さらし文学賞
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フラグメンツ・ライト

 2095年、地球は二つの変革に見舞われた。
 磁場の乱れによる大規模な地殻変動と、それによって生じた国々の対立による第三次世界大戦だ。
 その日、世界の歴史は大きく変わった――らしい。
 そんなことは、ぼくが生まれる前に起こった出来事に過ぎない。歴史は大きく変わったと言うけれど、3015年になった今もまだ人間はまだしぶとく地球上で生きているし、世界にはまだ国が数多く残っている。今を生きるぼくたちには、関係のない話だ。歴史が変わったことを認識できるのは、変わる前を知っている人たちだけで、変わった後に生まれたぼくたちにはそんなことは全く実感できないし、そんなことを気にしている暇も無い。前のほうがよかった、なんて言っている場合じゃないのだ。今を生きなきゃいけないんだから。
 なんてことをつらつらと、とりとめも無く考えていると、何かがこちらに飛んできて、頭にコツンと当たった。
 緑色の小さな板状の物体だ。旧時代にはいろいろなところでパーツとして使われていた基盤というものらしい。今じゃほとんど見かけなくなったものだけれど、ぼくたちが探しているものでもある。
 もちろん基板が勝手に飛んでくるわけもないので、誰かが投げたに決まっている。顔を上げてみると、少し離れたところに積み重なったがれきの隙間から、少女がじっとこっちをにらんでいた。黒いリボンで二つに縛られたブロンドの髪が、彼女の怒りを示すようにちょっと逆立って見える。
「ユウタ。何サボってんの? 早く終わらせないと帰れなくなっちゃうよ」
「ご、ごめんよエリス。ちょっと考え事してたんだ」
「ユウタはいつも考え事してる! あ、あたしがあんまり見つけられなかったときは、仕方ないから許してあげるけど、今日はいっぱいあるんだからちゃんとしてよね」
「ごめんって」
 彼女の怒りに身のすくむ思いを感じて、ぼくは慌てて目の前の基板の山に手を伸ばした。彼女をあんまり怒らせると、いろいろと後が大変なのだ。それに今日は珍しく、エリスもぼくも忙しく働けているのだ。稼ぎ時のチャンスを棒に振るのはあまりにももったいなかった。
 いつも行くところよりも少し遠出して、旧電気街アキハバラまで来たぼくたちは、想像していた以上のお宝に恵まれててんてこ舞いになっていたのだ。いつもは割と暇してるぼくも、今日は一つでも多く基板を拾うことが求められている。
 海に面しているここは、年中潮風に晒されることもあって、基板が錆び付いていたり、劣化していたりするもののほうが多く見つかることで有名だ。ぼくたちのように基盤を探す人たちの間では、腐った鉱山なんて呼ばれていたりする。そんなだから、初めてここに来たぼくとエリスが、こんなに綺麗な宝の山を見つけられたことは、幸運だった。それ以外にも、エリスという存在がぼくたちのチームを確実に潤わせてくれているのも確かである。
「ほら、今日はまだまだいーっぱい見つかったんだから、キリキリ分別してよね」
 山から出てきたエリスが、両手いっぱいに持った大小様々な基板を、どさどさとぼくの前に積んだ。
「かなり、あるな」
 帰れなくなっちゃうよ、と言ったばかりなのに追加でこんなに持ってきてどうするのだ、という抗議の意味を込める。だがそれは彼女には届かなかったらしい。
「うん。ユウタが言ってたみたいに、ちょっと探せばいっぱい見つかったよ」
 二つの意味でがっくりと膝をつきたくなりながら、早速手をのばす。
 それはエリス、君だからだよと言いたくなったが、それを飲み込む。代わりに周りを顎で示しながら彼女に言う。
「その言葉は、絶対他の人に言ったらダメだからね」
 現在、アキハバラの街は居住制限区域に指定されていて、ぼくたちのような探索者や通り道として使う人はいても、生活をしている人はほとんどいない。というのも、先の地殻変動によってここは壊滅的な被害を受け、半ば放棄された廃墟になっているからだ。多くの建物が倒壊したまま残されているため、崩れかけたビルや、がれきの山になった場所などがあちこちに存在する。いつ倒れるのかわからないような危険なビルが多いため、結構ここにいるのは命がけだ。しかも基板はこうした崩れた建物の隙間から見つけてこなければいけないのである。
 ぼくが彼女に示した先にも、同じように基板を探す人が数人、うろうろと建物の間を下を向いて歩き回っていた。電気街の名前を聞いて、わざわざ遠くから探しに来たのか、大きな荷物を車に積んでいる人もいる。だがぼくたちのように忙しく基板を集めているというよりは、困ったように途方にくれている人のほうが多いのが、印象的だった。目に付くところの基板は既にあらかた回収が済んでしまっていて、残っているのはほとんど金にならないような、錆び付いてボロボロのものばかりなのだ。
 ぼくたちがここで忙しくしているのは、ひとえにエリスのおかげに他ならない。でも肝心のエリスは、きょとんとした表情で首を傾げた。
「どうして?」
「ライバルに取られるぐらいなら、ぼくたちが見つけて収入にしたいだろ」
 真実をぼかして伝えると、エリスは素直にこくんと頷いた。
「うん。見つけたもの勝ちだもんね」
「そうだね」
 ぼくも曖昧に同意する。彼女は知らないのだ。ぼくたちが今になってもこれだけ数多くの基板が集められているのは、奇跡に近い必然なのだということを。
 なんとなくばつが悪くなって、ぼくは目の前の基板に手を伸ばした。
「とりあえず、帰るまでにこれを全部分類しておくから、エリスはもう少し潜ってきていいよ」
「うん。わかった。サボってたら帰れないんだからね!」
 ぴょんぴょんと、足場の悪い道を飛び跳ねるようにして再びがれきの山のほうに戻っていくエリスの背中を目で追いながら、ぼくは通算何度目ともしれないため息をついた。やっぱり彼女にはいろんな意味で頭が上がりそうにない。
 手に持った基板を一つ一つじっくり眺めては、錆の有無や劣化の具合を調べる。もともと壊れている基板を回収しているだけだから、それそのものの状態なんて本当はあんまり関係がないのだけど、綺麗なものと劣化したものでは多少なりとも買い取り価格が変わってくる。分別して綺麗なものをたくさん納品したほうが、結果的には身入りが多くなるのだ。とはいえこれは、回収作業を二人でやってるぼくたちだからこそできるやり方であって、普通の探索者はこれをやらない。分別する暇があったら、一つでも多く回収したほうが良いからだ。
 エリスが集めてきた基板をだいたい二種類に分け終わると、今度は持ってきたリュックにそれをしまっていく。一つがぼくので、もう一つがエリスのだ。今日はわりと綺麗な基板が多かったから、こっちをぼくが背負って帰ることになる。
 彼女が探して、ぼくが分別する。これがぼくたちチームのやり方だ。本当なら女の子ががれきの山に潜って探しに行くのは危ないし、重いがれきに塞がれている場所とかもあるから、分担を逆にしたほうがいいはずだった。だけどエリスは身体が小さいのを上手く利用して、ぼくが入れないような隙間にもどんどん潜って行って、基板を見つけてくる。むしろ、少し身体が大きくなってきたぼくが入れるようなところは既に、他の大人が探した後のことが多いから、彼女のほうがたくさん見つけてくることが多かった。結果的に探索の役に立たないぼくは、集めてきた基板を分類するか、それを持って帰るときの荷物運びぐらいにしかなれなかったのだ。
 役割分担、適材適所と言えば聞こえは良いのかもしれないけれど、どう見たってぼくはほとんど彼女のヒモだった。まぁそれで現状、何も問題が起きていないのだから悪いことではないのだろう。
 彼女が集めてきた基板の分別がだいたい済んだころ、上空にあったサッカーボール大の大きな太陽は、もう水平線にその身を沈めようとしていた。真っ赤な夕日がぼくを照らす。アキハバラの壊れた街も赤く色づいていて、火の海になってしまった街を彷彿させる。気がつけばぼく以外の人の影はもう見えなくなっていて、まるで燃えさかる街に取り残されたようで少し恐ろしくなった。
 それから少しして、壊れかけた建物の陰からぴょこんと金色の頭が飛び出した。
「ユウタ! ユウタ! なんかすごいのみつけた!」
 そんなにすごいものがあったのか、彼女の声や二つの尻尾が弾んでいる。
「大きな基板でも見つけたの?」
 ぼくはさっきまで感じていた恐怖を隠すように、基板を分別するふりをしながら尋ねた。不思議ともう怖くはなかった。
「ちがうの。もっとすごいやつ! よくわかんないけど、すごいの!」
「よくわかんないのにすごいのか。ぼくにはさっぱりわかんないよ」
 身振り手振りを交えながら説明しているのに、さっぱり要領を得ない彼女の説明力のなさに苦笑いしながら、ぼくは彼女のところまでリュックを持って行く。もう準備は終わっていたから、彼女の言うすごいのを見たらそのまま帰ろうと思ったのだ。
 いままでにもエリスは何度もこうして、何か見つけてはぼくに報告してきたし、手で持って来られる本などはそのまま持ってくることもあった。ぼくが手持ち無沙汰で退屈しないように、という彼女なりの配慮であることをぼくは知っている。だって、基板があんまり見つからなかったときに限って、少し申し訳なさそうな表情をしながらも嬉しそうに持ってくるんだもの。おかげで暇つぶしに、いつ使うのかも分からない、そもそも使う機会が来るのかどうかも不明な謎知識が増える結果になった。
「あれ? すごいのは持ってきてないのか?」
 エリスのところまで行ったぼくは、彼女が何も持っていないことに気がついた。彼女が立っていた建物の裏には、がれきに埋もれて、彼女ならスルリと入れそうなぐらい隙間があった。ぼくでぎりぎりか、あるいは無理かもしれない。おそらくエリスはここから出てきたのだろう。どんな危険があるのかもわからないのに、どんどんとこういうところに入っていける彼女にはいつも驚かされてばかりだ。
「すごいのいっぱいあったから持って来れなかった。ユウタも一緒に来て」
 そう言って再び隙間に入っていこうとするエリスを、ぼくは慌てて引き留めた。
「来てって言われても、ぼくはそんな隙間は入れないよ!」
「大丈夫。狭いのはここだけだから。奥のほうに、広い部屋があるの」
 行きたくてうずうずしているらしいエリスが、尻込みするぼくを不満そうな表情でみつめる。両頬が少しふくらんでいるところが彼女らしい。
「来てくれないの?」
「そう言われてもねぇ……」
 ぼくは持ってきた荷物をがれきの間において、隙間に半身を突っ込んでみる。正直、かなりぎりぎりだ。入れるには入れるけど、ささくれだった表面が身体に当たって痛いし、この先これ以上隙間が細くなるようなら詰まる可能性もある。こんな場所じゃ方向転換も出来そうにないから、進めなくなったら終わりだ。
「よーし、ユウタ。いっけー」
 不意に後ろからエリスが押してきて、ぼくの身体は完全に隙間へと押し込まれる形になった。
「ちょっと、エリス! 押さないでよ!」
 振り替えられないから仕方なく、前に向かって叫ぶ。わんわんと狭い隙間に大きな声が反響した。
「大丈夫、大丈夫。道は一本だから、このまま行けばつくの」背中越しにエリスの声が聞こえて、少し安心する。「そんなに遠くもないから、すぐだよ」
 彼女の小さな手がぼくの背中を押して、どんどん先に進むように仕向けてくる。
「ぼくが詰まったらちゃんと助けてよ?」
「はーい」
 エリスの楽しげな返事が、どうにも不安だった。
 仕方なく手探りで慎重に壁の様子を確かめながら、ぼくは先に進む。最初のころは夕日がどこかの隙間から差し込んでいて、かろうじて前が見えるぐらいの明るさはあったのだけど、それもすぐになくなってしまった。今はぼくたちが帰るときに道を照らすのに使う、小さなポケットライトの光が全てだった。アキハバラは磁場の乱れが強いのか、その光も消えそうなぐらい揺らいでいる。
 ただ、こういう大人はあんまり入らない場所には、まだ基板がいくつも落ちているというのはわかった。がれきの隙間を覗けば、まだ届きそうな範囲に基板が見えたところがあちこちにあった。エリスの手の届く範囲よりは少し離れた場所だったから、つまりはそういうことなのだろう。
「ユウタ、そろそろつく」
 時間で言えば20分ぐらい、でも距離で言えば1キロも行かないぐらいで、再びエリスが声をかけてきた。それまではぼくの「怖いよう」というぼやきに、楽しそうに笑っていた。こんな狭いところで楽しそうにできる彼女の神経が、ぼくには全くわからない。
「えー、なにも無いけど」
 彼女の言葉に従って、ぼくは周りを見渡してみるが、すごそうなものは何も見つからない。
「あるよー。鉄のドアが左のほうにあるはずなの」
「鉄のドア? そんなものが……あった」
 あるわけがないと思っていたから気がつかなかっただけで、揺らぐ明かりでよくよく照らしてみれば、そこには確かにドアがあった。がれきがこちら側に落ちてきた衝撃で多少歪んでしまっているが、少しぐらいなら動かせるようだ。
「そこ押して」
「うん」
 押し開きになっていたドアを開けると、そこはどうやら倉庫のような場所だった。驚いたことに、ここに来るまでの道と言えないような隙間とは違って、中身は散乱しているものの、崩壊は免れたようだ。想像できるものよりもずっと綺麗なここには、外ではほとんど見かけなくなった昔の電化製品や、何かの部品がたくさん置かれていた。この一部屋だけで、かなりの量の基板が手に入ることだろう。
「なんだ、ここ」
「ね? 広いでしょ」
 ぼくの後から倉庫に入ってきたエリスが、にこにこと笑顔を浮かべて言った。驚いてほとんど言葉が出ない僕を見て喜んでいるらしい。
「それでね、これがすごいの」
 そう言ってエリスは、散乱する電気製品には目もくれず、部屋の端のほうに放置された箱に近づいていった。
「すごいのって、この部屋のことじゃないわけ?」
「ちがうよ。これのことだよ!」
 箱の中から彼女が取りだしたのは、細長い白い棒だった。彼女が両手をいっぱいに広げた分ぐらいの長さはあり、見かけによらず軽くてすぐに壊れてしまいそうだ。爪の先でこんこんと弾けば、およそ中が空洞であることが察せられた。
「ね? なんかよくわかんないけど、すごいでしょ?」
「うーん……」
 エリスがこれを取り出した箱の中には、同じような棒が何本も入っていたが、地震のせいか既に壊れてしまって半分になっていたり、粉々になってしまったりしているものが大半だった。ぼくは壊れた破片を箱の中から取りだして、確認する。おそらく、これはガラスだ。薄い筒状になったガラスの管が、もともとの形だったのだろう。かなり繊細に扱わないと、このように割れてしまうのかもしれない。
「ユウタはこれが何なのか知ってる?」
「わるいけど、ぼくが見た本には載ってなかったなあ」
「えー」
 エリスが不満そうにぶーたれた。一体これの何が、彼女の琴線に触れたというのか。
「ユウタ、役にたたないじゃん」
「いや、でもこれの入ってたらしい箱に書いてあるのは、何となくわかるよ」
 エリスに馬鹿にされたままでいるのは嫌だったので、ぼくはちょうどそこにあった棒と同じサイズの筒状の箱を指さした。おそらくこの箱に一本ずつ入れて管理して他のだろう。中身が粉々になったために、箱だけになったものが落ちていた。
「ここの真ん中にデカデカと書かれた”Panasonica(パナソニカ)”は今の世界的大企業”Panasonys(パナソニーズ)”が出来る前の、昔の会社の名前だったはず。確か、シロモノカデンとかいうので、一世を風靡したらしいよ」
 ぼくが本から手に入れた聞きかじりの知識をひけらかすも、エリスはちょこんと首を傾げた。彼女のブロンドの二つの尻尾が目の端で揺れる。
「シロモノカデンって、なに?」
「レイゾウコとか、センタッキとかそういうものをまとめていう言い方だって」
「ふうん、変なの」
 エリスが興味を無くしたように、そっぽを向いた。元々そういう話に興味が無い彼女には、難しすぎる話だったかもしれない。ある程度は知っているぼくも、これ以上のことはよく分かっていなかったから、突っ込まれなくて良かったとも思う。旧時代はシロモノカデンが世の中には溢れていたのだろうか。どんなものなのかはさっぱりわからないけれど、ちょっとだけ不思議だと思った。
「でも結局、これがなんなのかはわかんないんでしょ?」
「……うん」
 エリスの言葉に、ぼくは頷くしかなかった。勢いだけじゃさすがに誤魔化せなかったようだ。
 細長い白い棒について書かれていた本は、あいにくと読んだ記憶がない。案外、昔の人にとって身近だったものとかは記述に残らないものだから、これもそういった類いのものかもしれない。この破片の量からして、ここにはかなりたくさんの棒が保管されていたみたいだったからだ。この一本が残っていたのはかなり偶然だろう。
「おじいだったら、知ってるかな?」
「たぶんね」
 おじいというのは、ぼくたちがいつも基板を集めて売っているおじいさんのことだ。変革の起こる前から生きていた人で、ずっとここら辺で暮らしていたらしい。ぼくたち二人が探索者の中ではまだまだ若いからと、基板を買い取る以外にも、いろいろなことを教えてくれる物知りな人だ。とっても頼りになるしいろいろ助けてもらっているから、ぼくとエリスは親しみを込めておじいと呼んでいる。なんていうのか、両親がいないぼくたちのおじいちゃんのような存在なのだ。
「じゃあ、持ってかえろう」
 エリスが笑顔で、それを抱き抱えるようにして持つ。少しかさばるサイズではあるけれど、重さはあまりないので持って帰るのに不都合はないため、反対する理由は何もない。とはいえ、電気製品の山を目の前にして、価値のあるのかどうかも分からない物だけを持って帰るというのもおかしな話だ。
「じゃあ、戻ろ。早く帰らないと、どんどん遅くなっちゃうよ」
 ドアを開けた格好のまま、エリスがぼくを呼ぶ。彼女の言うことも一理ある。これ以上の長居は、時間の関係でかなり厳しくなってくる。ぼくは後ろを惜しみつつ、ドアをくぐる。
「エリス、あそこってまた行けるかな?」
 身体ギリギリの隙間を、今度は外を目指して抜けた後、せめてもの慰めにと尋ねると、エリスはきょとんとした様子で首を傾げた。
「なんで?」
「なんでって、きみも見たでしょ。倉庫に放置されてた電気製品の山を」
 するとエリスは、納得がいったとでも言うように目を大きく見開いて、ぼくを見た。
「ユウタがあっちを見てたのは、でんきせーひんの基板が欲しかったからなの?」
「うん。あんなにあれば、かなり稼げるだろ」
 その一言に、彼女が少し顔を曇らせた。
「残念だけど、あそこにあるのは全部からっぽだよ。エリスが来たときにはもうなくなってたもん」
「からっぽ?」
「うん。エリスぜーんぶ調べたけど、一個も見つかんなかったもん。誰か先に来て、持ってっちゃったみたい」
「……もうちょっと早く、教えて欲しかったな」
 ぼくは基板のたくさん入ったほうのリュックを背負いながら落胆のため息をついた。心なしか、リュックもさっきより重たく感じられる。一攫千金の夢はそう簡単に叶うものではないようだ。
「大丈夫だよ。今日はいっぱいエリスが見つけたし、明日も探すもん」
 倉庫で見つけたものを大事そうに抱えて、笑顔を浮かべたエリスが元気よく先導して歩きだした。ぼくにはちょっと、彼女の背中がまぶしい。

   *

「ほぉ~。これは蛍光灯じゃな」
 エリスが渡した白い棒を見たおじいは、首ぐらいまで伸びた白い髭を撫でながら、息を吐き出すように言った。
 住処に戻ってきたとき、すでに辺りはすっかり暗くなってしまっていた。時間もいつもよりも大分遅くなってしまっているのだろう。ぼくたちが帰ってくるまで、待っていてくれたおじいは、大量の基板を見ていっしょになって喜んでくれた。
 そして今は、まるで昔を懐かしむように、目をじっと細めて蛍光灯とやらを観察している。どうやらおじいも久しぶりに見るものだったらしい。
「けーこーとー?」
 目を丸くしたエリスが、舌足らずな口調で呟く。想像していたよりもずっと簡単に名前が分かってしまったことに、むしろ驚いたらしい。ちょっと口が開けっ放しになっている。
「そうじゃ。良く見つけてきたのぉ」
 おじいがエリスの頭を撫でる。嬉しそうに撫でられたあと、エリスがこっそりとぼくに向かってピースをしてきた。こっちを向いた顔は、どうだとばかりににやけている。それはぼくに対してやってくるのは、役に立たなかったことへの当てつけか。蛍光灯とやらを見つけたことは、そこまで自慢げにすることでもないだろうに。
「蛍光灯は昔は極一般的に使われていた照明器具でな。もしかすると、今も使われている電球よりもいろんなところで使われていたのかもしれんな。何しろ消費電力が少なく、長持ちするものだったからの」
「じゃあ、なんで今はほとんど見かけないのかな?」
 昔はかなりたくさん使われていたというのなら、今だってあってもおかしくはないと思うのだ。確かに旧時代に使われていたものの多くが、変革後には正常に動作しなくなってしまったようだが、それでも一部ではまだ騙し騙し使われているというのが現状である。現に僕らが使っている電球を使ったライトだって、昔はもっと煌々と明るく光るものだったらしい。落ち着きがなくゆらゆらと点滅するのは、今だからこそだ。
「そりゃもちろん、磁場が大幅に乱れたせいじゃな」
 おじいは、ぼくの疑問にも簡単に答えを出した。本当に、おじいの見識の深さには驚かされてばかりのぼくたちだ。
「もともと蛍光灯はな、電子と呼ばれるものをこの管の中を飛ばして光っているものなのじゃ。電球が、電気を通すフィラメントが発光するのに対して、蛍光灯は通るんじゃなくて飛んでいく仕組みなのだ。電子が飛んでいくときに、この管の内側に塗られた光を出す蛍光物質が発光するようになっている。だから、磁場の乱れによってうまく電子が飛ばなくなってしまったから、蛍光灯は使えなくなってしまったというわけじゃ」
「でんし? けーこーぶっしつ?」
 専門的な用語が出てきた途端に、ちんぷんかんぷんになったエリスは、困ったような表情でぼくとおじいを交互に見上げた。
「えーと、エリス。難しかったら別に先に外に出ててもいいよ」
 ぼくの言葉にこくりと頷いて、エリスは一人で外に出ていく。おじいの小さな小屋は三人で入ると結構狭いから、ゆっくり話しを聞くにはどうにも適さない環境なのだ。特にそういうものにあんまり興味がないエリスには、苦痛だろう。エリスは白い棒の名前が分かっただけで満足したようだ。もうそろそろ帰る時間だろう。
「オーロラでてるよ!」
 外に出たエリスの声が、小屋の中まで聞こえてくる。
「オーロラか。昔はこんなところじゃみえなかったものじゃが」
 おじいは窓に近づいていくと、ガラス越しにそっと空を見上げた。その様子は楽しげでもあり、同時に昔を思い出しているのか寂しそうでもあった。
 以前おじいに聞いた話では、旧時代にはオーロラというのは北極にほど近い場所など、限られた場所でしか見ることができなかったものらしい。それもかなり条件が整わないときれいには見えない、割と希な現象だったということだ。だけど変革が起こったあと、オーロラは地球上のどこにいても、頻繁に見ることのできるそこまで珍しくない現象にまで成り下がっている。これもまた、磁場の変化によるものらしい。太陽からのエネルギーも変質しているということも、原因にあげられるらしい。運が良ければ、昼間にもオーロラを見ることができるぐらいだ。
「ときにユウタよ。おぬしは、この蛍光灯が光るところを見てみたいとは思わぬか?」
 空を見上げていたおじいが、ぽつりと言う。
「磁場のせいで、使えないんじゃないの?」
「蛍光灯をはめて使う土台の部分さえ手に入れば、少しぐらいつけることはできるはずじゃ。丁度、ゼロの夜も近づいておるしの」
 ぼくは一も二もなく頷いた。エリスもきっと賛成するはず。彼女は難しいことは苦手だが、ぼくが何かをやっているのを見るのは好きなのだ。
 再び点灯させるためには土台を探してこなくてはいけないようだが、旧時代ではかなり普及していたもののようだし、壊れていない蛍光灯を見つけるよりはずっと簡単であることだろう。
「そうか。いいか、ゼロは明後日の夜に起こる。それまでに集めてこないと、次の機会はおそらく一ヶ月後になるじゃろう」
 おじいの小さな目が眼鏡越しにぼくをじっと見つめてくる。そこに何かすがるような色を見て、ぼくは思わず唾を呑んだ。
「……大丈夫。ぼくたちが絶対見つけてくるよ」

   *

 それから二日後。
 ぼくとエリスは、なんとかおじいが教えてくれた必要なものを、がれきの山のなかから発見してきた。スターター方式がどうとか、インバータ方式がこうとか、おじいは細かい知識もいろいろくれたが、そんなことよりもまずは、今もまだ壊れていないで動くものを見つけるほうが大変だった。蛍光灯を設置する土台となる部分にも基板は使われていたようで、ぼくが歩き回った範囲で見つけてきたものの殆どは基板が抜き取られてしまっていた。まだ残っているものも多少はあったが、そういうものは全て基板がかなりさび付いてしまっていて、正常に動作するという保証が全くなかった。
 結局、ぼくが外で土台とバッテリーをつなぐケーブルを探している間に、エリスが崩壊した建物に潜って、まだ使える土台を見つけてくるという分担になった。蛍光灯を再びつけてみるというアイデアをエリスに話したあと、彼女はいつも以上にやる気になって、いろいろな場所を探し始めた。手近な場所で見つかるのが一番良かったのだが、最後は再びアキハバラに行き、そこでようやくまだ使える土台は見つけられた。蛍光灯も一本しかないのは心許なかったため、まだ使えそうなものをかき集め、なんとか三本確保することに成功している。そのうちの一本でも点けば御の字である。
「ユウタはあんまり役に立たなかった。エリスがけーこーとーも土台も見つけたんだから、エリスが明かりをつける係でいいよね」
「セットしてるのはぼくなんだけど」
「いいのいいの」
「まあそれぐらい別にいいけどさ」
 いつもよりも早い時間におじいのところに戻ってきたぼくたちは、集めてきたものを順番につないでいく。電気を流す大元のバッテリーは、おじいがいつも乗っているバイクのものを使わせてくれることになっていた。おじいによれば昔は電線というものが町中に張り巡らされていて、どこの家でも電気が使えるようになっていたらしい。だけど磁場の乱れは、その電線を通る電気をも乱してしまうことが分かってから、それらは急速に無くなっていったんだそうだ。もちろん、家においてあるほとんどの電気を使う物が正常に動作しなくなったということもある。
 今夜、蛍光灯がつけられるのは丁度ゼロの夜と重なるからだ。ゼロの夜とは新月の日のことで月が地平線に沈んだ時間から数時間程度だけ、磁場の乱れが殆どなくなる現象のことを指す。そのときだけは、昔に使われていたような全ての電気を使ったものが、正しく動く。なんでも磁場の乱れが収まって、丁度昔と同じぐらいの水準で安定するからなのだそうだ。ぼくたちが急いでいたのも、この日が近かったからである。
 ちなみにゼロの夜が近づいてくると、オーロラの動きも活発になるという特徴もある。エリスが先日見たオーロラもそれの影響であることが想像された。
「ほう。だいたい準備は整ったようじゃな」
 なかなか慣れない作業に手間取ってしまい、ゼロの夜が始まる少し前にやっと準備を終えることができた。これでもうあとはスイッチを入れるだけだ。押す係に立候補したエリスは、もうスイッチの前でスタンバイしている。
「まだー?」
「ちょっと待機するのは早すぎると思うよ」
 スイッチの前でうずうずしているエリスを窘めながら、ぼくも自分が興奮しているのを感じていた。
 変革の前と後では、人々の生活はおよそ180°変わってしまったという。以前は当たり前に使われていた電気製品というものが、今はほとんど使えなくなった。人間の暮らしは、昔を知っている人からすれば不便になったらしい。だけど、そんなことは変革のあとに生まれたぼくたちには知りようもない事実だ。準備した蛍光灯を感慨深げに見つめるおじいと、わくわくしながら見るぼくたちには、見えないけれど大きな隔たりがあるのだろう。
 おじいが時折話してくれる昔話では、ここらへん一帯にはかなり栄えていた都市があったらしい。夜になっても消えることのなく電気の照明が闇を切り開き、一日中暮れることのない不夜城と化していたんだとか。今、空を見上げてもそこに輝くのは星の光ばかりで、それ以外の明かりなど、本当に僅かしか見えない。闇は深く、粘りっこくぼくらにからみついてくる。ぼくにはどっちのほうがいいのかなんて、わかるわけがなかった。だって今しか知らないのだから。エリスだって同じだろう。散りばめられた星を指さし、屈託なく笑ってみせる彼女が、昼間のように明るい夜を好むとは思えない。
 でも、おじいは? それを尋ねることはぼくにできそうになかった。
「そろそろ時間じゃな」
「……ああ、うん」
 静かに風に乗って届いたおじいの呟きに、ぼくは現実へと引き戻される。今は答えの出ないことをあれこれと考えている場合じゃない。蛍光灯に集中するべき時だ。
 気持ちを切り替えて、あらかじめ用意しておいたコンパスを、ぼくたち三人のちょうど真ん中におく。磁場の乱れの影響を諸に受ける旧時代製のコンパスだ。北を指すべき赤い針は、まるで進むべき道を失ってしまったかのように、ふらふらと動いて落ち着かない。
「…………」
 スイッチの前に座ったエリスが、真剣な眼差しでコンパスを見つめる。舞い降りた静寂が、否応なしにぼくの心臓の高鳴りを伝えてくる。他の二人にも聞こえているんじゃないかと心配になってきたころ、コンパスの動きが変わった。
 ぐるぐると回るばかりで、何も示さなかったところから一転。大きくぶれ動きながらも、赤い針は一点に向けて静かに収束を始める。それは隠されていた答えが、磁場の乱れが収まることによって今、姿を現そうとしているようにも思えた。
 そうして、ついには針がピタリと静止する。
「今だ!」「押すよ!」
 瞬間、ぼくとエリスの声が重なる。視界の端で、おじいもすこし身を乗り出すのが分かった。エリスの小さな手によって、パチリとスイッチが弾かれる。
 初め、ぼくは失敗したと思った。エリスがスイッチを入れたはずなのに、何も起こらなかったからだ。
 まずはちゃんとスイッチが入っているかを疑い、それから設置したケーブルが正しく繋がれているかを確かめる。エリスが泣きそうなようすで、機材を確かめるぼくと蛍光灯を見つめるのがわかった。目視した限り、おかしなところは見当たらない。これはもう蛍光灯がおかしいのか、あるいはそもそもあり合わせの部品だけで蛍光灯を点けるのは無理だったのか、それらのうちのどちらかだ。
 ぼくはそっと、予備に集めてあった蛍光灯に手を伸ばす。
「焦るでない」
 それを遮ったのは、おじいの静かな一言だった。ぽつりと呟くように言ったはずの言葉が、ぼくたちの身をピタリと止めさせる。エリスもぼくも、おじいの方に目を向けた。
「古い部品じゃ。直ぐに点くとは思うな」
 おじいが蛍光灯をじっと見つめたまま、諭すように言った。
「耳を、すましてみなさい」
 ぼくたちは揃って、静かに蛍光灯に注意を傾ける。
「あっ!」
 エリスが小さく声を上げ、そこでようやくぼくも気がついた。ジーという電気の流れるような音が、蛍光灯からしてきていた。
 そしてとうとうぼくたちが見つめる前で、蛍光灯が点滅を始める。
 何度か点滅を繰り返した後、不意に夜闇を切り裂くように光が灯り、ぼくとエリスが顔を軽く手で覆った。眩しいのに目が慣れて手を外すと、想像していたものよりもずっと強い光が三人の顔を照らし出していた。いつもぼくたちが明かりとして使っていた小型のライトと比べれば、太陽と月かと思うぐらいに蛍光灯は煌々と光を放つ。
 ぼくにはそれが、昔と今の差を表しているようにも思えた。明るい光に満ちあふれた便利で暖かい太陽のような世界と、冷たく暗い文明の残り香を思わせる月のような世界。それでも太陽にも月にも、それぞれに良いところはあって、どっちのほうがいいかなんて簡単には決められない。だって決めようがない、月は自ら光ることをしないから太陽のことなど知りようがないんだから。
「うわぁー、すっごい」
 目をきらきらさせながら、エリスが蛍光灯を眩しそうに見つめる。だが、おじいはそれを少し残念そうに見ていた。
「ふむ。どうもやはり、昔と同じようにとはいかないようじゃな。こんなのは切れかけの時と同じぐらいじゃ」
「でも、すっごい明るいよ?」
「これが新しい蛍光灯なら、もっと明るかったということじゃ」
「へぇー。旧時代もすごかったんだねー」
 二人が話すのをききながら、ぼくはエリスの言葉に引っかかりを覚えた。
「旧時代も、じゃと?」
「エリス、今と比べたら旧時代はずっと進んだ技術を持ってたんだぞ」
 だが、ぼくたちの言葉にエリスはきょとんとした顔をして言った。
「え? だってエリス、旧時代のことなんて何にも知らないもん」
 ぼくは虚を突かれる思いがした。エリスが続ける。
「でもエリスは、今のことならいーっぱい知ってるよ。基板拾ったり、壊れた建物の中を探検したり、宝探しみたいで毎日楽しいもん。だから今のほうがもっとすごいんだよ」
「……そうか」
 正直な話、ぼくにはもうそれしか言うことができなかった。昔と今、どっちがいいのかなんて決められない、なんて考えている場合じゃなかったのだ。昔のことを知って、賢しく今と比べたりなんかしているぼくに、それを決める資格なんてないのだ。今のほうがいいと言えるのは、今を生きるぼくたちにしか出来ないことだから。今のぼくたちが選ばなくて、一体誰が選ぶと言うのか。
 つまりは、決められなかったんじゃなくて、ぼくが迷っていただけだった。昔のいいところを知ってしまったぼくが、見たこともない景色を想像して、勝手に現実とのギャップに苦しんでいただけなのだ。エリスは昔のことなどほとんど興味を持たなかったから、今を愛していられた。
「エリスは良い子だなぁ」
 おじいが静かに手を伸ばして、エリスの頭を撫でた。その一言に、ぼくはおじいの気持ちをうかがい知ることができた。そしてその答えが、ぼくたちとおじいの差、引いては昔と今の違いなのだとわかった。
 きっとおじいは、昔が恋しい。
「ねぇ、おじい。なんか昔のことお話してよ」
 明るく光る蛍光灯を囲みながら、エリスがねだる。
 ぼくはもう間違えない。夢を見るんじゃない。
 一つの歴史としてそれを聞くのだ。新しい歴史を作るぼくたちの参考として。
 それが、これからのぼくには大切なことだと思った。
「ええぞ。じゃあ、こんなのはどうじゃ――」
 それからぼくたちは、再び磁場の乱れが発生して蛍光灯が消えてしまうまで、ずっとおじいの話を聞き続けた。
 蛍光灯が照らしたのは一夜限りの夢のような時間だったのかもしれない。

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