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さらし文学賞
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宇宙の娘


 彼女は宇宙の娘でした。
 広大な宇宙の片隅にひっそりと生まれ落ちた存在が彼女でした。彼女の髪は星々が連なったかのように美しくきらめき、宇宙の風にやわらかくなびきました。彼女の瞳は氷のように涼やかな色で、幾千の星を映しこんだかのように輝くのでした。とても美しい少女でした。
 生まれた当初、彼女に退屈という文字はありませんでした。苦痛という言葉もわかりませんでした。ありとあらゆる負の感情を表す言葉を知らなかったと言っても、嘘にはならないでしょう。気ままに歌い、宇宙の中心から旅してきた星の話に耳を傾け、気の向くままに踊りました。   
 少女はいたく幸福でした。誰も知らない山の奥、そこにひっそりと湧き出る透明な泉があるように、胸の奥からそっと、幸福と呼んでさしつかえないものが溢れてくるのです。どうして幸福なのか、そのような疑問を少女は持っていませんでした。知る必要もありませんでした。
 しかし、幸福はいずれ去るものだと高らかに語る誰かの言葉を証明するかのように、幸せな日々は長く続きませんでした。厳密にいえば、幸福ではない初めての状態を経験してから、彼女はそれまでの自らの状態を幸福と形容し、そうしてかつての彼女は幸福であったとなったのです。

 彼女が幸福でなくなってしまう始まりは、少女がいつものように踊っていた際、太陽にその身を焼かれてしまったことにあります。太陽の火は少女の小さな体を包み、みずみずしい肌も醜くただれ、少女は思うように身体を動かせなくなりました。初めての不幸に、初めての不自由に、膝を抱えて少女は嘆き悲しみ涙を流しました。そうして、何千年も泣き続けました。少女を心配するものたちの声からも耳を閉ざし続けました。
 尽きることを知らないように思えた涙が枯れ始めた頃、ずいぶんと久方ぶりに少女は眼を開けようとしました。長く閉ざされた瞳を開くのはけっこうな労力を必要としましたが、幼いがゆえに深く、ある種自己中心的な悲しみの中で忘れていた、少女が生まれてから彼女を取り巻いていた宇宙の煌めきや美しさを、わずかながらでも思い出したのです。思い返せば、太陽はいつでも彼女を指の先まで余すところなく温めてくれました。兄弟星たちは共に歌を歌ってくれました。少女は与えられていた愛に気づきました。そして、それが過去形であることも知ってしまいました。
 太陽は何百、何千の謝罪を口にしながらも、決して聞くことのない少女に疲れ果てていました。兄弟は慰めの言葉を繰り返すことに疲労していました。少女の近くに残っていたのは、小さく真っ白な月だけでした。
 月は鏡のように少女のありのままの姿を映しました。白い肌も美しい髪もそこにはありませんでした。ケロイド状のやけど跡や炭化し黒っぽくなった皮膚があるばかりでした。氷のように涼やかと評された瞳は、濁った色だと考えるようになりました。
「どうして誰もそばにいてくれないの」
 少女は小さくつぶやきました。月はなにも言いません。
「なんでこんな目にあわないといけないの」
 少女はあまりにも理不尽ではないかと恨み言を吐きました。鬱々と繰り出される文言は真っ黒な色をしていました。少女は自らの言葉も月に跳ね返されているような気がして、口を閉ざしました。月もやはり無言をつらぬきました。黙って、少女の隣に寄り添い続けました。
 少女は再び目を閉じました。きらきらと輝く宇宙が無性に憎くなり、うらやましく思えたのです。逃げ込んだ暗闇はどこまでもやさしく、少女を迎え入れました。

 少女は安息を手に入れました。

 暗闇の中で来る日も来る日も少女はかつての自分を思い描きました。自らが幸福であった時期を。その行為は少女を満足させはしましたが、同時に空しさも感じさせました。あくまで過去は過去なのであって、現在ではないのです。
 再び目を閉じてから、どれほどの時間が経ったときでしょう。少女はふと、それはもう唐突に、さびしいと感じました。さびしさが来た次は、恐怖が訪れました。太陽も月も少女を見限り、どこか遠くに行ってしまったら、と思うと、恐ろしくて恐ろしくてたまらなくなるのでした。
 だからといって目蓋を上げることは、それはそれでやはり恐ろしいものでした。少女は現実から逃げたいのです。彼女にとって恐ろしいかもしれない現実を見るよりは、暗闇にいた方が安心なのです。
 それでもどうしようもないくらいに、さびしさは膨らんでいきました。幸福の正反対はさびしさではないかとも考え始めました。さびしさはどこからともなくやってきて、少女を苦しめるのでした。
 少女はさびしさはどうして生まれるのだろうと考えました。一人であるからさびしいのだと考えれば、どうすれば一人でなくなるのだろう、とさびしくなくなる方法を必死に探究しました。
 そして、ある時のことです。天啓のようにその考えは少女の脳裏にひらめきました。一人ならば、仲間を創ればよいのです。仲間がいれば、少女が寂しくなるといったことはないでしょう。
 少女は勇んで、仲間を創り始めました。これはなかなかに難しく手間のかかる作業でしたが、少女は苦に思いませんでした。さびしさの方が、彼女にとっては大問題なのです。
 幾度も幾度も挑戦して創られた初めての仲間は、少女に比べて本当に小さな生き物でした。それでも少女にとっては大きな喜びでした。そして小さな仲間が少しずつ数を増やしていったときの少女の喜びといったら、言葉で言い表せないほどのものなのです。感極まって泣くことや、天にも昇る気持ちと評することさえ、許されないほどの幸せであったのです。
 だんだんと仲間は増えていき、かれらの種類も豊富になりました。さまざまな仲間が共に生き、少女のさびしさはいつの間にかにどこかに飛んで行ってしまいました。代わりに少女のもとに訪れたのは、少女がとうに失ってしまったはずの幸福でした。

 少女はいまも宇宙の片隅にひっそりと存在しています。傷ついた少女が生命を生み、さびしさから幸福を作りだしたこと、これも一種の魔法でありましょう。

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