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さらし文学賞
恋待ち雨

 

雨が降っている。私は雨が好き。自転車じゃなく、わざわざバスで学校まで行くのは面倒だけど、でも雨が好き。

こんなふうに雨が好きになったのも、実は最近のことなんだけど。

教室から眺める校庭には大きな水たまりができている。今は日本史の授業の最中で、先生は昭和恐慌について詳しく説明していた。黒板とノートとの視線の往復の間に、そっと雨を眺めている。

それと一緒に右斜め前の椎名くんを見た。頬づえをついて、あくびをしている。いつもと変わらない風景。私はまた黒板とノートの往復に戻った。

椎名くんは笑うと目が細くなってなくなる。特別かっこいいわけでもないし、よく遅刻するし、よく宿題は忘れてくるけど、友達はたくさんいた。なんとなく憎めない。犬みたいな人。前に椎名くんに犬みたいだねって言ったら、俺は猫派なんだけどねえと言った。

二年の時も同じクラスで、名前だけ知っていた。椎名くんはよく遅刻してきて、先生に、椎名またお前かあと毎朝のように怒られていたけど、くしゃっと笑って、すいません、頑張って遅刻しないようにしますと返していた。その時の印象はそれだけで、特別何とも思わなかった。

今年も椎名くんと同じクラスになって、出席番号が前後になった。去年は椎名、島田、清水。今年、島田くんは他のクラスだった。四月の間は出席番号順で座っていたから、その間に仲良くなった。共通の趣味があるわけでもないし、性格も違う。椎名くんは友達がたくさんいる。クラスの女の子たちとも仲がいい。私の方はまりちゃん、あやこちゃんといつも三人でいて、クラスの中心の存在ではなかった。

椎名くんとは話すのがすごく楽で、何も気遣いしなくてよかった。何を話していたか思い出せないけど、とても楽しい時間を過ごしていたと思う。あんなに毎日楽しかったのは、久しぶりだった。

席替えをした後はやっぱり話す機会が減った。椎名くんと席は離れてしまった。

五限の日本史が終わって、六限は文化祭の準備だ。教科書をしまうと、みんな準備にとりかかった。美術部のまりちゃんは学校掲示用のポスターを描く担当だった。私とあやこちゃんは外装担当。班のリーダーの子から指示されて、花紙で花を作ることになった。赤、ピンク、黄色。作ったらビニール袋に入れる。

最初は廊下で作業していたけど、教室で一人でポスターを描いているまりちゃんがかわいそうだから、まりちゃんの近くの席を借りて三人で話しながら作業していた。二人で折っても、なかなか花紙はなくならない。今日はこの作業で終わりそうだ。

すると、開いたドアの向こうから廊下の話し声が聞こえてきた。何人かのクラスの女の子と、椎名くんたち男の子が話している。

「最近、椎名さ、清水さんと仲いいよね?」

「だよねー」

女の子たちの話に、男の子たちも盛り上がっていた。おい、どうなんだよー、そう言えばそうだよな。

私は恥ずかしくなった。とにかく二人に聞かれていないか焦った。それで、最近まりちゃんが好きな作家さんの本が文庫版で出てたことを話題に出した。そうしたら、まりちゃんは「本当に? 放課後に本屋さん寄ろうかな」と話に加わってくれた。まりちゃんと家が近くて帰り道が一緒のあやこちゃんも「私も欲しい本あるの。あとで一緒に行こう」と返した。私は「最近受験勉強で本読んでないなあ」と言って、三人で最近読みたい本の話になった。

廊下の会話は聞かなかった。

多分私は恥ずかしくて、怖かった。椎名くんが私のこと、どう思っているのか聞きたくない。「席が近かったからちょっとしゃべってただけだよ」って言葉を本人の口から聞きたくなかった。

結局廊下の会話がどうなったのかも分からず、花も作り終わらず、六限が終わった。次は掃除。

掃除の時間は椎名くんと同じ班だった。出席番号順で班を作っていて、私と椎名くんがいる二班は、家庭科調理室の掃除担当だった。残念ながら、まりちゃんとあやこちゃんは同じ班にはいなくて、割と話すクラスメイトと一緒に掃除をしていた。

私は勝手に気まずくなっていた。いつもなら気軽に声をかけるのに、今日は何の話題を振ろうか考えた。明るく「さっき廊下で何話してたの?」って聞けたらいいんだけど、私ってそういうキャラじゃないし。

結局、掃除中に話したのは、椎名くんがちりとりを貸してくれて「ありがとう」というお礼だけだった。

ちょっと寂しい。

でも仕方なくて下校の準備をした。私は一人で帰る。後ろでは椎名くんと友達が楽しそうに話しているのが聞こえた。

混みあった昇降口を抜けて、バス停まで歩く。まだ雨はやんでいない。

私はいつもは自転車通学で、雨の日だけバスで通っている。椎名くんもそうだ。バス停に着くと、生徒がたくさん並んでいて一本目のバスでは全然乗れそうにない。雨は傘から伝って、私のローファーに当たりぴょんぴょん跳ね返った。一本目のバスが通って、やっぱり私は乗れなかった。でも次のバスまで五分。そんなに長くない。

学校の方を見ると、自転車に乗った男子生徒三人と、並んで歩く椎名くんが見えた。私は目を反らす。「じゃあなー」と言って自転車の子たちは走り去って、椎名くんはバス停に向かって歩いてきた。私は気付かないふりをして、ポケットから出した携帯をいじり始めた。もちろん勝手に私が気まずい思いをしているだけで、椎名くんには悪いなとも思った。

「清水さん?」

左を向くと、列の三人後ろにくしゃっと笑った椎名くんがいた。

「あ、椎名くん」

椎名くんが何の気兼ねもなく私を呼んでくれて、いつもの私に戻れた気がする。さっきまでの気まずさはなくなっていた。

椎名くんを列に横入りさせるのは、後ろの人に申し訳ないから、私が最後尾に下がった。

「あ、ごめん、並んでたのに」

「別に大丈夫。あんまり変わらないから」

横に立つと椎名くんの方が、私よりずっと背が高かった。あまり背の高くない椎名くんだけど、私からするとこんなに大きいんだ。

バスが来て、人がなだれ込む。最後尾に下がってしまったせいで、二本目のバスにも乗れなかった。バス停に残ったのは、二人だけ。相変わらず雨はやまない。

バスがぶるんと音を立てて発車していった。

「ごめん、せっかく乗れる位置に並んでたのに」

「ううん、大丈夫。次のバスは……、十分後か」

雨粒が傘に当たって、リズムを刻む。私はちょっとだけ勇気を出す。

「さっき廊下で何しゃべってたの?」

質問しちゃった。

「え! 別に何でもないよ。特に何も」

椎名くんは急に髪の毛をいじり出して、くしゃっと笑った。

「何なの、言ってよお」

二人は笑いながらバスを待っている。明日も雨が降ればいいのに。

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