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さらし文学賞
微糖シャボン

 ブランコに腰掛け人を待つ。
 こういう時ぼくは、本を読んで暇をつぶすことにしている。今読んでいるのはその待ち人から借りた本で、確かSFだと言っていた。――はずなんだけど、半分以上読んでもサイエンスな代物はなりを潜めていて、まるで只の恋愛小説のようだった。
 自分で読みもせず適当に貸したんじゃないだろうな。
 とにかくついでに今日これを返したいし、読み終えてしまおうと、なんとなしにブランコを揺らしながら読み進めて、終わる頃ちょうど彼女が現れた。
 彼女は近所のスーパーの袋を提げていた。
 ペンキが剥げてささくれだらけのブランコに座った彼女は、袋から取り出した容器の中身を、ビーカーに注ぐ。それはほんの少し泡立って、特有の、合成的な香りを漂わせた。
 彼女は目盛りを凝視しながら、ペットボトルに汲んだ水道水をそこに注ぎ込む。さらに目を凝らし、眉間にしわを寄せ、一滴たりとも誤差を許さないつもりらしかった。気持ちはぼくにもわかる。こいつは少し濃度を間違えるだけで、驚くほどうまく行かなくなるものだ。
 彼女は髪をほどいていて、毛先がわずかにビーカーへ入り込みそうになっている。その危うさを眺めるうちぼくは、彼女と出会ったばかりの頃を少し思い出す。まだ彼女は髪を伸ばしていなった。彼女が軽く息を吐いて、顔を上げた。ようやく納得いったのかと思ったら、さらに袋から何かを取り出した。上白糖だ。
「シャボン玉はね、砂糖を入れると割れにくくなるんだよ」
 彼女はそれまでの真剣な表情とは趣を変えて、妙にうれしそうに砂糖の封を切る。
「あ、そうだ、忘れてないよね、約束」
 さらさらと白い粉を注ぎ込みながら、ぼくにそう訊く。
「約束?」
 彼女はストローでビーカーをかき混ぜると、ひとつ、大きなシャボン玉を作った。それはゆっくりと、彼女の咥えるストローの先から離れていく。
「だから、」
 彼女はぼくのほうに向き直って、言った。
「私の前以外では、自分のこと『ぼく』って呼ぶのやめて、って……君は女の子なんだから」
「そんなにおかしいかな、ぼくがぼくのことぼくって言うのって」
 わざとぼくぼく言ってやった後、ぼくはストローをビーカーに突っ込み、次いで小さいシャボン玉をたくさん一気に吹き出した。
「おかしくはないよ、私の前では直さなくていいんだよ」
 もう一度ビーカーにストローを挿し入れると、底の方でジャリっと、溶けきらない砂糖に触る。ぼくはそれをかき回して、むやみに泡立てた。
「どうして限定? 君の前だけ?」
 それだけ言って、ぼくはストローを咥えてまた吹き出そうとするけれど、シャボン玉は生まれず、出来損ないの飛沫だけが散った。
「なんかさ、独占欲を発揮したいオトシゴロなんだよ」
 強く噛んでしまったせいで変形したストローを置いて、ぼくは袋から新しいものを取り出す。
「それにしてもずいぶんたくさん作ったね。どうするんだい? 使いきれるかな?」
 ぼくは、まだまだ減らないビーカーの中身を指してそう言った。
「私はこれが無くなるまで続けるよ」
 これは、一日中シャボン玉遊びをすることになるんじゃないだろうか。

それは夕暮れまで続いた。
「これ、返すよ。SFって言ってたけど、恋愛小説だったみたいだよ」
 帰り際にぼくは、例の本を彼女の差し出す。そうすると彼女はなにやら薄気味のわるい微笑を浮かべて言った。
「いや、恋愛はSFだよ。仕組みを解明しようとすれば科学の分野に入るし、絶対にどこかしら嘘がないと成り立たないでしょ。だからSF。じゃあこれ、もって帰ってくれないかな」
 今返した本と交換だとでも言うように、彼女は砂糖の袋を寄越した。
 こんなものなくたってシャボン玉は作れるし、砂糖入りでもシャボン玉は割れてしまう。半分よりわずかに多く入ったその袋を片手にぼくは帰途につく。
 べとついて気持ち悪い。


その晩、ぼくは夢を見た。なぜだかぼくと彼女は夕日で赤く染まる教室に二人きりだった。
「シャボン玉ってね……」
 彼女は窓のふちに腰掛けて、ストローを咥えている。その先から、ひとつ、大きなシャボン玉が離れてゆく。
彼女の生んだシャボン玉は懸命に、終点を作らないように、丸く、丸くなろうとしていた。けれど風にあおられて、ぼくの顔のそばに来たと思うと、ふっと割れて散り散りになった。
微かに甘く、目にしみる。

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