さらし文学賞
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「青い」「歩く」「うらやましい」


 僕の空は曇り空。気付いた時にはそうだった。
 僕の海は曇り海。気付いた時にはそうだった。

 五歳の時、初めて飛行機に乗った。窓から眺めた空も海も相変わらず曇っていたけど、それでも僕はこの乗り物が大好きになった。
 パイロット。なんてカッコイイ名前だろうと思った。僕はパイロットになりたい。強く思った。

◆ ◆ ◆

 新学期の初日、教室に見たことのない子がいた。この学校には十人で一クラスしか生徒がいないのだから、十一人目の彼女は新しい子に違いない。
「斎藤優希ちゃん、六年生だ。あまり授業には出られないけれど、みんな仲良くしてくれ」
 担任の竹ちゃん先生が紹介してくれた。
優希ちゃんは小柄だった。六年生と紹介されたが、見た目はもっと幼かった。腕や脚は細くて棒のようだ。顔色は酷く白く、目と髪の黒さを一層引き立てていた。
優希ちゃんは車いすに座ったまま、軽く頭を下げた。口を開けたけれど、言葉はよく聞き取れなかった。
 上手くしゃべれなくとも、特に奇妙には思われない。隆弘は耳がほとんど聞こえないし、加奈子ちゃんは右手足が動かない。このクラスの皆がいわゆるハンデってものを抱えている。
 その日はすぐに帰れたから優希ちゃんと話す時間は無かった。

◆ ◆ ◆

 優希ちゃんは、竹ちゃん先生の言ったように、あまり学校に来なかった。二、三日に一回来れるかどうかだ。
 めったに来ないせいか、彼女はあまりクラスになじまなかった。このクラスはずっと変わってないのだから、みんな新入りになかなか話しかけなかった。一番新参の隆弘だって、このクラスに来たのは三年前だった。
 でも、僕は昨日、優希ちゃんがみんなに気付かれないようにこっそり泣いているのに気付いてしまった。
 だから、なんだかかわいそうで、僕は昼休みと放課後に優希ちゃんと遊ぶようになった。

 ある日の放課後のこと。
「ねぇ、いっくん」
 優希ちゃんに呼ばれたから、僕は彼女の口元に耳を近づけた。彼女はしゃべるのが得意ではなかったし、声も小さかったから、出来るだけ近くで声を聞くようになった。いっくんとは、僕のニックネーム。洋一だから、いっくん。なんだか情けなく感じたけれど、よっくんよりはマシかも。
「いっくんのすきなものってなぁに?」
「好きなもの? んと、飛行機と、青」
「あお?」
 優希ちゃんは首を傾げた。
「うん。色の青。ブルー」
「なんですきなの?」
「わからないから、かな」
 僕は『青』を知らない。まだ赤ちゃんだった時の事故で頭をぶつけて以来、僕は青系の色が分からない。何でも、第三色覚異常とかいう珍しいケースらしい。僕の見る空は晴れていても雲ひとつなくても灰色に見えるし、どんなに澄んだ海も、ネズミと同じ色でしかない。ラムネもソーダアイスも色のせいで嫌いだ。
「僕は灰色と青が同じに見えちゃうから、青を見てみたいんだ」
 優希ちゃんは、少し考えた後に言った。
「わたしも青、すきだよ。小さいころからずうっとまどの外の空しか見てなかったから。歩けないし、いえのまどからみえるのがわたしのぜんぶだった。学校にくるときは車にのるから、すこしだけほかのものも見えるけどね」
「青ってきれいなんだろ?」
 僕が尋ねると、優希ちゃんは笑みを浮かべて頷いた。といっても、ぱっと見では彼女の表情はほとんど変わってない。一緒に遊ぶようになって少しずつ表情の変化が分かるようになってきた。優希ちゃんの笑顔はとっても可愛くて、この顔を見られないクラスの皆は絶対損をしている。
「ほんとに、きれいだよ。こころがね、すうっておちつくの」
 そう言う優希ちゃんに、僕も笑顔を返す。
「優希ちゃんがうらやましいな。青の良さをよく知ってるんだね」
「あのね、わたしもいっくんがうらやましいよ? わたしはね、いっくんみたいに歩いてみたいの。本でね、せかいはひろいんだってあったからね、いろんなところにいってみたいんだ」
 優希ちゃんの顔が少し暗くなった。僕は優希ちゃんの手をとって、励まそうとした。
「じゃあ、明日一緒に公園に行こう! 優希ちゃんは僕がおんぶしてあげるから」
 優希ちゃんは首を横に振った。
「むりだよ。お外にでるとつかれちゃうからって言われてるし、見つかったらおこられちゃうよ」
 僕は優希ちゃんの手を強く握った。
「大丈夫。学校から近いからそんなに疲れないし、優希ちゃんだって公園、行ってみたいでしょ」
 優希ちゃんはおろおろしていたけれど、オーケーしてくれた。
「いっくん、あのね、おんぶよりだっこがいい」
 優希ちゃんが提案してきた。そのくらい、朝飯前だ。
「あのね、あたまとひざの下にうでをいれて、だっこして」
 僕はためしにやってみた。
「こう?」
「うん。えへへ、明日もこれでよろしくね」
 優希ちゃんは笑って、僕の頬にキスした。!
 僕はあやうく優希ちゃんを落っことしてしまうところだった。
「じゃ、明日」
 恥ずかしくなったから僕はそこで帰った、というか逃げた。

◆ ◆ ◆

 結局、僕らの計画は竹ちゃん先生にばれて、怒られてしまった。でも、優希ちゃんのお母さんはあまり怒ってなくて、むしろ嬉しそうだった。
「優希にも、良いお友達ができたのね。最近は体の調子もいいみたいだし、日曜日にでも公園に行きましょうか。私と、優希と、洋一君の三人で」
 その時の優希ちゃんの笑顔は出会ってから一番のまぶしさだった。

 日曜日はとっても良い天気だった。三人で大きな木の下でお弁当を食べた。優希ちゃんのお母さんのつくったお弁当は、とってもおいしかった。
 二人で寝転がって、空を眺めた。相変わらず僕の空は灰色だった。
「きれいだね、いっくん」
「今日の空はきれいな青?」
 僕は聞いてみる。
「うん、とってもきれい」
 優希ちゃんの楽しそうな声を聞いていると、僕も心がすうっとした。優希ちゃんは青色は心がすうっとする色と言った。僕は見たことのない色を理解できたようでうれしかった。
「こんな青色が見れる優希ちゃんはやっぱりうらやましいよ」
「こんなたのしいところに来れるいっくんがうらやましいな」
 二人で笑った。
「でも、うらやむだけじゃない。僕は青色を見れるようになって、パイロットになるんだ」
 パイロットになるには目を治さなきゃいけないとお医者さんに言われた。治療には角膜の移植が必要で、ドナーを探している最中だ。
「わたしも、いつかかならずじぶんの足で歩くんだ。うらやましいどうし、がんばろうね」
 指切りげんまん、ウソ付いたら針千本飲~ます、指切った!
「ねえ優希ちゃん、ハリセンボンってお魚なんだって。この間図鑑で見たんだ」
「あ、わたしもしってるよ。とげとげがいっぱいついてるんだよね」
「え~知ってたんだ」
「わたし、六年生だよ? いっくんよりも年上のおねえさんなんだから」

 そのあとは、学校での約束通りに優希ちゃんをだっこしてあげた。あの時は何ともなかったのに、今はとっても恥ずかしい。
 僕の顔は真っ赤だったに違いない。それに、優希ちゃんの顔も、なんだか赤かった。

◆ ◆ ◆

 次の日、優希ちゃんは学校を休んだ。竹ちゃん先生は風邪だと言っていた。僕はお見舞いに行くことにした。
 放課後、僕は飴をたくさん持って優希ちゃんの家に向かった。
 優希ちゃんに飴を渡して、少し話をしてから帰った。
 それだけだったけれど、楽しかった。

 次の日、僕も風邪をひいた。
 以外に熱が高く、長く続いて、僕は四日もうなされた。
 熱が引いたのは金曜日。僕は念のために休んで、月曜日から学校に行くことにした。

 僕が学校に戻ってきても、優希ちゃんはいなかった。優希ちゃんの家に行ったが、誰もいなかった。僕は竹ちゃん先生に電話をかけて、優希ちゃんが肺炎で入院していることを聞いた。
 急いで病院に行ったら、優希ちゃんのお母さんがいた。一緒に病室に行った。
 病室のベッドの上に優希ちゃんはいた。口には人工呼吸器がつけられている。テレビであれをつけている人はほとんどが重病人だ。
 僕は慌てて優希ちゃんの手をとって話しかけた。
「優希ちゃん、大丈夫?」
 優希ちゃんは苦しげな顔で寝ていて、話しかけても返事は無かった。
「おばさん、優希ちゃん大丈夫だよね?」
 優希ちゃんのお母さんは頷いたが、その表情は暗かった。
「肺炎自体は軽いものだけれど、優希は体が弱いから悪化するかもしれないわ。予断を許さない状態よ」

 それから僕は毎日放課後に面会に行った。優希ちゃんは少しずつ快方に向かっているようで、入院してから一週間後には散歩に出られるまでになった。
 今日も、僕たちは中庭に散歩に出ていた。車いすを押すのは大変だったが、優希ちゃんの前で弱音を吐くわけにはいかなかった。
 この日はどんよりとしていて、青空は雲の隙間から僅かに見える程度だった。
 優希ちゃんは朝から暗い表情をしていた。話しかけると笑顔で応えてくれるのだが、すぐにまた落ち込んだようになる。
「優希ちゃん、どうしたの? 僕何か優希ちゃんが嫌なことしちゃった?」
 優希ちゃんは慌てて否定して、でもすぐに俯いてしまった。少しの間そうしていたけれど、おもむろに話しだした。
「あのね、わたし、もうぜったい歩けないんだってお医者さまに言われたの」
 優希ちゃんの声は震えていた。俯いているから分からないけれど、泣いているに違いない。
「わたしのびょうきは少しずつ筋肉がよわっていくびょうきで、これからどんなにがんばっても歩くことはできないって」
 僕はどう励ましたらいいのか必死で考えたけれど、何も浮かばなかった。でも、中途半端に励ます方が優希ちゃんにとって辛いかもしれない。そう思ったから僕は何も言わないことにした。
「いっくんは、いいよね。手術すればなおるんでしょう? いっくんがうらやましい」
 優希ちゃんはそういって小さく笑ったが、その笑みには全く可愛さが感じられなかった。僕は少し怒った顔をしていたかもしれない。その言い方は、嫌だ。
「……ごめん。いっくん、ごめん」
「ううん、いいよ」
 僕は何も言わずに、優希ちゃんの頭をなでてあげた。優希ちゃんは気持ちよさそうに目を細めて、笑ってくれた。
 その時、急に優希ちゃんがむせこんだ。苦しそうに胸を抑える。
「ッ、ゴホ。……ん、もうだいじょうぶ」
 優希ちゃんがつらそうだったから、この日は病室に戻った。
 帰り際に、優希ちゃんがこっちをじっと見つめていることに気付いた。
「どうしたの?」
「いっくん、あのね、わたし……ううん、やっぱりいいや。またね」
 優希ちゃんの表情は笑っているような泣いているような、何かを決意したような諦めたような、不思議な表情だった。何か胸騒ぎを感じたけれど、僕は何も言えずに帰った。

◆ ◆ ◆

 最後に優希ちゃんの所へお見舞いに行ってから、一週間が経った。僕は、自身の目の検査のために入院した。優希ちゃんの病院とは違うところだったから、逢えないのはさびしい。
 僕の眼は少しずつ症状が悪くなっていっているらしい。僕自身は気付いていないが、このままだと少しずつ見えない色が増えていくらしい。
 網膜の移植に関しては、僕よりも大変な状況にある人が優先されちゃうから、移植まではまだ時間がかかるらしい。

 入院して十一日目、テレビを見ていると急に画像が乱れた。テレビを軽くたたいたけれど、全くなおらない。一度電源を切ってつけてみるが、変わらない。そこまでしてから、僕は自分自身の目がおかしいんだ、ということに気付いた。
 窓の外を見る。相変わらず空は暗い。しかし、それだけではなかった。木々の色が薄く、灰色がかって見える。
 ナースコールでお医者さんを呼んだ。お医者さんは僕の目がどうなったかを聞いた後、目をあまり使わないようにと言った。移植しか治療手段がないのは分かってるんだけど、テレビもゲームも禁止ってのがきつい。
 ぼやいていても仕方がないから、僕は寝ることにした。

 四日後、網膜の移植が決定した。予想外の早さだった。まだ何カ月、いや何年かかるかと思っていたのに。お母さんはそれを僕に告げる際、微妙な表情をしていた。泣いているのは嬉しさと言うより悲しさのように感じた。

 手術には十二時間かかった。らしい。僕自身は寝てて意識がないわけだし、手術後すぐ目覚めるわけでもない。僕が起きた時は麻酔薬を飲んでから一日と二時間経っていた。
 それから一週間後、僕は退院した。その日の空を僕は絶対に忘れない。
 広がる雲ひとつない空。初めて見た青い色。心がすうっとして、わくわくドキドキして、たまらなくなった。大声で叫びだしたくなって、叫んだ。
 とりあえず目が完治した僕はもう養護学校に通う必要はなかったけれど、僕は転校する気は無かった。
 朝一番、誰よりも早く学校に来て、優希ちゃんがいなかったのは残念だった。誰よりも早く来たのだから当然だったけど。
 僕は学校をさぼって優希ちゃんに会いに行くことにした。急いで教室を飛び出した。

 先生が教室に入ってきた。手には花瓶に入ったユリの花。先生はそれを、机に置いた。机には「斎藤優希」のシールが貼ってあった。

◆ ◆ ◆

 優希ちゃんの病室には誰もいなかった。僕は優希ちゃんの家に行った。
 優希ちゃんの家の扉の前には「忌中」と貼ってあった。文字の意味はよく知らなかったけれど、どんなときに貼られるかは知っていた。お祖母ちゃんが死んだ時、家にこれが貼られていた。
 僕は家に駆け込んだ。失礼だ、なんて考えていられなかった。
 優希ちゃんのお母さんは僕に気付くと、優しく抱きしめてくれた。
「あの子の分まで、生きて、世界中を見てまわってね」
 そこまで言うと、優希ちゃんのお母さんは泣き崩れた。
 僕も大泣きした。何時間泣いたか分からないけど、朝早く来たのに、僕が帰るころにはもう空は赤くなっていた。
 その日、晩御飯も食べずに寝た。お母さんは何も言わなかった。お母さんはもう知っていたのかもしれない。

 その日の夜、夢に優希ちゃんが出てきた。
 僕は優希ちゃんと一緒に病院の中庭で空を眺めていた。僕は自販機で飲み物を買ってきて、優希ちゃんに渡した。優希ちゃんはそれを受け取って飲み干すと、お礼ね、と言って、僕の前で踊ってくれた。上手かどうかはよくわからなかったけど、くるくるまわる優希ちゃんはとても輝いてみえて、僕の心はとってもすうっとした。
「優希ちゃんが、うらやましいな。僕なんかと違っていつも楽しそうで」
 優希ちゃんは僕の報に向き直って、口にキスした。僕は顔を真っ赤にして慌てた。
「わたしはいっくんがうらやましいよ。その足で、世界中を見て回れるんだから。どこまでも続く青空を追っていけるんだから」
 優希ちゃんは空を指した。僕はその指を追って空を見上げた。とても澄んだ空。太陽がまぶしくて、僕は思わず目を閉じた。
 そのまま、僕の視界は真っ暗になった。優希ちゃんの声だけが聞こえる。
「いっくん。わたしのかわりに世界中を見てまわってね。そのためにわたしがいっくんの色になってあげるから」

 目が覚めた。色々とあり得ない夢だった。優希ちゃんは自分の足で立って動き回っていた。
 最後に優希ちゃんが言った言葉を思い出す。
「わたしがいっくんの色になってあげるから」
 僕は、一つのことに思い至った。夢が根拠なんて馬鹿げているけれど。部屋から出てお母さんのところへ。
「ねぇ、お母さん。僕の眼のドナーって、誰?」
 お母さんは一瞬はっとした表情になった。それだけで僕は気付いた。
「ああ、優希ちゃんだったんだ。僕の目になってくれたのは」

◆ ◆ ◆

 青くどこまでも澄んだ空。心がすうっとする、良い天気だ。今日もいいフライトになりそうだ。
「機長、計器類のチェックがまだ済んでませんよ」
 副機長が催促してくる。少し口うるさいが、明るくて良い娘だ。
「はいはい、今行くよ」
 吸いかけの煙草を放り、足で潰す。拾い上げて携帯灰皿に入れる。
「今日も頼むよ、優希ちゃん」
 

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