さらし文学賞
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メール仕掛けの食卓


「黒沢が……殺されただって!」
「そんな! つい昨日の晩、電話したばかりなのに……嘘だわ! 一体どうして?」
「犯人は捕まったのか? どうなんだよ、刑事さん!」
 刑事に突然喫茶店に連れて来られた上、突拍子もなく友人の死を告げられた青木と桃井は、やはり動揺しているようだった。そしてその動揺は中学時代のクラスメイトの死に対するものというより、自らの身に危機を感じた時のそれに近いということを、刑事の勘が見逃さなかった。
「残念だが、犯人はまだ特定できていない。ただ……」
「……なんだよ?」
 昨晩未明、一人暮らしの大学生が惨殺される事件が起きた。犯行現場は被害者の自宅近くの、廃墟ビルの一室。被害状況からして、おそらく精神異常者による猟奇殺人の線が濃厚とされている。
 しかし、私にはこの事件がそんなに単純なものであるとは思えなかった。きっと何か、恐ろしい秘密が隠されている……そんな気がしてならない。なぜなら……
「事件の直前、被害者の携帯電話に、明らかに不自然なメールが届いていたんだ」

        /

「久しぶりだな。元気してたかよ?」
「珍しいじゃない、あんたから電話なんて。一体何の用?」
 中学を卒業して以来、約四年ぶりに桃井に連絡を取ったのは、不安を紛らわすために誰かと喋っていたかったからだろう。別に誰でもよかったのだけれど、たまには中学時代の悪友と昔話をするのも悪くない。
「ずっと気になってたんだよ。罰が当たって死んじまったんじゃねぇかなって」
「あたしが死んでたら、あんただってとっくに死んでるわよ」
「確かにそうだな。……青木とは連絡取ってるのか?」
「いいえ、あの事件以来なんだか気まずくって。あんたもそうなんでしょ?」
 その通りだ。あの事件があって以来、なんとなくギクシャクしてしまい、卒業してからは連絡を取っていない。青木だけでなく、桃井と四年間連絡を取らなかったのも、そのせいかもしれない。
「ところで、まさかそんなこと言うために電話してきたんじゃないでしょうね?」
「あぁ、本当はちょっと相談があってな……実は最近、誰かに監視されている気がするんだ」
「誰かって誰よ? 心当たりはないの?」
「分からないから困ってるんだよ。でもここ数日明らかに、家の周りで妙な気配を感じたり、怪しい人影がうろちょろしてるような気がするんだ」
「ふうん。まぁこれに懲りたら、二度と人に恨まれるようなことはしないことね」
「お前が言うなよ! ……まぁいいや、ありがとな」
 電話を切ると、すでに時刻は夜の十二時を回っていた。かなり話し込んでしまったらしい。しかし、おかげでずいぶんと気は楽になっていた。きっと、深く考えすぎだったんだろう。
 
 そろそろ寝ようかと思っていた時だった。静まりかえった部屋に、場違いなほど明るい音色が響く。メールの受信音だ。不意を突かれて一瞬びくりとする。
「誰だよ、こんな時間に……」
 何も考えずにケータイを、開いてしまった。それが、恐ろしい事件の幕開けになるとは思いもよらずに……
「え……? なんで……こいつから?」
 画面に映し出されたのは、あってはいけない名前だった。絶対にメールなどしてくるはずのない、あいつの名前……。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。次に本文に目を通す。そこには奇妙なことが書いてあった。
(~美味しいシチューの作り方~ まずは、具材をぶつ切りにします)
「どういう意味だ? …………ぐぁっ!」
 メールに気を取られすぎて、背後に迫る気配に気付けなかった。突然、後頭部に強い衝撃を感じ、膝から崩れ落ちる。何者かに殴られたらしい。頭を押さえながら振り返ると、部屋の窓が開いている。立ち上がろうとしたらもう一度殴打され、再び床に倒れる。
 このままではまずい。分かっているのに、体に力が入らない。俺の必死の抵抗をあざ笑うかのように、視界は徐々に重くなる瞼により閉ざされていった。

「うっ……ここは、一体?」
 気が付くと、錆びれた地下室のような場所にいた。手足は手錠で繋がれ、大の字状態で立たされている。そしてなぜか周りには、鍋がいくつも転がっている。
 とにかくこれはまずい状況だと気付き、助けを求めて声を上げた。
「だ、誰か、助けてくれ!」
 叫んだ直後だった。突然、静寂を切り裂くようなけたたましい金属音が唸りを上げる。そしてその音は、動くことのできない俺に少しずつ迫ってくる。慌てて周りを見渡すと、物陰から何者かが現れた。真っ黒な服を着て、その手に持っているものは……チェーンソーだ。
「く……来るな!」
 そいつは構わずに歩みを進め、俺の前で立ち止まった。甲高い音を上げながら高速で回転する鉄の塊を前に、息をのむ。
「ま、待て……なんでこんなこと……」
 しかし話し合いを望む俺をよそに、黒服は静かに告げた。
「今から……具材をぶつ切りにします」
 次の瞬間、黒服の振りかざしたチェーンソーが、俺の右足首を削り取った。
「ぎゃぁぁぁあ!」
 何が起こったのか理解する前に叫んでいた。突然の苦痛に顔を歪めていると、今度は左足首が床に転がるのが見える。間髪入れず、右ふくらはぎに激痛が走る。
「た……助けて、くださ……ぐぁぁぁあ!」
 左ふくらはぎ、右膝、左膝……。呆気ないほど容易く切断され、斬られる度に意識は遠のく。
 思考が途切れる寸前、最後に見たものは、黒服の顔だった。狂気に満ちた、残酷な笑顔だった。それは俺達があの日奪ってしまった、あいつの笑顔に似ている気がした。

        /

「白川京子」
 名前を出した瞬間、青木と桃井の顔から血の気が引くくのが分かった。構わずに続ける。
「老舗料亭のオーナー夫妻のもとに生まれるが、小学三年生の時に両親は事故で他界。以後七歳年上の兄とともに二人で生活。中学校入学後は、学業で優秀な成績を残していたが、三年生の時に学校の屋上から転落して死亡。遺書などは無かったため警察は事件の可能性を疑ったが、当時彼女はクラス内でいじめを受けていたため、それを苦にした自殺と断定された。……君たちの、元クラスメイトだ」
「なんで急に……そいつの名前を?」
 青木の声は掠れて、動揺を隠しきれない。
「黒沢君は死の二時間前、亡くなったはずの彼女からメールを受信している。メールにはこう書いてあった。(~美味しいシチューの作り方~ まずは、具材をぶつ切りにします。)と。そして黒沢さんの死体が発見された時、現場にはシチューのような液体が入った鍋が無数にあった。その鍋の中を調べると、人の肉体の一部とみられる大量の肉片が入っていた」
「ま……まさかそれって……」
「そう……検査の結果、それが黒沢さんの肉体の一部であると判明した」
 しばらく沈黙が流れた。二人の顔が急激に強張る。
「まさか……その女のお化けが黒沢を殺して、シチューにしちまったとか言うつもりじゃないだろうな?」
「霊などという非科学的なものは、私は信じない。どんな事件だって、論理的に考えて全て解決してみせるさ」
「ところで……このことをどうして私達に?」
「他の同級生の子達何人かにも話を聞いたんだが、黒沢君と白川京子の名前を挙げた途端、皆口をそろえて君達二人の名前を出したよ。一体、君達はどういう関係だったんだ?」
「…………」
 急に黙り込む二人。何とも分かりやすい。やはり、何かを隠している。事件解決のためにも、何とか聞き出さなくては。
「教えてくれないか? そうすることが君達の命を守ることに繋がるかもしれないんだ」
「それは、その……」
「知らねえよ。なぁ? 桃井」
「しかし……」
「知らねぇつってんだろ! 行こうぜ桃井。」
「お、おいっ! ……全く、もし不審なメールが来たらすぐに知らせるんだぞ! いいな!」
 やはり、簡単には聞き出せそうにない。こうなれば自分で調べるしかないだろう。手掛かりを得るために、ひとまず喫茶店を後にする。

       /

 喫茶店からの帰り道、私は焦っていた。さっきのあの刑事の話……。このままでは、真相がばれるのも時間の問題かもしれない。それはとてもまずいことだ。でもそれ以上に今は、得体のしれない相手に命を狙われているかもしれないことの方が怖い……。
「やっぱり、あの刑事に全てを話すしかないわね……」
 そう考え、ケータイに触れた時だった。ケータイが震え、メールの受信音が耳に届く。まさか……
 恐る恐る画面を開くと、目に飛び込んできたのは、恐れていた「白川京子」の文字。心臓が跳ね上がる。そして本文には、こう書いてあった。
(~美味しいミートスパゲティの作り方~ まずは、麺を沸騰したお湯で茹でます)
 背筋が凍りつく。早くあの刑事にこのことを伝えなければ、私はミートスパゲティにされてしまう……。
 そこですぐに連絡をすればよかったのかもしれない。しかしその時、メールに添付ファイルがあることに気付いてしまった。見たら絶対に後悔する。分かっていたのに、私の体は私の意思をあっさりと無視し、気付いた時には指をボタンの上に置いていた。
「きゃあっ!」
 思わずケータイを放り投げ、尻餅をつく。
 添付ファイルは画像だった。薄暗い場所に、白っぽい液体が中を満たした鍋が点在している。よく見るとその中には、人の手や足の指ような物が浮いている。
 それがぶつ切りにされた黒沢だということは、すぐにわかった。なぜならその無数の鍋が転がっている部屋の隅に、あったからだ。目をひん剥いたまま硬直した、黒沢の生首が。

 その場から逃げようと立ち上がった時には、すでに遅かった。何か硬い物で後ろから殴りつけられたと思ったら、次の瞬間には身動きができないほど狭く、真っ暗な場所にいた。おそらくドラム缶か何かだろう。しかも裸で、肩の位置まで水に浸かっている。
 気を失っている間に運ばれ、ここに入れられたらしい。外に出ようとしたが、上には蓋がされていて、びくともしない。完全に閉じ込められているようだった。
「ここから出して! お願いだから!」
 何度も何度も、必死に助けを求めた。だが、全く応答はない。誰もいないのだろうか。
 叫び疲れ、助けを呼ぶ声が途切れた時、こちらに近づいてくる足音があることに気付いた。慌てて耳を澄ます。しばらくすると足音は止み、代わりに別の何かが音を立て始めた。物が燃える音のようだ。そして、缶の外から何者かの声が静かに響く。
「今から……麺を沸騰したお湯で茹でます」
「お願いだからここから出して! 悪かったから!」
 それからは外部の声は聞こえなくなったが、必死に懇願を続けた。茹でると言われてから何も変化がないのは不思議だったが、気にしている場合ではなかった。
 しかし、すぐに異変に気が付くことになる。足の裏がやたらと熱いのだ。そこでやっと悟った。燃やされているのだ。この容器ごと、私の体を……。
「助けて! もうわかったから! 謝るから!」
 応答はない。その間にも容器はどんどん熱され、私の体も熱を帯びてゆく。すでに足の裏は、皮がほとんど剥がれてボロボロになっている。
「もうやめて! お願いだからここから出して!」
 やはり返事はない。暑いだけでなく、密閉されているため息も苦しい。何とか外に出ようと蓋を引っ掻いているうちに、指の爪は全て剥がれて、手は血まみれになっていた。
「助けてください……助けてください……助けてぇ…………」
 もはや頭がぼうっとして、何も考えられない。助けを求める気力さえなかった。
 薄れゆく意識の中で思い出していたのは、なぜかあの日のことだった。放課後の学校の屋上。逃げ惑う白川京子の姿……。包丁を持って追いかける、青木と黒沢、そして私……。その時、白川が突然視界から消える。それを合図に、わずかに残っていた私の意識も消え去った。

       /

 再びあの刑事から、昨日の喫茶店に呼び出された。正直面倒だが、行かないわけにはいかない。何か聞かれたとしても、また白を切り通せばいい。ケータイをポケットにねじ込み、出かける準備をする。
 喫茶店に着くと、すでに刑事は待っていた。桃井はいないので、今日は俺一人のようだ。
「今度は何の用すか?」
「実は、桃井さんが行方不明になった」
「えっ……?」
 全く予想外の展開だった。警戒心が一気に高まる。
「彼女のことは現在捜索中だが、最悪の事態も覚悟しておいた方がいいだろう」
「そんな……」
「それから、君達の関係も少し調べさせてもらった。……白川京子のことをいじめていたのは、君達だったんだな」
「それは……」
「別に責めている訳じゃないんだ。いじめなんてこう言っちゃなんだが、中学生ぐらいではよくある話だ。しかし、問題はそこじゃない。ここからは私の推測にすぎないが……白川京子は、君達が殺したんじゃないのか?」
「なっ……」
 まさかの質問に、何も言い返すことができない。黙っていると、刑事は追い打ちをかけてきた。
「私はこう考えている。白川京子が亡くなった日、君達は彼女を学校の屋上に呼び出しいじめていた。その時に、不注意で彼女を屋上から転落させてしまった。違うか?」
「……覚えてない」
「いい加減にしろ! これは君の命に関わることなんだ! ちゃんと答えて……」
「覚えてねぇもんは覚えてねぇんだよ! 俺は何も悪くねぇ!」
 我慢の限界だった。とにかく、この場から逃れたい。席を立ち、そのまま出口に向かう。
「おい待て! 今一人になるのは危険だ!」
 店を出て振り返ると、刑事は代金を払わされている。間抜けな刑事を横目に、無我夢中で走り出した。



 刑事の奴は追ってこない。どうやらうまく撒くことができたようだ。手を膝につき、肩で息をしていると、ケータイが鳴った。どうせ刑事からのメールだろうと何の気なしに画面を開き、ケータイを落としかけた。……白川京子からのメールだ。
 かなり躊躇したが、そのままにしていても仕方がない。意を決し、添付ファイルを開いてみる。
 添付されていたのはなんとも不気味な画像だった。真っ白な床の上に、真っ赤に膨れ上がった人間の体が横たわっている。桃井の死体だった。全身の皮膚はほとんど剥がれ、体中にスパゲティの麺のようなものが絡みついている。よく見ると、全身に褐色の液体が付着していた。ミートソースにも見えるが、皮膚が剥がれたところから染み出した血液が固まったもののようでもある。見ているだけで吐き気を催した。それでもなんとか自分を奮い立たせて、本文にも目を通してみる。
(~美味しい串焼きの作り方~ まずは、食材を串に突き刺して焼きます)
 どうやら、木材か何かを突っ込んで焼くつもりらしい。考えただけ足が震え、立っていることさえしんどい。しかし、今回はこれで終わりではなかった。下へスクロールすると、まだ文が続いていたのだ。
(今すぐ、お前の家の隣にある公園に一人で来い。さもなければ、お前の犯した罪は白日の下に晒される。刑事にこのことを知らせても同じだ。)
 正直、どうするべきか悩んだ。不審なメールがあれば連絡しろと言った、刑事の顔が頭に浮かぶ。連絡を入れるべきなのだろうか……。しかし、やはり俺はあの出来事が親や友人に知られることの方が怖い。もし知られたら、俺の人生は終わりだ。
 刑事には言わないで公園に行こう。もし犯人が現れたら、土下座でも何でもして謝ればいい。決心を固め、今にもすくみそうな足で一歩一歩、自宅への道をゆっくり歩みだした。

       /

 昔京子から貰ったお守りを手に、あの男を待っている。京子の未来を、夢を奪った、憎きあの男を。奴を殺せば、復讐も終焉の時を迎える。待っていてくれ、京子。
 しばらくすると、あの男がのこのことやってきた。刑事がついてくる事態も想定していたが、周りにそれらしい気配はない。それに、奴のあの尋常じゃない怯え方からも、一人である可能性が高い。殺されるのが分かっていて一人で来るとは、そこまで己の名誉が大事なのだろうか。どこまでも腐った奴だ。
「ちゃ……ちゃんと一人で来たぞ! どこにいるんだ!」
 金属バットを持ち、隠れていた物陰から出る。すると奴は、俺が言葉を発する前に両手をつき、額を地面にこすり付け始めた。
「ごめんなさい! 悪気はなかったんです! ちょっとふざけて追いかけたりしていたら、なんか足を滑らしたみたいで……」
「京子が勝手に足を滑らして落ちたと言いたいのか? 自分達がしたことを棚に上げて、よくそんなことが言えるな!」
「すいません……本当に反省してるんです……」
「……京子がいじめられていたのは、俺も知っていたんだ。でも京子は、絶対にいじめなんかには負けないと言った。だから、自殺なんかするはずがなかった。……京子にはな、夢があったんだ!それなのに……」
「許してください! 反省してますから! 何でもしますからぁ!」
「…………もういい」
 話しても無駄だ。こいつは人間のクズだ。本来ならこれまでの二人のように不意打ちして始末する予定だったのに、わざわざ呼び出したりしたのは、すでに十分な改心をしていて、或いは京子に対する謝罪の言葉を聞けるのではないかと、どこかで期待していたのかもしれない。それなのにこの男は、この期に及んでも口を開けば自己保身だ。こんな奴に……こんな奴に京子は!
 無意識のうちに、バットを高く持ち上げていた。そして、目の前で土下座をしている男の頭に向けて振り下ろそうとした時、後ろから鋭い声が飛んできた。
「もうやめろ!」

       /

 何とか間に合った。青木が家に帰ったのではないかと思い、とりあえず彼の自宅近くでうろついていたところ、ちょうどこの現場に遭遇した。まさに、間一髪だった。
 犯人は、二十代後半程の痩身の男だった。真っ黒な服を着て、キャップを目深に被っている。彼は止めに入られたことで観念したのか、腕を力なく下げ、苦虫を噛み潰したような顔で立ち尽くしている。
「白川祐介さん……ですか?」
「……やっぱり、ばれちゃいましたか」
「京子さんの遺品の携帯電話がまだ解約されてなかったと知って、そうじゃないかと思ったんです。携帯電話は、お兄さんの元にあるようだったので」
「そうですか……残念です。あと少しだったのに」
「彼をどうするつもりだったんですか?」
「口から鉄柱でも突き刺して、火の中に投げ入れてやろうと思ってました」
 祐介の言葉を聞き、情けない悲鳴を上げる青木を無視し、彼に歩み寄る。そして世の中の不条理に心を痛めながら、ゆっくりと手錠をはめた。
「白川祐介、現行犯逮捕」



 白川祐介の逮捕から二週間が経った。桃井の遺体は発見され、多くの事実も明らかになった。
 青木も少しは反省したのか、白川京子の死の真相を全て語った。彼と桃井、黒沢の三人は、中学三年生に進級後間もなく、京子に対するいじめを始めた。きっかけは、美人な上に成績もよく、クラスの人気者だった彼女を、ぶっ壊してやりたいと思ったからだという。彼女の私物を隠したり悪口を言ったりという普通の嫌がらせは、次第に「料理人になり実家の料亭を継ぐ」という彼女の夢を冒涜するような内容に変わっていった。例えば、「そんなに料理が楽しいなら俺達にもやらせろよ」と、彼女を冷蔵庫に閉じ込めたり、トイレに入っている彼女に上から小麦粉を被せたり……。事件の日もいつもと同じように、包丁を持って怯える彼女を追いかけ回していたらしい。その時に彼女が足を滑らせ転落した、というのが死の真相のようだ。
 祐介は妹の自殺が信じられず、独自に調査を続けた結果真相に辿り着き、何ヵ月もかけて復讐の準備をしていたようだった。京子のケータイからメールを送ったのは、ちょうどケータイの中に三人のアドレスが入っていたから。料理工程になぞらえて殺害したのは、料理が好きだった彼女への弔いと、三人に妹が感じた恐怖を味わわせてやりたかったかららしい。
 終わってみれば、霊だのなんだのというものは全く関係のない事件だった。やはり世の中には非科学的なものなど、ないのだ。
 そんなことを考えていると、不意にケータイの着信音が鳴った。同僚からの電話だ。
「もしもし! 白川祐介の件だが……」
「どうかしたのか?」
「落ち着いて聞いてくれ。ほんの数分前まで、俺は白川の取り調べを行っていたんだが、取り調べの途中、目の前にいたはずの白川が突然、手品のようにパッと消えてしまったんだ」
「お前、何言ってんだ?」
「本当なんだ! こちらも何が何だか分からず大混乱で……しかも、おかしいことはそれだけじゃないんだ」
「……何があったんだ?」
 妙な胸騒ぎがする。
「実は白川が消えた後、彼が座っていた場所にケータイが落ちていた。中には受信メールが一件あって、本文の他に画像が添付されていた。本文には、(~美味しいとろろの作り方~ まずは、山芋をすりおろします)と書いてあった。そして、添付画像には、鉄柱のようなものが刺さった、真っ黒に焦げた物体が写っていたんだ。黒い物体が何なのかはまだ分かっていないが……正直、俺にはこれが人のようにしか見えない。なぁ、これってまさか……」
 会話の途中で、急に電話が切れた。何度かけ直そうとしても繋がらない。
 突然、メールの受信音が鳴った。同僚かと思ったのだが、ケータイの画面に映るのは、全く覚えがないアドレスだ。
 まさか、このアドレスは……いや、そんなことはあり得ない。犯人は白川祐介で間違いない。霊などというものが、この世にいるはずがないのだ。なのに、この胸騒ぎはなんだ? 指が震えて、ボタンを押すことさえままならない。その時だった。ケータイが痺れを切らしたかのように、勝手に動き始めたのだ。
 動画が再生されている。映っているのは薄暗い部屋のような場所だ。非常に閑散とした場所で、広い部屋の中央に山のようなものが見える以外、何も見当たらない。映像は部屋の中を一通り映した後、しばらくすると徐々に中央に向かい、その山のようなものをアップで映し出した。
 これは、一体なんだろうか? 赤っぽい色をした、ペースト状のもののようだが、今までに見たこともないものだ。しかも、所々に白い粒のようなものも混ざり、なぜかてっぺんにはお守りが乗っている。
 訳も分からずにしばらく見つめていたのだが……見えてしまった。
 うず高く積まれたペーストの山の中腹あたり。山の真後ろから片目だけ出してこちらを窺う、真っ青な顔の少女を。
 少女はその大きな目をぎょろぎょろと動かし、何かを探しているようだったが、画面の外にいる私と目が合うと、目元をふっと緩ませた。
「うわあぁぁっ!」
 思わずケータイを地面に落とす。全身が一気に総毛立ち、腰は抜けて立っていることもままならない。
 傍らに落ちているケータイに目をやると、画面はすでに変わり、先程とは別のものを示している。何か文章が書いてあるようだ。
 恐る恐る覗き込もうとした時だった。前方から「ふふふっ」という小さな笑い声が聞こえ、慌てて顔を上げる。
 その瞬間、私は凍りついていた。目にしたものは、正面の電柱の陰からこちらを窺う、真っ青な顔。整った顔立ちの少女が、包丁を片手に舌なめずりをしている。彼女の目と、再び視線が合う。
 目を逸らしたのが間違いだった。視線を戻した時には、彼女は私の目の前に立ち、狂気に満ちた残酷な笑顔で見下ろしていた。
「ぎゃあぁぁ! たっ、助け……ひゃあ!」
 もはや正気を失い、言葉にならない声を発している私に、彼女は弾んだ声でこう言った。
「さぁ、美味しい料理を作りましょう」

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