FC2ブログ
さらし文学賞
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


She is under arrest

 『今宵 月が最も輝く刻
 真田家の秘宝・雪女の涙を頂きに参ります 怪盗ディーバ』

 名探偵である私、真田千佳はぐしゃりと予告状を握り潰した。
「お嬢さん、それ大事な証拠品なんですが……」
 怪盗事件で付き合いの長い刑事に紙くずを投げつける。
 イタリアでの生活が長かった気障な刑事は「やれやれ困ったバンビーナだ」とかぬかしながら予告状を拾い上げて丁寧に広げた。
「ブリガンテッサなんだかディーヴァなんだか、ハッキリしてほしいものですねいい加減」
 怪盗歌姫は奇妙な怪盗だ。紙の予告状を出すという時代錯誤な怪盗の義務を果たし、見事盗み出した後は美声を披露する。
 最初はいきなり歌い始めた怪盗に戸惑った警察が見事に逃がしてしまったが、二件目以降はそうはいかないぞと警察が警戒するのは当然わかっていたらしく、以降はスピーカー越しになった。
 盗んだものをモチーフにする歌を歌い、最初の「海の満月」と呼ばれる大真珠のときは「うみ」の一番を声高らかに歌い上げたし、「蛍雪の心得」なる巻物を盗んだときにはスピーカー越しに「蛍の光」が聞こえてきて少し泣いた。
「で、フロイライン。『雪女の涙』というのは一体なんですか?」
「教えてあげないわ、真田家の当主たる私しか知ってはいけないことだもの。警察の方々は、怪盗歌姫が我が家に入らないようにしてくだされば結構。まあ、あれだけマスコミに囲まれていてはやりにくいでしょうけど」
 「怪盗と名探偵、とうとう直接対決!」「美女VS美少女、制するのはどっちだ!?」「雪女をモチーフにした歌とは一体!  ?」と様々な記事を書こうとマスコミは我が家の前に集中。
 我が家の誰かが予告状が来たことを内容ごと漏らしたらしく、生中継の特番まで組まれるそうだ。
「やれやれ、警察には期待されていないようですね」
 記事のタイトルにどこも警察の文字が入っていないからだろう。刑事がグチをこぼした。
 マスコミとしては「怪盗VS警察」なんて若干盛り上がりに欠けるタイトルをいれないだろう。
「イタリア帰りの刑事さんはあまり有名じゃないようね。個性が足りないのかしら。そうだ、いつでもパスタ食べているなんてどうかしら? 『パスタ刑事VS怪盗歌姫』なら盛り上がるかも」
「それは用意が大変そうですね……」
 そういいつつ、刑事は何だったらのびないかとブツブツ言っていた。パスタデカ誕生は近いかもしれない。その暁にはぜひ近づきたくない。
 ナポリタンはイタリア刑事に見えるかもしれないがしかし日本製だなどと呟いていると、刑事の時計から電子音が鳴った。
「ふむ、もうそろそろ予告の時間ですか。私は指揮を執りに行きますが、フロイラインは?」
「もちろん、怪盗を出迎える準備を」
「出迎えられないように、最善を尽くしますよ。もっとも、怪盗は来ないと、私は踏んでいますが」
「だからこそ来ると、名探偵の勘は告げています」
 私の笑顔に、未来のパスタ刑事は苦笑しながら出て行った。
 さて、私も準備をしなくては。
 月は、もう天頂近いのだから。
「さあ、どうしますの、怪盗歌姫? どうやら、この屋敷は二つは事件が起きている修羅場。貴方はやってくるの?」
 月が白い肌を照らした。


「はい、こちらはディーヴァこと怪盗歌姫が予告状を出した真田邸の前です。警察が囲んでいるためにこれ以上近づく事はできませんが、怪盗歌姫は『雪女の涙』なる宝を狙っているという情報が入っています。時刻はもうすぐ、さあ、ライバルである名探偵の住む屋敷に、ディーヴァは本当に現れるのでしょうか!」
 女子アナウンサーを映していたカメラマンは、視界の端、真田邸の屋根に何かが光った気がして、そちらへとカメラを向けた。
「警察諸君、それに名探偵クン、本日もご苦労さま! しかし、私はすでに『雪女の涙』を手に入れた! この通りだ!」
 ズームすると、覆面をつけた怪盗は右手に真珠を持っていた。
「おおっと! なんと既にディーヴァは盗みを終えていたようです! 慌てて駆け込もうとする警察が、集音マイクを持った人々とぶつかって混乱が起きています! はたして何を唄うのかディーヴァ! そして名探偵と警察はもう打つ手が無いのでしょうか?」
 ダンッ! という音がして、怪盗の胸に紅い花が散った。
「え?」
 間抜けな声は、誰が発したものか。怪盗が逃走用に用意したであろう煙幕が怪盗の姿を消し、煙が晴れた時には既に誰もそこにはいなかった。
 屋根でそんなことが起きていても、私にはどうでもよかった。
「フロイライン! 怪盗はどうしました!?」
 私を見て、刑事はぎょっとした顔をした。
「あら、パスタは持ってきてませんのね、刑事」
 白いドレスの私はあくまでも優雅に。
「ああ、それとも、お仲間が気になる偽刑事、と呼んだ方がいいですか? あるいは、コソ泥ですかしら?」
 刑事は一度ぎりっと歯?みをした。
「多分、偽者の怪盗を屋根であえて目立たせて警察の目を引き、その間に他の宝を物色する手筈でしたのね。ところがその役目を負った偽怪盗は、いきなり狙撃された」
「フロイライン、何をわからないことを! そんなことより、屋根の上で撃たれた怪盗は」
「そう、それ。あの刑事は、私のことをけしてフロイラインとは呼びませんわ。なぜなら」
 偽刑事は後ろから忍び寄った影に思い切り叩かれて沈んだ。
「なぜなら、フロイラインはドイツ語だから。そうですね、シニョリーナ」
「ええ、そうですわね、パスタ刑事」
 と、これは偽物との会話でしたっけ。こほんと咳払い。
「どうしてこちらに? 私は偽者としか会っていない筈です」
「私がここにいると聞いてですよ。女怪盗をブリガンテッサと呼ぶこだわりを見せながら、ポカミスをする偽刑事と、そして、怪盗ディーバを名乗る、せこい偽怪盗がいるということをね」
 そう、ディーヴァはあくまで通称で、かの怪盗の名前はあくまでも「怪盗歌姫」。それをディーヴァどころかディーバとは
「変装は妙に上手でしたのに、お粗末な予告状でしたわ」
「私はそうは思いませんよ。名前以外は、紙の質すら本物と同じでしたから」
  そういって、刑事は伸ばした予告状を懐から取り出した。
「ああ、私が潰したものですわね。確か、偽刑事が伸ばしていたはずの……っ!?」
 偽者が持っていたはずのそれを、なぜ懐から取り出せる?
「インクも字体も同じ。良く研究しましたね、お嬢さん。しかし偽物を作るのは感心しない。私も、それなりにプライドを持って盗みを働いているのですよ?」
 ふと刑事の足もとから煙が立ち上り、一瞬の後にはその姿が仮面をつけた怪盗歌姫のものとなっていた。
「この予告状を作ったのは貴方ですね、お嬢さん。私の予告状は世間には内容しか知られていないし、先ほど狙撃した偽怪盗やこの偽刑事が予告状を出したのなら、貴方が最も邪魔になるこの場所を選ぶ理由が無い。それに「雪女の涙」なる宝がここに存在しなかった場合に、貴方がどう出るかがわからない。もろもろ考えて、貴方が、私を自分のホームに誘き出すためにわざとあからさまに偽物の予告状を出したと私は結論付ける」
 違いますか、と問う怪盗の声に、ゾクリとした。
「素晴らしいわ、さすがは私のライバル」
「おほめにあずかり光栄と言っておきましょうか。しかし『名探偵』真田千佳、なぜです? なぜ偽物の予告状を? 返答次第によっては、あなたもあの偽怪盗と同じ運命ですよ」
 怪盗は本気とばかりに偽怪盗を殴り倒した武器である銃を、本来の使い方構え方で私に向けた。怯む私ではないが。
「あら怖い。ペイント弾で撃たれたショックで高いところから落とすおつもりですの? それとも、警察に逮捕させることですかしら?」
「答え次第ですよ、『名探偵』」
 あくまでも聞きたいらしい。恥ずかしいお方。
「貴方に既に盗まれたものを、予告状の形でお知らせしたまで」
「私が? 『雪女の涙』なんて私は知らない」
「ええ、当然ですわ。『雪女の涙』が何かは、私以外では亡き父しか知らないのですから」
 ドレスのスカートの縁を掴んでふわりと一回転。
「『雪女の涙』、それは即ち私」
「……は?」
「正確には、母の雪女(ゆきめ)が遺したドレスとそれを纏う私、そしてその心。私の心を盗んだニクきお方、わかりましたか?」
 怪盗が仮面の下でぽかんと口を開けた気がした。
「貴方がお尋ねになられたから答えましたのに」
「え、ええ、そうでしたね」
「この勝負服を着ている時はおしとやかに、しかしながら強かにあれと、母は言い遺したそうです。ゆえに!」
 不意打ち気味に飛びかかるも怪盗は窓枠に跳び乗って避けた。
「貴方をもらうのはやぶさかではないのですが」
「あら、もらってくれますの?」
「私は宝を盗むのは好きですが、宝に縛られるのは好きではない。ゆえに、『いずれは』とつけさせていただきます」
 窓から飛び立ちながら、怪盗歌姫は続けた。
「貴方に捧げる歌ができるまで、あるいは、貴方が私の体か心を捕まえるまで、『雪女の涙』は貴方自身に預けます」
 マスコミや警察がなだれ込んできたとき、怪盗はすでに完全に姿を消していた。
 偽者たちは逮捕され、今回の件は全て彼等が仕組んだ嘘だということになった。真実は私と怪盗歌姫の胸の中にしかない。

 私の心を盗んだ犯人は、今日も私に捕まるのを待っている。

スポンサーサイト

第六回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


犯人と私だけ知っている

それは昼下がりのことだった。チャイムの音に起こされて、寝巻き、寝癖のまま寝ぼけ眼でドアを開くと、そこには歓迎したくない類の客がふたり、立っていた。
「菱崎律さんですね?」
 男は、良くドラマで見かけるそれらを、俺に良く見えるように掲げ。
 俺の答えを聞きもせず、男は言った。
「菱崎律さん、貴方に逮捕状が出ています。よって、御同行をお願いします」

「……はっ」
 それに対して俺の口から出たのは、引きつった笑いめいたものだった。笑い飛ばそうとして、それに失敗して奇妙に歪んだ俺の声。
「おまわりさん、俺が一体何したって言うんだ? おたくらに捕まるような後ろ暗いこと、した覚えが無いな。もし俺を連れて行きたいなら、ちゃんとそこのところ説明してもらえる?」
 精一杯の強がり。けれど、それは本音だった。俺が一体何をした? 警察のご厄介になるような犯罪に手を染めた記憶は、ない。
「そうでしょう。特に菱崎さんのようなケースではその疑問も当然と思い、ご説明する準備をしてきました。上がっても良いでしょうか?」
 当然のように男は頷いて、そう言った。正直俺は拍子抜けして、「どうぞ」と招き入れてしまう。男は、「有難う御座います」と馬鹿丁寧に言って、後ろに控えていたもう一人を伴って俺の部屋に上がり込んできた。

 雑然とした、いつも通りの俺の部屋。いつもより人が増えて、窮屈に見えた。どうにか床の上のものを退かして男ふたりを座らせ、茶を出した。俺は、一体何をしているんだろうと、自問自答しながら。
「それでは菱崎さん、貴方に逮捕状が出た理由をお話しましょう。私の話の途中でも、何か質問があれば遠慮なく仰って下さい」
「はぁ……」
 男は高圧的になるでもなく、畳み掛けてくるでもなく、逆に丁寧すぎるほどに俺に接してくる。まるで役所の窓口のようだ。
 「では」、と男が話を始めた。

 つい最近の話ですが、年々増加の一途をたどる犯罪件数を減らすための試みが、秘密裏に行われ始めたのです。
 その試みとは、ある方法を使って、ある人間が死んでしまえば良いと思っているその相手が本当に死んでしまうようなシステムを作り上げ、潜在犯罪者をあぶりだせるようにしたのです。
「ちょっと待ってくれ、ある方法とか、システムとか、適当なこと言ってるとしか思えないんだけど? 嘘じゃないの?」
 機密により、詳しいことは申し上げられません。しかし、実際にそのシステムは稼動しているのです。信じて下さい。……いえ、今は信じなくても構いません。とりあえず、私の話を聞いて下さい。
「ますます嘘くさいな……まあ、ひとまず聞くよ」
 有難う御座います。……そのシステムをいずれは一般的に展開するために、試験が行われました。
 まずは、刑務所等の、システムが正常に展開しやすいと思われる、閉鎖空間で。そこでは正常にシステムが動作するのが確認されたので、次に一般社会での試験が実施されました。
 無作為に選ばれた人々にシステムを適応させ、試験を行ったのです。
 ……そして、菱崎さん、貴方はその中の一人。そして貴方は無意識とは言え、人をひとり、殺しました。ですから、こうして参上したという訳です。
 「おい、そんなことをして良いと思ってるのか? その事実の因果関係に確証はあるのか? 俺が死ねば良いと思ったから死んだ? ……そんな馬鹿な話があるか!」
 落ち着いて下さい。これは、確かな理論あってのシステムです。私はその原理を詳しくご説明することはできませんが、貴方が望めば公開される情報です。
 話を戻します。菱崎さん、貴方が殺したのは、貴方の職場の同僚である、沼上貴司さんです。
 「沼上………を? 俺が? ……冗談だろう?」
 いいえ。こんな悪質な冗談を言うと思いますか? ……確認して御覧なさい。

 その男の言うことは、信じがたい話だった。全く、馬鹿げている。俺が死んでしまえと思ったら、死んだ? ……冗談じゃない。そんなことで逮捕だなんて、ブラックジョークが過ぎる。
 藪から棒のとんでもない容疑を振り払うように、沼上のケータイに電話をかける。……曰く、「現在、この電話は使われておりません」だと?
 微かな焦りを感じた自分に、体の中を冷たいものが滑っていくような感覚が走る。それを振り払って、割合親しくしている同僚に電話をかける。そいつはすぐに出た。
「もしもし。俺だけど」
「菱崎か、どうした?」
「沼上、今どうしてるか知ってるか?」
 そう問いかけて、振り払ったはずの焦りが込み上げてくるのを感じ、ぐっと手を握り締めた。
「沼上?」
 相手の声がふっと曇った。途端に心臓の鼓動が跳ね上がる。落ち着け、と唾を飲み込んだ。
「お前、沼上と仲悪かったんじゃなかったか?」
 いちいちそんなことを確認してくるなよ! そんなことは良いだろ?
 体が冷たくなる感覚に襲われる。ケータイを握った手が汗でぬるつく。
「沼上にさ、書類の手直し頼んでてさ。出来たかってメール入れたのに、うんともすんとも返事が無いからさ。電話には出ないし、問い詰めたいんだけどさ、知らねえ?」
 早く言え! 沼上はどうなった? 俺はどうなる?
 声が震える。
「……お前、知らないのか。沼上ならな」
 言え! 言え! 早く言ってくれ! 俺をこんな変な状況から解放してくれ!
「死んだよ」

 大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ、お茶飲みますか? ……そうですか、まあ、落ち着いて。
 確認できたようですね。私が申し上げた通り、貴方の同僚の沼上貴司さんは死亡しました。死因は交通事故、ということになっています。
 このシステムが適応されると、他人から死んでしまえば良いのにと強く願われた人物は、その時点で不自然でないような死を迎えます。そのとき、被害者の首筋にあざが浮かび上がり、これが加害者の認識番号になります。
 ……お分かりですね? 死亡した沼上さんの首筋には、貴方の認識番号のあざが浮かんでいました。

 俺は、男の差し出した俺の認識番号の記された書類(見た目は単なる履歴書だ)と、首もとがアップになりくっきりと数字列に読めるあざが見える写真(沼上の首だろう)を見せられ、ただ呆然としていた。
 偽造書類、やらせ写真、グルの発言。そうした単語はぐるぐると頭の中に渦巻いていたが、何故かもう俺は逃げられないと思っていた。
 いちゃもんは付けようと思えばいくらでも付けられるだろう、未だにリアリティの無いうそくさい話だと思う。けれど、俺は抵抗する気が起きなかったのだ。
 ……沼上など死んでしまえ、と思っていたのは嘘ではなかったからだろうか。
 何かと気の障る男だった。相性が合わない、だけでは済まされないものがそこにあった気がした。それは相手も感じていたらしく、関わってこなかった。けれど、奴がそこにいるだけでいらいらした。
 子供でもあるまいし、それだけのことで死んでしまえと願うのは幼稚な願いだろうか。けれど、俺はどうしても耐えられなかったのだ。
 ……ただ。

「誰かを死んでしまえと思うほど憎むのは、誰しもある感情だろ? 普通にあることだろう? なのに何故俺だけは捕まるんだ?」
 俺は、うつむきながら言った。
「あんただって、覚えがあるはずだ。無いとは言わせない」
 何故俺だけが。何故内心で望んでいるだけで。
「他人を嫌うのは自由だろう? 好き嫌いは周りに強制しない限り、自分の心の中で思っている限り、感じるのは自由だろう? なのに何故俺は捕まるんだ?」
 何故。
「思っているだけで、望んでいるだけで人が死ぬようになるのなら、誰だって人殺しだ!」
 叫ぶ俺の肩に、男は静かに手を置いた。
「いいえ」
 静かに、言った。
「このシステムは、的確に目的を達成します」
 静かに。
「このシステムは、あいつなんて死んでしまえ願う人間が、いつか本当にその行動を起こす人物であるときだけ、作動するのです」
 がくり、と力が抜ける。
「いつか、人を殺す人物だけが、このシステムであぶりだせるのです。だからこその、犯罪を未然に防ぐシステムです」
 ……さあ、行きましょう。
 俺は、住み慣れた雑然とした部屋を後にした。

第六回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


Disclose Criminal

 テレビの電源をつける。シャッターが閉め切られ、外の光が入ってこない、電灯の光が輝くこともない。真っ暗な部屋で古いブラウン管の光だけが眩しい。騒がしいバラエティ番組、実況の叫び声だけが虚しく響く野球中継からニュース番組へとチャンネルを切り替える。いつものように画面正面からやや斜めに構えてキャスターがいつものようなすました表情でニュースを伝えている。興味のない政治のニュース、重要法案が可決されるか通過するとか、明日の天気、福岡、神戸、名古屋、そんなところの天気なんか関係ない。住んでいる千葉の天気だってどうだっていい。どこで桜が咲こうとも、どこで桜が散ろうとも、いつ桜が咲こうとも、いつ桜が散ろうとも、そんなのどうだっていいんだ。はやく、はやく、俺のほしい情報を、俺が切実に求めている情報を与えてくれ。
 じっと、真っ暗な部屋の中で寒さに震えそうな体を毛布でくるみ、テレビの画面に顔をすり寄せるようにしながら、ニュースを見続ける。まるで親に隠れながら、深夜のエロ番組を見ている中学時代のようだ。こんなにテレビを真剣にみたのは、いつ以来だろうか。いや、人生で初めてだ。番組が終わる、結局俺が欲していた事件が報道されていなかった。もしかしたら、死体が見つかっていないのだろうか。俺が殺してしまったあいつの死体は。
 
 時計の針が回っている。どういうわけだが、俺はニュース番組を梯子していた。十二から十へ、六から八へ、一から四へ。すべてのニュース番組を見逃さないように、すべての報道を見逃さないようにと、俺の名前が一瞬でも出ないかどうか、俺の死体を隠した場所が一瞬でもブラウン管から映し出されないかどうか。凝視する。
 時間がすぎればすぎるほど、ニュースをやっているテレビ局なんて減っていく。ローカルのチャンネルの四十六、三十八や十四、四十二ではあまり見かけないような芸人によるテレビショッピングやよくわからないアニメが流れている。全国放送で流れているのは、よく見かける芸人たちによるバラエティ番組だった。もうどこもニュースなんかやっていないのだろうか、普段は決して見ないような時間にチャンネルを一にあわせる。
 おそらく今日最後のニュース番組だろう、しかしもう終わってしまうようだった。眠そうなキャスターが明日の天気を伝え、一つ礼をする。テロップが流れ、番組が終わる。ぷつりと番組が終わる。ブラウン管から流れ出す光の色は黒と白と灰色。少しおかしい、いつもなら真夜中のテレビではコールサインが流されるはずだ。こんないきなり砂嵐の画像が映し出されるはずがない。急いでチャンネルを変えていく。他の局では相変わらず、俺のよくわからない番組ばかりが流れている。ぐるぐると番組を回していく。最後に残ったのはチャンネル数は三、ニュースなんて一切流れないお子様用のテレビ局だ。もう時間は午前の四時を回っている。眠気が脳の奥底から沸いてくる。さっきから頭全体に靄がかかっている。視界もうつらうつらだ。そのままチャンネルを三へとあわせる。ブラウン管の安っぽい光は猿を映し出していた。コンクリートで囲まれた部屋で猿は唯一部屋に置かれている四角い物体を凝視している。テレビのようなその物体をみながら彼は怒鳴ったり、脅えたりしている。しかしそれを凝視することは止めない。楽しそうなナレーションが流れ出す。ナレーションはなんといったのだろうか。俺は眠りへと落ちてしまった。

 朝、シャッターを締め切ってしまった部屋に太陽の光が差し込むことはない。今は何時だろう、掛け時計をみるともうすでに正午をだいぶ過ぎた時刻だった。俺は何をやっているのだろうか、毛布にくるまりながらひざを抱えて寝たはずなのにいつの間にか大の字になって寝てしまっている。人を一人殺しておいて、なんという緊張感のなさだ。もしもう、あの死体を隠した場所がばれていたら、もしかしたら当日の夜にやつと揉め事を起こしていたばれたら、俺があの男を殺して隠したことがばれたら。人を殺して、死体を隠したら一体どれくらい牢屋に閉じ込められるのだろうか。あぁ、あぁ、あぁ。確かにろくでもない人生を送ってきた。それでも俺は人を殺したことはない。小さいころに車の窓ガラスを割ったり、中学時代に人を殴ったこともある、高校時代にノリと勢いで万引きをしてつかまったこともある。しかし、だけど人を殺したことなどない。

 相変わらずテレビを見続ける。三時ごろのワイドショーから、五時ごろのニュース番組へとチャンネルを切り替え、報道番組という番組を渡り歩く。相変わらず俺のことは一切報道されない。殺した相手の顔写真が流れることもない。
まだあの死体は見つかってないのだろうか。飲み屋で偶々あっただけの名前も知らない相手に何故俺はあそこまで激昂してしまったのだろうか。

 夕方を過ぎて、もう夜という時間になる。野球中継がそろそろ始まってしまう。チャンネルを切り替えてニュースを追うのも飽きてくる。結局、俺の名前がテレビに映し出されることはないのだから。もうニュースなんか見なくてもいいのではないか、そんな気すら起きてくる。チャンネルを回す、偶々三にチャンネルを合わせるとまた猿が映っていた。 なんだろう、昨日の番組の続きか、こんな時間に続きなんてやるもんか、そもそも続きをやるような番組じゃないだろう。連鎖するように疑問が頭の中に浮かぶ。昨日夜にみたときには寝ぼけ眼でみていたが、しっかりと頭が動くときにみるとこの番組、普通の番組に比べておかしい。テロップやロゴも映さずに、さっきから五分くらいずっと猿の映像を映している。相変わらず猿は部屋の中におかれた四角いテレビのような物体を凝視している。彼は怒り狂るったり、怯えたり、相変わらず騒ぎながらもテレビの前から一歩も動かず凝視している。一体何があのモニターには移っているのだろうか。
 そのときようやくナレーターの声が聞こえる。
「この猿は自分自身の様子が映し出されたテレビ画面を見ながら、こんなに騒いでいます。」
 そうか、この猿は自分自身の映し出された画面を見て、こんなに騒いでいるのか。
「中々、滑稽な姿です。画面ひとつでこんなに大騒ぎするなんて、なんて愚かな猿だと皆様お思いでしょう。」
 少し嘲り笑うような声を出して、ナレーターが続ける。俺は少し吹き出してしまう。確かに猿にとっては自分の姿など滅多に見たことはないものだろう。しかしながら、こんなに凝視しているのが自分自身の姿だとは。
「猿だから、こんなに愚かなのでしょうか。いいえ、人間でもこんなに…………」
 なんだ、いったいどうしたんだ。いきなり、ブラウン管の出す光が黒と白とのノイズに変わり、画面が切り替わる。なんだ、どうした、国営放送の癖にいきなり放送事故か。心の中で突っ込みをいれながら、切り替わった画面をみて、そんな思考は吹っ飛んでしまった。いきりなり画面は俺が死体を隠した場所へと切り替わっていた。街路樹の中に隠した死体の右手が画面に映っている。
 一体全体どういうことだというのだ。なぜ、あの場所がテレビに映っているというのだ。わからない。テレビをチャンネルを変えようと傍らに置いてあるリモコンに手を伸ばす。チャンネルを三から、どれでもいいはやくこの映像からどこかの映像へと変えてしまいたい。しかし、そんなことは出来なかった。いま、この映像の中で通りかかった人がこの手の存在に気がついてしまうかもしれない、警察に通報してしまうかもしれない。そんなの見たくない。しかし見てなくてはまずいような気がする。チャンネルを握る手が湿ってくる。
 死体を覆う街路樹が揺れる。俺はテレビの前で驚き、体を思わず揺らす。ただの風だった。街路樹の周り誰かが通りかかる。気がつかないでくれと俺は必死に祈る。複数の酔っ払いが近寄ってくる。誰かがふざけて、街路樹へとよりかかる。手が彼の体に触れている。彼らが大声で騒ぎはじめる。街路樹が揺さぶられる、揺れる。彼らの大声につられて、通りかかってくる人々が一々視線をなげかけてくる。酔っ払いの一人が、嘔吐をし始める。下呂が街路樹の中へとしみ込んでいく。死体のあるはず場所へと下呂が少しずつ、少しずつ垂れていく。

 やめてくれ、やめてくれ。もう、やめてくれ。

「ほら、人間にもこんな愚かなのがいるんですね。」
 テレビからナレーターの声が聞こえてくる。テレビ画面が入れ替わる。そこには俺の部屋が映っていた。毛布の中に包まり、惨めに怯えて、四角いテレビの前に座り込んでいる俺の姿が映っていた。
「さて、そろそろこの愚かな犯人を捕まえてましょう。」
 ドアの外が騒がしい。ドアがノックされる。無視する。ノックする音が大きくなっていく。無視する。金属を叩く音が部屋中に響き渡る。毛布をかぶる、手で耳を塞ぐ。鍵が開く音がしたような気がした。俺は毛布をかぶったまま、そこから動かない。毛布の隙間からブラウン管の光が注いでくる。目をうっすらと開き、画面を見る。そこには惨めな男が一人、いた。画面の中でドアから何人もの制服を着た警官が部屋に入ってくる。男に彼らは近づいてくる。間近に近づいてくる靴音。テレビから少しだけ遅れてくる靴音。

「さよなら、愚かなる、さらされてしまった犯人さん。」
 テレビのナレータの声が流れ、エンドテロップとエンディンクテーマが部屋に流れていた。そして、男の叫び声が部屋中に響く。テレビから遅れて響く。

第六回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


バッドナイト・グッドモーニング

 午前零時、カケルちゃんとベッドイン。ここから先は、十八歳未満立入禁止のオトナの時間。てん・てん・てん、なムツミゴトに、いざ参らんと覚悟を決めたら、やってきたわけ、キャッツアイ。
 カケルちゃん、あたしのブラウスのボタンをはずすのに一所懸命で、気付かない。でもあたしからははっきり見える。薄暗い部屋の隅にいるの、キャッツアイだった。ビジュアル的に。ばっちしメイクのきらきらお目目に、身体にぴったりしたレオタード。また、プロポーションがバツグンなんだ、よりによって。
 まずい、まずい。あたし、このたびカケルちゃんの記念すべき第五十代カノジョに任命されたばっかりなのに。今、カケルちゃんがあのキャッツアイを見たら、絶対向こうに乗り換えちゃう。祝・カケルちゃんに五十一人目のお相手誕生。あたし、ポイ。
 負けられない。これはもう、戦う一手。
 キャッツアイ、ベッドに近寄ってくる。扇情的なモンローウォーク。あたし、腰をねじって、何とかそれっぽいくびれを作る。むなしいけど。
 アピールが功を奏しているのか、カケルちゃん、まだ彼女に気付いていないみたい。あたしのスカートのホックに手を伸ばそうとしている。最初、たしなみとして恥じらってみせてから、それを許す。百戦錬磨のカケルちゃん、そんなところで手間取ったりしない。すっとはずれる。いい感じ。
 でも、キャッツアイ、負けてない。レオタードのジッパー、首のところから、少し下げる。素肌感、アップ。フェロモン、さらに倍。あっ、ダメ。カケルちゃん、顔を上げちゃった。彼女の姿、見えちゃったかもしれない。
 あたし、カケルちゃんにぐっと身を寄せる。キャッツアイ、図々しくもカケルちゃんの背中側に回る。ダメよ、カケルちゃんが四十九人目のカノジョと別れるまで、あたしがどれだけ待ったと思って? あたし、ますますカケルちゃんに密着する。でも、彼女、平然とカケルちゃんに寄り添ってる。
 むっとして、カケルちゃんの鼻の頭に、ちゅっとやってやる。カケルちゃん、いとおしげな表情になってむ、あたしの頭をなでてくれる。きゅん! ああ、もう、きゅんきゅん! この目を細めた顔が、たまらなくキュート! 好き!
 見ると、キャッツアイの姿が見えない。あら、案外あっさり諦めたのね。ふふん、と鼻を鳴らす。と、彼の肩口から、ひょっこり何かが現れた。
 何これ! キャッツアイだった。小さなキャッツアイ。きゅっと縮んで、お人形さんみたい。身長……三センチくらい? あーいまい、なんて歌ってる場合じゃない。ミニ彼女、カケルちゃんの開いた襟元から、服の中に侵入していった。冗談じゃないわよ、何されるかわかったものじゃない。こんなの反則よ。
 そのとき、カケルちゃんが、ちょっとキワどいジョークを言った。普段なら身をよじって恥ずかしがってみせるところ。でも、あたし、はっとひらめいた。「やあだーっ」と言いながら、どーんとカケルちゃんの胸を突く。服の中で、ぷち、というような音がした。へへん、いい気味。舌を出す。
カケルちゃん、ちょっと戸惑った顔になったけど、気を取り直して私の腰に手を回してきた。オジャマ虫は消えた。私も、甘い雰囲気に身を委ねようとする。ここからが本番よ。
ぐっ。脇腹に、硬い感触。横を向く。キャッツアイ。いつの間にか、元のサイズに戻っていて、冷たい眼であたしを見下ろす。その手にあるものは……ピストル? 背筋がぞくっとした。このキャッツアイ、ここまでして、あたしとカケルちゃんを引き剥がしたいの? 
カケルちゃん、助けて! と叫ぼうとする。なのに声が出ない。カケルちゃんは、あたしの襟ぐりから手を差し入れようとするばかり。彼女のことが見えていないの?  
 ピストルの先、あたし。キャッツアイの指、引き金。カケルちゃん、あたしを押し倒そうと力を込める。そんなことしたら、撃たれちゃう。ダメ。
 キャッツアイの口が動いた。その言葉はあたしの頭の中にだけ響く。「彼を忘れなさい」。イヤだ。むくむくと、反抗心が湧いてきた。反抗心? まともに考えて、ここで抵抗するなんて狂ってるよ。銃弾があたしのお腹を貫いちゃう。でも、カケルちゃんはあたしのものだもん! そうよ、愛よ! ラブよ!
 思いの丈ゼンブ込めて、キャッツアイをにらみすえる。撃つんなら撃ちなさいよ。すごすごカケルちゃんを盗られて、たまるものですか!
 あたしとキャッツアイの視線がぶつかる。キャッツアイ、しばらくあたしを見つめて……ため息を、ついたようだった。
 キャッツアイ、肩をすくめた。そして、しゅるんと消えてしまった。彼女は、最後のその姿まで美しかった。悔しいことに。あたしは安堵して、どっと汗をかいてしまった。
 カケルちゃんは、きっと何もわかっていないまま、あたしの肌をまさぐっている。ふふ、うまくいったよ、カケルちゃん。ひどい夜は去って、二人で迎える朝が来るんだ。
 キャッツアイ。彼女は悪魔、オア、天使。
誰が呼んだか、恋泥棒。
 カップルの初夜にどこからか現れては、男のハートを盗んでいく。男に惚れてる女の生き霊って説もあったけど、あたしはやっぱり、男の欲望の権化だと思う。だから、ほぼ例外なく、美女。
 大抵の彼女は、カップルを裂くだけ裂いておいて、ぱっと消えちゃうんだけど、中にはそのまま男と付き合っちゃう、とんでもない奴もいる。どっちのタチが悪いかは、解釈の問題ね。
 でも、不思議なことに、キャッツアイに別れさせられた女の中には、かえって良い結果になった人もいるらしいのね。もっと素敵な男性と巡り合ったり、別れさせられた彼氏がろくでもない男だってわかったり。だからこそ、あれを天使って呼ぶ人もいるんでしょうね。ただ、皆が皆シアワセになるわけじゃ、全然ない。
 そんな不確かなキャッツアイなんかに、あたしの運命、任せられますかっての。
 さあ、カケルちゃん。あたしは、命をかけてあなたを選んだわ。
 カケルちゃんの厚い胸板に、顔をうずめる。力いっぱい、抱き締める。
 あなたはそれほどの価値がある人かしら?
 どうなのかしら、カケルちゃん?

第六回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


| TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。