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さらし文学賞
とある戦隊モノの舞台裏

こんにちは。僕は鍵崎忍と言います。
 高校生です。地元の公立高校に通っています。
 特技は剣道です。剣道部に所属しています。一応は三段の腕前ですが、練習するより仲間とわいわい騒ぐ方が好きです。母親ゆずりの童顔の所為もあって、部員からは「シノブちゃん」とか「シノちゃん」とか「しーちゃん」とか呼ばれています。不本意ですが……もう諦めました。
 ペットがいます。白イタチです。いわゆるオコジョです。名前はコタローといいます。風魔小太郎からとりました。ええ、僕が「忍」だからです。名前に恥じなく、短い足を精一杯動かしてすばしこく駆け回ります。可愛いです。癒されます。
 最近の悩みは……三角関数というのが全く理解できないことくらいです。サイン・コサイン・タンジェント……悪魔とか呼べそうですよね?
 あ、そうそう。学校には秘密ですが、副業をしています。
 今春から僕、秘密結社の首領をしています、まる。



 いよいよ秋も過ぎて上着の手放せない今日この頃、暖房の効いた図書室という場所は天国のようです……。
 僕は隅の席に座って、机にうつ伏し心地好いまどろみを味わっていた。他に僅かながらも勉学に勤しむ殊勝な文化人たちもいるから、一応申し訳程度に机上に参考書など開いてみてはいるけれど……サイン・コサイン・タンジェント、サイン・コサイン・タンジェント……ああ、羊数えるより効くわ、これ。サイン・コサイン・オヤスミナサイ……。
 そして僕が夢の世界に旅立とうという瞬間――
 ――すぱぁん。
 それを妨げるように、小気味いいけれども妙に間抜けな音が清閑な図書室に響き渡った。同時、僕の頭に軽い衝撃が走る。
「こら忍、図書室は居眠り禁止。ちなみに居眠りの居は座っているの意だから、どうしても眠りたいというなら立って眠りなさい」
 頭の上から降ってくる声。その出所を見遣れば、そこには鬼の図書委員長、あるいは図書室番長こと九条有美が丸めた新聞紙を片手に悠然と、悪戯ッぽい笑みを浮かべて屹立していた。それはそうと、若干後頭部が痛む気がするが……ただ紙を丸めただけの筒にこれほどの威力を持たせるとはやはり流石。
「その格好、また練習抜け出して来たの?」
 僕の隣りに腰を落ち着けながら、彼女は呆れた風に笑う。ちなみに、白い道着に紺の袴、それが今の僕の格好だ。
「ん、まあね」
「いい加減サボってばかりいるとレギュラー外されるよ。そうしたらさ、忍は勉強に関してはほら、当社比ニワトリ七羽半分くらいの頭脳しかないから、何も残らないよ」
 妙に具体的な癖に曖昧な数字は何だ。それにその上から目線は何様だと言いたい。
 ……まあ、いわゆる幼馴染み様な訳だが。
 思えば僕の隣りに有美がいなかった時などなかった気がするが、だからと言って僕も有美も互いに恋愛感情を抱いている訳でもない。どちらかと言えば、気の置けない親友……友達以上恋人未満とかいうヤツ?
「大丈夫大丈夫、何とか成るさ」
「根拠は?」
「……美形だから?」
「ああ、馬鹿なのね。ごめん、知っていたわ」
 こういう掛け合いも慣れたものだ。馬鹿な友人達は「もう付きあえよ」と囃したてるが、むしろこの微温湯のような距離感こそが僕には心地好いのだ。
「ま、確かに忍は黙っていれば、そこそこ格好いいけどね」
 そう言って、有美は突然席を外して図書室の奥へと消えたと思ったら、一掴みくらいの紙束を持って戻って来た。
「本当、黙っていれば当社比、光源氏五人分くらいモテるのだから」
 手渡されたそれらは全て、いわゆるラブレターという奴だった。大体がピンクやスカイブルーの封筒に可愛らしいシールの封をして、「鍵崎センパイへ」とか「忍くんへ」とか妙に丸っこい字が書かれている。
「でも困ったものよ。皆、ここを忍用のポストだとでも思っているのかしら? まあ、けれど利用率が上がって予算も増えそうだから悪くも無いのだけれどね。当社比、アザラシ二頭半分くらいの集客効果はあるかな?」
 ニヤリと悪代官のような悪い笑みを浮かべる有美。流石と言う他無い。
 しかし、これがただの彼女彼氏という関係だったら、有美はやはりこの状況に怒るのだろうか? そう思うと、なおさらこの関係は良い。気兼ねも駆け引きもなく、ふざけあい笑いあえるのだから。
 けれども、ただ一つ。僕には彼女に対して後ろめたいと言うか、気まずいと言うか、その……とにかく秘密にしておきたい事があった。
 それは、僕が今年の春から父の跡を継ぎ、秘密結社の首領をしているという事。
 なぜなら――
「そうそう、忍。それはそうとね、これ見てよ」
 つい忘れていた、と先ほどの新聞を広げて見せた。
『対秘密結社法案、衆院通過』……近年拡大の一途を辿る秘密結社被害を深刻視した衆議院は昨日、対秘密結社法案を可決。この法案は対秘密結社専門の実力行使組織を防衛省の一部所として新しく……。……また最近は変身型怪人を社会に溶け込ませ、情報操作や洗脳、人質にするなどの手口も増加しており、政府は特に公共機関に対して専門家による抜き打ち査定を行なうなど……。
「やっと国も分かったのよ。あいつらがいかに凶悪か、いかに劣悪か。……世界征服だか世界転覆だか知らないけれど、そんなツマラナイ目的のために人を傷つける卑劣、たとえ天が許しても私が許さないわ!」
 高らかに宣言し、鬼の図書委員長はバンと机を叩いた。その意気たるや、もしこれが漫画だったら昂ぶる闘気が見えた事だろう。何人かの生徒が本越しにチラチラとこちらの様子を覗っていた。
「もし、九条サン。つかぬ事をお伺いしますが……たとえばの話、秘密結社の構成員が生徒に化けて、この学校に紛れていたらどうする?」
「勿論、見つけ次第に誅殺よ!」
 ――これだ。
 小さい頃、それこそやっと平仮名が書けるようになったくらいの頃、有美は家族旅行の最中にとある秘密結社に誘拐された事があった。幸い、警察や特殊組織の迅速な対応もあって同日中に保護されたのだが、何があったのか、彼女は「秘密結社」というものに対して絶大な憎悪とトラウマを背負ってしまっていた。
 だからだ。だから、彼女には僕が秘密結社の首領だという事は絶対に秘密なのだ。
 もしバレるような事があれば、間違いなくこの関係は失われてしまうだろう。僕はそれが怖かった。
 …………。
「そうそう、秘密結社と言えばさ、有美は現代社会のレポートどう? ほら、木賀崎サンの『近現代の秘密結社史』てヤツ……」
「ん? ……あー、そうか。確か提出期限は来週の月曜だったか。もしかしないでも、終わっていないのだね、忍クン? ……見せて欲しいかね?」
「はい、是非! お助け下さい、お代官様!」
「今週の土曜、ショッピングに行くのだけどさ、部活終わったら当社比執事十人分くらい仕えてくれるかな?」
「んー……いいとも」
「よし。交渉成立ね」
 僕と有美は時代劇に出てくる悪徳商人と悪代官よろしく、ニヤニヤと笑いながら手をとった。
 しかし、うまい具合に話を反らせたようだ。そっと胸を撫で下ろすと気が緩み、ついクスクスと笑い声がもれてしまった。すると、有美も同じようにクスクスと笑いだした。他の生徒たちが何事かと迷惑そうにこちらを覗っているのは気づいているが、関係ない。僕たちは一応は声を殺しながら、少しの間クスクス笑いあっていた。
 しかし。
「はいはい、夫婦漫才は程々にねー。ここ一応図書室だから、私語厳禁だよー」
 妙に間延びした声が、僕たちの笑い声を遮った。図書委員会の顧問をしている国語科の葛城先生だ。ちなみに、まだ二十代前半くらいの比較的若い先生だからか、それとも国語科なのに常に白衣を着ているという愛すべき変人だからか、一般生徒からの人気が高い。
 相変わらず洒脱というのか、有美曰く「当社比キジバトニ十羽分くらいのお気楽」な、平和そうな笑顔をうかべながら、葛城先生は時計を指し示した。
「九条サン、もうすぐ委員長会議の時間だよー。ほら、生徒会顧問の木賀崎先生、時間に厳しいからさー、遅刻すると小言うるさくなるよー?」
「え、あ……もう四時半! あ、すみません、行って来ます!」
 時計を確認するや、有美は顔色を変えて駆けて行ってしまった。その勢いといったら……本当に図書委員か? あの新聞紙の威力といい、「趣味は読書です」……嘘だろ。
「ははは、相変わらず元気だねー、彼女」
 葛城先生は笑いながら僕の向かいの席に腰を落ち着けて、ヒソヒソと声をひそめて話し掛けてきた。
「そして君も相変わらず。また凄い量だねー。やった、モテモテだー」
「何の用ですか、葛城センセイ?」
「嫌だなー。用が無ければ先生は生徒との会話を楽しむ事も許されないのかい? 首領?」
 朗らかな笑顔から一転して、葛城先生……もとい秘密結社『スクラッチ・スクラッチ』参謀アインヴォルトは皮肉気に笑った。
「それにしても、悪の秘密結社の首領が女子高生に色惚けですかー。青春だなー。羨ましいなー」
「まさか、茶化しに来ただけですか?」
「いや、そのまさかですよー? 別に近々大規模な作戦がある訳でもなければ、緊急事態が発生した訳でもないですからねー。組織の運営状況も非常に良好ですよー?」
 亡き父から組織を継ぎ、早半年が経ったけれども、やはりアインヴォルトはどうも苦手だ。いい人には違いないのだが、いつもふざけばかりいて、何を考えているのかわからない。下手をするとボケているのかもしれない。見た目は若作りでも、父と一緒に組織を創設した人物、五十はとうに過ぎているだろうから。
「別にいいですけれどね、これ知っていますか」
 僕は有美が置き忘れていった新聞を、彼の目の前に広げて見せた。
「ふざけてばかりいると、バレてしまいますよ。葛城センセイ?」
 軽い冗談と、皮肉をこめて笑いかけると、アインヴォルトは「それはマズイねー」と途端に困ったような顔をした。ただ、それは度を越して芝居かかった、つまりは嘘偽りの顔だった。
「それは気をつけないとイケナイですねー……鍵崎クンも?」
「は?」
「いや、九条サンですよー。彼女、勘鋭いですから気づかれませんかねー? ……あ、そうだ。彼女にも仲間になってもらえばいいかー。よし、そうと決まれば先ずは僕らの正体を明かしますかー」
 暢気そうにそう言うが……、それはつまり……。
「ああ?」
 知らず、凄みのきいた声がもれた。
 それを聞いたアインヴォルトは、ピクリと一瞬笑みを硬直させて、それから益々大きな笑みを浮かべた。
「ふふふ、冗談ですよ、冗談。これでも首領の女房役ですからねー、ボクは。首領の気持ちは察しているつもりですよー? 今週末のショッピングもどうぞお楽しみ下さい。そろそろハロウィンだからねー、街も賑わってきっと楽しいですよー」
「……何か、企みを感じる。妙に嬉しそうだけど、どうかした?」
「人聞きが悪いですなー。ただ、先代に似てきたなー、と思いましてね。ふふふふ。……ああ、それはそうとそろそろ首領も部活に戻った方がいいですよー? ああ、このラブレターはボクが処分しておきますからー」
 言われてみれば、もう五時近い。
「良きハロウィンをー。トリック・オア・トリート」
「ふん、使い方間違っているよ。トリック・オア・トリート」
 僕は釈然としないまま、ニタニタ笑いのアインヴォルトを残して図書室を後にした。



「キャハハハ。ショッピングモールの皆さん、トリック・オア・トリート!」
 突如響いた甲高い笑い声に、モールを歩く人々の視線が一所に集まった。
 モールの中央に位置する広場、その象徴となっているギリシャ神殿の柱のようなモニュメントの上に、ジャック・オー・ランタンに黒いマント、さらに黒いシルクハットというハロウィンにはありがちな出で立ちをした男が立っていた。はじめは皆、何かのイベントかと思っていたが、すぐにそれと違うとわかる。
 風にマントが翻った瞬間、その舌には中学生くらいの少年がつかまっているのが覗いたのだ。しかもその少年の細い首には、冗談みたいに巨大な鋏の刃先が当てられていた。
 誰のものか、モールに甲高い叫び声が響いた。
「どうぞ、ご静粛に願えますかな。ご夫人? 折角の名乗り上げが聞こえないと締まらないでしょう?」
 男の声にあわせて笑顔の形に刳り抜かれたカボチャの面が、ニタリと眼を細めた。
 怪人だった。
 次々と叫び声があがり、モールは騒然としたがそれも一瞬。
「騒ぐな! 動くな! 全員静かに伏せていろ!」
 怪人の怒号にあわせて突如鬨の声が轟いたかと思えば、柱の裏からサバイナルナイフを装備した怪人の部下らしき男たちがワラワラと現われた。男たちは全員、真白い鮫みたいな面、肌にピタリとあう黒いシャツに灰色の迷彩柄のボトムスと格好を統一している。秘密結社の下級戦闘員というヤツだろう。その姿は滑稽でもあるが、やはり恐ろしかった。人々は口を閉ざして姿勢を低くすると、そのまま怪人たちから距離をとるため我先に後ずさって、広場をドーナツ状にぐるりと囲った。モールは張り詰めた沈黙に鎖された。
 その様子を見た怪人は満足そうに笑むと、胸を反らして声を張った。
「そうそう、命が惜しかったらご静粛にね。……ゴホン、俺サマは『スクラッチ・スクラッチ』の幹部、ドライフクス様だ! さあ店員の皆さん、このガキ殺されたくなきゃ、金を出せ(トリック・オア・トリート)!」
 その掛け声を合図に戦闘員たちは四散して、次々とモールに連なる商店を襲いだした。

 ……あの悪戯もの(アインヴォルト)め。
 僕と有美がこの日、この場所に遊びに来る事は知っているはずなのに……間違い無くわざとだ。
 僕は音をたてぬように心内、憎々しげに舌打ちした。
 しかし、少しの辛抱だ。基本的に『スクラッチ・スクラッチ』の作戦は迅速を一とし、目的を完了次第速やかに撤退する。そして、誰かを傷つける事もない。少しの間、耐えればいいのだ。
 そう、少しの間耐えれば良かったのだが……やはり鬼の図書委員長には、それが耐えられなかったようだ。
「待ちなさい! この小悪党!」
 声を張り上げて広場の中央に踊り出ると、噴水のモニュメントの上に立つ怪人ドライフクスを挑発的に睨み上げた。広場一帯から一斉にサアッと血の気のひく音がする。誰もが無言ながら止めてと心内に絶叫するが、それが有美に届く事はなく、彼女はドライフクスを指さし怒鳴り続ける。
「人質をとって自分は高みの見物? 卑怯にも程があるわ! そのカボチャ粉々に砕いて鳩の餌にしてやるから、さっさと人質を放して降りてきなさい!」
 予想外の闖入という事もあるが、有美のあまりの剣幕にドライフクスは言葉を失っている。常に笑っているような顔をしているからわかりにくいが、あれは間違い無く動揺している。仕方ない。ドライフクス……宇賀神さんは実は家庭菜園を何より愛する心優しい人なのだ。
「お、お前。何を言っている! この人質が見えないのか! ほほ本当に刺すぞ!」
 ああ、もうしどろもどろだ。
「いいわ、勝手になさい。怪人にむざむざ捕まるような当社比、坊や五人分くらいの軟弱者などどうなろうと知ったことか! その代わり覚悟なさい! もし刺したなら、この世の地獄を……いえ、地獄が極楽に思えるほど、当社比、アイアンメイデン二万基分くらいの痛苦を味わってもらうわ!」
 ああ、人質助ける気ないのか。……まあ、実のところ人質の彼も組織の一員だから、実際刺される事は絶対にないのだが。それでも彼は「ええっ」と頓狂声をあげて、ガタガタと震えていた。ちなみに彼は宇賀神さんの長男、宇賀神圭くんだ。
 人質をとってオロオロとするパンプキンヘッドの怪人と、それを徒手空拳ながら圧倒する一般人。それは実におかしな構図だった。
 ドライフクスはこの状況に歯噛みしながら、けれど打開策も浮かばず、ただ途方に暮れていた。本当なら実力行使が一番いい方法かもしれない。どうしようと一般人が怪人に敵う道理はないのだから。しかし、ドライフクスにそれは出来ない。なぜなら彼は『スクラッチ・スクラッチ』の一員だった。
 科学の発達にあわせて近現代に台頭し始めた秘密結社業界には大小様々な秘密結社があるが、その数は知られている限りでも三百は下らない。となれば、それを構成する怪人や戦闘員の数はもはや数千数万、あるいはそれ以上ある。その全てが殺戮を好み、暴力を愛する悪とは当然限らない。中には無理矢理誘拐された挙げ句に望まぬ改造をされ、それでも良心を失わず、悪事を嫌って組織から逃亡する者もいるのだ。彼らはしかし、もはや帰るところがない。悪魔の改造をなされ、怪人と化した者を誰が受け入れようか。
 それを受け入れたのが、僕の父、先代首領とその友人のアインヴォルトが設立した『スクラッチ・スクラッチ(出来損ないの寄せ集め)』だ。勢力を広げる事も知名度を上げる事もしない、小さな小さな、惨めと言っても過言ではない弱小組織だが、はぐれ者たちにとっては愛すべき家だった。
 僕らは主に窃盗によって生計を立てている。悪事を嫌って逃亡した怪人たちの組織だとはいえ、まともな仕事に就けない以上、仕方の無いことだ。だから僕らは、秘密結社による被害は国がある程度は補償してくれるという制度を盾にして罪悪感を誤魔化しながら、秘密結社を続けている。
 そのためのルールは一つ。人を傷つけない。
 ゆえに『スクラッチ・スクラッチ』は迅速に金品を回収し、誰を傷つける事もなく迅速に撤退する事を信条としている。だから、ドライフクスは有美に手を出せないのだ。
 だが、有美はドライフクスに手が出せた。
 いつまでも動かないドライフクスに業を煮やした有美は一瞬のうちに柱を駆け上がり、ドライフススの懐をとるや否や、大鋏を握る手を蹴り上げて得物を叩き落とした。
「え……、あ……ギャア!」
 その余りの速さに状況を見失ったドライフクスの顎に有美の掌底が打ち込まれる。ガキリときまった衝撃に体勢を崩した彼に、息を吐く間も許さず次々と追撃が迫る。鳩尾に堅い肘先が刺さり、そのまま拳を撥ね上げて放たれた凶悪な裏拳が、くの字に折れた体にあわせて落ちてきた顎をとらえる。たまらずモニュメントから転がり落ちる彼に、有美は駄目押しとばかり、ためを作った正拳突きを叩きいれた。
 その間、わずか一秒足らずの出来事だった。
 あまりの立ち回りに、ドライフクスをはじめ、戦闘員や観衆もただポカンと口を開けていた。もはや何が何だかわからない状況に、とうとう誰かがおかしくなった。
「こ、このォ……かかれ!」
 戦闘員の一人が怒号をあげて有美に襲い掛かったのだ。
 それを皮切りに、二十人ほどの戦闘員が一斉に有美へと押し寄せる。また誰かが叫び声をあげた。
 だが、有美は鬼神のごとき強さを発揮した。怒涛のごとく襲い掛かる戦闘員たちを蹴り、殴り、打ち、払い、投げ、薙ぎ、突き、一歩も退かずにむしろ押し返していた。
 しかし、所詮は一般人。いつかはボロが出る。ある戦闘員の後ろ回し蹴りをかわした時に、一瞬バランスを崩したのだ。その瞬間、戦闘員の握ったサバイナルナイフが有美に迫る。もはや正気を失っている彼の刃は、彼自身さえ止める事が出来ない。
 気づけば僕はその間にわってはいり、竹刀を袋から抜くこともなく、そのまま彼の眉間に叩き込んでいた。
 ああ、しまった。何をしているのだ、僕。
「……忍! 助かったわ!」
 礼もそこそこ「背中は任したわ!」と叫び、彼女は戦闘を再開する。
 彼女の言葉もあって、正気を失った戦闘員たちは首領の僕にまで襲い掛かってきた。
 ええい、ままよ!
 僕は覚悟を決めて竹刀を抜き、混乱極める戦場に身を投げ込むのだった。

 しばし経ち、いつの間にか観衆に過ぎなかった人々も加わって戦闘はいよいよ訳の分からないものと化していた。何が何だか、まさしく右も左もわからない状況だった。
 その中、なにがあったか冷静を取り戻したドライフクスと眼があった。
「あ、貴方は何をなさっているのですか! 首りょ――」
「――ヤァァァア!」
 危うく秘密をバラしかけたドライフクスの喉に突きをさす。
「ガッ、……ゲホッゲホッ、何をなさるのですか! 首――」
「――成敗!」
 重ねて喉を突く。
 許せ、ドライフクス。有美にバレたら僕の命が無い。僕だってまだ死にたくないのだ。
「さあ、怪人め! まだ闘うか! さっさと逃げ帰るがいい!」
 僕はドライフクスに竹刀を突きつけながら、ウィンクして合図を送った。それは確かに伝わったらしく、彼はよろよろと立ち上がると「撤退だ!」と声高に叫ぶと、そそくさと逃げ去った。それが戦闘終了の合図だった。
 どこからか歓声が沸きあがった。
「あ、待ちなさい! 誰が逃がすものですか!」
 だというのに、有美は一人その後をなお追おうとする。
 放っておけば、本拠地まで着いていきそうだ。それは困る。
 仕方なく僕は、有美の手をとった。そしてそのまま強く手をひき、力強くしっかりと抱きしめた。
「有美、良かった」
「……し、忍?」
「有美が無事で、本当に良かった。離さないよ、……有美」
 なぜか、広場に拍手と歓声があがった。
 その喧騒を他人事のように聞きつつ、僕はアインヴォルトへの復讐を考え、そしてこれからも有美に正体を隠しつづける苦労を思い、ただただ静かに、誰にも気づかれぬよう心内に溜め息を吐くのだった。
 顔には笑みを浮かべながら。



 しかし、まったく有美もアインヴォルトも楽し過ぎる。
 日常も非日常も、表も裏も、世界は実に素晴らしい。

 ・・・・・・征服されたくなかったら、退屈させるな(トリック・オア・トリート)。

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