さらし文学賞
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ハッピーエンドの魔法

 わたしの知ってる物語のヒロインたちはみんな、困難を乗り越えて最後は幸せに暮らしていた。そんなかっこいいヒロインたちに憧れて、わたしもどんな困難が来ようが、絶対に乗り越えてみせると幼少時代から思っていた。


「つ・ば・き~! 一緒に帰ろうぜ~」
 わたしを呼ぶ声がする。振り向かなくても、特徴的なアルトボイスで誰だかわかった。女子の平均身長を大きく上回る背に、茶髪のショートカット。小麦色に焼けた肌は、彼女の活発な性格を表しているかのようだ。そんな見るからに運動部といった見た目のこの娘の名前は、桐生翼(きりゅう・つばさ)ちゃん。整った顔立ちをしていて、好意を寄せられることもしばしば。そこだけ聞けば、羨ましいと思うひとも多いかもしれないけど、翼ちゃんは迷惑そう。なにせ、好意を寄せてくる相手が全員女の子だから。まさか、私立の女子中で下駄箱や机の中からチョコレートなんて見られるとは思わなかったなあ。
「椿、聞いてるか?」
 そう言って翼ちゃんは心配そうにわたしの顔を覗きこむ。
「あっ、ごめんごめん。ちゃんと聞いてるよ」
「本当かあ? お前頭いいくせにどこか抜けてるからなあ」
「聞いてたってば。一緒に帰ろうって話でしょ。別に大丈夫だよでも……」
「……病院、か」
 翼ちゃんの声のトーンが少し下がる。あらぬ心配をかけちゃったかな。
「まあ、日課だからね~。ここ行かないと『一日が終わった!』って気がしないからさ」
 普段より明るさ倍増くらいで話した。翼ちゃん、変なところで気にしいだからなあ。
「お前も、無理すんなよ。なんかあったら、あたしを頼ってくれて構わないからな」
「おお、かっこいい~。そりゃあ、女の子にモテますわ」
「こっちが真面目に話してるのに、茶化すなよ!」
 ちょっと翼ちゃん顔が赤い。照れちゃって、かわいいなあ。
「あはは、ごめんごめん」
 翼ちゃんはため息をつく。
「……ったく。あんまり抱え込みすぎないようにな」
「わかってるよ。いざってときは頼りにするから、さ」
「……なら、いいんだけど」
 翼ちゃんがうつむく。くすぐられてもいないのに、どこかくすぐったい。
「はい! 辛気臭い話終わり! もっと楽しいお話しよ、翼ちゃん」
「ああ、そうだな!」
 翼ちゃん、やっといつもどおりの明るさに戻ってくれた。
「楽しいお話しよ、とか言ったってことはなんか面白い話でもあるんだろうな?」
「ううん。ないよ」
「ないのかよ!」
 わたしたちはこんなふうに馬鹿みたいなことを話してるくらいがちょうどいいんだ。


「でね、昨日優子がコケたんだよ」
「またコケたのか、アイツ……」
「あっ。じゃあ、わたし、こっちだから」
 わたしは翼ちゃん家と真逆の方向を指さす。
「おう。じゃあな。知らない人に声かけられてもホイホイ付いてくんじゃねえぞ~」
「ふふ、いつも言うよね、それ」
「お前なら付いて行きかねないからな」
 翼ちゃんはにこりと笑う。
「ひどいなあ。そこはちゃんとわきまえてるし~」
 抜けてるとはよく言われるけど、そこまでじゃない。心外だな。
「悪い悪い。そう怒んなって」
「あはは、大丈夫。心配してくれてるんでしょ」
「まあ、な」
 そっぽを向いて翼ちゃんは頭をかく。わかりやすい反応だなあ。
「それじゃ、またね」
「ああ、また明日」
 翼ちゃんに別れを告げて、わたしは病院へと向かった。


「お母さん、今日はね、体育でバスケットボールをやったんだ。それでね、ボールキャッチしようとしたんだけど、うまくキャッチできなくて、顔にあたっちゃったんだ。そしたら、鼻血がすごい出てね、そのまま保健室行き。やっぱり運動は苦手だなあ。お母さんは運動得意だったんだっけ。じゃあ、わたしみたいな経験はなかったろうな~。そういえば、そろそろうちの学校、文化祭でさ、文化祭の出し物決めてるんだけど、やっぱりなかなか決まらなくてね、今日も話し合いで終わっちゃったよ。お母さんはまだ来たことなかったよね。うちは中高一貫だから文化祭のスケールもすごいんだよ。もう圧巻ってやつでさ、今年は来られるといいね、文化祭……」
「……」
 返答はない。元から期待していない。
 お母さんの体からは、たくさんのチューブが伸びていて、まるで人造人間みたい。顔色は真っ青、手足はやせ細って、本当に生きてるのか不安になるくらい。それでも生きてる。手をにぎると温もりがわたしの肌を伝って心まで届く。お母さんは生きてるんだって実感させてくれる。
 お母さんがこんな風になってしまったのは、三年前――わたしが五年生の頃のこと。買い物に出かけたお母さんは横断歩道で車にはねられた。そのとき一命は取り留めたものの、植物状態になってしまった。それからずっとお母さんはこのままだ。納得いかないのはそれよりも、轢いた人間の方。そいつは目撃者がいないのをいいことに、お母さんを残して逃げた。だから、犯人はまだ捕まってない。その犯人が轢いたあとすぐに救急車を呼んでいたら、お母さんはこんな風になっていなかったかもしれないのに。そう思うと、憎い。ひき逃げ犯が憎い。憎い憎い憎い憎い憎……。
「椿ちゃん、どうしたの?」
 声をかけられ、はっと我にかえった。
「看護師さん……」
「いつもなら帰る頃だと思って覗いてみたんだけど……」
「あっ! ホントだ。わたし、帰りますね」
 そう言ってわたしはニコリと笑ってみせる。看護師さんに対しての大丈夫ですよアピール。
「気をつけてね」
 看護師さんも微笑み返してくれた。うまく伝わってくれたみたい。
そのまま病院の外に出ると、どこからか鼻歌が聞こえてくる。あたりを見回すと、その発信源はすぐに見つかった。
 西洋のお人形さんみたいな小さな女の子。小学生くらいかな。夕日に照らされた長い金髪がきらきらと光ってものすごく綺麗。でも、もう秋とは言ってもまだまだ暑いのに、長袖のゴスロリ調の服を着てる。肌はゴスロリの服と相まって、びっくりするくらい白い。その辺にちょこんと座っていたら、本当に人形と見間違えそう。
 その女の子はわたしを発見するなり、満面の笑みで微笑んでくれた。可愛い。手を振って笑い返すと、その子も手を振ってくれた。思わず抱きしめたくなるのを我慢して、わたしは晩ごはんの買い物に行った。


「できた!」
 いろいろあって遅くなっちゃったから、お父さんが帰ってくる前に晩ご飯作り終わるか心配だったけど、なんとか間に合った。
 お母さんが入院から、主に晩ごはんはわたしが作るようになった。朝ごはんはお父さん。そのほかの家事も、完全に分業制。お父さんは働いてるから、わたしの方が家事の分担が多い。お父さんにあんまり迷惑かけられないしね。
 玄関口からガチャリという音の後に、ただいまという声が聞こえる。お父さんが帰ってきたみたいだ。わたしはすぐさま玄関に向かう。
「おかえりなさい、お父さん。ごはんできてるよ」
「ああ、そうか……」
 なんだか、お父さんの表情が暗い。何かあったのかな。わたしは疑問に思いつつ、食卓へ座る。続いて、着替え終わったお父さんも食卓に座った。席についたものの、お父さんは食べようとしない。
「……早く、食べよ?」
「ああ、そうだな」
 やっぱり何かおかしい。何かわたしに隠しごとでもしてるのかな。
「お父さん、わたしに何か隠してない?」
 お父さんはため息をつく。そして、まっすぐわたしを見つめた。
「落ち着いて聞いてほしい」
 お父さんのただならぬ雰囲気に、わたしは声が出せずに、こくりと頷きを返すことしかできなかった。
「お母さんの人口呼吸器を外そうと思うんだ」
 細長い槍のようなものがズブリとわたしに刺さったような錯覚がする。
「これはな、おばあちゃんやおじいちゃんとも話し合った結果なんだ。椿のためでもある。どうか、素直に受け止めてほしい」
 嘘。嘘だ、嘘だ。お母さんが死ぬ? おかしい。そんなの絶対おかしい。
「椿に相談しなくて、申し訳ないとも思ってるんだ」
「……申し訳ないと思ってるなら、何か言ってくれても良かったのに! お父さんはお母さんが好きじゃなくなったの? もうお母さんはどうでもいいの? それにわたしのためって何? わたしのためって言うなら、お母さんを殺さないでよ!」
 そのままわたしは二階へと駆け上がって、自分の部屋へ閉じこもり、ベッドに潜り込んだ。
 わたしだってわかってるんだ。わたしが私立の中学に通ってるから、家計が厳しいんだ。お父さんが今から近所の公立中学に通わせたら、わたしがかわいそうだからって、決めたことなんだ。それに、あの私立中学はお母さんの母校でもある。わたしがお母さんと同じ中学に受かったときお母さんすごい喜んでた。それをお父さんは覚えてるんだ。だから、わたしに学校を辞めさせたくないんだ。頭では分かってる。だけど、ダメだった。受け入れられなかった。お母さんを死なせたくなんかない。どうすればいいんだろう。


 朝起きると、もう朝ごはんが用意してあった。お父さんはいつも、わたしが起きる頃にはもう家を出ている。だから、朝ごはんのラップの上に『昨日はごめん』と書かれた付箋が残してあった。ごめんだなんて、謝らなきゃいけないのはわたしの方なのに。結局、昨日の夜はあれから一切お父さんと口を利かなかった。なんてことをしていまったんだろう、わたし。悪いのは全部わたしなのに……。
 ダメダメ。このままじゃ、学校まで引きずって翼ちゃんに心配かけちゃう。気持ち切り替えて行かないと。明るく明るく。
「よし!」
 一つ気合をいれて、わたしは朝ごはんのパンを頬張った。


「おはよう、翼ちゃん!」
「おう、おはよ!」
 翼ちゃんは朝から腕まくりをして下敷きで胸元を仰いでいた。今日はそこまで暑い気温じゃないのになあ。
「ああ、今日朝練があってさ」
 わたしの訝しげな目線を察してか、翼ちゃんは答える。なるほど、朝練か。確かに暑いわけだ。
「そっかあ、翼ちゃん、県の選手に選ばれたからねえ」
「まあ、一応な。あたしなんかまだまだだよ」
 翼ちゃんはすごく足が速い。さっきも出たとおり、県の代表になるほど速い。それだけじゃなく、運動神経がいいのか、体育では大活躍だ。そりゃあ、女の子にモテるわけだよね、うん。
「謙虚な翼ちゃんかっこいい~」
「その『かっこいい~』っていうのやめろよ。あたしだって一応、女子だし……」
「なになに? 翼ちゃん、可愛いって言ってほしいの? いくらでも言ってあげるよ~。可愛い可愛い翼ちゃん」
「うう……。もういい!」
 あらら拗ねちゃったみたい。まあ、拗ねてるところも可愛いんだけど。
「ごめんごめん。あまりにも翼ちゃんが可愛くてさあ」
「もうやめろよ!」
「あはは、ごめん」
 とりあえず、翼ちゃんには何かあったことを悟られてないみたいで良かった。翼ちゃんを不安にさせたくないしね。


「……でね、翼ちゃんがすごい可愛くてさあ。今度お母さんに会わせてあげたいな」
 本当に、会わせてあげられたらいいのに。お母さんが目をさましてくれさえすれば、こんなにみんな辛い思いはしなくて済むのに。どれだけ願おうとも、お母さんはうんともすんとも言わない。
 チラリと時計を見ると、もう帰る時間。
「そろそろ帰るね、お母さん。またあしたも来るから!」
 そういって病室を出た。
 この日課もあと数日で終わってしまう。もうお母さんに会えなくなってしまう。どうしたらいいの。どうしたら、ハッピーエンドになるの。
 そんなことを考えてるうちに、病院の外まで来てしまっていた。早く買い物しに行かないと。お父さんには昨日のお詫びとして、大好きな唐揚げ作ってあげよう。ちゃんと、謝らないと。昨日は全面的にわたしが悪かったし……。
「ちょっと、貴女」
 どこからか声が聞こえてきた。誰だろう。周りを見回してもそれらしい声の主はいないし……。
「聞こえているかしら? ここよ、ここ」
 下から声が聞こえる? 恐る恐る下をむくと、そこには、昨日のお人形さんみたいな女の子がいた。
 昨日も一人だったけど……。知らないわたしに声をかけてきたってことは、緊急事態か何かかな。
「どうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」
「馬鹿にしないで頂戴。そんなんじゃないわ」
 やけに偉そうだし、喋り方きついな……。見た目はこんなに可愛いのに。
「じゃあ、わたしに何か用?」
 その子はその問を鼻で笑い飛ばす。
「貴女、魔法使いになってみない?」
 ああ、なるほど。そういうことか。
「魔法使いごっこね! お姉さんは何役をすればいいのかな?」
「そうじゃないわよ、チンチクリン!」
 自分よりチンチクリンな子供にチンチクリンって言われた……。
「言葉の意味どおり、魔法使い、いや、貴女の場合魔法少女というべきかしら、そうね、魔法少女になる気はない?」
 何言ってるのこの子。
「ちょっとお姉さんと病院行く? すぐそこにあるよ?」
 その子は大きくため息を吐いて言った。
「母親を救いたいとは思わない?」
「お母さんを救えるの!?」
 あれ、それにしてもなんでこの子わたしのお母さんのこと知ってるんだろう。いや、今はそんなことはどうでもいい。お母さんを救う方法が先だ。
「分かった! なる! 早くお母さんを治して!」
 もう、なりふり構っていられなかった。
「切り替え速いわねえ……。まあ良いわ。貴女が魔法少女になってくれれば、私も願ったり叶ったりだし」
 その子は一瞬怪しげに笑ったように見えた。わたし、実はすごい危ないものに乗っかっちゃったんじゃ……。
「まあ、魔法少女になるといっても、特別なことは何もいらないわ。この本さえあれば」
 そういって、その子はどこからともなく文庫本を取り出す。
「この本の中にある呪文さえ唱えれば、貴女は魔法を使える」
「そんな簡単なことなの?」
「昔は様々な準備が必要だったけれど、今は魔法も進歩していてね。魔法の仕組みさえわかれば使えるようになるの」
「それじゃあ、何でわたし?」
「魔法使いも人数が減ってきていてねえ。スカウトしても、本当に魔法を必要としている貴女みたいな人しかやってくれなくてね」
 なるほどねえ、魔法使いさんも大変なんだなあ。だけど、わたしにはそんなの関係ない。お母さんを救えればそれでいい。
「わかったから早くお母さんを治して」
「良いでしょう。じゃあ、行くわよ」


「この本のこの部分を読めば良いのよ」
「うん」
 大きく深呼吸をする。本来読めないはずの字が何故か読める。これも、魔法の仕組みとやらを理解したからなのか。口をついて出るのは聞いたこともない言葉。わたし自身、なぜこんな発音をできるのかわからない。
 呪文を言い終わると同時に、本が光りだす。本から出た光はそのままお母さんのもとへ飛んでいった。
「なにこれ……」
「これが魔法よ」
 次第に光が消えていき、何事もなかったかのように辺りが静まり返る。
「本当に治ったの?」
「効果が出るのは数日後よ。それまで待ちなさい」
 お母さんの肌の色はまだ真っ青。何も変わったところはない。本当に大丈夫なのかな。
「今日のところはもう帰りましょう。父親に夕飯を作ってあげないとでしょう」
「そうだ。忘れてた。じゃあ、わたし帰る!」
 わたしは女の子を置いていき、買い物へと走った。


「なんだか、今日の椿はやけに上機嫌だな。何かいいことでもあったか?」
「ふふ、内緒!」
 そりゃあ、いいことはあったさ。お母さんが元に戻るっていうね。でも、わたしが魔法で治しただなんてこと言えないし。これは、翼ちゃんにも秘密かな。
「なんだよ、それ~。教えろよ~」
「別に、大したことじゃないよ」
 いや、大したことなんだけどね。
「大したことないならいいじゃんかよお」
「秘密ったら秘密」
「まあ、いいけどさ~」
 翼ちゃんは頭の後ろで指を組み、そっぽを向く。もう、翼ちゃんはすぐそういう態度をとるんだから。
「本当に翼ちゃんが知っても得しないことだって」
「……まあ、いいことならそれでいいんだけど」
 いつものように翼ちゃんとの会話を楽しんでいたその時。
「椿さん、あっちで先生が呼んでるよ」
 クラスメイトの中山さんが声をかけてきた。教室のドアの方を見ると、確かにそこには先生の姿が。わたしはもっと翼ちゃんとおしゃべりしていたかったんだけど。
 渋々先生の元に向かったところで言われたのは衝撃の一言。
「椿さん、お母様が意識を取り戻したらしいわよ」


 午後の授業は途中で早退した。お父さんに連れられて向かった先はもちろん病院。
 ようやくお母さんとちゃんとお話ができる。この数年間わたしが望んでいたことが叶う。それはもう本当に嬉しくて、わたしはお父さんの運転する車の中でずっとニヤニヤしていた。
 病院に着くとすぐに、お母さんの病室へ向かう。いつもはすぐ終わる廊下も、今日だけは少し長く感じた。もうさっきからドキドキしっぱなしだ。お母さんに会ったら何を話そう。お母さんが退院したらどこに行こう。頭がそんなことでいっぱいになる。
 そのうちに、病室へたどり着いた。一つ深呼吸をして、ドアに手をかける。そして、わたしは思い切ってドアを開いた。
「お母さん!」
 そこには、確かにやせ細って、顔色は悪いけど、しっかりと自分の力で起き上がっているお母さんがいた。
「お母さんお母さんお母さん!」
 わたしはお母さんに抱きついた。なんだか嬉しくて、涙が出てきちゃった。
「どうしたのよ、椿。あなた、そんな甘えぼさんだったかしら」
 久しぶりに聞くお母さんの声はすごく透き通っていた。懐かしい。お母さんの声も、笑顔も、全部。わたしを安心させてくれる。
 だけど、とりあえず甘えるのはおしまい。ちょっと行かなきゃいけないところがある。それに、お父さんと二人っきりにしてあげたいしね。
「ちょっと、外に行ってくるね」
 そう告げて病院の外に出ると、やっぱりいた。わたしを助けてくれた、女の子。
「あら、どうしたの? 何かご用かしら」
 相変わらず鼻につく喋り方するなあ。
「ちょっと、お礼を言いにね。この間は言いそびれちゃったから」
「そんなこと、別に良いのに。私は私で別の目的があったのだから、お互いさまでしょう」
 別の目的っていうのは魔法使いを増やすってやつかな。
「それでも、だよ。改めて、ありがとう」
「今時珍しいはね、礼儀正しい子どもなんて」
「そういう君は今時の子らしく生意気だよね」
「やっぱり、さっきの言葉撤回しようかしら……」
 怒って頬を膨らませるあたりが子供っぽくて可愛いのになあ。何でこんな生意気な子になったんだろう。
「そういえばさ、いつまでここにいるの?」
 魔法使いになってくれる人を探すのなら、できるだけいろんなところに行って、いろんな人にあったほうが効率がいいはず。だったら、もうこの街からいなくなっちゃうんじゃないか。
「しばらくいるわ。まだやり残したことがあるの」
 そう言うと、またその子は怪しげな笑みを浮かべた。この表情のときのこの子はなんだか、怖い。蛇に睨まれたカエルの気分がよく分かるというか……。
「じゃあ、私はそろそろ行くわ。……貴女とは、必ずまた会うことになるでしょうね」
 意味深な言葉を残して、女の子はどこかへ行ってしまった。


 清々しい、朝。用意された朝ごはんを食べつつ、テレビのニュースを見る。
 あれからお母さんの容態は良好で、リハビリも順調。もうすぐ退院できるようになるとか。そしたら、お母さんのご飯がまた食べられる。お母さんとお出かけできる。楽しみ。すごく楽しみ。
「……○×市にて、失踪事件です」
 テレビから、わたしが住んでる市の名前がいきなり出てくるからびっくりしちゃった。でも、殺人事件で犯人が逃走中とかだったら怖いけど、失踪事件とかなら物騒だなあで終わりって感じ。きっと学校に行ったら、この話でもちきりなんだろうなあ。


「おい、聞いたか椿! 失踪事件だってよ!」
 まさか学校に着いてそうそうにその話になるとは思わなかったよ、翼ちゃん……。
「おはよう、翼ちゃん」
「おおう、おはよう」
 まずはあいさつからしようね。
「でさ、朝のニュース見たか?」
「見たよ、もちろん」
「失踪事件って、危なくないか?」
「危ないねえ」
「もしかして、あんまり興味ない?」
「わたしは直接関与してないしね」
「明日は我が身って言葉知ってるか?」
「だって、失踪事件でしょ。ただ単にその人がどっか行っちゃっただけじゃないの?」
 そこまで騒ぎ立てるようなことじゃないと思うけど。
「それがさあ、失踪した人ってのは全く失踪する理由がなかったらしいんだよ。だから、一部では臓器売買のために誘拐されたって噂も……」
「そんなの噂だって。別にそこまで気にすることかな?」
「まあ、そう言われたらそうなんだけどさ。一応、帰り道とか気をつけろよ。噂とは可能性はゼロじゃないんだ」
「全く、翼ちゃんは心配だなあ。翼ちゃんこそ、気をつけてよ」
 わたしはいざとなったら魔法があるから、それで撃退すればいいし。翼ちゃんの方が心配。
「まあ、お互いに気をつけろってことかな」
「そうだね」
 このときのわたしはこの事件を重く受け止めていなかった。


 あれから、数週間。お母さんは家に戻ってきて嬉しい。だけど、失踪事件は連続失踪事件へとその名前を変えていた。わたしの近所に住んでいる人や、わたしの学校の人からも失踪者が出た。
 ――まだやり残したことがあるの。
 そう言った女の子の顔が忘れられない。この事件とあの子は何か関与してるんじゃないか。そう思ってわたしは、ここ数日放課後と深夜はあの子を探し回っている。もしあの子が犯人なら、止められるのは同じ魔法使いのわたしだけ。あの子が犯人じゃなくても、あの子に協力してもらえば、犯人がわかるかもしれない。でも、なかなか見つからない。
「椿! 一緒に帰ろうぜ!」
「あ、ごめん。わたし、今日も行く所があって」
 途端に、さっきまで笑顔だった翼ちゃんの顔が真剣な顔になる。
「椿、何か隠し事してんだろ」
「いや、そんなことないって」
 結構、バレちゃうものだね。
「授業はまじめに受けてるお前が、ここ数日居眠りしてるし、眼の下にはクマできてるし、やっぱ何かあんだろ! 答えてくれよ、あたしはお前の力になりたいんだよ」
 翼ちゃんの気持ちはよく分かる。わたしだって逆の立場なら、こうしてた。でも、こればっかりは巻き込めない。翼ちゃんを、巻き込めない。
「ふふ、心配しすぎだって。最近ハマってる本があってさ、それ読んでて寝てないだけだよ。もう、翼ちゃんわたしのことが好きだからって心配しすぎ!」
 いつも以上に、おちゃらけて。わたしの真意を察されないように。
「好きって……そんなんじゃ……別に……」
「あはは、顔が赤いよ、翼ちゃん」
「だから、お前は茶化すなって! まあ、何もないならいいんだよ」
 翼ちゃんはやっぱり可愛いなあ。こんな可愛い翼ちゃんを巻き込まないためにも、わたしが頑張らなきゃね。
「じゃあ、わたし帰るね。ばいばい」
「ああ、またな」
 翼ちゃんを置いて、かけ出した。


 最近では日もだいぶ短くなって、暗くなるのが早くなってきた。わたしが家に帰るころには、外は真っ暗。
「ただいま~」
 ……あれ、返答が来ない。もう一回。
「ただいま~」
 ……やっぱり、返ってこない。いつもならお母さんがいるはずなんだけどな。買い物でも行ってるのかな。
 まあ、いいや。最近疲れてるし、ちょっとソファに横になろうっと。


 いつの間にか寝ていたみたいだ。時刻は午後十時をまわったところ。なんでお母さんは起こしてくれなかったんだろう。わたしに気を遣ったのかな。
 そのとき電話の着信音が鳴った。お父さんは最近仕事が忙しくてまだ帰ってないだろうし、お母さんもここにはいないみたいだし、わたしがでないとかな。
「もしもし」
「もしもし、針山椿さんのお宅でしょうか」
「はい、そうですけど……」
「あの、私、川北翼の母ですが」
 翼ちゃんのお母さんか。そういえば、一度も喋ったことなかったなあ。でも、その翼ちゃんのお母さんがなんの用だろう。
「そちらに、翼はおじゃましてないでしょうか」
「いえ、いませんけど……」
「そうですか、針山さんのところは行ってくると家をでたまま帰ってきてないですよねえ……」
 まずい。全身から冷や汗が吹き出す。早く、探しに行かないと。
「わたしも他を当たってみますね、それでは」
 受話器を置く。そのままわたしは家を飛び出した。


 とりあえず、翼ちゃんの家からわたしの家までのルートを辿る。
 どこにいるんだろう、翼ちゃん。早く、見つけないと。きっとわたしのせいだ。翼ちゃんを巻き込まないとするばかり、翼ちゃんを逆に心配させてしまったんだ。隠し事は隠し通せていなかったんだ。それで、翼ちゃんはうちを訪ねることにしたんだ。
 どうしようどうしようどうしよう。わたしのせいで、翼ちゃんは……
 そのとき、通りがかった公園で、翼ちゃんの顔が見えた。良かった、無事だった。
「翼ちゃ……」
 ぐちゃり、ぐちゃり。よく見ると、翼ちゃんの左足があるべき場所には夜の闇が広がっている。翼ちゃんの左腕の部分には、耳まで裂けた大きな口を持つ化け物の大きな口があった。翼ちゃんの目は虚ろになっている。
「つ、ば……、き。くる……な」
 怒りがふつふつと沸き起こる。
「わたしの翼ちゃんから離れろ、化け物おおおおおお!」
 本を取り出し、呪文を唱える。すると、化け物は吹き飛んでいった。
「翼ちゃん、しっかりして!」
 わたしはまた、呪文を唱えた。回復の呪文。翼ちゃんの体の傷が癒えていく。
「やはり、また会ったわね」
 現れたのは女の子。やっぱり、こいつが犯人だったんだ。
「よくもわたしの翼ちゃんをこんな目に遭わせてくれたね」
「やったのはわたしじゃなくて、これよ」
 女の子はバケモノを指さした。
「何言ってるの! その化け物に命令させたのはあなたでしょ!」
「違うわ、これが勝手にやったことよ。それにしても……実の娘から化け物呼ばわりとは、これも可哀想ね」
 何を言ってるの、この子は。実の娘?
「まだわからない? これは貴女の母親よ」
 女の子はにやりと笑う。嘘だ、絶対に。違う。あんなの絶対にお母さんじゃない。
「貴女が母親にかけた魔法はね、確かに貴女の母親を植物状態から開放するものだったわ。でもね、代償が必要なの。また植物状態に戻らないようにするためには、他の人間の生命力を摂取しなければいけないのよ」
 嘘だ。そんなの信じない。絶対に。
「だから、貴女の母親が戻ってから、失踪事件は起き始めたの」
「あんたの目的はなんなの? わたしをこんな目に遭わせて、何がしたいの?」
「……実験かしら。今まで植物状態の人間が元の人間に戻った時に、代償として何が必要かなんて誰も調べてなかったし。あ、因みに、貴女を選んだ理由は特にないわ。近親者に植物状態の人間がいるなら誰でも良かったのよ。近親者でないと、あの魔法の成功率が下がってしまうから」
 そんな理由でわたしはこんな目に遭ってるの。お母さんを化け物にされ、友達を瀕死にされて。それが、特に理由もなく?
「許さない。許さない許さない!」
 もう一度呪文を唱える。それと同時に、女の子は炎に包まれる。
そのまま燃えカスにでもなってしまえばいいんだ。燃え盛る炎はわたしのその想いに呼応したかのように、さらに勢いを増した。あっけなく、女の子は灰になった。
「はは、生意気な口叩いてた割には呆気ないじゃないか!」
「私を見くびってもらっては困るわ」
 どこからともなく、女の子が現れた。さっき、確実に燃やし尽くしたはずなのに。一体どうして……。
「そう簡単に本当の姿は見せないわ。あくまでこれは私の人形。変わり身なのよ」
 じゃあ、何度殺しても意味が無いってこと? 本体を叩かなきゃダメってこと?
「そろそろ、私は帰ろうかしら」
「待て! 逃げるな!」
「逃げる? ふふ、違うわよ。この街にいる意味が無くなったの。もう、データは十分手に入れたし。せいぜい、母親と仲良くすることね」
 そう言って、女の子は姿を消した。言葉の通り、すうっと消えてしまった。お母さんや翼ちゃん、この街の人をひどい目に遭わせた元凶を取り逃がした。いつか絶対に殺してやる。しかし、その前にやることがある。この化け物をお母さんに戻すことだ。
 前方から突然、化け物が襲い掛かってくる。今度はわたしを標的にしたらしい。
「お母さん! わたしが分からないの? 目を覚まして!」
 攻撃を避けつつ、お母さんに呼びかける。でも、大した効果はなさそうだ。どうしたら、お母さんに戻ってくれるんだろう。
 化け物と距離をとる。あちらに飛び道具はないし、運動能力も人間並み。いくら運動のできないわたしでも、魔法の補助で十分避けきれるスピードだ。
 よく見ると、そこかしこにお母さんの名残が見て取れた。ヘアピンや、洋服、指輪など、どれもお母さんのものと一緒だ。この化け物は本当にわたしのお母さんなんだと、現実を叩きつけられた気分。だからこそ、一瞬判断が鈍った。距離を詰められているのはわかっていても、足が動かなかった。いつの間にか、化け物に両手足を押さえつけられていた。
化け物の大口が目前に迫る。だけど、わたしは何もできない。魔法を使えばなんとかなるかもしれない。でも、この化け物はお母さんなんだ。攻撃できない。攻撃したら、お母さんが死んじゃう。どうすれば……。
化け物のよだれが、ぴちゃぴちゃとわたしの顔に垂れる。……おかしい。さっきから、化け物は口を開けたままわたしを食べずにいる。それに気づいた時のこと。
「椿、お母さんを殺して。こんなことしてまで、生きたくないわ」
 その一言を言い終わるまでの一瞬の間だけ、元のお母さんに戻った。多分、今この化け物がわたしを食べずにいるのは、化け物の中にいるお母さんが必死に止めてくれているんだ。でも、それでも、お母さんを殺すなんてわたしにはできっこない。何かお母さんを生きたまま救う方法があるはず。早く探さないと、お母さんが止めてくれるこの間に。……でも、そんな方法、あるの? あったらもう試してる。何も思い当たらないから、こうして苦しんでるんだ。わたしはどうしたら……。
「早く!」
 また一瞬、お母さんに戻る。そして、その言葉を聞くと同時に、わたしは唱えていた。化け物――お母さんを殺す魔法の呪文を。


  ―――


「見て、翼ちゃん。空がすっごく綺麗だよ」
あれから、数週間。お母さんの葬式も一段落ついたころ。わたしはあいも変わらず、病院に通っていた。違うのは、理由が翼ちゃんのお見舞いのためってこと。
翼ちゃんは左足を失った。こればっかりは、魔法でもどうにもならない。翼ちゃんはもう走れない。もちろん、県の代表も取り消し。今は、まだ怪我が完治していないから、入院している。
「あの雲、なんだか日本みたいな形してない? ほら、あれ!」
 翼ちゃんの車椅子を押して、わたしは病院の屋上に来ている。翼ちゃんの気分転換になればと思って。
「これだけ晴れてると、もう秋も半ばなのに気持ちいいね」
「……」
 無言で返されるのには慣れてる。お母さんの時から、ずっとそうだったから。
翼ちゃんの目は虚ろで、きっと空なんか見えてない。わたしにも、あまり話しかけてくれない。それも仕方ないことだけど。
「なあ、椿」
 珍しく、翼ちゃんの方から話しかけてくれた。
「うん、なになに」
 こんなこと滅多にないから、わたしはいつもよりも元気に聞き返す。
「あたしの命を救ったのは、お前なんだよな」
「……うん」
 翼ちゃんは、わたしが不思議な力を持ってるって知ってる。それに、わたしが翼ちゃんを治したことも。
「何で、救ったんだ?」
「え? どういう……」
「あたしは走るのが好きだった。走るのだけが生きがいだった。でも、もうこんなんじゃ走れない。そんなの、生きてる意味ねえよ。あのとき、いっそお前があたしを救ってなかったら、こんな想いもしなかったはずなんだよ。……なあ椿、何であたしを助けた! 見殺しにしてくれて良かったのに!」
「そんな……」
「じゃあ、今殺してくれよ。早く! さあ、早く! お前の不思議な力とやらでさあ!」
「……できないよ、そんなこと」
 一度、大切な人を殺してるわたしだ。もう、あんなことしたくない。あんな思いしたくない。
「……もう、病院に来ないでくれ。お前といると、辛い」
 そう言い残して、翼ちゃんは一人で病室に行こうとする。
「翼ちゃん、一人じゃ……」
「うるさい! お前なんかの力は……いらない」
 手助けするにもできず、わたしは翼ちゃんがエレベーターに乗るのを、眺めていることしかできなかった。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。わたしはただ、物語のヒロインのように、ハッピーエンドで終わるように頑張ってきたのに。どこからおかしくなってしまったんだろう。どこで道を間違えてしまったんだろう。
 いや、全部わかりきったことだ。すべて、わたしがあの女の子と出会ってからおかしくなったんだ。絶対に許さない。あの女を。絶対に見つけだして、なぶり殺してやる。それも、わたしと同じ苦しみを味あわせたあとで。
 もう、わたしのこの物語はハッピーエンドなんかでは終わらない。

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