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さらし文学賞
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犯人と私だけ知っている

それは昼下がりのことだった。チャイムの音に起こされて、寝巻き、寝癖のまま寝ぼけ眼でドアを開くと、そこには歓迎したくない類の客がふたり、立っていた。
「菱崎律さんですね?」
 男は、良くドラマで見かけるそれらを、俺に良く見えるように掲げ。
 俺の答えを聞きもせず、男は言った。
「菱崎律さん、貴方に逮捕状が出ています。よって、御同行をお願いします」

「……はっ」
 それに対して俺の口から出たのは、引きつった笑いめいたものだった。笑い飛ばそうとして、それに失敗して奇妙に歪んだ俺の声。
「おまわりさん、俺が一体何したって言うんだ? おたくらに捕まるような後ろ暗いこと、した覚えが無いな。もし俺を連れて行きたいなら、ちゃんとそこのところ説明してもらえる?」
 精一杯の強がり。けれど、それは本音だった。俺が一体何をした? 警察のご厄介になるような犯罪に手を染めた記憶は、ない。
「そうでしょう。特に菱崎さんのようなケースではその疑問も当然と思い、ご説明する準備をしてきました。上がっても良いでしょうか?」
 当然のように男は頷いて、そう言った。正直俺は拍子抜けして、「どうぞ」と招き入れてしまう。男は、「有難う御座います」と馬鹿丁寧に言って、後ろに控えていたもう一人を伴って俺の部屋に上がり込んできた。

 雑然とした、いつも通りの俺の部屋。いつもより人が増えて、窮屈に見えた。どうにか床の上のものを退かして男ふたりを座らせ、茶を出した。俺は、一体何をしているんだろうと、自問自答しながら。
「それでは菱崎さん、貴方に逮捕状が出た理由をお話しましょう。私の話の途中でも、何か質問があれば遠慮なく仰って下さい」
「はぁ……」
 男は高圧的になるでもなく、畳み掛けてくるでもなく、逆に丁寧すぎるほどに俺に接してくる。まるで役所の窓口のようだ。
 「では」、と男が話を始めた。

 つい最近の話ですが、年々増加の一途をたどる犯罪件数を減らすための試みが、秘密裏に行われ始めたのです。
 その試みとは、ある方法を使って、ある人間が死んでしまえば良いと思っているその相手が本当に死んでしまうようなシステムを作り上げ、潜在犯罪者をあぶりだせるようにしたのです。
「ちょっと待ってくれ、ある方法とか、システムとか、適当なこと言ってるとしか思えないんだけど? 嘘じゃないの?」
 機密により、詳しいことは申し上げられません。しかし、実際にそのシステムは稼動しているのです。信じて下さい。……いえ、今は信じなくても構いません。とりあえず、私の話を聞いて下さい。
「ますます嘘くさいな……まあ、ひとまず聞くよ」
 有難う御座います。……そのシステムをいずれは一般的に展開するために、試験が行われました。
 まずは、刑務所等の、システムが正常に展開しやすいと思われる、閉鎖空間で。そこでは正常にシステムが動作するのが確認されたので、次に一般社会での試験が実施されました。
 無作為に選ばれた人々にシステムを適応させ、試験を行ったのです。
 ……そして、菱崎さん、貴方はその中の一人。そして貴方は無意識とは言え、人をひとり、殺しました。ですから、こうして参上したという訳です。
 「おい、そんなことをして良いと思ってるのか? その事実の因果関係に確証はあるのか? 俺が死ねば良いと思ったから死んだ? ……そんな馬鹿な話があるか!」
 落ち着いて下さい。これは、確かな理論あってのシステムです。私はその原理を詳しくご説明することはできませんが、貴方が望めば公開される情報です。
 話を戻します。菱崎さん、貴方が殺したのは、貴方の職場の同僚である、沼上貴司さんです。
 「沼上………を? 俺が? ……冗談だろう?」
 いいえ。こんな悪質な冗談を言うと思いますか? ……確認して御覧なさい。

 その男の言うことは、信じがたい話だった。全く、馬鹿げている。俺が死んでしまえと思ったら、死んだ? ……冗談じゃない。そんなことで逮捕だなんて、ブラックジョークが過ぎる。
 藪から棒のとんでもない容疑を振り払うように、沼上のケータイに電話をかける。……曰く、「現在、この電話は使われておりません」だと?
 微かな焦りを感じた自分に、体の中を冷たいものが滑っていくような感覚が走る。それを振り払って、割合親しくしている同僚に電話をかける。そいつはすぐに出た。
「もしもし。俺だけど」
「菱崎か、どうした?」
「沼上、今どうしてるか知ってるか?」
 そう問いかけて、振り払ったはずの焦りが込み上げてくるのを感じ、ぐっと手を握り締めた。
「沼上?」
 相手の声がふっと曇った。途端に心臓の鼓動が跳ね上がる。落ち着け、と唾を飲み込んだ。
「お前、沼上と仲悪かったんじゃなかったか?」
 いちいちそんなことを確認してくるなよ! そんなことは良いだろ?
 体が冷たくなる感覚に襲われる。ケータイを握った手が汗でぬるつく。
「沼上にさ、書類の手直し頼んでてさ。出来たかってメール入れたのに、うんともすんとも返事が無いからさ。電話には出ないし、問い詰めたいんだけどさ、知らねえ?」
 早く言え! 沼上はどうなった? 俺はどうなる?
 声が震える。
「……お前、知らないのか。沼上ならな」
 言え! 言え! 早く言ってくれ! 俺をこんな変な状況から解放してくれ!
「死んだよ」

 大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ、お茶飲みますか? ……そうですか、まあ、落ち着いて。
 確認できたようですね。私が申し上げた通り、貴方の同僚の沼上貴司さんは死亡しました。死因は交通事故、ということになっています。
 このシステムが適応されると、他人から死んでしまえば良いのにと強く願われた人物は、その時点で不自然でないような死を迎えます。そのとき、被害者の首筋にあざが浮かび上がり、これが加害者の認識番号になります。
 ……お分かりですね? 死亡した沼上さんの首筋には、貴方の認識番号のあざが浮かんでいました。

 俺は、男の差し出した俺の認識番号の記された書類(見た目は単なる履歴書だ)と、首もとがアップになりくっきりと数字列に読めるあざが見える写真(沼上の首だろう)を見せられ、ただ呆然としていた。
 偽造書類、やらせ写真、グルの発言。そうした単語はぐるぐると頭の中に渦巻いていたが、何故かもう俺は逃げられないと思っていた。
 いちゃもんは付けようと思えばいくらでも付けられるだろう、未だにリアリティの無いうそくさい話だと思う。けれど、俺は抵抗する気が起きなかったのだ。
 ……沼上など死んでしまえ、と思っていたのは嘘ではなかったからだろうか。
 何かと気の障る男だった。相性が合わない、だけでは済まされないものがそこにあった気がした。それは相手も感じていたらしく、関わってこなかった。けれど、奴がそこにいるだけでいらいらした。
 子供でもあるまいし、それだけのことで死んでしまえと願うのは幼稚な願いだろうか。けれど、俺はどうしても耐えられなかったのだ。
 ……ただ。

「誰かを死んでしまえと思うほど憎むのは、誰しもある感情だろ? 普通にあることだろう? なのに何故俺だけは捕まるんだ?」
 俺は、うつむきながら言った。
「あんただって、覚えがあるはずだ。無いとは言わせない」
 何故俺だけが。何故内心で望んでいるだけで。
「他人を嫌うのは自由だろう? 好き嫌いは周りに強制しない限り、自分の心の中で思っている限り、感じるのは自由だろう? なのに何故俺は捕まるんだ?」
 何故。
「思っているだけで、望んでいるだけで人が死ぬようになるのなら、誰だって人殺しだ!」
 叫ぶ俺の肩に、男は静かに手を置いた。
「いいえ」
 静かに、言った。
「このシステムは、的確に目的を達成します」
 静かに。
「このシステムは、あいつなんて死んでしまえ願う人間が、いつか本当にその行動を起こす人物であるときだけ、作動するのです」
 がくり、と力が抜ける。
「いつか、人を殺す人物だけが、このシステムであぶりだせるのです。だからこその、犯罪を未然に防ぐシステムです」
 ……さあ、行きましょう。
 俺は、住み慣れた雑然とした部屋を後にした。

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