さらし文学賞
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Dusk


 十四歳になった夏に僕の髪は真っ白に色が抜け、右の瞳は奥深くまで澄みきった赤に変わったけれど何もかもが遅かった。封印ははるか前に解かれて僕の町は一晩で永遠の暗黒に吸い込まれたし、その時タヴィスの眷族に連れ去られた幼なじみは覚醒した姉が歌声と引き替えに取り戻してくれた。それぞれ時を違えて目覚め、能力を得た友達は暫定政府の憲兵隊に追われて一人、またひとりと消え去った。暗黒に地表ごと削られぽっかり空いたクレーターの底で、音程の崩れたプロパガンダの歌声を流すばかりのラジオの隣で、姿は色を変えようとも、僕は相変わらず途方に暮れた十四歳のままだった。
 今日も足下の瓦礫を掘り返して、てのひら大の輝石を探す。暗黒に取り込まれ、身体を闇に溶かされた人々の悲鳴が凍りついた結晶がこの青緑色の輝きで、空冷飛行キャブの燃料としてよく売れる。日がな一日地面を掘って、夕暮れ時に地下ステーションに行ってブローカーに売って端金を得る。数百万人がたった一瞬のうちに息を止められたこの瓦礫の下からはこんなものはいくらでも見つかるので、大した額にはならない。ブローカーは紫色の煙を吐いて、今日もえらいな坊主と言う。僕は答えず、ステーションの闇市場で白く萎えたキャベツと湿った肉を買う。
 夕暮れの帰り道では、僕のような生活をする人々の影がぽつぽつと灰色の更地の上、帰路を急ぐ訳でもなくゆっくりと蠢いていたり、ただその場でうずくまっていたりする。底から眺めるクレーターの壁はなだらかに隆起して、見上げれば夕暮れは今日も高く鮮やかに薄い空に広がっている。焼ける雲の照り返しに目を射られて右眼を覆う。疼きも光りもしないまま、右眼はただ少し視力が落ちて羞明がひどくなっただけだ。片眼を隠し空を睨む僕を、姉は声のない吐息で笑う。
 姉に掬われた幼なじみの彼女は言う。
 セシルの眼もいつかすごい力を発揮するのよ。
 僕はたき火の上の鍋を掻き混ぜながらそんなことないよと呟く。そんなことないよ。


 家々の灯火が落ちるころ、夜の帳が音もなく地の底から闇を引き上げて地上を這いだす。覆い被さる暗黒の中で鋭い銀が、銕が金属音を響かせて、刃を包む炎が龍を形取って牙を剥く。
 それは、艶やかな殺戮の舞踏だ。
 刃先の一閃が夜を断ち、照らされた肌が弾けるように裂けて白い骨を露わにする。カルシウムが折れる音が届く前に金色の霧が傷口を取り巻き、苦痛を感じない唇が紅の孤で静寂に笑う。血液の飛沫がうねり形を変え、無数の赤い針と化して日本刀を構えた敵を包囲し一斉に距離を縮める。鮮やかな青のヴェールで針先を断ったのはまた異なる杖からの魔力で、魔導師のローブが反撃を躱しひらりと踊る。
 力と力が衝突するエネルギーの場で、限界を知らず放たれる暴力は優雅でしかない。暴れ、狂い、咲き誇る能力に、波動に闇は煌めき大気は熱に焦げる。因縁も憎悪も裏切りも愛も、そこでは戦いの果てに純化され、一つの刃先の触れられない程の先鋭に過ぎない。死の足取りは軽く、絶望も、狂気渦巻く勝利の果ても、闇が引き夜明けに焼かれるまでは結果の先の透明な予感でしかない。
 死と生が同じ一枚の上にあり、力のみが二つを引き裂く一次元。
 ブローカーの店先で会った、隻眼の戦士が頬の傷痕を引き攣らせてにやりと笑った。
 あれがなきゃ、生きてるって感じしねえんだよ。
 半年前にいなくなった友達のリュークは、父親の形見のサーベルを支えに立って自分自身に言い聞かせた。
 僕は行くよ。あの戦場へ。それが僕に課された宿命だから、僕の命の意味は他にないから。
 そうして彼は十四歳の誕生日の満月の夜にたった一人足を踏み出して、それから帰ってこない。珍しいことではない。クレーターの底のこの町ではよくある話で、きっとクレーターの外側でも、またよくある話なのだろう。
 痛いほどの静けさに息を潜め、彼らはクレーターの底から走り出す。はじめはなだらかでも、正真の球形にえぐられた地形は傾斜をきつくして空へ垂直に伸びてゆく。愛機に跨がって、重力を操作して、身体を浮かせて、あるいは重力を超えるほどの速さで、それぞれの思いを抱いて彼らは飛び出す。クレーターの外へ。闇の中へ。
 力だ。力が彼らを駆り立てるのだ。力を得て、生来の願いを増幅させる。力による救済に縋る。ただいたずらに、力を行使してみたいと思いつく。そうして彼らは闇に潜る。廃墟と腐敗に塗れたこの世界で、踏み出す先は他に存在しない。しかし彼等は怯まない。能力を与えられたこと自体がまず一つの矜持となるからだ。十四歳にして、たった一人自分だけの特別を手に入れること。それだけで彼らは奈落に堕ちる決意ができる。そんな友達を何人も見てきて、僕はもう充分に知っている。
 そして与えられなかった者たちにとって、十四歳になることは永遠の薄闇に取り残されることと同義なのだ。
 僕のように。
 湿気と異臭の強い闇市場の中を彷徨いて姉が欲しがっていた飴を手に入れた。手渡すと姉は嬉しそうに口に含み、白い頬の裏側でころころと転がす。姉の喉はもう声を出す器官をそっくり失ってしまっていて、喉飴なんて効くわけはないのに。幸せそうな姉を眺めながら、僕は無意識に頬を撫で、最近潰れた面皰の痕に触れた。
 僕はもう十四歳になってしまったのだ。そうしてそれもあと幾らかの日を経て終わる。能力もなく、クレーターの外にも出られないまま。
 ある朝目覚めて、鏡の中の生まれ変わった自分の姿に息を奪われた瞬間を思い出す。朝日に透ける色自体はステーションで見かけるありふれたものであっても、かつてのコーヒー色の髪と茶の瞳からの変化が、僕を静かに興奮させていた。能力の発現する予兆か、それとも気づいていないだけでもう始まっているのか、落ち着かない心で色々やっては試したあの頃は、その後時と共に絶望に置き換わっていった希望と相まって、鮮やかに明るい記憶として僕の薄闇をぼんやりと照らして離してくれない。
 指先から溢れる虹色の光に沿って、姉の美しい筆致が、砕けた岩の上に描かれていく。
 セシルが元気で、ここで一緒にいてくれるだけで幸せよ。
 それぐらいしかできないんだよ。
 唇の先で答えると、姉は静かに目を伏せた。
 この世界ではね、生きてるだけでも奇跡なのよ、セシル。
 姉がかつて得た能力は強大すぎた。人ならざる者と渡り合い、闇そのものに分け入った力は命の理をひっくり返し、数人分の命を取り戻した後、姉の声と健康を少しだけ奪い取って自ら消滅した。輝きを失った姉の肌から視線を外し、ポケットの中の輝石を握りしめて空を見上げる。
 僕が欲しかった奇跡はこれじゃない。
 呟きは喉から出られないまま、胸の内側に停滞している。
 
 歪んだバケツに輝石を放りこんで、今日の仕事を終えようと立ち上がる。側で寝転んでいたホームレスがびくりと大きく反応し、片眼で僕を見やったがすぐに眼を閉じる。無視してステーションに向けて歩き始めた。夕焼けが瓦礫の町をモノトーンに染めて、押し潰された車のガラス片だけがきらきらと黄金の光を散乱させている。能力を持った戦士達はきっと今頃、訪れる夜に備えて静かに、武器を抱えたまま眠っている。
 市場の臭い熱気の中、煤けた色の分厚い上着を着た人々がごった返している。成長の悪い身体で僕は隙間を擦り抜け、姉のための食料をより安く手に入れるために迷路のような配置の露店を覗いてはまた人いきれで窒息しそうになる。気がつけば行き止まりの角まで来ていて、黒い襤褸布を垂らした上にぶっ違いの槍を構えた、比較的大きな露店の前に来ていた。武器商人の小屋だ。何とはなしに見ていると布の隙間から黒い犬がぬっと頭を出した。思わず立ち竦む。球を感じさせる犬の黒の瞳に、白い髪の自分が映っていた。この犬にとって、僕はどう見えるのだろうか。僕はつい覗きこみ、反射の中の僕の姿がぐにゃりと歪んで拡大される。
 君もここのお客かい?
 顔を上げると金髪の若い男に見下ろされていた。磨き抜かれた青銅の甲冑の上にビロードの黒いマントを羽織り、バヨネットを担いでいる。清潔で垢抜けた風采から瞬時に理解できたーーこの男は能力者だ。
 男は強張った形相で見上げる僕の答えを待ち、期待できないとわかると微笑んだ。
 武器屋は初めてかい。ここはさほど値が張らなくても中々のものが買えるよ。一般人もよく来ているようだから緊張することはない。一般人に武器が必要だとは知らなかったが、彼らだって、ちょっとした夜盗などからは身を守らないといけないんだしね。なんだったら僕が見繕ってあげようか。君の能力はなんだい?
 自分の表情が見る見るうちに崩れ、顔から零れてゆくのが感じられた。男もそれを見取り、言葉の最後の端ではもう気づいていたのがわかった。男は一度、言葉を飲み込んで言った。
 すまない、勘違いをしてしまったようだ。だけどーー
 最後まで聞く前に僕は床を蹴って駆け出していた。ひどく太った老婆に激突し悪態を吐かれても走り続け、もみくちゃにされて弾き出され、埃に塗れて地上への階段を上りきったときには、涙は頬を伝い切って泥塗れの黒い跡になっていた。
 地上は宵闇に覆われる少し前で、薄紫の空に星が輝いていた。僕は声を抑えることなく嗚咽し、剥き出しのコンクリートに跪いて頭を擦りつけた。白い髪が砂塵で汚れた。突き出していた鉄線が容赦なく頬を切り、血と涙と砂塵が混ざり合って僕の顔をぐちゃぐちゃに彩り穢し、声が嗄れて息が切れ切れになるくろにはその色さえ暗闇に溶かされた。
 男の言葉よりも、最後の表情が幾度も蘇り僕を蝕んでいた。憐れみではなかった。ただ、心からの後悔と、僕の心情を想う真摯さこそが何よりも僕を貫き、僕をくしゃりと簡単に押し潰して窒息させた。

 翌朝、心配する姉に手を振って家を出て、早朝から瓦礫を掘り続けた。休憩することなく、いつもの採掘仲間に声を掛けられても答えずひたすらに掘り続けた。日暮れには普段より一回り以上大きな輝石の山ができて、ブローカーは一度煙草を口から離し、僕を見上げてにやりと口元を歪めた。
 燃える赤が頭上を通り過ぎ、紫の空に紅色の雲が流れて、薄闇が訪れる。
 ポケットの中で重なり合う銀貨の感触を確かめながら立っていた。夜の手前の、やわらかな青の気配に紛れるように、紺色の上着をステーションで買って着た。帰り際に武器屋の前を通り、その黒い仕切り布の前に立ってしばらく考えてけれど、僕は立ち入らなかった。
 人々がゆっくりと家路につき、しばらくして瓦礫のそこここで、暖かな炎の光がぽつぽつと輝き始める。その隙間に忍び寄る暗闇が、逸る息を抑えるようにして生気を持ち動き始めるのが肌で感じられる。家ではきっと、姉と幼馴染の彼女が、不安げに僕の帰りを待っている。金髪の能力者はバヨネットの手入れをして、彼の黒犬の豊かな毛並みを撫でている。
 出かけに姉が掛けてくれた一言が反響する。
 明日はお誕生日のお祝いだから、セシル、今日は早く帰ってきてね。
 瞳を閉じると、瞼の裏側で眼球が転がる。姉の微笑みと、能力者の男の険しい表情が入れ替わる。それから闇に消えていった彼ら、友達、夜の闘いに敗れ瓦礫の合間に埋まった死体。
 再び眼を開くと、暗がりに強い赤の瞳は闇を退け、青の中に廃墟の輪郭が鮮明に見極められるようになった。視界の端で蠢くものがあり、目を凝らすとそれは二人組の汚らしい夜盗だった。雑多な布を何枚も纏って膨れ、盗んだ装飾品を誇らしげに帽子に飾りつけている。僕は気づかれないよう足音を立てずに、そろそろと彼らに近づいて行った。
 今日はどうするよ、俺、腹が減ったよ。
 うるせえな。あの娘っこの所はどうだよ。
 こないだも行ったじゃないか。
 あの辺はどうせ男手がいねえよ。みんなやれ戦いだとかで出払っちまってるからな。びびってんだから、ほいほいなんでも出すだろうよ。
 下卑た笑い声が静けさを破って、積み重なるコンクリートの瓦礫に反響する。僕はしゃがみ込み、足下を探る。這うようにして少し進んだ辺りで、折れた鉄のパイプが地面から突き出しているのに触れた。そっと周りを掘り起こして抜き取る。先端が現れたところで大きめのコンクリート塊が崩れ、その音に心臓が大きく跳ねて収まらなくなった。幸い二人組は気づかなかったようだ。唾を飲み込む。高温で煮えたようた脳の中で、一つの事実がきんと冷え切ってそこにある。
 僕は明日十五歳になる。
 こめかみと喉元が焼けるように熱く、逸る息を必死で押さえつけて忍び寄る。拍動が胸を叩き、うるさくて音が遠くなる。大柄な方の夜盗の真後ろで、彼の凹んだ帽子が目の前に現れた所で全ての音が消えて、僕は右手を振り下ろした。
 鈍い音と同時に、笑い声が音程を崩して潰れた叫びに変わった。骨の折れる衝撃と、軟らかいところへずぼりと突き刺さる勢いで僕の身体は夜盗に突っ込む形で転げた。視界いっぱいに砕けた頭が広がり、噴き出した血が右眼に入って、右側が一時にどす黒い赤に染まった。体勢を立て直した時にはもう一人の夜盗は後ずさり、恐慌を来して震えながら首を振った。立ち上がろうと動いた瞬間に彼は一目散に逃げ出し、訪れた闇に吸い込まれるようにして消えた。
 僕は立ち上がって空を眺めた。群青の空で星が輝きを増して、満月の一日前の月と張りあっていた。その前を飛行キャブが空冷音を響かせて横切る。掌の中の鉄パイプが夜盗の血と体液で滑ったけれど僕は離さなかった。視界を縁取る、月明かりに透ける髪にも同じようなものがべっとりとついていた。世界の右半分はまだ、血の赤で曇ったままだった。

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