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さらし文学賞
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耳嫌いの囈言

 これから述べるのは私がもう十年も昔に出会った患者の症例である。彼は大学教授だが、聞こえすぎることが仇となり、彼の人生は一変した。他からはみ出るとどうなるのか、いい参考になると思う。
 (以下の部分は授業を当時受講していた学生の記憶をもとに再構成したものである。)
 病院の夜は静寂が支配するが、静かではない。諸君、この言葉は、初めて聞いたものには、矛盾に満ちたような言葉のように聞こえるだろう。諸君らの顔を見ればそんな風に考えていることはよくわかる。私の発言の「~ように」という部分を聞いて、あからさまに顔をしかめた者もいた。お前の言っている事は明らかに矛盾しており、「~ように」などという断定を避けるような表現を使うべきでない、と言っておるようじゃな・・・・・・何?わたしたちはそんなに細かい、重箱の隅をつつくような狭い見方をしているのではない、適当なこと言って学生を貶めるな、とな?ふむふむ、すまんすまん、わしも年をとってな、思い込みが激しくなったのじゃ。老人のたわ言だと思い、聞き流してくれたまえ。
 じゃがな、最初の言葉はたわ言ではないぞ。単なる囈言じゃ。いやいや待て、諸君。帰る支度を始めるのはまだ早いぞ。単位は欲しくないのか?わしは単位が欲しいぞ。たった一単位で博士号取りそこなったからな・・・・・・この授業の単位がなければ、諸君らは学位がとれない。さてどうする?おや聞き分けがよい子じゃの・・・・・・「単位」と言ったらすぐ戻ってきたわい。『イケてる大学教授になるには』に書いておるとおりじゃわい。
 とにかく、まずは本題に入るとしよう。ちなみに、わしの授業では私語厳禁じゃが、公語は解禁しておる。つまり積極的に自らの意見を述べてもよいということじゃ。
では最初に諸君らに質問を一つしよう。諸君らの中で病院の夜を体験したことがある学生はおるかの?おや、おらんようじゃの・・・・・・みんな健康なんじゃな。わしはあるぞ。と自慢げに言ったわしじゃったが、わしはもともと大学病院に勤務しておった医者だから当たりまえじゃな。
 そもそもわしはご存知の通り、耳鼻科医じゃった。若い頃からたびたび宿直として病院で夜を明かしておった。そのころから、わしは夜の病院は静かではないと思うようになった。昼は多くの医者や患者、見舞い客である意味にぎわっている。しかし夜は違う。急患が入ったり、入院患者に何か起きたりしない限り、基本的に音になる原因となることは基本的にはない。もちろん、生命維持装置などの機械音はする。じゃが、それは静寂を破るほどのものではない。
にぎわっている昼には聞こえなかった、否、隠されていたモノが聞こえるのじゃ。この「モノ」を言葉で表現するのは難しい。
強いて言うなれば、それは生と死の相克じゃ。病院という異質な空間が潜在的に内包している独特の空気感は、昼間は隠されている。じゃが、静かな暗い夜になると、それは生々しく顕在化する。これをわしは音として捉えているのじゃ。
ところで、諸君らは「耳」を疑ったことはあるかの?学生たるもの、自らの「耳」に対しても、研究対象として大いに疑問を感じるべきじゃ。わしなんか、年がら年中「耳」を疑っておる。老いではないと付け加えておこう。何を疑っておるのか、それは「耳」が聞き取る音ははたして真にこの世界のあらゆる音を聞き取れておるのかということじゃな。
もちろんわしはここで「人間の耳が超音波を聞き取ることはできない」という事実を言っているのではない。つまり、人間の「耳」が自らの聞き取れる範囲の波長の音であるにもかかわらず、意図的に聞き取らない、あるいは聞き取った音を自分に都合よく改変してはいないだろうかという疑問じゃ。諸君の中にも知っているものがおるかもしれないが、「目」に関してはこのような言説は一般的に言われている。だまし絵に人間の目がだまされる理由としてよく説明される。わしはそれと同じことが「耳」でも起り得るのではないかと考えておるんじゃ。
このことがどう最初の話と絡んでおるのかは学生諸君それぞれに、ぜひとも考えていただきたいことじゃ。
(略:この部分は雑談なのでカット)
ふむ、そろそろ時間じゃな。今日はこの辺りで終わりにしよう。次回は「耳」に対する疑いを裏付ける実験や何やらを紹介する予定じゃ。次回もぜ・・・・・・おやなんじゃ諸君、静粛にしなさい。騒いだらいかんぞ・・・・・・いや、これは学生の私語では・・・・・・耳が、耳が!!耳が聞こえる・・・・・・

 後日、この教授は免職され、そのまま精神病院に収監された。理由は「精神的な疲労の蓄積による幻聴とそれに起因すると思われるたわ言」だそうだ。要するに気がふれたということだ。学生たちもあの教授たちは前からおかしかったと口々に噂しあった。だが私が会った時、教授は冷静で知性は失われていないように思われた。
 入院後、教授を何度かカウンセリングする機会があったが、なかなか効果は現れず、幻聴は続いた。そんなある日、私が見舞いに行くと、教授は眠っていた。耳が怖いとしきりに呟きながら。
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