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流星のメロディー

   流星のメロディー

  1
 スピーカーから流れるハルキの曲が終わった。小さな練習スタジオの中はその余韻に包まれる。私たち四人はお互いの顔を見合い、同じような感情を共有していることを確認した。みんな、わくわくした気持ちが滲み出ている。静まった空間に高揚が充満して、その場の温度が少し上がった気がした。
 二、三秒の静寂の後、シュウが最初に口を開く。
「すげえじゃんハルキ! 作曲の才能あるよ!」
 パチン、とその場に張りつめていたものが弾け、私とカナちゃんもシュウに続いて口々に溜め込んでいた感想を吐き出した。
「うん。すごくかっこいいよ、これ」
「ハルキってギターだけじゃなくて作曲も出来たんだねえ!」
「いや、まあそこまででもないって」
 ハルキは少し顔を赤くして恥ずかしそうに笑った。長くまっすぐな黒髪の間から覗く、切れ長の目が余計に細くなる。口ではそう言っているが、実際はハルキも曲の出来には満足しているようで「じゃ、これ次のクリスマスライブの時にやるってことでいいかな?」と言った。

 私たちのバンドは今年の文化祭前に組まれて、文化祭ではまあまあ人気のアーティストのコピーをした。私の高校の軽音楽部ではみんなコピー曲しか演奏せず、私も二年生の冬である今までコピーしかやったことがない。だから今日、リードギター担当のハルキが「オリジナル曲を作ってみた」と言ってデモ音源を持ってきたのには、みんなびっくりした。
 他のバンドがコピーを行う中、私たちのバンドだけオリジナル曲を演奏するのを考えると、すごいことをしているようで何だかわくわくした。といっても、オリジナル曲は一曲だけであとはいつも通りコピーをするのだけど。
 私たちオリジナルやるんだ! スカウトされてインディーズデビューとかになったらどうしよう! とか馬鹿みたいなことをちょっと考えてしまう。

「でさ、作曲は俺がしたから、誰かに作詞をしてもらいたいんだけど」
 ハルキが言った。ハルキの作ってきたデモ音源には歌が入ってなくて、キーボードでメロディーラインが打ちこまれているだけのカラオケ状態だった。
 作詞、という響きに心が動かされる。心臓の鼓動が少しずつ速くなっていく。
「やっぱり、ボーカルだしシュウやる?」
「いや、俺は……」
「あ、私やりたい!」
 シュウの言葉をさえぎって、咄嗟に私は名乗り出た。メンバーのみんなが私を見る。私はドキドキしている。

 詞を作ることは私の密かな趣味の一つだ。
 ハルキが曲の中で重視するのはボーカルの声質や伴奏など、いわゆる「音」の部分みたいけど、私は伴奏がどうのこうのという難しいことはよく分からないし、曲を聴く上での興味の大半は歌詞に注がれる。いつもCDを買ったらまずは聴かずに歌詞カードを眺めるほどだ。
 今まで、多くの素晴らしいアーティスト達の詞に励まされたり、涙したりしてきた。繊細な言葉たちが紡ぎだす情感や風景、たった何行かのそれが生み出す感動は、私にとっては1冊の長編小説を読むのと同じくらい価値があるものに思えた。
 いつから自分で詞を作るようになったのかは正確には覚えていないが、たぶん小学6年生くらいからだと思う。何かに魅せられた受け手が、それの作り手側に立ってみたいと思うのはごく自然な流れだろう。
 長いこと作詞をしてきたし、国語も得意なので良い詞を書く自信はある。自分の詞を誰かに見せたことはないが、ついにメロディーに乗って日の目を見るのだ。ハルキに作曲の才能があるのなら、私は作詞の才能を見せてやる。ああ、本当にクリスマスライブが楽しみになってきた! 

「じゃあ、ミサキに作詞担当してもらうってことで、みんないいかな?」
「うん、俺はいいよ」
「頑張ってね! ミサキちゃん!」
 ハルキの問いかけに他の二人が快く賛同する。私は胸の前で拳をぐっぐっと握って、頑張ります! と笑顔を滲ませながら意気込んでみせた。次の瞬間には、無意識のうちに頭の中で歌詞となりそうな言葉を探している自分がいた。
「はい、これデモ音源だから、ライブ一週間前くらいまでには完成できるようによろしく」
 うん、わかった、と私はハルキからCDを受け取る。ライブ一週間前までということはあと二週間ちょいは時間がある。それだけあれば十分作詞は出来る。でもボーカルであるシュウが歌詞を覚えるためには、出来上がるのが早ければ早いだけ良いだろう。帰ったら早速CDを聴いて、パパッとかっちょいい歌詞を仕上げてやろうじゃないか。
 そんなやる気満々だった私だが、次にハルキから発せられた言葉に思わず固まってしまった。
「あ、中二病っぽくならないようによろしくね」
 ――え?
 ハルキはにやにやしながらサラッと言った。私は、不意に後ろから殴られたような感覚に陥った。その全く意識していなかった言葉に。
「そうそう。俺もなんか恥ずかしい感じになっちゃうと思うから、あんまり歌詞書きたくなかったんだよね。みんなの前で歌うわけだしさあ」
 シュウの台詞が私にさらに追い討ちをかける。
 ――ああ。
 私は何もわかっていなかったのだと、この時初めて気がついた。顔から血の気がスーッと引く。心臓が別の意味で、鼓動をさらに速くする。前髪で隠した額に嫌な汗がジワリと吹き出すのを感じた。


  2
 オリジナル曲の作詞を行うということは、自分の書いた歌詞がみんなの目に晒されるということだ。つまり、自らの美意識、ナルシシズム、ロマンチシズムの吐露。何が、私の詞が日の目を見る、だ。晒し上げられる、の間違いじゃないか。なんでもっと早く気付かなかったんだろう。
 そんなことを、私は自分の部屋のベッドに伏せながら悩んでいた。
 自分から言い出したため、やっぱり辞退するとは言えず、結局私が作詞担当のまま今日は解散になった。帰り道では、スタジオでハルキの曲を聴いたときの高揚が嘘のように立ち消え、不安で胸がいっぱいになり、背負ったベースがいつもよりも重く感じた。
 中二病。その言葉は聞いたことがあったし意味も何となく知っていたけど、あまり自分と結び付けて意識したことはなかった。特に――都合よく――作詞を行っているときには。
 デスクの引き出しから、シンプルなピンクのA5のノートを取り出してみる。私が今までずっと詞を書き溜めてきたノートだ。ページを開き、そこに書かれている詞を他人に見せることを想像してみる。
 うわあ。
 次の瞬間顔が熱くなり、急に恥ずかしくなってきて思わずノートを閉じた。他人の目を気にした途端に、こんなとても直視できないような代物になるなんて。所詮は自己陶酔だったということなのか。
 もう一度、目を逸らしたい気持ちを我慢してノートの中の詞に目を通す。これは、本当に酷いかもしれない。特に、自分がネガティブに陥って気持ちが荒れていたのであろう日に書いたものは酷かった。
 ふと、頭の中にハルキのにやにやした顔が浮かぶ。ハルキはいつも冷めていて、俗な恋愛話や熱血ドラマなどはくだらないと切り捨てる性格だ。カッコつけて少しでも寒い台詞を吐く者は進んで嘲笑う。音楽の話をするときは、いつもJポップの歌詞を馬鹿にしていた。私はその性格に関して、嫌いだとか好きだとかは思わなかったけど、ただ、ひねくれてるなとだけ思った。
 ここにある詞をハルキに見せたらどうなるだろう。きっと陰で私のことを中二病だなんだと言って笑うに違いない。シュウの言うとおり、歌詞を書くのは恥ずかしいことなのかもしれない。
 しかし作詞担当に決まってしまったことには、なんらかのモノを仕上げていかなければならない。とりあえずハルキに渡されたデモ音源CDを、枕元のコンポにセットして再生してみることにした。
 リードギターだけで何度か高音のリフを弾いた後、一気にドラムとベースとリズムギターがなだれ込む。そしてそのまま、いきなりサビに入る。サビのメロディーラインは、同じメロディーが何度も繰り返される、キャッチ―なものだ。演奏だけ聴くと疾走感のある爽やかギターロックだが、歌メロは少しノスタルジックな雰囲気を纏っているということに、何度かリピート再生して気付く。
 まずサビのメロディーを覚えて口ずさむ。そして口ずさんだまま、いつも詞を書くときと同じように椅子に座って足を組み、ペンを持ってノートに対峙してみた。そうすれば、案外何かうまく書けるのではないかと期待して。
 しかし、何も書き出せない。いつもならスラスラと言葉がノートに綴られていくのに、今は手が空中で固まってしまっている。いくつかフレーズが頭の中に浮かんだが、どれも中二病臭い気がして、アウトプットされる前に却下された。
 だめだ。書けない。私ってこんなもんだっけ。
 椅子を引き、机の上で腕を交差させて、そこに頭を突っ伏した。なんだか頭が重い。私が作ってきたのはただの恥ずかしい詞だった。作詞の才能なんてなかったんだ。今までアーティスト達に憧れてせっせと詞を書いてきたことが全くの無駄なことだったように思えて、無性に悲しくなってきた。何かがこみあげてきて目頭のあたりが熱い。
 一度大きくため息をついて顔を上げたが、滲んだ視界に机の上の作詞ノートが飛び込んできて、私はそれを引っ掴んで振り返り、デスク側とは逆にあるベッド側の壁に投げつけた。ノートは無様にベッドのサイドフレームにぶつかり、壁とベッドの隙間から床に落ちた。
 とりあえず、今日は詞について考えるのはやめよう。


  3
 期末テストやらバンド練習やらで忙しく、二週間ちょっとなんて本当に驚く程あっという間に過ぎた。
 勉強はあまり普段からコツコツできるタイプではないため、いつもテスト前の時期にぎっしり詰め込み勉強をするのだが、今回はそこにバンド練習もかぶってしまったため、十分に勉強時間が取れなかった。それでも頑張って勉強したので、成績は中の上から中の中に下がったくらいで済むだろうと思う。
 バンドの方も、勉強時間を削って練習した甲斐があって、ほぼ完成といえるくらいまでの演奏レベルに達した。ベースラインのよく動く曲が多くて個人的にも苦戦したが、何とかミスを減らし、他のメンバーとリズムを合わせることが出来るようになった。
 しかし、一つだけ問題点があった。言うまでもなく私の作詞である。
 あれから何度か作詞に挑戦してみたが、やはり思いついたどんな言葉も何だかイタかったりサブかったりするように感じて、どうにも中二病臭い。全部ボツだ。何が中二病で、何が中二病じゃないか分からなくなってくる。作詞という行為自体が中二病なのではないかとさえ思える。
 もう完全に自信を無くしてしまった。作詞できずに落ち込んではベースや勉強に没頭して気を紛らわしていたが、それも最初のうちだけで、だんだん自分の無力さから目を逸らすため、作詞という行為自体を自分から遠ざけていった。
 この前行ったバンド練習で、それとなく「やっぱり詞、無理かも……」みたいなことを言ってみたが、ハルキに「まあ、頑張ってよ」とへらへら言われただけで終わった。
 オリジナル曲をバンドで合わせて練習するときは、シュウがフフーン、だとかラララー、だとか適当な言葉でメロディーを歌うのに合わせて演奏する。演奏はもうみんなほぼ完璧にこなせるから、完全に作詞担当の私が足を引っ張っている状態だ。
 デッドラインはもう三日過ぎて、ライブまではあと四日しかない。三日前も練習があったのだが、締切日にもかかわらず詞が出来ていないという状態で会うのが怖くて休んだ。私はバンドメンバーの誰とも同じクラスでないから、うまくやれば一日顔を合わせなくて済むのだ。メンバーには『もうちょっとで出来ます』とメールしておいた。
 でも、困ったことに今日もこの後練習がある。さすがに、この時期に二回連続で練習を休むわけにはいかない。胃がきりきり痛む。どうしよう、本当にバックれてしまいたい。
 悪あがきだが、放課後の教室に残り、自分の席に座ってまっさらなルーズリーフと再び対面してみる。長いこと悩んでみるが、やはり良いフレーズが考え付かない。スラスラと詞を書いていた時のことが随分懐かしく思える。
 このままでは埒が明かないので、とりあえずなんとなく使えそうな単語をいくつか書き出すことにした。風の温度、星空、君の横顔、白い息……。書き出した言葉たちを見ていると、やはり恥ずかしくなってくる。
 その時、教室の前側のドアがガラガラと勢いよく開いて、明るい声が静かな教室に飛び込んできた。
「ミサキちゃーん! 一緒にスタジオ行こ!」
 カナちゃんだ。私は慌ててルーズリーフをくしゃくしゃに丸める。しまった、もうそんな時間だったか。丸めたルーズリーフを適当にスクールバッグに突っ込んで、支度を整える。しかし、いつの間にか私の机の前にいるカナちゃんが、目ざとくそれに気づいた。
「ん? ミサキちゃん何してたの?」
「あ、いや」一瞬何を言うか逡巡する。「数学の問題が全っ然分かんなくてさあ」
 へらへらしながら、咄嗟に嘘をついた。
「ふうん。ミサキちゃんでも分かんない問題あるんだね」
「そりゃもう、分かんないことだらけだよう」
 またまたあ、とカナちゃんは笑って言った。何とかごまかせたみたいだ。私はベースケースを背負ってスクールバッグを肩にかけ、カナちゃんと一緒に教室を出た。
 カナちゃんは、体は小柄だがバンドでドラマーをやっている。目はパッチリしていて声も可愛く、抜けているところもあるが、あっけらかんとした性格なのでみんなから好かれている。勉強の成績は芳しくないようで、中の上程度の私のこともやたら秀才扱いする。
「詞の方はどう? 完成した?」
 ぐむっ。いきなり一番されたくない質問をされた。
「いやあ、もうちょっとで出来そうなんだけどねえ」
「ふふ、それ前も言ってたじゃん。でも楽しみだなあ、ミサキちゃんの詞」
 ぐさり。その言葉に心が痛む。カナちゃんは曇りなくいつものように笑っているので、あくまで悪気はないようだ。ごめんね、カナちゃん。本当は一言も出来てません、出来そうにありません。
 私は一つ、心配している事を話してみた。
「ねえ、ハルキ怒らないかな?」
「どうだろうねえ。もうライブまで一週間切ってるし、バンドに関してはストイックだからなあ」
 カナちゃんは顔を少し険しくし、声を低くして言った。私が今日練習に行きたくない最大の理由が、そのハルキのことだった。
「だよなあ。どうしよ、ひたすら謝るしかないかな?」
「うん、そうだね。ハルキもちゃんと謝ればわかってくれるよ」
 そうだろうか。でも友達にそう言われると、本当にそうであるような気がして安心する。
「だよね。よし、じゃあ謝ろ。謝り倒そう!」
「ふふふ。あ、今日は練習終わったら二人でミスド行こうよ。半額券あるんだ」
「おお、いいねえ」
 カナちゃんに話したら何となく気持ちが楽になった。とりあえずちゃんと謝って練習乗り切って、それが終わったら楽しくカナちゃんとお喋りしよう。ドーナッツ半額なんてラッキーだ。

 いつもの小さな練習スタジオに入ると、まずはコピーの曲を四曲、何度か練習した。そのあいだ詞の件については何も訊かれなかったが、一通りコピー曲の練習が終わり、みんなの体が十分に温まってきたころ、ハルキが言った。
「じゃ次、オリジナル曲練習するけど、ミサキ、歌詞出来た?」
 ついに来たか。ここはしっかり謝らねば。と思ったのだが、口を開くと何故か、へらへらした謝罪が出てきた。
「あ、ごめん。もうちょっとなんだけど出来てないんだわ。本当ごめん」
 ――あれ? 
 口元がにやついてしまっているのに自分でも驚いた。真顔でしっかり謝ろうと思ったのに。友達に対してそのようにすることが殆どないからだろうか、いつもの「友達だから許してね」な謝罪になってしまった。
 気付くとハルキは冷たい目線をこちらに向けている。やらかした。私はそこでやっと口元を引き締め、もう一度、今度は頭を下げて謝った。
「本当にごめん!」
「もういいよ」
 予想外の言葉に、そっと顔を上げてハルキを見たが、目はどう考えても「もういい」と言っていない。どう考えても私を許していない。
「もうちょっとで出来るならさ、その出来たところだけでいいから見せてよ」
「いや、それはちょっと見せられない……」
「は⁈

 急に音量を上げたその刺々しい一声に驚いて、シュウもカナちゃんも各々の楽器をいじるのをやめてこちらを見る。沈黙。空気の重みがぐっと増す。何かがハウリングして、止んだ。
 おそらく、もうちょっとで詞が出来るなんてハッタリだとハルキは見抜いていて、敢えてそんなことを言ったのだろう。そうやって戦略的にネチネチと相手を責め立てるところがハルキらしい。
 ハルキのいつもより見開かれた眼には怒りの色が満ちていて、思わず私は泣き出したくなる。私はどうしたらいいのか分からない。謝るということしか思いつかない。
「歌詞無いでどうやってライブすんの、練習すんの?」
「うん、ごめん」
「ごめんじゃなくて、どうやってライブすんだよ」
「ごめん……」
 ハルキは特に声を荒げるでもなく淡々と問い詰めたが、おそらく誰が聞いても容易に攻撃的な響きを感じ取ることが出来ただろう。その静かな怒りがじわじわと私の精神を痛めつける。いっそのこと思い切り怒鳴りつけてくれればいいのに。目頭が熱くなり、視界がぼやけ始めた。
「まあまあ、無いもんは無いんだし、とりあえず今は歌詞無しで合わせようぜ! スタジオ代ももったいないし」
 私たちのやり取りを見かねたのか、慌ててシュウが言った。その笑顔は無理して作っているように見えるが、頑張って空気を和らげようとしてくれているのだろう。ハルキがキッとシュウを睨んだが、シュウは怯むことなく笑顔を保った。
 ハルキは表情を変えることなく、仕方ないといった風に息をついて、イントロのギターリフを弾き始めた。その時舌打ちが聞こえた気がするけど、気のせいかもしれない。
 いきなり始まったので私たちは慌てて演奏の準備をした。タイミングを間違えないように拍をとって入る。私はべそをかきながら必死こいてベースを弾いた。シュウがいつものようにラララー、と歌いだす。その歌と演奏が耳に入ってきても、私は初めてデモ音源を聴いた時みたいにかっこいいとは思えなかった。
 二番の前のサビの途中から、キンキン鳴っていたリードギターの音が急に消えた。まだまだリードギターのなくなるタイミングではない。ずっと凝視していたベースの指板から目を離して、ハルキの方を見る。
 ハルキは勝手にギターストラップを肩から外し、アンプのつまみをゼロまで下げてギターの片付けを始めていた。それから十秒ほど三人で演奏は続いたが、シュウやカナちゃんもハルキの様子に気づいて、曲は消え入るように中断させられた。中途半端に止められた音たちの残響が、互いに調和せずに漂う。
「おい、ハルキ」
「帰るわ。歌詞ねえのにやっても意味ないし」
「おい!」
 あっという間に帰る準備を整えたハルキは、シュウが呼び止めるのも聞かずにスタスタとギターアンプの横の防音扉から出て行った。少しの間、取り残された私たちは呆然として扉の方を見つめていたが、我に返ったようにシュウが乱暴にギターを片付け始めて、
「ちょっと追いかけてくるわ。でもたぶん戻ってこないから、悪いけどお金払っといて」
と口早に言うと、ギターケースとバッグを引っ掴んでスタジオを飛び出していった。
 さっきまであんなに狭かったスタジオが急にガランとして、二人分のスペースが生まれる。今更になって、独特の埃っぽい臭いがツンと来た。二時間予約したスタジオは、結局一時間も使われなかった。
 私のせいだ。私が詞を作ってこなかったばっかりにこんな。ライブ前だというのにバンドの状態は最悪だ。全部私のせいだ。やりきれなさと申し訳なさと情けなさと、その他諸々のよく分からない感情がごちゃごちゃになって、溢れ出した。いつの間にか顔が歪んで、大粒の涙がいくつも流れている。私は手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んで嗚咽を漏らした。なんで私はこんなんなんだろう。
「大丈夫、大丈夫だよ」
 カナちゃんがとんとん、と肩を叩いて慰めてくれる。カナちゃんはいつだって優しい。
「歌詞出来ないなら、一緒に考えよ? ね?」
「カナちゃ……私、歌詞……全然……」
 喉がつかえてうまく喋れない。駄目だ、カナちゃんを困らせている。
「うん、大丈夫大丈夫。困ってたのに助けてあげられなくてごめんね」
 ううん、カナちゃんは何にも謝ることないのに。普段は聞かないその柔らかな声に、何故だかますます涙が溢れて出てしまう。
 その後しばらく私は泣き続け、カナちゃんは黙って私を慰めてくれていたが、私が少し落ち着いてくるのを見ると、カナちゃんはニッコリして口を開いた。
「ドーナッツ、食べよっか」


  4
 あの後私とカナちゃんに、シュウから『ハルキ捕まえられたから、ちょっと二人で話し合うわ。やっぱり戻れなさそうだけど、お金大丈夫?』とメールが来た。私たち二人とも余分にお金を持ってきていたので『了解。大丈夫です!』とカナちゃんが返信して、二人でスタジオ代を払った。
 そして今、スタジオからすぐ近くのミスドの、この隅っこの席に至る。店内に入るとき、ハルキ達がいたら嫌だな、と思ったがいなかった。午後三時半、おやつどきではあるが平日であるということもあって、店内に客は四、五人しかいない。私の目の前、カナちゃんの後ろにある大きなガラスから見える空はまだまだ薄青いが、本当に向こうの方は夕暮れに差し掛かっていた。
「実は私さ、全く歌詞出来てないんだよね」
 そう正直に告白する。かみ過ぎた鼻がヒリヒリする。おそらく真っ赤になっているだろう。
「ふふ、なんとなくそんな気がしてた」
 カナちゃんはそう言って微笑んだ。なんということだ。のほほんとしているようで実は全部見抜かれていたのか。
 それから私は思い切って、作詞に挑戦したこと、そして挫折したこと、その経緯などを要領悪くも打ち明け、相談した。カナちゃんはそれを真剣に聞いてくれた。
「で、どんな歌詞書いてもどうにも中二病っぽくなっちゃってさ、もう何が中二病で何がそうじゃないんだか分かんなくなっちゃったんだよね」
 とりあえず言いたいことを一通り言うと、カナちゃんは気難しい顔をして、うーん、と唸ってから言った。
「ごめん、中二病って何?」
 なんということだ(二回目)。カナちゃんは中二病という言葉を知らなかった。これは相談する相手を間違えたかもな、と思いつつも言葉の意味を説明する。しかし、言葉にしようとすると難しく、なかなかうまくいかない。
「何というかこう、中学生とかが急に恥ずかしいポエムとか書き始めて、自己陶酔に浸っちゃったりとか、後から見たらなんか黒歴史みたいになるやつ」
「恥ずかしいポエム?」
 駄目だ。やっぱりカナちゃんでは私の悩みが分からないみたいだ。
「なんか、かっこよさげなこと言おうとしたり、ロマンチックなこと書き綴ってみたり、意味深ぽい言い回しとか考え方とか前面に押し出してるようなさあ」
 あああ。過去の自分のことを言っているようで恥ずかしくなってくる。
 これだけ説明したが、カナちゃんはまだ質問してきた。
「じゃあ、プロのアーティスト達も中二病ってこと?」
「え」
 いや、それは、たぶん、違うと思う。というか、そんなこと考えたこともなかった。
「だってさあ、かっこよさげなこととか、ロマンチックなこととかさ、意味深ぽい言い回しとか考え方も、よく歌詞になってるよ?」
 カナちゃんは不思議そうな顔で訊く。
 私は固まってしまった。頭の中で思考の整理を急いでいるが追いつかない。たしかに、そうなのか? いやいや、でもあの人たちの歌詞はもっと違う、はずだよな? そういえば最近は、練習曲をベースラインを辿りながら流し聴きするくらいで、まともに曲の歌詞を聴いていなかった。
「ち、ちょっと待って」
 私は目の前に友人がいるのにもかかわらず、バッグからイヤホンを取り出して耳に突っ込んだ。そうせずにはいられなかった。何か大事な事を忘れていた気がした。
 音楽プレイヤーはいつもシャッフルモードにしている。画面もろくに見ずに適当に曲を繰ってから再生ボタンを押すと、有名なバンドの、馴染みのある曲が――歌詞が――流れ込んできた。しばらくのあいだ私はそれに耳を傾ける。
 改めて聴いてみると何だかこっ恥ずかしくなる部分も、あった。しかしそれは、今まで幾度となく私の胸を打ってきた詞だし、今も確かに私の心を強く震わせている。目の前、カナちゃんの後ろには見事に夕焼け空が広がっていたが、それを綺麗だと思う心を殺したくはないと思った。
 バラバラだったパズルのピースが、音を立ててはめ込まれていく。私はイヤホンを外す。
「カナちゃん、私、今までしょうもないことで悩んでたかも」
 カナちゃんは、私に何が起こったかよく分からないのか、しばらくキョトンとして私を見つめていたが、ふとそっと微笑みを浮かべて「そっか」と言った。
「素敵な詞を最初から書ける人なんていないし、何度も書けるように練習するうちに、いくつもの失敗作を作るかもしれない。でも、プロの人だって誰だってそういう道を通るし、黒歴史がどうとか気にしてたら何にも出来ないよね」
 私は今思った通りのことをそのまま吐き出した。カナちゃんは相変わらず微笑んだまま頷いた。
「うん。伝えたいことや気持ちを、まっすぐ伝えればいいと思うよ」
 憑き物が落ちたように、心の中がすっと軽くなっていた。視界は澄み渡っている。


  5
 翌日の朝、高校へ向かう電車の中で、私はぼんやりとオリジナル曲の歌詞を考えていた。昨日中にでも作詞作業を再開するつもりだったが、泣き疲れていたのか、家に帰ってご飯を食べると昨日はすぐに眠ってしまった。
 もちろん、そんなに簡単には詞は出てこない。しかし、もう今までのように、そこに焦りは生まれない。むしろこれからどんな詞を作り出そうかと、わくわくしてくる。久しぶりの感覚かもしれない。
 昨日のカナちゃんの言葉を思い出す。伝えたいことや気持ちをまっすぐ伝えればいい、か。私の伝えたいことや気持ちって何だろう?
 その時、ケータイが震え出してメールの着信を知らせた。誰からだろう? と思ってケータイを取り出して見ると、シュウの名前が表示されていた。
『ハルキのことで話したいことがある。やっぱり、このままじゃいいライブ出来ないと思うしさ。俺、今日は予備校の冬期講習が入ってるから夜になっちゃうんだけど、いい? 飯でも食いながら話そうぜ!』
 シュウといえば、昨日私がハルキに責め立てられているときに助け船を出してくれたな、とまず思った。会ったらお礼を言おう。
 しかし、何故夜なのだろう。高校は今日は終業式しかないので、終業式後から予備校に行く前の時間にちょっと話せば済むのではないか。とも思ったが、おそらくそんな短時間に済む話ではないのだろう、と自己解決した。
 見通しが立ってきたとはいえ、まだ詞が出来ていない状態でいきなりハルキと会うのは気が引ける。しかし、遅かれ早かれハルキとの溝は埋めなければならないと思っていたので、こうやってシュウが私たちの仲介役をしてくれるのはありがたいことだった。
 私は了解の意のメールを送って、窓の外の景色を眺めた。空には雲一つなく、どこまでも迷いのない蒼が広がっている。降り注ぐ陽ざしに目を細め、変わりゆく街並みを見ていたら歌詞を考えるのを忘れてしまい、いつの間にか高校の最寄り駅についてしまった。

「まあなんというかさ、確かにまだ歌詞が出来てないのも問題だったけど、あのハルキの行動も問題だったよな」
 ハルキ自身もそう反省してたよ、と付け加えてシュウは言った。
 私たちは高校の最寄り駅付近にあるファミレスの中にいた。シュウの通っている予備校はこの辺りにあり、シュウは私とは逆方面の電車に乗って家に帰るため、このファミレスで話をすることになった。
 私は学校が終わってから一度家に帰って、お昼を食べた後にベースの練習をすると、また眠ってしまった。目を覚ますともう家を出る時間で、ここ二週間ほどでよっぽど疲れが溜まっていたんだな、と思った。いつもどこかで作詞に関しての不安が頭をもたげていて、気が休まる時がなかった気がする。
 私は私服、シュウは制服で、ドリアとハンバーグとライスとドリンクを挟んで向かい合う。
「本当はハルキも呼んだんだけど、あいつ用事あって来れないってさ」
「え」
 その言葉に一瞬耳を疑った。
「いや、そこは呼ぶなよ。私、超気まずいじゃん」
「えー、そうかな?」
「そうだよ! ああ、ハルキ来れなくて良かった」
 微妙に垂れ下がった穏やかな目のシュウは、いつも気を利かせてくれてはいるが、たまにこういう空気の読めないところがある。まあ、結果オーライということで今日は許しておくか。
「そういえば昨日、私がハルキに責められてるとき、止めてくれてありがと」
「んん? ああ、いやいや。気にすんなって」
 シュウはハンバーグを口に入れた状態で、手で口を押えてもがもがしながらそう言った。本当にそのくらいのことは何とも思っていないみたいだった。
「いや、でも本当に助かったよ。あのまま責められてたら、私泣いちゃってたもん。たぶん」
「ははは」
 その後実際に泣いたことは言わなかった。シュウは愛想よく笑うと、口の中のものを飲み込んで言った。
「まあ作詞をミサキに丸投げしたって形になっちゃってさ、俺たちにも責任があったと思うよ。ミサキだけが悪いっていう風にメンバーが責めちゃダメでしょ」
 自分から立候補しといて仕事を全うできなかったのだから、どう考えても私だけが悪いのだが、気を利かせてそう言ってくれるシュウはやはり良い人だ。
 その後はハルキが「せっかく作った自身の曲が台無しになる気がして怒ってしまった」、「自分ばっかりが真剣にバンドのことを想っているように感じた」などと言っていたことを聞かされた。そして、「まだ詞が出来ていないことに対して怒ったのは、間違っていたとは思わない」と言っていたことも。
「まあ俺も、正直歌詞が出来るのが遅すぎると、覚えるの大変だしね」
 シュウが苦笑しながらそう言って、私はやんわりと非難された。ただただ、申し訳ないと思った。会話の中で、私は何度もへこへこと謝り、その度にシュウは「いや、もういいって」と笑って言った。
 私が正直にまだ全く歌詞が出来ていないことを言うと、シュウは「そんなとこだろうな、と思ったよ」とまた笑った。
「でもはっきりと自信持てなくてさ、言ってくれれば手伝ったんだけどね。歌詞は、どう? 出来そうなの?」
「うん。出来そう」
 私は顔に自信を浮かべてそう言ったが、「本当かよ」とからかわれた。
「今度は本当だよ!」と私が語気を強めて言うと、シュウは少し怯んで、独り言のようにボソッと言った。「じゃ、余計なお世話だったかな……」
 え、何? と私は訊き返したが、いや何でもない、と言ってシュウは首を振るだけだった。ふわふわの茶髪が揺れる。
 ハルキについての話は一時間ほどで終わった。もうご飯も食べ終えてしまったが、ドリンクバーでおかわりしながら、さらに一時間以上他愛もない雑談をした。他のバンドの友達の話、テストの話、思い出話、最近のアーティストがどうのこうのという話、その他諸々。
 シュウと二人でこんなに話すのは久しぶりだった。バンドで行動するときはシュウはハルキと話していることが多いし、私はカナちゃんと話していることが多かったのだ。
 しかし、シュウとは軽音楽部に入って初めて組んだバンドで同じメンバーだったし、一年生の時は同じクラスだったため、あまり異性と関わることが得意でない私でも気兼ねなく話すことが出来た。シュウは最近は、ハルキの影響でいろんなジャンルの音楽を聴いているようだが、初めは私と趣味が合っていて、よく好きなアーティストの話をしたものだ。
 気付くと時刻は九時四十五分を回っていて、もうそろそろ帰る? と私は言った。
「あ」とシュウは一瞬戸惑っていたが、すぐに立ち上がった。「まあとりあえず店出ますか」
 その言い回しに若干の違和感を覚えながらも、会計を済ませ外に出ると、たちまち冷気に全身を包まれた。店内で吸収した熱がスーッと空気中に逃げていくのが分かった。私はいつのまにかコートを着込んでいる、何故だか落ち着きのない様子のシュウに別れを告げる。
「気遣ってくれてありがとね。楽しかったよ。じゃ、また……」
「ちょっと待って」
 おっと。なんだろう。
「部室行って、セッションしない?」
「はあ?」
「鍵は持ってきてるから」
 いったい何を言っているのだろう? 今何時だと思っているのか。そもそも私たちは高校から楽器を始めた身で、セッションの心得など全くない。
 不自然な笑みを浮かべて部室の鍵を顔の前で揺らしてみせる彼から、私は少なからず下心を感じ取らずにはいられなかった。うっすらと嫌悪感が芽生える。訝しんで、低い声で抑揚なく問う。
「何でセッション?」
「いや、まあ、暇つぶしにというか……」
「暇じゃないんですけど。歌詞作んないと」
「えと、ちょっとでいいんだけど」
「帰る」
 ビンゴだ。明らかに狼狽えている彼を見て一気に醒める。見損なった。シュウはそういう人じゃないと思ったのに。いつも優しい良い友達だったのに。ちょっとかっこいいと思ってたのに。さっきまでの楽しい気分が台無しになってしまい、悲しくなった。足早に去ろうとしたところ、グッと手首を掴まれた。
「待ってよ!」
「放して!」
 振りほどこうとするが、なかなか手を放してもらえない。店の前で大きな声出して、私は何をしているんだろう。何だかまた泣けてきた。最近私は泣いてばかりだ。馬鹿みたいだ。力が抜けてきて、腕を振り回すのをやめた。
「放してよ……」
「ごめん、本当はセッションはどうでもいい。嘘ついた」
 何だそれ。言い訳になってない。
「誘い方が悪かったかな。いや、本当はサプライズにしたかったんだけどさ」
「は?」
「星、見よ。こぐま座流星群」
「星?」
 どういうことを言われているのかよく分からない。星と聞いて空を見上げてみると、何で今まで気づかなかったのかと思うくらい夜空いっぱいに星が輝いていた。
「今日流星群見れるってたまたま知ってさ、作詞の手助けになるかなって。どうせ見るなら一緒に見たいじゃん?」
 どういうこと? こみ上げていたものがスッと引いた。つまり単なる私の勘違い? 目の前では困った顔をしながらシュウが笑っている。私は現状がうまく飲み込めず、怒ることも笑うことも出来なかった。
「十一時過ぎないと見れないらしいから、それまでどう時間潰そうかなって思ってたんだけど」
「じゃあファミレスにいればよかったじゃん……」
 間の抜けた声でこぼれた言葉は正論を述べていた。

 一度出たファミレスにもう一度入りなおすのはどうかと思い、私たちはオンボロ部室のオンボロ楽器で、本当にセッションをした。セッションといっても各々が適当なフレーズを弾くだけのとてもお粗末な代物で、すぐに飽きてしまった私たちは、今までコピーした曲を一緒に演奏して懐かしがったりした。アンプには繋いでないからしょぼいものになったけど。
 最初はシュウと一緒に部室に入るのを躊躇したが、よく考えたらシュウが私に変なことをするわけがなく、さっきの自分の思い込みを馬鹿馬鹿しく思った。
 校舎から少し離れた一階建ての部室棟にある部室は、暖房もない寒い部屋だったが、楽器を弾いていると体が温まったので問題はなかった。ここは私の入学当時からアンプが壊れていてノイズを発するので、ほとんど使われることがない。
 十一時を回ると、私たちは部室棟脇に何故かいつも備え付けられている梯子を使って部室棟の屋根に上り、並んで座った。
「ミサキ、バスドラの中に詰めてあった毛布、要る?」
「何それ、汚いから要らない」
 私が苦笑して拒否すると、じゃあこっち貸すよ、といってシュウは着ていたコートを渡してくれた。礼を言って、それを毛布のように羽織る。
 さっきより周りに明かりが少ないせいか、ますます綺麗に夜空が見えた。大きい星から小さい星、明るい星や暗い星まで。不規則に散りばめられた星たちはちかちかと瞬き、それはまるで自分がそこに存在するということを一生懸命証明しようとしているみたいだ。
「綺麗だね」
「ベタな風に言うと、この景色を君に見せたかったんだ、って感じ?」
「あはは、何それ」
 私たちは静かに笑い合った。声は澄んだ冬の空気に吸い込まれていく。周りには物音一つなく、しんとしている。
 星空を眺めていると、落ち着くような興奮するような、不思議な気持ちになった。いつまでもこうしていたいと思った。こうやって何も考えずに星を眺めて、そこにあるすべての感覚――光や闇、静寂、におい、空気、白い吐息、隣から伝わる熱――をただ感じていたい。私たちはしばらく何も言わずに空を見上げていた。
「あ」
 ふいに、空の低いところで光がよぎった。
「見た?」
「うん」シュウは空を見上げたまま微笑む。「ほら、あそこにも」
「え、どこどこ⁈

「もう消えちゃった」
「ああ、見逃した!」
 私は子供みたいにはしゃいだ。そういえば流れ星を見るなんて、幼稚園か小学校低学年の時以来の気がする。真夜中、訳も分からずに母に起こされて連れて行かれた近所の土手。その時も今みたいにはしゃいだっけ。
「シュウは、よく星見るの?」
「うん。俺、結構星見るの好きなんよね。流星群の時はいつもチェックする」
「へえ、意外と可愛い趣味してるね」
 私がからかうと、う、うるせえ! とシュウはこっちを見て声を上げた。
「でもいいね、星」
「いいだろ?」
 私たちは再び空に目を移す。その時、高いところでとびきり明るい光が大きな、緩やかな弧を描いて消えた。私たちは思わず息をのんでその残像を見つめた。今の映像を、私は記憶に焼きつけるように何度も何度も頭の中でリピートした。
「すげえ……」隣でシュウが声を漏らす。「今のは今まで見た中で一番かも」
「ねえ、シュウ」
「何?」
 私は大きく息を吸って、吐いた。その白い息が立ち消えるのを見ながら言う。
「ありがとう」
「うん」
 その後、私たちはさらにいくつか流れ星を見てから別れた。あんまり長いことそこにいたつもりは無かったが、乗った電車はもう終電の三本前だった。
 電車の中でさっきまでの出来事を反芻する。シュウと見たあの大きな流れ星。希望とか、そういうプラスのものを思いっきり詰め込んだ光が命を燃やして空を駆け抜け、儚く消える美しさ。
 私の頭の中で、あるメロディーが再生される。これは何のメロディーだっけ。いつも聴いているどんなアーティストの曲とも違うが、確かに私の記憶にある。そうだ。ハルキの作った曲だ。
 私は、私たちがライブでその曲を演奏しているところを想像する。シュウがギターを掻き鳴らしながら歌っている。何て歌っている? 
――あ。歌詞出来る。
 私の伝えたいことは、伝えたい気持ちはこれだ。
 頭の中でメロディーに言葉を当てはめる。その作業は驚く程スムーズに行われた。そして、家に帰ると真っ先に自分の部屋に向かい、真っ白なルーズリーフにそれを書き綴った。


  6
 クリスマスライブ二日前。いつもの小さな練習スタジオに入ると、もうみんな揃っていて、練習を始める準備をしていた。
 ハルキと目が合った。私は真面目な顔で言う。
「遅くなってごめん。歌詞、出来た」
 ベースケースのポケットから昨日のルーズリーフを取り出し、ハルキに差し出す。ハルキはそれを受け取り、眉間にしわを寄せ、目を細めて眺めた。シュウがハルキの横から覗き込む。
「中二……いや、でも……」ハルキはボソッと呟いてから横を向いて言った。「シュウはどう思う?」
 シュウはじっとルーズリーフを眺めている。こんな詩を歌うのは恥ずかしいだろうか。嫌だろうか。私は少し不安になってくる。ドキドキしながらシュウを見つめた。
 そしてシュウは、ゆっくりと口を開いて、言った。
「俺、この歌詞歌いたい」
 一瞬、その場の音が全て聞こえなくなって、その言葉だけが頭の中に響いた。
 シュウはこちらに目を移し、ニッコリして続けた。
「この歌詞、結構好きかも」
「どれどれ⁈ 私にも見せて!」
 カナちゃんがドラムセットから小走りで出てくる。
 何だろう。ホッとしたのに、まだ心臓がドキドキしている。いや寧ろさっきよりも鼓動が早くなっている。顔が熱くて、赤くなっているのが自分でも分かった。
「すごい。ミサキちゃん作詞の才能あるよ!」
「いやいや、それはないよ」
 カナちゃんに褒められて、やっと言葉が出た。才能なんて本当にないと思う。ただ書きたいことを書いただけだ。そして、書きたいことを何にも考えずに書けるようにしてくれたのは、自覚はないかもしれないがカナちゃんだ。
「じゃあ、この歌詞でいこう」ハルキが口元に笑みを浮かべて言う。「俺もこの歌詞、悪くないと思う。ちょっと中二病っぽいけど」
「ありがとう」
 私は素直に礼を言った。みんなに褒められて、照れくさくて笑ってしまう。
「本当、遅くなっちゃってごめんね」
「いや、その分良い歌詞が出来たじゃん。俺もちょっとこの前の態度は悪かった。ごめん。問題はシュウが明後日までに覚えられるかだけど……」
「俺は大丈夫だよ。だって俺、この歌詞好きだもん」
 シュウは私の歌詞で、ハルキの曲を小さく口ずさんだ。
「うん、いける。今日はこの曲から練習しようぜ」
 シュウの言葉にみんなが賛成し、各々が楽器を鳴らして準備を始めた。私も急いでチューニングをし、ベースをアンプにつなぐ。未完成だった曲に、もうすぐ最後のピースがはまる。私の心臓はいまだに大きな音を立てていた。
 じゃ、始めよう、と譜面台の前に立ったシュウが言う。みんなが頷き、一拍おいてハルキがそれを弾き始める。
 タイトルは「流星のメロディー」。


  *
「あった、あった。……あ痛て!」
 埃っぽい床を這いずり、上から洩れるわずかな光でそれを見つける。這い出るとき、上に頭をぶつけた。あ痛たた、と頭をさすりながらそれを眺める。
 シンプルなピンクのA5のノート。私はそれを開いて目を通す。未熟な詞たちが並んでいて照れ臭くなるが、恥ずかしくなったり、目を逸らしたくなるということは、もう無い。
 そこにあるのは確かに、いつかの私のまっすぐな気持ちだった。

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