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さらし文学賞
お菓子と刑事のグリム童話

 ふたりは、森の中に不思議な家を見つけました。屋根はビスケットでふいてあり、窓はお砂糖でできているのです。
「いっぺん、かじってみよう」
 ヘンゼルはいいました。



 日高は胸焼けが起こるのを感じた。
「……」
 彼の目の前には、お菓子が山と積まれていた。だが胸焼けを覚えたのはむしろ、その大量の菓子をもぐもぐと平らげる様子に対してだった。
「よく食べますね、綾さん」
「む」
 綾さん、と呼ばれた女性はチョコパイを頬張りながら答えた。片手にはクッキーを持っている。
「ひーちゃん、今日も遅いね」
「聞き込みで回ってたら」
「お疲れさん。コーヒー淹れる?」
「いいです。今日はもう寝るから」
 日高はネクタイを緩めて、ため息をついた。

 日高弘之は刑事として、警察庁に勤めていた。刑事というのは忙しく、特に事件を追っている時は、家に帰れないこともしばしばで、同棲中の彼女、綾香には呆れられている。
 今彼が追っているのは、幼い兄妹が行方不明になった事件だ。兄が5歳、妹が4歳。二人だけで遠くへ行けるはずがない。周辺で遺体なども見つからないため、誰かに連れ去られた可能性が高いと見られていた。身代金の要求などはないため、営利誘拐ではないようだった。
「で、何か目撃証言とか見つかったの?」
「いなくなった時間はまだ明るいし、人通りの少ない地域でもないから、不審な事があれば誰か見てたと思うのに……綾さんはどう思います?」
 二人は一緒にいつものように近所の公園に来ていた。ここまでは分かっている。その後父親が、二人を迎えに行った時には、兄妹の姿はなかったという。
「うーん。話聞く限りだと、普段から二人だけで遊びに行ってたんだよね?」
「まあ、多分」
「どうなんだろうね」
 それはどういう意味だろうか、と疑問に思ったが、わざわざ訊くのも億劫なほど日高は疲れていた。

ため息をつきながら、日高は部屋に入った。
不審人物を見なかったか、という聞き込みの成果はあがっていない。もともと聞き込みは苦手だった。椅子に座って休もうとしたところで、何かを踏んだ。
「……? 絵本?」
小さな子供が読むような絵本だった。拾いあげ、汚れを払った。表紙には、ヘンゼルとグレーテル、とある。
「何でこんなところに?」
日高のではない。というより、幼稚園でもあるまいし、この部屋に絵本はあまりにミスマッチだ。訊こうにも、部屋には日高以外誰もいなかった。
「綾さんのかな……」何となくそんな気がした。
 彼女の机には相変わらず菓子が置かれて、いや積まれていた。その本立てには板チョコが立てて収納されていたが、ここにこの絵本も入っていたのだろうか?
「……さて、他の班は目撃情報を見つけたかな……」
部屋に一人だと、つい独り言が多くなる。

他の班の捜査報告を聞いた日高は頭を抱えた。
「俺の苦労はなんだったんだ……」
「ひーちゃん、他の班が目撃証言を取ってきたことがそんなに落ち込むこと? ひーちゃん達も含めて、みんなで見つけた証言じゃないの」
「そうじゃないです、綾さん!」
公園で子供を遊ばせていた親の一人が、兄妹の顔を覚えていた。その証言によると、その時二人は30代くらいの女性といたのだという。その女が何か知っているのは間違いない。というより、誘拐犯という見方が自然だった。
「その女が、いなくなった兄妹に何をしてたって、絵本を読んでたらしいじゃないですか……それじゃ、周りの人間はその女が子供の母親だと思っても仕方ない!」
日高は机に突っ伏した。
「俺も、不審人物じゃなくて子供の目撃証言で探せばよかったんだ……」
「つまり、ひーちゃんは尋ね方が悪かったから、子供に優しく接していた犯人の情報を、不審人物として聞き出せなかったと」
はっきり言われた。
「誘拐犯は最初から子供に怖そうに接するわけないでしょう」
「……ですね」
だが落ち込んでいても仕方ない。この証言を基に、捜査を大きく進めていけるはずだ。そう考えて、気を取り直す。
「ほら、ひーちゃん、今日の晩ご飯」
「あ、わざわざ……」
「ハンバーガーだけどね」
それでも、忙しい中買ってきてもらったことに、日高は素直に感謝した。
「コーヒー持ってくるね」そう言って彼女は部屋を出ていった。先に食べているのも悪いので、何となく待っていると、ふと、さっきの絵本に目がいった。
いなくなった子供たちも、こういう絵本を読んでもらっていたのか……。
何となく手にとり、ページをめくってみた。絵本などもう何十年も読んでいない。知っていると思っていた童話も、断片的にしか覚えていなかった。
森に捨てられたヘンゼルとグレーテルは、お菓子の家を見つけ、それを食べていたところ、中にいた老婆に招かれる。だがその老婆は魔女で、兄のヘンゼルを食べようと檻に閉じ込めてしまう。
……正直、お菓子の家のあたりしか記憶になかった。
「魔女って、子供食うのか……」
童話は子供向けの話のはずだが、結構残酷だ。
「絵本、綾さんの?」
「うん、参考にね」
コーヒーを持って戻ってきた彼女は頷く。飲もうとしたが、紙コップのふちぎりぎりまでコーヒーが入っており、熱くて持てなかったのでしばらく置いておくことにした。
「じゃあいただきます」
と、ハンバーガーを取って食べ始めた。安い味だが、腹は膨らむ。ふと横を見ると、彼女は同じ店のアップルパイを食べていた。それを食べ終わると、また甘そうな別のデザートを出す。……バーガーはいいのか。
「綾さんは三食全てお菓子ですか?」
「肉系が駄目なんだよね」
「偏食だと体壊しますよ」
「ああ違う違う」
手をひらひらと降って否定した。デザートから、甘いシナモンの香りが飛ぶ。
「豚とか牛とか、大抵の肉は体が受け付けないんだわ」
「……アレルギー?」
「全ての肉がそうではないんだけどね」
それは食事が限られて大変だろうとしか、アレルギーのない日高には分からなかった。

どうやら女性が子供を手なずけて連れさったらしい――それが分かったことで、捜査は格段に進んだ。しかし、その為に日高などは何日も家に帰らない生活を送ったわけで、久しぶりにアパートの部屋に帰ってみても綾香に嫌味を言われることになるわけだが。
「あら、来たの?」
彼女は日高を見て、驚いた顔をした。
 だが、来たの? なんて言い方はひどい……。
「だって今日も帰ってこないと思ったから。まだこの兄妹の事件、解決してないでしょ?」
日高は頷いた。綾香はちょうど、その誘拐事件のニュースを見ていた。未だに、犯人逮捕の報道はない。
「これ、もうだいぶ経つよね……捜査進んでるの?」
身内とはいえ、警察外の人間に捜査状況を詳しく話さないようにしている。情報の漏れが捜査に影響することもあるからだ。だが、そうとはいっても、ちょっとした愚痴程度に話を聞いてもらうことも多い。日高は頷いて言った。
「特定まで、あと少しかな」
「よかった」
特に幼い子供が関わる事件だからだろうか。彼女はほっとしたようだった。
「そうだ、お腹すいてる? ケーキ買ってきてるんだけど」
日高の返事を待たずに、冷蔵庫からケーキの箱が出てきた。本当に女は甘いものが好きだな、と日高は内心苦笑する。甘そうなタルトを見て、ふと、会議での報告が頭をかすめた。
「そういえば……」
「何?」
「……その子供、犯人と思われる女に、お菓子をもらっていたらしい」
「……そうなんだ」
何となく重い空気になり、その話は打ち切りになった。子供好きの彼女に、もうこの話は避けた方がいいと日高は思った。

        ◆

ちっとも太らないヘンゼルに腹をたて、魔女はとうとういいました。
「もうがまんできない。明日はやつを煮て食ってやる」
かわいそうなグレーテルは、泣くしかありませんでした。

       ◆

「なーに熱心に絵本読んでるの?」
「わっ」
いつの間にか背後にいた彼女に驚き、慌てて絵本を彼女の机に置いた。ぶつかってお菓子の山が一部崩れた。
「すみません、綾さんのもの勝手に。目についただけなんですが……」
「昔からある話には、時代を残るだけの魅力があるからね」絵本をパラパラとめくり、絵を示した。「お菓子の家なんて、素敵じゃない?」
「……それで子供は魔女に、騙された」
 日高の言い方が沈んでいたからか、少しの間沈黙が降りた。
「思い出してるのね? 子供がお菓子で連れていかれた話」
日高は頷いた。無造作に置かれた絵本は、魔女がヘンゼルを食べる為に、檻に閉じ込めたページを開いていた。
「でも思うの。最近の子がクッキーの一枚二枚に懐柔されるなんて、飢えてたんじゃないかな」
「腹が減っていて、お菓子に釣られたと?」
「まさか、飽食の時代に」
彼女は頭を振った。
「飢えていたのは別のもの」
疲れた頭は、ぼんやりと思考をさ迷わせる。
そういえば……なぜ兄妹はお菓子の家に誘われたのだったか。なぜ兄妹は、どうしてクッキーをくれた見知らぬ女についていったのか。クッキーのことは日高も知らなかった。具体的なお菓子を聞いた途端、子供がクッキーをもらう場面が絵のように浮かび上がってきた。
「クッキーか……。……不思議です、どうして綾さんは、そんな事まで」

彼女は日高を見下ろして微笑んでいる。

「そんな事まで……目撃者から、詳しく聞き出すのが巧いんですか。人相や、細部の状況」
「向き不向きがあるだけよ」
そうは言うが、聞き込みの綾辻刑事、というのは署内では有名だった。
「さ、日高ちゃん、今日は夜勤でしょ頑張れ」
「はい」
早く解決できるといい。子供たちは怖い思いをしているかもしれないのだから。今日も帰らないのかと、綾香は呆れるかもしれないが。
同じく夜勤の綾辻は、夜食にとパイを出した。タッパーから出したそれは、市販ではなく手作りのようだ。
「食べる?」
「甘いものは結構です」
日高の苦笑に、綾辻は何も言わず微笑んだ。
 彼女は、甘くないミートパイを、頬張った。

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