さらし文学賞
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Bad Apple!!

 夏のうだるような暑さが連日続く。夕方になるにつれて、気温が少しは和らぐだろうと思えば、一向に涼しくはならず、むしろ蒸し暑いぐらいである。室内にいても、屋外のどこにいても、セミのやかましい鳴き声が耳を、頭を突き上げる。時は八月の暑さ真っ盛りである。


「こんにちは。義家健斗、アンタを呪い殺しにきた」

 
 夏の暑さが忘却の彼方に飛んでしまうほど、唐突に、その女は現れ、場に全く合わない言葉をかけてきたのである。俺は状況を全くつかめずに、ただ茫然としていた。対する女は、俺の次の言葉を待っていた。
 少しの沈黙が流れた。冷静を取り戻し、沈黙を破る。

「あの、ここトイレなんですけど」

 女に会った時の俺は何ともまぬけな姿だったのだ。

*****

 俺は女を居間に連れ出した。女はトイレに入ったことを特段悪びれもせず、終始無言だった。女はその場から動こうとしなかったので、半ば強引に女の手を引いて居間まで連れてきた。居間に着いた後、嘆息をついた。
「状況が全然つかめてないのだけど、君は、幽霊か何かなのか?」
「アンタは、これから殺されようとする相手が目の前にいるのに、なぜそんなに冷静でいられるんだ?」
「俺が殺される理由なんて思い当たらないのだから、ここで殺されれば、俺は理不尽に死ぬことになる。なら、せめて、君の情報を教えてくれてもいいだろう?」
「……」
 立場的には、俺の方が不利であることには変わりないが、言葉で圧倒されているのは女の方だった。
「まあいい。いつでもアンタを殺すことはできる。質問に答えましょう」
 女は無感情な表情で淡々と話す。
「まず、私は幽霊か、だな。私は幽霊ではない。ただ、方向性は合っていると、言っておきましょう。私は人間ではない。が、元人間だ」
「要領を得ないな。結局君は何なんだ?」
「明確な定義はできない。概念的なものと言えばいいかしら」
「概念的なもの……ね。恨みで現界したものが幽霊だとすると、君は何で現界したんだ?」
「非常に抽象的だけれども、“悪”かしらね」
「悪?」
「あらゆる悪の感情の総体。それが私の正体ね」
 およそ現実的な話ではない。この女の話を信じて、この女の正体が悪という概念だとしたとしても、自分が殺される理由がわからない。非常に理不尽だ。いや、悪だからこそ理不尽が許されるのか。
「私から質問をしてもよいかしら、義家健斗」
唐突に質問をされ、俺は動揺した。
「な、なんだよ」
「アンタが思う悪とは何かしら?」
 またもや唐突に訳の分からないことを言う。しかし、会話を続けなければならない。言葉で圧倒されては、もうどうしようもないからだ。
 寸分の間、考えた後、回答をする。
「はっきりとは言えないけれど、良いイメージはしないな。忌み嫌われるものとか、許されざるものとか……」
「許されざるもの?」
 心なしか、女の目が鋭くなった気がした。一瞬たじろいだが、俺は続ける。
「ああ。悪は正義の反対に位置する概念だ、と思う。アニメとかでも、そうだろう。ヒーローがいて悪役がいる。単純に世の中全てが悪と正義に分かれるとは思わないけれど、ヒーローがいれば悪役はいる。悪役がいればヒーロはいる」
「悪と正義が二項対立的な概念だ、と。ならば、その優劣は、あると思うのかしら?」
「場合によるだろうな。悪が勝つ場合もあれば、正義が勝つ場合もある。だけど、みんなが望むのは、悪が勝つことではなく、正義が勝つことだろう」
「なるほど、アンタらしい考えではあるな」
 女は皮肉っぽく言う。その女の目つきからは、軽蔑さえ感じられた。
「アンタはそうして正義を信じて疑わなかったのだな。正義こそが絶対であると。ハハハ、馬鹿な奴だ!」
 女が初めて笑った。それは、嘲笑ではあったが。
「馬鹿な奴とはどういうことだ! 当然の事を言ったまでだ!」
「当然と思っていること自体が、可笑しいのだよ。正義が絶対? そんなわけないだろう。アンタの正義はただの一人よがりでしかない。アンタが中学生の頃。何があったか、思い当たる節があるだろう?」
 確かに、思い当たる節があった。いや、片時もそれを忘れることはなかった。
「イジメを止めたことがある……な」
「そうだ。一人を標的とした陰湿なイジメがクラスで公然と行われていた。イジメを実際にしていたのは、男子三人であったが、残りのクラス全員は見て見ぬふり、担任も注意をするだけで、イジメはなくなるばかりか、日に日にエスカレートしていった。アンタは、最初は見て見ぬふりをする立場だった。標的の子Aは友達であったのにもかかわらず。すると、ある時、引き出しにノートの切れ端が折りたたんで入れてあった。名前など書かれていない。ただ一言『助けて』と」
 まさしくその通りであった。女がAと呼んだ男子生徒とは、小学校の頃よく遊んだ仲で、中学に入ってからもその交流は続いていた。友達は多い方ではなかったから、Aがイジメられていたとき、友達も助けられない不甲斐なさと、深い自責の念に駆られていた。
「そうしてアンタは、イジメられる側についた。当然に、アンタも標的にされた。だが、それ以上に、Aとの仲が修復できたことが嬉しかった。Aには、何度も何度も感謝された。イジメられている時は、身体的にも精神的にも辛かったはずだ。けれど、自分はAを助けられたんだという自信と、これで間違っていないのだという正義心が支えた」
「君のいうとおりだ。そして、いつの間にか、イジメは無くなっていた。何も抵抗しようとしない俺らに飽きたのか分からないけれど、あいつらは、イジメをしなくなった」
 イジメが無くなった時、俺らは、勝ったんだと思った。自分が間違っていなかったことが証明されたようだった。

「大方の人間は、イジメっこが悪、あなたが正義と認めるでしょう。私も、あなたの選択は正しかったと思うわ。だが、それが皮肉にも仇となってしまった」
「どういう意味だ?」
 女の言っている意味が分からなかった。
「その一件があって以来、自分のすることは正しいという気持ちが常に感じられるようになってしまったのよ。自信が自信を呼び、膨れに膨れあがって、傲りになってしまった」
「何を根拠にそんなことを!」
「根拠? 挙げればキリがないわ。高校、大学を思い出しなさい。あなたは気づいていなかったの? あなたの選択についてこない人がいたことを。そして、自分のすることなすこと正しいと思い込み、自分が正義だと思い込み、ついてこない人間を悪と勝手に決めつけ排除していった」
「違う! 俺は、こうすれば、みんなが正しいと思ってくれると思って……」
「その“みんな”があなたの勝手な理想である“みんな”だとしたら?」
「そんなわけ……」
「あなたは結局一人なのよ。あなたには誰もついていかなかった」
 反論しようとした言葉がのどにつっかかる。サークル活動でも生徒会でも、俺は、常に誰かを指示する立場だった。最初はみんなついてくる。だけど、日が経つにつれ、会話が増えるにつれ、一人また一人と、俺から離脱していった。俺には理由がわからなかった。女から指摘された通り、自分の1人よがりの考えだったのだとしら……。それ以上は考えたくなかった。怖かった。今までの自分が全て否定されてしまいそうで。
 

「正義は絶対ではないのよ。正義は時に悪となり、悪は時に正義となる。あなたには、その理解が足りなかった」
 女は淡々としていた。

*****

 辺りは薄暗くなっていた。昼間のやかましいセミの声はすっかり静まり、時計の刻む音だけが部屋に鳴り渡る。時計は夜の八時を指していた。いつの間にか、居間から自分の部屋にきていた。机には、司法試験のための教材が置いてあった。それを見るなり、俺は、たまらなくそれらを破り捨てる衝動にかられた。テキストをビリビリに引き裂いた。シャーペンを思い切り床に投げつけた。六法を引きちぎろうとした、でもできなかった。指が痛い。頭が痛い。心が痛い。こんなことをしてもなにも変わらない。そう思うと、空しくなって俺は泣き崩れた。

 目の前に女が現れた。その表情はやはり無表情であった。たまらなく俺は言った。懇願ともとれる何とも情けない声で。
「君は俺を呪い殺しにきたんだろ? ならもう、殺してくれ……。生きることが怖くなった……。もういいよ」
 女はこう答えた。それは、できないよ、と。
「どうして!? 俺はもうダメなんだよ! 過去の自分を否定されて! プライドがガタガタになって!」
「……私はあくまであなたに対して助言をしただけよ」
「助言? 笑わせるよ。唐突に現れるやいなや、散々にまくしたてられて! 何が助言だ! 君もただ、言いたい事を言っているだけじゃないか!」
 バチン、と女に頬をはたかれた。
「―――っ!」
「一体誰のためを思って、私が出てきたと思っているの!?」
 女は瞼に涙を浮かべながら、言い放った。今までの無表情とは違う、はっきりとした感情だった。
 
 しばらく沈黙が流れる。女は涙を手の甲でこすり、気持ちを落ち着けているようだった。
「ごめんなさい、いきなり怒鳴ったりして。ただ、私の助言という言葉に偽りはないわ。私があなたの前に現れたのは、あなたのためなのよ」
「どういうことだ?」
 女に頬を叩かれてから、俺の方も冷静さを取り戻しつつあった。
「まず、あなたには、一つ大きな嘘をついてしまった。私には、あなたを呪い殺すことなんてできない。そこは、初めに謝っておくわ」
 先ほどの俺はあまりにも自分を見失いすぎていた。自ら死を求めるなど、俺はどこまで、落ちてしまったのだろう。
 女は続ける。
「あなたのその高すぎるプライドを壊すには、こういう手段しかなかった。―――正義というプライドが崩れれば、私の入る余地もあると思ったから」
「私?」
「そう、私はあなたの中の悪の感情。あなたから追い出された感情よ」
「……」
 俺は目が点になった。目の前にいる、年齢的には同年代と思われる女が、まさか自分の感情を具現化したものだったなんて……。
「あなたは私で、私はあなたなのよ」
「君が俺で、俺が君……」
「私は、あなたが生まれたときから、あなたの心にいたのだけれど、ある時、暗闇の中に光が見え始めた。その時というのが、あなたが中学生の時。まあ、私が中学生の時と言ってもいいのでしょうけれどね。日に日に、光が増え始め、暗闇が淘汰されていった。私は暗闇に生きる感情。到底、心の中で住むことはできなくなった。そして、たまらず外に出たのが、今日、というわけね」
「……」
「いえ、たまらず外に出たというのは語弊があるわね。さっきも言ったけれど、あなたのために飛び出したと言ったほうがよいのかしら。あなたに接触する目的はあなたへの忠告のため。あなたは正義感が強すぎて、負の感情を一切受け入れない心になってしまうところだった。そうなれば、一生孤独に生きていくことになる。もしくは、プライドが傷つけられれば、感情的になって、精神がおかしくなるかもしれない。それを防ぐには、私が忠告をして、早いうちに心の修復をしようと思ったの」
 悪の感情を取り入れることが、心の修復とは、なんだかおかしな話であるが、おかしかったのは俺の心の中であったらしい。
「俺は、確かにプライドが高すぎる面があった。確固たる自信があるから、多少ぐらついても大丈夫だと思っていたんだ。でも、意外ともろかった。君にガツンと言われて、瞬く間に崩れていった」
 今思えば、今までの俺はただのろくでなしだったに違いない。

「私はあなたの感情の一つだし、あなたに逆らうことは矛盾もいいところだし、なにせ私の良心が、あなたに逆らうことを拒んだ。悪の良心って変な話だけどね」
 えへへ、と右手を頭の後ろにやりながら、女は笑う。次第に、女の表情が人間性を帯びてきた。
「俺が自分で悟らずにいたってのも、やっぱ馬鹿な話だな」
「私はあなたなんだから、自分で悟ったとも言えると思うけど?」
「あ、それもそっか」
 俺らは、笑い合う。

「とにもかくにも、君が出てこなかったら、俺は気づくことができなかった。本当にありがとう。自分が間違っていた」
「うん」
 納得したように女は相槌を打つ。
「だから、俺の元に帰ってきて下さい。俺の悪の感情さん。理不尽で馬鹿な俺だけど、これからもよろしくお願いします」
 俺は、女に握手を求めた。女もそれに応じる。
「こちらこそよろしく!」

*****

「そろそろ、私は帰らなくちゃいけないみたいね。あなたのところに」
「そう……だな」
 ふと女を見ると、女の身体が薄くなっていった。今の状態なら、女が「私は幽霊です」と言っても、何ら疑わないと思う。
「そういえば、いつの間にか、二人称がアンタからあなたになってたな」
「……っ」
 女は頬を染める。可愛い奴だ。
「ま、まあね。ちょっと感情がこもりすぎちゃって。でも実は、いつも呼んでいる呼び方は別の呼び方なんだけど。」
「へー、そうなんだ。どんな呼び方だ?」
「だーめ。教えない。消える間際になったら教えてあげる」
「えー、ケチだなー」
間違っても、と女は俺の顔の前に人差し指を立てる。
「間違っても、もう一度、私を呼び出したりしないでね。こんなのはもうごめんよ」
「ハハハ、当たり前だよ」
 やっと楽しい会話ができた気がした。素直に嬉しかった。

 
 五分ぐらいすると、女はもうほとんど見えなくなっていた。そろそろだろう。
「じゃあな、ありがとう」
 最後に精一杯感謝をこめて、俺は言った。

 しばらく間があいて、女の声が聞こえた。

「じゃあね!ご主人様っ!」
 


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