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さらし文学賞
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ライティング・ガールの夕晴れ

 忘れ物をしたから取りに行くだけだった。そうしなかったらあの子にはずっと会えないままだったと思う。
 あの日、教室まで戻って扉を開けると、そこには思いもよらない出来事が、なんてのは大げさだけど、でも驚いたのは事実だったんだ。
 窓から入る夕日の光が教室を濃いオレンジ色に覆う中、あたしはそこにいた長い黒髪のその人から目が離せなかった。
教室の真ん中の椅子に一人の女子が座っていた。色白なキレイ系のお姉さんで、パッと見年上にも見えるけど、あたしは既に三年生だし年上なんてことはないはず。
一応廊下のクラス札を確認する。やっぱここはあたしの教室だよなあ、クラスメイトでない人がこんな時間に何をしているのだろう。まさかのことと相手の見た目もあって、うわ、なんか緊張してきたし。
 その女子も急に教室の扉を開けたあたしにびっくりしていたみたいだけど、すぐに目を細め、表情をゆるめると、
「こんにちは」
 などと、やわらかな言い回しで声をかけてきた。声もそれっぽく、なんてゆーか、エレガントな雰囲気を醸し出している。
「あっ、どーも」
 一方あたしはカルいなノリが。他の言い方にすんのも変だけどさ。
「何か用ですか?」
「ええと、わすれものを少々……」
「忘れ物?」
「う、うん、ほら、給食袋みたいな」
 って違う! 高校生になってまで給食当番じゃないんだし、何言ってんだあたしは! 
「この高校、給食ありませんよ?」
 ほら、なんかマジに返されちゃったじゃん!
「そ、そうだったかなぁ。あーそうだったのかも、しれないですよねぇ……いやぁ夕焼けがキレイなんでどーしんにかえってみたくなったのかなぁ」
 これもうイミフじゃないの! どうすんの!
 などと思っていたら、
「面白い人ですね」
 別の意味で驚くことになる。
 口元を押さえて両目を細める美人さん。けれど全然イヤミでなくて、といか丁寧な言葉づかいもあるから、いちいち動きが様になっている。優雅な人っていうのはこういう人なんだな。テンパっているのはあたし一人か。
「は、ははは……そう、ならよかった」
 なにが良いか悪いかは誰も知らないけど、すっかり力が抜けてしまった。
 窓からは夕日の光だけでなくグラウンドにいるだろう運動部の声も入ってくる。そろそろ上がりにすっぞー、うぃーっす、なんてのが雑音交じりに。ああ、もうそんな時間か、時計でも最終下校時間の五分前を指している。
 ちょっと気にはなったものの忘れ物(給食袋じゃなくて、ケータイ)を取って、教室から帰ろうとする。
「あの、何をやっているんですか?」
 けれどヤジウマ根性が働いてしまいつい聞いてしまった。
 その人の机には開かれたノート、右手のシャーペンはさっきまで開いたページとくっついていた。こんな所で何を書いていたのだろう。
 でもその人はシャーペンを置いて、ノートを閉じてしまう。
 そうして立ち上がり黒髪を揺らすと、あたしが教室に入った時見せたのと同じ笑顔で、夕日をバックに答える。
「秘密です」


「それ美剣さんよ、D組の」
 次の日というか今日なんだけど、謎の美人さんの正体はすぐに分かった。
「メイ、知ってるの?」
「一年のころ同じクラスだったし、目立つ人よ、マカはそういうのに興味ないだろうけど」
 午前の授業が終わり昼休み、いつもの教室にちらほらと別クラスの生徒も混じる中、あたしら三人はいつもの場所でいつものようにご飯を食べる。毎日違うのは話題くらいだけど、昨日の今日であたしが持ち出した話題はメイにヒットしたようだ。昨日は名前すら聞く前にさっさと帰ってしまったあたしに代わり、メイがそのミツルギさんの事を教えてくれる。
 D組と言えば進学クラスだがその中でも成績は上から数えた方が早い位置にある。おまけにあの容姿はやはり目を引かれるそうで、仕草やしゃべり方も相まって強い個性となっている。性格は大人しめで、ちょっと天然入っていて男関係とかそういう話は無縁。よくもまあそこまで、って聞いたのはあたしか。
「昨日木曜じゃん、ってマカ知らなかったの? ここの教室、木曜の放課後はほら、古典の特別教室やってんのよ。進学希望の人向けの。レベル高めの授業だから、マカには縁遠いのか」
「でも、先生いないのに放課後ひとり残っていたんだけど」
「そこまでは知らんて」
 言ってサンドイッチをかじるメイ、これ以上はさすがに自分で考えろという事か。
見えたのはノートとシャーペン、教科書も参考書も黒板の書き込みだってない。じゃあ、頭の中にエア赤本とか?
「学校誌じゃない?」
 うーんやっぱりD組ともなると頭の作りが違う……ん?
「そろそろ締め切りの時期だし」
「うわぁあんた、あんなのよく読んでるね」
「勝也がなんか、言ってた覚えあるの」
 シズカの元カレの名前が出てきて、場がちょっとシュンとなる。それに気付いたシズカがテンション上げて話すもんだから、いつもの感じにすぐ戻ったけど。こうなるともう元の話には戻れない。けど、学校誌がどうしたのだろう。
話のネタは移り変わり、ミツルギさんの名前は出なかった。


 六時間目の授業の先生はこのクラスの担任だったから、授業終わりはホームルームになって、連絡がいくつか終わると、あたしたちはすぐに帰宅時間に突入する。
「マカー、カラオケ行こー」
「んー、今日はいいー」
 メイ達に手を振り自分の席に座ったままでいる。週末だから皆の足は早くて、すぐに教室はあたしだけになった。
 そのままぼーっとしたり、ケータイをチェックしてたら、気付けば一時間が経っていた。あれから教室に誰か来た、なんてことはなく、一人でずっと暇していたってことになる。
 今日は来る日じゃないのか。メイは木曜日って言ってたし当然か。でも、他に出会う方法をあたしは知らない。
 午後の休み時間に何度かD組を覗いたら、確かにいた。昨日の美人さんが、ミツルギさんと呼ばれていた。ただ予想していたことだけど、ミツルギさんの周りにはミツルギさんのグループが出来ている。あたしの知り合いもいないし、入り込める雰囲気じゃなかった。
 やる事も無いからふと外を見る。まだ高いけど、太陽がオレンジに徐々に色づき出す。それを見ながら思い出す、黒髪、やわらかい笑顔、別れ際の言葉。「秘密」って言われると、更に気になるのがあたしの性格だ。このまま帰る気分にもなれないし。
 思い立ってロッカーの中に入れっぱなしだったそれを取り出す。ホコリを払い、ページを開いて中に目を通す。
あたしの高校では年に一回学校が本を出している。先生のカタい話の他、生徒が書くのは読書感想文や、修学旅行の感想文だったりしたはず。シズカは何でこれを思い出したんだ?
ちゃんと見てみると後ろの方に自由創作ってコーナーがあって、そこは生徒たちの趣味のこととか、学校のこぼれ話とか、あとは小説とか詩とかがのっている。
「……あ」
 パラパラと見ていたけど、あるところでページに触れる指に力を入れる。
 自由創作のところを見たら、昨日合ったあの人の名前があるではないか。
 取り出したのが二年前の物だったから、フルネームと一緒に当時のクラスが書いてあって、一年の頃のメイと同じクラスだ。さっきの話と一致する。苗字こう書くんだ、そんで名前かわいいんだな。
 どうしようかと思ったけど、他にどうしろということもない。クラスと名前の続きを、あたしは書いてあるその中身を目で追っていた。
バーッとまず見渡して、どうやら小説らしい事がわかる。五ページという事も確認して、もう一度最初に戻って文字を追う。それでも普段本を読み慣れないあたしにとっては中々に辛い。黒い文字だけがひたすら続くから、時々どこまで読んだか自分でもごっちゃになる。一文読んでもう一回上に戻って、しばらく読んでさっき読んだとこだと気が付いて次に進む。そんなことの繰り返しだから思ったより時間がかかってしまう。それでも難しい言葉が無かったのは助かる。舞台も普通の学校みたいで、これならあたしの頭でも何とか分かりそう。
三十分くらいで読み終わり、本を閉じたと同時に溜息をつく。ふう、つかれるな。
 正直よくわかんない。今まで読んだものが読んだものだから。でも羅生門やセメント樽の話よりは、面白いと思う。小説として面白いかって言われたら、それはあたしに聞かれても知らないけど。
 ここはそこそこレベルは高い高校だけど、それと皆が皆、頭いい事をしているかは別問題。東大生が皆ノーベル賞を取ることがないみたいに。
 小説なんて、あたしの中ではインテリってイメージ。現文の授業でなきゃ読む事なんてない。読むのだって中々しないあたしには、小説を書くなんて考えに挙がった事も無い。
 でも美剣さんは書いていた。「秘密」なんて言いながら、こうして本になるようなものを自分の手で。
そしてあの時もひょっとしたら、ずっと書いていたのだろうか。誰もいない教室の真ん中で、夕日も沈もうとしている中、あたしが来るまでノートからシャーペンを離さなかった。何でそんな、わかんない、美剣さんの名前を知ってもやっぱ謎だ。
 なんとなくまたパラパラとめくってみる。気になるのは項目『自由創作』。自由に創作、ねぇ。
 これをキッカケにすれば、近付けるだろうか。話を読んで、それでなんなんだろう。よくわかんないけどあたしは面白かった。なんて言ったところでどうだっていうんだろう。
 こんなにも気になっていて、今のままでは何もわかんないし変わらないなら、何か行動を起こすべきだ。
 形から入るため、カバンからノートを一冊取り出す。こんなこともあろうかと中身真っ白だ(テストとかめんどい)。シャーペンも準備して、よし!
「……ええい、ままよ!」
 やった事などない、動かし方も知らない。それでも書こう、とにかく書こう。大丈夫、日はまだ高いとこにある。


 結局木曜日までかかってしまったのは、かえって良かったのかもしれない。
 時間になるまでは図書室(はじめて使ったかもしれない……)で時間をつぶした。そしてこの前と同じ時間に自分の教室へと向かう。やや力んで前扉を開ける。すぐに声をかけられる。
「また会いましたね」
 美剣さんはそこにいた。オレンジ色の教室の中、きれいな黒髪が会釈といっしょに軽く垂れる。
 まず一安心、よかった、美剣さんはこの前と同じ席に座っていた。D組にいる時とちがって一人である。チャンス。
「今日は何を忘れたんですか」
「え……りこーだー?」
 そのシリーズはいいって!
「音楽、一年の時ですよね」
「いやあたしは書道選択だったんで……いやいやっ! あ、そうじゃなくて」
 ついいつものグループのノリで対応してしまったけど、今日は、ちがう。
 教室の中に入り、まっすぐ美剣さんが座る席の前まで来て止まる。自然見下ろす形になってしまった。そしてこの距離から見てパーツの一つ一つがくっきりしているのがわかり、やっぱり美人だと思う。でも、今はひとまず置いといて。
「この日に来ればまた、会えると思って……」
 カバンからそれを探しながら声をかける。
「あなた、美剣さんに用があって来たん、です」
 緊張して途切れがちになる言葉、でもこのために来たんだ。
「私にですか?」
 笑顔はそのままに、でも不思議がる様子は隠しきれていない。同じ立場ならあたしもそんなリアクションを取る。でもあたしと美剣さんが同じ所になんて、今ぐらいじゃないと立てない。
「読んでみて、ください」
 ノートを、あたしが書いた物語を渡す。勢いに押されてか、ゆっくりと手に取ってくれた美剣さん。
 何度も、あたしとノートを交互に見て、十回は越えたところでようやく、ノートを開く。そこに書かれた文字を目で追ってくれる。
ノートの三〇ページ分使った物語。普段使わない頭を使って書き切った小説。作った事もないし作り方もわかんないけど、美剣さんに見てもらうために書いた話。
 女の子が妖精と友だちになる話。
 一緒に遊んで、妖精の力で空飛んだりして、でも最後には二人は離れることになっちゃう、っていう、まあそんな話。
 だいたいはそんな感じだけど、実際はもっとひどい。だってあたしが書いた話だ。
見せて何がどうなるのか、まるでムボウだ、けど書かずには、見せずにはいられなかった。だって。
「中二病」
 と、ゆっくり吐き出された声はぞっとするほど温度が低い。
「え?」
「こんなの、中二病じゃない」
 けどそれは気のせいでもなく、今ここにはあたしと美剣さんしかいなかった。
ノートが机に雑に置かれる。置き所が悪かったのかわざとかは知らないけど、そのまま床に落ちていく。黒い文字が一端浮かんで、落ちる頃には背表紙が見えた。
椅子を引き立ち上がる美剣さん、背の高かった彼女は一度こちらを見る。先ほどとはちがいこちらが見下ろされる、見下される、なのかもしれない。
待って、とは言えなかった。言おうか言うまいか迷っていたら、既に帰る支度がすんで、カバンをか肩にけた美剣さんが教室から出るところだった。
 ガラガラバタン、と閉じられる扉。閉ざされた教室には、あたししかいない。
 怒られた、のか。ただ作ってきた話を見せただけで? それでも、投げつけることなんてないんじゃないの。ひどい。
それは、美剣さんを見なかったらそう思えていた。教室から帰ろうとすれちがった時に見えた、ぎっと歯を噛みしめた表情は何かを我慢しているようにも見えた。
 段々影が濃くなっていく中、あたしはノートを拾う。投げ出された物語を。面白いとも、つまらないともちがう感想。期待は大きく外された。
 ねぇ、なんなのそれ。チューニビョウってのも、美剣さんのことも、何も、わかんないままじゃん。


 次の日は一日ぼんやりと過ごしていた。美剣さんのこともチューニビョウのことも考えようとして、元々そんな頭なんてないから痛くなってやめて、また考えてをぐるぐると繰り返して。
 だから放課後、やめておけと言われた時、なんの事だか最初、意味不明だった。
「おまえだろ、詮索してんの」
 ましてやあまりしゃべった事のない他クラスの男子だったから。待って今思い出す。あ、シズカの元カレだっけ。
「何か」
 鞄を肩にかけたまま返事をする。正直そんなに話したい相手ではない、今日は誘われたカラオケに行くのだし、メイやシズカはともかく、他グループの子達は時間にウルサイし。
「美剣になんかしたんだろ? やめとけやめとけ」
 頭の中、うずまきがカチッと止まり、反射的にこの男子へ首を向けてしまっていた。
 金曜日の教室はすぐに人がいなくなり、今はあたしとこいつだけ。相手は教室の真ん中の机に座って話を続ける。
「オレとあいつおんなじ中学だったんだけどさ、あいつ中々にひどかったぜ、今のあのキャラ信じられねぇんだよな」
 しみじみと言う男子。名前は聞いていたが思い出せない、まあいいか。
「中二病真っ盛りでよ。魔法が使える妖精が見えるだの信じてたんだよ、自分で呪文とか魔法の薬の配合法とか考えてさ、そういうのを書いてまとめていたんだよ。自分は記録者で、後世に世界終末の時代がやってくるから、導き伝える必要があるからって。それがさ、あらら、クラスにばれちゃったんだよ、それで朗読会。楽しかったんだけどなぁ」
 またチューニビョウか。そこでつっかえるあたしを気にせずげへと卑しく笑う男子、今のあたしの表情は見えていないようだ。すでに飽きてきた。お前が思ってるほど笑い話じゃない。
「あれうけたのになー、もっとねぇのって言ったら学校しばらく来なくなっちゃってさ。学級会で何があったかの大騒ぎだぜ。そんでも美剣の親が出なかったのはラッキーだったな。まあかったい頭じゃああいう趣味を子どもが好きって認めたくねぇんだろうな。そうそう、あいつ頭は今みたいに良かったからもっと上の高校狙ってたんだけどさ、そこらへんで一度不安定になったんだと。勉強したけど初め狙っていた高校には届きそうになくて、親と妥協案話し合ってここに決めたらしいぜ」
 いちいち得意顔になってあたしを見ても知らないし。あと、誰もいないのをいいことに、しゃべり過ぎではないか。
「今はなんか新しいキャラ作ってうまくやってるだろうからさ、何だ、小説とか設定とか昔の記憶掘り出してやんなや、ってことを伝えたかったんだわ。昔のよしみでな」
 話し終わっても相手のニヤニヤ笑いが消えない。わかっている。これは親しみをこめたものだ。同じ対象を狙う仲間に向けて。誰がだ。
 当時の事はあたしが知りようもない。それがどれだけのもので、当時の彼女の同級生がどのように美剣さんを扱ったか。
 少なくとも、美剣さんに非があると言えるほど、あたしは頭がよくもないが、バカはバカでもまだましな方だと思える。
「ねぇ」
 チューニビョウって何、と聞こうと思ってやめた。それより他にやる事がある。
 カバンを肩に掛け直し、急いでここから出よう。
「美剣によ」ウゼェよ、こっちはカラオケ行くんだよ。


 正直、もう会うべきでないとも考えた。あたしがまた行くだけで彼女の触れてほしくないところに踏み込んでしまうなら。
「また、来たんですか」
 それでもまたあたしは木曜の同じ時間に前扉を開けていた。そこにいると信じた人がいたから、あたしは夕日に染まる教室へと進むことができる。
「中学の事、聞いたよ」
 美剣さんの左目がピキッと動いた。怒り、ではない、ただ警戒しているだけ。
「そう、なら」
「あいつの事なら心配ないよ。何かしようとか思えなくしたし」
 そしてあいつ関連の現状を言ったら驚いた顔をされてしまった。美剣さんのグループではあまり出ない話なのかもしれない。
 金曜日、カラオケには他クラスの女子も混じって参加していた。そこでヤツの話をした。話した内容はしゃべっていない。そんな事しなくても、態度とか口の悪さとか言う事はいくらでもある。シズカには悪いと思ったけど彼女も「実は今まで言えなかったけど……」と口コミしてくれた。特別仲良くはしていない他のグループも、こうした話は興味をもって言い回す。
 多少盛って話はしたが、他の子の話しぶりを見るとその必要もなかったのかもしれない。気付くと、今週で彼の評判はどん底に落ちた。大抵の女子は無視し、今でも悪口に尾ひれがつく事は止められない。止める気も無いな。同じとは言わない。けど、人から苦しめられる事を知っておけ。
「友だちって多いに越したことはないよ」
 ただ彼女には出来る限り優しく、傷つけないように言いたい。
「だから」ってわけでもないけど。
「友だちに、なるのもいいんじゃ、なんて」
 近付くあたしがよっぽど意気込んでいたのか、美剣さんも立ち上がりこちらに手を向ける。
「待って、待ってってば。あなたなんなの」
「三年C組、真壁幸」
「聞いてないわよ、何がしたいのよ、目的はなんなの」
 目的はだから、さっきから言っているのに。
「中学のこと、聞いたんでしょう?」
「そう」
「引かないの?」
「給食とか言い出す人を面白いって言ってくれたじゃん」
 答えになっているのかな。いいか。そんなはっきりとした言葉はいらない。
「そういう言い方、できないから。何考えてんだろうなーって思った。書いていることが気になったのも、ちょっとでも何を考えているかわかるように、だったかもしんない」
 何を考えているのかなんて聞かなきゃわかんなくて、でも聞く事も出来なくて、だから同じ事をしてみた。小説なんて普段読まないし、書くなんて事もまるで想像できない。想像できないなら、実際にやるしかないじゃないか。そこに感じ取れる何かがあれば、それは美剣さんと共有できるかもしれない。
「美剣さんは、何か嫌なの?」
 責めるような言い方はしていないつもりだったが、美剣さんは黙ってしまう。互いに目も合わせられず、グラウンドの声が入ってくる。ラスト五周ー、ういーっすー。
「……最後の、ハルが、自分と重なったの」
 何分かの間の後に、美剣さんは下を向いてぼそりと呟く。
 聞き覚えのある名前。あたしが作った話だと、すぐ思い出す。
 女の子のハルは妖精のフーと出会い友だちになる。
フーに頼んで空を飛べるようになったり、頭が良くなったりする。それが楽しくなってハルは会う度会う度無茶を言うようになり、フーも最初は応えていたけど、でも最後。
『ハルちゃん、わたしもうつかれたよ。おうちに帰るね』
 フーは妖精の国へ帰ってしまった。空を飛ぶ翼も、頭が良くなる果物も一緒に持って帰る。そしてハルは知る。自分が何も出来ない人間だったという事に。
「あれは、とってつけたようなオチで」
「そうかもしれない。でも妙に現実的なの。それまでが都合の良い夢物語だったのにあそこだけ現実的で。唐突かもしれないけどその落差が印象に残るから、普通によくできていた」
 このタイミングでようやく聞けた話の感想。ビミョーにほめられてる? けど聞き返す暇もなく、呟くように話し続ける。
「昔の自分も、何か出来ると思っていた。……いいえ、何か出来る自分でありたかった。そうしたお話の中みたいなことをすれば、何かが変わるって。でも、無理だった」
 美剣さんの場合、しかも無理だと気付くだけではない。
 心無い輩がいた。バカは自分がいつまでもバカと知らずにバカをやって、そのくせ誰かを否定する。美剣さんはそれの犠牲者だった。逃げ出した先でも親まで認めてくれないなんて、そんなんじゃあ、美剣さん自身が美剣さんを嫌いになってしまうじゃあないか。
「今の自分だって、考えとか、キャラとかそんな風に見せているけど、結局うまく出来ているようで、でも、この前みたいに簡単にくずれるし。やっぱり何もないんじゃないかって」
「そういう事じゃない」
「分かっている、あなたがそういうことを考えて書いたわけじゃないんだって」
「そうじゃないって」
 美剣さんにあるもの、美剣さんが自分で選んだ自分の者がある。誰もいない教室の机に広げたノートが何よりの証明だろう。
「残ってるじゃん。書けるんじゃん」
 捨てがたいものだと、今のあたしなら言える。
「あたしもやってみたけどむずかしかった。言葉とかどう使っていいかわかんなかったし、オチとかもつまんねぇって思ってもほかに思いつかなかったし。でも」
 それだけじゃない。書く事はそれだけじゃあない。
「書いていてすごい気になったの。ハルはどうしてフーにそんなこと言ったのかなって。きっと、自分のためだけじゃないの。もっと簡単な事なの。ただ、なんて書いていいのかわかんないとこもあって」
 小説に、書く事にこんなにこだわるなんて。でも、それは美剣さんも同じかもしれない。
それが原因で馬鹿にされた。逃げた先に張本人がいても尚、その道を選んだ。そして今も続けている。
書くことはやめなかった。中傷されても、それだけは好きだったから。そうじゃないのかな。
「どんな風に書いているのか知りたいし、どんなこと考えているか知りたい。そんな美剣さんのこと好きだよ。でも、今の美剣さんのこと、あたしは何も知らないんだよ?」
 もっと言えば過去の美剣さんもだ。あの男の偏った見方で、この人の事は測れない、だから。
「あたし、知りたいのもっと」
 両手を机につき美剣さんを見下ろすあたし。声に力が入らなかった。それでも気持ちに手加減なんてしていない。ただ、いくらあたしが言っても、当の美剣さんが無反応なら、仕方ない。
 そこにいる美剣さんは、今までここで見たどの雰囲気とも違う。柔らかさも、強がった様子もない。覆っていたものがはがれ、小さくなったみたいだ。けれど、黒髪に隠れてうまく顔も見えない。それだと、わかんないか。
「……そんだけ。そんじゃね」
 もう何も言う事が無くなってしまって、帰るだけになってしまった。肩から抜けた力をもう一度入れ、背中を向ける。
 帰れなかったのは後ろから、立ち上がる音とともに聞こえたからだ。
「サチ」
 そんなあたしの、メイやシズカ達ですら呼ばない名前を呼んでくれる人がいた。
 その場で立ち止まり、振り返る。夕日が差し込む閉じた教室、そこにいるのはあたしと彼女だけで。
「その、なんて呼んでいいのか、分からなくて」
 視線をそらし、両手を組んでもぞもぞとしながら呟くその人は、なんだ、可愛いじゃないか。
 落ちていく夕日、オレンジから火みたいな赤色へと変わっていく風景。彼女の顔もそんな色に染まっていく。
 それはただ彼女だけではない。照れるのは、彼女だけではないのだ。やばい、ほほがピクピクしてきた。
だから嬉しさとかにやつきとか温かさとか、そーいうのを全部伝えたくて、あたしは美剣さんの腕に自分の腕をからませて、
「いーよ、ヒナコ」
 美剣さん――日奈子に笑って見せる。
 目を大きく見開いた彼女は、それでもあたしの腕を振りほどかない。
 窓から入る赤光が、一つになった影を作り出す。

 
「ねぇ、チューニビョウって何?」
「それはだから、秘密」
「いじわるー」
 あなたの口から聞きたいから、それなら聞き続ける。
 教えてくれるまで、ずっといつまでも。

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