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さらし文学賞
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全ては水槽の中

一、その怪盗、予告状は達筆

「木を隠すには森の中。人を隠すには人込みの中。では、宝石を隠すには?」
 怪盗は、闇の中で微笑みながら呟く。
「もちろん、石の中よね」
 と、サイコロ大の輝く宝石を水槽の中に音も無く落とした。
 水槽のヌシである一匹の金魚の傍を、ダイヤモンドが沈んでいく。底に敷き詰められたクリスタルのように輝く小石に紛れて、もはや誰の目にも宝石を判別することは出来ない。
 くすり、と怪盗は笑んだ。
 その瞬間、入り口が何者かに叩かれる。
 怪盗は、そちらには目もくれずに一言、「開いてるわよ」と告げた。入り口からは、少女が堂々とした足取りで入ってくる。そして、
「おねぇちゃんは目立ちたがり屋過ぎるのです」
 開口一番、怪盗に文句を言った。膨れっ面である。
「人気取りも大事なことなのよ? それに、スリルがないと、ね」
 闇の中でもそれとわかる満面の笑みで怪盗は少女に悪びれもせずそう言った。
「私が、この高層マンションの全セキュリティーシステムを掌握するために、一体どれだけの労力を使ったことか……。今、標的を持って帰ればリスクも皆無ですのに」
 ため息混じりに少女は嘆く。
「まぁまぁ、明日の朝のニュース、楽しみにしてなさいって。今回はドジだけど健気なところを全国のお茶の間にアピールするから♪」
 少女は怪盗の笑顔の前には何を言っても無駄であることを知っている。ちらりと腕時計を確認し、少女は淀みなく怪盗に告げる。
「今、午前二時二十四分。計算ではあと四時間と三十五分後に、五人を経由して足跡を消した上に無駄に達筆な草書の犯行予告状が警察とマスコミに届きます。くれぐれも、本当のドジをしないように」
 怪盗は、満面の笑みで、その笑顔という名の凶器で、少女に答えた。「もちろん!」

二、その刑事、憧れは銭形

 刑事が現場に着いたとき、犯行は終了していた。
 近くに並び立つもののない超高級マンションの最上階。その完璧なハズのセキュリティーは蜘蛛の巣を箒で掃いたかのようにあっさりと破られ、厳重に保管されていたハズのダイヤモンドが盗まれていた。犯行予告状が届いたのは朝の七時、一分前。ほんの十分前に犯行予告を確認してすぐに飛んできたのだが、この様子では犯行後にわざわざ犯行を知らせてきたようだ。しかし、何のために?
 冬の冷たい空気の中、日が昇ってから時間が浅いこの部屋は、しかし強力な暖房で既に居心地のいい室温を保っている。刑事は、その強面には出さないものの、ひどく興奮していた。待ちに待った、『ライバル』の登場。今日こそがその日なのかもしれない、と。
 今時、怪盗なんてまずいない。犯行予告状なんて、バカでも作らない。だが、今朝はその有り得ない事が起きた。予告状は確かに届き、宝石は盗まれた。怪盗が現れたのだ。
 齢五十を超えて、夢見るベテラン刑事は、俄然やる気だった。部下たちから、部屋から盗られているものが確かにダイヤモンド一つであることが報告される。宝石一つ以外は、金魚はおろか裸でタンスに入っていた現金すら手付かずである、と。
 刑事は、静かに呼吸を整えて、言った。
「お前を捕まえるのは、この私だ」
 その顔がどことなく嬉しそうであるのに気づいたのは、長年彼の助手を続けてきた部下一人だけだった。
 程なく捜査に行き詰った刑事は、迷わずに携帯電話の短縮ボタンを押した。刑事は手段を選ばない。通話相手は、『探偵』である。

三、その探偵、趣味は俳句

 探偵は午後三時になると、どこからともなくティーセットを持ち出してアフタヌーンティーを始めた。超高級な紅茶を、何の断りもなく勝手に被害者の棚から見つけ出し、驚くべき手際の良さで刑事たちと自分の分を作ってしまった。被害者に金額を聞くのが怖ろしい。経費で落ちるだろうか?
 事件の捜査に行き詰った我々が呼んだのは、稀代の名探偵などではなく、私の旧い馴染みである。いつも自分の事務所でソファーに座って俳句を作っている。風流な男だが、二十年前に一度だけ犯人を言い当てた事がある。
 探偵はいつもよりも何倍も柔らかいソファーに、いつもと同じようにゆったりと腰掛けて、優雅に紅茶を飲んでいる。朝のドタバタとした捜査や、取材の慌ただしさが嘘のようだ。
 特に、満点放送の朝イチ特攻リポーター。散々に現場を荒らされた。非常に可愛かったし、季節を無視したミニスカートも良かった。寝癖もきゅーとだ。何でも許してしまいたくなる魅惑的な笑顔も、毎朝テレビで観る時よりも何倍も輝いていた。
 だからといって、捜査をまるで無視して部屋の中を縦横無尽に歩き回ったうえに、金魚の入った水槽までひっくり返すとは。金魚や水草はもちろん、底に敷いてあったこれまた高級感溢れるキラキラした石まで部屋中に飛び散った。その瞬間が最高視聴率を記録したというから怒る気にもなれない。
 あの笑顔が無ければ番組降板はもちろん、公務執行妨害で逮捕だ。結局、捜査員の満場一致で、リポーターは無罪扱いとなった。人情は刑事に必須である。
 午前中には全ての取材陣が引けて、正午と同時にのんびりと探偵が現れた。
 一通り状況を聞くと、そのままウロウロと一時間ほど部屋の中を歩き回って、捜査員にいくつかの質問をすると黙ってしまった。それからもう二時間。
 刑事と捜査員全員の忍耐がついに切れようとしたその時、探偵は重い口を開いた。
『超高級 部屋から消えた ダイヤと金魚』
 季語が無い。金魚は、季語なのだろうか?
 刑事は、たっぷりと数十秒待ってから、厳かに告げた。
「探偵よ、お前さんの俳句を聞きたくて呼んだんじゃ無いんだが。しかも俳句にすらなってないぞ」
 探偵は紅茶をそっと口に運ぶと、一気に残りを飲み干した。
「刑事、この紅茶、持って帰ってもいいか?」
 捜査はこの日の午後に証拠ゼロとの結論によって打ち切られた。

四、その少女、学校では生きもの係

 少女は闇の中で手元の小型端末を器用に操り部屋の中のありとあらゆる情報を改竄して一切の痕跡を消去してみせた。時刻は午前二時四十分。時間は余りある。怪盗は朝の準備のために後始末を少女に任せて先に帰っている。
 一仕事終えて、超高層から見下ろす深夜の街並みにしばし見惚れる。ダイヤモンドよりも、よほど夜景の方が好きな少女であった。
 脳内時計で正確に一分。自分の趣味を全うすると、少女は宝石が沈む水槽に近づいていく。だが、少女の興味は「世界で最も完璧なバランスと完成度を誇るカットを施された唯一無二のダイヤモンド『クイーン・オブ・クイーン』」ではなく、水槽を気ままに泳ぐ金魚の方に向いていた。
 そのパッチリとした目と、一点のくすみも無い真紅の身。その無駄の無い姿に、生きもの係を熱心に務める少女の心は強く強く惹きつけられた。
「飼いたいです」
 無意識に言葉が口から出ている。自分の言葉にも、気づかない。
「おねぇちゃんに、メールしておこうかな。『お土産』はお人形じゃなくてこの子にして欲しいって」
 少女は懐から固形の簡易食料を取り出すと、成分に軽く目を通してから、水槽に一欠けら落とした。金魚はまるでずっと待っていたかのように一瞬で平らげてしまう。少女はほんの少し目を見開いて、優しく微笑んだ。
「可哀想に、腹ペコだったのですね。ではさようなら、金魚さん。縁があれば、もう一度お会いしましょう」
 忙しそうに口を開け閉めするその様子は、少女への返答に見えた。少女は音も立てずに入り口から出て行く。エレベーターはほんの一息つく間に少女を地上へと運んだ。マンションから外へと少女が出て行った瞬間、超高層マンションの全セキュリティ機能が、まるで催眠術から解けたかのように一斉に稼動し始める。もちろん、怪盗の存在も少女の存在も、どこにも残されてはいなかった。空白の時間さえも、そこには記録されていない。
 ただ一匹の金魚だけが、少女が去ったのを惜しんでいた。少女から得た食料で自分の空腹を思い出したかの様に、水槽の赤いヌシは自分の世界を縦横無尽に泳ぎ回る。

五、そのリポーター、笑顔は凶器

 後ろ髪の寝癖はわざとだ。ミニスカートも世の中のおぢさま連中を虜にするため、寒さを我慢して穿いている。ドジなキャラクターを演じるのは、もはや私にとっては呼吸するよりも容易い。カメラ映りを完璧に把握した立ち居振る舞いも、身体に刻み込んだ。
 あとは、『事件』さえあればいい。
 私が目立つことの出来る、奇抜で奇妙でワイドショーが飛びつく様な、愉快な事件。
「怪盗が犯行予告状なんかを出して、実際に宝石なんかが盗まれれば、大注目は間違いないわね」
 そのためだけに面倒くさがるあの娘を『お土産』で説き伏せてこの『舞台』を作り上げたのだ。失敗はしない。私は、スターの階段を登りきってみせる。
 カメラマンから合図が出る。いつもの、私にとって武器とも言える笑顔で、カメラ越しにお茶の間の人々に笑いかける。背筋に、ぞくりとした快感が走り抜ける。
 時刻は午前八時。捜査開始から一時間足らず。
 カメラに赤い光が灯り、世界が、私のために、巡る。

六、そのカメラマン、想像力はピカイチ

 午後の六時。一日の仕事を終えて帰宅したカメラマンは、壁に張ったリポーターのポスターに「ただいま」と告げた。
 自分で撮った憧れのリポーターの笑顔は、眩しいくらいに素晴らしい。
 今日も、一緒に仕事をすることが出来た。最高の一日だ。
 慌ただしかったけど、いつにも増してリポーターが輝いていた。その輝きを全国に伝えることが出来るなんて、自分はこんなに幸せでいいのだろうか。
 張り切りすぎて刑事さんに注意されたり、水槽を派手にひっくり返して割ってしまったり、居場所がなくなって可哀想だからと言って金魚を引き取ったり、今日はリポーターの魅力がまさに満点の一日だった!
 もしかしてもしかしたら、実はリポーターが怪盗の正体で、犯行予告状も何もかもがリポーターの仕組んだ大芝居で、水槽をひっくり返したのは実は水底に宝石を隠していたからで、金魚を引き取ったのはその隠したはずの宝石を金魚が食べてしまったと考えてのことだったりして……。
 カメラマンはそこまで妄想を膨らませるとリポーターのポスターに向かって笑いかけた。
「まさか、ね。俺も冒険小説の読みすぎだなぁ」
 真実は、カメラマンの苦笑いと共に、沈んでいく。

七、その結末、全ては水槽の中

「ただいま~」
 お茶の間を賑わす人気リポーターは気落ちした声で自宅へと帰ってきた。その手には小さいビニール袋が提げられている。膨らみ具合から見て、水がたっぷり入っているようだ。
「おねぇちゃん、お帰りなさい」
 エプロン姿の少女が、歳の離れた姉を出迎える。夕飯の香ばしい香りが部屋の中を暖かく包んでいる。
「はい、お望み通りの『お土産』よ。あそこにいた真っ赤な金魚。ダイヤの方はどこかにいっちゃったわ。もしかしたら、一緒に水槽の破片とか片付けてた捜査員の誰かが持って帰ったかもね。あ~あ、人気と財産を一石二鳥で手に入れる計画だったのに!」
「おねぇちゃんは、欲張りすぎます。この子が家族に増えたことで、良しとしましょう」
 少女はあくまで淡々としながらも、眸を輝かせて金魚を受け取ると、いつの間にか用意していた水槽に金魚を放してやった。金魚は我がもの顔で泳ぎだす。
「今日からは、餓えさせたりはしませんから、ご安心ください」
 少女は優しく金魚に語りかけると早速、一欠けらのエサを水槽に落とし込んだ。
 口を開け閉めしている金魚は、しかし、つい十数時間前と比べていささか食欲に勢いがなかった。
「金魚さんはいつの間にか満腹のようです」
「まぁ、満足しているならそれでいいんじゃない? 私たちも、ご飯にしましょー♪」
 金魚は少々重くなった身体で、しかしそれでもエサに噛り付くのだった。
 真実が明らかになるのは、いつのことか。
 その結末は全て、水槽の中で今日も元気に泳いでいる。
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