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さらし文学賞
無題

 それは事故に他ならなかった。言い逃れ、そう思ってくださったっていっこう構いません。しかしそこに悪意は存在しなかったのです。過失ならばありまし た。わたしはわたしの好奇心に負けたのです。わたしを突き動かしそうさせたのは殺意などではなかった。赤子が知らずピラニアの住まう水槽に手を浸してしま うような、そんな純粋な好奇心であったのです。好奇心は時に鋭利な刃となり、人をも刺し殺してしまう。
 すべて庭へ埋めました。他にどうしろと言うのです、燃えるゴミに出してしまうわけにはいかないでしょう。なにしろ突発的なことでありましたし、そんなこ とをするつもりは毛頭ありませんでした。気も動転していた割には、正しい判断を下せたと自負しております。ゴミでは可哀想ですものね。あなたが気にするだ ろうものは家の台所にそのままです。包丁、そんな無粋なものは使いません。わたしはまだ親と暮らしていますし、不孝者であるので包丁を握ることなど年に一 度もありません。けれどそうです、遠からず。ミキサー、赤いミキサーです。あの中に水を張って、彼女を閉じ込めていたのです。彼女は美しき赤を翻してミキ サーの中を漂いました。日の落ちかけたころで辺りは暗く、灰色の空気が世界を満たし陰鬱な水に包まれても彼女はどこか輝いているように見えました。仮にと その中へ入れたのですが、ミキサーと彼女はなかなか調和しておりました。まるでミシンと蝙蝠傘のよう。運命的な邂逅に、わたしはひどく興奮しました。そし て飽きることなくミキサーの中でひらひらと踊る彼女をぼんやりと眺めていました。先も言いましたように、こんなことになるとは思っていなかったのです。む しろ、こうなってしまったことに今でもショックを受けているくらいで、今話すことをやめてしまえば涙腺が決壊しこの口もまともな音を連ねることはなくなり ましょう。かなしくて仕方がない、だからこそわたしはここであなたに自白をしているのです。どうか最後まで聞いてください。そしてわたしを罰してくださ い。わたしは彼女の住まうミキサーが、ひとつの芸術品と昇華されたように感じました。そう思うと尚更高揚感がこみ上げてきて、その生きたオブジェに名前を つけることとしました。恥ずかしながらわたしにはネーミグセンスがありません。あまり捻ったものにはせず、シンプルなものにしようとわたしは単語を紙に連 ねていきました。随分と時間をかけて考え、紙を真っ黒にしてようやくひとつのものに絞りこめたときには言い様のない快感がわたしを襲いました。いくつも書 き連ね熟考しましたが、結局は一番初めに書き出したものとなりました。間違いなく、あれはわたしの人生で最高の瞬間であったことでしょう。しかしジェット コースターは上った分だけ深く落ちます。そうして落ちた底にわたしはいるのです。今となっては最早あのオブジェは遥か遠く、手の届かぬところへと行ってし まったのです。どうかその場所が天国であると良いのですが。
 わたしはミキサーごと彼女を掲げてその名を叫びました。その重さに腕が痺れても構うことなく、わたしは何度も彼女と彼女が成った芸術品の名を叫びまし た。どうせ親は深夜も過ぎるまで帰ってこないのです。何度でもわたしはその名を呼びました。そうして疲れたわたしは作品をテーブルに置いて、またぼんやり と眺めました。彼女の泳ぎはなんとも優雅です。頬杖をついて彼女の尾鰭を見ていたら、ふと、悪魔が頭の中を過ぎりました。そんな声、そんな声は聞かなけれ ば良かったのです。聞いても無視をすればよかったのです。しかしできませんでした。わたしは欲求に耐え切れずそろそろと手を伸ばしボタンに指を添えまし た。瞬間、わたしと彼女の目が合ったように感ぜられました。けたたましい音とともに彼女は渦に飲まれその姿を消します。飲まれる一瞬ぐるんと橙を翻したか と思えば、どす黒い気分の悪くなる深い赤が水を染め上げました。赤と水は螺旋を描き斑になって、すぐに透明だった水は薄い赤に色づきました。ぐるぐると渦 巻き液体と同色の泡が立ち上ります。ゴムの臭いが鼻を突いて、吐き気がわたしを襲いました。洗面所へ走る前にミキサーを止めようとして、やめました。彼女 のぱらぱらな死体など、見たくはなかったのです。一通り吐くと庭へ下りて穴を掘り、その最中また二回ほど吐きましたが、その穴の中へ彼女の溶け込んだ液体 を流し込みました。穴の中は見ぬよう努めて土を被せ、急いでここへとやって来ました。わたしは彼女を殺しました。あの子から貰った、大切な彼女を、殺して しまった。殺してしまったのです。そんな、まさか、許されるはずがない。あの子を殺したも同然なのです。どうか許さないでください。わたしは罰されなけれ ばならない。わたしを置いていなくなってしまった彼女、どこへ行ってしまったの、どうしてわたしを置いて行ってしまったの。許してください。わたしを罰し てください。ごめんね、ごめんなさい、亜芽子。

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