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さらし文学賞
K An untitled living entity

「あ、ウルバニュスだ!」
 一緒に信号待ちをしていた小学生が突如、声をあげた。「どこどこ?」「どれどれ?」と周囲の友達も騒ぎ出し、はじめに叫んだ小学生は青空の一点を指差した。つられて私も空を見上げたが、夏の空には僅かな異物さえ認められなかった。
 信号が変わった。
 私が歩き出すと、すぐ横を自動車と呼ばれる「機械」たちが通り過ぎていった。
 運転席に人間という「生き物」を乗せて。

 自分の住むアパートにたどり着くと、私はもう一度空を見上げた。やはり、ただ空のみが広がっている。もちろんウルバニュスはいない。あれが姿を見せることは滅多にないのだ。世界で未だ数度、目撃されたに過ぎない。高いところを好むらしいから、地に足をつけてのろのろ歩く私なんかが出遭える機会はないのかもしれない。
 ふと何かの気配を感じて私はアパート横の空き地に目をやった。一瞬、キラリと何かが光を反射する。パチパチと連続して反射する。
膝くらいの高さにまで育った雑草をかきわけ、そこに近付くと、スパスモニュスのメスが猫にからまれていた。私が近付くと猫は飛んで逃げた。
 スパスモニュスは自由になったと知るや否や、ゆっくりと上昇し始めた。私は目の前のスパスモニュスと、以前文献で読んだその特徴を頭の中ですり合わせた。
 スパスモニュスはちょうどツリガネムシのような形をしている。全長1mほどの、ひょろながい茎を持ったチューリップ、とでも言えばいいだろうか。スパスモニュスはツリガネムシでいう柄の先がマジックハンドのようになっており、ビルの排水管でも電柱でも、好きなところにひっつく。ウルバニュスといい、スパスモニュスといい、どうやらこいつらは高いところが好きらしい。私が読んだ文献では、他の生物に抵抗する術を持たないため、高い所にいるのだろうと記されていた。確かにこいつは地表近くにいたばかりに、ああして猫にからまれていたわけだ。
 上昇するにつれ、ツリガネ形の部分が開いていく。ゆっくりと、機械の花びらが開いていく。チューリップのつぼみが開いていくように、ゆっくりと。耳を澄ませば、ほんの僅かにモーターが回るような音が聞こえた。銀色の、複雑な構造をした「機械」が、私の目の前を上昇していった。ちらりと、エネルギーを吸収しているのだろう、白発光ダイオードにそっくりな光が、ツリガネの中に見えた。滑らかな動きで、スパスモニュスは夏の空へ消えていった。
 スパスモニュスが私の頭くらいまで上昇してきたとき、私はそっと、まるで繊細なトランプタワーに触れるように、スパスモニュスに触れた。
 それは金属の感触であった。

 ――anima machines.
 日本語に訳せば、「機械生命体」。
 こいつらがいつ頃現れたのか、はっきりとはわかっていない。
 気付けば、いた。
 機械でありながらエネルギーを吸収し、繁殖する――のだろう。増えているのだから。繁殖方法も含め、未だ多くの謎に包まれているが、数だけは近年、増え続けている。
 ウルバニュス――学術名・Anmopista Valaticus Floris Uram。初めに見つかったanima machinesである。メスは開けば2mを超し、熱帯雨林に咲いていそうな、どでかいツツジのような花の形をしており、普段は閉じている。定期的に開いては中心にある部位で都市エネルギーを直接吸収し、活動する。オスはメスより多少小ぶりだがまったく異なる形を持つ。細長い体の周囲に白っぽい羽を数多く持ち、メスが開くとその羽をばさばさやりながら近付いてきて、メスから排出される電気エネルギーを吸収して生きていく。
 こいつらがどのような機構で動くのか、都市エネルギーとは一体何なのか。それはわからない。しかし、そう書かれているのだから、そうなのだろう。
 Anima machines――それは、韓国人アーティスト、チェ・ウラムが発表した「作品」だった。
 ロボット工学に造詣が深いチェ・ウラムは、精密なロボットを作り、それに学術名、生息域などあたかも実際存在しているかのような設定をつけ、作品として発表した。
 もちろん誰も、それが実際に生きているなどとは思わなかった。
 しかし、ウルバニュスはこの世界で発見された。
 チェ・ウラムが考えた設定そのままに、空中に浮き、メスの中心が光った。そしてそこに小ぶりなオスが群がる。見た目は精密なロボット。機械。はじめは誰かのいたずらと思われたが、その後、彼の考えた作品達が次々と世界各都市で自律する機械が現れるにしたがって、だんだんとそれらが生命であると、暗黙のうちに理解されるようになった。
 ノックス・ペナトゥス、エコー・ナヴィゴー、ルミナ・ヴィルゴ――。
 つい最近、チェ・ウラムの設定の中に出てきた、「U.R.A.M(機械生命連合研究所)」が設立されたくらいだ。
 大学で生物学を専攻する私には、anima machinesは到底、受け入れられるものではなかった。だが、世の中は案外すんなりと、機械たちを受け入れた。おもしろいものもいるもんね、という感じの別段衝撃もなさそうな反応だった。私にはその反応が理解できなかった。今日の朝ウルバニュスがいると叫んだ小学生も、楽しそうだった。
「そりゃ機械慣れしているからさ」
 研究室の全開の窓によりかかって、私の友人はそう言った。コーヒーに白衣。彼のスタンダードなスタイルである。
「周りを見回してごらんよ。機械ばかりじゃないか。オレたちは機械に囲まれて生きてる。これらの機械の延長線上だと――そう理解したんではないかな」
 研究に欠かせないコンピュータ。
 不審者を見張る防犯カメラ。
 洗面所のセンサー付き流し。
 テレビ。ラジオ。プリンタ。ファックス。携帯電話。掃除機。洗濯機。mp3プレーヤー。エレベーター。エスカレーター。日々品物を大量生産している、ベルトコンベアーとその仲間達。他にも、もろもろ。
 私たちの世界には、把握しきれないほどの機械が存在している。全ては人間が発明して、製作した機械である。
「しかしうらやましいな。君、機械生命体を目の前で見たんだろ? 増えているといっても、滅多に見れるものじゃない。オレは見たことないぞ」
「今日、横断歩道を待っていたら小学生が空を指差して、ウルバニュスがいるっていうんだ」
 私の友人はだらんと寄りかかっていた体を起こし、細めていた目を丸くして、私のことを見つめた。
「本当だったらすごいぞ? ウルバニュスなんか、レア中のレア。もし見たら写真を――」
 私は友人が少々上ずった声で何か言うのを最後まで聞かず、彼に背を向けて研究室を出て行った。胸を張って歩調を早めると、白衣の裾が空気をはらんでなびくのを感じた。途中、数人の学生とすれ違う。彼らは生きている。生き生きとした笑顔がそれを物語る。
 エレベーターに乗る。1階のボタンを押す。ドアが閉まりますと、合成音声が私に告げる。その通り、ドアが閉まる。エレベーターが動き出す。私は機械の中にいて。その私は生きている。エレベーターが1階を目指すほんの僅かな間、10秒にも満たないその間、私は目を閉じた。さて、私と機械はどう違う。
 例えば、人工生命。
 コンピュータの中のプログラム。
 生命はプログラミングか否か?
 細胞、細胞小器官、タンパク質、アミノ酸、DNA――突き詰めれば突き詰めるほど、私たちは言葉を失い、意識を失い、機械が分解されるように、単純な自分の仕事を淡々とこなすだけの部品になっていく。どんなに複雑に見える臓器の働きも、元をただせばタンパク質の結合、分解。そんなものだ。それらの動力源であるエネルギーでさえ、ミトコンドリアの中で人間の作ったモーターのような形をしているタンパク質複合体から、電子の力を利用して生み出される。電子だって? 電気ってことか? つまりは私も機械のように、電気で動くってことじゃないか。
 エレベーターが止まり、ドアが開く。私は目を開いてエレベーターから降りる。そこには学生が待っていて、私の降ろしたエレベーターに乗る。軽く会釈したその学生は、一緒にいた女学生に、さりげなく愚痴る。
「昨日ベランダにanima machinesみたいなやつが引っかかっててさぁ」
 私は足をとめず、そのまま歩く。
 機械は人間が生み出したものである。
 それでは人間は、この生命は誰が生み出したものだ?
 私たち生物学者は、未だに「生命」を定義できない。自己複製、自己保存、動的平衡、他者と自己を隔てる何かを持つもの。ああだこうだと長らく議論されてきたが、これだ! と思える鮮やかな解答は得られていない。根本を理解していないにも関わらず、私たちは日々研究を続け、生命が二進数に近付いていく様を見てゾッとしたり、興奮したりする。
 私は研究棟の外に出た。
 日差しが私の目と意識を、容赦なく貫いた。
 私の生命に対する思考は、一旦そこで終わりになった。

 私は友人主催のパーティーに招待されて、高層マンションの屋上に居た。パーティーと言っても皆が思い浮かべるような優雅なものでなく、酒を持ち寄って晴れた空の下、喉を潤すという、飲み会と言った方が明らかに正しいものであった。友人の友人が、両親と共にこの高層マンションに住んでいるのだそうだ。友人たちがわあわあと騒いでいるのを私は少し離れたところから眺めていた。地表から何mあるのだろう、流石に風が強い。私は屋上の周りに張り巡らされた高い柵の間から、地表を見下ろそうと視線だけ下に向けた。飛び降りたらたいへんなことになる。そもそもこういうところが、屋上を開放しているものだろうか? 見たところ、コンクリートが丸見えで、掃除をしているようにも見えない。私は友人の友人の方を振り返ったが、彼は楽しそうにげらげら笑っているばかりだった。
 まあここから飛び降りたりしなければよいだろう。
 ふと、機械生命体は死ぬのだろうかと思った。
 私たちが永遠の眠りにつくように。
 機械たちが無残に黙り込むように。
 動かなく、なるのだろうか。
 私はまた、目の前に広がる光景に意識を戻した。視界の下のほうに、何かが動いた。それはだんだんせりあがってきて、私の視界の中央へと、スローモーションで踊り出た。
 私という生き物は、静かに息を呑む。
 ウルバニュスだった。正しくは、ウルバニュスの、メス。
 チェ・ウラムの作品。
そして――機械生命体。
 その姿は芸術作品というにふさわしく、緻密で絶妙な美を抱擁していた。
 ウルバニュスのメスは、私の視線真っ直ぐあたりの高さで止まると、その花びらを開き始めた。葉脈のように細かな、網目状の模様をもつ花びらが、機械とは思えない滑らかな動作で、徐々に開いていく。私は何か崇高なものを見ているような気分になった。桜が満開になったその瞬間を知ったかのような、細胞分裂の様子をコマ送りで覗いているような、躍動感溢れるものを、感じたのだ。
 私の心臓は高鳴った。交感神経が興奮しているのだ。ウルバニュスを見ているという、嬉しい緊張。ウルバニュスは大きく花びらを広げると、閉じていたときには見えなかったその中心に光を宿した。同時に、中心に生えている突起物を扇風機のように回し始める。何かをしていることは明らかだった。都市エネルギーを、吸収しているのだろうか?
 私の隣を自然の風とは違う風が、ふいた。私の髪がなびいた。
 横を見ると白い羽をふぁさふぁさとゆったりした速度で動かしながら、ウルバニュスのオスが通り過ぎていった。先は銀の矢じりのようになっており、照り付ける太陽光を鈍く反射していた。後ろも尾のように長く延びている。体を膜で覆っているわけではないので、中の構造が良く見えた。それはどこからどう見ても、私たちの周りにいる機械と変わらなかった。ただ、動きが穏やかだった。
気付けば、どこからともなく、同じような形をしたオスが何体か、メスの周りに集まり始めていた。その羽ばたきは静かだが、無機質的ではなかった。
 私はウルバニュスから目が離せなかった。
 世界は、私たちの予想を越えて、何かとんでもない方向に動いているのだろうか。
 私たちは、「生命」について何を知ればいいのだろうか。
 機械である生命体。
 Anima machines。
 私は目の奥がぎゅんと熱くなって、思わず顔を歪めた。何故だか世界が、どうしようもなく恐ろしいものに思えた。
 だったら私は、果たして生きていると言えるのか?
 私が生命である必要があるのか?
 なあウルバニュス、私は何を知ればいい――。
 その時、ウルバニュスのメスが、チカリと一度、瞬いた。我々が瞬きをするように、違和感なく、自然と、それが当たり前であるかのように光を消して、そしてつけたのだ。
私に何か教えるように。
これでいいと諭すように。
 嗚呼、こいつら生きてやがる――。
 ウルバニュスは銀色の光沢を持つ体をしていながら、生きていた。
 この世界に、この場所に、しっかりと、存在していた。
 そして、私も。
 私は泣き出しそうな顔をどうにかやめて、力を込めて微笑んだ。

「ハロー、ウルバニュス」




参考文献(本物のウルバニュスはこちらから)
http://www.mori.art.museum/contents/mamproject/project004/index.html
http://www.uram.net/ 
(チェ・ウラムのHP。韓国語or英語のみ)

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