FC2ブログ
さらし文学賞
I  無題、という題名

 工藤優希は中学三年生。
 最近、両親が不仲である。
 夜、一階の居間から聞こえるくぐもった喧嘩の声。話の断片から察するに、内容は自分の進学について。
 今日も始まった口論を微かに聞きながら、優希は二階にある自室で膝を抱えてベッドの上に座っている。
 とてもじゃないが気になって寝られない。
 今すぐ降りて行って二人の間に割って入り、喧嘩を止めるように言いたい。
 しかし、二人とも優希の前では普段と変わらぬ様子で振る舞うのだ。気付かれまいとしているのは明白だった。
 こうして取り繕われた日常を壊してしまうのが恐ろしくて、優希は何も言いだせないでいた。
 こうして眠れないのももう四日目。たとえ二人が口論を止めて就寝しても、優希は目が覚めたままだった。


 翌日、五日目の喧嘩は今までとは違っていた。
 微かにしか聞こえなかった口論がはっきりと耳に届く。かなり大声で怒鳴りあっているようだ。次いで、ドタンバタンという音。
 いったい何が起こっているのか。優希は目を堅く閉じ、耳をふさいで縮こまった。
 どれだけ時間が経っただろうか。家の中が静まりかえる。今日は一段と激しい喧嘩だった。
 ついに優希は意を決して、階下の様子を見に行った。
 音を立てないようにゆっくりと階段を降り、居間へ向かう。まだ明かりが灯っている居間の扉を少しだけ開けて中の様子をうかがう。
「ッ!」
 居間を覗き込んだ途端、優希は口を押さえてしゃがみこんだ。
 惨劇がそこにあった。
 居間のテーブルによりかかっている父。仰向けになったその腹から赤黒い血がこれでもかと流れ出ている。その表情は見えないが、ピクリとも動かないことから、もう命は無いだろう。
 隣にうずくまっているのは返り血を浴びた母。何か呟いている。
「うぅえぉっ、げほっ、げほっ」
 ついに優希は耐えきれず嘔吐し、吐瀉物にむせた。
 優希が顔をあげると、目の前に母が立っている。
 母は無表情で、能面という表現がふさわしい顔だったが、しかし優希にはその顔は鬼のように見えた。
「……も……、私に……かしら? もし……たら、……ら」
 母は呟き続けているが、ほとんど聞き取れない。
 ただ、血に濡れた包丁を振りかぶっていることから、自分をも殺そうとしていることが分かった。
「来ないで!」
 母を突き飛ばして、優希は逃げた。サンダルを引っ掛けて外へ。パジャマ姿なことは気にしない、気にならない。
 逃げないと、殺される。
 優希はがむしゃらに走った。街灯もまばらな住宅街の外れ。そこかしこの暗闇から母が飛び出してきそうな、そんな錯覚を感じてひたすら走る。
 とにかく走り続け、ようやく優希が止まったのはある公園に着いてからだった。
 小さい頃よく遊んでいた公園。家からは二キロほど離れている。水道で口をゆすいで、ベンチに腰かける。
 優希は何も考えず、ただぼうっとしていた。十分は経っただろうか、サイレンの音で優希は我に返った。パトカーと、少し遅れて救急車が優希の家の方へ走っていく。
「あれだけ騒げば、当然か」
 もう少し、恐らく一時間もせずに警察は自分の捜索を始めるだろう。
 なんとなく、嫌だ。別に自分にはやましいことは無い。でも警察に保護されたくない。しばらく一人でいたい。ほっといてほしい。
「ここだと、すぐ見つかる」
 優希は立ち上がった。パジャマ姿だったが、もう六月の終わりも近く、別段寒さは感じなかった。


 二時間後、優希はとある廃墟に着いた。もう家から十キロは離れている。
 近所の子供からは「御屋敷」と呼ばれている建物。大きめの家だが別に屋敷、というわけではない。幽霊が出ると噂されてここらでは怖がられているのだが、優希は小四の頃、何人かの友達と一緒に探検をして、そのまま秘密基地にしていた。
 正門は錠が掛けられて入れなかった。だが問題ない。かつての優希たちは裏口から入っていた。
「たしかここに、鍵が」
 裏口の近くに排水管が伸びており、その一部が割れている。その割れ目に手を入れ、隠していた鍵を引っ張り出す。
 鍵はさびていたが、裏口は難なく開いた。
 記憶を頼りに、暗闇の中を手探りで奥へ進む。目指すは二階。階段を登り切り、すぐ右手の部屋に入る。
 部屋の左端にある机の上に、優希たちは常にマッチと蝋燭を置いていた。見つけて、火を灯す。
 部屋が微かに照らされる。内装は当時のまま、埃をひどくかぶっている。ソファの埃を払い、座る。ようやく落ち着いた。
 とたんに疲れが襲ってきて、意識が朦朧とする。
 これから、どうしようか……。
 

 目が覚めると、外はすでに夕焼けで赤く染まっていた。
「寝すぎたわ、頭痛い」
 優希は毛布を払い、立ち上がる。
 え?
 毛布なんて掛けた覚えがない。
「おはよう、といってももう十八時だけどね」
 部屋の隅にある椅子に、一人の男が座っている。
 優希は恐怖心から後ずさった。
「警戒するのは当然だが、危害を加える気があったら毛布を掛けないし、とっくに手を出している」
 男は鞄からパンを取り出して優希に差し出す。
「食べな。まあ、いきなり見ず知らずの男に差し出されたパンを食べるとは思わないけど」
 優希はまたソファに座る。すぐにどうこうされることはなさそうだ。
「貴方、誰? 何でここにいるの?」
「私は鬼塚太郎。商人だよ。いろいろ怪しいものを売っていてね、今はここで寝泊まりしている。」
 鬼塚と名乗った男は、鞄をひっくり返して中身を出した。時計やらペンやら日常品が多かった。
「何の変哲もない日常品じゃない。怪しいのは商品じゃなくて貴方よ」
「そりゃ手厳しい。でも、これらの商品は現在の科学ではまだ実現できない、いわゆる魔法のアイテムだよ」
 鬼塚はペンをひとつ取り出した。
「例えばこのペンで名前を書かれた人は死ぬ。どこぞの死神のノートのペンバージョンだな。ただ、顔を知らなくてもいいから、一回で同姓同名の人は全滅だけど」
 なんて性質の悪いペンだ、と優希は思った。
「そんな危険なものを売り物にしてるの?」
「今ここにあるってことはまだ売れてない、ということさ。さすがにこれは危ないからね、お値段も一兆円から」
 鬼塚はペンをしまうと、今度は時計を取り出した。
「この腕時計は、針を動かすのに合わせて現実の時間も動き、時計の所有者だけがその影響を受けない。針を五分進めると、時間は五分経つし、二時間戻すと時間と一緒に二時間前にいた場所に戻り、怪我も治る。二周させれば日単位で時間を調整できるのさ。
 あと、時間を戻す際には基本全てが元通りだけど、直接手に持ったものだけは一緒に動く」
 優希はその時計を欲しい、と思った。その時計があれば最悪の昨日をやり直せる。
「その時計、貸してくれない? どうしても、やり直したいことがあるの」
 鬼塚は優希の眼に真剣さを見出すと、時計を差し出した。
「何があったかは聞かないことにしよう。やり直しておいで。ただし、一回きりだ。この時間にここに来るんだよ」
「ありがとう。あ、私は優希。工藤優希よ」
「優希、か。頑張ってね」
優希は時計を受け取ると針を二周させた。


 優希は、学校の教室にいた。服装は制服になり、その腕にはあの時計がある。
 傍らにある携帯で日付を確認する。確かに一日、戻っていた。
「そう、この日の十八時には、学校で勉強していたんだっけ」
 あと五分もせずに友達が一緒に帰ろうと誘いに来るはずだ。
 ガラリ、と教室の扉が開き、
「優希っち、帰ろーぜ」
 帰り道。
「なー、優希っちはどこの高校受けんの?」
「まだ夏休み前なんだからそんなの考えてないわよ。まあ、華輪高校とかが妥当じゃないかしら」
「妥当って、バリバリ進学校じゃねぇか」
 そう、この進路で両親は揉めている。何とかしないと。
 夜になり、一階で両親が喧嘩を始めた。優希は階段を駆け降り、居間へ踏み込んだ。
「いいかげんにして!」
 二人は、ちょうど殴りあう瞬間だった。優希を見て驚いた顔をしている。
「気付いてないと思ってたの? 私の進路は私が決めるんだから二人して揉めないでよ!」
「だが優希――」
「うるさい! 本当に私のことを想ってくれてるんなら、いますぐ喧嘩を止めて!」
 次の日の朝を、優希はベッドで迎えることに成功した。
 そして一つの考えが浮かんだ。今日、学校は休み。試してみよう。


 約束通り十八時、優希は御屋敷の鬼塚のところへ向かった。
「やあ、優希。私にとっては七分と八秒ぶりだけど、その表情からすると、成功したようだね」
「貴方、私のことを覚えているのね。時間を戻したから、はじめましてだと思っていたけど」
 鬼塚は右腕の袖をまくった。そこにはあの腕時計があった。
「私も自分の分を持ってるんでね。時計の所有者は影響を受けないと言っただろう?」
 優希は鬼塚に時計を返した。さらに預金通帳を取り出す。
「一兆円。それで、ペンを買うわ」
 鬼塚は呆れたように笑う。
「金を引き出して、時間を戻しての繰り返しか。たしかに時計の所有者が直接手で持ったものは一緒に時間を戻るけど、なんて罰当たりなことを。まあ、買いたいと言うなら売るけれどね」
 鬼塚は時計を鞄に戻すと優希にペンを差し出し、通帳を受け取る。
「暗証番号は?」
「3584」
 優希はペンを受け取り、自然な挙措で手帳に字を書き込む。
 鬼塚太郎、と。
「それじゃ、鬼塚さん、さようなら」
 鬼塚は目を見開いて、何か言おうと口をあけたが、そのまま倒れた。
「じゃあ、鞄ごと貰っていくから」
 優希の手と声は震えていた。成功するかどうか確信は持てなかったが、やってしまった。
 優希は鞄を担いで、御屋敷の外へ出た。
 視界が反転し、紅に染まった。
 車、それもトラックに撥ねられたと気付いた時にはもう手遅れだった。手足がおかしな方向にねじけている。トラックは逃げて行ってしまった。
「優希、君は大胆なことをするね。ほんと、危なかったよ」
 ペンを持った鬼塚が冷ややかな目で優希を見下ろしている。
まさか、私の名前を書いた?
「な、ぜ? 死ん、だは……ずじゃ」
「あのペンは、書かれた状況にもっとも最適な方法で殺す。どうやら私には脳出血が適用されたみたいだが。幸運なことにあれは何も即死ってわけじゃない」
「じゃあ……」
「そう。君が部屋を出た直後に時間を戻して偽のペンを渡した、というわけさ。あの時計で時間を戻せば怪我も治るからね。」
 鬼塚はそこまで言うと、つばを吐き捨てた。
 そして鞄を拾い、通帳を彼女のそばに投げ捨てた。
「ペンは偽物だから代金も返却するよ。何、地獄の沙汰も金次第らしいからね、一兆もあれば十分じゃないか」










「しかし、最適な死に方が脳出血とはね。酒を控えて食生活を改めるとしようか」

スポンサーサイト



第十四回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


| TOP |

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://pilloryofprize.blog57.fc2.com/tb.php/103-c892d3ac

| TOP |