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さらし文学賞
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うそつきの魔法


 新学期が始まって一週間。放課後の教室、最前列左端の席。明子はその席の周りにできた友達の輪を眺めながら、一人大きなため息をついた。別に自分がそこに入れないことが原因なのではない。
「そういえば、昨日の夜のテレビ見たかよ? 拳法の達人の特集番組。俺、あいつと戦ったことあるんだぜ。まぁ残念ながら、引き分けだったけどな」
「うっそー! あの素手で猛獣を倒したって人と? 弘志君って強いんだねぇ!」
 賑やかな輪の中心から聞こえてくるのは、誇らしげに吹聴する弘志の声だ。懲りないな、と明子は思った。
 いつからか、幼馴染の弘志は嘘で自分を飾りたてるようになっていた。何故? 明子にも理由は分からないが、どうやら彼は嘘で自分を「強い男」とやらに仕立て上げたいようだ。
 彼は進級する度に嘘で新しい友人を欺き、まるで喧嘩の達人か優れたアスリートであるかのように、偽りの武勇伝を語った。彼の体格がそれなりにたくましかったこともあり、友人達は皆騙された。彼はいつもクラスの番長的な存在となり、取り巻きもできた。しかし、所詮嘘は嘘だ。実際の彼は喧嘩などほとんど経験もなく、スポーツも足が少し速いだけのド素人だと分かると、友人達は皆彼から離れていった。もう何度繰り返したことだろう。
 そのような現状が、幼馴染として昔から彼の一番近くにいた明子をやるせない思いにさせていた。故に、ため息をついていた。
 そしてどうやら、今年もすでに愛想を尽かされたようだ。きっかけは、集まった友人のうちの一人の発言だった。
「そんなに強いなら、弘志君、必殺技なんかもあったりしてぇ? 例えばぁ……カ○ハ○波とか!」
「いやいやいくら弘志でもそりゃないっしょ! 恵ちゃん漫画の読み過ぎ」
 一同の笑い声が響く。質問をしたのは、学年一の美女と目されており男子に人気の恵という女だ。もっとも、明子は彼女の男に媚びるような性格が好きではなかったが。
 しかし、そこはやはり男である弘志だ。恵の気を引こうとでも思ったのだろう。大きな過ちを犯してしまった。
「カ○ハ○波? ……あっ! そういえば出たことあるような。二、三回ぐらい」
 明子はこの一言で場の空気が変わったのを感じた。先程まで笑っていたはずの皆の、怪訝そうな顔。弘志に対する皆の認識が「凄い奴」から「嘘つき」へと変わっていく様子が手に取るように分かった。
 その後しばらくは「またまたぁ」などと言いながら雰囲気を悪くしないように気を遣う者もいたが、弘志の発言がジョークではないと分かるにつれて一人、また一人と彼から離れていった。明子は、目を伏せずにはいられなかった。
 皆が去り、一人になったはずの弘志。しかし明子は気付いた。まだ一人の女が、彼の横に立って会話をしていることに。
「ねぇねぇ、今からカ○ハ○波出してみてよぉ」
「いや、ちょっと、今日は調整不足っていうか……」
「一回試してみるだけでいいの! お願ぁい!」
「うーん……あっ、しまった! そういえばあれはピンチの時じゃねぇと出せないんだったぜ」
「えーそうなのぉ? しょんぼり……」
 弘志と話し続ける恵の姿に、明子はやけに苛々した。今まで弘志の嘘に愛想を尽かさなかった者などいなかったというのに、彼女は愛想を尽かさないどころか、嘘だということすら気付いていないように見える。普通あんな嘘を信じる者がいるだろうか。彼女には何かしらの下心のようなものがあるのではないか。ついつい勘ぐりたい気持ちになってしまう。
「ねぇねぇ弘志君、何か他の話はないの?」
「あっ、そうだっ! そういえばリレーの話ってのもあるぜ」
「何それぇ? 教えて」
「ちょっと何やってるの恵? 早くあっち行こ」
 まだ話の途中であったが見かねた友人が恵を連れて行ってしまったため、弘志は今度こそ一人になった。
 明子は寂しげな弘志の後姿を眺めながら、落ち込んでいるのだろうかと心配する自分に気付き、すぐその考えを打ち消す。こうなったのも全て彼自身の問題なのだから、同情する余地などないのだ。
 しかし……幼馴染として、現状を放っておくことはできない。彼が信用を失うことは、幼馴染である明子の威信にも関わる。だから明子は、弘志と一緒に帰って説教をしてやることに決めた。決して、弘志と一緒に帰りたいわけではない。

 昇降口に立ってしばらく待っていると弘志は出てきた。
「あっ、弘志じゃない。偶然ね……いつも一人で可哀そうだし、たまには一緒に帰ってあげてもいいけど」
「明子か……また俺を馬鹿にしに来たのかよ」
 明子と弘志は家が近所で、小学校低学年の頃は毎日一緒に帰っていたものだが、中学生になった今ではめっきりそんなことはなくなっていた。久しぶりすぎて、何を話していいのかわからない。しばらく無言で歩き続けていたが、先に口を開いたのは弘志の方だった。
「お前、いつも俺に対して嫌味な言い方するよな。昔はそんなことなかったのに。……そんなに俺が嫌いなのかよ」
「そ、そんなこと別にどうでもいいでしょ! それよりあんた、またくだらない嘘ついてたでしょ。そんなにあの女に気に入られたいわけ?」
「聞いてたのかよ。てか、恵ちゃんと何話したってお前には関係ねぇだろ」
「何がカ○ハ○波よ。あんな嘘、まともな人間が信じるわけないでしょ。あの女、きっと何か裏があるに違いないわ」
「恵ちゃんのことまで悪く言うんじゃねぇよ! あんな素直で優しい子を」
 明子は話しながらだんだん苛々してきた。どうして弘志はあんな女に肩入れするのか。嘘をやめるよう諭してやるつもりが、つい感情的になってしまう自分を抑えられない。
「嘘の自慢ばっかりして……あんた、何があってそんな男になっちゃったのよ」
「う、嘘じゃねぇ! 多少ビッグマウス気味なところがあるのは認めるけどよ、それは自分の成長を見越してだな」
「言い訳はやめなさい! 嘘で自分を飾って、それで『強い男』になったつもりなの? そんなことまでして強くなったふりをして何が嬉しいのよ……この嘘つき!」
 カッとした勢いに任せて不満をぶちまけた明子は、再び弘志の顔に向き直りはっとした。明子に責められた弘志は目を潤ませ、なんとも言えない儚げな表情を浮かべていた。厳つい顔に似合わない、今にも泣きだしそうな情けない顔。
 この時明子の脳裏に突然、ある光景がフラッシュバックのように浮かんだ。数年前、まだ弘志が嘘つきじゃなかった時。あの日の明子の言葉にも、弘志は今と同じ表情をしていた。弘志は何故、あの時あんな顔をしたのだろう……。
 弘志が消え入るような声で呟く。
「……弱い男は嫌いだって言ったのは、どこのどいつだよ」
 弘志が何のことを言ってるのか、明子にはわからなかった。気まずい膠着状態になる。
 その時突然、場違いな甘ったるい声が飛んできた。
「あーいたいた! 弘志くぅん、さっきの話の続き聞かせてよぉ」
 振り向かなくても恵だと分かり、明子の口から思わず舌打ちがこぼれる。
「あっ、明子ちゃんだぁ! ねぇ、ちょっと弘志くん借りてもいい?」
 明子が沈黙していると、代わりに弘志が口を開いた。
「悪ぃけど、そういうことだから」

 遠ざかってゆく弘志の背中を見届けると、明子は再び大きなため息をついた。
「…………何が、そういうことだから、よ」
恵と並んで歩く弘志の姿を想像しつつ、明子はこの苛立ちが消える魔法があればいいのになどと、くだらないことを思っていた。


       /


 下校中に寄り道して、学校の近くの河原に来ている。隣には、学年一の美女が座っている。夢のようなシチュエーションに弘志は、先程までの憂鬱な気分も忘れて高揚していた。
「ねぇねぇ、リレーの話、早く聞かせてよぉ」
「おう。あれは確か」
 小学四年生の運動会、最終競技のリレーの時だった。アンカーを務める弘志にバトンが回った時点でチームは七位。トップとは四十メートル以上離れており、誰がどう見てもたったの二百メートルでの逆転は不可能だった。しかし、弘志は諦めていなかった。
 否、どうしても諦めるわけにはいかなかった。
 走り出した瞬間、弘志は初めての感覚に襲われた。ふわっと宙に浮くような錯覚とともに、体が急に軽くなったのだ。弘志はそのまま滑るように前の走者をかわしていき、ついにトップでゴールテープを切った。しかし後に弘志がバトンゾーンを出ていたことが発覚し、チームは失格になってしまったのだけれど。
「すごーい! 優勝じゃないってところがなんかリアルぅ」
「だって、これはほんとに……」
「え? 何?」
「いや、何でもねぇよ」
「でもそんな不思議なことがあるなんて、弘志君よっぽど勝ちたかったんだね」
「…………」
 その時弘志の脳内ではある言葉が再生されていた。
 まただ。リレーの話をする時、いつも同時に思い出される記憶がある。いくら追憶の彼方に葬ろうとしても、ふとしたきっかけで洪水のように溢れ出す、記憶。弘志はどれだけその忌まわしき記憶に苦しんだだろう。あの日リレーの後で明子に言われた、忘れることのできない一言。その一言で弘志は、優しく素直だった心を閉ざし、偽りの強さを身に纏った嘘つきへと変わってしまった。強くなりたかったのだ、どんなことをしてでも……。
「どうしたの、弘志くん? すごく怖い顔してる」
 ふと我に返ると、目の前には心配そうに覗き込んでくる恵の顔があった。その優しい笑顔は、弘志のことをなじるためにわざわざ近づいてくる明子の仏頂面とは、大違いだ。恵だったら、と弘志は思う。この苦しみから解放してくれるかもしれない、と。
「恵ちゃん、大事な話があるんだ。その……俺と付き合ってくれねぇか?」
 さすがに唐突すぎたのか、戸惑ったような表情を浮かべる恵。断られることを覚悟したが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「少し考える時間が欲しいかなぁ。返事はまた今度でいい?」


       /


 弘志とのケンカから三日が経った。あの日以来、なぜか恵が弘志と話している姿を見かけない。理由はわからないが、何かがあったのは明白だった。しかしそれは、明子にしても同じことだ。あれから弘志とは一度も話していない。
 しかし、明子は今日こそは弘志に話しかけるつもりだ。何故なら、恵がいなければいつも一人になってしまう弘志が哀れで仕方がないからだ。決して、弘志と喋れないことが辛いからではない。
 大丈夫、何事もないかのように「一緒に帰ろう」と言えばいいだけだ。一度大きく深呼吸をした明子は、緊張を悟られないように気を遣いながら、帰り支度をする弘志の横に立つ。
「あっ……あんた、いつも一人で可哀そうよね。だから、一緒に帰ってあげてもいいけど」
「いいかげんにしろよ」
 思わず「えっ?」と情けない声が漏れてしまった。突然の弘志の反発に気が動転する明子を前に、一旦堰を切った弘志の衝動はもう止まれなかった。
「俺のことが嫌いならほっといてくれ! いつも俺を傷つけるようなもの言いしやがって。あの時お前がああ言ったから、俺はお前に認められたくて……どんな時も『おれは強いんだ』って自分に言い聞かせて。できないようなこともできるって強がってまで強い男を目指してきたのに……それなのに、お前は振り向いてくれねぇ。結局お前は俺の心を弄んだんだろうが!」
 明子は想像だにしなかった弘志の心の叫びに、ただただ驚いていた。明子自身、弘志に対してつい冷たい物言いになってしまうのは自覚しているが、それは別に弘志が嫌いだからではない。弘志と話すときだけ、とある理由から素直に感情を表せないだけなのだ。そんなこと、言わなくたって弘志は分かっていると思っていた。だからそんなふうに受け取られていたことがショックだった。
 そして何より、「弄んだ」という言葉が衝撃だった。明子はあの日、リレーで失格になっていつまでも落ち込んでいる弘志を見かねて『そんなに落ち込まないで、男なら前を向いて』というような内容のことを言ったのは覚えている。励ますつもりが少々棘のある言い方になってしまった気はするが、明子なりの弘志を元気づけたいという気持ちは届いていると信じていた。それが何故か弘志の中では、明子が弘志の気持ちを傷付け弄んだことになってしまっている。
 ただ弘志を元気づけたかっただけなのに、何故傷つけてしまったのだろう。明子が素直でなかったために、誤解を与えてしまったのだろうか。もう何も分からない。ずっと一緒にいて相手のことを理解しているつもりでいたのに、実際はお互いに相手の気持ちなんて全く解っていなかった。
「私は……そんなつもり」
「弘志くぅん! 一緒に帰ろ? この前の返事決まったよぉ」
 明子の声を遮るようにして届く恵の声。今日は明子の存在など完全に無視のようだ。しかし、こちらは今お取り込み中だ。部外者に邪魔されたくはない。
「悪いけど、今大事な」
「ちょっと待ってて。今支度するから」
 明子の口から本日二度目の「えっ?」が発せられた。弘志は一体何を言っているのだ? 今、小学校からの幼馴染と大事な話をしているというのに。状況が呑み込めない明子に対し、弘志はゆっくりと口を開いた。その手は明子に背を向けたまま、せっせとカバンに教科書を詰め込んでいる。
「悪ぃな明子。恵ちゃんと大事な話があるから」
 明子は思い知らされた。今の弘志にとって最も重要なのは、明子との関係ではない。今、弘志の一番近くにいるのは幼馴染の明子ではなく、恵なのだ。
 気付いた時には扉を乱暴に開き、教室を飛び出していた。

 いつもの帰り道を歩いているはずなのに、今日の明子の瞳にはいつもと全く違って映る。きっと溢れる涙のせいだろう。さっきから、考えているのは弘志のことばかりだ。
「自分が嘘つきなのを人のせいにして、ほんと最低!」
 言ってみたところで、この苛々した気持ちが消えることがないのは分かっている。
 明子はいつから弘志の前で素直になれなくなったのだろうかと考えていた。いつも一緒にいる、普通の友達だった。一緒に遊んで、一緒に帰って。弘志は当時から体格が良く、その顔も相まって怖がられることが多かったけど、明子だけは知っていた。弘志が、本当は誰よりも優しくて、素直な人だということを。だけどいつの間にか、弘志に対して友情とは違う想いが育っていて……気付いたら、弘志にだけは気持ちを素直に表せなくなっていた。
 弘志がどういう経緯で嘘つきになったのかは知らないが、もし自分が素直になれていたら、彼は変わらずに済んだのだろうか……。
 そこに至って明子はふと我に返り、必死にその考えを否定する。違う。明子がきっかけであったとしても、結局弘志に嘘つきになる資質があったためこうなっただけの話なのだ。そうだ。自分は悪くない。でも……。
 その時、道の反対側からガラの悪い男が数十人歩いてくるのが見えた。各々金属バットやチェーンで武装した姿は、口で言わずともこれから喧嘩をしに行きますと語っている。明子は月並みに怖いなと思い、道の端の方を歩いた。何事もなくやり過ごしたかに見えたその時、一人のヤンキーの会話に、明子は凍りついた。電話をしているその男は、弘志よりも遥かに屈強な大男だった。
「そのヒロシって奴も一緒に居んのか? ……そうか。それで場所は? ……分かった。すぐそっちへ行くぜ、メグミ」
 明子は足がすくみ、その場から動けなくなってしまった。
 ヒロシ? メグミ? まさか……いや、きっと人違いだ。どちらもよくある名前ではないか。偶然、他人の名前と一致したとしてもなんら不思議ではない。それにもしその二人が弘志達のことだったとしても、彼らがヤンキーと友達なだけかもしれないではないか。現に、メグミという人物とあのヤンキーが親しげに電話をしていたことが証拠だ。
 だけどもし……もし何らかの理由で、弘志が恵に騙されているのだとしたら。あまり考えたくはないが、やはり出会って数日であれ程まで急速に距離を縮めたことは不自然な気もする。それから弘志には悪いが、恵ほどの美人が弘志を選んだということ自体明子には解せなかった。
 弘志に何かあったらと思うと、背筋がぞっとして鳥肌が立った。助けに行きたい。でも明子が行ったところで、浩志にとっては余計なお世話かもしれない。それにもし二人があの電話と関係なかったら、勝手に勘違いして二人の邪魔をした、ただの痛い女だ。
 だけど……。脳裏をかすめる、今にも泣き出しそうに顔を歪める、不細工な弘志。
「……今回だけ」
 明子はヤンキーを追って、元来た道を駆けだした。


       /


「ねぇ聞いてるのぉ? さっきからぼーっとしてばっかりだよぅ。ぷんぷん!」
 恵に不機嫌そうな恵の声で現実に引き戻される。どうやらまた考え事をしてしまったらしい。こんな大事な時に限って、教室を飛び出した明子のことが頭から離れない。なんとか誤魔化そうと話を逸らす。
「あはは、悪ぃ。ところで、恵ちゃんさっき誰と電話してたんだ?」
「心配しなくてもただの友達だよぅ。そんなことよりほら、あそこで話そ」
 辿り着いたのは、一週間前に二人で話した河原だった。並んで腰を下ろすと、いよいよ聞ける返事に対する期待と不安で鼓動は高まり、体中から変な汗が噴き出してくる。
 ところがそんな弘志の緊張をよそに、恵が語り出したことは不可解なことだった。
「弘志君、前にカ○ハ○波出せるって言ったよねぇ。それを恵にやって見せてくれなぁい? それが付き合う条件だよぉ」
「えっ? だから、それはピンチじゃねぇと」
「うん。だから、こんなの用意してみたんだぁ」
 恵の視線を追って、弘志も川の反対側に目を向ける。そこで浩志の目に映ったものは、向こう岸を埋め尽くさんとするようにずらりと並ぶ、ヤンキー群れ。ざっと数十人はいるように見える。ドラマのような光景に圧倒されていると、突然真ん中の大柄な男が叫んだ。おそらく弘志よりも一回りは大きい。
「俺の女に手を出したヒロシってのはどこだオラァ!」
 それが自分を指した言葉だと気付くのに、しばらく時間がかかった。覚えもない疑惑をかけられた弘志が狼狽えていると、今度は恵が突拍子もないことを言い出した。
「カーくぅん! 弘志君が『お前の彼氏とその仲間達を全員倒したら付き合ってくれ』って恵に迫ってくるのぉ」
 弘志はこの時、ようやく恵に騙されていたことに気付いた。しかし、すでに後の祭りだ。
「てめぇぶっ殺してやる! 行くぞ、おめぇら!」
 カー君と思われる大男の一声で、なんとヤンキー達は一斉に川に飛び込み、腰の高さほどの水を手でかき分けながらこちらの岸に向けて歩き始めたのだ。
 逃げるしかない、弘志は動物的な勘でそう感じ、立ち上がり後ろを振り返った。そして、愕然とした。後方にも大勢のヤンキーが待ち構えていたのだ。もはや、逃げ場はなかった。「なんで?」と力なくこぼした呟志に、恵は冷たく言い放った。
「うざいんだよねぇ、あんたみたいなの。美人だとみれば、嘘でも何でも平気でついて必死で近づいてくるような奴。超きもいんだけど」
 その顔に、弘志の知る恵の面影はなかった。そうか。また弄ばれたのか。弘志は命の危機なのに、今自分は泣きそうな顔してるんだろうなぁなどと、妙に呑気なことを考えていた。
 敵が川を渡りきるまで、あと数メートル。
「弘志君強いんだよねぇ? 早くあいつら倒してよぉ!」
 恵の皮肉に満ちた奇声が上がる。
 どうせ逃げられやしない。弘志は死を目前に、自分の中にある後悔に気付いた。こんなことになるなら、嘘なんかつくんじゃなかったなぁ。こんなことになるなら、仲直りをしとくんだったなぁ。こんなことになるなら……。
 カー君を先頭に、川を渡りきった敵が武器を振り上げて走ってくる。恐怖のあまり目をぎゅっと瞑り、折れそうになる膝に必死で力を入れる。
 敵の武器が弘志に降りかかるまで、あと数十センチ。
 殺される。心の中で覚悟したのと同時だった。弘志の背後で突然響いた、断末魔の叫び。その直後、凄まじい爆発音が地面を揺らした。
 咄嗟に振り返った弘志の眼前に広がっていたのは、驚くべき光景だった。先程まで弘志の後方を囲むように並んでいたヤンキー達が、一人残らず地面に倒れているのだ。しかも、何故か全員丸焦げで。目前に迫っていたヤンキー達はというと、予想外の事態に口を開けたまま、皆立ち止まっていた。カー君が掠れた声で呟く。
「なんだ……今の光……」
 するとカー君の問いに応えるように何処からともなく響く、腹の底から絞り出すような低い唸り声。
「カ……○……ハ……○……」
 まさか、この声は……。
「波ーっ!」
 次の瞬間、眼前に映るカー君達の姿は爆発音とともに青白い閃光の中に消え、弘志からは見えなくなった。時間にしてほんの数秒。しかし光が途切れた時、カー君達はすでに真っ黒な塊となり、煙を立ち上らせながら地面に転がっていた。
 辺りが異様な静寂に包まれる中突然、横にいる恵から歓声が上がった。
「すごぉーい! 弘志君見たぁ? 本物のカ○ハ○波だよぉー!」
 恵はいつの間にか本性を隠し、いつもの穏やかな雰囲気に戻っている。そして「犯人を捜してくる」と言い残し、カー君達を残してさっさと走り去っていった。どうやら、すでに興味は弘志からカ○ハ○波を発動した「犯人」へと移ったらしい。
 しかし、弘志には「犯人」の見当はついていた。普段と声の調子を変えたつもりだったのだろうが、弘志の耳だけは誤魔化せない。何故なら、昔からずっと、一番近くで聞き続けてきた声なのだから。
「出て来てくれ、明子」
「あらら、ばれちゃったか」

 いつから隠れていたのか、近くの草むらからひょっこりと現れた明子は、ばつの悪そうな顔で「私魔法が使えるの」と言った。しかし、弘志は目の前に無造作に転がる丸焦げの死体に気を取られ、「へぇ、あはは」などと気の抜けた相槌を打っていた。そんな弘志の様子に気付き、明子が彼らに仕掛けた「トリック」を説明してくれた。
「あぁ、その人達なら気絶してるだけよ。魔法で死んでいるような幻覚を見せてるの。ほら」
 明子が言った瞬間、黒焦げの塊はすでに人間の形に戻っていた。
 この世の業とは思えぬ光景に言葉を失う弘志だったが、明子はこのようなことには慣れているといった様子で「魔法使い」というものについて説明してくれた。
 世界にはたくさんの魔法使いが暮らしていること。人間と魔法使いは同じ祖先を持つこと。大昔、魔法使いを恐れた人間によって魔女狩りが行われ、魔女と間違われた多くの人間の女性の命が失われたこと。そのような悲劇を二度と繰り返さないため、現在魔法使いは正体を隠してひっそりと暮らしていること……。
 どれもこれも信じがたい話ばかりだったが、実際に魔法を見てしまった以上、信じないわけにはいかない。
「魔法って、具体的にどんなことができんだ?」
「さっきみたいに光線で人を気絶させたり、幻覚を見せたり。あと、魔法で基礎体力を上げれば素手で猛獣を倒せるようになるわ」
「えっ? じゃあまさか昨日の……」
 弘志は昨夜の番組を思い出し、赤面した。下手な嘘をつくと魔法使いがいたら笑われることになるので、やめた方がいいらしい。
「何でもできんだな。魔法にできねぇことって何も無いのか?」
「たくさんあるわ。老いを止めることもできないし、時間を止めることもできない。それから、人の心に干渉することはできないの。だから私、弘志が苦しんでることに気付いてあげられなかった……ごめん」
 再び気まずい沈黙が流れる。だけど今回は、弘志には言わなければならないことがある。死ぬ前に後悔しないために。そして、本当に「強い男」になるために。
「明子……俺の方こそごめんな。俺は今まで、喧嘩ができてスポーツが得意で、番長みたいに扱われることが強いってことだと思ってた。だから、皆に嘘ついてまで強い自分を演じてきたんだ。だけど、強いってそういうことじゃねぇよな」
「私はただ弘志に、辛いことがあっても下を向かずに頑張れるような、強い心の持ち主でいてほしかっただけだよ」
「そうだよな。それなのに、勝手に勘違いして弄ばれただなんて……そりゃ、嫌われて当然だな」
「そのことだけど。私がいつ何を言ったのか分からないけど、弘志のこと嫌いだと勘違いさせるようなこと言ってたなら謝るわ。……ごめんなさい」
 弘志は言われたことの意味が解らなかった。あんなにはっきりと宣言しておいて、忘れたとでもいうのだろうか。
「あのリレーの後で俺がずっと落ち込んでた時、『いつまでもうじうじ落ち込んであんたそれでも男なの? 私そういう弱い男は大嫌いなの。強くならない限り、あんたのことは認めないから』ってお前言ったよな?」
「うそ? 私、そんなひどい言い方してた? あ、あれはただ、弘志があんまり落ち込んでたから慰めようとしただけで……ちょっと言葉間違えちゃったみたい」
 な、なんだと……。弘志はその言葉を聞いて、体の力が一気に抜けてしまった。つまり、ただ明子が素直じゃなかっただけということなのか? あの発言も、これまでの言葉も全て。弘志は自嘲気味に笑うしかなかった。明子に嫌われたと思って今まで散々苦しんできたことが、まるで馬鹿みたいではないか。
 しかし弘志は、勘違いを生むような言い方をした明子を恨めしく思うと同時に、何か心地よいものが込み上げてくるのを感じていた。それはまるで、閉ざされた心の壁を溶かす、暖かな春風のようだった。
 更にその風に誘われたように、弘志の中で長い間燻っていた感情が、長い冬眠から目覚めたように再びゆっくりと芽を出した。今ならもう一度、この感情を伝えられる。弘志は明子の方に向き直り、意を決して口を開く。
「明子。俺やっぱり、お前のことが好きだ。まだまだ弱い俺だけど、もうあの頃の俺とは違う。自分を飾ることじゃなく、本当の意味で強い男にいつかなるから。だから」
「……条件が、ある。明日皆に、嘘をついてたことをちゃんと謝ってほしい」
「ほ、ほんとか? よし、約束するぜ!」
「ど、どうせ彼女なんて今後できないだろうし、一生に一度の思い出を作ってあげるわよ」
 相変わらずの物言いに弘志は思わず苦笑した。本当に嫌いじゃないのかと疑いたくなる。
「その言い方。何とかならないのかよ」
「……どうにかできるほど素直だったら、とっくにこんな関係卒業してるわよ」


       /


 弘志の告白から一週間。放課後の教室、最前列左端の席。明子は相も変わらず一人で座っている彼氏、弘志の後姿を眺めながら、気を抜くと緩む口元を必死に引き締めていた。すると、帰り支度を終えた弘志が立ち上がり、ニタニタしながら近づいてきた。
「よぉ明子、一緒に帰ってやってもいいけど」

 いつもの帰り道。小学生以来久しぶりに、毎日一緒に帰る日々が続いている。懐かしい気持ちに浸っていると、弘志もそうだったのか、突然あの頃の話を始めた。
「俺って昔から、告白する度に条件ばっかり出されてるよなぁ。あの時もそうだっただろ? 小学四年生の頃にお前に告った時。お前『リレーに優勝したら付き合ってあげる』っていうから、そりゃもう必死だったよ。そしたら、何故か急に体が宙に浮いてるみたいに軽くなって…………おい」
 どうやら、やっと気付いたらしい。
「そんなことするならわざわざ条件なんて出さなくても……お前、どれだけ素直じゃないんだよ」
「うるさいわね! あんな女に告白した奴に言われたくないわよ!」
 せっかくずっと好きだった弘志と付き合えたのに、恵のことを考えるとまだあの苛々に襲われる。嫉妬してたんだ、と今になって分かる。明子は、そんな自分が心底嫌だった。弘志の彼女は自分なのに、いつまでも自信を持てないでいる自分が。
「ちがっ! あれは一時の感情というか……本当はずっとお前が好きだったんだよ!」
 だからこの言葉を言われた瞬間、魔法にかけられたみたいだった。霧が晴れるように消えていく、苛々した気持ち。それはまるで、人の心にも効く、本当の魔法……。
 私もずっと好きだったよ。そんな言葉、素直じゃない明子には言えない。まだそんなに強い人間じゃないから。だからせめて、精一杯の愛情を込めてこの言葉を贈ることにする。

「うそつき!」

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