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さらし文学賞
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虫崩れは仰ぎ見る

 足の踏み場も無い。所狭しに敷き詰められたそれらから逃げるように視線を上へと移す。今日も太陽は白光を輝かせうだるような暑さを放っている。
 働き先の商店での俺の仕事はいつも掃除だった。店の中には入らず店回りをただただ掃き続ける。単純作業故にくる疲労と暇に加え、梅雨も過ぎた今の時期は熱に体の自由も奪われるため、動きが遅くなる。
 更に夏故の厄介事がある。毎日床には羽虫がたかる。体が黒一色の羽虫は特に店の裏に多く姿を表わす。既に息の根は止まっているため、毛ほどもない足を上に、飛び立たない羽を下にして倒れている。それが蚊柱を落とした後のように店裏や店回りに落ちている。俺はそれを掃き続けている。浮かぶ汗を拭いつつ、一日を費やし山を作っていく。
 時たま訪れる客には適当に相手をする。目の前の車道を車が通り、過ぎていく時の風で集めた羽虫が再び散らばる。真上の熱戦を浴びながら、遅々とした動作だが俺の腕は止まらない。
 俺の一日は大体そうして、終わっていく。

 うだるような暑さが続く。吹き出す汗を拭いながらも仕事に打ち込む姿は真面目というより惨めだと思う。
 元の店の規模が弱小なため、常連客しか訪れない日々が続いていた。外から見ても繁盛とは無縁な様相で、白塗りの壁も所々剥がれ、中の木材は黴に侵されている。そのため俺のような働き手がいつまでも必要とされるのだろうか。
 相も変わらず熱日の掃除はそれなりの労働だった。羽虫が、いつからか店の前まで数を増やしていた。足元に黒さが更に際立つようになったが、動き出す姿は見えず後は掃けばよくなっている。数に対して俺への配給に付加されることは無い。
 その日は比喩ではなく黒い山が出来てしまった。盛り上がったそれを見ても達成感はわずかですぐに塵取りへと移した。
 中身を全て処分し、店の前に戻ってきたところで店内を見ると面倒なことが起きているようだった。仕事が遅いのか店員が同じ客に何分もかけて相手をしている。まだ一週間足らずとはいえ、もう使い物にならなくなったか。客の怒声が両耳を刺激する、こんな日に自分から血を湧き立たせるなんてどうかしている。もっとも既にどうにかはなっているのだろう、どいつもこいつも。
 怒声に対ししばし謝罪していた店員、やがて自分の体のそれに気付くと、決壊寸前までに顔を歪ませ笑い声をあげた。怒声を掻き消す程の声で、不規則に悪態も吐き、夏場の蝉のようにやかましく。中の店員の足元に見える虫をこの位置からでも見間違えはしない。しかし俺の仕事はあちら側に用意されない。
 近々、店員がまた新しくなりそうだ。

 やがて、それが起こるのに時間も労力もかからない。
 曇りの気配もなく、風も吹かない日だった。全開の太陽光によって湧き出る汗が滴となって滑り落ち、背筋に冷たい感触が通る。それも一時の冷涼に過ぎず、体は熱を持ち続ける。
 来る度にそして俺の仕事は増やされる。嬉しくは無い悲鳴だ。昨日の店員はもう悲鳴をあげることはないだろう。店回りは最早元々の足元の色も黒であったか不確かな有様だ。点々と元の色は申し訳程度に点を打つだけで、見慣れた羽虫が広がっている。夏場であるのに腐臭は香らない。死体であるのか疑問だがそれでもやる事は一つだった。
 ぎぎぎと、噛み合わない歯車のように蝉の音が響く。猛暑に襲われながら自分の掃く様を見る。掃かれるものの形を。
 一度掃きを振るえば実に呆気無く虫の体が床を這いずる。何度も動かせば低空に飛ばされ落下されるものもある。先が刺さり柔らかな腹に穴が開く。そうしてまで元の形を保つものは少ない。足が千切れ腹部が刺され、そして翅も砕かれる。それらが塵諸共山の一部と化す。数個体が分別なく道具によって合わせられる。代わりに見えた床は俺の目には明るく映る。
 現象だ。
 太陽が熱を放つように、雨が降るように、人間が動くように、羽虫が増える。俺はそれを掃除する。ただそういった出来事だ。
 掃き終わった頃には昨日の更に数倍の黒山ができていた。それと足先がむず痒い。靴下の一部が不自然に盛り上がっている。
 その日はやけに羽虫が靴周りに張りつき、靴底が擦り減っていた。

 羽虫はそして侵攻を止めない。
 夏は衰えを知らず、一年ぶりに巡った季節が運ぶ熱線は立眩みを起こすには十分だ。そこまで考えて支える足がすでに変わっていったことを想い出す。想い出して、それまでだ。過ぎていき消えていった形は二度と組み合わさらない。
 膝と呼べる箇所は両方とも見えなくなっていた。その頃にはもう時間をかけていくら早く腕を動かしても、完全に明るい床などどこにもなく、掃いた後にはまた数匹の羽虫がその身を現していた。
 それでも徹底的にやり続けた。特に、自分の足元、いつからこうなったかも想い出せなくなるほどに。膝だった箇所から零れ出る羽虫を重点的に掃きながら。それを行ってきたのも、これから処分するのも、俺なのだから。

 どこまでも増殖し続ける、翅を持つはずのそれらは空を漂う事も無く熱された床に伏される。熱さなど感じるのだろうか。
 熱気が周りの景色を揺らがせる中、不調な体を動かすのに痛みを感じないことは救いだった。ぼうっとした幻がすぐ近くにある中で、これはどうにもならないことだと一片の容赦なく現実として突きつけてくる。
 黒い山を幾ら作ったところで終わりは見えず、ぼろぼろと羽虫の落下は収まらない。床を掃くため前屈みにならざるを得ないのだが、そうすると胸辺りが瓦解するように羽虫を大量に吐き出す。あの店員のように声を上げる気にはなれない。
 自分が源泉と理解しながらも仕事を続けたが、夕方に入ると食い漁ったように背中まで貫通していた。腕が通るほど隙間ができた体だが、風が吹かないため暑さに変わりはなかった。

 腰が崩れ両手から羽虫が零れていくようになり、道具を握ることが適わなくなっても働いている以上休まずに店には行く。
 体の断面を動かし虫とともに移動する。開けっ放しの扉から道具を取り出す。柄の部分を顎と右肩で挟みながら掃いてみたが、正確な位置が取り難く力も入りにくいため何度も落としてしまう。四度目に落とした時には咥えて掃いてみたが、離れた箇所が掃かれるだけで自分の周りは増える一方だ。
 見た目より激しい運動、溜まる疲労に幻惑を見た。俯瞰的な立場から店回りを見ている俺がいる。当然、蔓延る羽虫が足を地につけ翅を上にしている。そのどれかの足の一本が、振動した。それは伝染し他の足、最後に翅を動かした。やがてそれらの個体全てが同じように動きだし、羽ばたいていく。透明と呼ぶには黒ずみが目立ち、黒一色にしてはあまりに薄い翅を忙しなく動かして。徐々に近付いていくそれらの大きさは俺と毛ほども違わない。同個体であるはずの俺はしかし飛び方を知らず、そのまま地へと叩きつけられる。その手前で目を覚ます。
 夏の気の揺らぎが、まだ崩れていないはずの脳味噌を溶かそうとしているかのようだった。ぐずりととろけ、何も考えずに済む、今はまだ叶わない。
 覚醒したら呼吸を忘れていた事に気付き口を開けてしまい、ぼとり、うっかり落としてしまった。こうなったらもう気に掛ける必要は無い。
 俺は口を限界まで開け、それらを放出する。体液で濡れた黒い塊が飛び出る。黒い床の上、新たな黒山ができる。少しでも楽になり、それでも咳をこぼせば、その度に歯が変化した羽虫が床に落ちる。それでも口内には残っている。
 まだ、まだだ。口の中の苦みも痒みも消えない。まだいる、まだいる、これでもまだいるのだろうか。

 黒く蔓延る羽虫の群れがある。とうとうそれよりも低くなってしまった俺がいる。
 頭の三分の一程になった体はもう黒い海に埋もれていた。やがて俺と周りに境目が無くなるのも目に見えている。
 動くたびに俺と羽虫がこすれまるで生きているような音を立てる。
 しゃわしゃわ、しゃわしゃわとそれは躍動のような音だった。耳穴が消えたはずでも音を感知したのは、脳味噌に直接羽虫が混じり始めたからだろうか。
 下半分が変化している眼球は、まだ俺の意識によって回転する。黒一面を隔てた先に久しぶりに自分の店を見た。あの常連はまだ来ている。店員はどれほど自分を保てるであろうか。
 数日前までの店員は最後まで抵抗していた。暑さとその身に起こる変化に嫌悪を抱いた。例え太陽は変わらず輝き、変化を変える事は出来なくても。俺には今もそんな気はない。
 仕事をし続けたから、休みが欲しくなってしまった。
 しゃわしゃわ、しゃわしゃわと、それは俺の動きとは別のところで鳴り始める。しゃわしゃわと、周りの黒い一面はやがて壁となり俺を囲むようになっていた。熱気も加わり揺らぐ様は一つの巨大な黒い胃袋が獲物を消化しようとするようだった。
 そして眼球は固まったように動かなくなり、下から視界が黒に埋め尽くされる。最後に、焼き付けたい光があった。だから視界にかすかでも俺は上を見る。
 羽虫ではない何かに遮られ、俺の目は光を取り逃した。
 太陽は遥か、届かない。

 天を仰げば、俺達に向けられた幾本もの細槍。
 空から竹箒が降りてきて、ようやく熱が引いていく。

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