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さらし文学賞
F 一郎丸

 幾度とない爆撃と砲撃を受けてなお、要塞はそこに在った。

それは自らに与えられた任務を忠実にこなした。砲台は向かい来る敵機を確実に射抜き、本土への侵入を許さなかった。


その内部。無機物で出来た小世界に、生きた人の気配は無かった。
 
――否。要塞の最下層に、一人の若い兵士がいた。飢えと伝染病とで同僚が死んで逝くのを目の当たりにしながら、彼はなお健気に動力炉の整備を続けていた。

 昼夜は不明。戦況も不明。だが彼の役割は明確だった。唯一の憂いは、作業量に対する人数の不足。僅かずつ、しかし確実に、要塞はその性能を落としていった。


 あるとき、兵士が作業の手を止めた。彼の視界には赤く点滅する電灯。蠅を喰う蜘蛛の向こうに見えるそれは、隊長が隊員を招集するためのものだった。


 中央制御室。幾つもの機器と配線とがひしめき合う空間には、骨と皮ばかりとなった隊長と、若い兵士が一人。十数個ある画面には、何も映っていなかった。
――陛下ノ御言葉デアル

 そう言って隊長は帝都から届いた音声データを再生した。

 内容は降伏表明と本土への撤退命令。敗戦したという報せだった。彼等と要塞の役目は、無くなったのだ。

――私ハ国ト命運共ニシ、我ガ子共々此処ニテ果テン

 音声が止んでから、隊長は言った。要塞を発案、設計したのは彼自身だった。

――自分モ此処デ果テマセウ

 兵士は迷いなく言った。

――貴様ハマダ若イ。従ヒテ本国ヘノ帰還ヲ命ズ

 隊長は譲らなかった。兵士は了解を示す一声を発し、敬礼した。敗戦の報を聞いてなお、彼は自分の本分を忘れていなかった。


 画面の一つを通して、若い兵士が外に出て行くのが見えた。隊長は痩せて飛び出した目を少し細めた。それから彼は操作盤一面にあるつまみを次々と倒し、決まった順序で突起を押していった。要塞中に設置された時限爆弾が、刻限を数え始めた。


 地面を覆う背の低い草と花々は、午後の日差しを照り返し、瑞々しい色を見せていた。それらに交じって蝶、飛蝗、蜂などの昆虫が飛び交っていた。

数か月ぶりに見る太陽の眩しさに、若い兵士は目を瞬いた。要塞の外は戦闘があったことなど嘘のようにのどかだった。草の間に見える戦闘機の残骸も、その風景を壊すことは出来なかった。

戦争は、終わったのだ。

草原の中を、まるで夢の中の世界を歩くように進む兵士。その頭上を、鳥の群れが過ぎて行った。顔を上げた彼が見た空は白く、青く、広かった。彼は煤と油で汚れた手袋を外し、迷彩服の襟元を緩めた。風が、服の中を通っていった。

不意に、断続的な爆発音と地響きがした。木々の向こうで黒煙を上げ、崩れ落ちる要塞を彼は仰ぎ見た。


 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


踵を返し、若い兵士は再び歩き出した。先刻までとは違う、しっかりした足取りだった。

まだ続いている低い音に合わせるように、一歩

また一歩
地面を踏んだ。その足の形が、歪む

腕を振った。その腕が、膨れ上がる

足を持ち上げた。突き出てきたものが、土を抉る

また、地面を踏んだ。肥大した肩の皮膚が、裂ける。千切れた迷彩服が、落ちる。手の指が、足の指が、落ちる。裂けた皮膚も、落ちる

赤いものが滴り落ち、露わになった骨格は鈍く光る。窮屈な古い皮を脱ぎ棄てた鉄の塊は、不要な部分を棄て、更に膨張する。木を倒し、草花を散らし、小動物を潰し、進んでいく


 崩れた要塞は沈黙していた。今や轟音を発しているのは草原に突如現れた巨大な戦車だった。

 先の要塞にも匹敵する大きさに歪な形状。それにもかかわらず戦車は、鉄道を超える速度で走った。

誘導弾を発射しながら、

地雷を残しながら、

毒霧を撒き散らしながら、


倒すべき敵の居る処、帝都へと
 実のところ要塞は、ある兵器の起動装置でしかなかった。本土決戦のために造られたその兵器は、国境を守る要塞が破壊・突破されたとき起動するのだ。


その兵器(かれ)の名は、一郎丸という

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