さらし文学賞
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空から、雪が降ってきた。
いや、埃だ。綿埃。しかも、正確には空ではない。穴から埃が降って来た。
私の頭上には、ずっと昔から大きな黒い穴があいていた。直径一メートルほどで、真っ黒で何も見えない。ただ平坦で、しかし奥深い黒い穴があった。
穴はいつもあった。小さい頃から、今も。部屋にいる時も、街を歩く時も、教室で授業を受けている時も、穴はついてきた。走っても走っても、私の頭上を離れない。たまに穴を見つめるけど、表情も変えないままただそこにある。
たまに、穴の中から人が出てくる。男が一人。肩から上だけぬっと出てくる。黒目、鼻の穴、口は真っ黒で、その穴と同じように黒い。白目はない。七三分けの髪に、深い緑色のセーターを着ている。下は分からない、出てこないから。顔色は悪く、生気はない。へたくそな絵のように立体感のない、平面的な顔の男。年は分からない。それほど老けてはいないが、疲れた顔をしている。
男は話す。私にいろいろな話をする。たまに、何の言葉か分からない、というか言葉にすらならない音を発するけど、私は無視する。分かるところだけ返すようにしている。
穴は私にしか見えないようだ。男も見えないし、男の声も聞こえない。でも、落ちてきた物は見える。だから、皆怖がる。
それで、そう、埃が降ってきた。穴からは、よく物が落ちてくる。今日は埃だったけど、普通の物も落ちてくる。エンピツ、みかん、野球のボール、コオロギ、革靴、唐揚げ、砂。何でも落ちてくる。見たこともない生き物も落ちてくる。いつかお金が降ってこないか期待しているけれど、そう都合よくいかない。お金が降ってきたら、どこか旅に行こう、そうしよう。
「おーい、暴れんな」
呼びかけても、返事はない。埃はよく落ちてくる。
今は登校中で、私が歩くと穴もついてくる。正門が見えた。頭とマフラーに落ちた埃を払う。だんだんおなか痛くなってきた。

「だから暴れんな」
教室でも、埃まみれになりながら呼びかける。さっきより埃は増えている。掃除めんどくさいじゃん。
今は授業中で、教室はチョークが黒板を打つ音、シャープペンのさらさらいう音がみちている。誰も話さない。人は黙ってノートに向かっている。先生も黙って黒板を白く埋めていく。
誰も私を見ない。人は私を怖がっている。人には穴が見えないらしい。ちなみに私はクラスメイトを「人」と呼ぶ。人は私のことを見て見ぬふりをする。
「もう、埃やめてよー」
上を向いて言ったら、口に綿埃が入った。ぶうぇー。
「山口さん、し、しずかにしてください」
 先生は黒板を埋める作業をやめて、こちらに向き直って私に言う。できるだけ目を合わせないようにしている。私は手を挙げて、
「先生、埃がひどいので注意します」
正当な主張。先生はうつむいて、また作業に戻った。人はノートを黒く埋めている。
「さっきより悪化してんじゃねーか」
埃は止まらない。

次の時間には、男が出てきた。先生は変わったけど、人たちは変わっていない。先生は黒板を白く、人はノートを黒くする仕事に忙しい。
「ごめーん」
男が出てきた。男は穴から上半身を出しているので、宙づりになっているように見える。私も上を向いて返事をした。
「ごめーん、じゃない。めっちゃ汚れたし」
「ちょっと探し物してて」
男の顔は相変わらず死人のようで、土気色をしている。声にも表情はない。
この会話は人には聞こえていない。だから、私は教室で天井を見上げて独り言を言っているようにしかみえない。しかも、空から何か降ってくる。そりゃ怖がる。またおなか痛くなってきた。
「探す物なんかあるのかい」
「あるさ」
「どうせくだらん物だろうに」
「くだらん言うな」
すると男はピロピロピロピロと音を発しながら穴へ戻っていった。小学生の頃持っていた防犯ブザーの音にそっくりだった。
もう誰も私を注意しない。いつものことだから。男が帰ると、またおなかが痛くなってきた。
「先生、おなかが痛いので保健室に向かいます」
まっすぐ手を挙げてはっきりと言った。先生は一瞬手を止め、またすぐ文字の羅列を書き始めた。きっと承認の合図。私は荷物をまとめて、帰宅の準備をした。保健室なんて、行かないよー。

学校は好きじゃない。皆ノートと黒板しか見ていない。私を見ない。お互いを見ない。誰も話さない。気持ち悪いの。いやだもん。帰る。

でも、学校に行かないわけにはいかなくて、結局次の日も来る。同じ通学路。歩いて十五分。黒い穴と一緒に。今日は何も降ってこない。
「おーい」
男はいつも返事をするわけではないから、私は一人。黒い穴の周りには冬の高い空が見える。私はこれまで一度だって上空一面の青空を見たことがなかった。

おなか痛い。
男も出てこないし、何も降ってこない。ふざけんな。埃以外に何かあるだろ。お金お金。そのお金で知らない国に行く。私の事を知ってる人がいない所に行く。なんとなく希望を求めて。でも言葉が通じないや、どうしよう。通訳つけたら、多分予算が足りない。
そんなこと考えていたら、午後になった。
教室は相変わらずで、男も出てこなかった。
「ねえ、ひまー」
穴に向かって呼びかけても、返事はない。
「なんだよー、相手にしろよー。つまらん」
ついでに、ばーかって小声で言った。すると、小さな声が聞こえた。小さすぎて何と言っているか聞きとれない。あ…、あ…。それだけ聞こえる。しかも上からじゃない。横。私の左隣。
座っている人。眼鏡をかけた、小柄な男の人。クラスメイト。私は初めて顔を見た。もう半年以上この席に座っているのに、隣の席の人を見たのは初めてだ。誰だ。人たちの一人に過ぎない人。
「あ、あの……」
人は私の目を見たり、うつむいたりもじもじしていた。よく分からん。仕方ないから、人をじっと見る。
「あの、さ……。静かにした方が。じゅ、授業中だし」
どうやら注意したかったようだ。
「それは、すみません。黙ります」
先生以に注意されたのは初めてだった。皆私を怖がって話しかけなかったから。この人は怯えながら私に話しかけた。もう一度その人の目をじっと見るけど、反らされた。顔を真っ赤にして、ノートを埋める仕事に戻った。
風が吹いた気がした。私は人をじっと見ていて、時間が止まっていた。
「おおおおお、おおお」
次は上から声がして、我に返った。穴から男が出てきて、何か言っている。
「おおお、おおおっお、おおおおっ、おお」
またよく分からない音の羅列。最近、通じない言葉が多くなってきた。
「いきなりなんだよ。変な声出さないで」
「おおおっおお、おおお」
だんだん穴に消えていった。声は聞こえなくなった。また、部屋は静かになった。

今日の通学路は短く感じた。ずっと考え事をしていた。目に浮かぶのは、隣の男の人の黒い目。一瞬合った目。久しぶりすぎる感覚に戸惑っている私がいて、その私を不思議に思う私もいた。
教室に入ると、朝から人たちは机に向かっていた。まだ授業まで時間はあるのに、席はすべて埋まっている。
席につくと、隣の人も必死に数学の問題を解いていた。一瞬だけ視線をこちらに向けて、またあわててノートに戻した。
久しぶりに、誰かに話しかけようと思った。小さい頃から、私は皆に怖がられていたから、誰でも話しかけると逃げていった。いつもひとり。最近は誰にも迷惑をかけないよう、ひとりでいた。でもつまらないから、穴の男とはなすようになる。
あれ、どっちが先だっけ。私がひとりになったのが先? それとも穴が出来て男がやってきたのが先? いつから穴があったのか、もう思い出せない。
今日はおなかも痛くないし、調子がいい。男も現れない。左の人に話しかけてみる。
「昨日は失礼しました」
お辞儀すると、左の人はびっくりしてシャープペンを落とした。
「あわっ、は、はい、すいませんでした昨日は」
人は目を合わせてくれない。やっぱり私はだめなんだな。うわー。
久しぶりの切なさを味わいながら、教科書を机に入れた。どうして声なんかかけたんだろう。調子のんな、私。
「あの、気にしないでください、別に」
左の人からレスポンス。今度は私がびっくり。
「ずっと気になっていたもんで、はい。山口さん、昨日埃まみれだったから」
「それは私のせいではないです。これのせい」
私は人差し指で上を示した。彼は「はははは」とひきつった笑顔で笑うしかなかった。
 あ、またやっちゃった。周りの人に穴は見えていないのに。完全に引かれたよ、これ。反省。
でも彼は強者だった。
「山口さんって、面白いですね……。あ、別に変とかそういう意味じゃなくて、まあ、確かにちょっと変わってる所はあるけど、でも、それも個性っていうか、ほら、ここにいるような人とは全然違うよねって話で、僕は全然悪いと思わないし、他の人はどう思ってるか分からないけど、僕は面白いと思うし、山口さ」
「よくしゃべりますね」
沈黙。またやっちまった。
彼は変な人だな、と思った。私と積極的に関わろうとするのは、そうとう変わり者だと思う。私が言うのもなんだが。彼の目を見ると、彼も私の目を見た。他の人の目に、今私が映っていると思うと不思議な気分になった。
「私の目を見て、怖くないんですか」
気になって聞いた。彼は相変わらず顔を真っ赤にしていて、困った様子だ。でも、ゆっくり答えた。
「怖くなんてないですよ、全然」
予想外の返事。
「あなたはきっと変です。おかしいです。私が言うのだから間違いない」
そう、変な人。彼はまた仕方なく笑って、すみません、と言った。
ふと上を見上げると、穴がすこし小さくなっている気がした。今日は何も降ってこないし、音も聞こえない。
「上の人、出てきません。どうしたのでしょう」
「いや、どうしたって言われても……」
もう穴の男は現れないのだろうか。また穴が小さくなった。
「でも、あなたが話してくれるなら、いらないかもしれない」
私は彼の目をまっすぐ見て言った。こんなに簡単に人を信じていいのだろうか。私には分からないけど、久しぶりのこの感覚にもうすこしだけ流されていたい。
彼はもっと顔を真っ赤にして、シャープペンを置いた。
「はっ、はい。もう少し話しますか」
私はうなずいて、すると授業のチャイムが鳴った。
もう空からは何も降ってこない。もう穴はほとんど見えなくなっていた。

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