さらし文学賞
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雪の下にて、世界よ終われ。

駅まで送っていくよと言うので、僕は彼女と家を出た。僕は玄関で深々と頭を下げて、「おじゃましました」と家の奥に向かって告げた。返事はなかった。
外に出ると、急に寒くなった。マシュマロのような雪が、ぼってりと降ってくる。
「東京じゃ、こんな雪、見たことないでしょう」
「ないね。今まで、一回もない」
彼女の言葉に、僕は頷く。彼女は背伸びをして、僕のコートのフードを頭にかぶせてきた。彼女は毛糸の帽子をかぶっていた。
「どう言うかさ、躍動してるんだよね。まるまるとして重そうな雪なんだけど、ふわっ、ふわって、なかなか落ちてこない。ほんのちょっとした風にも舞って、地面に着くのを嫌がっているみたいにも見える」
 二人並んで、田舎道を歩き出す。しばらくは互いに黙っていた。僕は、先ほどの訪問で強く否定された事実を噛みしめていた。予想通りの反応だったとも言えるし、予想以上に厳しい状況になったとも思った。
「気にすることはないのよ」
 彼女がぽつりと言った。
「私達、もう大人なんだから」
「君の方がつらいだろう」
「いいの」
 ことさらに軽い調子で言葉が返ってきた。
「もう、何も考えずにやってしまうのよ」
 彼女の言う「やる」が、どうすることを意味するのか、僕は聞きたくてたまらなかった。しかし、僕は聞けなかった。
「ああ、もう、このまま世界が終わっちゃわないかなぁ」
「何を言うんだよ」
 僕の言葉が聞こえなかったかのように、彼女はコートの裾を翻して回って見せた。僕は息を呑んだ。道路は踏み固められた雪が凍りついて滑りやすかったし、彼女はヒールの高いブーツを履いていた。しかし、彼女は危なげなく一回転して、フィギュア選手のようなポーズすら決めてみせた。
「おどかすなよ」
 内心の動揺を隠して僕は言った。彼女は楽しそうににっこり笑った。
「私はね、一番幸せな気持ちのときに、世界が終わったら最高だと思うの」
「僕はそうは思わないな」
 言下に否定してしまう。
「そこまで破滅的にならなくてもいいじゃないか」
「不幸のどん底で世界が終わってもいいの」
「世界が滅ばないのが一番いいよ」
 人通りの多い道に出た。クリスマスが近いためか、都会の豪華なイルミネーションほどではないが、あちこちの建物に電飾が吊られている。雪を降らせる厚い雲のせいもあって、そう遅い時間でもないのに、ずいぶん暗くなってきた。
「触ったものが全部、黄金になる王様の話があったじゃない」
「ミダス王のことかな」
「そう、そう。あれは悲劇の王様だよね」
 彼女が急に何を言い出したのか、よくわからなかった。ちかちか光る電飾から連想したのだろうか。彼女の家を出てから、僕達はまだ一度もちゃんと目を合わせていない。
「でも、あの話で不満だったのがさ、どうして王様が、触れたものを全て黄金に変えたがったか、その理由がわからないっていうところ」
「ああ、どうなんだろうね。元は神話だったはずだから、ちゃんと調べればわかるんじゃないか」
「そんなのどうだっていいの」
 苛立ったように、彼女は僕を遮った。
「それにしたって、願い方が半端じゃないわよね。黄金が欲しい、じゃないもの。王様は触れるもの全部を黄金にしたかった。自分の周りを、全部黄金で固めてしまいたかった」
 そこまでは神話でも言われてないんじゃないか、と思ったが、また「どうでもいい」と言われそうなので反論しなかった。
「それなのに、どうして王様は後悔したの? 黄金に対して異常な欲望を抱いていた人でしょう。娘が黄金になっちゃったんだっけ? でも、本当に黄金が好きな人なんだから、それでいいじゃない。娘より黄金よ。そんな人でないと、触るもの全部黄金に、なんて発想が浮かぶわけない」
「いつものことだけど、人の性格を勝手に想像してあれこれ言うのは、君の良くない妄想癖だよ」
 つい、からかうように口を挟んでしまった。彼女はむっと頬を膨らませた。
「じゃあ、誰か架空の人を設定すればいいんでしょ。ミダス王なんかより、一途な王様にして。それに、黄金じゃ説得力がないって言うのなら、それよりもっと価値のあるものにしてさ」
「黄金よりって、例えば?」
 彼女は、しばらくうーんと悩んで、答えた。
「――オリハルコン」
 突飛な単語が出てきたので、僕はおもしろがって煽った。
「じゃあ、触れるもの全てをオリハルコンに変える王様の名前は何だい」
「名前? ええとね、コンランスよ」
「コンランス?」
「混乱す、で」
 彼女が発音を変えてくれたので、僕にも意味がわかった。彼女は「コン、で韻も踏んでいるし」と自慢げに言った。寒い道中を温めるために、僕はこの意味のないキャッチボールを楽しもうと思った。
「それで、そのコンランス王はどうしたの」
「コンランス王は、触れるもの全てがオリハルコンになるようにしてもらいました。ためしに道端の小石を取り上げてみると、それはたちまちオリハルコンに変化しました。王様は狂喜しました」
 彼女は昔話のように語る。
「ですが、祝宴を開こうとして用意させた食事を前に、コンランス王は狼狽しました。彼の触れるものは、皆オリハルコンになってしまうからです。あらゆるオードブルも、メインのターキーも」
「君の好きなデザートも」
「そう、イチゴのブラマンジェでさえ」
 それが目の前にあるわけでもないのに、彼女は抑えきれないような微笑をこぼした。
「それだけではありません。コンランス王は、自分の娘にも触れてしまったのです。娘はオリハルコンでできた彫像になってしまったのです。――あれだよね、まさに、最終兵器愛娘。みたいな」
 アイドルグループの名前にしたら、さぞかし売れないことだろう。愉快になってきた僕は、さらに彼女を乗せた。
「それで、コンランスは自らの願いを悔いたのかい?」
「いいえ!」
 ちょっとびっくりするような勢いで、彼女は首を横に振った。
「コンランス王は、何がどうあってもオリハルコンが欲しかったのです。そして今、自分の触れるものは何でもオリハルコンにすることができる。後悔するわけがないのです」
 彼女の声が大きくなってきた。周囲を歩いていた人が、ちょっと振り向いて彼女を見たほどだ。
「そんな、かっとならないでさ」
「だって、本当にそうだもの」
 彼女は興奮していた。顔が赤いのはそのためか、それとも外気が冷たいせいか。
「どうしても、君は王様を悔やませたくないみたいだね」
「だって、そうだもの。手に入れたくて仕方がなかったものを、彼は得たんじゃない。それを悔やむなんて、そんなの、本当は初めからオリハルコンなんて欲しくなかったのよ」
 そんなの嘘よ、と彼女は断固として言う。
「だってコンランス王には、可愛い娘がいたんだろう。おいしい料理も手に入る立場だし、きっと使用人もいた。女王だって健在かもしれない。国民に慕われ、広大な敷地も彼のもので」
「そんなの、どうだっていい」
 彼女はぐっと身を乗り出すように、僕の目を覗き込んできた。雪の降る路上で、僕達の時間が一瞬止まった。
 突然、彼女の体が傾いた。足を滑らせたのだ、と思う間もなく、僕は腕を伸ばして彼女を支えた。何とか、彼女は倒れずに済んだ。
そのとき、僕ははっとした。彼女の右手は僕にすがりついてきていた。しかし彼女の左手は、彼女自身の腹部を、抱えるようにかばっていた。おそらく反射的なものだったのだろう。僕は喉の奥がしびれるような気がした。
 彼女は、僕の腕の中で呟く。
「だって、彼はオリハルコンが欲しかったんだもの。他のものがどうなったって、構いやしなかったんだわ」
「そうだね」
「ううん、むしろ、全部オリハルコンになっちゃった方が良かったのよ。他のものは皆、オリハルコンを愛するのに邪魔なだけの存在だわ」
 そうだね、きっとそうだね、と言いながら、僕は彼女を固く抱きしめた。たぶん人目があっただろうが、僕には何も見えなかった。彼女は熱に浮かされたような声で続けた。
「だから、王様は後悔なんかしなかった。王様はオリハルコンを手に入れて、自分の周りをみんなみんなオリハルコンに変えてしまって、それで自分の大好きなものだけに囲まれて、一生を幸せに幸せに幸せに過ごしたんだよ」
 雪は躍動するマシュマロのようで、
 彼女は身動きしないオリハルコンのようで、
 僕は、このまま世界が終わってしまえと願ってもいいような気がした。

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