さらし文学賞
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探偵小説

・オープニング
 舞台中央に、<探偵>、フェイド・イン。さらにその横に、薄汚れた大振りの水槽を乗せた小机にもスポット。
 <探偵>、恭しく一礼し、話し始める。
「みなさま。ご覧の通り、この水槽は空です。さて、この水槽はかつて何で満たされていたのか――ここに、証言者を集めました。しかし、みなおかしな証言をするのです。果たして、その真相はいかなるものなのか。聞いてみましょう」
 また一礼。<探偵>、フェイド・アウト。舞台上にはスポットの当たった小机の上の水槽が残される。

 ・<証言者A>の証言
 初老の女性がフェイド・イン。椅子に座った彼女は、困ったような口振りで話し始める。
「私はね、この水槽で万年筆を飼っていたのです。まだこどもの、小さな万年筆。万年筆は甲羅干しをするのを喜びますから、マンションのベランダに置いておいたんです、いつも」
 そこまで話すと、深く溜息を吐いて、続ける。
「けれどね、ある日数えてみると一匹少ないんです。ちゃんと探しました。普段は掃除をしない水槽から水を抜いて、置石の影から水槽の中から探しました。でもいないんです。
――どうもね、鳥に攫われたらしいんです。万年筆が置石の上で甲羅干しをしていますでしょ、そこを狙うみたいなんです。きっと、カラスですよ」
 うなだれて、首を振る。
「そうやって、うちの万年筆たちはいなくなっていってしまったんです。まだ小さなこどもの万年筆だから、狙われたんでしょうねえ……。
そうじゃなくたって、どうしてか万年筆って脱走が得意で、いつの間にか水槽を出てしまって……マンションのベランダ伝いにお隣さんのところやらにいるのが見つかって、そのままそこの家の息子さんがどうしてもということであげてしまったりして少なくなっていたのに……。
そうやって万年筆を失ってしまってからは、飼い直す気が起きなくて……水槽もそのままにしてあるんです」
 寂しそうな顔をした女性が、フェイド・アウト。

 ・<証言者B>の証言
 品の良さそうな紳士がフェイド・イン。にこやかに話し始める。
「昔、うちではヒトデを飼っていていましてね。私は妻には先立たれまして、子供もいなかったものですから唯一の同居人でした。
しかしある日突然、私、馘首されまして。にっちもさっちも行かなくなりましてねえ、あの時ばかりは。私の日々の生活どころか、ヒトデの餌にさえ困る状況でしたな」
 ちょうど寒い季節でしてね、その中暖を取れるのは薄っぺらい布団にくるまったときばかり、食事をしようにもまず材料がない。
 ついには動くのも億劫、というほどにまで追い詰められましてね。仕事を探しにも行かれず、布団の中でがたがた震えるばかりだった私は、ふとヒトデのことを思い出しました。力を振り絞って水槽のところまで這って行って覗いてみますとね、巣の素材の中にもぐりこんでもう動きませんでした。酷く衰弱しているようでした。
 可哀想なことをしたと思いました。……でもそこでね、ふと気付いたのです、ずっしりと感じるこの重み。まだ死んではいないとは言え、そうなるのは時間の問題でしょう。だったら、なにもそう酷くはないのではないか、と。
ええ、食材はないとは言っても調味料類は残っていましたのでね。幸運なことに、油も、塩も、胡椒も、あったのですよ。
 腹いっぱいには届きませんでしたがね、私は絶望的な飢餓感からは逃れられたわけです。そこからまた活動を始めて、今の会社に落ち着いてからは平穏無事です。
 ――非常食、などというと、ヒトデたちに失礼ですかねえ。」
 仮面のような紳士の笑顔。フェイド・アウト。

 ・<証言者C>の証言
 かっちりと化粧をしたスーツ姿の若い女がフェイド・イン。椅子に座ったまま話し始める。
「麩を飼っていたの。縁日で見かけるようなごく普通の麩。水槽に水草も入れて、砂利を敷いて、ぼこぼこ空気の出るあれも入れて。結構長い間飼ってたから、最初に買ってきたときより二回りくらい大きくなっててね、そんなのを十匹くらいだったかしら。
 水槽の掃除は二月に一回くらい。麩を洗面器に移して、砂利と水をすすいで水槽の壁もきれいにして。水道水はそのまま使えないのよね、薬品が入ってるから。汲み置きにしておくのが面倒だったから、カルキ抜きの薬を入れてた。
 あるときね、水槽の掃除中。そのカルキ抜きの薬を入れずに麩を水槽に戻してしまったの。ぼんやりしてたのね。
 しばらくたって、何気なく水槽を除いたら、みんな麩が水面に浮かんで口をぱくぱくさせてたわ。あわてて薬を入れたけどもう遅かった。次の日の朝、水面に浮かんだままもう動かなかった」
 そこで一度言葉を切り、女は真っ直ぐ前を見て言った。
「……その麩を水槽に戻すとき。さっきはぼんやりだって言ったけど、本当は違うのよ。
 心のどこかは冷静だったの。もし、このまま麩を戻したらどうなるのかしらって。死んでしまうだろうってわかってたけど、やってみたかったのよ。
 ――あれ以来、もう麩を飼いたいとは思わないわね」
 真っ赤な口紅を引いた口を、にっと歪ませる女。そこでフェイド・アウト。

 ・<証言者D>の証言
 くたびれた白いトレーナーとジャージの、薄ら笑いを浮かべた男がフェイド・イン。髪はぼさぼさで、心なしかやつれている。へらへらと軽い口調で話し始める。
「え、俺が水槽で昔何飼ってたかって?
 エビ、飼ってたんだ。ほらほら、有名なあのでっかくて毛むくじゃらなやつ。毒のある、あれ。
 何でって、そりゃ観賞用に決まってるだろ。もともと好きだって言うのもあるけど。いや、格好良いじゃん。ま、とにかく飼ってたわけよ。エビ。
 でさ、毎日そういうサイト巡ってたわけよ。観察日記とか、色々。
 そういうサイトに混じってさあ、なんか変なサイトがヒットしてさ。うさんくさい話ばっかのページ。
 そこで見たんだけど、タランテラって知ってる? いや、俺はそれまで知らなかったんだけど。なんかどっかの民族音楽らしくて、頭のおかしい名前の由来があるんだ。エビにかまれたときこれを踊ると毒が消えるとかさ。
 馬鹿みたいだろ?
 でもさ、俺ちょっと気になってさ、色々調べて、CDとかネットで買って、試してみたんだ。
 いやあもう、かまれて気持ち悪くなるし、踊ったらすげえ速いテンポでぐるぐる目が回るし。しかも幻覚って言うの? なんか見えたし。
 なんかもうその辺でぶっ倒れて訳わかんなくなって、気付いたら病院にいて。エビのこと話したらここに連れてこられた訳。
 別に気が狂ってるわけじゃないんだけどなあ!」
 身体を折ってけたたましく笑う男。フェイド・インしてからもしばらく笑い声が聞こえる。

 ・<証言者E>の証言
 眼鏡をかけた神経質そうな青年がフェイド・イン。視線をそらしながらぼそぼそと話し始める。
「ビニール袋を買うのが長く夢でした。水の塩分とか水温とかの調節が色々面倒だし、そのための装置なんかも高かったし、そう簡単に飼えるものではなかったのです。
 でも初めての給料で水槽からなにから一式と一緒に、念願のビニール袋を買ってきたのです。小さい、初心者には飼い易いと薦められた種類でした。
 それからはビニール袋を眺めるのが日課になりました。幸せでした。
 どうしても外出しなくてはいけない用事があったり、会社へ行かなければならない時間になると、心が苦しくなりました。
 家の外にいる間中嫌な想像が頭の中でちらついて、集中するどころではありません。煩わしいことから解放されると、それこそ一目散で家に帰りました。そして浮いたり沈んだりするビニール袋を眺めました。」
 疲れたように、ほぅ、と溜息を吐く。
「ある日、ビニール袋たちの透明度が心なしか上がっているように思えました。あれこれ装置を調べましたが、悪いところはどこにもありませんでした。けれど、日に日にビニール袋たちの姿は薄くなります。気が気ではありませんでした。けれど、ある朝水槽を覗き込むとそこには何の姿も見えませんでした。
 ビニール袋たちは水槽の水に溶けてしまったのでしょうか? 水槽の水は捨ててしまいました。あの水を取っておいたら、ビニール袋たちは戻ってきたのでしょうか?」
 青年、初めてまっすぐ前を見る。心底不思議だ、納得できないという顔。応えはないまま、フェイド・アウト。

 ・エンディング
 舞台中央に再び<探偵>がフェイド・インして登場。一礼して、話し始める。
「さてみなさま。証言者たちはおかしなことを言っていたでしょう。水槽に飼ったものもばらばら、それを失った理由も様々。これでは収拾がつきません。
 ――しかし私は<探偵>。この謎を解き明かして見せましょう。」
 そう言って探偵が芝居がかった仕草で腕を上げると、椅子に座った証言者A~Eが現れる。それぞれの表情を浮かべて、黙って座っている。
「――彼らがこの水槽に飼っていたのは全て同じものなのです。
 ほら、あなたにも見えるでしょう?」
 手で水槽を指し示す<探偵>。しかし水槽にはなにも入っていない、ように見える。
「わかりませんか? 彼らが水槽に飼っていたものが。あなたにも必ずあるはずなのです。
 ――そう、妄想、が。思い出、と言い換えても良い。
 彼らはみな、この水槽の中に彼ら自身の妄想を映して、それを飼っていたのですよ。」
 ふっと、証言者A~Eがフェイド・アウト。舞台の上に残ったのは<探偵>と薄汚れた水槽だけ。
「この水槽をめぐる話はこれで終わりです。みなさま、今日はお気をつけてお帰り下さい。
 水槽の中に飼ったものに、飲まれてしまってはだめですよ」
 <探偵>、優雅に一礼。そのまま、<探偵>、水槽、フェイド・イン。

 ――会場の明かりが久しぶりに点る。

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