さらし文学賞
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汗と涙とオリハルコン

そして十年の月日が流れた。
 多くの者がこの地を去っていった。それも当然だろう。もはやこの地には未来も希望も残されてはいない。ただ一人私だけが、懲りずに今日も鶴嘴を担ぎ小屋を出る。
 十年は長い。約束も色褪せる。無精髭を生やした男、ロック・ソウルは歩きながら思う。服装は重労働に適した白いランニングシャツと丈夫な布地で出来た長ズボン。もっとも、シャツはもはやその色を白から薄汚れた茶色へと変えており、ズボンもかなり色が抜けて、所々が擦り切れて穴も開いている。人によればそれらの汚れや傷は「味」なのかもしれないが、客観的に見て、みすぼらしく小汚い格好と言って差し支えない。頭には使い込んだ手ぬぐいを巻き、腰には一振りの脇差を下げている。銃の時代には珍しい。しかし、人が去ったこの地に、今なおたった一人残る変わり者にとっては丁度いいのかもしれない。
 ロックは器用な男であった。彼が拠点とする小屋は、彼自身の手作りで2年掛けて作り上げたものだ。常に暑いか生暖かいかの二択でしかないこの地では、風通しの良さと水の確保のしやすさが重要となる。その点、この小屋は申し分なかった。
 ロックの頭は綺麗に刈り上げられ、丸坊主である。その体躯は、長年の節制と重労働で赤黒く焼け、自然と頑丈でしなやかなものとなっていた。今でこそ一人もいないが、かつては頻出する強盗から身を守る必要もあったのだから、常日頃から体を鍛えることは生き残るための必須事項であった。略奪者はおろか生活の上での協力者もいなくなった今でも、彼は一日の始まりと終わりには腰のささやかな愛刀を抜き放ち、手入れと修行を続けていた。

 やがて鬱蒼とした森がぷつりと途切れ、目の前には巨大な壁が現れた。右にも左にも切れ目なく延々と続く壁は島を南北に両断していた。その高さは実に三百メートル。自然に出来たものではない。かつては大地までも思いのままにした者たちがいたのだ。つまるところ「地上に現れた地下三百メートルの地層」こそが、数多の欲深き者たちをこの不自然な島におびき寄せた。そして当時、十年前において唯一人「ガキ」であったロックだけが食べ残された。その、続く悲劇に対しては些細な事件が歴史書に刻まれるには、さらに十年の月日を必要とする。

 ロックは目の前の壁に開いた数多の横穴から一際大きな穴に足を進めた。今や、邪魔するものや勝手に穴を横取りするものもいない。ただ一心に、ロックは師が指し示した先を掘り進んでいた。囚われの身であったロックを救い出し、生きる術と意思、何よりも果てしなく青い空を与えたのが師であった。その師が身体の半分を失ってなお彼に遺したのは短い刀と身を守る護身石、そして宝を指し示し続ける宝位磁針であった。
「あの悪しき化け物を封じるには、かの伝説の金属でなければなりません」
 ロックは亡き師の名を継いだ。ロック・ソウルはそうして名を得た。

 ぐっと、首から下げた護身石を握りしめると、温かい空気が身を包むのを感じた。師は「簡易宇宙服のようなものです」と言ったが、つまりは簡単には死ななくなる。ロックにはそれで充分だった。
 もはや外の光は届かないが、護身石が放つ淡い輝きが作業を照らしている。宝位磁針は一週間前から激しく赤い光を放っていた。宝が、近いのだ。

 そして、ロックの鶴嘴が、十年間一度も欠けることのなかったその特別性の切っ先が、呆気ないくらい簡単に砕けた。岩の間から、まるで太陽のような輝きが零れている。ロックは静かに、その手を触れた。

「しつこい人ね」
 頭の中に声が響く。夢を見ているのだろうか。目の前には絢爛豪華な室内が広がり、世にも美しい女性が華やかな衣装に身を包んで、私を睨んでいた。
「何度も言うけれど、わたくしは貴方と結婚するつもりは毛頭ございません」
 混乱するロックの口が、ひとりでに動いた。
「おぉ、麗しき我が君。私ほどの勇者はこの世におりません。つまり、私ほど貴女をお守りできる者はいないのです」
 驚愕するロックの意識をよそに、姫君は言い放つ。
「貴方の望みはわたくしなどではなく、我が宝刀なのでしょう?
 わたくしの事をおまけ程度にも思っていないくせに、よくぞ口がまわるものね勇者殿」
 ようやくロックは己が見ている光景が幻であることを悟る。恐らくは、手に触れた宝が見せている、在りし日の出来事なのだろうと。
「聡明なる我が君。私は誰よりも貴女を愛しています。その貴女をお守りするために、大切なお刀をお借りするかもしれません」
「そうね、貴方はわたくしを愛しているでしょう。わたくしが与える地位と名誉の為に」
 ロックは姫君が放つ怒気に圧倒されていた。が、彼とは別の人物は意にも介さずに言葉を継ぐ。
「我が君よ。今や世界は奴のせいで危機に立たされているのです。貴女が誰よりもご存知のはずですが。
 ご理解とご支援を、何卒お願い申し上げます」
 畏まった口調だが、性根の腐った声だった。姫君の眉が寄る。きつく唇を結んで、何かに耐えている。ロックには想像も及ばない、何かに。
「貴方を、信用できません我が前から去りなさい」
 決然と言い放つその瞳には覚悟があった。しかし、一瞬でそれも砕かれる。
「ふむ。所詮は年端もいかぬ小娘か。従えば玩具くらいにはしてやったものを」
 男が演技を止めた時には既に、姫君の胸には輝く刃が突き立っていた。

 どれだけの時間が過ぎたのか、ロックには判断出来なかった。手には輝く金属が、武骨な刀身を形作っている。それは、夢の中で姫君を貫いたものに思えた。恐る恐る、その身を撫でてみる。淡く煌めく刀身は、生きているようだった。
「貴方もしつこい人ね」
 ロックは驚きのあまり、宝刀を取り落としそうになる。刀が、言葉を発した。そうとしか思えなかった。
「あら? 何も聞いていないの?
 わたくしのことを知らないで求めるなんて、馬鹿なのか物好きなのか、『本物』なのか……」
 ロックはしみじみと輝く刀身を見つめた。自分は試されているのだろうか。
「わたくしは、命を持つ刀。正確にはわたくしを構成する金属が、『生きている』。故に、呼吸し、自己回復し、あらゆる魔物を半永久的に封じることができる」
 それは師が遺した意思だった。世界に牙を向ける存在を、封じるために宝が必要だと。
「貴方は、夢を見たでしょう?」
 ロックは直ぐさま頷いていた。
「ならば、話は早い。わたくしの望みは、民の幸せ。
 貴方が、同じ意思ならば従おう」
 ロックは長い間使うことのなかった喉を震わせるのに手間取った。
「あ、……あぁ。
 あな、たは……?」
 刀身が淡く光る。微笑んだのかもしれない。
「わたくしは、この身に刺し貫かれた古き血の系譜。最後の『正統なる血筋』。
 千年も前かしら。この地に深く沈められ、やがて魔法遣いたちの喧嘩でこの地は島になった。それでもなお深い地の底で、わたくしはずっと眠っていた。貴方は何年生きているかしら?
 それもくだらない質問ね。貴方はわたくしを見出だした。望みを、告げなさい」
 ロックは、それでも聞きたかった。
「あ、貴女は、……?」
 数瞬を置いて、『彼女』は答えた。
「野暮な人ね。おまけに不器用な人。でも、あの勇者よりは数万倍、いい人。
 わたくしは貴方が見た夢の中で、確かにこの宝刀で貫かれた。しかしわたくしの、強い憎しみ、怒りが、我が意思を宝刀に宿した。わたくしは彼の憎き者に不運と死を運び沈められたのです。
 そして、意思を宿した宝刀にはあらゆる力を封じる魔封じの力が宿ることを、わたくしは証明した。その時には海の底にいたのですけれど」
 ロックは、十年振りに涙を流した。衣服に染み込んだ汗とは、違っていた。師のことを、強く思い起こさずにはいられなかった。ロックは、言うべき言葉を探した。彼女を安らかに眠らせていたかったが、師は世界に迫る危機をロックに伝えていたのである。
「貴女の、力を、貸して欲しい」
 宝刀は淡く瞬いた。
「わたくしを、人として扱うの?」
「貴方は、誇り高く、生きている」
「ならば、共に歩みましょう。わたくしは貴方を我が担い手として受け入れます。
 我が名は、オリハルコン」
 厳かに、彼女は名乗った。応える必要が、ある。
「私は、ロック・ソウル。名は師から頂いた。師の仇を討ち、皆が笑いあえる、世界にしたい」
「よろしく、ロック。さぁ、行きましょう、世界へ!」
 後の世に、ロック・ソウルの名は『世界を救った英雄』として刻まれる。生涯独り身だったというが、「己の愛刀と言葉を交わしていた」やら、「愛刀のことを溺愛しており、人間の娘には恋をしなかった」といった逸話がまことしやかに語られる。その愛刀が、命を宿すかのように輝く剣と脇差しだったという点は、全ての歴史書で変わらない。

 ある一つの歴史書だけが、彼の輝かしい功績ではなく、その幼年期から青年期のことを語っている。結びはこうだ。
「数多の勇者は世に溢れていますが、彼のように長年に渡り辛く厳しい作業を淡々と続け、誰にも見向きされず、賛嘆の言葉もかけられることのない『真の勇者』は中々いないのです」
 今なお、ロック・ソウルの愛刀は、彼と共に行方知れずのままだ。

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