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さらし文学賞
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キューピッ灯


 いつもとなんら変わらない、放課後の軽音部室。
「健吾、結衣! ちょっと今から二人で蛍光灯買ってきて」
いつものようにライブの練習をしていた私の前に仁王立ちして、米倉明美部長は唐突に言い放った。
「おい明美、どうしていきなりそんなこと……」
 私の疑問を代弁したのは私と共に明美に指名された副部長の永津健吾くん、その人だった。彼は目だけは一応明美の方に向けているけれど、その手は狂いなくギターのネックの上を滑り続けている。
「なんでって、切れかけてるじゃないの。ほら」
 そう言って明美が親指でちょいちょいと指した先の天井には確かに、弱々しい明滅を繰り返す蛍光灯。だけどそれはもう半年程前からずっとこんな状態で、最近ではもうすっかり慣れてしまっていた。
どうして今さら?
「買ってくるのはこれと同じ種類のものね。もちろん費用は部費からおりるから安心して。それじゃ、よろしく」

 一方的に用件を伝え、さっさと自分の練習を始めようとしている明美。普通ならば横暴だと不快に思うところなのかもしれないけれど、私は腹を立てるどころかむしろ、感謝でいっぱいだった。なぜなら、
(永津くんと二人きり……!)
 そうこれはきっと、何かのきっかけで私の恋心を知った明美が蛍光灯を口実に謀った策略に違いない。ありがとう明美! 今度何か奢ってあげるからね! と、こんな調子でまぬけに浮かれていた私。
 だけど、永津くんは私とは対照的だったようで、
「……明美。蛍光灯なら別に家の近所でも買えるんだから、帰りに俺たちで買いに行けばいいだろ」
 彼は頬を僅かに染めてそう言った。その姿に私は胸に痛みを覚える。
 そうだ。永津くんと明美は幼馴染で、そしてたぶん、彼が好きなのは明美。明美は気付いていないみたいだけど、私はとっくにわかっていた。こうなることだって最初からわかっていたはずなのに。
「文句言わない! 健吾は昔っからそんなだから、みんなに『ホタルを見習え』って言われるのよ! いいからさっさと行って来い!」
 明美は永津くんのことを「健吾」と呼び、私が知らない昔の彼を知っている。たったそれだけのことが私を、協力しようとしてくれた明美にまで暗い感情を抱く嫌な女にしてしまう。
「わ、わかったよ。行こうぜ、里中」
 いつものように私を名字で呼び、永津くんは部室を出て行った。私は椅子にかかっていたコートを握り締めると、明美にお礼も言えないまま永津くんの後を追った。


 無言でずんずんと歩く永津くんに私は校門のところでやっと追いついた。息を切らす私に気付いた永津くんは「悪いな」とぶっきらぼうに言って、歩く速度を緩めてくれた。永津くんのことだから本当は少しでも早く練習に戻りたいだろうに。
 寝グセなのかセットなのかもわからないような髪型に飾り気の全くない白のスニーカー。ギター以外の事には驚くほど無頓着で、明美にはいつも「身なりに気を遣わないのは人前に立つバンドマンとして失格だ」なんて言われているけど、本人は全く意に介していない。
 不器用でまっすぐ。永津くんと私は普段ほとんど話さないただの「部活仲間」だけど、いつも永津くんばかり見てきた私は明美と同じぐらい、彼のことをたくさん知っている自信がある。

「ね、ねぇ永津くん」
「……なに?」
 緊張して少し声が震えたけれど、永津くんは意外と普通に返事してくれた。大丈夫、私だってたくさんお話すればきっと彼と仲良くなれるはず。明美には絶対負けてなんかやらない。
「永津くんって、なんでギターを始めたの? 実は前から聞きたいなって思ってて!」
「ええと……あまり覚えてない」
「そうなんだ」
「うん」
(えっ……それだけ?)
 待てど暮らせど、永津くんは本当にそれ以上何も言ってくれなかった。いつにも増して冷たい反応。正直心が折れそうになるけれど、私はまだ諦めるわけにはいかなかった。
 軽音部の引退ライブ。数週間後に迫ったそれはすなわち、私と永津くんの唯一の接点が消失する時でもある。そしてそうなれば幼馴染というアドバンテージがある明美に、私は勝てる自信など無い。  
 だから、絶対にここで引くわけにはいかない。
「そ、それじゃあさ! 永津くんって普段どんな音楽聞くの?」
「まあ、いろいろと」
「……なら、好きなアーティストさんは?」
「言ってもわからないと思う」
「そ、それでもいいから、教えてほしいな。私ずっと、永津くんが好きなものとかもっと知りたいなって」
「………」
「永津くん?」
「え?……ああ、悪い里中、聞いてなかった。それでなんだって?」
「う、ううん! 何でもないよ……」
 ああ、もう駄目だ。諦めないって思ったのに、さすがに心が折れた。永津くんは私と会話もしたくないんだ。泣きそうになるのを堪えながら歩く私に、無情にも目的の店は近づいてゆく。


(あーもう! またやっちまった!)
 無愛想な表情を浮かべているであろう顔の裏で、俺は内心頭を抱えていた。せっかく、明美が無理やり二人きりにしてくれたのに。今日という日を逃すわけにはいかないのに。こうして焦れば焦るほどうまく話せないのは、昔から何も変わっていない。
 実際今もずっと切り出す台詞やタイミングを考えていたのに、いざという時になると里中に先を越されて、俺は何も言えなくなってしまう。おまけに自分の話しか考えてなかったせいで里中の質問にはまともに答えられず、里中に嫌な奴だって思われてしまったかもしれない。
 だけど落ち込んでいる時間は無い。俺は必死で探した。口下手な俺でもすらすらと継げるような話題で、かつ里中にもわかるような話題を。
 そして一つだけ見つけた。
 俺は意気揚々と切り出す。その話題が、より状況を悪くするものだとは知らずに。


「それにしても……」
 酷く難しい顔で歩き続けていた永津くんが突然そう言ったのは商店街に入った時だった。永津くんに無視されて落ち込んでいた私の心は、そのたった一言を聞いた途端に飛び起きて、会話の準備態勢に入る。嫌われていることはさっき十分わかったのに、それでもまだ小さな可能性に縋りつく自分に驚いた。
「ぬあっ、なに?」
 変な声が出た。永津くんに変な風に思われてなければいいのだけれど。
 実際、永津くんは何とも思っていないようだった。その証拠に永津くんは、私の言葉に被せるような勢いで次の言葉を続けてきた。
「明美の奴も酷いよな! いきなり蛍光灯買ってこいなんてさ」

 永津くんが私の隣でずっと話し続けてくれている。今まで見たことのないようなハイテンションで。それこそ、必死さすら感じるほどの勢いで。
 それなのにどうして私はこんなにも悲しいのだろう。
「あいつ、昔からそういう所あるんだよな。思えば中学校の生徒会長やっていた時なんかさ……」
「まあでも、ああ見えても結構いい所もあるんだぜ。例えば毎年俺の誕生日には……」
「まあ腐れ縁みたいなもんだよな。俺が高校で軽音部に入るって言ったら、なぜかあいつもついてきて、俺は来るなって言ったんだけど……」
(お願いだからもうやめて。私の知らない昔の話なんて聞かせないで。もう明美の勝ちでいいから。永津くんに付きまとったりもしないから……)
 視界が滲み、立ち止まる。気付けば堪え切れなくなったものが溢れ出していて、あっという間に地面に大きな黒い染みを作っていた。
「里中……?」
 永津くんの優しい声がする。きっと心配してくれているのだろうと思うと、自分が酷く惨めに思えた。勝手に盛り上がって、ライバル視して、永津くんと明美にいっぱい迷惑をかけて。そして今も迷惑をかけている私を、永津くんは友達として気にかけてくれている。
「どうしたんだよ、本当に」
「ううん、なんでもない! ごめんね心配かけて」
 私は明美には勝てなかった。だったら、私は永津くんと明美のために次にしなければいけないことは、わかっている。マフラーでぐいぐいと乱暴に涙を拭ってから顔を上げると、永津くんは本当に心配そうな顔で私を見てくれていた。最後に泣いて、ちょっと良かったかな。
「永津くんは本当に明美のことが好きなんだね! お似合いだと思うよ! 私も友達として、二人のこと応援するね!」 


 俺には里中がどうして突然そんなことを言い出したのかわからなかった。だけど、目に涙を溜めて無理やり笑顔を作っている里中が、誰のせいで傷ついているのかということだけは明らかだった。
 俺は馬鹿だ。口下手なくせに口先でご機嫌を取ろうとして、昔から何度同じ失敗を繰り返せば気が済むんだ。これじゃ明美に言われた通り、本当に「ホタル以下」だ。
 俺は不器用なんだ。雰囲気とか、駆け引きとか、トークとか、そんな恋愛上級者のテクニックなんてやめてしまえ。俺は今日何をしに来た? 里中に何を伝えに来た? 言ってもわからないことなら共有すればいい。
 俺は死に際の騎士の如く覚悟を決めて里中の前に立った。


 永津くんは一瞬、表情を硬くした。やっぱり突然応援するなどと言われても困るのだろうなと勝手に納得していると彼はおもむろにブレザーの胸ポケットをいじり始め、何かのコードのようなものを取り出した。
「な、なに?」
 永津くんは何も言わない。代わりに、コードをつまんだ右手を私に向けて伸ばしてきて、そして左耳にその右手をぐりぐりと押し込んできた。
(痛っ! えっ、何?)
 それが何か理解したのは、左耳からポップなメロディーが流れてきた時だった。
「音、楽……?」
「知りたかったんだろ? 好きなアーティスト」
「えっと、ありがと……」
「……行くぞ、ほら」
 永津くんはそう言って反対側のイヤホンを自分の右耳に差し込んだ。イヤホンが外れないようにすると、自然と永津くんとの距離が近くなる。
「やめてよ……そんなことされたら私、勘違いしちゃう。明美だってきっと、こんなところ見たら……」
「それがもう勘違いなんだよ」
「え? どういう意味?」
 この質問はまた永津くんに無視されてしまった。だけどそれでも別にいいやと思えたのは彼の顔が真っ赤になっていることに気付けたから。全く、恋心というのは落ち込んだりはしゃいだり、本当に自分勝手でやっかいだ。

「意外とキャッチ―な感じの曲が好きなんだね……」
「似合わないだろ」
「そんなことないよ。私もこういう曲好きだな」
「……帰りに買ってやるよ、CD」
「え! そんな、悪いよ」
「別に。だって……」
「なに?」
 永津くんはなかなかその先を言おうとせず、もごもごと口の中で言葉を選別するような間が数秒。だけど結局口をつぐんだままなぜか通学カバンの中を漁り始めると、今度は透明な袋を取り出した。
「誕生日、おめでと」
「えっ、えっ?」
「明美に聞いた。今日、誕生日なんだろ?」
(あっ……すっかり忘れてた)
 これで全てが繋がった。明美がなぜ突然蛍光灯の交換などと言い出したのかも、永津くんがなぜよそよそしかったのかも。
 本当に、あとで明美に何か奢ってあげなきゃ。
「ありがとう……」
 私はその袋の中に入っている歪なそれ――クッキーに、大きな手で一生懸命生地をこねる永津くんの姿を思い描く。どうしよう。こんなの抱きしめたくなっちゃうぐらい、
「……かわいい」
「なに?」
「ううん、なんでもないよ! 家でゆっくり食べさせてもらうね!」


 永津くんはその後、目的のお店に着くまで何も言わなかった。だけど不思議と私の胸は温かい気持ちで溢れていた。
 私は永津くんのことをいろいろわかった気でいたのに、本当は何もわかっていなかった。今日だけでいくつも知った、ギターにしか興味が無いと思っていた永津くんの意外な一面。
 永津くんは言葉じゃなくて行動で、彼の不器用な優しさを伝えてくれた。彼のことを教えてくれた。これが私たちのスタイルになればいいな、とこの時ふと思いついた。


 電気屋に着いた。永津くんはしばらく蛍光灯のコーナーを避けるように回っていたけれど、私はあえて何も言わなかった。それは少しでも長く彼と一緒にいたかったのもあるけれど、それよりも、永津くんにも何か考えるところがあるのだろうと直感したからだった。
 しばらくすると永津くんは突然さも今発見しましたと言わんばかりに蛍光灯のコーナーに突撃した。もちろん本当に今発見したのかもしれなかったけれど、別にどっちだっていい。彼は一つの蛍光灯を掴み取ると、私に確認を取ることも無くレジへと向かった。
 部室の蛍光灯とは明らかに種類が違う蛍光灯を持って。
「永津くん、それ部室のとちが……」
 言いかけて、やめた。蛍光灯を購入してばつの悪そうな顔で戻ってきた永津くんが、私と同じことを考えてくれていたらいいなと思った。

 帰り道。まだ日が高いうちに私たちのおつかいは終わった。普通に帰れば練習する時間はある程度残っているだろう。
 あのさ、と永津くんは切り出した。
「明美が言ってただろ? 俺の昔の話」
「ホタルを見習え?」
「中学校の時から言われてたんだ。あれ、どういう意味かわかる?」
「ううん、わからない」
「ホタルって、求婚の時オスが明滅を繰り返してメスにアピールするんだってさ。それで皆に言われたんだ。虫にさえそんなことができるのに、健吾はす、好きな子とまともに話すこともできないからって……まあ、そういうこと」
「えっ? それって……」
 全身が熱い。きっと今、私の顔はトマトみたいに真っ赤だ。だから永津くんがどんな顔をしているのか確認することはできない。だけど……
(期待してもいいんだよね?)
 このまま部室に帰れば、明美はわざとらしく私たちを叱り飛ばすだろう。そして、もう一度二人で買い直して来いと、私たちはきっと叩き出される。
「ふふっ」
「どうした、里中」
「何でもないよ! 『健吾』くん!」
 健吾くんの身体がぴくりと反応する。私はその右手に自身の左手を伸ばしかけて、やめた。まだ時間はたっぷりあるのだ、何も焦らなくてもいい。

 私の勇気が形に変わるのは、次のおつかいの時でも遅くはない。

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