さらし文学賞
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オレンジ色に染まる世界で



 私には魔法を使うことが出来ない。何を当たり前なことを、と多くの人達は首を傾げるだろうが、私にとっては富士の山が噴火してしまいかねない程の衝撃だった。ああ勘違いしないでもらいたい。魔法が使えないことに驚いたのではなく、魔法が使えないことが、とてつもなく不便だということに、だ。このことを思い知ったのは私が高校二年生の頃になる。まあ、つまり今だ。
 私が初めて人に対し、思わず口に頬張ると舌の上で蕩けて顔がほころんでしまう甘いチョコレートのような恋心を抱き、さながら少女漫画に出てくる乙女の如く胸の高鳴りを抑えられないでいるまま、何か月か過ぎ去った頃、そのチョコレートはミルク味ではなくビター味だったとわかってしまった。
 目の前で花が舞っているカップルとは正反対に、私の恋という花は儚く無残に散ってしまったのだった。
 今の私には特別な力などなく、魔法など以ての外だと。私はこの時気付かされた。
「下らんな。この私が人間の女になど、うつつを抜かすとは」
「どうでもいいけど、涙目になってウチの前におもむろに座るの止めてくれる? いや気持ちは分からんでもないけどさ」
 この私に対し部下が聞いたら卒倒してしまうほど、不遜な態度をとる愚かな人間は、私の幼馴染……、じゃない幼少の頃より畏れ多くも私と共に同じ道を私より三歩下がって付き従ってきた人間である。
「いや、気持ちは分かるよ? アンタにとって初めての恋が無残に消えていったんだからね? でもさー、あの子は前からあんまりいい評判なかったし。相手の男もかなりイケメンらしいからしょうがないよ、フツメンのあんたじゃ無理だって」
「うるさい。黙れ。もういいし別に気にしてねえし。ちょっと優しくされたくらいで、好きにとかなってねえし。おれ、じゃなかった、私は魔王だし……ホント勘弁してください」
 ふう。危ない危ない。危うく心が折れてしまうところだった。自分で言うのもなんだが、私の心はスカイツリーよりも脆く東京タワーよりも強靭だ。ああすまない。つい魔王規模で考えてしまった。私の悪い癖だ。
 それはともかく、まったく、この女の言葉はマンドラゴラよりも強烈な魔力を秘めているな。現在魔法を封じられている私にとってみれば、そんなものでも簡単に揺らいでしまう。
 ん? 設定がよく分かんなくなってきたな。もう一回練り直すか。……違う違う。設定とかじゃない。私は魔王なのだ。強さは割とやばい。すごく強い。なんかこう……自分の好きな女と接吻している男がいたら、体を縦に引きちぎって市中を引き回しにし、社会的にも物理的にもボロボロにしてやる位には強い。しまった。また思い出してしまった。悔しい。私があんな優男に負けるなどあってはならないのに。
「どうして、私では駄目なのだ!」
「そういうところじゃないかしら」
 女が目から絶対零度の視線を放ってくる。耐えられない。私はフラれたばかりなのに。違う。私がフッてやったのだ。
「あんたねえ……」
 女が今度は可哀そうなものを見る目でこちらに視線を投げかけてくる。止めろ。その視線は十七年生きてきた中で一番辛い。間違えた。もっと生きてる。私はすごく長い間生きてる。
「もういい。帰る」
 私は、突っ伏していた机から気だるげに立ち上がり、秋の夕焼けを灰色の瞳に染み込ませながら、僅かに目を瞬かせ、鞄を持って教室のドアへと足を向けた。
 だが、いつも私の後を忠実な部下よろしく、トコトコ付いてくる馴染の女の姿が見えない。仕方なく後ろを向き、いつまでも椅子に座って物憂げに夕陽を眺めている女に、私は――。



 コイツは頭が悪い。十年間一緒にいたウチだから分かる。コイツはどうしようもなく頭が悪く、そしてどうしようもないほど底抜けに優しい。誇大妄想家で途方もなく自己中心的な性格だけれど、それ故にとても人に対しては呆れるほど世話を焼いてしまう。
 例えば、自分の好きな女から恋愛相談を持ち込まれたら、嬉しくなって後先考えることなく成功させるよう、自分の最大限の努力をしてしまう。コイツはそんなお人好しだ。健気すぎて、こっちが見ていて痛々しくなるほど。
 だからコイツの恋愛のアプローチは、それはそれは悲惨なものだった。アプローチを受けていた女の方も、それを知ったらきっと戸惑う程に。
 女性にモテるための頭の悪そうな雑誌をいくつか読んでみたり、興味のないドラマも彼女がいつも見ているからと言って、コイツは眠い目を擦りながら一生懸命に見ていた。笑顔を作れないことを気にして、夜中こっそり笑う練習をしていたことも。ウチはそれを隣の家からずっと見守ってきたのだ。
 コイツが想いの子に声を掛けられて、嬉しさと戸惑いが同時に来て緊張の色を隠しきれず、しどろもどろに返事を返すところも。意図することなく、ふとその子と目が合うと心臓が本当に飛び出してくるんじゃないかと思うくらいに、顔を真っ赤にして、机に突っ伏してしまうところも。
 すべて、ウチは見てきた。
 なので、コイツがこんなに凹んでるのも納得がいくし、理解も出来る。
 だから、だからこそ、今日もウチはいつものウチでいなきゃいけない。でないと、コイツを勇気づけられないから。
「もういい。帰る」
 でもコイツのその言葉を聞いて、ウチは何故だか無性に腹がたってしまった。何故だろう。女心は複雑だ、と我ながら辟易する
 ウチは視線を逸らし、オレンジ色に染まっていく校舎を睨めつけた。これから訪れる冬の寂しさに対して真っ向から挑む覚悟で目を細める。
「何をしている? 行くぞ。私の後ろを任せられるのはお前しかいないのだ」
 はあ。アイツも馬鹿だけれど、ウチも馬鹿だ。こんな何気ない言葉一つで、思わず頬が緩んでしまうなんて不覚にも程がある。でもやられっ放しというのは納得いかない。
 仕方ないわね、と呟きながらウチは面倒くさげに席を立つ。教室のドアの傍で、偉そうにそれでいてどこか悲しそうに不安そうにこちらを見てくる男の傍に、ゆっくり近づいていってやる。ウチが近づくと、アイツは一瞬顔を喜悦に歪ませ、すぐに何事もないかのように平静を装う。コイツの表情も随分豊かになったものだ。
 小学校の頃なんて、ずっとムッとした表情のままだった。別に何が原因とかではないが。きっと表情を作るのが苦手なのだ。だから、そんな自分を肯定するために『魔王』というキャラクターを生み出した。
 本当に不器用な奴だ。
 まったく、ウチは心の中で溜息をこぼす。
「うむ。では行こう」
 この男は本当に馬鹿だ。何も分かっちゃいない。
 だからちょっとでも分からせてあげるために、ウチは魔法を使う。それは呪いのような、あるいは楔に似た契約の証。
「ま、あんたが彼女出来るまで、ウチはずっと傍にいてあげるわよ。感謝しなさい」
 そう言ってウチは優しく微笑んだ。陽の明かりで、きっとコイツからは顔の色までは見えないはず。でも心臓の鼓動が聞かれるのが少し怖い。それを気付かれるのが不安で、思わず唾を静かに呑みこんだ。
 コイツはそれに全く気付く様子もなく、すぐさま驚いたように目を大きく開き、少しの間何かを考えるようにしていたが、やがて頬を赤く染めて、こちらから視線を逸らしつつ恥ずかしそうに言葉を零した。
「あ、当たり前だ。お前は私の、その、大事な友なのだからな」
 へえ。まだ友なんだ。ウチは芽生えた悪戯心を最大限に利用しようとしたが止めておいた。
 何となく今日は気分が乗らない。
 まあ、コイツが最後に見せた頬の色は夕日よりも鮮やかな色だったから、良しとしよう。
 何はともあれ、ウチは今日決意した。
 コイツが自分から魔法を使ってくるまで、ウチはバシバシ使っていこう。たった一つの最高の魔法を。
 効果が表れるのは意外と早いかもしれない。なんてね。


 夕陽によって映された二つの影がそっと寄り添うように見えるのは、神の気まぐれか。あるいは目の錯覚か。
 きっと誰もがその原因の正体を知っている。
 もしかしたらあなたにも手に入れることが出来るかもしれない。ひょっとするともう持っているのかもしれない。
 見る人も見せる側も幸せになる、とびっきりの、世界で一番優しい魔法を。

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