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さらし文学賞
そしてあなたのそのまなざしをただ

――こんなはずじゃなかったんですよ。
 たそがれは言った。
 豚鬼の屍が転がっている。魔術師の屍が転がっている。子鬼の屍が転がっている。武闘家の屍が転がっている。竜の屍が転がっている。僧侶の屍が転がっている。いくつもの屍が転がっている。いくつものいくつもの屍が転がっている。流れ出た血は河となり、石畳を潤してゆく。あふれてゆくたそがれの血もまた、石畳を潤してゆく。あたたかな血に膝をつき、勇者はただ黙って、ただ黙ってたそがれの腹に突き立てた聖剣の柄を握っている。たそがれはそんな勇者の顔をじっとみつめたまま、自分の命がこぼれてゆく音を聞いている。空は青く晴れ渡っている。
――こんなはずじゃなかったんですよ。
 たそがれは言った。勇者は黙ってそれを聞いている。
 最期なのだから、ちゃんとわかるように話さないと、とたそがれは思う。妖魔であるたそがれが勇者一行に捕まってから、ずっと言われていたことだ。わかるように話さなければ、わかってもらえない。それがわかっていなくて、たそがれは何度も何度も同じことを喋らされていた。勇者はそれに辛抱強くつきあってくれていた。たそがれに喋ることがなくなってしまって、とりとめもないことをふらふらと喋るだけになっても、ちゃんと聞いてくれていた。
――優しくしすぎたんですよ。優しくしすぎたんです。だからこういうことになるんです。
 たそがれはそういうふうなことを言った。勇者は黙ってそれを聞いている。
 頷いてほしいなあと思いながら、たそがれはほうと息を吐いた。溢れた血が口元を鮮やかに汚した。聖剣の刃の上でそれは口紅のように映る。
 いつぞや魔術師から戯れに化粧を施されたことがあった。人ならぬ身のたそがれであっても、人間の感性に合わせて彩られればそれなりのものになったようで、人間たちは皆感心して魔術師の腕を褒め称えていた。たそがれが化粧をしてもらえたのはその日だけで、次の日からはまたいつものように魔術師は自分の顔だけに化粧を施していた。
 思えば――思えばあのとき、たそがれは自分の内に潜む凶暴なものに気付いたのだった。
――痛いんです。おなかをさされて痛いけど、でも、もっと痛かったんです。しんでしまいたいくらい痛かったんです。だからこういうことになるんです。
 たそがれは考え考え訴えた。勇者は黙ってそれを聞いている。
 たそがれは手を伸ばして勇者の頬に触れた。血に濡れた指はぬるりと滑り、勇者の白い頬に一筋の線を残した。自分が触れて穢れてしまったのを、たそがれは悲しく思った。
 お前のような汚らわしい生物が尊いお方に触れるな、とたそがれは武闘家に何度も何度も殴られていた。ときたま勇者はその痣に触れることがあった。優しくもなく厳しくもなく、温かくもなく冷たくもなく。逞しい指が順々に痣を撫でてゆくのをたそがれはじっと手を握って堪えていた。
 思えば――思えばあのとき、たそがれは己がすっかり変質してしまったのに気付いたのだった。
――どうしようもなかったんです。どうにもならなかったんです。はじめからおわっていたんです。こうなるしかなかったんです。だからこういうことになったんです。
 たそがれは言い訳めいたうわごとを繰り返した。勇者は黙ってそれを聞いている。
 そう、結局こうなるしかなかったのだ、とたそがれは思った。妖魔と人間だ。こうなるしかなかったのだ。こうなるしか。僧侶は折に触れて何度も人間と妖魔は相容れないのだと説いてきた。それはどうやら人間の理屈であって妖魔であるたそがれが聞いたところで意味などないように思われたので、たそがれはいつも話半分に勇者の横でそれを聞いていた。無為であるはずの説法がくっきりとたそがれの世界に現れたのは、村人の婚姻を僧侶が執り行ったときだった。魔王さえ倒せば旅は終わりになるのです、あなたと姫の結婚式が楽しみです、と上機嫌の僧侶が勇者に話しかけるのを、たそがれは物陰でじっと見ていた。勇者は頬を紅潮させていた。気がつけばたそがれはぼんやりと夜の野原に佇んでいた。みしみしと軋む音がしたので耳を塞いだ。ばきばきとひび割れる音がしたので耳を塞いだ。そしてようやく、自分が軋んで、自分がひび割れて、自分の内からこの恐ろしい音が噴き上がっているのだと気がついて――そのとき、たそがれは自分がもう引き返せないところにいるのだと気付いたのだった。

 内通者の協力によって、妖魔たちの奇襲は成功した。勇者、魔術師、武闘家、僧侶。勇者一行は勇者を残して死んだ。

――こんなはずじゃなかったんですよ。
 たそがれは言った。
 豚鬼の屍が転がっている。魔術師の屍が転がっている。子鬼の屍が転がっている。武闘家の屍が転がっている。竜の屍が転がっている。僧侶の屍が転がっている。いくつもの屍が転がっている。いくつものいくつもの屍が転がっている。流れ出た血は河となり、石畳を潤してゆく。あふれてゆくたそがれの血もまた、石畳を潤してゆく。あたたかな血に膝をつき、勇者はただ黙って、ただ黙ってたそがれの腹に突き立てた聖剣の柄を握っている。たそがれはそんな勇者の顔をじっとみつめたまま、自分の命がこぼれてゆく音を聞いている。夕闇が空を覆い尽くしてゆく。
――こんなはずじゃなかったんですよ。
 たそがれは言った。
――わたしは、あなたのものなのに、あなたは、ほかのひとのものだから。
 勇者は黙ってそれを聞いている。
 たそがれはそっと目を閉じた。暗闇の静けさが心地よい。もう一度目を開くと、勇者は立ち上がっていた。いつのまにか腹の聖剣が引き抜かれている。もういちど触れてほしいな、とたそがれは思う。そうしてくれないだろうな、と思う。
 勇者は歩き出した。ぱちゃぱちゃと水音が遠ざかっていく。たそがれはやすらかな気持ちでそれを聞いていた。そうして、最後までなにひとつ口にしないまま、勇者はたそがれから去っていった。

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