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さらし文学賞
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上へ行く

 空からぱんつが降ってきた。正確に言えば、ショーツとかパンティとか、つまりは女性用下着のことである。俺がちょうどエレベーターから降りてきたところで、頭の上に落ちてきたのだ。頭に乗っかったぱんつはほんのり暖かかった。うは。やった。これは幸先いいや。白い生地に小さな赤いリボンの刺繍が施されている。うん、なかなか可愛いじゃんか。その可愛い感じがこの真っ白なぱんつを希望に見せる。いいね。希望だって。そんなものがまだここにあったんだ。というか、まだ俺に希望なんてものが見出せるんだ。俺すげー。気付くと自分ながら異常に気分が高揚していた。テンションが高いのはいつものことだけど。うははははは。まあせっかく落ちてたんだからしかたないそのままポケットにしまっておくのとか放っておいとくとかしたって面白くないから、うん、せっかくだから被ってしまおう。思い切って被ってしまうと、案外いい感じに収まった。明らかに俺の頭には小さいが、そこんとこゴムの締りが気持ちいい。おう。これはまた、別の次元の扉を開いちまったぜベイビー。
 エレベーターとかいう立派な名前に負けた木箱から降りた先の世界は大して下の世界と変わらない。何もない地面が彼方まで広がっているだけ。ほうほう。所詮そんなものか。汗と血と涙と苦痛にまみれた俺の苦しみの結末はこの通り、やはり不毛な世界なのである。下の不毛な世界と変わりないように見えるのは、この世界も下の世界となんら変わりないからであるのに違いない。俺のような人間が目指さねばならない唯一の道が上の世界へ行くことなのだから、まあつまり俺は目指すとこ一歩をまたゴールに向かって踏み出したわけである。っても、ゴールなんてあんのかよ。とか、ツッコミたくなる。
 ぱんつを被ったまま看板の指示通りに道なき道を歩いて行くと、数百キロメートル先に(と看板に書いてある)アラビアンな宮殿が蜃気楼っぽく歪んで見えるが、それが蜃気楼で歪んでいるのではないことくらいは知っている。ここから引き返して適当にブラついて遊ぶのも手だろうが、ブラついたって何か発見がある世界じゃないし、それに最終的に慢性飢餓状態に陥って何も出来なくなることくらい容易に想像がつく。俺は下の世界から這い上がれぬあのウスラトンカチとは違うしあのヘッポコピーなんかとも違う。よし。甘んじて労苦を噛みしめようじゃないか。それこそが我が人生、とかって。うははははは。なんでやねん。
 鼻歌を口ずさみながら道なき道を数百キロメートル歩くと宮殿の入り口である巨大な門に辿り着く。装飾こそは綺麗だが、綺麗なものにこそ毒も棘もある。ほら。綺麗なものって、つまりは綺麗じゃないものが求めるものだし。あ。だからここは綺麗なのか。と思って俺天才と思うが、天才である必要はないことを知っているし尚更哲学的な考えこそがここでの綺麗なことに含まれてしまうのだからつまり俺は綺麗ではない。俺は汚い。知ってる。うははははは。なんでやねん。うははははは。
「おい貴様」
 下にいたときと同じような顔の獄卒が門番の恰好で、巨大な鉄棒を持って宮殿の前に立っていた。俺をひと目見るや鬼の形相で大声を張り上げる。奴らの地声は異常に大きい。
「下から来た奴か」獄卒は俺が被っているものを見て言う。「なんだそれは」
「へえ、ぱんつでさ」俺が笑って答えても獄卒はあるのかないのか分らない表情を変えない。
「そんなことはわかっている。何故被っているのだ」
「実はですねえ」特に理由があるわけではないが、俺は天才であるからして、正直なことが言えない。生まれながらにして罪な存在なのだ。「ぱんつを被ると頭がよくなるんですわ」
「ほう」
「まずこめかみにある太陽穴と頷厭、耳朶上の浮白と角孫、そして後頭部の脳戸と玉枕と強間が刺激され、それはもう頭がぼおっとするほどに気持ちがいいのです」
「どれ、俺にも貸してみろ」
 獄卒が俺の頭からぱんつをひん剥いて自ら被ると、ちょうどぱんつの足を出す部分から飾り程度に生えている角が見えてしまい、俺は笑いを堪えるのが辛くなる。とはいえ、辛いのは得意なので俺は黙っていられる。仕事はきっちりするが知恵の足りない獄卒は本当に莫迦だからあまり面白みがないが暇つぶしにはなる。気分も感情も思慮も遠慮も持ち合わせぬ獄卒は得意そうな顔さえしないで相も変わらず鬼の形相のままぱんつを被っている。
「で、鬼子さん。俺はここに入るのですかい」俺が目の前の綺麗な宮殿を指差すと、獄卒は頷く。
「ああ、だがまだ開門の時間ではない。待っていろ」
「さいですか。どのくらいかですかね」
「明日には開く」
「ほほう。そんなら、ここで待たせてもらいますわ」
 そうして宮殿の素晴らしい彫刻にもたれかかって俺は座って天を仰ぐ。不毛なこの世界に太陽なんてものはないのだが、それならばどうして視界が存在するのかわからない。ただ不毛な大地に不毛な天に不毛な気持ちと不毛な身体を以って不毛な未来へ猪突猛進するしかない。俺はそれを何年も繰り返してきたわけだが挫折はしなかった。と思うとやはり俺天才と思える。うははははは。明日開くということはあと三年ほど待つということだ。大したことじゃない。一日程度飲み食いしなくても酷い飢えにはならないし、っていうか、そもそもここ一か月は何も食べてない。それに加えてもう寝るのを止めたのだから、寝不足の変なテンションも相俟って俺は今とても気分がハイなのだ。誰にも俺を止められない。俺も俺を止められない。うははははは。
「貴様が言うほどの効果は得られそうにないな」
 俺が座るや否や鬼の形相で獄卒は俺に被っていたぱんつを頭から外した。獄卒の頭には環状にゴムの跡が残っており、また俺は吹き出しそうになる。
「そうでしょうとも。それは頭のいいお方には通用しないのです」
「ほう」驚きもせず鬼の形相で獄卒は俺を見る。
「ええ、頭が頑丈で硬くて大きくて歪な貴方様には通用しないのです」
 獄卒は少し何かを考えるような仕草を鬼の形相でするが何がお前にわかるってんだばーかと俺は微笑みながら悪態をつく。結局獄卒は俺にぱんつを投げる。俺は顔面で受け取って、ゴムの伸びたぱんつをもはや被れないことを残念に思いつつポケットに仕舞う。
 それから随分経った。もともと食べていないことも含め、急激に飢えと渇きに襲われた。俺は死にもせず飢餓に悶え苦しみのたうちまわって過ごすがテンションは変わらずにいる。いつか下の世界で教わったように自分の腕を刺して出た血を飲んだり剥いだ肉を食べたりするのだが、自分で自分を削るのは当然神経を分断するのだから苦しみは飢えから身体的なものへと移行するだけである。辛いのは得意なので、まあ別段どうということでもないし、俺としては飢えよりは痛いほうがいい。落ちていた石を割って尖らせて自分の左上腕(肩から肘までの部分)の内側に突き立てる。思い切りに欠けるが、次第に肉を割いて行ったほうが傷が深くならないで何度も利用出来るからそうすることにしている。徐々に腕に突き立てた石に力を入れていき、それに伴って徐々に突き立てた肌の一点が沈んでいく。適当な力の時に石をすっと引くと、ぷちと肌が裂けて傷口が開く。俺は当然人間のあらゆる器官の位置を把握しているので出血の加減くらい容易にコントロール出来る。故に大量の出血をさせてみると、だばだばと腕から出血し始める。もったいないから俺はすぐ自らの左腕に吸い付いて、出てくる血という血を飲んで飲んで飲んで飲んで飲み尽くすと、若干の貧血を体感して寒気に身が震える。が、出血は止まらないので放置しておく。渇きが癒えると、次に飢えが抑えられなくなってくる。だばだばと未だ出血の止まらぬ傷口にまた石を突き立て、今度は尖端を押し込んで抉り肉をめりめりと剥いでいく。慣れてしまえばかさぶたを剥いでいくプラス激痛みたいな感じだ。左腕のとうに黒ずんでしまっている腕に中身のピンクな筋組織とか赤みを帯びている白い骨だとかが表出すると、俺はそこからまず周りの脂肪を吸うように食って、表皮を上手く残して皮膚を食って、筋組織を引っこ抜いて食って、骨にまとわりついた肉を食う。食う。食う。食う。ああ。旨い。いや、こんな状況でなければお世辞にも旨いなんて言えないんだろうけど。やっぱり自分の肉くらいは旨いと言いたい。うん。旨いっ。が痛いっ。うははははは。激激激痛痛痛いっ。が旨いっ。うははははは。上腕だけ食べきってしまうとだらんと垂れた左腕は骨のみで前腕(肘から先のほう)をかろうじて繋ぎ止めている。この世界で腐敗が存在するのかどうか知らないけど、もったいないから念のために食べておく。もはや痛みも何も感じなくなってしまった前腕は、今では左腕ではなくなった付け根の部分がじんじんと痛むを楽しみながらだが、美味しく食べられるだろう。そして美味しく食べられると思っていると、その味は酷く不味かった。とはいえ全て食べきった。俺は不味いものを食べるのも得意であるので、大した苦にはならない。俺には得意なことが多いのだ。
 それから随分経った。気付かぬ間に陥った昏睡から目が覚めると、俺は生きていた。いや、生きてはいない。というか、この世界でもやはり死ねない。ずっと昔医者をやっていたころを生きていた、と言うなら、やはりここは地獄で俺は死んでしまった、と言えるに違いないが確証はない。何せほとんど記憶が曖昧になってしまっているのだ。知識は残っているが、膨大な時間が記憶をだんだん消去していく。やはりここは地獄に違いない。場所がどうであれ、こういう状況を地獄と言うのだ。左腕も、その後貪り食った右腕右脚左脚ありとあらゆる身体のパーツは一応もとに戻っていた。動かせる。俺は立ち上がった。
 獄卒は相も変わらず宮殿の前に立っていた。俺の俺を食う姿を見ていたのだろうか、見ていたとしても獄卒は何も感じないに違いない。鬼の形相で立っているだけである。残念だ。そこのところの面白味を彼らは感じないのだ。
「ちょいと鬼子さん。開門まであとどのくらいですかね」
 俺が尋ねると、獄卒は真っ暗な天を仰ぐ。「もう開く」
 彼らの「もう」は俺のしばらくであるが故、宮殿の素晴らしい彫刻にもたれかかって俺は座って天を仰ぐ。ちょうど同じことをした覚えも既視感もあるのだが、そんなことは死を知らずに何兆年も生きていれば当然のこと、生きるということはルーチンワークに他ならない。
 しばらく経つと、微動だにしなかった獄卒が動いて巨大な門を押す。その巨躯にしたって不釣り合いなほど巨大な門だったのだが、押して開いていく様を見ていると俺でも開けられるのではないだろうかという考えに至るがそれでは簡単に逃げられてしまうじゃないかつまりこれは内から開けるのには難しいのだ。中から俺みたいな奴らが出てくるのかと思いきやそうでもなかった。中は深い闇に覆われていた。暗闇地獄か。しかし、それなら俺の得意分野である。だから、きっと違う地獄になっているのだろう。苦痛とはそうでなくてはならない。
「行け」獄卒は顎で闇を指し示す。
俺は黙って従いその先を歩いていくが、興奮が冷めたわけではない。しかし、別段期待しているわけでもない。
 俺が入ってから門が閉められ、闇ばかりが広がった。閉められてから気付いたが、ここは息苦しくて暑い。何も目印や案内はないが、真っ直ぐだと思うほうへ真っ直ぐ歩く。暗くて何も見えないのだが、俺の頭の中では煌びやかな彫像や装飾に囲まれた大理石の廊下を歩いていた。その真っ直ぐ伸びているはずの廊下の途中で、突然何かに顔面をぶつけた。ぶつけてから少し時間を空けてぶつけた顔面がひりひりと痛んだ。それから暑いは熱いに変わり、視界がぱっと開けると、眼前にあった壁は鉄板で、じゅうじゅうと蒸気を発して熱を発していた。
「貴様の犯した百八の罪の内、殺生、窃盗、邪淫、飲酒、妄語、邪見、犯持戒人、父母殺害を贖う機会を与える」さっき会った獄卒とは違う獄卒が背後に立っており、鬼の形相で大声を張り上げる。「これより貴様には死よりも重い罰を課すことになる」
「下の世界と被ってる罪状あるじゃないですかあ。重複はアリなんですかあ」
 俺が尋ねても、この世界のルールに関することについて獄卒は教えてくれない。だからこれは俺に対する俺からの皮肉にしか過ぎない。悪行に何をしたかは覚えがないが、きっと俺がしたことなのだから俺は贖うしかないのだろう。
 俺は後ろから蹴飛ばされて、鉄板に押し付けられる。顔が目が鼻が唇が頬が額が身体が腕が脚が皮膚が全部じゅうじゅうと音を立てて焼かれ、爛れて行くのを感じつつ、その感覚は全て激痛に支配される。鉄板に押し当てられている口からは声さえも出せず唇は爛れ何にも考えが及ばなくなる。熱い熱い熱い痛い痛い。しかし、これほどまでにずっと痛めつけられていると、どの痛みもさほど差異はないのだと思えてくる。斬られようが突かれようが刺されようが折られようが引き千切られようが、苦痛はやはり苦痛でしかない。
 やっと鉄板から解放されるが、身体中の痛みは止まない。身体中が焼かれ爛れ焦げて、一挙一動に身体を針で貫かれたような激痛が伴い、のたうち回ろうとすればそれだけ痛みが増す。爛れてしまって瞼がくっ付いたためか、視界を失ってしまった。何も見えない。それだけ恐怖が増す。恐怖は身体的な痛みを和らげる分、精神的な苦痛に変換される。俺は恐怖は得意だし、精神的苦痛も得意だから今までやってこれた。耐えられなかった下の奴らは皆また最初からやり直しを食らってループするのだ。俺は一度もまだ耐えられなかったことがないからこの世界へ上がってこれたが、もしかしたら地獄をたらい回しにされているのかもしれない。
「ここから七十兆年ほど灼熱地獄だ。楽しんでくるといい」獄卒は俺の頭を引っ掴んで耳元で大声で言う。唯一残っている感覚なのだから、もう少し丁寧に扱って欲しいものだ。
これからまた下の世界と同じように長い長い贖罪の時間を過ごすようだが、時間が過ぎれば終わりも来る。そう、永遠ではないのだ。経験則というのは世界ごとに変わるのだが、やはりどこか統一されたものとして存在する。今まで通りならばまた何度も息絶え、また何度も蘇えって苦痛ばかりを味わうことになる。それもやはり終わりがあるのだ。俺は終わらせるのが得意だ。今までに恋を終わらせ愛を終わらせ感情を終わらせ道徳を終わらせ平和を終わらせ人間の命を終わらせ自分の命も終わらせた。そして、終わらせることは悪行である。ほうほう。ということは、だ。俺がこうやって世界をひとつひとつ終わらせて上がっていくことは悪行なのだ。つまり、ずっと昔医者をやっていた頃の悪行を裁いているらしいこの世界でも裁けない悪行を、俺は只今しているということだ。やっほい。やはり俺は天才だ。俺に出来ない悪行はないのだ。俺は悪行を網羅するし、俺が俺こそが悪行なのだ。うははははは。俺こそが本物の悪行であり、悪行は俺を差し引けば見苦しい悪あがきにしかならないのだ。俺はこの先もこの世界を上がっていくし、悪行を終わらせる気はない。うははははは。そうだ。俺はぱんつを持っているじゃないか。ポケットを探ると焼けずに済んでいる部分にまだぱんつはあった。「鬼子さん。見てくださいよ。これを被ると頭がよくなるばかりじゃなくて筋肉量が増えるのですよ。懸釐と懸顱と曲鬢と頭竅陰、それに承霊と天衝が刺激されるので、筋肉量が増えるのです。これは本当ですよ。被っていると次第に頭がぼおっとしてくるのです。これがサインなのです。きっと今以上の力が出せるようになるのです」口が爛れて塞がってしまったのでもう何も言えないが俺は懸命に良さを伝えようとしてぱんつを差し出しもごもごと口を動かすが、獄卒は鬼の形相で俺を睨んだままであり、結局俺はぱんつを握りしめたまま放り投げられた。放り投げられた先、地面に叩き付けられると、その地面は異常に熱くなっていた。うほほほほほ。熱い熱い熱い。足裏が爛れて地面に粘着しようとするのがわかる。俺はぱたぱたと踊るようにして移動するが、何も見えないせいもあってかどこにも逃げる場所などない。時折足元の石みたいなのに蹴躓いて熱い地面へ再び全身ダイブする。そもそも逃げる場所なんぞこの世界にはないのだった。俺は踊りながらこの踊りを「あっちっち舞」と称し、技の開発に勤しむことに決めた。この決定は俺の経験から言って三兆年くらい続くと思う。たぶん。というか、ぱんつはどこいった。握っていたはずのぱんつは手の内になくなっていた。ぱんつぱんつぱんつ。もう着ていた服は焼けてなくなって下の世界にいたときのように裸になってしまったようだから、きっとぱんつも焼けてなくなってしまったのだろう。ああ。俺の希望の星。否、俺自身が希望なのだ。それが本質なのだ。うははははは。ああ。儚いぱんつだった。だがぱんつのように一瞬で終わるのではなく、これからこの「あっちっち舞」は時間をかけてゆっくりと華麗になっていくだろう。時間は森羅万象を変化させる最強の媒質である。おそらく時間によって変化しないものはないはずだ。しかし、俺は変わらない。何故なら俺は天才だからである。うははははは。悪行そのものである俺が悪行という本質を失うことは絶対にないのだ。うははははは。ところで、今気付いたのは、この世界の悪行を裁く世界が俺にはまだあるのかどうかわからないということだ。


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