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さらし文学賞
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水槽は砕けない

「ちょいとそこ行くお兄さん、見ていかない?」
 俺のよく使うとある駅の前。怪しげなティアラと口元を隠す薄布という占い師のような出で立ちの女を爽やかに無視し、俺は帰宅の途についた。
「あー、コラコラ! こんな美人の声を無視するなあ!」
 顔は目元しか見えず、体つきは無闇にぶかぶかなローブで分からない自称美人は俺の手を無理やり引っ張って、彼女が多分無許可で陣取るスペース、机越しに向き合う位置に俺を座らせた。
「来るべき旧人類終末の日。新たな人類として主に召されるためには主のたまいし聖具を携えるしかありません。人並みならぬ気をお持ちの貴方になら、私が持つ聖具を破格にてお譲りしましょう」
 無駄に厳かに言った女は、微妙に古くさい壺を取り出した。
「いや、俺は召されたくないし。いざとなったら諸共に旧人類ってのと滅びることにするよ」
 じゃあな! とここ一月で一番爽やかな笑顔を浮かべた俺は席を立ったはずが気付くと戻されていた。催眠術なんてチャチなものじゃなく、机の下から超スピードの足払いをされたようだ。
「あんたなぁ」
 一言文句を言ってやろうとした俺を制すると、女はティアラと口元の布とを外し、ローブを脱ぎながら言った。
「さあさあお立ち合い! ここに見えますは一見なんの変哲もない水槽、しかしてその実態は伝説の金属オリハルコンをガラスに練り込んだ特注の水槽なのさ! どう、欲しくなった? 欲しくなったっしょ!?」 さっきまでの衣装は壺と共にいずこへか仕舞われ、えらく気さくになったツナギ姿の女はいけしゃあしゃあとどこぞから引っ張り出した水槽なんぞを勧めてくる。
「旧人類終末の日はどうした。それに聖具とかいうのは?」
 女は何それわっかんなーいとか嘯きながら首を傾げた。
「そんな怪しい宗教みたいなの、今さら流行りませんよう。今のブームは癒し! ヒーリング! ケア! 要介護認定!」
 最後のは流行ってほしくない。
「こう、ゆらゆら泳ぐアロワナを見てれば、下らない悩みなんて井の中の蛙、みたいな?」
「なんでアロワナ限定なんだ……大体アロワナには小さすぎるし、この水槽。エンゼルフィッシュとかグッピーとかネオンテトラとか、そういうご家庭で飼うのに常識的な小型のしか飼えないよ」
 学校にあるような一般的机から多少はみ出す程度のサイズではそこら辺が関の山だろう。
「おお、お兄さん詳しいねえ! You、この水槽で熱帯魚飼っちゃいなyo!」
「いや、俺一人暮らしで普段世話できないし」
 言ったあと、このチョイスはまずったなと気付いたが後悔後の祭り、もとい先に立たずというやつで、ツナギ女は目をキラキラさせながら詰め寄ってくる。
「ちょうどいいじゃん! 魚の世話なんて犬猫ほど手間じゃないし、一人暮らしの寂しさを魚達がHealing! しかもこの水槽ったら、神秘のオリハルコンパワーでこんなに丈夫!」
 流行らない宗教的言葉を混ぜつつのべつまくなくまくし立てたツナギ女は、どこから取り出したかはもう突っ込むまい木槌を思い切りよく水槽に叩き付けた。がきん、と音を立てて弾け飛ぶ、木槌。
「うそ、ホントに割れなかった」
 水槽が割れなかったことに驚いた女。水槽が割れない確信なく暴挙に走ったツナギに驚いた俺。我に帰ったのは僅かにツナギ女が先で、それが明暗を分けた。
「今ならこの割れない水槽がなんとたった一万円!」
「買った!」
「売った!」
 するりと万券は俺の財布からツナギ女の手に流れていった。
「ついでに怪しげな壺も買っちゃいなよ!」
「いや、それはないから」
 壺どころか、水槽を買ったことを若干後悔し始めてどうにか今から値切れないかと考えているところだ。
「ああ、君達。この辺りで霊感商法が行われているという通報があったのだが、何か知らないかね?」
 微妙に偉そうな警官登場。微妙に表情が固くなるツナギ女。
「全然知りませーん」
 よく言う。
「そうかね。ところで、ここで店を開くような申請は出ていないようだが、何を?」
 いやぁ、怪しまれているねぇ。不審者を見る目だ。
「うん? この机、近くの小学校で盗難届が出された机に似ているな。ちょっと署まで来てくれるかな?」
「お断りしますっ!」
 水槽も載っている机をまるごとなぎ倒し、ツナギ女が駆け出す。見たところ手ぶらだが、壺も衣装もここに残されていない辺り、どうにかして持っているらしい。机をぶつけられて怯んだ警官は体勢を立て直して走り出した。俺はどうしたものかと思ったが、ツナギ女が置いていったらしい荷造り紐があったので工作開始。それも終わってすっかり暇になった頃、息咳切らした警官が帰ってきた。
「さ、先程まであの女といたようだが、な、何か被害に遭っていないか? いや、あの女について知っていることがあれば何でもいい、教えてくれ」
 その女に転がされたブツを背負い直しながら俺は答えた。
「いいえ、まったく。すみませんね、力になれなくて」
 感謝しやがれ、ツナギ女。


「なんでじゃあ!」
 妙な混ぜ物のせいか割と重かった背中のモノを乱雑に下ろしての無意識の第一声だった。擲つように置いたにも関わらず、未だにヒビ一つ入った様子がない無駄に頑丈な水槽。
「なんで買っちまったかなあ!」
 誰に聞かせるでもない恨み言。警察にちゃんと訴えれば金が戻ってきたかもしれないのに、そうしなかった俺。頑丈さが取り柄の水槽なんて、何の役にも立たないのに。なのに、なんでこの水槽を見てると、笑みが零れるのだろう?
「ブームは癒し、か」
 ツナギ女の言葉を思い出す。あれは水槽を売り付けるための方便だったのかもしれないが、あの妙なテンションに乗せられてみてもいいんじゃないだろうかと、ちょっと思ってしまうのだ。
「とりあえず、魚でも買いに行くか」
 軽くなってしまった財布をさらに軽くするため、俺は家を出る。もしあのツナギ女を見かけたら何て言ってやろうかなんて考えながら。
 空っぽの水槽は、癒しを与える時を今か今かと待っていた。
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