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さらし文学賞
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タイムマシン

 僕は縁側に出て、過ぎ去る電車をあおぐ団扇越しに眺めていた。特に意味はない。えてして夏休みの最後などとはそういうものだろう、という見解の上での縁側だ。どうせ周りには田畑ばかりが広がっていて、どこかへ行くためにわざわざ駅まで自転車を駆らせる気力も、遊びに誘う相手もいない。いや、実際にはいるのだけれど、ここ一か月ちょっと、つまり夏休みの間はまったく連絡が付かいままである。
 一本の青いラインを線路に残して、電車がまた過ぎていく。
 蝉の鳴き声も、景色を歪める陽炎も、ときどき顔のそばをすり抜ける風も、飽きるほど感じていた。それが改めて夏を感じさせてくれた。そばに置いておいたコップを取り上げると、結露した水滴で底の円が古びた木に形を残した。
本当ならこんなに退屈にはならなかったはずだ。もう乾き始めている水滴の円形の向こうに放ってある携帯電話をちらと見て、思わずため息が漏れる。水を一杯あおって冷えた息を宙に吹きかける。
 一本の青いラインを線路に残して、先ほどとは反対の方向に電車が走る。
 過ぎ行った後、携帯電話がバイブレーションで、待ちかねていた着信を僕に知らせていた。
「これ見てほしいの」
 待ち望んでいた声だった。
「全然連絡してなかったから、あれだけど。でも、見てほしいの」
 興奮気味に声は上ずっていて、こちらから何とも言う前に早々に切ってしまった。余響に残された僕の思考は、なんにせよ自転車に乗らなければいけなかったようで、数分後にはあぜ道を駆けていた。
 蝉の鳴き声は、道の先に群がる陽炎は、僕の景色に映っていなかった。
 とにかく風が心地よかった。
 

 彼女のラボは、学校が提供してくれている学校付属の研究室のことなのだが、常に用途のわからない部品が多く転がっている。夏休み中没頭していたおかげで、今は足場が見当たらないほどになっていた。
 冷房が効いていて、部屋はかなり冷えていた。外の暑さから完全に隔離されていた。
「こっちこっち」
 積まれていた部品の山をかき分けて覗いた手が僕を招いていた。なるべく、なるべく踏みつけないように僕は進む。
「ほらっ」
 手を広げて彼女は目の前のマシン、楕円形のカプセルのような装置を、満面の笑顔で紹介する。
「タイムマシンよ」
「これが?」
 言われてみてもパッとしないその機械を、僕は訝しんだのだけれど、疑問も疑惑も彼女が笑顔でいるうちに消えてしまった。いつもそうだ。僕は彼女の発明品の詳細をわからないけれど、彼女の笑った顔でどれだけすごいものなのかわかってしまう。疑う必要も同時になくなる。
「そっか」
 特に意味はないのだけれど、僕はその機械を観察するように周回する。回る僕の背中を追うように、面白がって彼女は付いて歩く。
「世界初だろうね」
「たぶん」
「もう試したの?」
「うん、ハムスターから犬まで。それで全部成功」
「じゃあ、完成してるんだ」
「まだよ」
 そう言って腕にしがみついてきた彼女は上目づかいに僕を見る。冷房の中、久しく感じられた人肌の暖かさが気持いい。
「人で試さないと。実用出来るっていうのは、人でも安全だっていう実証が必要なの」
「なるほど。それで僕か」
「ひ、ひとりでじゃないよ」
 慌てて目を丸くして彼女は否定して、精一杯しがみついた僕の腕に力を入れる。
「あのね、私たちが、最初の被験者になるの」
彼女は重そうに閉じていたタイムマシンの扉を開いて、中からデジタル時計のような機械を取り出す。
「どこに行くの」
「夏休みの前まで」
 機械をのぞいたときの顔で、改めて僕の目を見る。
「もう一回夏休みをするのよ。八月一日から、もう一か月」
 ほとんど物置場としか利用価値のない机には、彼女の読みそうにもない旅行雑誌が、うっすら埃をかぶって積み上げられていた。その部分だけ、小さな時間の差が見えていた。
「だって、何もできなかったんだもの」
 やっと聞こえる小さな声で彼女はこぼす。
「前々からああしたいこうしたいってずっと思ってたし、第一あたしだって最初はこんなにのめり込んじゃうなんて思わなかったし、ずっとずっと気付かなかったっていうのはたしかにそうだけど……でもあたしだって――」
 彼女の自制していた感情が溢れつつある。何でも抱え込んでしまうから、自分の性格の不条理を知っているから、止め処なく流れてしまう。
「ねえ」
 僕はそっと小さい身体を寄せる。
「そんなに悪いことじゃないよ」
「どうして」
 ちょうど彼女を僕の胸に埋めていて、身体に響いて声が伝わる。
「そういうものなんだから」
 しばらくの沈黙があった。落ち着いたのか、僕の言葉を考えているのか。どちらにしろ、彼女だからきっとわかっているはずだ。
「うん」
 胸に響いて言葉が通じる。
「わかった」
顔を上げて僕を見る。性格そのままの瞳が僕を捉えていた。笑っていた。
「じゃあ、明日は?」
 当然、と言わんばかりの、得意げな表情になる。
 やっぱり変わらないな、と僕は思う。
「九月一日」
 そういえば、始業式だった。

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