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さらし文学賞
A

 エーリッヒ・フロムは『愛するということ』のなかで「愛」という技術の実践的な使用法を示そうと試みたが、私たちの間にその技術は通用するのだろうか。

私のそばにはAがいる。Aは実際のところ「A」という名前で、それは記号でありながら名前としてAに付随するため、本質的に記号ですらなかった。Aは性別をもっていないに等しかった。少なくとも私にとっては。なぜなら私自身が性別の概念を持たずに生まれてきたからだ。

私たちは見事なまでにアンドロイドだった。Aは知的発達障害者の顧客に向けた異性交遊演習用のモデルを生産し続けるレモーネ工業から販売された女性型の一個体だ。下請けである地方の工場では年がら年中思考実験のため電子信号の飛び交う巨大なチップが存在していて、彼女にとってはそれがマザーだったのだろう。そのために、その「マザー」が、私の所謂「義母」となるのかは全くわからない。そもそも私と彼女が愛し合っているのか、その事実(であるという可能性をもつコンテンツ)さえ曖昧として掴みどころのない感覚に拠っているのだ。正確には私に「感覚」と定義されるものが内在しているのかさえ判別しようがなかった。「どうしようもない」というやつだ。

 私たちはすれ違い続けた。十五年の間、いつも、いつでも。

 Aは女性性を与えられていたが、本質的に名前も記号も持っていなかった。どうしてかというと、「名前」として「A」という「記号」を与えられたからだ。どっちつかずのまま定義された「A」というそれは本来ヒトの持つものではなかったので、私はアンドロイドがヒトを愛するように彼女を愛することができなかった。私には性の概念が欠けていたが、普遍的な愛の概念はプリインストールされていた。ヒトを愛することはできたが、名前や記号すらまともに持たないAを愛することが、果たしてできていたかどうか……。うん、この逡巡からもわかるように、私は、自身が性の概念を持たずとも一定の人間性を確保しているのではないかと考察した。しかし性別を知らない人間など、やはり実のところ、人間ではありえないだろう、と私は思った。一方で彼女は名前に欠けていた。これが私たちのすべてだと言えないこともないかもしれない。

 

「守秘義務以前に、雇用主の元を離れる際にその記憶情報はリセットされるのよ。思い出なんて、話しようが無いの」

 トーストの焦げた耳をコーヒーに浸しながらAはぼやいた。癖だ。いや、嗜好だ、と私は感心した。Aがその身体にシリアルナンバーを刻まれてから三十年と二百十九日になるが、私は十七年と四十六日の、そう、赤ん坊のようなものだった。明確な性癖や嗜好を持つ個体は社会の至る場所に認められていたけれど、私は私以外の生命体との関係性において独自性を発揮するに至っていない、と自己判断していた。記憶領域に記述する自己の「物語」においてのみ、オリジナリティを許されていた。私という個体はその他の領域で「私」を発揮する仕様ではなかった。そのようなプログラミングだったのだ、そもそもの初めから。

Aはいまだ名前を持っていなかったので、私はやはり提案し続けていた。

「君に名前をつけたい」

 私はこのようなプロポーズめいた言葉を一日に一回は必ず彼女に伝えていた。

「無理よ」

 コーヒーのしずくを垂らすパンの耳にかじり付きながらAは言う。私がチェリージャムを取る仕草を見せると、こちらに銀紙で包まれたそっけないデザインの瓶を放った。

「危ないな」

「あたしはね」

 朝の光は人間の体内時計を調整する。私たちの身体も表皮細胞が太陽光を感知し同様の反応を体内にて起こす。埃が舞っていた。部屋の調度品はすべてAが買いそろえていた。私が無機的なデザインのものばかり選ぼうとするのを見兼ねて、Aが自身の嗜好を発揮したのだ。そして彼女の顔は美しかった。それがデザインだった。彼女はいつでも美しかった。彼女が好きだった。ただその美において。

「Aのラベルで固定されているの。Aでなくなれば、それはあたしじゃないのよ」

 A、とは一体なんなのだろう?

 

 私は性の概念を与えられておらず、それは生の意味を知りえないことに等しかった。生殖能力は初めから付与されておらず、そのために多くの事柄が将来的な学習の可能性からすらも外れていた。私は欠陥品だ。以上を理由として、私を生みだした国家企業が、私を含む全モデルを回収し始めたのは、二十年前のことだ。それは事件だったけれど、いまや私には何の関係もなかった。そのため、その事件について語ることは、今と今から始まるこれからの時間平面上において、絶対にありえないだろう。

 

「どうして」

 Aが尋ねる。誰に? もちろん、私に。

部屋の窓は開け放されていた。コーヒーの残り香が朝の叩くような風に乗り逃げて行く。名残惜い、と思った。部屋の隅を蜘蛛が這っていた。小さなつばめが高い位置で鳴いていた。私はそれ以上の停滞的な情報を書きこむことを辞めた。

Aを見る。Aはベッドを見つめていた。リビングとダイニングは一枚のカーテンでのみ隔てられ、その鮮やかな暖色の布は大きく捲られていた。奥にベッドが見え、私とAが共に寝ていた痕跡は残っていなかった。ベッドメイキングは私の仕事だ。私はただ完璧な仕事を求められてきた。今でもそれは変わりない。

進歩を求められる仕事もあれば、変わらないことを求められる仕事もある。進化の内実を評価要因とする領域と、質の維持を評価要因とする領域が存在し、私たちはその境界を見極め、色抜きをするためだけに生きているかのように思えた。

「どうしてあなたはセックスを教えられなかったの……」

「そういった機能がなかったからだろうね」

 私はAの疑問に答えようとする。

「あれは愛のためにするものだし、そうあるべきものなのよ。つまり……。あなたが言いたいのは、愛は機能ってこと? 機能がなければ愛せない?」

 私は考える。

「いや」

 私はそれ以上答えられない。

「あたしたちは疑問ばかりね。今日はリラダンの『未来のイヴ』を読んで一日を過ごしましょう。知ってる? 「アンドロイド」という言葉を生んだのは胃がんで死んだこのフランス男なのよ……」

 

Aは「あたしたちは疑問ばかりね」と言った。私は思う。

 生命、生命体Y。計二体がここに存在するとしよう。

二人の関係の中に横たわる、多くの疑問を解決することが、すなわち、愛するということなのではないか。人間、あるいは、人間に限りなく近いもの同士の関係性にあって、謎は決して有限ではない。無限だ。愛し続けるとは、その尽きることのない謎を、二人の動的な協議によって、常に、程度によらず、解決し続けることだ。その姿勢をして、人間自身は愛と名づけたのだろう。そうであれば、私とAはこれからも共に暮らし続けるべきだ。互いに理解しきれず、理解の余地と、愛する技能を発達させる可能性を持つ限り。そうすべきだ。もし私たちの間に象徴された多くの事柄が、ただ愛とやらのために過ぎ去って行ったのだとすれば。いささか逆説的ではあるけれど。

 しかし、私はこの考えを彼女に言わない。まだ物語が整理しきれていないからだ。

 そして今日は、昨日より大きく変わることはない。私たちは『未来のイヴ』を読み、林檎を剥いて食べ、明日の朝には、私はいつもと同じようにベッドシーツの端をそろえるだろう。

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