さらし文学賞
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


二人の戦い


 土曜の午前授業おわりの日、俺がいじめられるところを姉ちゃん見られた。
 青空川の土手から河原に下りる階段を下りきったところだった。



 最近街で見かけられる奇怪な変質者についての先生の長い注意がやっと終わった。
 クラスメート達の元気で間の抜けた「さようなら」で帰りの会が締められるや否や俺はいそいでランドセルを背負った。
 五月の陽光が教室に差し込こみ木床を暖め授業中には安らぎを感じられる穏やかな日であった。
 しかし、下校時刻が近づくにつれ教室の温度はどんどん失われていき、ついには木床はまるで冷たい鉄の床のようにさえ感じられた。
 給食当番のエプロン袋に伸ばしていた手を止めるとぐるりと教室を見やる。
 クラスメートたちが笑いながら午後の遊びの予定をおしゃべりしている。
 いや、本当は教室は暖かいままだ。温度を失ったのは…
 和気あいあいとする中、顔を真っ青にしている時田君が視界の隅に入った。
 いけない。
 体ごと視線をそらし廊下の方に向け足を踏み出そうとした。
 その時であった。
「高嶺君。」
 瞬間、呼吸が止まる。
 まさか。まさか!
 恐る恐るふりかえる。
 そこにいたのはクラスメートの新田さんであった。
 思わず胸をなでおろす。
「なに?」
 彼女のトレードマークの大きなメガネが日差しを反射してる。
「あの…今日私たち日直でしょだから…」
 よかった俺の早とちりだった。
「だから…」
 新田さんの眼鏡の反射が消えた。
 どうやら太陽が雲に隠れたようだ。
「だから職員室にこの日誌を…」
 ガタン。
 俺の腰が机にぶつかったようだった。
「高嶺君…?」
 俺の異変に気付き彼女の顔が迫った。
 銀縁眼鏡に黒の長髪の少女。
 その時不意に姉ちゃんの顔が浮かんだ。
 姉ちゃんは年中メガネに黒の長髪というスタイルを崩さなかった。
 あの無口でこの世界にに興味を失ってしまったような冷めた態度。その一方で何もかもを見通す眼を持った姉ちゃん。
 もしや目の前の少女の薄皮の下には姉ちゃんが潜んでいるのではないか?
 そして彼女の鼻の上に載った眼鏡越しに真実は明るみに暴かれるのだ。
 手に汗がにじむ。
 呼吸が再び乱れる。
「いや。いい」
 ば、ばかばかしい!姉ちゃんがこんなおどおどしてる女の子のわけないだろうが!
 妄想を否定するかのように新田さんの手から学級日誌をひったくると6の3の教室から飛び出した。
「高嶺君!」
 二階のクラス中に絶叫がこだます。
 家族にあのことがばれたら!ばれたら!
 だから早く抜け出さないと。
 階段を三段飛ばしで駆け降りると運動音痴の体からはみるみる酸素が失われていく。
 そのかわり肺に二酸化炭素と妄想からにじみ出てきた毒がたまっていった。
 もう少しで職員室だ!
 階段を降りた曲がり角のすぐそこに…
「高嶺え!」
 突然頭上から声が響いた。
 一気に全身の筋肉が収縮する。
 先ほどの絶叫の半分にも達さない声量であったもののそうなるには十分だった。
 なぜならこの声は
「よお、高嶺。」
 階上を仰ぎ見る。
 武雄達のにやけた顔がこちらを覗いていた。
 肺の毒が一気に心臓に流れ込んできた。
「さっきの新田の声、お熱いねえ。」
 しまった。さっきの大声のせいで。
「それはそうとさ」
「あの今日は…俺」
「お前も今日のサッカー来るよな。わざわざ隣のクラスから誘ってやってるんだからさ」
 やっぱり今日は俺の番だったようだ。



 なんで部活をやっている姉ちゃんがここにいるかなんて考えられなかった。
 そもそも今姉ちゃんはクリケット部の練習をしているはずではないのか。
「おら!クソ嶺!どこ見てるんだよ!」
 武雄の蹴ったサッカーボールは四つん這いになっていた俺の頭にクリーンヒットした。
 倒された痛みと恥ずかしさで世界がおおきく揺れる。
 羞恥の熱で赤くなった耳には武雄の取り巻きの下品な笑い声が届く。
 ああ、上にいる姉ちゃんに聞こえちゃったろうか。笑われてることさえ気づかれなければ、今のはただのサッカー中のアクシデントだって言い訳、アクシデントだって…
 いたたまれなさと悲しみできゅっと頭が締め付けられる。
 もう華奢な胸は熱い呼吸でぱんぱんだった。
 憎らしい。口内の肉を強く噛む。
 でも奴らにかみついてやろう、なんて気は起きなかった。
 ただこの天災が自分以外の何物に悟られず過ぎてくれればそれだけでよかったのに。
 真っ赤な頬を伝わって落ちて行った涙はむなしくも青空橋の橋桁が作る大きな影に飲み込まれていく。
 ああこの涙も姉ちゃんにみられてるんだろうな。
 姉ちゃんはまだ見てるだろうか。それともあきれて帰っちゃたろうか。
 腕に力をこめる。赤黒い傷跡にジンジンと砂が侵食してくるが何とか上体を起こすことができた。
 河川敷上の姉ちゃんはただこちらの様子をじっと見つめているだけだった。
 いや、見つめているというより固まっているといった方がいいだろうか、身動き一つしない。
 傍から見たらなんとも妙な光景であった。
 そしてその異常さを一層引き立ているのはこちらを見つめる表情であった。
 それは空洞だった。
 いや実際に穴が開いてるわけではない。
 ただそうとしか表現することができなかった。
 姉ちゃんの顔に空白の穴が開いているのだ。
 そこには姉ちゃんのすべてを見通す鋭い目はなかった。
 そしてそれは俺の胸を大いに締め付ける。
 空白のはずのそれは俺の心に大きく訴えかけるのだ。
 だが何を訴えているのか。
 聞いても答えは返ってこない。
 その穴がまた空白だから…
 そういえば、あの表情どこかで見たことがある。
 揺れる世界で思考が走馬灯となって駆ける。
 そうだあれは…。



 一年くらい前のこと。
 あの日河川敷のちょうどこの辺を通りかかったとき子猫が川の中ほどでおぼれていた。
 助けようか。
 最初はそう思った。
 でも体が動かなかった。
 川の流れはそれほど速くなかった。
 けど恐ろしくってしょうがなかった。
 もしあそこだけ深くなっていたら…
 見えない川底はまるで地獄へ続く底なし沼のように思えた。
 子猫は躊躇しているうちに見る見るうちに泡の中に消えて行ってしまった。
 夕暮れまで猫の消えた場所を見つめていた
 すっかり日の落ちた中帰った家に待っていたのは母からの詰問だった。
 こんな時間まで何をしていたのか。と。
 頭と心が完全に疲れてしまい良い言い訳が思い浮かばなかったから俺は正直にすべてを話した。
 母は「そんな嘘通用すると思ってんの!?しかも助けずにぼけーとしていたってあんたもっとましな嘘つきなさい!」
 と叱った。
 俺は「え~いやだよ。んなもん助けられないよ。だっておぼれるちゃうじゃ~ん」 
 と柄にもなくへらへら笑いながら答えた。
 傷ついた心を家族に悟られたくなかったのだ。
「助けられなかった…!?」
 ぽつりと漏らしたのは、普段家族の会話に参加しない姉だった。
 あの時の姉ちゃんは今よりも冷めていた。
 それは反動だった。
 その前に姉ちゃんが一時期明るくなってた時期があった。
 でも突然自分を自分という檻に閉じ込めてしまった。
 その原因は誰にもわからなかったし、自身をがんじがらめにする姉ちゃんを誰も助けることはできなかった。
 そんな姉ちゃんが自分から家族としゃべった、と驚きながら姉ちゃんを見た。
 そこには空洞があった。
 空洞が無言でこっちを見つめていた。
 俺はその空洞から責められているようだった



 あの時姉ちゃんは一体何を言いたかったのだろうか。
 そして今度は何を…
 不意に頬を生暖かい何かが伝った。
 涙ではない。
 先ほどから鼻にわだかまるような土の匂いがしていたのはこのせいだったのか。
「あーあ雨降ってきちゃったよ」
「次でラストにすっかあ」
 この天災は雨によってやっと終わるようだ。
「今度は時田もつれてこいよ!」
「いいやあいつはすぐ泣きわめいてぐっちゃぐちゃになるから」   
「あっははそうだよな時田のやつは根性ないからこうは楽しめないよな。ほらっもう一発行くぞ」
「最後の一発」が放たれた。
 とっさに目を閉じ自分の中に避難する。
 ああ、さっきのよりも速かったな。
 また当たっちゃうんだろうな。
 最後といってもまた今度がある。
 そして今度の最後の一発を超えてもまた次が、次が…
 今度のボールは歯を折ってしまうんだろうか。
 そういえば姉ちゃんは今日のこと母さんに報告するのかな?
 ああ、いやだいやだ。
 壊れた思考が胸をえぐる。 
 痛ましい時間がゆっくりと流れた。
 しかしいつまで待っても吹き飛ばされることはなかった。
 我に返ってふと目を開けてみる。
 雨で視界が曇ってよく見えない。
 がなにか奇妙な物体がぼんやり見える。
「なんだこのオッサン!」
 物体越しに武雄たちの驚愕の絶叫が聞こえる
 目をこすって再び物体を見た。
 10mほど前方に異形の巨体が出現していた。
 どうやらボールはこれに阻まれたらしい。
「ぎゅぎゅぎゅ」
 異形が音を上げた。
 どうやら生物らしい。
 異形がこちらを振り向く。
 俺は思わずあっと声をあげた。
 それの顔と思しき箇所には目があり口もあって変な形だが鼻まである。
 しかしヒトと違うのは角まであるということだ。
 この怪人は大柄な人間の体に牛の頭を乗っけたような姿だった。
 背には巨大な斧がおぶさっている。
 牛の怪人は何の感慨もなく手でサッカーボールをもてあそんでいたがそれに飽きたのかボールを斜め前方の方に投げやった。
 何かが粉砕された凄まじい音がする。
 ボールが飛んで行った方に目を向けた。
 橋桁のコンクリートに大きな穴が開いている!
「ぎゅぎゅぎゅ。これが人間。幼体ですら凶暴で醜く。ぎゅ。矮小だ。ザンゲルゲ様の目指す理想郷に存在する価値なし。」
 意味不明なことを呟くと牛男はベンチ代わりに利用される大きな石塊を軽々と拾い上げた
「あっああ…!」
 突如襲ってきた異常事態にあの武雄たちが完全に腰を抜かしている。
「た、助けて…」
 武雄たちの命乞いを意に介さず牛怪人はまるでバスケットのシュートを決めるかのように片手で石塊を放り投げたのであった。
 その時。
「危ない!」
 凛とした声が轟いた。
 何が起こったのか牛怪人の筋肉質な巨体のせいで見えなかった。
 だが一つだけはっきりしてることがある。
 あれは姉ちゃんの声だった!
 事態を確認しようと四つん這いになりながら移動した。
 !
 なんということだろうか!
 姉ちゃんが怪人と武雄の間で大きな石塊を受け止めていたのだ。
「何者だぎゅ!貴様!」
 俺も同感だ。
「…」
 なんで姉ちゃんがあんな馬鹿力を持ってるのか?
 いくらクリケット部の副部長だからってそこまで運動神経があるわけじゃない。
「変身」
 姉ちゃんから光が発せられ一瞬頭の中が光に満たされる。
 次の瞬間姉ちゃんは赤い衣装(あれはレオタードというのだろうか、それにしてはフリフリがたくさんついてるしへそだって丸見えだ)に身を包まれていた。

「高嶺に 人(緋と)知れずに咲き ちりぬるを ピュアカエデ」

 静寂が訪れた。さっきからこの場にいるだれもの理解を超えたやり取りが繰り広げられている。
 ただ2人。
「…ぎゅ。ピュア・ペアだと!?」
「燃えるカエデの力食らいなさい!」
 姉ちゃんと牛怪人を除いて。
「…ピュアカエデか、ぎゅっぎゅぎゅっ」
 牛飼い人の野太い爆笑が響く。
「おうおう!あのカエデが!あの根性をなくしっちまったつう小娘がオレに挑むだと!このリーグ・オブ・魔道NO1の力を誇る俺様に!その細いほっそい腕でか!!ぎゅっはっはっは!そういや!なくしたものは根性だけじゃなかったなあ!!」
 姉ちゃんがわなわなと身を震わせる。
「…そんなにおしゃべりして。まるで私と戦うのを先延ばしにしてるみたいね。」
「ぎゅ?どういう意味だぎゅ?」
「あんたが私にびびってるってことよ。」
 姉ちゃんの口が真一文字に結ばれる。
「…ミートパティにされてえのか?」
「…試してみる?」
 雨が一段と強まった。
 牛怪人が背に背負った斧を取り出し、
 一方姉ちゃんは体の前で腕を交差させた。
 すると何もないはずの空間からオレンジ色の光が迸った。
 それらは姉ちゃんのスラリとした両手に集まった。
 恐ろしい時間だった。
 息が詰まってうめき声一つ上げることができなかった。
 ねえちゃんの両手に集まっていた光が真紅に輝いたとき
「俊夫ぉ!」
 姉ちゃんが俺の名前を呼んだ。三年ぶりくらいに。
「危ないからさがってなさい」
 二人が動いた!
 姉ちゃんは地面を蹴って牛飼い人の方に飛び出して行った。
 牛怪人が斧を振り上げる。
 姉ちゃんは走りながら地面を大きく蹴り上げる。
 雑草ごとえぐられたそれは両手を振り上げてたため防ぐすべのない牛怪人の顔に命中。
「うぎゃあああ!泥が!目にいいい!」
 牛怪人の絶叫から間髪を入れず右手に集った光をなげる。
 手から離れた光は球となり徐々に扁平になると円盤となって牛怪人の斧を襲う。
 炎の衝撃波が炸裂すると斧の柄が両断された。
 衝撃波は牛怪人をも飲み込む。必死に橋桁の方に逃げる俺の顔にも熱風が吹きつけた。
 その間に姉ちゃんは牛怪人の間合いに入る!
 牛怪人は衝撃波でもんどりうっている。
 そこに赤い光が残った方の左手で殴りかかる!
「マツぎゅ!」
 柄の断面に残った炎が揺らめいた
「今更。命乞い?」
「ぐふふふふぅ!!」
 牛怪人から発せられる耳に残る不快な笑い。
「…その肥し臭い口閉じなさい。」
 再び左手を振り上げる。
「まあ、まあまて。こいつらを見るぎゅ!」
 牛怪人の手にはロープが握られている。それを目で追いかけた先にいたのは武雄たちだった。
「この子たちは!?」
「戦い(かけひき)にゃあ保険ってもんが必要だ!あったまのよろしいてめえだったらよくわかるだろう!」
「………」
「俺様得意のトレパーネーションでぱぱっお取り寄せしたのよ」
「テレポーテション…ね。保険がないと不安で戦えない頭も心も弱い薄ら牛にはぴったりの得意技」
「黙れ。さもないと牛縛陣がこいつらを絞め殺すぎゅ」
「…なにが牛縛陣よただの小汚い荒縄じゃない」
「ぎゅぎゅっ!だがな!」
 怪人が手にしていた縄を引っ張る
「ぎゃああ」
 聞いたこともない武雄たちのむごい悲鳴!
「お前さんを黙らせちまうほどの逸品だぜ」
「…」
「ぎゅぎゅぎゅっばんじぎゅうすだな!」
 姉ちゃんはゆっくりと構えを解いた。
「さすが前にも目にしただけあって人間がドンだけもろい生き物かわかってるな。」
「…で、要求は?」
 姉ちゃんの声は震えていた。
「そうだな。この街と引き換え…いやいや牧場より懐の広い俺様だここはてめえの命で我慢してやるぎゅ」
「調子に乗るのもいい加減にしたら…」
「ぎゅぎゅぎゅ!さっきまでの勢いはどうしたぎゅ!こんなに震えっちまって!」
 怪人が姉ちゃんの小さな顎をつまんで小さな顔を弄ぶ。
 ああ姉ちゃんが!助けなきゃ!でもどうやって!?
 …あれ、この状況って。
 突然目の前に溺れている子猫が現れた。
 その悲鳴はだんだん小さくなっていく。
 タスケナキャ!デモ…
 そして小さな体はどんどん川に飲み込まれていく。
 コワイ。シッパイシタラドウシヨウ。
 流水が砕ける泡の中に消えながら子猫がこちらを向いた。
 それは子猫ではなく姉ちゃんだった。
 怪人が姉ちゃんの顎だけを解放する。
 意識が現実に引き戻される。
 解放された姉ちゃんはあの顔だった。
 俺の胸を苦しく締め付けてくるあの…!
 そうだ。このままでいい訳がない。災厄に立ち向かうことなく何もせずにただやり過ごす。そんなのはいやだ。
「さあ!どうするぎゅ!?」
 戦うんだ俺!
「…これが応えよ」
 姉ちゃんは両腕を水平に伸ばした。
 すると姉ちゃんの衣装の赤色がぼうっと浮き出る。
 と、次の瞬間それは姉ちゃんを取り巻く火炎流として実体化していた。
 怪人は叫びながら悶絶する。
 今や天に登ろうとしている火炎の熱気を受けあたりを湿らせていた雨がどっと蒸発する。
 同時に地面の泥はまるでビデオの逆再生を見ているみたいにみるみる乾いていく。
 気が付くとあたりは水蒸気の濃霧に包まれた。
「ひいいいい!」
 前方からの悲鳴が濃厚な白紙の世界をきりさく。
 混乱しっぱなしの頭で何が起きたか考えていると霧の中から三つの悲鳴の尾にひき姉ちゃんがあらわれた。
 姉ちゃんの服は先ほどの炎でボロボロになっていた。
「この目くらましはあまり長くは続かない。はやくその三人を連れて逃げなさい」
 と青空橋の方を指差した。
 三つの悲鳴の主は恐怖から解放された安堵か、それとも姉ちゃんの扱いが乱暴だったのか気を失っていた。
「わかっうわっ!」
 立ち上がろうとしたが足がもつれてしまった。
「あんたが怖いのはわかる。でも…」
 どうやら俺が恐怖で動けないのと勘違いしたらしい。
 俺はもう立ち上がれるよ。そう言おうとした。
 その時姉ちゃんの顔が変わっていたことに気が付いた。
 それはまるで長年なくしていた物を発見したような、はたまたなにかをふっきったような顔であった。
 そして姉ちゃんはギュッと目をつぶり、ギュッと俺の手を握った。
「でもねえ!」
 そして目を開いた姉ちゃんは腕を放った。
「男の子なら戦いなさい!自分の力で!」
「…!任された!」
 武雄を背に乗せその仲間二人を両手で引きずっていく。
 背中のほうで姉ちゃんが再び怪人に突撃するのが感じられる。
「うぉおおのれえええ!やってくれたな!」
 霧の中から野獣の方向が聞こえると周囲に浮かぶ水滴を切り裂き無数のなにかが飛んできた。
 何かが右前方の方の地面に当たり、跳ね返り空へと消えていく。
 石だった。
 ピンポン玉ほどの大きさの塊が四方八方に飛び散っているのだ
「!?」
 石が右足に命中する。
 鈍い痛みと鋭い痛みに思わずうめきが漏れた。 
 それでも止まらずに逃げる。
 戦わなくちゃ。戦わなくちゃ!戦わなくちゃ!!
 ヒュンッと耳元の空気の切る音で間一髪石塊に当たらなかったことを悟る。
 戦うだって!?相手は、一体誰と!?あの化け物と!?
 興奮で混乱しながら振り返って引きずっているものを見る。
 それともこいつらと!?
 さっきまで恐れていたこいつらそれが無様に縄の締め上げられて
 気絶していた。
 そうか。
 こいつらは天災なんかじゃない。
 だったら!わかったぞ!
 そのとき石の散弾が頭に当たった。
 だんだん意識が薄れていく。
 でも見つけたこれは…なくすもんか。
 意識が亡くなる直前、野太い一本の絶叫を耳にした。



 目が覚めたときは姉ちゃんの背中にいた。
「姉ちゃんここ!?」
「ああやっと起きた…」
 なんで俺があの姉ちゃんにおんぶされて…痛ッ
 痛みが目覚めたばかりのピンボケ頭に鞭を入れる。
 この足の痛み…そうだ!
 ばっと姉ちゃんを観察する。
 姉ちゃんは長いスカートに白いYシャツといういつもの通学スタイルだった。
 あの派手なコスチュームの、ふりふり一つ見いだせない。
 あれは夢だったんだろうか。
 ううん…あたまがガンガンする。
 さっきまでの光景がまるでテレビ越しで見ていたかのように思われた。
 ああだめ。頭がおかしくなりそう。
 そうだ。あれがなんだったか確かめてみよう。
「ねえ姉ちゃん。あの衣装(かっこう)さあ、派手すぎるよ。恥ずかしくないの」
 すると姉ちゃんの白い耳がみるみる赤くなっていく
「…ば、ばか!あんたなにいっとるの!!」
 …どうやらあれは夢じゃなかったみたいだ。できれば夢であってほしかった。
 姉ちゃんがあんな恰好であんな動きをするなんて。
「あの牛がさあ姉ちゃんのこと知ってたみたいだけど」
「…うん」
 つまりあれは姉ちゃんのあの場限りの火事場の馬鹿力(ミラクルパワー)というわけではない。
「いつからあんな衣装で戦ってるの?」
「二年前から」
 ああ、姉ちゃんがちょうど明るかった時期か。
 それならあの派手さにも納得だ。
 納得していたところをまた痛みが襲う。
 それにしても自力じゃ歩けそうにないなこの痛み。
 家に帰るまでは姉ちゃんのおんぶか。おっと。
 姉ちゃんの背中が大きく揺れた。
 足元に転がっていたサッカーボールを避けたらしい。
 そういえば何か忘れているような…ん?
 ふと見た腕には洗浄され砂ひとつついてないけど真っ赤で痛々しい傷跡があった。
 この傷はたしか。
「…そうだ!武雄は!?」
「武雄君達は橋桁の下に寝かせてあげたわよ」
 姉ちゃんは事実だけを淡々と答えた。
 どうやらいじめについて自分から触れるつもりはないらしい。
 そうか助かったかあいつら。
 河川敷の遊歩道ももう終わりが見えてきた。
 ふとさっきまで事件が起こっていたであろう方を振り向いた。
 姉ちゃんお手製の霧はすっかり晴れている。
「俊夫」
 振り返っているオレに姉ちゃんが気づいたようだった
「よく勇気を出してくれたね」
 武雄の事後を報告した時のような淡々としたトーンだった。
 けどなんだか温かかった。
「だって、姉ちゃんがあの顔で睨みつけてきたから…」
 俺は素直に話した。
「あの顔?」
 姉ちゃんが首をかしげる
「俺がいじめられてるのを見てた時の」
「うーん」
「一年くらい前にさ、おぼれてる猫の話したじゃん。そん時にも姉ちゃん。同じ顔しててさ」
「そうだったの…気が付かなかった」
 低めのトーンで受け流すような感じであった。
 しかしあの表情に気が付けないとは。
「でもたしかにあの時心の中で俊夫を責めてたな」
「責めてた?」
「あのまま戦わないと姉ちゃんみたいに後悔することになるから」
 そんなことあんな顔からわかるわけない。
「なんで言ってくれなかったの。」
「だって…」
 どんどん声が細くなっていく
「お姉ちゃん、口下手なんだもん…」
 ついにはうつむいてしまった。
 さっき化け物と戦い、俺を叱咤した人には見えなかった。
「それにね。そういうことは自分で気づかないと」
 河川敷が終わってコンクリートの道に出ていた。
 その時姉ちゃんが胸につけている小さなコスモスのブローチをギュッと握りしめていることに気が付いた。
 このブローチには見覚えがある。
 確か二年前姉ちゃんが子供みたいにはしゃぎながら、
 友達がくれた宝物でコスモスはパートナーの花なの
 って話してくれたっけ。
「…」
 記憶の中のブローチについて語る姉ちゃんの顔が空洞の顔になった。
 姉ちゃんはあの時自分みたいに後悔するって俺を責めてた。
 姉ちゃんの後悔…。
 そうかあの顔の時姉ちゃんも探していたんだ。その強烈な顔になってることに気づけないくらい必死になって。
 そして姉ちゃんの顔は今日、長年なくしていた物を発見したような顔に変わった。
 そうか、見つけたんだね。
 じゃあ次は俺の番だ
「姉ちゃん」
「ん?」
「…今日みたいな事さ、やられてるのは俺だけじゃないんだよ」
「ん…」
「だからさ姉ちゃん。」
「なに?」
「武雄にやめてもらうように頼む。いうこと聞いてくれなかったら。…聞いてくれなかった戦うよ。俺。今日の姉ちゃんみたいにさ。」
 姉ちゃんがくすりと笑った。
「そうだね。今日のあんたなら勝てるよ」
 俺をおぶってたから両手はふさがってたけどまるで姉ちゃんの撫でられたみたいだった。
「それにしても俊夫重くなった。」
「そう?おれも成長したんだよ。」
 ふふーんって鼻を鳴らす。
「まったく」
 あきれ返った姉ちゃんを改めて見る。
 姉ちゃんの白い制服はさっきの衣装よりもずっと地味だった。
 けど今夕焼けに染められているそれは朱いレオタードより一段と明るい色だった。

スポンサーサイト

第二十四回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


| TOP |

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://pilloryofprize.blog57.fc2.com/tb.php/224-1e417da6

| TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。