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さらし文学賞
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躍動するマシュマロ

 この電子レンジを買ったのは、失敗だったと思う。予算をケチってリサイクルショップで買い求めたのがその主な敗因であると断言できる。さらに言えば、その店頭に並んでいる中で破格とも言える値段で叩き売られていた最安価のものを買ってきたのが間違いであったに違いない。
 そしてそれによってもたらされる電子レンジでの調理不可能と言う状態は、独居という我が身の立場からして、冷凍食品の氾濫と言う現代日本の情勢、安価な物資を同時大量購入した際の冷凍保存と言う賢い手段、その他簡易調理に関わること等を考えれば考えるほど不利である。つまり、調理と言う行為が至極面倒なものにするのである。
 電子レンジとは主婦の味方、貧乏学生の味方、お子様の味方、ありとあらゆる調理をする者を救う、まさに文明の利器であると言えよう。
 それなのにうちの中古電子レンジときたら、その役目を全うしようと言う意志がすっかりと見当たらない。物を温められない電子レンジなど、唯電力を消費するだけの不恰好な箱であると言うのに。
 と言っても、買ってきた電子レンジが壊れていた訳ではない。リサイクルショップはちゃんとその職務を遂行していて、きちんと作動する。
 では何故うちの電子レンジは全くもって使えないのか。
 ――うちの電子レンジが、温め終わった食物を皆、食ってしまうからである。
 最近ではあまり見かけない、ターンテーブルの鎮座した電子レンジ内部。そこに食物を入れ、あたためのボタンを押したが最後、もうそれにありつくことは出来ない。
 オレンジ色のランプに朧気に照らされながら、滑らかに回転する皿。僕は何度もその瞬間を見逃すまいと、覗き窓に顔をくっつけんばかりにして監視したものだが、それは全て徒労に終わった。電子レンジ本体のディスプレイに表示されたカウントダウンの数字がゼロになり、ピーピーと喧しく仕事の終了を電子音が告げ、オレンジの明かりがふっと消えた瞬間その扉を開けると、もう既にそこには空になった皿しかない。

 温め始める前には確かにそこにあった、冷やご飯も、グラタンも、たこ焼きも、シュウマイも、スパゲッティナポリタンも、冷凍食パンも、鳥の唐揚げも、ソース焼きそばも、アスパラガスのバター炒めも、ミニハンバーグも、五目チャーハンも、鳥の胸肉も、海老の水餃子も、肉まんも、焼肉バーガーも、焼き鳥も、餃子も、皿だけを残して忽然と姿を消しているのだ。

 不可解である。不愉快である。不条理である。
 ほかほかの、或いは解凍の済んだ食物を求めて電子レンジを使用しているのに、その食材がなくなってしまうのでは本末転倒どころの騒ぎではない。死活問題である。洒落にならない。
 この酷い状況を、電子レンジが物を食っていると判断する以外に、どうすれば良いだろうか。その判断を僕が下すまで約丸一日分の活動時間と冷蔵庫および冷凍庫の中身の九割が費やされ、結果、中古の品ではあるが、買ったばかりの電子レンジはめでたくがらくたと成り果てたのであった。
 全く、やっていられない。
 結局、僕は温かい食事を諦め、不貞寝することにした。

 このレンジは、実は呪われてでもいるのだろうか。だから食物が温められないのだろうか。だから、その日の夢枕に、とんでもないものが立つのだろうか。――ところで、夢枕に立つ、と言うのは、つまり夢の中の出来事なのだろうか。それとも、現実的にありえないものに枕元に立たれると言うことなのだろうか。
 否、閑話休題。空腹の僕にようやっと訪れた至福、安眠を邪魔した物の話だ。さて何か。それは、畳一畳ほどよりも少し大きい、ふくよかな何かがぎっしりと詰まった角の丸い直方体、と言うか歪んだ円筒形をしており、色は白かそれに類するパステル調の淡い色、表面が粉っぽく皺がよっている何かだった。見た事がある。頻繁にではないが、どこか見た事のあるフォルムである。
「……」
 そいつが、微かな音を発した気もするが、きっと寝ぼけているための錯覚であろう。錯覚でなかったら頬をつねるどころでは済むまい。そんなことを寝ぼけ頭で考えているうちに、そいつは無言で電子レンジ型のがらくたとその白い我が身を指し示し、何かを訴えてきた(様に思われた)。
 その後、それは僕に倒れ掛かってきて、呼吸困難で死ぬかと思った。
 眠ったにも拘らず酷い疲労感と、意味不明な夢の消化不良感と、極度の空腹で目覚め、改めて思うに、我ながら何と言う夢を見ているものかと思う。あの形だけ電子レンジの粗大ごみは、僕にとってのとんだ貧乏神だった様である。
 ともあれ空腹だけは手っ取り早く満たすべきなので、昨日電子レンジに食われず済んだ、温め不要、もしくは温めるべきでない数少ない食料を引っ掻き回し始めて僕は、一つだけ疑問に答えを出した。
 昨日僕の安眠を妨げた物。それは、特用袋にぎっしり詰まった、白いマシュマロと呼ばれるふわふわの菓子に酷似していたのである。サイズは非常識も甚だしいが。と言うか、あの夢自体が常識などぶっちぎっている。夢だから良いのかもしれないが。
 そしてその発見により、僕は全く馬鹿なことを思い付いた。電子レンジがまともに食物を温めてくれないこの状況に置いて無意味、且つ、電子レンジが正常に働いていたとしても、下らない頭の悪すぎることである。
 マシュマロを、電子レンジにかける。袋のまま。
 僕から食事を奪い続ける電子レンジに対しての怒りが暴発しちゃったと言うか、疲れ等で単に頭がイカレちゃったとしか思えない。
 思い付いたらどうしてもやりたいと言う、こどもの様な悪戯心に取り憑かれてしまった僕は、酒の肴に買ってあった(もしくはその用途としては不評で残っていた)マシュマロを袋ごと電子レンジに入れ、温度設定は強、時間は十五分、あたためボタンを押した。

 僕は、オレンジの光に照らされ、緩やかに回るマシュマロの袋を見つめていた。
 どうなるか、もちろん承知だ。こどもにだって分かる。マシュマロを電子レンジにかけたらどうなるかはともかく、密閉された袋を加熱なんかしようものなら、中の空気の膨張によって爆発するに決まっている。多分、マシュマロの方も沢山空気を閉じ込めていそうだから同じ運命を辿りそうだ。串に刺して、火で炙って焼きマシュマロにするのとは訳が違う。
 その予想図はもちろん当たるだろう。予想と言うより予言と言う域の滑稽な実験だったが、なぜか僕は熱心にマシュマロの袋の行く末を見守っていた。
 だんだん袋は膨らみ始め、心なしか中身のマシュマロも大きくなってきた様に思う。僕は一層覗き窓に顔を寄せて中身を観察した。
 無慈悲に電子レンジは命令を忠実に遂行し続け、いよいよ袋はぱんぱんに膨らんでいる。ふすふすと空気が漏れ出す様な音が断続的にしていて、おそらくもう限界であろう。
 最初に設定したタイムリミットにはまだまだ間があった。けれど、ぼん、と凄い音を立てて袋は爆発した。中のマシュマロが、もう我慢できないかのように飛び散っていった。電子レンジの中は飛び交うマシュマロだらけになって、自動的にあたためが取り消しになってランプの消えた真っ暗な空間の中で、ぴょこぴょこ跳ねているのがぼんやりと見えた。
 その大騒ぎも収まったと思われる頃、僕は恐る恐る電子レンジの扉に手を掛けた。中はさぞ大変なことになっていると考えるとうんざりしたが、妙にいっそ清々しい気分だった。清々しい気分のまま扉を開けると、勢い良く、ほかほかに温まった白くてふわふわの丸っこいものが、後から後から飛び出してきた。僕はそれを出し抜けに顔面に受ける形になってしまい、足を滑らせて腰を酷くぶつけた。
 そんな僕の頭から胸から膝から、容赦無く降り注いでくるのは、心地良い温度に温まって、その上中の空気が膨張したのか膨らんで酷くふわふわになったマシュマロだった。

 ともかく、その量が尋常で無い様に思われた。まず、袋に入っていた量より絶対に多い。精々、百グラムだかそこらのマシュマロである。こんな滝の様になるほどあるものか。それどころか、これでは電子レンジの容量を無視しているとしか思えない。後から後からマシュマロは無尽蔵に湧いてきて、留まることを知らないかの様に。
 波打つかの如く、マシュマロは押し寄せた。何かの生き物の様に蠢く様には、恐怖すらを覚えた。わらわらわらわら、あっと言う間に、キッチンのスペースの床はマシュマロで埋まった。マシュマロの塊の様な群れは、独自の意識を持ったかの様にその居場所をどんどん広げていく。
 まるで、それは僕の食料をほぼ食い尽くした電子レンジが、必死で嘔吐しているかの様に思われた。昨日、温め終わった後に何処かへと消えた、、全部が何故かほかほかふわふわのマシュマロになって、電子レンジが嘔吐している、そんな風に。

 僕は、マシュマロに埋もれそうになりながら、グリム童話の一節を思い出した。貧しい女の子が、お婆さんから一つの鍋を貰う話だ。その鍋は、呪文を唱えると、美味しいお粥をいくらでも炊いてくれる。その鍋のお陰で、女の子とその母親は暮らしていく。ある日、女の子が用事で留守にしている間、母親はその鍋でお粥を炊いた。けれど母親はその鍋を止める呪文を知らなくて、どんどんどんどん鍋はお粥を炊いてしまう。お粥で街が一杯になった辺りで女の子が帰ってきて鍋を止めるのだが、一杯になったお粥を始末しなければならなくなった、と言う話。
 確か、結びの言葉は「その街を通り抜ける為には、お粥を全部食べてしまわなければなりませんでした」みたいな感じだった様に思う。
 僕も、きっと電子レンジが吐くのを止めたら、この部屋で暮らしていく為にこのマシュマロの大群を片してしまわねばならなくなるのだろう。

 ――やはり、この電子レンジを買ったのは、失敗だったと思う。

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躍動するマシュマロ

 首を伝っていく汗を、さらはタオルを押しつけるようにぬぐった。そしてどうしてこんな場所に、と空を仰ぐ。ぎらぎらと照りつける太陽は、高校球児だろうといたいけな女子高生だろうと容赦しない。三号館は校庭に面していて、側には影になるような木が植えられていなかった。おまけに、熱風と運動部の走るのにあわせて砂埃まで舞っている。そんなことはミキもしっているだろうに、彼女は放課後の待ち合わせ場所にここを選んだ。先に掃除が終わっていたら、ミキだってここで我慢比べしなきゃならないのにと考えながら、さらはタオルを開いて頭に乗せる。
 頭の熱も気になるが、鞄の中で、熱くなっているであろうチョコパイも、さらは気になった。購買になかなか入荷しないそれを、運良く今日は手に入れられたのだ。夏にチョコはべたべたしそうだけれど、中に挟まれたクリームの中に細かく刻んでいれられたマシュマロの触感がたまらず、季節を問わず食べたくなる一品だ。さらは花壇を囲う熱いコンクリートの上にのり、バランスをとる。白いプラスチックで、朝顔のつるの支柱が作られ、白いそれに沿って濃い緑の葉が茂っていた。水やりをされて間もない土が、 乾き始めて斑になっている。さらはしゃがみ込んだ。しゃがみこむと、世界が近く、大きくなる。微かに濡れた土の粒、あちこち歩き回る蟻。蟻の行く先を目で追っていくと、淡い枯葉色の小さなひとひらが、少しずつ少しずつこっちへ向かってきた。さらはぎょっとして近づく。それは、蝶の羽と、それを運ぶ蟻だった。蟻は後ろ向きの体勢から引っ張るようにして運んでくる。さらはそれを見つめた。羽を運んでいるのに気付いたのか、他の蟻が一匹近づく。
「更級、ボール取って!」
 はっとしてさらが振り返ると、てん、てんっとボールが足下に転がってきた。白がきらりと光を照り返し、さらは瞬きをした。ボールの飛んできた方向に目をやると、眩しい蛍光グリーンのゼッケンをつけた橋本がこちらに手を振っていた。水曜日は、サッカー部のグラウンド占有日だ。さらは思わず息をついた。脱力した両手でボールを掴み、ボーリングをするように転がして返す。橋本は軽く手を振ってボールを取ると、輪の中に戻っていった。ボールを中心に、人の輪がくるくる回り出す。それを見送ると、さらは肩にかけていた鞄を握りしめ、回れ右してそそくさと校舎へ戻ろ うとした。
「さら」
 もどりかけの足が砂の上を滑り、じゃりっと音を立てる。
「ミキ」
 息を切らして、襟をゆがませて、それでも平静を装いながらミキはやってきた。
「どっち行くのよ」
「いや、ちょっと忘れ物を」
「嘘おっしゃい」
 ミキはさらの腕を掴む。
「気にしなくて良いから、いくわよ。始まっちゃう」
 それでもちらりと一瞬だけ校庭の砂埃の立つ方を見やると、正門へ向かってぐいぐいさらを引っ張っていった。さらはばつが悪そうな顔をして、待ってよ、と小走りでついて行った。
 電車で一駅、栄町の駅はその名の通り高級デパートをいくつも並べていた。いつも服を見て回るルミネやマルイの横を抜け、一本遠い通りに、ミキは進んでいく。モデルがすらりとした足をミニスカートから惜しげもなくさらしたパステルカラーの広告から、原色のライトが渦巻いた通りに変わっていく。数年前まではゲームセンターやカラオケが並んでいた通りのはずだったが、いつの間にか居酒屋のチェーン店が軒を並べていた。いくつも同じ系列の店が、海鮮、和風と少しずつ趣向を変えながらならんでいる。さらはついあたりをきょろきょろ見 回してしまう。ミキは脇目もふらず進んでいく。
「ここ、よく来るの?」
 ミキは笑った。
「半年ぶり、くらいかなー。ここのところ、忙しかったから」
 待ち合わせしてからろくに目を合わせないミキの後頭部を、さらは見つめる。ミキは最近たまに上の空だ。さらは何だか寂しくなったような気分でミキを見る。そんなミキに、静かに話がしたいと言われたのは一昨日。何をそんなに改まって話すことがあるのかというさらに、ミキは何か気がかりなことがあるかのように明後日の方向を向いた。追う方向はわかっている。ミキの目はホーミング機能でもついているかのように正確に追える。と、ミキは突然頭を振った。そしてさらの方を振り返る。
「――ごめん、もう一本前だった」
 ちろりと舌を出す。さらはいいよと回れ右をした。二人の位置が、一瞬逆になる。しかし、こっちこっち、とミキはさらの手首を掴んで、さらの前に立った。さらは心配そうな顔をする。
「なぁに?」
 ミキは、それに気付いたのか、何でもないかのようにさらに笑いかける。そして手を強く引いた。
「ここよ」
 さらは反動で少しバランスを崩しながら、 その壊れたネオンで縁取られた看板を見上げた。
「映画館? こんなところに?」
 横を見ると、ミキは軽く頷いた。
「そ、入りましょ。タダ券もらったの」
 肩をすくめて笑う。そして慣れた様子でチケットを出し、中へとさらを誘った。暗い館内は、老朽化の進んだ建物のせいで、怖さも含んで沈んでいた。あちこち中のスポンジが見え、塗装のはがれた椅子が、きいきい鳴る。
「いつも一人で来るの?」
 さらの問いかけに、ミキはこともなげに答えた。
「そうよ」
 さらは、そういうミキが格好良く見えた。知らない世界を、一人で拓いてそこに座る。さらにはこの暗さはまだ居心地が悪く、椅子に座り直す。しかしミキも、けして馴染んでいるようには見えなかった。ミキはゆっくり息を吐く。
「よくわからないのよ」
「――うん」
 さらは頷いた。
「わからない」
「うん」
 ミキは落ち着かない様子で、ちらりとさらを見た。
「さら」
 ブ――、と開始のブザーが鳴る。
 ミキは何か言いかけた口を暫くそのままに固まったが、二三瞬きをするとスクリーンに向き直った。さらもゆっくりとそれに倣った。ぎし、とも う一度座り直す。プリーツが崩れてないだろうか、と普段それほど気にしないようなことが気になった。初めての場所、初めての感覚。初めての音、初めての味。初めての――
「何度目?」
 さらの小さな声に、ミキは思わずついたため息を隠すように口を塞いだ。
 スクリーンでは、オレンジのマフラーを緩く巻いた同い年くらいの女の子が、何か叫んでいる。その声の先の少年は、背でわざとそれを跳ね返した。女の子は潤んだ目で、必死に背中を睨んでいる。ミキは冷えていた指先を暖めようと、さらの手に触れた。きんきんに冷えた館内で、さらはスクリーンの女の子と同じような顔で、ミキを見かえした。


「明日も、またあの場所で」
 上映が終わり、まばらな人影がネオンに散ってから、さらは口を開いた。ミキはさらを見やる。
「行っても仕方ないよ。あそこにいたら、干からびちゃう」
「そんなこと、ない」
 熱を帯びた空気の中で、さらはまた、スクリーンから抜け出したような、女の子と同じ表情を見せる。そのさきにいるミキは男の子と違ってさらの方を向いてはいたけれど、その声が受け止められずに跳ね返っているであろうことを、 さらは痛感していた。そしてそのミキの叫びでさえ。
「明日もあの場所で」
 さらはミキの半歩前を歩き出した。ミキはそれに黙って続いた。


 さらは掃除をいつもより念入りに済ませ、ミキの待つ場所へと向かおうとする。今日も体を焦がすような熱が、容赦なく注がれる。昇降口の階段を下り、校庭近くへと向かうコンクリートの道を踏むと、下からも熱が返ってきて、さらはむっとした。その背中に、聞き覚えのある声がかけられる。
「更級」
 さらはゆるりと振り向く。
「何?」
「お前、またあそこで待ち合わせ? 暑いし砂すごいだろ、別の場所にしろよ」
 マシンガンのような早口で、橋本はさらの横を通り過ぎていく。さらはそれを受け流す。そうでないと、八つ当たりしてしまいそうで、そのまま黙って歩いた。橋本は、不満そうな顔をちらとこちらに向けて早足で行ってしまった。橋本の向かった先に、いるはずのミキはいない。さらは歩くスピードを落とし、花壇の前で足を止めた。サッカー部を目にとめないように、乾きはじめた朝顔を見る。足下を、枯葉色の羽が動いていた。
  さらは巣の入口を探す。葉の陰にあいた穴は、どう 見てもその蝶の羽が通過するようには見えなかった。さらはふと、昨日のチョコパイを思い出す。一緒に食べるはずが、昨日はすっかり忘れていた。さらは一口サイズのそれを袋から出し、端を千切る。ぱらぱらとカステラ部分とマシュマロ部分が土に落ちた。しかし蟻たちは近くに落ちてきた甘い甘いそれらには見向きもせずに、羽を運ぶ。羽がぎこちなく浮かぶように、移動していく。カステラもマシュマロも、転がされたまま動かない。行き場を無くしたチョコだらけの指を力なく垂らし、さらは泣きそうになりながら声を絞り出した。

「――ねぇ私、生き急いだ?」
*END*

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躍動するマシュマロ

 彼を驚かせる、とびっきりのお菓子を作りたい。

 事件を説明するとなると、まず最初に動機について明確にしておく必要がある。わたしは間違っても「世界のあらゆる秩序を乱してやろう」だとか、「世の中の子どもに拭えないトラウマを植え付けてやろう」といった邪な考えがあったわけではないのだ。その点をまず、理解して欲しい。
 ただ、不幸なことに、どうやらわたしの料理音痴には常識が通じない。科学の限界とか、特殊相対性理論とか、生物進化論といった、あって当たり前の諸々な法則を突破してしまうらしいのだ。今になって思えば、小学生の頃に一度手伝った日を境に、母がわたしを二度と台所に立てようとしなかったのも頷ける話だ。母は、家庭の事情で高卒ではあったが、賢明で思慮深く、節約術にも長けていて、町内でも一目置かれる主婦だった。その主婦のカンと経験が、一人娘に料理を教えることよりも、料理することそのものから遠ざけることを選ばせたのではないだろうか。つまりそれだけわたしと料理とは相性が悪いということだ。
 もちろん、わたし自身には多少なりとも自覚があった。中学時代に調理実習で作ったクッキーを手渡した、当時のわたしの片想いのお相手は、不幸にも原因不明の病で半年間入院してしまい、わたしは恋に破れた。手作りのチョコレートを手渡した高校時代の彼には、次の日に土下座で別れてくださいと懇願され、またしてもわたしは恋に破れた。彼の腕と足とに包帯が巻かれていたのもおぼろげに覚えている。その他にもいくつかの事実が重なり、わたしは本能のようなものから知らず知らずのうちに料理からは遠ざかっていった。

 だけど、彼との出会いが再びわたしの料理欲を呼び覚ました。

 大学で同じサークルになった、一つ歳下の男の子。初対面からあんなに話が盛り上がったのは初めてだった。ひと月も経つ頃には二人きりで遊びに行くようになって、季節が変わる前にお互いのことを下の名前で呼ぶようになった。その彼の部屋に遊びに行くと、いつもお菓子が出されたのだ。それも、彼の手作り。
 ここで『もしも』と仮定を並べることが許されるのなら、いつも出される彼のお菓子がとびきり美味しくなければ、あるいは、彼が「わたしの手料理」に興味を示さなければ、はたまた、彼のリクエストがよりにもよって「マシュマロ」なんかでなかったならば……、あの事件は起こらなかったし、今頃はかねてからの約束どおりに、わたしと彼は一緒にドライブを楽しんでいたはずだ。もしかしたら二人の距離もぐっと近づいて、一歩も二歩も関係が進んでいたかもしれない。

 今となっては、夢物語だけれど。

 ふぅ、少しはすっきりしたかな。聞いてくれてありがとう。事件そのものではないけど、このことは知っておいてもらわないと。数学でいうところの前提条件のようなものね。それとも言訳かな。じゃあ、話しますね、この事件のあらましを。はたから見ればとんでもない喜劇で、わたしにとってはどうしようもない悲劇な、一日のお話。そう、皆が言うところの『躍動するマシュマロ』事件の全てを、その『作者』であるわたしがお話します。

   *

 マシュマロウっていう花をご存知?

 えぇ、わたしも料理なんて慣れない上に好きな人に出す初めての手料理だから、張り切っちゃって。もちろん不安はあったけど、それ以上に彼の喜ぶ顔が見たくて。だからせめて最高の準備をして挑もうと決意していた。そう、マシュマロは本来、マシュマロウの根の粘液を原料とするものなの。花言葉は『熱烈な愛』。わたしの気持ちを込めるのにうってつけだった。母は一言だけ「くれぐれも気をつけなさい」と告げて後は口出ししなかった。
 もちろん、ほかの材料も吟味して選んだ。お砂糖はサトウキビから。水飴も一から煮込んで、ゼラチンは当然ニカワから。そうして真心と愛情、手間隙と時間をたっぷり注いで、わたしのマシュマロ作りは順調だった。お砂糖もゼラチンも水飴も、きちんと分量通り。隠し味は、わたしの恋心。今考えてみれば、自分でも怖いくらいに、順調だった。
 そして極めつけは、わたしの祈り。願い、っていうのかな。彼にとびっきりのマシュマロを食べてもらおうと、とにかくわたしはありとあらゆる手を尽くした。店頭に並ぶありとあらゆる雑誌の中から、良さそうなおまじないは全部試した。「とびっっっきりのマシュマロになりますように」 そうして、全ての下拵えを終えて、仕上げを当日の朝に残したまま、わたしはベッドに潜った。興奮して眠れなかったから、ひと欠けの睡眠薬を口に含んで、朝を待った。次の日に待ち構えている事態を夢に見ることもなく。

 翌朝、時間通りに目覚めたわたしは『お菓子の作り方百選』の指示に最後まで忠実に従って、初めてのマシュマロを作り上げた。見た目も、香りも、そして味も、マシュマロだったわ。この時点では、間違いなく正真正銘の『ただのマシュマロ』だった。わたしはその事にひとり感動しつつも、お菓子好きな彼のために大量に作ったマシュマロをバスケットに詰めて、デートに着ていく服にいそいそと着替え、時間をかけておめかしした。
 そして――

 *

「テレビの撮影ですか?」
「そうです。あなた方のように幸せそうなカップルの様子を突撃インタビューとして撮らせていただき、お茶の間にも幸せを分けてもらおうという企画なのです」
「へぇ、面白いですね。あぁ、それなら、今日は彼女が始めてお菓子を作ってくれたんで、それを食べたりしたほうがいいですか?」
「素晴らしい! まさに私たちの番組に持って来いです! 彼女さんの手作りお菓子のお披露目会に立ち会えるとは、これ以上の幸運はありませんよ!」
「ちょっと、恥ずかしいなぁ」
「大丈夫だよ、どんな味でも、小夜さんが作ったものなら僕にとってはご馳走だから」
「大くん……。何だか大変なことになっちゃったけど、一生懸命作ったから」
「では早速、彼氏さんに食べていただきましょう! 彼女さん、今回のお料理は何でしょうか?」
「『マシュマロ』です。昨日から、彼のために一生懸命作りました。どうぞ、召し上がれ!」

 ――あなた、彼、カメラマン、プロデューサー、野次馬、街行く人々、テレビを観る人々。それら全ての視線がバスケットの一点に集まったとき、それは起こりました。
 あなたがバスケットを開けた瞬間、まるでポップコーンの様にマシュマロが弾け出た。それどころか、あの白くてやわっこくて甘いお菓子が、まるで命でも宿ったかのように飛び跳ねて、好き放題に散らばっていったのだから事件にならないわけがありません。生中継というのも、騒動を大きくしてしまいました。
 一瞬にして街は騒然。お茶の間に和みをお届けする私たちの目論見も潰れ、スクープ映像が目の前に現れたことによって急遽、暴れ回るマシュマロを追うことになった。おっと、あなたはここからはご存じないでしょうね。目の前の光景に気を失われたあなたは、救急車でこの病院に運ばれた十五人のうちの最初の一人ですから。幸いなことに、皆さんが、ショックによる軽い気絶や、小さい怪我だけだったようで何よりでした。
「教えてください。わたしは、全て話しました。わたしの見ていない全てを見ているあなたなら、答えられるはずです」
 えぇ、そうですね。あなたがもっとも知りたがっていることは、答えられると思っています。仕事柄、ね。ただ、それより先に、もう少しだけお話をお聞かせ願いませんか。大丈夫です、昨夜現れた『常識豊かな』警官の方々は、あなたを被害者だと結論しました。事件はただの、私たちの悪ふざけとして、処理され、報道されます。
「あなたが、全ての責任を背負うのですか?」
 えぇ、そうなります。簡単に言えばクビですね。いえいえ、そんな悲しげな顔をしないでください。あなたは何も悪くない。私の運が悪いのです。そんなわけで、退職金代わりにでも、あなたにお聞きしておきたいのですよ。
「いったい、何を?」
 なんてことはありません、あなた先ほど、『おまじないをした』とおっしゃっていましたね。マシュマロに『とびっきり』になるように、と。そこでお聞きしたいのは、あなたが参考にした雑誌の中に『誰にでも出来る魔法』という本が紛れてはいなかったか、ということです。黒い表紙にアニメ絵の魔女っ娘が描かれた雑誌なのですが。
「あっ……、その本なら、母がテーブルに広げていました。ちょうど、『躍動感溢れるお料理のススメ』っていうページで、早速試したハズです。あまりにも色々とやりすぎて記憶が不確かですが、……たぶん」
 なるほど。ちなみに、あなたは魔法の存在は信じますか?
「え? そんなの、わたしたち一般人には無理でも、魔法遣いなら当然、、、、、、、、でしょう?」
 そうですね、魔法はあって当然ですよね。おそらく今回は、あなたのおまじないが効きすぎて『跳びっきり』な『躍動するマシュマロ』になってしまったのでしょう。おそらくですが、あなたには魔法遣いの素養がおありだ。
「そんな! やっぱり、わたしのせいで……」
 気に病まないことです。あなたに必要なのは、料理の勉強ではなく魔法の勉強でしょう。自分の力に気づいて制御できるようになれば、彼に毎日お手製の料理を振舞うことも夢ではないでしょうし。
「肝心の、彼が、もういません。事件から二日。ここにいないということは、そういうことでしょう? 教えてください、プロデューサーさん。彼に一言謝るために、彼の居場所を」
 彼は、おやつの時間です。律儀にも、マシュマロを追っているのですよ。あなたの、お手製だから。先ほどついにビルの屋上で五十個目を平らげたのでこちらに向かうと連絡がありました。
 そうそう、わたしって実は本業で小説を書いていましてね。今回の『興味深いお話』はぜひ使わせていただきます。
 どうか、お幸せに。

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躍動するマシュマロ

   フィリップ・マーロウ へいにすわった
   フィリップ・マーロウ おしつぶされた(was mashed)
   おうさまのおうまを みんなあつめても
   おうさまのけらいを みんなあつめても
   フィリップ・マーロウ(Mashed Marlowe)を もとにはもどせない

 病室のドアが開いて、入ってきたのはレノックスだった。
「マーロウ! よかったよ、無事で。てっきり、長いお別れ(ロング・グッドバイ)を言わなくてはならないかと思っていた」
 マーロウは軽く手を上げて応じた。しかし彼の様態はひどかった。容態もそうだが、様態がひどい。肉は断たれ、骨は砕かれ、紙のようにぺらぺらになっている。
「大したものだね。『強くなければ生きていけない』と言ったのは、確かに君だけど」
 レノックスは、感心を通り越して呆れたような声を出す。
「まさかぺしゃんこに潰されて(mashed)も、まだ生きているとは思わなかったよ」
「探偵はなかなかしぶといものだ。ホームズだって、滝壺に落ちても死ななかった」
 そう言って、マーロウは枕元の酒瓶に、ひらひらの手を伸ばした。レノックスはそれを押し止めて、「安静中の患者が飲むものじゃないよ。ギムレットには早過ぎる」と言った。
「何にせよ、よかったよ。ところで」
 レノックスは身をかがめて、囁くようにマーロウに言った。
「僕は病院から、君が倒れてきた塀の下敷きになったって聞いたんだけど、それは本当に事故だったのかい?」
 薄紙のようなマーロウは、器用に肩をすくめた。
「匿名の依頼人が僕を呼び出した。その待ち合わせ場所で、こんなことになった。偶然ではないだろう。それに、現場には犯行声明が残されていた」
「もしかすると、あれか。マーダー・グースにやられたのか」
 マーダー・グースというのは、この頃ロサンゼルスに頻出している、愉快犯と思われる殺人鬼の通称だ。現場にマザー・グースの詩のもじりが書かれたカードを残していくことから、その名が付いた。
「どうするんだ。君のことだから、警察に任せるつもりはあるまい? 調査なら手伝うよ。君に出歩かせるわけにはいかないからね」
「心遣いはありがたいが、レノックス」
 深い色の目で、マーロウはレノックスを見据える。
「君は僕を殺しに来たのか」
「何だよ、急に」
 レノックスが戸惑ったようにたじろぐ。しかし、吹けば飛びそうなマーロウは全く揺らがない。
「ミスをしたな。塀に押し潰されたくらいで、僕が使い物にならなくなるとでも思ったのか。確かに身体はぼろぼろだ。しかし、僕の脳細胞は、変わらず躍動しているんだよ」
「どうしたんだ、マーロウ。何が言いたいんだ」
「そうだな、どこから説明するか。君は、僕が潰されたことをmash と表現した。確かに、マーダー・グースのカードにはmashと書いてあった。しかし、僕は塀が倒れてきて下敷きになったんだ。どうだろう、普通はpressを使うものじゃないか?」
「mashで何がおかしい? 僕は、こういうときにmashを使うことに何の違和感もないね」
「つまり君は、犯人と同じ言語センスの持ち主だということだ」
 レノックスは口をつぐんだ。
「僕はごく簡単な罠を張っておいた。病院や、事情を知っている者に、情報統制を敷いたんだ。僕が入院したことは広く知らされたが、それが事故あるいは事件であったこと、しかも命に関わるものだということなどわからなかったはずだ」
「そんなこと、君の様子を見れば一目瞭然だろう!」
 本のしおりのように薄っぺらなマーロウに向かって、レノックスは苛立って喚いた。
「何かに潰されたことまではわかるかもしれない。しかし、そこで塀という言葉が出てくるのが普通とは思えない」
「それは、マーダー・グースが出たと言うから」
「そもそも僕はマーダー・グースという言葉は一度も発していない。犯行声明と言っただけだ」
「最近の事件で犯行声明と言ったら」
「マーダー・グースを想起すると言いたいのか? だったら、塀のことはどう説明する気だい。誰が今回のカードはハンプティ・ダンプティだったと言った?」
 マーロウは一旦口を休め、文字通り薄い唇を舌で湿す。短い沈黙が降りる。
「これだけ穴だらけの説明をしたということは、君は相当焦っていたようだ。僕が生きていたと聞いて焦って駆けつけたのが、理由として考えられる一つ。だがそれだけじゃあるまい? 君はこの場で僕を油断させ、殺すつもりだった。だから多少矛盾したことを言ったところで、構わないと考えたのだろう」
「愉快なお喋りはそこまでだ」
 レノックスは、コルトSAAの銃口をマーロウに突きつけた。
「君は逃げられないよ」
 引き金に指がかかる。ベッド上にへばりつくような姿のマーロウに、避ける術はない。
「僕が君に近付いたのも、評判の探偵である君が、この僕、マーダー・グースを捕らえるほどの実力があるかどうか見極めるためだ。互いにとって不幸なことに、君は僕にとって危険な存在だと判断したよ。マーダー・グースとして、僕は君を排除しなくてはならない」
 滔々と語っていたレノックスは、ふと気付いた。
 マーロウの目は、変わらず穏やかに、まっすぐレノックスを見つめていた。くしゃくしゃに潰れた状態でも、それは変わらなかった。
 レノックスは悟った。自分は決してマーロウに勝てないということを。手から銃が落ちる。マーロウは落ち着いた声で告げた。
「心から残念だ。僕達は、いい友人だと思っていたのだが」
 レノックスのこめかみがひくりと震えた。
「残念? いつも……いつもそうだ。君は必ず僕の上を行く。そうして、何もかもを見透かしたような顔をして……どうして僕と同じ時代に、同じ場所に君が……!」
 激情したレノックスは、拳を振り上げた。銃を失った手に力はなかったが、身動きできないマーロウに致命傷を与えるには十分そうに見えた。
 しかし、レノックスの振り回した腕に、ひらひらのマーロウは吹き飛ばされた。ベッドから浮き、葉が散るように舞い、静かに元の場所に落ちた。それでも、マーロウは表情を変えなかった。
 レノックスは、冷たい床に膝をついた。
「君は……あのとき死ななくてはならなかった。なぜだ、なぜ君は生き残ってしまった……」
「君は僕をハンプティ・ダンプティに例えたね。彼と僕とでは、決定的な違いが一つある。それに君は気付かなかった」
「何だい、それは」
 レノックスは最後の抵抗として虚しく微笑んだ。
「君にとってはあいにくなことに、僕の方は――」
 マーロウは、親しい友人に憐憫の情を込めて言った。
「固ゆで卵(ハードボイルド)だったのさ」

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躍動するマシュマロ

 悩んでいた。
 僕は大いに悩んでいた。
 ディスプレイに映し出されているのは千葉大学文藝部の部員専用BBS、そしてまだ題名すらつけられていない「文書1」という真っ白な新規ドキュメントを表示したマイクロソフトのワードさん(2003)。
 いや、よくよく見てみればそのドキュメントは決して真っ白なわけではない。「文書1」の頭には、こう書かれている。
 
 ――躍動するマシュマロ
 
 それは部内でひそやかに行われている企画、「第三回さらし文学賞」で統一されている題。
 こともあろうに今回のさらし文学賞は前回の文学賞で優勝した先輩が、「マシュマロが動いて喋る程度のアイディアで天下獲れると思うなよ文学賞」という、前代未聞のテーマを投下してきたのである。
 今現在BBSに表示されているテーマと募集内容からは、目を背けたくて仕方ない。
 だがしかし僕も幽霊部員とはいえ文藝部に名を連ねる者の一人。
 どんなテーマであろうとも気合と根性ととっさの閃きさえあればきっと形になると信じて、我らの味方ワードさんを立ち上げたはいいのだが、僕は一つだけ完全に失念していたことがあった。
 ……今日が、〆切だということ。
「自業自得っ。君遅筆じゃん、絶対間に合わないって」
「うるさい黙れ。気が散る」
「うわっ、冷たい! カキ氷みたいに冷たいよ君!」
「美味しくていいだろ、時期じゃないけど」
 普段なら鬱陶しいだけの横槍にいちいち言葉を返すのは、ある種の現実逃避。何となく思いついたところから書きはじめてみるけれど、三行くらい書いたところで先が思いつかなくて一気にバックスペース。
 こうしてまた「文書1」に書かれている文面は題名である『躍動するマシュマロ』のみになった。
 横からぐぐっと身を乗り出してきてワードさんを覗き込んだそいつは、いたって他人事のように笑って言った。
「で、原稿は進んだの?」
「さっきから見てんのに当然のこと聞くな!」
 ええ進んでませんとも進みようがありませんともこの白紙をどうしろと。
「で、テーマは何だっけ?」
「『躍動するマシュマロ』、だよ」
 僕が「文書1」の頭一行を示すと、そいつは不可解なものを見たかのように「うーん」と唸った。大丈夫、僕も十分不可解だと思っている。
「マシュマロって、あのマシュマロ?」
「あのマシュマロだ」
「躍動させるんだ」
「させなきゃならんらしい」
 僕は椅子の背もたれに思い切りもたれかかり、天井を仰ぐ。この部屋の壁はうちの親が最近ベビーブルーに塗り替えてくれたのだが、天井だけは塗り替えるのが面倒だったらしく、うす汚れた茶色をしてこちらを見下ろしていた。
「マシュマロ、躍動……ねぇ」
 いつもなら作業中の僕にとって迷惑でしかないそいつは、今日ばかりは僕の切羽詰った様子に同情してくれたのだろう、珍しく頭を捻って考えてくれている。
 普段頼りない分、もしかするとすごいイマジネーションを発揮してくれるのかもしれないと期待して、僕はそいつに目を向けた。
 そいつはしばしうんうん唸った後に、唐突にぽつりと言った。
「『パラサイトマシュマロ』、とかどうかな」
「『パラサイトマシュマロ』?」
 何だその明らかに何かパクっちゃいけないものをパクったっぽい題名。嫌な予感しかしないんだが。
「話はこう。マシュマロで世界を征服しようと企む科学者が」
「その地点から何かが間違ってるような」
 世界征服をもくろむ科学者という地点であからさまにありがちだし、まずマシュマロで世界を征服って、一体マシュマロのどこをどうするのか。
 映画「ゴーストバスターズ」のマシュマロマンみたいなのが大量生産されて暴れまわれば確かに世界は崩壊するだろうが、それはそれでかなりコストがかかりそうな気がしてならない。
 多分僕がさっさと話を遮ったからだろう、そいつはわかりやすくぷうと膨れた。
「思いつかないから考えてやってるってのに、何その言い方」
「悪かった悪かった。続けてくれよ」
 僕はやる気なくひらひら手を振る。それでもまだそいつは納得してくれなかったみたいで、不機嫌そうに膨れながらも言葉を続けた。
「……世界征服を企む科学者が、マシュマロにだけ感染する病気をばらまくんだよ」
「待った」
 マシュマロにだけ感染する病気、ってお前。
 聞いた瞬間、思わず僕は「感染」という言葉それ自体をググってしまう。
 我らの強い味方ウィキペディアさんによれば、「感染」とはこういうことだ。
 
  感染(かんせん、infection)とは、ある生物の生体内に別の微生物が侵入し、そこに住み着いて安定した増殖を行うこと。
(Wikipedia : http://ja.wikipedia.org/wiki/)

 僕はディスプレイの一点を指差して、そいつに聞いてみることにした。
「……マシュマロは生物か?」
「うっ」
 流石にそいつも生物と非生物の違いくらいはわかっていたらしい。一瞬俯いて黙ったが、それは本当に一瞬のことで、すぐにぱっと白い顔を上げて言った。
「でもほら、非生物のコンピュータウイルスとかも感染っていうってウィキペディアさんは言ってるし!」
「まぁ確かに」
「だから、マシュマロに感染して、しかも感染が拡大する病気ってのがあってもおかしくないって!」
「そうかぁ?」
 もちろんそいつが言っているのは僕が今から書こうとしている『躍動するマシュマロ』の話、架空の物語だ。初めから突飛な話になるのは僕だって百も承知の上である。
 なら何故いちいちそいつに突っかかるのかと言えば、単に反応を見てからかっているだけなのだが。こうでもして気を逸らしていないと、気が急いて仕方ない。
 気が急いていてはろくにいい文章も書けないものだ……と常々思っているのだが、考えてみると〆切前にならなければ書き始められない僕は、永遠にろくな文章を書けないことになる。何という残酷な真理。
「で、その病気ってのは、マシュマロにしか感染しないんだけど人間の身体の中に入ると別のことが起きるんだよ」
「ほほう」
「何と、病気に感染したマシュマロを食べてしまうと、自分の身体がどんどんとマシュマロになっていき、最終的には生けるマシュマロになってしまうのだー!」
「怖っ! それ怖っ!」
 ホラーだろそれ紛れもなく。僕にホラーを書けというのか。文藝部随一の桃色物書きと称される僕に、人が徐々にマシュマロになっていくホラーを書けというのかお前は。
 僕が素直に怖がったからだろう、そいつはぐっと小さな胸を張った。いや、そこが胸かどうかはいい加減僕には判別つかなかったが、きっとそうだったと思いたい。
「ふふん、どうよこの素敵アイディア」
 人間の肉体が少しずつ甘ったるいマシュマロに変換されていく様子を脳裏に思い浮かべ、かなり気持ち悪くなる。元々僕はあまり甘いものは好きでないのだ。そもそもそういう問題ではない気がするけれど。
「ちょっと面白かった。でもさ」
「何」
「躍動はしてないよな、それ」
「あっ」
 そう、僕が一番悩んでいるのはそこなのだ。マシュマロでネタを書くこと自体はそこまで難しくないと思っている。しかし問題は『躍動』というその一点だ。
 そいつのアイディアは僕向きではないが、もしも書くとすればきっと誰かが面白おかしく書いてくれるに違いない、いろんな意味で。
 ただ、問題は「生けるマシュマロ人間」を想像すると、あーうー唸りながら蠢く白い物体しか思いつかないことだ。どうにも『躍動』という言葉とは程遠い。
 そいつも僕と同じようなものを想像していたのだろうが、僕の横で飛び跳ねながら、何とか軌道修正を図ろうとする。
「じゃ、じゃあ、マシュマロ化した人間が他の人間をすごい運動神経で襲うとか! その名も『マシュマロハザード』!」
「もうそこまで行ったらマシュマロマンでよくないか?」
「ダメだよそれパクリじゃん!」
「お前の題名の方がパクリだろあからさまに!」
 この次は『マシュマロクエスト』とか『マシュマロファンタジー』とかに及びかねない。逆にそこまで行ってしまえばありきたりすぎて誰も気にしないかもしれないが。
 そいつは破裂するのではないかと思うくらいに膨れて、僕にくるりと背を向けた。
「ああもうああ言えばこう言うー! もう知らないっ! 一人で考えて!」
「あ……」
 調子に乗りすぎたか、と僕が思った時にはそいつは机の上からぴょんと飛び降りて、キッチンの方にぴょこたんぴょこたん跳ねていく。手も足もないのに器用なものである。
 僕はそいつの真っ白な後姿を見つめながら、再び椅子の背もたれに体重を預けた。
「お前のことが書ければ一番早いと思うんだけどな……」
 だけど、「マシュマロが動いて喋る程度のアイディアで天下獲れると思うなよ」って言われてしまっているし。
 だからといってそいつが動いて喋る以上のことができるわけでもないし。
 一応宇宙からの侵略者なら、不思議な能力があってもよさそうなものだが、どうやら話を聞く限りそうでもないらしい。
 結局のところ単にうるさいだけである同居人、マシュマロ型宇宙人の姿がキッチンに消えたのを見て、僕は盛大に溜息をついて呟いた。
「あー……もう原稿諦めっか」
 諦めも、肝心である。多分。

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躍動するマシュマロ

 月曜日の朝は憂鬱だ。雨など降っていればなおさら。
 スニーカーの紐を縛りなおし、俺はひとつ溜息をついた。玄関ですら判る大雨の中徒歩十分。たいしたことはないと文句を言われそうだが、堕落しきった大学生には十分に億劫な道のりだった。
 しかし、今日はどうしても行かねばならない。
 後期に入ってから、俺は月曜のみ皆勤賞記録を伸ばし続けている。我ながら素晴らしいと思わず自画自賛したくなるが、動機はいたって不純だった。
 後期月曜二限。実は再履修のその授業で、初日から遅刻して行った俺は、同じく遅れてきた後輩と組まされることになった。
 それが、むちゃくちゃ可愛い子だった。
 茶色くてふわふわの髪は肩より少し上で、ぱっちりとした目は淡いシャドウで縁取られていた。頬は薄紅、唇はぽってりと少し厚く、そのためか乗せられた色は薄い。困ったように眉を寄せてこちらを見る顔も可愛かった。
 そして何より目を引いたのが、淡い色のセーターに包まれた豊満な胸元だった。D……いや、Fあるだろうか。白くてふわふわとした、触り心地の良さそうなそれ。
 名前は、菊本奈々子ちゃん。あ、いや、これだと胸目当てみたいに聞こえるかもしれないが、そんな不純じゃないぞ?
 かくして俺は、今日も奈々子ちゃんに会うためだけに、大学へと向かうわけである。
 傘を片手に立ち上がり、古びたアパートの扉を開ける。どしゃあ、と、バケツを引っ繰り返したような雨。溜息をつきながら傘を開いて一歩踏み出し、顔を上げたところで、俺は、ありえないものを見た。
 マシュマロが、躍動している。
 最初はそれがなんだかもわからなかった。薄ピンクの歪な楕円状の物体が、ぴょんこぴょんこと跳ねている。強すぎる雨に弄ばれているのかと思ったが、目を擦って見直した先のそれが、雨のリズムとは全く無関係なダンスを踊っていることを確認すれば、その考えは否定するしかなかった。
 固まること数秒。
 俺には、二つの選択肢があった。
 一つは、見なかったことにして奈々子ちゃんに会いに行くこと。
 もう一つは――

「ていっ!」
 びくぅっ!

 逃げられた。
 無造作に伸ばされた手に、驚き慄いたようにマシュマロは一際大きく跳ね、ついで怯える小動物のようにふるふると体を震わせた。
 なるほど、無理矢理はお気に召さない。
「大丈夫……怖くない」
 某名作アニメ映画の声色を作って囁きかけてみた。しゃがんで、傘を俺とマシュマロの両方が入るように差し掛けて、人差し指を差し出してみる。
 これで某映画のように噛み付かれたら嫌だなぁとか思っていたら(このやわらかそうな楕円の物体がくわぁっと伸びて牙を剥くのだ。想像すると結構怖い)、マシュマロはぴょこぴょことこちらの様子を伺うように二回跳ねて、それからおずおずと擦り寄ってきた。
「……ほら、怖くない」
 なるほど、何の取り得もないと思っていた俺にも、隠されていた才能は確かに存在したのだ。マシュマロに懐かれるという、稀有な才能が。いらねぇ。
 一旦傘を置いて、両手で包み込むようにマシュマロ捕獲成功。マシュマロゲットだぜ。降り続いていた雨によって、大分濡れたけれど気にしないことにする。手の中でふるふると震える可愛い子を落とさないように気をつけながら、部屋へと戻る。濡れ鼠のマシュマロを一旦ちゃぶ台に置いて、濡れた自分の処理もそこそこに俺がしたことと言えば、ノートパソコンの電源を入れることだった。
 起動を待つ間にも、マシュマロはぴょこんぴょこんとちゃぶ台の上を跳ね回っている。頼むから落ちてくれるなよ、と丁度思ったところで落ちるあたり、お約束を外さないマシュマロだった。奴の小さな身体にしてみれば結構高いところから落ちて、一瞬動きを止めた奴は、しかし直ぐに回復して畳を跳ね始めた。どんだけ元気なんだ。
 古いパソコンの長い起動時間を待って、俺はデスクトップ白い猫のアイコンをダブルクリックする。そしていつものところに行って、やりなれた動作をした。

『なんか、躍動するマシュマロ拾った』
 1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
  どうすればいい?

 もうちょっとひねって色々考えるべきだったと立ててから後悔したが、立ててしまったものは仕方がない。平日昼間にも暇人というのは確実に存在していて、「糞スレ立てんな」だの「釣り乙」だのの決まり文句が即座に書き込まれる。まぁそうだよなーと思いながら躍動しているとしか言いようのない跳ね方をしているマシュマロを眺めていると、「とりあえずうp」という書き込みが来た。
 そうか、そりゃそうだ。
 しかし、写真にとっても躍動していることなんかわかりゃしないし……と携帯のカメラを構えたところで気付く。はてさてどうしようと思って適当に滅多に使わないカメラ機能を弄っていると、『動画』という文字を発見。
 ああ、そうだこれムービー撮れるんだっけ。
 悲しいかな殆ど使わないので忘れていた機能で、ぴょこぴょこと畳の上を跳ね回るマシュマロの姿を見事にゲット。いつも使っているうpろだに上げて証拠だと示すと、スレの速度が少しだけ上がった。流石にこれを見たら信じるだろう。マジで飛んだり跳ねたりしてるわけだし。うんうん。
 見てみればスレは半信半疑にいい具合な荒れ模様で、「ヘタクソなCG乙」という奴に、「いやこれマジじゃね?」という奴に、「なんというマシュマロン」となつかし遊戯王を思い出す奴に……と様々だった。その中の一つ、「なんかソイツ濡れてね? 乾かしてやれば?」という心温かい書き込みに感動して、滅多に使わないドライヤーを引っ張り出してくる。
 マシュマロを捕獲、ちゃぶ台の上にもう一度乗せてやり、片手にケータイ、片手にドライヤーでスイッチオン。
 いつもの調子で強風にしたら、薄桃色の球体はころころと転げてちゃぶ台から落ちた。
 失敗失敗☆
 怒っている感じに身をくねらせるマシュマロをもう一度ちゃぶ台に戻し、指先で軽く撫でて、そのまま指に力を込めて軽く抑える。同じ過ちは繰り返さない男、俺。今度は弱にスイッチを入れると、いい感じな風がマシュマロを撫でた。
抑えたままだと躍動してる様がわからないので(俺の指先にはびんびんに感じられるのだが)、そっと指を離し携帯を構える。カメラの先には、ふるふると小さな体を気持ち良さそうに震わせるマシュマロ。
……あれ? なんかかわいくね? かわいくね?
とか思いながら撮り終わった動画をうp。「かわいくね?」というコメントつきで乗せたら、ノリのいい同意意見が多数寄せられて調子に乗る。調子に乗った勢いで。

84:1
 で、俺どうすればいい?
 安価>>100

 思えば俺は、ここで最大の過ちを犯してしまったのだった。VIPにおいて安価は絶対。それは、いつも煽る立場である俺が一番知っているはずのことだ。
 そう。コイツがマシュマロで、ここがVIPである以上、どんなにコイツが躍動していようとも、いや、躍動しているからこそ、安価の書き込みは書き込まれる前から決まっていたのだ。


 100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします
  食え


 でーすーよーね――!
 多分俺がこのスレ見てたら同じ書き込みすると思う!
 と、思いながら、視線をすっかり乾いて先程より高さ一・五倍に跳ねているマシュマロを見やる。
 食べる?
 これを?
 玄関の前に落ちていた、雨で濡れそぼっていた、こんなにも元気に跳ね回る、俺の指に撫でられてかわいく震えた、コイツを?
 俺の視線に気付いたのか、跳ねるのをやめてマシュマロがぐに、と体を横に曲げる。首を傾げているのかもしれない。残念ながら、首がないようだが。
 コイツはマシュマロだ。
 マシュマロであるからには、コイツの幸せは、食べられることなのかもしれない。
 指を伸ばした。撫でられるのが気に入ったのか、マシュマロはぐいと身体を伸ばして自分から俺の指先に触れた。
 可愛かった。
 指先でそっと、大事なモノに触れるようにマシュマロを撫でた。さらさらとした指触りが心地よい。
 俺は片手でキーボードを叩いた。

 122:1
  ごめん
  俺にはかわいいこいつを食べることなんて出来ない

 「>>1には絶望した」「糞スレ」「>>1は出来る子だと思ってたのに」「釣り乙」「つまんね」そんな罵倒の数々を想像した。どうせ俺にVIPクオリティなんてない。
 汚いとは思わなかった。
 食べられないとも思わなかった。
 ただ、コイツが可愛かった。
 レスを確認する気にもならずに、俺はすっかり疲れて布団にもぐりこんだ。授業? なにそれ美味しいの? とか言ってるから留年一歩手前なんだが、そんなことは気にしない。ギリギリ人生には慣れている。
 何もかもを忘れた振りをして寝るのは俺の特技だ。マシュマロが跳ねて俺に近付いてくる。横になった俺の目の前に薄桃色のマシュマロ。困ったように少しうろうろとしたソイツは、そっと俺の唇に触れてきた。
 ああ、食べてやれなくて、ごめんな。
 思いながら目を閉じた。眠りは、直ぐに訪れた。

 あたたかくて、やわらかいものに、つつまれる。
 ふわふわとした薄桃色が俺を満たして、弾けた。

 いい夢を見た。
 気持ちよくて、ふわふわした夢だった。
 欠伸をしながら布団から起き上がると、ちゃぶ台の上になにやら白いものを纏わりつかせたピンクのマシュマロが見えた。
「あー……」
 そういうことか。
 食べてやるのが正しいのだろうなと思いつつ、枕元からティッシュを二枚引き抜いた。
 ティッシュ越しでもそれはぬるりと嫌な手触りがした。くるくるとティッシュを丸めて、ゴミ箱に投げる。
 カップ麺でも食うか、と、お湯を沸かしているところで、携帯が点滅していることに気がついた。何時の間にか、メールが来ていたらしい。
『今日いらしてませんでしたけど、どうしたんですか?』
 ? の後にはよくわからない絵文字。ちかちかと点滅する顔のようなそれを三秒眺めたところで、お湯が沸いた。
 携帯を放り出して、湯を注ぐ。三分の間、返信するか否かをぼんやり考えて、決まる前に三分経ったので、俺は結局返信せずに麺を啜った。


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躍動するマシュマロ

 乙女(オンナノコ)の聖戦(ジハード)は二月十四日(バレンタインデー)なんてのは誰が言ったのかしら? どこの誰か知らないけど、声を大にして言ってやりたい。バレンタインが聖戦なら、今日(ホワイトデー)なんて世界の終末(ラグナロク)じゃないの! ええ、確かにバレンタインにはキッチンに籠もって、命を懸ける心意気でチョコを作りましたとも。チョコレートなんて作るの初めてだから、ちょっと整形失敗しちゃって、けど材料も時間も無くなっちゃったからそのまま渡したら、受け取ったユウ君はビミョーな顔をしてたわ。それでも、ああこれで終わったんだ、てちょっとした安堵感があったわ。どこかの誰かさんが、女の子の戦いはその日だって、それで終わりなんだって風に言ってたから! けど、実際にはどう? バレンタインに教室中の男の子たちがソワソワしてたみたいに、今度は私たちがソワソワハラハラしちゃってるわ! バレンタインに届けた好意が、どういう風に返ってくるか皆気が気じゃないんだから!
「ミイちゃん、お返しもらえた?」
 シイちゃんは、そのソワハラ組を既に抜けているみたい。しかもこの様子は勝ち組だわ。
「もらえなかったり、ハンカチとか渡されたりしたらどうしようって思ってたんだけど、ほら、ヒイ君ったら、クッキーくれたの。しかも、手作りなんだって!」
 昨日までは苗字で呼んでたのに、名前をもじった愛称だなんて。一体シイちゃんになにがあったっていうの? もう、私なんて手の届かない人になってしまったというの、シイちゃん!
「シイちゃん、私のこと忘れないでね。」
「え、え、え? ええっと、なんのこと?」
 シイちゃんは三つ編みのおさげ髪を振り振り、丸眼鏡をきらきらさせてる。その媚び媚びなそのしぐさに遠目に見てる彼はノック・アウト☆ 流石は勝ち組、技が違うわ。
「やっぱり雲上人なのね、シイちゃん。」
「ミイちゃん、なんのことかさっぱりだよ……」
 あ。そうこうしてる間に、ハーちゃんが本命チョコをあげた相手からのお返しをもらった。すぐに開けたあの中身、あの白さはマシュマロね。て、え? なんでハーちゃん泣いてるの!?
「あー、マシュマロだったんだ。ハーちゃん可哀想。」
「え、シイちゃん? なんでマシュマロだと可哀想なの?」
 ハーちゃんはポケットからハンカチを取り出した。
「んーと、コレをもらうのと同じ、らしいの。」
 ハンカチ=これで涙を拭いてください=ごめんなさい。
「ウ、ウソでしょ? ホワイトデーってマシュマロデーって言うくらいなのに、マシュマロがノーサインなんて、そんなこと! バレンタインデーにチョコをもらってノーと思う男の子なんていないはずなのに、なんなの、そのフェイントは!」
「わ、わたしだって信じられないけど、そう聞いたんだもん。実際ハーちゃん泣いちゃってるし、日村くんフォローしないで席に着いちゃったし、そういうことだよね、アレって。」
 うう、目の前の事実には勝てないのね。泣きやまないハーちゃんを同じ負け組とかそもそも勝負しない組が慰めに行ってる。酷い言い方をすれば、ハーちゃんは負け組になってしまった。それはきっと、他人事じゃなくって。
「あ、あっちでもマシュマロもらって泣いちゃった子がいる。」
「うわーん、怖いこと言わないでよシイちゃん! 明日は我が身かもしれないんだよ私は!」
「だ、大丈夫だよ。ミイちゃんは幼馴染に渡したんでしょ?」
「幼馴染が安全圏(セーフティ)な時代はもう終わったのよー! 腐れ縁から本当に縁が腐っちゃう時代なのー! 幼馴染氷河期よー!」
「まだ返事が悪いって決まったわけじゃないよ、ミイちゃん、それに……」
「あ、あの。ミイちゃん、ちょっといいかな?」
 ああ、現れたのは超カッコイイ私の幼馴染、ユウ君。笑顔を見るたびときめいちゃうけど、わざわざ失恋の予感がする時にこなくてもいいじゃない!
「あの、ちょっと教室では渡しにくくって。一緒に来てくれないかな、ミイちゃん。」
「シイちゃん、骨を拾ってね……」
 え、とかあの、とかシイちゃんが言うのを振り切って、私はユウ君について屋上に。皆教室でホワイトデー戦線を展開してるのか、冬場でも少しは人がいるのに、今日は誰もいない。
「よかった、人がいるとちょっと困ったことになったかもしれないから。ミイちゃん、僕からのバレンタインのお返し、受け取ってくれるかな?」
 ユウ君がショルダーバッグから取り出した小さな袋。渡されたそれの中身を確かめるのは、正直こわい。けど、もらわないわけにもいかない。
「あ、開けていい?」
「うん、そのつもりで、屋上まで来たし。」
 震える手でリボンを丁寧に取って、開いた中身は、少しピンク色のソフトキャンデー。雪みたいに真っ白の以外にもこういうのは割とベーシックで、指ではさむとむにゅむにゅと独特の触感。遠まわしに言うのをやめると、それはマシュマロ。
「ぅえ」
 見た瞬間に、私の目からぼろぼろ涙がこぼれた。そして駆け巡る走馬灯。物心ついたときから一緒にいるユウ君。幼稚園でいじめっ子から私を守ってくれたユウ君。今年、私からの初めての手作りのチョコを受け取った時に困った顔をしてたユウ君。屋上に人がいないことを喜んだユウ君。人がいるとちょっと困ったことになるって言ってたユウ君。きっと、私が泣きだした時に見られるとユウ君のイメージが悪くなるから! それとも、私が心底邪魔で、私が失恋の拍子にジサツするのを止めさせないため? 考えるほど、涙はぼろぼろ出てくる。
「ミ、ミイちゃん? なんで泣いてるの?」
「ひぐっ。だ、だって、ユウ君、私にマシュマロくれた。マシュマロは、ハンカチと一緒だって。ごめんなさいなんだって、聞いたもの」
「ええっ、そうなの!? 僕、そんなの全然知らなかった!」
「気を遣わなくっていいよ、ユウ君。バレンタインのチョコ渡した時、ユウ君困った顔してたの覚えてるもん。私のこと、キライだから、手作りなんて渡したの迷惑だったよね。」
「ち、違うよ! そのときは手作りのものがもらえてとっても嬉しかったけど、ホワイトデーのお返しのことを考えてどうしようって思っちゃったんだ! 手作りのチョコを貰ったから手作りで返したいけど、僕、料理できないから。だから、今日渡すものもすごく考えたんだよ? 人がいないところに呼び出したのはね、そのマシュマロは、まだ完成してないからなんだ。」
 ユウ君はショルダーバッグからちょっと見慣れないものを取り出した。焼きアミとコンロ。私が渡したマシュマロをアミに置くと、迷わずコンロに点火、マシュマロを火にかけちゃった。
「え、マシュマロ溶けちゃわない?」
 泣くことよりもそんなことが気になった私が覗きこむと、やっぱりちょっと溶け始めてるマシュマロ。
「あ、危ないよ。ちょっと離れてて。」
 なんでも出てくるバッグから紙皿を取り出してたユウ君は、マシュマロをじーっと見てる。
 ぱんっ!
「ふぇ!?」
 いきなり何かが弾けた音。何か、というか、マシュマロが男を立ててぽーんと跳びあがる。一つ跳んだと思ったら、次々に躍りあがるマシュマロたち。ユウ君は、それを一個も落とさないように必死にお皿でキャッチ。最後の一個を自分のお口でキャッチして、うん美味しいと素敵な笑顔。
「僕、料理できないけど、なんとか手作りに近づけないかなって、色々探したんだ。でね、見つけたのがこのマシュマロ。温めるとポップコーンみたいに跳ね上がるんだよ。すごく跳ぶから、ホントは蓋をした鍋で作るんだけど、ここでこうしたかったからキャッチの練習をしたんだ。」
 ほっぺをかくユウ君の手には絆創膏。練習の時に跳ねたマシュマロでヤケドしたんだって。
「マシュマロって、温めるものなんだ?」
 色々びっくりして、なんかすっとんきょーになっちゃった私の言葉にうなずいてくれるユウ君。
「アメリカでは串に刺して焼いたり、ココアにいれたりするらしいよ。流石に跳ねるのはこの会社オリジナルみたいだけど。」
 ユウ君は、こほん、とわざとらしい咳をすると、お皿を私に差し出した。
「君と会うと躍る僕の心を表すものを選んでみたつもりです。お熱いうちに、もらってもらえますか?」
 マシュマロとどっちが熱いのかわからない、真っ赤な顔で言うユウ君。私はマシュマロを一つ手にとって口へ。ほろりと涙。
「大丈夫!? もしかして熱かった!?」
「大丈夫、おいしい。泣いちゃったのは、嬉しかったからなの。」
 あ、また涙がこぼれる。ユウ君は、それを指でそっとふいてくれる。
「マシュマロにお別れの意味があるなんて知らなくてゴメンね。僕は、ミイちゃんと別れたくない。ううん、もっと近づきたい。」
「私も、ユウ君ともっと仲良くなりたい。だって、スキだもん。」
「……先に言われちゃった。僕、このマシュマロを渡した後に告白するつもりだったのにな。」
「じゃあ、聞かせて。このマシュマロより、甘くて、熱い、私が躍りあがっちゃうような愛の告白。」
「わかったよ、ミイちゃん。僕は……」

 後から聞いたんだけど、ハーちゃんと日村君もお付き合いしてるみたい。日村君も、ユウ君みたいにマシュマロのことを知らなかったんだって、シイちゃんが教えてくれた。かくして、私とハーちゃんも勝ち組に仲間入り。私もハーちゃんも、それ以来マシュマロを見るたびに躍り出しそうになる。え、ユウ君が私になんて告白をしたか? それはね、な・い・しょ! 
 私と、ユウ君と、躍動するマシュマロだけが知ってる、甘くて、熱い、躍りあがっちゃうような秘密なんだから!


躍動するマシュマロ・HAPPY END

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