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さらし文学賞
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タニシ

私はタニシを飼っていた。
 いつも水槽のガラスでできた側面にへばりついている、一回り他のものより大きいタニシ。
 飼ってるといっても、もちろん餌などは勝手に藻などを食べて生きているので、眺めているだけ。
 むしろその横をすいすいと泳いでいく金魚のほうに目を奪われることのほうが多かったが、それは私のものではなかった。

 幼稚園のころだったことは覚えている。果たしてそれが何歳なのかは覚えていなかったが、幼稚園の納涼祭りで、一回百円の金魚すくいをやって、金魚を取った。
 両親に貰った三百円のうちの残り二百円は何に使ったか覚えていないが、金魚を誇らしげに見せた私を前に、両親がちょっと困った顔をしたことはおぼろげに覚えている。
 母親が優しく、どうやって飼うの? とか何とか言って、威勢よく答えていた私も、さすがにどこで飼うのかと聞かれて困ってしまった。
 ちょっとした沈黙の後、私が泣き出しそうになった時、父親が突然、ああと声を上げて言った。
「そういえば、水槽があるぞ」
 目を輝かせた私に、父親は、たぶん汚れているだろうから水槽は自分で洗うことと、ちゃんと餌をやることを約束させた。
その日の夜、私は父親がどこかから出してきた水槽を洗い、非常に満足して床に就いた。
 考えてみれば、それ以外の作業、例えば餌の用意も、エアーポンプの設置も、水道水から塩素を取り除く作業も、全部父親がやっていたわけで、それは多少わがままなことだったのかもしれないと思う。
 とりあえずその日はペットボトルの中で金魚は一日を過ごし、次の週末には、砂がしかれ水草が浮き、エアーがとめどなく湧き出る環境に仕上がった水槽で泳いでいた。
 もちろん、幼稚園児だった私が餌をやり続けることに飽きるのは早かった。一ヶ月もすると私は金魚の存在を忘れ、父親が金魚を管理していた。
 ふと金魚の数が増えた事に気付き、私の金魚はどれ? と父親に聞くと、こう返ってきた。
「餌をやっているのは父さんだし、全部父さんのもののようなものだろう?」
 このときから、あの金魚は私の金魚ではなくなった。
 最初は駄々をこねたが、餌をあげることもしようとしなかった私はそれにも飽き、必然的に興味も薄れていった。
 ある日、ふと水槽を見ると、何か黒っぽいものがへばりついているのを見つけた。
 父親に聞くと、それはタニシだよ、と名前を教えてもらい、ついでに水槽の掃除をしてくれるのだと教えてもらった。
 よく見るとタニシとやらはいっぱい居て、そのうちの一匹が他のタニシより少し大きかった。そのタニシがなんとなく気に入った私は、これは私のものだ、と心の中だけで決めた。
 気がついたときに、タニシを見て、金魚を見て、ただそれだけだけど、それが楽しかった。

 いま、水槽は空だ。
 父親が入院した際にばたばたしていて、誰も餌をやることを忘れた金魚が死んでいることを発見したのは一ヶ月も後の話で、二十数年かそこらが経ったそのときには金魚はかなり代替わりしていた。私のタニシも、いつの間にか姿を消していた。新しく金魚を入れる気にはなれず、結局水槽から水は抜かれた。
 今日は、子供の幼稚園の納涼祭りだ。
 もしかしたら、今度こそ私が金魚を飼うことになるのかもしれないと、引っ張り出してきた水槽を見ながらに思う。

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