さらし文学賞
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壁の奥の例外の例(ためし)




 智子は、齢十歳である。光が丘小学校四年生、最近の学校は最悪であった。いつもつるんでいる明味ちゃんが脚を骨折して二カ月入院してしまったからだ。智子は近所の図書館に入り浸って、「ゾウの時間 ネズミの時間」とか「シロの天文台日記」とか「シートン動物記」を読み漁るタイプの女の子であったから、当然のごとく学校での交流の幅が広いとは言えなかった。給食は班で食べるからいいようなものの、休み時間が実に不便である。もう少しで夏休みになる。七月に入ってしまえば学校はほとんど給食を食べずに帰れる。それまでの辛抱だと思いつつも、なんだかなぁな日々は続いていた。
 そういうわけで学校が終われば速効帰りたかった。幸いなことに、少しばかり近道をすることができる回り路がある。変に日当たりがよくて、白いコンクリ壁がまぶしい下り坂だ。一軒家が並び立っていて、人通りも少ない。……坂道が行き止まった後、フェンスを越えて荒れた空き地を横断という野蛮なハードルが待ってはいるが、正規の通学路を行くよりも20分ぐらい早く帰れる。帰り道で話す子がいない日々が続いているため、智子は連日せっせと帰宅路ショートカットに勤しんでいた。
 「シキョーケン」とかいう謎の行事で早く帰宅できる水曜日のことだった。智子は路地に入る前に悩んだ。今日もこの道、使おうかどうしようか……。けれど、後方からバカ男子軍団が追いかけっこだかなんだかをしながら超大声で走り抜けていったので、気分最悪となり、隠れるように坂道に反れた。
 路地は行き止まりとなり、いよいよフェンスを越えようとすると、真っ白なコンクリの壁の裏から、女の子の声がした。
「ともこちゃんっていうんでしょ?」
 智子は心底驚いた。いきなり名前を呼ばれたからだ。じっと立ち止まって、黙っていた。女の子はなおも呼び掛けてきた。
「ともこちゃんだよね? 知ってるんだ。いつもこの道そうやって通ってるよね」
「なんで知ってるの?」
「名札に書いてあるから」
 そんなとこまで見てるなんて嫌だなあと思いながらも、納得した。女の子は話しかけてくる。かぼそい声だ。変に高い気がする。
「わたし『ひばり』っていうの」
「ひばり……」
「ともこちゃんと同い年なんだよ」
「ひばりっていう子、知らない」
「だって、わたし学校に行ってないもの……病気で通えないんだ」
 智子は感心した。本の中にそういう女の子がたまに出てくるけど、本当にそんな人っているのか。一気に同情心が湧いた。智子は壁の前に座りこみ、話を聞くことにした。
「なんの病気なの?」
「白血病っていうの……英語では、レウコテアっていうんだよ」
「へぇ……」
 白血病が具体的にどういった病気かはわからないが、なんとなく重い病気だということは知っていた。ひばりは小さく、ぽつぽつと続けた。
「辛いんだあ……お外に出られないのよ。ともこちゃんが毎日ここを通って行くの、素敵だなぁって思って見てた」
 『お外に出られないのよ』って、変な言葉づかいだなぁと思いつつも、智子は「うんうん」とうなずいた。
「いいなぁ。あんなに元気にフェンスにのぼれるんだね」
「ああ……」
「脚とか、細いね。かっこいい」
 智子からすると、フェンスをよじのぼっている時は結構に必死である。気恥ずかしかった。伸ばした髪がふわふわして邪魔であるため、髪ゴムを忘れたりすると悲惨だ。誰も見てないし、いいかと思って輪ゴムでくくっている。たまに靴下が切れるときすらある。スカートを結んでのぼったこともあった……。これからはがさつなことはしないようにしようと思った。
「ひばりちゃんは、のぼれない……んだよね?」
「前はのぼれたんだ。でももうできなくなっちゃった……」
「そうかぁ」
 それ以外答えようがない。智子はこっちから質問してみた。
「ずっと家の中にいるのってつらそうだね」
「そう辛くもないよ。仕方がないし……ご本読んでる」
 『ご本』って普通言わなくない? と思ったが、智子は話を続けた。
「どんな本読んでるの?」
「赤毛のアンとか……」
 赤毛のアンって読んだことないんだよな、と智子は思った。すっごい長いし、そのわりに面白くないし。ひばりが尋ねる。
「赤毛のアンとか、好きじゃないの? 女の子なのに」
「えーっと……あんまり読まない」
「じゃあ何を読むの?」
「今読んでるのは、『ウォーターシップダウンのうさぎたち』だよ」
「うさぎって可愛いよね」
 『ウォーターシップダウンのうさぎたち』はサバイバルの話なので、どのうさぎも可愛くない。けれど、ひばりちゃんはそれこそ赤毛のアンとかに出てきそうな身体の弱いおしとやかな女の子かもしれないから、うさぎとかも可愛くて好きなのかもしれない。。
「うさぎ飼ったら? 家の中で飼えるよ」
「だめだよ。アレルギーだもん」
「大変だね。なんか出来ることあったら言ってね」
 ……こいつと話しててもつまんないな。智子はやおら立ち上がった。ひばりは急に早口になった。
「あ、出来ることあるよ」
「え……」
 図々しさを感じて、智子は固まった。ひばりはあいかわらずぽつぽつと言った。
「智子ちゃんとお友達になりたいんだ。ひばりと友達になってくれる?」
「……うん……」
 『友達になっていい?』とか聞いてくる女の子は、たいてい三カ月もすれば仲良くなくなってしまうものだ。智子は乗り気でない返事をした。

 はじめは乗り気でなかった智子だが、やっぱりひばりは可哀そうだなとか、白血病の女の子とかちょっと興味あるしとか、そういうことを考えて、それ以降迷いもせずに毎日帰り路をショートカットをした。寄り道現場をめざとく見つけたクラスメイトの男子が口うるさく責め立ててくるという事件も発生したが、ひばりのことを話すと驚きつつ逃げ帰って行った。夏が本格的に始まるすこし前、まだ明るさが爽やかさを含むころ、智子は毎日コンクリの壁のそばにしゃがんで、ひばりと話をした。たいていは楽しくなかった。
 ひばりの話はほとんどが不平不満だった。お母さんがいじわる。お父さんが冷たい。妹が大嫌い。別世界だなあと思いつつも、好奇心で付き合い続けた。智子もきょうだい、それも弟がいるが、頭がよくて顔がよいため、今後のことを思ってアメや手作りお菓子で餌付けしている。お父さんはがさつだけどやさしいし、お母さんは厳しいけどいろんなことを知っているから、全員嫌いなんかじゃない。そのことを話すとひばりはしきりに羨ましがりそうなので、相槌だけをうつことが多かった。しゃがんでいると膝のうらやこめかみに汗が流れて気持ち悪くなってくる。帰り時だ。立ち上がってのびをすると、ひばりがあわてて話を変えた。
「智子ちゃんって好きな男の子とかいるの?」
「えー、いるわけない」
「なんで? かわいいのに」
「男子とかいやだもん」
 ひばりは突然黙ってしまった。電話がガチャッと切れたみたいだった。ひばりちゃんには男子とかレンアイとかもうらやましいのかもしれない。言い訳しようかと考えていると、ひばりが続けた。
「じゃあ女の子のほうが好きなの? 女の子が好きな人なの?」
「どういう意味?」
「なんでもない」
 ひばりはその後三分間も何も言わなかったので、智子はさっさとフェンスをあがった。



 ある日、ひばりとの話がめずらしく盛り上がってしまったときがあった。学校の体育の話だ。今、友達が入院していて二人組の時間にあぶれてしまうことを打ち明けると、ひばりは真剣に聞いてくれた。
「そういうことってあるんだろうね。私は学校いけないから分からないけど……」
「ごめん、自慢ちゃったかもしれない」
「智子ちゃん、毎日さみしいだろうなあ。私が学校行けたら、智子ちゃんと組みたいなあ」
 その言葉は、絶賛一人ぼっち人生を送っている現在の智子にとっては嬉しいものだった。壁ににじり寄る。
「ひばりちゃん、本当にもうお家出られないの?」
「今度、出られるかもしれないんだ」
「まじで! よかったね!」
 智子は壁に向かって拍手した。ひばりはいつもよりもさらにひそやかに言った。
「明日さぁ……夏祭りなんだってね」
「うん、よく知ってるね」
「明日ね、家に誰もいないんだ……お医者さんも状態がよくなってきてるって言ってるし、だからお祭り見てみたいんだ」
「そっかぁ。ひばりちゃんのこと見てみたいから、あたしも行こうかなあ」
「本当? じゃあ……夕方六時にここに来てくれる?」
「うん、六時だね。よかったー、行かれないかと思ってた」
「……待ってるからね」
 いつもよりも、ひばりの言葉が入念な気がした。智子はうれしくて飛び跳ねるようにフェンスをのぼった。今年は明実ちゃんもいないし、さすがに浴衣着られないと思ってたけど、ひばりちゃんがいるなら一人じゃないから恥ずかしくない。弟といくのはさすがにつまらなそうだ。退屈だった夏休みまでの一週間がバラ色に輝きだした。

 翌日夕方、智子は浴衣をきて一人で駅前商店街の夏祭りにいた。まだ五時半ごろだ。すごく明るい。知り合いも何人かいたけれど、智子は誰とも合流せず、あらかじめルートを確認していた。ひばりは身体が弱いし、あんまり人通りが多いとまずいかもしれない。
 金魚すくいぐらいはさせてあげられるかなあと思いつつぼーっと立っていると、以前寄り道を咎めてきた男子が一人で通りがかった。智子も浴衣を着て一人だったから、無視するつもりだったのだが、なぜか男子のほうから話しかけてきた。
「あのさ……お前って白埼っていう家んところ寄り道いってるよね?」
「ああ……でもこないだ話したじゃん。白血病の女の子がいて、ひばりちゃんっていうんだけど、かわいそうだから」
「それ嘘だよ」
「えー」
 この男子はわりと身体が大きく、勉強とかも出来る様子がない子だった。あまり文句を言わず、おおらかなので皆からは好かれている。好きとかはないが、ものすごく嫌いでもない。だから話を聞く気になった。
「どういうこと?」
「だってあの家、女の子供いるけど大学生だもん」
「えーっ……じゃあひばりちゃんがうそついてるのかな」
「俺、あの家の近所に住んでんだけど、その女の大学生が家に帰るの毎日夜だよ」
「ひばりちゃんのお姉ちゃんとかなんじゃないかな」
「違うと思う」
 男子は冷たい声で言った。智子は困って、事情を説明した。
「今日、ひばりちゃんとお祭りで遊ぶ予定なんだ……」
「まじかよ。白血病って重い病気なのに」
「六時ごろ迎えに行かなきゃいけないんだ」
「……」
 男子はお人好しそうな顔を渋くした。智子は提案してみた。
「あのさぁ……高山くんっていうんだっけ? あの家の路地の前で一回集合しない?」
「やだよ」
「だって……ひばりちゃん男の子とか興味あるみたいだし、会ってあげてよ。回り道して集合すればいいじゃん」
「ひばりとか、そんな奴いないんだよ」
「えーっ、毎日話してたんだけど……」
 たしか高山くんと言った男子は急に深刻な顔になった。そして命令してきた。
「あの坂の手前まで先行くから、お前後で来いよ。二人で一緒に遊んだとか言いふらしたら殺す」
「殺したらあんたは牢屋入るけどね」
 高山くんとかいう男子はむかついたらしく、駅前ストリートを猛然と走り去った。五分待って、智子はわざわざゆっくりあの路地に向かう。あんなやつでも男子だから、ひばりちゃんには嬉しいかもしれない。家族とかについて嘘ついてたのはいい気がしないけど……。
 坂道に反れる曲がり角で、高山くんは携帯ゲームをしつつ待っていた。
「おせーよ」
「浴衣だから時間かかっちゃって」
「浴衣目立つだろ。さっさと行けよ」
 いらだちながら、坂を下りる。高山くんは後からゆっくりついてきている。フェンス前に突き当たると、智子は壁に呼びかけた。
「ひばりちゃん、智子だよ、来たよ!」
「待ってたよ……ともこちゃん。浴衣着てるんだね」
「うん、毎年着てるんだ」
「いいなあ。かわいいね……」
 いつもどおりのぽつぽつした高い声だった。智子はよかれと思って高山くんに向かって手を振った。
「ほら、ひばりちゃんいるじゃん! 高山くんはやく来てよ!」
 高山くんはその瞬間だーっと下り降りてきた。そして壁をドンと蹴る。智子は驚いた。
「ちょっと、ひばりちゃん身体弱いんだから、やめてよ!」
 高山くんは智子のことを心底あきれた顔で見ると、壁に向かってひどいことを叫んだ。
「ヘンタイヤロウ! ロリコン! 警察にツーホーすんぞ!」
 言い捨てた後、高山くんはすばやく坂を駆けあがって、角を曲がって行ってしまった。智子はあっけにとられていた。ひばりが何かを言うのを待ったが、いつかの時のように壁は不気味なほど静かだ。智子はそろそろと壁から離れて、ビー玉をゴムではじいたように坂から逃げ出した。

 その後の三日間、智子は近道を使わなかった。夏休みに入ってしまったし、プールとか田舎に帰るとかでいろいろと楽しいことが目白押しだった。八月に入ると友達の明実ちゃんがめでたく退院して、記念に手紙を渡しにいった。坂の行き止まりにある壁のことなんか忘れ去っていた。お盆が過ぎて、そろそろ宿題の重圧が頭に入ってくるころ、登校日があった。この日はみんなが日に焼けていたり、久しぶりに会う人がいたりしてうきうきする。智子も勇んで登校した。
 高山くんが席の一番後ろに座っていた。頬杖をついている。日にずいぶん焼けている。智子はもちろん無視して前のほうの自分の席に行こうとした。けれど呼びとめられた。
「あのさ」
「なに?」
「あの家の横の野原なんだけど」
「うん」
 智子はクラス中を見まわしながらそれとなく立ち止まった。高山くんも関係ない方向を向いている。互いに噂とかされたら困るからだ。
「放火されたみたい」
「ホーカ?」
「誰かが火、つけたってこと」
 『放火』が意味を結んだ瞬間、なんだか気持ち悪い感覚がお腹の底からこみあげてきた。高山くんは馬鹿にしたように智子を見た。
「お前さ、ボイスチェンジャーって知ってる?」
「……」
「もう二度と行かないほうがいいよ」
 ボイスチェンジャーという言葉は聞いたことがあった。声を別人に変える装置だ。けれど、本当のことを考えたくはない。智子は返事もせずに高山くんの席の横を足早に通り過ぎた。

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