さらし文学賞
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結晶は籠の中で

 夢のような過去の中、雲を踏む足取りで歩いていると、頭蓋の底からしゃらしゃらと音が鳴る。
 しゃらしゃらがかちかちになり。かちかちがことことになり。足を踏み出すたびからからと揺れるその音の、正体を誰も知らないという。

 でも、あたしが知っている。
 頭の中でオリハルコンが結晶していく、その音だと。
 
 オリハルコン、伝説の金属。ダイヤモンドよりも硬くアルミよりも軽い、緋色に揺らめく希少な鋼。あたしの頭の中で、着々と結晶しているもの。アルミよりも軽いから長い間あたしですら気づかず。ダイヤよりも硬いからレーザーでも壊せない。希少なもの、価値あるもの。だからみんななにもしない。なにもしないで待っている、あたしの頭蓋の中全てが、これで埋め尽くされる日を。
 伝説の金属、つまり伝説に残るようなことをした金属。よく聞くものなら鎧と剣。魔王を倒す勇者の剣が、オリハルコン。
 きっとあたしが選ばれたのだ。オリハルコンを精製する、その役目に選ばれた。とてもとても重要な役目。放棄したらいけない定め。だからみんな黙ってる。いつ家に帰れるのか聞いても、頭で響くこの音がなくなるのか聞いても。
 いつか勇者がやってきて、この結晶を欲しがるんだろう。その時あたしが進んで自ら、この金属を差し出すのだ。魔王を倒す、その材料を。だからその時までここにいなきゃならない。だからその時までここを動いちゃいけない。
 だってそうでしょ?あたしの頭から取り出されたオリハルコンを、ただ渡されるだけじゃ勇者だってつまらない。そこで良心の呵責にさいなまれるべきだよ、魔王を倒すための剣と、あたしの命とを天秤にかけて。
れべるあっぷ?けいけんち?必要でしょ、そんなのが。

 白い白い部屋の中で白色のカーテンが揺れる。外で満開の花の香りも、死にそうな蝉の断末魔も、この中まで届いたりしない。
仕切られて隔絶されている。区切られて乖離させられている。
カーテンを揺らす空調の風。乾燥に加湿器で対抗して。
機械ばかりが置いてある。機械ばかりが増えていく。
 気がつけば食事が机の上に。ラップのかかった椀、水滴のついたラップ。スープに落ちる水滴、すぐに味が薄まる。
 ラップを外して放置しておく、その表面に丸く波紋が。具に当たって跳ね返る、その干渉する波を鑑賞して。小さく笑う。いったいなにをしている?
波紋ができるのなら、床が揺れているということ。耳を澄まして眼を閉じると、だん、とかすかな振動、だん、とわずかな音。白い人達のたしなめる声。リノリウムの床を踏む足音。あぁ、いつものかんしゃくだ。

 誰の?
 さぁ、よく知らない。

 音をたどることなんて難しくない、ことこととオリハルコンが跳ねるのがうるさくても。音がする、廊下の向かい側のブロックから。床と壁とをつたわって振動がくる。その向こう、いくつも並んだ扉の一つが、勝手に閉まるそのドアが、震えている。あぁ、あの向こうが元凶なの。
 諦めたらしい白い人達の、足早に去っていく後ろ姿を見送る。ここのかんしゃく持ちの部屋、同室者がいないのだろう、いたらもっと必死になだめているはず。
 ドアノブに手をかける。開けようとするけどあたしのところのより若干重い。一人部屋なんだ、つくりが頑強だもの。そう気づいて、気づいたからってなんてこともない。
引き開ける。
 部屋の中で風が踊っていた。
あぁ、窓が開いているんだ。蝉の悲鳴も木々の香りも、恐ろしく鮮烈にあたしの脳髄を焼く。ことこという音が大きくなる。
 壁がたたかれている。床が踏みつけられている。そのたびに音。その都度振動。
「……どうして暴れるの」
 鮮明なこの空間の、窓際に立つ人影に投げかける。
 振り向いた少年の目元が赤い。手が痛いのか、泣いていたのか。そんなことの判別も、もうあたしじゃできない。長くここにいすぎている。なにもかもが麻痺している。
「なに、アンタ」
小さな口が開いてそう言う。流れるようなボーイソプラノ。頭に響かない音量と音域。それが少しだけざらついている。とがっている。いらだっている。
カーテンがひるがえる。
「あたし、向こうの向かいの病室の」
「……あぁ、俺とおんなじヤツ」
視線がそらされた。
 おなじ。なにがだろう。この子とあたしならきっとあたしのほうが年上。この子、ランドセルが良く似合いそうだもの。髪もあたしの方が長い。病室があたしのと線対称。カーテンの色が青い。
おなじ。なにがだろう。そうだ、ここにいる期間なら同じくらいって、たしかそう聞いている。履物がスリッパ。枕元に本。昼食が机の上に乗ったままで、手付かず。腕が二本で、足が二本で、頭が一つ、眼が二つ。考えてみれば同じことだらけ。きっと、カルテに記されるあの長ったらしい単語だって。
 彼の短い髪がかきむしられる。
「アンタもむなしくならない?」
「どうして?」
「アンタだって頭ん中、かちかち音がするんだろ?」
「あたしの場合、ことこというけれど」
 長いまつげがまばたく。アンタの方が進行早いんだ、と意味不明な呟きを漏らす、少年。
「だったらなおさら、なおさらだ。こんな耳鳴りごときに、俺達殺されるんだぜ?苛立たねーの?」
 耳鳴り?結晶していくこの音が?
違う違う、そんなんじゃない。
「苛立つの?世界の役に、立てるのに」
「は?」
 怪訝な顔の少年に、説明しようとする。この音の存在価値を。なにかを順序だてて話そうとするなんて久しぶり。やり方なんて覚えていない。この子の気が短くないことを祈るばかりだけど、さっきのかんしゃくを見るにそんなこと微塵も期待できない、ね。
 頭蓋の中で、結晶がかたかたいう。

「そりゃいいや、ヤマタノオロチってわけか、俺達」
「ヤマタノオロチ?」
「スサノオが退治した、頭が八つある龍。尻尾を切ったらアメノムラクモノツルギが出てきたって神話だよ。伝説の剣なら、オリハルコンなんじゃない?」
 頭じゃなくて尻尾だけど、と。目の前の肩が震えて、笑う。けらけらと聞こえる、その笑い声。
「頭で結晶したのが尻尾に集まったのかもね。八本なら相当の量があるでしょう」
「いいねいいね、俺達、ヤマタノオロチの末裔なんだ。きっと全部で八人いて、勇者がその八人を倒してオリハルコンを集めるんだぜ。魔王に対抗できる剣を造るために」
「倒す?」
「そ、そ。最終武器を持ってる奴って、中ボスなのが相場なんだよ。でかいドラゴンとかを倒すとさ、宝箱が出てきたりすんの」
「あたし達が、勇者と戦うの?」
「そうそう、負けると頭をかっさばかれて、頭ん中のお宝を取られるってワケ。まぁやられ役なんだけど」
「最後の障壁?」
「ってこと。あーあー、なるほどねー、勇者をラクにさせないために、俺達がいるってことなんだぁ。ダンジョンに来たらハイ手に入りましたー、じゃ、確かに張り合いねーもんな」
 あったまおかしいんじゃない、と言われると思っていたのに。からからと笑いながら、少年が言う。
「つまり俺達って龍なんだ。で、俺達の頭の中のコイツが、世界を救うってわけなんだな?」
 龍同士、理解が良いってことなのかも。
「アンタってサイコー」
 そうかな?

 雲を踏む足取りで廊下の先へ歩いていくと、空調が意味を成さない部屋があたしを迎え入れる。いつだって窓が全開で青い布のひるがえるその部屋で、展開されていく議題こそが、あたし達がここにいる意味。だと、思い、たい。
 いつまで待っても勇者が来ない。来なければいい。ずっとこのままでいられるから。

 あたしも少年も、本を本棚に並べなくなる。活字が灰色に滲んだ染みにしか見えないから。

 音がうるさい。歩くことが少なくなる。

 白い人達がよく来るようになった。機械がさらに増える。

たまに、少年に会いにいけない日ができた。

 重いドアを引き開ける。窓枠にはまったガラスがぴったりと閉じていて、青いカーテンが空調の風に揺られていた。
「……やぁ」
 ベッドに座って、机に伏せていた少年が視線を上げた。空気が乾燥気味なのに、見当たらない加湿器。
「……なぁ、昨日なに食べたか、覚えてる?」
「さぁ……」
 曖昧に微笑んでみせたあたしの元に、白い紙が一枚滑らされる。
「これ、昨日のメニューだって。俺ぜんぜん記憶にねーんだけど」
「食べなかったんじゃない?」
「だったら今頃、点滴来てるよ」
 記憶が薄くなってきてる、それぐらいあたしだって自覚している。オリハルコンの代償でしょう、仕方ないよ、これくらい。
少年が心底だるそうに、机に伏せられていた顔を上げてぼんやりと言う。
「目が回る……」
天井を見ている彼の目を覗き込む。懸命に虹彩を見極めようとして。一点に固定された黒目、瞳孔が開きかかっている。黒目が動いていないのに目が回るのなら、脳の処理がおかしいのだろう、たぶん。
「誰か呼ぶ?」
 押せば白い人達が飛んでくる、そのボタンを手探りしながら聞く。
 ずいぶん伸びた短い髪が、それでも左右に振られた。
「いいよ、大騒ぎになるし。『全力を尽くします』とか言って白い台に乗せられるんだぜ、きっと。ダメ元でアタマ開かれるなんてまっぴらだ。俺達の頭を開くんなら……」
「勇者じゃないと」
「だろ?」
 青いカーテンがひらひらと揺れる。陽光の色がやわらかいのもベッドが白いのもわかるのに、全てのものの輪郭が、奇妙にとろけてわからない。オリハルコンももう鳴らない。頭蓋いっぱいに結晶していて、転がるほどの空間がない。痺れたような感覚のなさが、首の後ろへと触手を伸ばす。
「お昼寝しよう」
 あたしの提案に、少年が変な顔をした、と、思う。たぶん。色も輪郭も滲んでぼやける。
「じゃあ戻んなよ」
 自分の部屋に?いやぁよ、あんな味気ない部屋。カーテンに青い色味すらない、色素の抜けた無機質なんか。
「ここがいいな」
しばらく沈黙したのち、気だるそうに頷く彼。
「いいよ、ここで、二人で寝よ」
 タオルケットを巻きつけて、寝そべって。一人用のベッドじゃ、横幅が少し狭い。
「……勇者が来たら、返り討ちにしちまおうぜ」
 耳元で囁く少年の声。
「俺、頭蓋骨割られるのなんてまっぴらだ。治りたいなんて贅沢言わねーから、アンタとずっとここにいたいよ」
 治る?なにを言っているの、キミ。オリハルコンの精製を、病気みたいに言うなんて。
「いいよ、なんでも。もしオリハルコンの話が、さ……」
 少年が途中で息を継ぐ。目を閉じたらしい。彼の長いまつげが、頬をかすめたから。
「……俺を、慰めるための嘘、でも、本当、でも……」
 ぐい、と腕を回されて引き寄せられる。あったかい。体温なら、まだわかる。首筋に吐息がかかる。
「……大丈夫、俺、結構、救われてる、ぜ……?」
 嘘?キミのための?とんでもない、オリハルコンの話なら、あたしのための嘘。ここにいる意味がわからなかったから、自分で作った物語。でもね。キミがここにいるから、キミがあたしの話、聞いてくれたから、もう本当の話。一人だとただの空想だけど、わかってくれる人がいるなら、それは本当。だから大丈夫。選ばれた龍であるあたし達だから、勇者なんてものともしないよ。
 あたしも彼も、そこで眠ってしまった。空調が寒くて乾いててしょうがなかったけど、でもあったかかったから。
 勇者が来たら、返り討ちにしよう。そうすればずっと、側にいられる。

 目が覚めると、窓の側で白いカーテンが揺れている。味気もなにもない自分の部屋。少し驚いた。あの白い人達がそんなことすると思ってなかったから。

 そしてそれが最後だった。

 少年に会えなくなった。あたしがほとんど歩けなくなったから。たくさんの機械に繋がれて、ベッドから下りるとそれだけでぴーぴーアラームが鳴る。頭の中の結晶と違って、耳障りな電子音。白い人達に聞いても、いつも同じ答えが戻ってくるだけ。きっと村人なんだ、この人達。おんなじセリフしか入力されてない。勇者にヒントを与えるだけの、あたし達にとっての障害物。

 違う?
 聞きたくても彼がいない。

 こっそり抜け出した先の病室に、青いカーテンがかかっていない。シーツのないベッドにマットレスが剥き出しで。足ががくがくしてきたから、空調が効きすぎて乾燥したその部屋から逃げ出した。足がもつれる。派手に転ぶ。リノリウムの床が鳴って、白い人達が来る。
 勇者が来たんだ。
 そしてオリハルコンを持ち去った。
少年を殺してしまった。
 次にあたしのところに来る?それとも他の六人のところへ行く?

 もうベッドから起きられない。眠くて眠くてしょうがない。救われてる、と言う少年の言葉がリフレインして響いていく。
 勇者が救えるのって世界だけで、そこにあたし達が入ることって、ないんだ。あたし達が選ばれた。救われない人間と定められ。
 知っている、いまさらだけど。知っている、いまさらだから。

 早く。
 勇者があたしを殺せばいい。
 だって、あたしは優れた龍なのだから。

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