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さらし文学賞
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日常の感情

 季節は春。松本鉄平は高校一年生になった。春の高校一年生と聞いて、何を連想するだろうか? 新しい環境、人物への期待や不安? 残念ながら、彼が抱いているのはそんな感情ではない。なぜかって? その理由は、鉄平が中高一貫校に通う高校一年生だからだ。同じ学校に通ってもう三年が経つのだ。クラス替えはあったけれど、中学校から高校に変わったほどの変化はない。そんなわけで、彼はあまり新鮮でない気持ちを抱いて学校へ向かっている。



 鉄平は電車に乗って通学している。家の最寄り駅から電車に乗って、数駅で学校にたどり着く。電車の窓の外には、見慣れた景色が広がっている。大手のコンビニ、予備校の看板、チェーン展開のファミレス……。ありきたりの街の光景が彼の目に映る。数日前、いや一、二年前と変わらない風景がそこにあった。

「次は……駅。お出口は左側です。……線ご利用の方はお乗り換えです。」

 電車のアナウンスが流れる。鉄平は若干眠気を感じながら、開いたドアを通った。



 駅から約五分歩くと学校に到着する。ただ、登校する途中には上り坂がある。登校時間ギリギリに駅に到着すると、汗と苦労が凄まじいことになる。登校する時は苦労して坂を上り、下校する時は楽に坂を下る。鉄平はゆっくりと坂を上っていった。坂の上にある学校の校門をくぐり、周囲に木々が生えているグラウンドの脇を歩く。教室まではもうすぐだ。





 授業が始まった。見慣れた先生が教科書の例題を解説していく。授業の内容は高校の数学だけれども、教える先生は中学生の時に習ったことがある先生だ。数式が黒板に次々と書き加えられていく。鉄平はノートに板書を写して、窓の外を見ながら、ぼんやりと考え事をしていた。窓の外の景色には、グラウンドで生徒がバレーボールをしている様子が見える。体育の授業なのだろう。体操着のジャージから判断するに、中学一年生なのだろう。鉄平は、中学一年生の時の自分や今の自分について少し考えた。中学の三年間がもう過ぎ去って、高校生になって数日が経ってしまった。中高の六年間もあっという間に過ぎてしまうだろう。六年間を短いと感じるのなら、大学の四年間はもっと早く過ぎ去ってしまうのではないか。考え事をしていると、いつのまにか時間が経ち、数学の授業が終了した。チャイムの音がやけに大きく彼の耳に響いた。

 

 現代文の授業の時間になった。現代文の授業では、何人ものクラスメートが雑談を楽しんでいる。特に教室の後方から、にぎやかな話し声が聞こえる。先生が厳しく注意をしないからだ。あるいは、現代文は日本語だから勉強しなくても問題ないと思っているからかもしれない。ただ、鉄平は雑談に加わらず、数学の授業と同じように、ノートをとっていた。消極的で、周囲に心を開くことが苦手なのだ。話をすることが不得意で、何を話せばいいかわからなくなってしまうのだ。雑談に興じるクラスメートを見て、自分もあんな風になりたいと思うことがある。自由に、楽しそうに話せるように。けれども、自分が積極的になれることはおそらくないのだろう。十五年間生きていると、なんとなく分かってきた。



 昼休みになると、鉄平は弁当の包みを開いた。教室を見渡すと、あちこちに人の集まりができていた。新年度が始まったばかりだからなのか、中学三年の時に同じクラスだった者同士がグループをつくっているところが多い。カップルで昼食をとっているのも見られる。鉄平は消極的なので、あまり人と話さない。特に女子とあまり話さない。男子校に通っていたとしても、学校生活にたいした変化はなかったと思う。弁当を食べていると、河田がパンとミルクティーを持って、話しかけてきた。

「弁当いいなー。うらやましい。」

「そうか? 毎日似たような中身だぞ。」

ご飯を口に運びながら答える。

「いやいや、今米食べたい気分なんだ。」

河田が購買部で買ったパンの包装ビニールを破きながら答える。

「ご飯少しあげるよ。」

そんな風に雑談をしていると、チャイムが鳴って昼休みの終わりを告げた。





 午後の授業が終わると、鉄平はグラウンドへ向かった。彼は硬式テニス部に所属している。中学一年の春から入部している。中学からテニスを始めた理由に、苦手な運動を克服するためということもあった。ただ、運動はあまり得意にはならなかった。また、テニス歴三年ということになるけれど、そんなに上手ではなかった。

 グラウンドのそばにある更衣室でウェアに着替える。グラウンドに着くと、部長が練習開始のコールをした。準備体操を終えると、コートでの練習が始まった。コートで向かい合ってラリーを始める。ラリーの順番を待つ部員たちはグラウンドの端に並ぶ。グラウンドの周囲にある木々の横に並ぶ。鉄平もグラウンドの端に立って、ラリーを眺めていた。彼はラリーを見るのが好きだ。人が打ったボールに一つとして同じボールはない。速いボール、緩い軌道のボール、回転がかかったボール……。同じ人が打っても、二度と同じボールを放つことはない。多様なボールを見ていると飽きない。ラリーをしている部員が三回ミスをしたら、次の部員に交代していく。鉄平が打つ番になった。

 鉄平はサーブをすると、すぐに体勢を整えた。三球目をフォアハンドでボールを打つ。相手がボールをバックサイドに返す。  鉄平のバックハンドの返球はコートのラインを越えて、アウトになった。

「松本、お前、バックハンドミスるよな。いつもミスってばかり。」

 川上が何気なく言った。さっきラリーをしていた相手だ。その瞬間、鉄平は怒りを感じた。けれども、怒りを外見には表さなかった。

「そうだな……。練習しとくよ。」

 鉄平はそう答えただけだった。グラウンドの端に行って、木に寄りかかった。そして、部員たちのラリーを眺めながら考え込んでいた。



 鉄平は自分のなかに狂気があることを知った。ちょっとしたからかいに対して自分が怒り、憎むことを知った。何気なく言葉を発した相手を敵視したのだ。その狂気は下賤なもので、相手への攻撃を引き起こしうるものだった。

 鉄平は自分に絶望したのだろうか。彼には高い能力があまりなかった。人と交流する社会的能力も、スポーツに重要な運動能力も低かった。自分に何か高い能力があるという期待をしていたのだ。心の能力が高いと期待していたのではないだろうか。自分に狂気があることを知って、自分に失望したのだろうか。いや、その狂気を抱えて生きていこう。狂気をコントロールし、時に狂気に翻弄されて生きてゆくのだ。



 再び鉄平が打つ番になった。彼はレシーブの構えをして、相手が放ったボールの行方を見据えた。夕日のオレンジ色の光がボールとコートを照らしていた。強い風が吹いて、オレンジ色のボールとグラウンドの周りにある木々を揺らした。

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