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さらし文学賞
H 砂漠に立つ樹は夢を見る

 助かった。正に生き返る心持ちで、私はガブガブと冷たい水を飲んだ。
 澄んだ清水の湧くオアシスには誰が建てたのか、簡素だがしっかりした造りの東屋があり、私は水筒と共に貴重な日陰に入った。中はひんやりと冷めた空気が心地よく、ほっと一息ついて背負っていた荷物を下ろす。白い懐中時計を確認して、これまた素っ気ない椅子に座り水筒を空にした頃、騒がしい声が聞こえてきた。
「時期が悪ぃよ。こんな時に砂漠渡る奴なんて、俺らぐらいだって」
「うむ、しかし小屋に誰ぞいるやも知れん」
 声は高いのと低いの二つ。けれどザクザクと砂を踏みしめる足音は何故か一人分。声の主が東屋に到着して、その理由が分かった。
「やあ助かった。やはり人がいたぞ」
「こいつぁ僥倖! そこの方、哀れな一羽と一体を助けてはくれねぇかい?」
 彼らは鶏と人間……いや、ロボットだった。鶏は喋っている事を除けばどこにでもいそうなただの鶏だ。そしてロボットの方は、首から上だけ見れば端正な顔立ちの青年にしか思えない。右肩がコートごとおかしな事になっていたり、コートの下が上半身裸で銀色の硬質な素材だったりするので、すぐに区別はついたが。ともかく、変な二人組である事は確かだ。
 呆気に取られている私に、鶏がコケコケと慌てて言い重ねた。
「別段怪しいもんじゃあねぇし、無理難題をふっかけようってワケでもねぇ。ただ俺をこっから引っ張り出して欲しいだけさ」
 ようやく事態に慣れてきた私は、笑って頷いてみせた。
「ぜひお手伝いさせて頂きますよ。ちょっと待って下さい」
 私の言葉に二人はパッと顔を輝かせ、ロボットがずいと右肩を私の方へ向けた。肩の角張りがコートもろとも蓋のように三角に外れた中から、鶏の頭が覗いている。水筒をしまい終わった私は、立ち上がりロボットの肩を覗き込んだ。
「これは……どこを引っ張ればいいですかね?」
「ぐっと手を突っ込んで、ぐいっと引き上げてくれよ」
 戸惑う私に、鶏が適当な指示を出す。仕方がないので、言われた通り指を羽毛の塊に突き入れた。ずぶずぶと、手に心地よい感触と共に、あっさり指が沈んでいく。案外、随分上質な鶏なのかもしれない。
 私の両手が鶏の体をしかと掴み、慎重に引き上げた。途中で左手を抜き、彼の首の後ろに添える。鶏の胸と私の右手が出た。しかし、胴がつっかえる。脚のせいではない。しっかり折り曲げている。腹だ。
「くそっ! やっぱりここでつっかえやがる!」
 鶏がクエーッと甲高い鳴き声を上げた。
「やはり俺の言った通り、自分で歩くべきなのだ。肥え太って出られぬなど、愚の骨頂!」
「うるせぇ! こんな場所で歩いたらたちまちローストチキンじゃねぇか!」
 ロボットと鶏は、何やら喧嘩を始めてしまった。私は困って二人を見守っていたが、ロボットが鶏を寄生虫と罵った時点で、口を挟む事にした。
「まあまあ、とにかく引っ張りますよ。ちょっと痛いかもしれませんが」
「ふむ、お待たせして申し訳ない。ひと思いにやってくれ」
 ロボットの言葉にムッとしつつも早く出たいのか、鶏は黙ったまま大人しくなった。私は気合いと共に、渾身の力を込めて鶏を引っ張った。
 クックドゥードゥルドゥー
 余裕があるのか無いのか、苦しげにそう叫ぶ鶏の体が、勢い余って宙を舞う。柱にぶつかると思った瞬間、バサバサと激しく羽ばたき、鶏は得意気に着地してみせた。鶏って、飛べるのか。
「うおおぉ! 久々のシャバだ! 自由! 解放! そして俺!」
 私の驚きをよそに、鶏は歓喜に踊り狂っている。まあ、よかった。しかしカッコーというのは鶏の鳴き声ではないだろう。
「こらぁ是非、礼をしなきゃなあ。っとその前に、お互い名前も知らねぇや。俺ぁアナナス・リンデンドット・近藤だ。長ぇからリドーでいいぜ」
 鶏なのに、やけに立派な名前だ。それにしても、ミドルネームとファミリーネームを合わせた愛称は初めて聞いた気がする。
「俺はグラニット。宜しく頼む」
「まぁ偽名だけどな」
「覚えていないだけだ」
 何やら事情があるらしい。けれど二人は黙ってこちらを見たので、それ以上踏み込まずに私は挨拶を返した。
「私は蓮根蓮です。どうぞお見知りおきを」
「ハスネ・レンか、変わった名だな」
 あなたの相方も十分変わった名前だと思います。
「んじゃ、レンでいいよな? 早速だが、玉子は好きかい?」
 妙な質問だ。産んででもくれるのだろうか。疑問に思いつつも、私は頷いた。
「好きですよ」
「ならケチャップは?」
「好きです」
「よーし決まった! 作るぜグラン!」
 クルッポー!
 一声嘶くと、リドーは椅子の上に卵を三つ産み落とした。……だからそれは鶏の鳴き声ではない。そして、雌鶏だったのか。
 私のいくつもの驚きとツッコミをよそに、作業は進行していく。腹部からボウルを取り出したグラニットが、卵をきれいに割り入れた。私はもう一度懐中時計を確認した。
「預けるぞ」
 受け取った卵の殻に、どう反応すればいいのか分からない。「これも頼む」
 いつの間にか泡立て器で混ぜていた卵に塩を振ると、グラニットは私にボウルを手渡した。リドーはよほど外に出られたのが嬉しいのか、さっきから私たちの足元で黙々と砂をついばんでいる。グラニットが胸部からフライパンを外し、バーナーのように青い炎の上がる左手へ乗せる。右薬指が開いてバターが出てきた。
「便利ですね」
 私が感心してみせると、グラニットは重々しく頷いた。
「うむ、生クリームとバターの位置を入れ替えて正解であった」
 生クリームがどこから出るのか、とても気になる。
 バターの溶ける香ばしい薫りが、鼻をくすぐった。そういえば、もう半日以上食事をしていない。グラニットは私の手からボウルを取ると、フライパンに卵を流し入れた。そして再びボウルが私に戻ってくる。グラニットは既に左腕から出した菜箸を手に、卵を軽くかき混ぜている。今度は卵の焼けるいい匂いが鼻と胃を刺激した。
「あれだな、水汲んだ方がいんじゃねぇか。飲みもんねえと困んだろ。ボウル持っといてやっから」
 不意にリドーが顔を上げ、そう言った。
「ふむ、確かにな。レン殿、済まんが行ってくれまいか」
「分かりました」
 私は翼を後ろへ差し出しているリドーの背にボウルを乗せ、鞄から水筒を取り出した。
 東屋を出た途端、かあっと目を射す光が照りつけてきた。真っ白に燃える砂も、陽を撥ね返し輝く水場も、陰に慣れた視界には眩しすぎる。瞼をぎりぎりまで閉じて水筒に水を入れ、ほうほうの体で小屋の中に戻ってみると、ちょうどグラニットの左手から火が消えたところだった。
「おぉ、早かったな。もうちょい待ってくれよ。おいグラン、早くしやがれ」
 足をコツコツとつつくリドーのボウルに菜箸を放り込むと、グラニットは左手でフライパンの柄を持ち、右手で背中から白い皿と銀色のスプーンを取り出した。
「ケチャップの量はいかほどがよいだろうか」
 慎重に玉子を皿へ盛りながら、グラニットが聞いてくる。
「普通に食べたら、ちょっと余るくらいで」
 少し考えて、体が塩分を欲しているという結論に達した私が答えると、グラニットの皿を持った親指から、真っ赤な液体が発射された。何があってももう驚かないと思っていたが、そのメカニズムに私は驚嘆せざるを得なかった。何よりも、そんな方法でかけられたケチャップの赤が非常に美しく、その黄色い塊――ふっくらと焼き上げられたオムレツを彩っているのだ。辛抱ならなくなった私の胃袋が情けない音で喚くのを聞いてグラニットは苦笑すると、私に椅子へ座るよう言って、オムレツとスプーンの載った皿をちょうどよい高さに差し出した。
「すっかりお待たせしてしまったようだ。さあ、遠慮なく食べてくれ」
 まるで彼を召し使わせているようで申し訳なかったが、テーブルもないし構わないと言う事なので、私は水筒を脇に置き、グラニットの手をテーブル代わりに食事を始めた。
 ケチャップを延ばし、端の方からスプーンを突き立てる。少しの抵抗の後にふつりと切れる表面。中からとろりと柔らかい半熟が顔を出し、すくい取ったスプーンの上で小さく揺れた。口に含むと、玉子の香りとトマトの酸味が口の中いっぱいに広がり、溶けるように喉の奥へ消えた。
「……」
「どうだ、美味いか?」
 リドーがそわそわと辺りをうろつきながら尋ねた。
 美味い。素晴らしく美味い。この味を何と表現すればいいのか。確かにオムレツで、確かに玉子で、確かにケチャップだ。しかし調理法と、素材と、味付けとが一体になったそれは、単なる、とはいえない代物だった。これがオムレツなら、私が今まで食べてきたオムレツは、何だったのだろう。
 だから私は、ただ首を縦に振った。そして水を飲んだ。少し落ち着こうと思ったのだ。もう一度、オムレツにスプーンを差し入れる。我慢できず、スプーンをてんこ盛りにして半ばすするように二口目を食べた。やはり美味い。ケチャップの量もイメージどおりだ。もはや賛辞のために口を開く間すら、惜しい気がした。このオムレツは、今が最高の状態なのだ。私はもう夢中になって、オムレツをすくっては食べた。水を飲む事も忘れて。玉子がその姿を皿の表面にうっすらと残すだけになっても、舐め取る勢いでほとんど全部すくい食べた。
「……っはぁ。とても美味しかったです! ありがとうございます!」
 満腹感と満足感と舌に残る余韻に、至福のため息をついた後、私は二人に頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ、これでは足りぬほど感謝している。だが生憎と、我々に出来る礼といえばオムレツを焼くぐらいでな」
「いえいえ、むしろ私の方が、過ぎたお礼を頂いてしまったようで。人生で一番美味しいオムレツでした」
「空腹は最高の調味料ってぇからな。でもレン、あんたの言葉、ありがたく受け取っとくぜ。生産者と料理人、冥利に尽きるってぇもんだ。なぁ、グラン」
 照れたように顔を少しそらすリドーに、グラニットは笑顔を返した。
「そうだな。オムレツ屋でも開くか」
「!」
 カッと見開いた眼を白黒させているリドーの様子から、グラニットが何かとんでもない事を言ったらしいというのは分かった。そして分かれば気になるものだ。といって内輪の話を聞き出すのはあまりよろしくない。もどかしい気持ちを抱いている私を無視して会話は進む。
「てめぇが人間に戻りたいってぇから研究所まで捨ててきたんじゃねえか!」
「ふむ。だがリドー、お前はもう人間には戻れないのだろう? 俺の体もここいらで諦め時かも知れん」
「ええっ!」
 思わず大きな声を上げてしまった。機械化した人間は数多くとも、まさか雌鶏になった人間がいたとは、初めて知った。そこで、ようやく私が話を聞いていたと気付いたらしい二人は、驚いたような顔でこちらを見ている。
「お二人とも……あの、その」
 何だか聞いていてはまずかった気がして、おずおずと口を開きかけると、リドーはなぜか得意げに胸をそらして、ボウルに後頭部を軽くぶつけた。
「痛ぇ! そう、俺ら元人間。まぁ、あれだ、ちょっとした機械の暴走ってやつでな。俺ぁ雌鶏になっちまって、あ、俺の体ミンチになったんだぜ。酷ぇよな」
 はははと笑うリドーがヤケになっているのか、それともこれは彼の持ちネタなのか、リアクションに困る所である。
「んで、こいつの体は行方不明になっちまったんだ。首から上以外な」
「おかげでリドーのやつに、オムレツを焼くロボットにされてしまった」
「しゃぁねーだろ、そばに転がってたパーツが悪かったんだよ。死ぬよりゃましだって」
 口を挟んだグラニットに、リドーがさらっと究極の二択を出して、私は我慢できず吹き出した。
「まるで悪い冗談みたいですね」
 悪いと思いつつ感想を述べると、リドーはくるりと黒目を回してみせた。
「だろ。しかもホントの話だからタチが悪ぃ。それで、こいつの体を捜してんだよ。レン、お前知らねぇか?」
「残念ながら聞いたことはないですね」
「何であれ、捜す時間が長すぎた。もはや俺の体も違う人生を歩んでいるであろうし、ここいらで終わりにしようかと思うのだが」
 私の言葉にやはりと頷いて、グラニットが言った。
「だぁらそれがおかしいっつってんだろ! ここで諦めんなら俺の時間を返せよ!」
 コッコッコッコ……喉の奥から不機嫌そうな音を出してリドーが反論する。さて、二人のやり取りは気になるが、私はそろそろ行かなければならない。
「お話の途中すみませんが、私はお先に失礼しますね」
「これは、引き止めてしまったようですまなかった。また会う事を祈っている」
「じゃあな。今度はもっと美味いオムレツ食わしてやるぜ!」
 荷物を背負った私が頭を下げ東屋を出ると、二人も外まで見送ってくれた。
「そうですね、私もぜひまたお二人にお会いしたいです。それでは」
 二人と別れて私は歩き出した。左手に残された殻が、陽を浴びてランプのように白く光っている。こんな砂漠の真ん中で、こんなに楽しい思い出が出来るとは。
 さて、この辺りだろうか。白い懐中時計が、午後二時を指した。太陽の位置と、地図と、見回してここに間違いない。荷物を下ろして準備を整えると、私は服の上から胸部のスイッチを押して、深く根を張った。私の頭から天高くに、緑の枝葉が延びていく。これで、ここも砂漠ではなくなるだろう。薄れていく意識の中、手の中でランプのように光る卵の殻を眺めた。私の出会った人達が――西国で花売りをする少女が、星を追いかける兄妹が、五十年妻を待ち続ける男性が、そしてあの二人が――砂漠であったここで暮らす夢を、長い長い夢を、これから私は見るのだ。

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