さらし文学賞
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


蜜柑畑の真ん中で

晴れ渡る空から、小さな小さな恋敵が降ってきた。

校舎の近くにあるベンチに座っていた私はそれをキャッチすると、まじまじと見つめた。キャッチしたというからにはもちろん人ではない。普通の女子高生である私には降ってきた人を無傷でキャッチすることなどできないし、人間の恋敵をキャッチしてやるような心の広さもない。手の中にあるのは太陽の光を浴びて輝く果実、そう、蜜柑だった。
私はため息を落とすと、上を向いて校舎の二階にある窓から顔をのぞかせている幼馴染に向かって叫んだ。
「何すんのよ」
「蜜柑を投げただけだが? 」
それだけ飄々というと、幼馴染は窓の近くから消えた。きっと私のいるところにやってくるのだろう。そう思ってしばらく待っていると案の定、彼は姿を現した。普段の運動不足がたたってかあの距離なのに息が乱れている。
私は肩を竦めると、先ほどこの幼馴染が投げてきた蜜柑を手の中でくるくると回した。
「で?これは? 」
「ああ。それは三ヶ日蜜柑だ。いつもの蜜柑だと飽きるかと思って、取り寄せた。感謝したまえ立花凛よ」
「飽きるも何も、そんなに味変わらないわよ。それにこの時期は大概ハウスミカンじゃない」
確かにここ、愛媛で食べる蜜柑といえば大概地元でとれた蜜柑だ。収穫量が和歌山に負けたとはいえ蜜柑の味が落ちているわけでもないし、わざわざ別の地方の蜜柑を取り寄せて食べる変人はこの男くらいだろう。私の言葉に、この男は呆れたような表情を浮かべた。
「アホか。全然味が違うだろうが」
「それはあんたみたいな蜜柑馬鹿ぐらいよ」
そう言って私は蜜柑をお手玉のように放る。
そう、この男は根っからの蜜柑マニアだった。いつからだったのか、幼馴染の私にも定かではない。ただ、小学校にあがる前からそうだったのは覚えている。名前が小さい竜と書いて「こたつ」と読むのもあり、小さい頃は冬になると友人に「こたつが蜜柑オタクかよー、家に帰って炬燵にダイブしたくなるじゃねえかー」などとからかわれていたものだ。いったい何が彼を惹きつけるのか。私だって蜜柑は大好きだ。食べようと思えばいくつでも食べることができる。けれど、蜜柑を食べる対象としてだけではなく、マニア的視点で見ることはできない。なぜこんな男が幼馴染なのか、私は何回も自分に問いかけてみたけれど、結局答えは出ないままだ。
そして。
「良いじゃないか!蜜柑は良いものだぞ! 」
そう言って目をきらきらと輝かせているこの幼馴染に、恋に落ちてしまった理由もやはり、何年たっても見つからないままだった。
ありがと、とだけ返して蜜柑を剥けば甘酸っぱい香りが広がる。これが恋の香りなのかと、普段の私らしからぬことを思いながら蜜柑を食べた。とても甘くてけれど少し酸っぱい蜜柑に、私はそっと目を伏せた。



蜜柑の白い花が咲き誇る中で、私は一人で立っていた。どこを見ても誰もいない。あるのはただ蜜柑の木と、咲き誇る蜜柑の花ばかり。きょろきょろとしていた私だったが、人恋しさに勝つことができず、ついにはしゃくりあげ、その場にしゃがみ込んで泣き始めた。ここには誰もいないのだ、蜜柑の木と蜜柑の花しかないのだと。大好きな蜜柑の香りすら、寂しさを急き立てた。そんな時に、ふと何か音が聞こえた。私は涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげて音のしたほうを見た。
『見つけた』
そこには一人の少年がいた。彼はいつもと変わらない、少しぎこちない笑みを浮かべて私に歩み寄ってくると、そっと手を差し出した。
『帰ろう』
それだけ言った少年。それまで感じていた寂しさが急にどこかへ吹き飛んでしまった私は、涙でひどいことになっているであろう顔で笑って、彼の手を取った。



遠くで、無機質な音が聞こえる。意識が浮き上がっていくにつれてその音はだんだんと大きくなっていった。
この音は目覚まし時計の音かと認識した私は、枕元にあった目覚まし時計を乱暴に叩いた。途端に止まる電子音。私は布団の上からのろのろと起き上がると、乱れた髪の毛を掻き毟った。
「……夢、か」
それにしても、随分と懐かしい夢を見たものだ。あれはいつのことだったか。確か小学校に上がる前だ。少し遠くにある蜜柑畑に勝手に行ったは良いものの、帰り道はおろか蜜柑畑から出ることが出来なくなってしまい、蜜柑畑の真ん中で泣き始めてしまった私を、偶然近くにいたあの少年……それは他でもない、あの蜜柑マニアだった……が見つけ、家まで連れて帰ってくれたのだ。思い出すと羞恥と懐かしさが入り混じったような感覚に陥り、私は枕をたたいた。
「あー……、どうしよ、これ」
こんな夢を見ては、今日彼の顔をきちんと見ることが出来るのか分からない。そして、なぜこんなことを感じてしまうのかも、やはり分からないままだった。



乱れた髪の毛を櫛とともに戦うことで制圧し、胃袋の中にじゃこ天やらなんやらをご飯と一緒に押し込み、家を出る。自転車を走らせれば、春の風に乗って蜜柑の香りが漂ってきた。嗅ぎ慣れた匂いにそっと目を細める。そして浮かぶ、幼馴染の顔。
蜜柑は好きだ。けれど、嫌いだ。彼の興味と好奇心とを全て私から奪って行ってしまった、小さな恋敵。言うなれば友人が自分と同じ人を好きになってしまったと言うところだろうか。
風でなびく髪をそっと押さえながら、私は通い慣れた高校への坂道を下って行った。



教室に入れば、友人がこちらを見て手を振ってきた。私は彼女に手を振り返し、そしてはて、と首を傾げた。彼女の隣には隣のクラスの男子生徒が立っていたのである。去年同じクラスだった男子だったので顔は分かったのだが、友人とその男子生徒が仲が良かったとは特に記憶していなかった。友人は唇を尖らせながら言った。
「凛、遅いよ」
「ごめんごめん」
そう返してから隣の男子生徒を見る。彼はせわしなくあたりを見回していたが、やがて私のほうを見ると「あいつは?」と私に尋ねた。
「あいつ?」
「ほら、立花の幼馴染のあいつだよ」
幼馴染、と言ってああ小竜のことかと思った。一緒じゃないわよ、そもそもあいつと一緒に学校に来てないしとだけ返せば、男子生徒は明らかに安堵したような表情を浮かべた。私は先ほどとは別の方向に首を傾げた。
「何?あいつに用があるんじゃないの?」
「いや、違うんだ」
「?」
意味が分からない。と、そんな私たちを見ていた友人がちょっと私向こう行くね、とだけ言って席を外してしまった。あわてて引き留めようとするが、彼女はするすると廊下に出て行ってしまった。私はあっけにとられた表情で彼女を見送るしかなかったが、彼の「立花」という声にはっと我に返って彼のほうを見た。
「あ、どうしたんだろうねえ」
「あ。いや。あいつに頼んで、お前を呼んでもらったの俺だから」
「え?じゃあ用があるのはあんた?」
私の問いに、男子生徒は首を縦に振った。一体どうしたのだろう、話しかけられる心当たりもない。きょとんとしているである私に、どこか緊張している面持ちの彼はしずかに、けれどはっきりとした声で告げた。
「立花、俺と――」



彼がいつ、自分の教室に帰ったのか、私は覚えていない。覚えているのは返事が出来なかった私に返事はまた今度で良いから、とだけ言っていたことだけだ。茫然と立ちすくんでいた私は、チャイムの音で半ば機械的に体を動かし席に着いた。授業の内容が耳に入ってくるはずもなく、私はただぼんやりと、彼の言葉を脳内でただひたすら繰り返していた。
今日の最後の授業である数学が終わり、頭の禿げた先生が教室から出ていく、ホームルームが終わったと、廻りの動きをぼんやりと見ていて判断した私は、ふらふらと立ち上がった。
と、今朝あの男子生徒と話をしていた女の友人が、私に話しかけてくる。
「凛、なんて返したの?」
「え」
「え?じゃないわよ。だってあいつ……」
「……ごめん、明日」
「え?ちょ、凛!」
待ちなさいよという彼女の言葉を無視して、私は教室を出た。そのまま自転車置き場に行き、使い古した自転車にまたがる。いきは下り坂だから楽なのだけれど、帰りは逆に上り坂でいつも辛いと思いながら坂道を駆け上がっている。けれど、今の私はその坂道すら気にならない。彼の言葉はそれだけ、私の頭を、心を揺さぶっていた。
ふっと、蜜柑の香りが漂ってきた。
吐き気を覚えた。



「小竜!」
「ああ、凛じゃないか。どうしたんだ? 」
急に尋ねて行った私を、彼の母親はあっさりと受け入れ、彼の部屋に行くように告げた。私は見知った家の見知った階段を駆け上がり、迷うことなく彼の部屋にたどり着き、彼の部屋のっドアを勢いよく開けた。彼は丁度机で蜜柑に関する本を読んでいた。今すぐその本を破り捨てたい衝動に駆られたが、何とか抑えた。小竜は息を切らしながら自分を睨んでくる私を見て、首を傾げた。
「一体どうした。君らしくもない」
「うるさい!誰のせいよ! 」
「誰のせいだと言うんだ? 」
「……あんた、あいつになんて言ったの」
あいつ?と首を傾げる小竜に、私は早口で男子生徒の名前を言った。彼はああ、と呟いて本を置くと、私の方を向いた。
「で?君は彼からの告白を受けたのかい? 」
「質問してるのはこっちでしょ!? 」
彼の態度に苛立った私は声を荒げる。小竜はそんな私に肩を竦めると、椅子の上で足を組みながら言葉を続けた。
「彼は私に『立花凛と付き合っているのか? 』と尋ねてきた。勿論それが事実ではないと凛ならばよく知っているな、私もよく知っている。だから自信を持って『違う』と返事をした。そうしたら彼は『自分が立花凛に告白しても良いか』と尋ねてきた。何故私に聞くのか分からなかったが、まあ人が告白するのを妨げる権利は私にはないからな、良いんじゃないか、と返したよ」
「……それだけじゃないでしょ」
自分の声が情けないくらい震えているのが分かった。小竜はひょいと眉をあげると、ああそうか、と言った。
「あとこうも言ったな。『今の私には、蜜柑のことで手一杯なのだ』と」
次の瞬間、私は彼に大股で歩み寄ると彼の頭を勢いよく叩いた。目を白黒させながら私を見上げてくる小竜。私は肩で息をしながら、彼に言った。
「……どうせ、あんたはそう。蜜柑のことばっかりで」
「? 当たり前だろう。だって蜜柑は……」
「あんたは幼馴染よりも蜜柑の方が数倍大切ってことでしょ!? 」
涙が滲んだ。情けない顔を見られたくなくて、私はくるりと踵を返して彼の部屋を飛び出した。



自転車に飛び乗り、ふらふらと行くあてもなく走らせる。涙で前が滲んで上手く見えなかった。つん、と蜜柑の香りが漂い、私は自転車を止めた。見れば近くに蜜柑畑。白い花が咲いている。私は特に考えることもせず、ふらりと蜜柑畑の中に入り込んだ。辺りには人はいない。ただ、蜜柑の花が風に揺れているだけだ。白い花をむしり取りたい、そう思い……そして、そんな私に絶望する。自転車からおりると、ぼんやりと蜜柑畑を見つめながら、私はぽつりと呟いた。
「……アホみたい」
よくよく考えてみれば当たり前だったのに。小竜が蜜柑のことしか見ていないのも、私を単なる幼馴染としか思っていないことも、とっくの昔から知っていたはずなのに。それなのに、まだあいつの特別であることを心のどこかで期待していて、それが粉々に砕かれて否定された。そして、その恨みを蜜柑にぶつけようとしている。
嫌な女だ、と思った。どうしようもない女だと思った。けれどどうすることも出来なくて、私はふらり、と蜜柑の木に歩み寄った。そっと目を伏せれば、思い出すのは幼い頃。蜜柑畑の中で一人ぼっちになり、泣きわめいていたあの時のことだ。あの時、手を差し伸べてくれたのは他でもない、小竜だった。輝くばかりの笑顔で帰ろうと言ってくれたのは小竜だった。
自分ばかり彼を求めていた。それに気が付いていたはずなのに、気が付いていなかった。
「……ごめんなさい」
目尻から涙がこぼれた。ごめんなさいごめんなさい、とただひたすら繰り返した。
その時。不意に頭に何かが当たった。驚いて目を開けば、地面に蜜柑が転がっていた。私は涙を拭いながら首を傾げた。蜜柑畑はまだ花の状態だ。つまり、この蜜柑は木から落ちて来たものではない。蜜柑を拾い上げれば、私の耳に何やら荒い息遣いが届いた。驚いてそちらを見れば、そこには小竜が立っていた。
「……な、何よ」
「それは私の台詞だ。何故急に飛び出す」
「私の台詞、って……!だって」
蜜柑が自分よりも大切で、そんな人に恋をして、先走って、そんな状況であのまま小竜の部屋にいることなんて出来ない。 
私は俯いてぎゅっとスカートの裾を握りしめる。
と、小竜がため息を落とすのを聞いた。呆れられた、そう思いぎゅっと唇を噛む。泣かないでいるのに精いっぱいだった。
と、その時。何かがふわり、と私の頭を撫でた。驚いて顔をあげれば、小竜が私の頭を撫でていた。一体どうしたのだろう、そう思いながら私は小竜を見つめる。彼は小さく肩を竦めた。
「凛、君は何年私の幼馴染をしているんだ」
「え」
「君は知っているだろう、私が蜜柑の研究に熱心であることは。そのためなら何でも投げ出す覚悟があることは」
「……知ってるわよ」
「ならば、何故私が蜜柑の研究に熱心であるかも、知っているのではないか」
彼の言葉に、私は首を振った。彼は知らないのかと呆れたように言うと、両手をがっと広げた。そして、満面の笑みを浮かべながら言った。

「君が蜜柑畑の真ん中で笑っていたからではないか」

瞬間、辺りを強い風が吹き抜けた。白い花が風に散り、青空に舞い上がる。彼の言葉に、私はへ、と間抜けな声を出すしかなかった。彼は人差し指を突き立てずいと私に顔を寄せながら、ながら、忘れたのかい、と尋ねる。
「忘れた、って」
「全く、一度病院に行ったらどうだ。君は五歳のころ、蜜柑畑の真ん中で涙が出るほど笑っていたじゃないか。私を見たときの満面の笑み、今でも覚えているぞ!あれは君が蜜柑が好きだからだろう? 」
「え、ちょっと」
「私は君の笑顔がこの世で一番好きだからな、蜜柑畑の真ん中であんな満面な笑みを浮かべていたんだから、蜜柑を極めればもっと笑ってくれると思ったのだ。君が笑わないのは私の極め方が足りないからだと思えば熱は過熱する一方。君を笑わせられない私が君の色恋沙汰に口を挟むのなんて愚かすぎる!だから蜜柑で手一杯と言ったのさ!まあ、彼……君に告白して行った男子生徒だが、彼は私以上に蜜柑に関しては無知だから、無理だとも思ったが、そう言うのも酷だから言わずに見送ってやったがな」
「……」
「それよりどうだ! 」
それだけ一息に言うと、彼は手に持っていたノートを私に見せてきた。中にはびっしりと蜜柑について書かれている。彼は男にしては筋肉のついていない貧相な胸を張りながら、素晴らしいだろ、と誇らしげに言った。
「これとこれを交配すれば、甘みがもっと強い蜜柑が出来るはずだ。収穫量も増えるだろうと計算では出ている。今度、知り合いに頼んで作ってもらうつもりだ。……どうした、凛」
「――何よ、それ……」
鼻の奥がつんとした。次いで、頬を暖かい何かが伝う。慌ててそれをごしごしと擦れば、小竜はノートを閉じて私の顔を覗き込んできた。
「ど、どうした。私の無知具合に情けなくなったのか!」
「ち、がうわよ」
ぐずぐずと鼻を鳴らす私に、小竜は訳が分からないんだがと呟いていた。そして、結局良い方法が見つからなかったのだろう、私の頭をまたわしわしと撫でてきた。大好きな暖かさに、自然と心がほぐれていく。
「……あんたね、本当に私が蜜柑畑の真ん中で笑っていた理由、蜜柑が大好きだからだと思う?」
「何、嫌いなのか」
「好きよ。食べ物として。でもねえ……」
春の風が吹き抜ける。乱れる髪の毛を押さえながら、私はそっと彼を見上げた。
変人で、私の笑顔をエネルギーに十年以上も蜜柑の研究を続けてきた、突拍子もない、鈍感で、廻りの見えない、空気の読めない男。
それでもあの時、私を見つけてくれたのは彼だった。私に手を差し伸べてくれたのは彼だった。私が恋に落ちたのは、彼だった。自然と、頬が綻ぶ。
そんな私を見て、ほら、と彼は言った。
「やはり君の笑顔は良い」
不愉快でしかなかった蜜柑の香りが漂う。嗅ぎ慣れたその匂いに、私はゆっくりと瞳を閉じた。

もう、蜜柑の香りに吐き気はしなかった。

スポンサーサイト

第二十二回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


| TOP |

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://pilloryofprize.blog57.fc2.com/tb.php/199-e3efb6f8

| TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。