食べてから有美と一緒に帰るという生活を繰り返していた。おじさんは俺のことを本当の息子のように構ってくれた。俺もそんなおじさんのことが大好きだった。また、当時の俺にとって有美はいきなりできた妹のような存在だった。今まで一人っ子だった身にとって、自分よりも年の小さい子が家にいるというのは不思議な気分だった。最初は恐る恐る近づいていたが、次第に一緒に遊べるくらいまでの仲になった。加えて幸いだったのは、有美が俺によく懐いてくれていたことだ。おかげで手を焼かされることもあまり無かった。
 俺が小学校に上がり、有美が保育園に行くようになってからも、特に予定が無いときは二人で遊ぶことが多かった。そうした状況を知ってか、おじさんはよく俺に有美の面倒を任せた。
「忍君に任せておけば安心だな。有美のことよろしく頼むぞ」
 おじさんにそう言われるのが無性に嬉しかった。
 その日は珍しくおじさんが俺を映画に連れて行ってくれた。その日有美は風邪をひいてしまい外出できなかった。本人は不満そうだったが、俺の両親に止められてしまい、しぶしぶ家に残っていた。有美には悪いと思いながらも、おじさんと一緒に外出できると思うと嬉しかった。
 映画館でお目当ての映画を見終えた後の事。映画の余韻に浸りながら帰途につこうと駅の方へ向かったときに、悲劇は起きた。俺達が横断歩道を渡ろうとすると青信号が点滅していた。急いで歩道を渡ろうとして、俺はおじさんの静止も聞かずに駆け出した。ちょうど歩道の真ん中に差し掛かったとき、一台の乗用車が猛スピードで歩道に突っ込んできた。
 次の瞬間、俺は訳も分からぬままに歩道の反対側に投げ出されていた。振り返ってみるとおじさんの姿が見当たらなかった。しかし、探してみるとすぐに見つかった。車が走り去った後、おじさんは道路に倒れていた。その瞬間に何が起こったのかを理解した。おじさんは俺を庇って車に轢かれた。そしてその車はおじさんを助けることなく行ってしまったのだ、と。俺は慌てて救急車を呼んで助けを求めたが、救急車が到着する頃には既に亡くなっていた。その日、有美は本当の両親を失った。
 ひき逃げ犯はそれから間も無くして逮捕された。大量のアルコールを摂取した上での飲酒運転だったそうだ。周りの人は皆、俺のことを同情してくれた。俺は自分のせいでおじさんが死んだという事を誰にも打ち明けられないまま、ずっと自責の念に駆られ続けた。あの時おじさんの言う事を聞いていればこんなことにはならなかったのに、と。それから暫くは悪夢にうなされることになった。
 身寄りが無くなってしまった有美を俺の両親は迎え入れることにした。もともと有美は俺の家で育てられたようなものだったので、新しい境遇に溶け込むのにそこまでの時間は要さなかった。それからというもの、有美は俺達のことを本当の自分の家族として接するようになり、俺たちも彼女を自分たち家族の一員として扱った。
 おじさんの葬式が行われたとき、俺の両親や有美は悲しみに涙した。しかし、俺は泣けなかった。自分にはそうする資格が無いように思えた。もとはと言えば、俺がおじさんを殺してしまったようなものだ。両親は俺の様子を心配して、いつも慰めてくれた。俺は悪くなかったのだと。ただ、それでも俺が有美からたった一人の父親を奪ってしまったことには変わりが無かった。ところが、有美は俺を恨んだりはしなかった。おじさんが死んでから数日は流石に有美も泣き続けていたが、葬式を境に泣く事は無くなった。そして笑えるようにまでなったのだ。そしていつまでも沈んでばかりいる情けない俺に言った。「私、もうお兄ちゃんが苦しんでるとこ見たくないよ」と。そうしていつも俺に笑いかけてくるようになった。本当に辛いのは有美の方だった筈だ。それなのに俺の方が慰められるなんて、なんて情けないんだろう。それからは俺も徐々に笑えるようになっていった。
 有美が本当の家族の一員に変わってから、俺達はますます同じ時間を共有してきた。嬉しい時も、悲しい時も、俺達はずっと一緒だった。小さいときから有美はいつだって俺のことを見ていてくれた。心配してくれた。それはもしかすると一般的な妹が兄を思う気持ちより遥かに強いものだったのかもしれない。そうした有美の姿を見るたびに、妹のことをとても愛しく感じた。そして、いつかは彼女の事を守ってあげられるくらいに強くなりたいと思った。
 何故剣道だったのか?特に理由は無かったように思う。強いてあげるとするなら、おじさんの形見に竹刀があったことぐらいだろうか。その竹刀はおじさんが昔使っていたものらしかったが、手入れがしっかりしていたので何不自由なく使うことが出来た。その竹刀は現在俺が手入れをしながら使っている。他にもいろいろなものを試してみたが、結局のところ現在まで続いているのは剣道だけだ。ひたすらに剣道に取り組む日々がしばらく続いた。練習を重ねることで上達し、現在では大会に出れば必ず入賞すると言われるまでの腕を身につけた。
 当然の事ながら有美と接していられる時間も段々と減っていった。それまで俺にべったりだった有美は、始めのうちこそ応援してくれていたものの、俺の興味の対象が剣道へと移っていくのを感じ取ると少し寂しそうな顔を見せるようになった。その時は少し心苦しい気もしたが、そのうち有美も諦めてくれたのか、俺とよりも同い年の女の子同士で遊ぶようになっていった。正直なところ少し寂しくもあったが、俺達の通う学校は中高一貫校であるために、高校生である俺が中学生である有美に会いに行くことは難しいことではない。だからといって俺が有美に甘え続けるわけにはいかない。兄として、逆に俺が強くなって有美を安心させられるようにならなきゃいけない。有美が辛いときに支えてやれるように強くならなければと決意した。   
 ただ、今から振り返ると少々やり過ぎだったのかもしれない。お互いを思いやることで、却ってお互いに依存し過ぎてしまったのではないか。今は有美のことはもちろん大事だが、同時に早く妹離れをしなければならないとも思っている。


「……ちゃん、お兄ちゃんってば」
 不意に意識を現実へと引き戻される。いつのまにか自宅まで眼と鼻の先のところにまで歩いてきていた。
「もうお兄ちゃんってば、私の話聞いてるの」
「えっと、何話してたんだっけ」
 妹は大げさにため息をつく。
「だからさ、明日はバレンタインだよねって話。お兄ちゃん、もうフライングで誰かに貰ってたりしないよね」
「そりゃあまあ、一応まだ前日だし」
「よかった。それじゃあ私が一番乗りしちゃうから」
 そう言って鞄の中から綺麗にラッピングされたチョコレートを取り出す。
「はい、これ私からの分。頑張って作ったんだよ」
「気が早いな。明日でも構わないじゃないか。それに家に着いてからでも」
「駄目だよ、お兄ちゃん人気者なんだから。少しフライングするくらいじゃないと一番は取れないんだもん。それにね、」
一呼吸した後
「いつかは変わっちゃうかもしれないけど、今はまだ、私が一番にチョコを渡したいのはお兄ちゃんなんだからね」
 途端に俺の顔が熱くなるのを感じた。妹相手に何か期待してしまう自分が情けない。
 一方の有美も顔を赤くして
「そ、そんなに深い意味じゃなくてね。お兄ちゃんってまだ彼女さんとかはいないわけじゃない。だからそれまでの間は私がお兄ちゃんの一番になれたらなあって思っただけでその……」
と言って精一杯の弁解をしてみるものの、その後の言葉に詰まり、黙り込んでしまった。
「………ありがとな」
「えっ」
「その…、誰かに特別に思われるってやっぱりうれしいことだし、それに有美が作ってくれるチョコが一番美味いから」
 自分でも何を言っているんだろうかと思わず苦笑してしまう。確かに妹に好かれるってことは兄としては嬉しい。けどいつまでも有美の好意に甘えているわけにもいかない。いつかはお互いに別々の道を歩いていかなければならないのだ。でも、だからこそ今はまだお互いのことを一番に思っていたい。有美のことを守っていてやりたい。我侭と言われるのは承知の上だが、今は心からそう思う。せめて、俺なんかが必要にならなくなる日までは……。
「それとさ、有美」
「何?」
「俺もお前のことさ、その…………好き、だからな」
お互いの顔がこれ以上無いくらいに真っ赤になる。言ってしまってから後悔した。妹を相手に何でこんなに緊張してしまうのだろうか。こんなことでは妹離れなんていつまでたっても出来ないような気がする。
 結局、その後は双方ともに沈黙したまま、家の前にまで辿り着いた。門の前では俺達の帰りを感知したジョンが既に出迎えに来ていた。そして眼の前で顔を真っ赤にして俯いている主人二人を不思議そうに眺めていた。

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