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さらし文学賞
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オレンジ色に染まる世界で



 私には魔法を使うことが出来ない。何を当たり前なことを、と多くの人達は首を傾げるだろうが、私にとっては富士の山が噴火してしまいかねない程の衝撃だった。ああ勘違いしないでもらいたい。魔法が使えないことに驚いたのではなく、魔法が使えないことが、とてつもなく不便だということに、だ。このことを思い知ったのは私が高校二年生の頃になる。まあ、つまり今だ。
 私が初めて人に対し、思わず口に頬張ると舌の上で蕩けて顔がほころんでしまう甘いチョコレートのような恋心を抱き、さながら少女漫画に出てくる乙女の如く胸の高鳴りを抑えられないでいるまま、何か月か過ぎ去った頃、そのチョコレートはミルク味ではなくビター味だったとわかってしまった。
 目の前で花が舞っているカップルとは正反対に、私の恋という花は儚く無残に散ってしまったのだった。
 今の私には特別な力などなく、魔法など以ての外だと。私はこの時気付かされた。
「下らんな。この私が人間の女になど、うつつを抜かすとは」
「どうでもいいけど、涙目になってウチの前におもむろに座るの止めてくれる? いや気持ちは分からんでもないけどさ」
 この私に対し部下が聞いたら卒倒してしまうほど、不遜な態度をとる愚かな人間は、私の幼馴染……、じゃない幼少の頃より畏れ多くも私と共に同じ道を私より三歩下がって付き従ってきた人間である。
「いや、気持ちは分かるよ? アンタにとって初めての恋が無残に消えていったんだからね? でもさー、あの子は前からあんまりいい評判なかったし。相手の男もかなりイケメンらしいからしょうがないよ、フツメンのあんたじゃ無理だって」
「うるさい。黙れ。もういいし別に気にしてねえし。ちょっと優しくされたくらいで、好きにとかなってねえし。おれ、じゃなかった、私は魔王だし……ホント勘弁してください」
 ふう。危ない危ない。危うく心が折れてしまうところだった。自分で言うのもなんだが、私の心はスカイツリーよりも脆く東京タワーよりも強靭だ。ああすまない。つい魔王規模で考えてしまった。私の悪い癖だ。
 それはともかく、まったく、この女の言葉はマンドラゴラよりも強烈な魔力を秘めているな。現在魔法を封じられている私にとってみれば、そんなものでも簡単に揺らいでしまう。
 ん? 設定がよく分かんなくなってきたな。もう一回練り直すか。……違う違う。設定とかじゃない。私は魔王なのだ。強さは割とやばい。すごく強い。なんかこう……自分の好きな女と接吻している男がいたら、体を縦に引きちぎって市中を引き回しにし、社会的にも物理的にもボロボロにしてやる位には強い。しまった。また思い出してしまった。悔しい。私があんな優男に負けるなどあってはならないのに。
「どうして、私では駄目なのだ!」
「そういうところじゃないかしら」
 女が目から絶対零度の視線を放ってくる。耐えられない。私はフラれたばかりなのに。違う。私がフッてやったのだ。
「あんたねえ……」
 女が今度は可哀そうなものを見る目でこちらに視線を投げかけてくる。止めろ。その視線は十七年生きてきた中で一番辛い。間違えた。もっと生きてる。私はすごく長い間生きてる。
「もういい。帰る」
 私は、突っ伏していた机から気だるげに立ち上がり、秋の夕焼けを灰色の瞳に染み込ませながら、僅かに目を瞬かせ、鞄を持って教室のドアへと足を向けた。
 だが、いつも私の後を忠実な部下よろしく、トコトコ付いてくる馴染の女の姿が見えない。仕方なく後ろを向き、いつまでも椅子に座って物憂げに夕陽を眺めている女に、私は――。



 コイツは頭が悪い。十年間一緒にいたウチだから分かる。コイツはどうしようもなく頭が悪く、そしてどうしようもないほど底抜けに優しい。誇大妄想家で途方もなく自己中心的な性格だけれど、それ故にとても人に対しては呆れるほど世話を焼いてしまう。
 例えば、自分の好きな女から恋愛相談を持ち込まれたら、嬉しくなって後先考えることなく成功させるよう、自分の最大限の努力をしてしまう。コイツはそんなお人好しだ。健気すぎて、こっちが見ていて痛々しくなるほど。
 だからコイツの恋愛のアプローチは、それはそれは悲惨なものだった。アプローチを受けていた女の方も、それを知ったらきっと戸惑う程に。
 女性にモテるための頭の悪そうな雑誌をいくつか読んでみたり、興味のないドラマも彼女がいつも見ているからと言って、コイツは眠い目を擦りながら一生懸命に見ていた。笑顔を作れないことを気にして、夜中こっそり笑う練習をしていたことも。ウチはそれを隣の家からずっと見守ってきたのだ。
 コイツが想いの子に声を掛けられて、嬉しさと戸惑いが同時に来て緊張の色を隠しきれず、しどろもどろに返事を返すところも。意図することなく、ふとその子と目が合うと心臓が本当に飛び出してくるんじゃないかと思うくらいに、顔を真っ赤にして、机に突っ伏してしまうところも。
 すべて、ウチは見てきた。
 なので、コイツがこんなに凹んでるのも納得がいくし、理解も出来る。
 だから、だからこそ、今日もウチはいつものウチでいなきゃいけない。でないと、コイツを勇気づけられないから。
「もういい。帰る」
 でもコイツのその言葉を聞いて、ウチは何故だか無性に腹がたってしまった。何故だろう。女心は複雑だ、と我ながら辟易する
 ウチは視線を逸らし、オレンジ色に染まっていく校舎を睨めつけた。これから訪れる冬の寂しさに対して真っ向から挑む覚悟で目を細める。
「何をしている? 行くぞ。私の後ろを任せられるのはお前しかいないのだ」
 はあ。アイツも馬鹿だけれど、ウチも馬鹿だ。こんな何気ない言葉一つで、思わず頬が緩んでしまうなんて不覚にも程がある。でもやられっ放しというのは納得いかない。
 仕方ないわね、と呟きながらウチは面倒くさげに席を立つ。教室のドアの傍で、偉そうにそれでいてどこか悲しそうに不安そうにこちらを見てくる男の傍に、ゆっくり近づいていってやる。ウチが近づくと、アイツは一瞬顔を喜悦に歪ませ、すぐに何事もないかのように平静を装う。コイツの表情も随分豊かになったものだ。
 小学校の頃なんて、ずっとムッとした表情のままだった。別に何が原因とかではないが。きっと表情を作るのが苦手なのだ。だから、そんな自分を肯定するために『魔王』というキャラクターを生み出した。
 本当に不器用な奴だ。
 まったく、ウチは心の中で溜息をこぼす。
「うむ。では行こう」
 この男は本当に馬鹿だ。何も分かっちゃいない。
 だからちょっとでも分からせてあげるために、ウチは魔法を使う。それは呪いのような、あるいは楔に似た契約の証。
「ま、あんたが彼女出来るまで、ウチはずっと傍にいてあげるわよ。感謝しなさい」
 そう言ってウチは優しく微笑んだ。陽の明かりで、きっとコイツからは顔の色までは見えないはず。でも心臓の鼓動が聞かれるのが少し怖い。それを気付かれるのが不安で、思わず唾を静かに呑みこんだ。
 コイツはそれに全く気付く様子もなく、すぐさま驚いたように目を大きく開き、少しの間何かを考えるようにしていたが、やがて頬を赤く染めて、こちらから視線を逸らしつつ恥ずかしそうに言葉を零した。
「あ、当たり前だ。お前は私の、その、大事な友なのだからな」
 へえ。まだ友なんだ。ウチは芽生えた悪戯心を最大限に利用しようとしたが止めておいた。
 何となく今日は気分が乗らない。
 まあ、コイツが最後に見せた頬の色は夕日よりも鮮やかな色だったから、良しとしよう。
 何はともあれ、ウチは今日決意した。
 コイツが自分から魔法を使ってくるまで、ウチはバシバシ使っていこう。たった一つの最高の魔法を。
 効果が表れるのは意外と早いかもしれない。なんてね。


 夕陽によって映された二つの影がそっと寄り添うように見えるのは、神の気まぐれか。あるいは目の錯覚か。
 きっと誰もがその原因の正体を知っている。
 もしかしたらあなたにも手に入れることが出来るかもしれない。ひょっとするともう持っているのかもしれない。
 見る人も見せる側も幸せになる、とびっきりの、世界で一番優しい魔法を。

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第二十四回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


イレギュラー


 空から女の子が降ってくることなんてありえない話だろうけど、あったとしたらその下にいるのは大抵同じ年頃の男の子で、その少年が何か手段を講じることなくとも少女落下の衝撃は和らげられ、普通のようなボーイミーツガール的展開から物語が発展するものである。ところで僕の場合が、そんなヤワな話にはならなかったことは、この前振りから察せられるところであろう。
 しかも、降ってきたのではなく、ほぼ突き刺さったと言っていい。僕の身体目がけて、地面と平行に腹部へ目がけて、彼女は体当たりしてきた。箒に乗って、それなりのスピードで。僕の身体をクッション代わりに使ったということは、後の彼女の証言から得ているので、悪意はないにせよ迷惑な話である。
 突撃された僕は悲鳴にならない悲鳴を挙げて案の定吹っ飛び、家の近くに生えている大木に叩きつけられ、内臓という内臓を潰して辺りにぶちまけてしまった。大木はさすがに倒れはしないものの、大きくへこんだ。
「大丈夫ですか」
 自分の姿を見なくてもわかるほど大丈夫じゃない。大丈夫じゃないよ、これ。
「今、治しますね」
 そうして、僕の視界の隅で手を当てた美少女の姿が霞んで消えるまで、意識の汀でただ「可愛いなあ」と思っていた僕の異常性は言うまでもない。


 彼女は郵便屋さんか何からしい。ポーチの中に小包が入っていた。まさに魔女の宅配便。宅急便は商標登録されているので、黒猫が登場しない限り使えないそうである。彼女には相棒と呼べる黒猫がいないようで、僕は残念である。
 治療はものの数分で終わり、気付くと心配そうな顔で彼女が僕を覗き込んでいた。ボロボロになっていたはずの僕の身体はすっかり治っていて、その速さには治療を施した彼女自身も驚いているらしい。
「わたし、治癒魔法は得意なんです。いつもサポート役ばかりだから」
 大きな仕事を任されたときは、後衛をやらされる立場は僕も同じである。そのことを話すと、同情したのか、ちょっと照れくさそうに彼女は笑ってくれた。
「すみません、本当に。わたしが未熟なばっかりに、自分の乗っていた箒を折っちゃって、その代わりの箒を用意していただけるなんて。この箒に魔力を供給すれば、供給分だけなら飛ぶことが出来るので、この先なんとかなると思います」
 なんとかなるとは。
「ええ、あの、お届け物をしてるんです。大事なものなので、明朝までに間に合わせないと、チームのみんなが困るらしくて……」
 そんな大切なモノなんだ。ふうん。この小包かい。へえ、ふうん。大変だねえ。
「でも、これもお仕事なので」
一晩飛ぼうと思ってたってことは、この先どこかで少し休憩しようと思ってたんだよね。なら、何かの縁だ。ここで休んでいくといいよ。狭苦しくて小汚い家だけどさ。
「そ、そんな、悪いですし」
 いいよ、僕も独り身で寂しいし、ときどきはやっぱり賑やかな方がいいんだ。
「そうですか。うーん、そうですね、じゃあ、少しだけお邪魔させていただきます」
 畏まらなくてもいいのに、ペコリと僕に向かってお辞儀する彼女が可愛くて、僕は嬉しくなってしまう。久し振りの外からの刺激というのはいいものだ。
「それなら、出会いがしらにあんなことになっちゃいましたし、結局こうお節介になってしまいましたし、わたし何かお手伝い出来ることはありませんか?」
 健気でいい子だなあ。なら、少しだけお願いしようかな。
「はい! 何でも言ってください!」
 それじゃあ、そうだなあ。掃除でもお願いしようかな。
 彼女は嬉しそうに笑って、ぺこりとお辞儀した。


 僕の家は基本的に汚い。よく使うところは綺麗にしておこうとは思うけれど、それだってなかなか出来ないので、何かのきっかけがないと掃除を始められないのだ。
「あ……えと、すごい、ですね」
 浴槽を見て、あまりの汚さと匂いに絶句している彼女も可愛い。というか、この表情を見るためにお願いしたと言えなくもない。
「何年洗ってないんですか」
 もうずっとだね。何年かなんて忘れちゃったよ。
「そ、そうですか……」
 しかし、意を決したように表情が変わって、彼女は強くブラシを握りしめた。
「少し魔法を使わせていただきますので、リビングでお待ちください。三十分ほどで綺麗にしてみせましょう」
 ほうほう、それは頼もしいですね。
「おくつろぎ下さいませ」
 そう言うと、彼女の右の掌が薄く緑色に輝き始めた。
「水垢水垢水垢、このにっくき水垢め」
 ぶつぶつ言いながら、蛇口を思い切り捻って水をドバドバと入れ始めた。それから、光り輝く掌を浴槽に向け、目を閉じて集中する。すると、水がゴポゴポと湧きあがって風呂場が火山のように噴火し始める。彼女の目つきは真剣そのもので、むしろこんなに汚い浴槽の掃除を楽しんでいるようなちょっと近付きがたい人の姿にも見えてしまう。そんな彼女の姿もいいものだ。
 僕はリビングに戻ることなく掃除の一部始終を楽しく覗き見させてもらう。


「おわりましたあ」
 浴槽を洗い終えてリビングへ戻ってきた彼女に、お疲れ様、と出して上げた麦茶を、彼女は一息で飲んでしまった。
「もう少しかかりそうですね、箒」
 床に小さく書かれた魔法陣の上に置いてある箒をみて、彼女が呟いた。魔法陣を介して、周辺に満ちているマナを集約して箒へ送り込み、乗り物として使えるようにする魔術。僕なんかは箒など使わないから、そういう知識は持っていても、実際に見たこともやったこともなかったから感心して見ているだけだ。
「そんな、わたしはチームのみんなに比べたら、全然力不足なんです。何をやっても上手くいかないし、足手まといになっちゃうし、だから必死に回復魔法だけは頑張ろうと思って、それで沢山修行したんです」
 確かに、君の治癒魔法は凄いよ。その、チームのみんなに劣るようなものじゃないさ。
「そうでしょうか。わたしの魔法よりも、優れた道具はいろいろありますし、だから、わたしの魔力が足りないから、まだまだみんなの支えには、なりきれてなくて」
 リビングのソファに腰掛けて、彼女はややうつむき加減に愚痴をこぼした。麦茶をついであげると、いちいち軽く会釈をしてくれる。優しい子だ。
「もっと強くなりたい。もっと強くなって、みんなの力になれて、みんなと一緒の目的に向かって走りたい。まだ、そんな未熟者です、わたしは」
 僕も。僕もそうだ。いつもいつも、役立たずと言われながら前線に投入され、瀕死の状態で帰って来るものの、やはりここは帰ってくるべきところではない。それは家の中の生活感のなさにも表れてるし、家の中に誰もいないことも証拠になる。仲間と言える相手だって、それは戦友というか、同類がいるだけで、チームと呼べるのかどうか。意思を同じにする相手とは、到底言えないのかもしれない。
「……そうですね、仲間がいることは、わたしの、唯一の誇りです」
 いい仲間に出会えたんだね。
「はいっ!」
 満面の笑みを浮かべる彼女を、やはり僕は「可愛い」と思ってしまう。思ってしまうのだ。ダメだ。そんなことを思ってしまったら、もう戻れなくなる。
 僕は、他の奴らとは違うんだ。


 コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。
「お客さんですか、こんな真夜中に」
 彼女らにとって真夜中でも、僕らにとっては普通の活動時間なのだ。だから、当然、ノックした相手も僕の、仲間と呼べるかどうかわからない、そういうグループの一人のはずで。
 ――よう――
 地響きのような声が、部屋を揺らすほどの低音で僕の耳に届く。
「え、あ、えっと」
 彼女は困惑した様子で、そのノックした魔人イフリートと僕とを見比べる。きっと、僕とイフリートの関係を考えているんだろう。イフリートは確かに彼女の敵で、その敵が訪ねてきた家に住む僕は。
 ――おい、こいつ、奴らの仲間じゃねえのか――
 ああそうだよ。イフリートに返事する僕を、彼女は瞠目して口元を押さえていた。あまりの驚きに言葉が出ないと言ったような様子で。この展開は、最悪の結末に繋がる。そう僕は確信してしまう。
 ――つまりよぉ、おめえは捕まえてここに捉えておいた、っつうことだよなぁ――
 そう、なるよね。言いたくはない。認めたくもない。僕は怪人で、イフリートの配下にいて、そして人間の敵対勢力でもある。つまり、人間である彼女たちと、戦う相手でもある。
「わたしを、騙したんですね……っ」
 騙したわけではないんだ。ただ、敵陣に単身で突っ込んできて、僕を初っ端から殺そうとして、それなのに治癒魔法を施してくれて、しかも喋ることが出来ないただ人の形をしているだけの僕の心を読んで会話してくれる彼女の、一連の行動が僕にはよく理解出来なかったから、彼女のことが気になってしまっただけなのだ。気になってしまったことを、人間の彼女には到底理解してもらえるはずがないのはわかっている。元々人間だった僕が言うのだから間違いないのだ。可愛いとか、愛でたいとか思う感情が食欲に直結する僕の気持も、きっとわかってはくれない。
 ――御託はいいんだぁ。こいつ一人なら、今までの憂さ晴らしくらいはできらぁ――
 今まで幾度も戦ってきて、その部下や同族を沢山やられてきたイフリートだ。こういった機会を逃すはずもない。彼女の魔法では太刀打ちさえ出来ないだろうから、嬲られ弄ばれ、さんざん痛めつけられた後にやられてしまうに違いない。
 僕はどうだろう。改造され洗脳され、怪人になってしまったものの、まだどこか魔人たちのような人間に対する激しい感情は湧きあがらないのだ。人間から改造される際、感情を失くしてしまったのが原因だろう。彼女のような人間から、もっと話を聞ければ何か得られるのかもしれないと思えたから食欲も抑えられた。でも、今更人間に戻れないのはわかっているし、だから、イフリートに逆らうなんてことは出来るはずもないのだ。
 ごめんよ。喋れない僕は自分の頭を割って、粘液に塗れたバッカルコーンのような触手を出す。これで捕食するのが僕だ。僕という、怪人である。
彼女はその場にへたり込んでしまった。その表情には絶望しか、見られない。
「こんな、ことって……」
 ごめんよ。僕の触手が彼女の身体を締め上げて、空中へ釣り上げる。ばたばたと暴れても、彼女の力では何もできない。
 ――いい眺めだな、魔法少女よ――
 イフリートが鉤爪で、僕の粘液にまみれた彼女の身体を切り裂く。
「きゃあっ」
 悲鳴を上げる彼女の服が切り裂かれ、あちらこちらに素肌が見え、ところどころから血が流れる。如何に艶めかしいかは、僕の必死に抑えている食欲が示していた。
「こんな、ことって――」
 ――お前らに刻まれた古傷が、勇み喜んで疼くわ。このような魔境に仲間など来るはずはない。全ては俺が仕組んだことなのだ――
「仕組んだ、ですって」
 小包の中から麻薬の匂いがしていたのは最初から気付いていたことだったし、そもそもイフリートのような上級の魔人が、一介の怪人に過ぎない僕の家へ訪れたときから気付いていた。だから、これからどういう展開になるのかもわかる。
 ――誰も来ない、誰も助けない。さあ、泣け、喚け、命乞いをしろ、そして堕ちろ――
 その言葉に合わせて、僕は触手で彼女を縛り上げる。彼女が苦痛の表情を浮かべる。それを見て、イフリートが表情には出さないけれど喜ぶ。
 こんなことではダメだ。僕の中に残っている人間の心が囁く。そういう思いがあるけれど、なら僕はどのような行動に出ればいいと言うんだ。人間界で生きられないのなら、魔界でしか生きていかれないのなら、僕はどうすればこんなことしなくてよくなるんだ。
 さらに締め上げると、苦痛の表情が絶望の表情になり、抵抗する力が小さくなってくる。瞳から色が失せていく。腕が垂れる、脚に力が無くなる。ああ、可愛い。なんて可愛いんだろう。食べてしまいたい。苦しめずに、ひと呑みにしてしまいたい。胃の中で丸ごと消化してみたい。ああ、ああ。
 パリン、というガラスの割れる音が聞こえて、僕の触手から感覚が消える。何かと思えば、僕の触手は途中で切れていて、そこから体液が噴出していた。彼女は床に叩きつけられ咳き込んでいて、斬られてしまった僕の触手がトカゲの尻尾のように彼女の周りで暴れていた。
「そこまでよっ」
 彼女とは違う女の子の声が聞こえて、さらに高出力の魔弾が飛んでくる。イフリートは一歩後ろに下がって回避したが、僕にそんな余裕はなかった。家の天井を突き破ってきた光の魔弾に身体を突き抜かれ、僕の身体が腰のあたりで真っ二つになって床へ転がった。
 せっかく、彼女に治してもらったのに。
「マリカを返してもらうわっ」
 赤い服の少女が、魔力の灯った剣をイフリートに向けて立っていた。その背後では、青と黄色の服の少女が、彼女の両肩を持って立たせようとしていた。
「まったく、なにやってんのよ、こんな魔境の辺境の、オンボロ小屋で」
「あんた、ホンマに無茶し過ぎやで」
「もうちょっと、自分のことを考えてもいいのですよ、マリカ」
「みんな……」
 赤、青、黄、三色三人に声を掛けられて、彼女の目に光が、希望が戻っていくのが、僕にも目に見えてわかった。
 これがチームか。彼女の言っていた、誇りであるチームか。
 ――何故ここがわかった。お前らに足止めを食らわせてたはずなのだがな――
「あんな足止め、うちらには空気も同然や」青の少女が言う。
「みなさん、今頃はゆっくりお休みしていただいてます」黄色の少女が言う。
「あとはお前だけだ、イフリート!」
 うおお、という叫び声を上げながら、赤の少女が魔法剣をイフリートへ叩きつける。しかし、それを両腕で受け止めたイフリートはパッと横へ弾いて、赤の少女を壁に叩きつけた。
「がはっ」
家の壁を破壊して、赤の少女は外へ飛ばされた。穴のあいた壁の先に、一発でボロボロになってしまった赤の少女が地面にうずくまっていた。
 ――魔境では我々の力が勝るのだ。今こそ、積年の恨み晴らしてくれようぞ――
 どすん、どすんとイフリートは赤の少女に近付いて行く。
「やめえっ! サクラになにすんのやっ」
「マリカ、ここにいてください」
 青の少女が空間から槍を取り出して、イフリートに向かっていく。その後を黄の少女が双剣を持って追っていく。
 その後ろ姿を見ながら、彼女は唇を噛んでいた。
 戦闘には役に立たない、無力な自分を呪っているのだ。
 でもきっと、彼女には出来ることがあるはずである。その能力があることは、僕にだってわかる。そのくらい強力な力なのに、彼女はそれを自覚出来ていないのだ。
 そんな彼女だから、自覚出来ていればどれだけよかっただろう。比べて僕は、何かされたことはあっても、自分が何かを成した例さえない。いつも無力で、いつも脆弱で、しかし存在しないことは許されない。こうしてやられ役に専念しなければ、何物にもなれないのだ。そういうことを自覚しているけれど、怪人以上の役は務まらないことも自覚している。やられることが僕のすべきことで、僕の存在理由になってしまう。だけど、彼女は違う。
 初めは柔らかな光のように感じた。視界に緑色の光が溢れたと思うと、光源である彼女はあの、浴槽を洗ったときよりも鋭い目つきでイフリートを、戦う自分の仲間たちを見詰めていた。
「あたしの、仲間を――」
 空間から取り出すように、伸ばした手を引きもどすと、彼女の手には大きな弓が握られていた。その弓に矢を番えると、その矢じりは緑色の光に包まれる。
「――返してえええええっ!」
 放たれた矢はイフリートへ向かって一直線に飛んでいく。
 だが、避けられてしまう。
 ――ふはは、当たらぬなら意味はない――
 地響きのような声で嘲け笑いつつ、青と黄色の少女をまるで遊んでいるかのように相手する。魔境で力が解放された状態のイフリートは、やはり彼女らでは太刀打ち出来ないほど強力なのだろうか。
「狙いは、あなたじゃない」
 緑色の服になった彼女のキッと睨む先には、初めに僕が叩きつけられた大木がそびえ立っていた。矢はその、先ほど僕が叩きつけられて弱くなった部分に当たって刹那、緑色の光が周囲へ飛び散り、大木がイフリートの前に倒れる。倒れると共に、大木から地に垂直に太い枝が伸びて生え、万里の城の如く大きな壁となって、少女たちとイフリートを分断した。
「今よっ。カンナ、リリア」
 彼女が、緑の少女が、イフリートから隔絶させた仲間に向かって叫ぶ。
「ほい、きたあっ!」
「任せて、マリカ」
 黄の少女が大きな魔法陣を展開し、青の少女は赤の少女の肩を掴んで運んでいく。
「準備は出来ました。撤退します」
 黄の少女が魔法陣を展開しきった直後、枝で作った大きな壁をイフリートが焼いて身体の半分が見えて彼女らへ乗り出していた。
「行きます」
 魔法陣の上で固まっていた四人に向けて吐かれたイフリートの業火は、寸でのところで虚空を切る羽目になった。
 ――逃げられた、か――
 余興がまた先に延びた、というだけの話だとでもいうふうに、そしてむしろ喜んでいるように呟いたイフリートは、どすん、どすんと僕を見向きもせずに去って行った。
 残されたのは二つに裂かれた僕と、大破した家と、倒れた大木だが、このような状況は雑魚キャラにとっては当然の待遇で、今までにどれだけ経験してきたかわからないくらいのものである。
 大きく僕はため息をつく。離れて転がっている下半身がすでに細胞分裂を始め、上半身を形成し始めている。上半身である僕の方はすでに足が完成しかかるほどの再生を果たしていたため、やっとの思いで立ち上がった。
 また、家を作り直さないとな。戦闘から帰って来て、眠れる場所がなければ、やはり辛いものがある。せめて、休める場所があればいいんだ。家の周りは鬱蒼と茂る樹海で、死者の森とかと呼ばれているくらいだから、木材はいくらでも手に入るのだ。
 しかし、一体今のはなんだったのだろうか。イレギュラーとも呼べるような今回の事態は、いつものようなこちら一辺倒のやられ方ではなく、むしろイフリートから仕掛けたような事件だった。とはいえ、今回については、おそらくこの先ずっと何も知らされることはないだろう。それが悪の組織というもので、情報伝達や指示伝令は上層部でのみ限定的に行われるのだ。僕らは所詮、ただの駒である。下半身で再生を終えたもう一人の僕が立ちあがって、僕に「やあ」と挨拶する。僕も「やあ」と返す。喋らないけど、伝えられる。こうして駒がまた増えてしまった。こうして僕の存在価値はまた下がった。
 そういえば、彼女は箒を置いて行ったままだった。家の奥には、魔法陣の上に置かれ、魔力の供給を受けている箒が一本。これ、どうしよう。僕は別に空を飛べなくたっていいし、この箒で掃除するのかと聞かれると、今までしなかったのだから、しないようにも思われる。
 まあ、それなら二人で分担すればいいんじゃないの。
 分裂した片割れがそう言う。なるほど、と僕は納得する。僕には彼女のような仲間は出来ないけれど、僕には僕自身がいるじゃないか。
 そう考えると、なんだか分身した僕が可愛らしく思えてきた。自己愛だろうか。
 僕は躊躇いなくその僕を食う。存在価値が元に戻った。

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ママが魔法少女にキッスした。 【魔法少女松田☆智治~First blood~】


 200x年12月24日深夜。
 私は娘の部屋に侵入しようとしている。
 魔法少女のコスプレをして。
 そして一人の父親、いや漢として。  
 …読者諸兄は私のことをとんでもない性的倒錯者、とか何を「おっぱじめる」気だ、この鬼畜。
 などとお叱りになるだろうが言い訳をさせていただきたい。
 これには深いわけがあるのだ。



 ことのはじめりは去年の10月。娘が熱を上げて視聴している
「魔法少女シリーズ第4作目爆走少女セイント・ヘッド(聖闘士・頭)」の少女たちが悪の体制ブラック・マッポに、必殺ブッコミ・チェーンアタックを…
 …君たち、いい大人がなんで幼児向け番組に詳しいんだ、やっぱり変た…とか思ってるんじゃないだろうね。
 いや、娘が何回も繰り返し私に熱く語ってくるから覚えただけだ。得てして父親とはそういうものなんだ。
 わかるね。
 話がそれた。
 とにかくEDも終わり今週分の放送が全て済もうとしていた時であった。
「クリスマス!君の家にセイントヘッドの頭、メリイ(減李萎)がやってくる!!はがきのあて先は…」
 これには驚いた!なに!あの麗しく儚げながら毅然とした態度で悪の体制と戦うマリーさんがおうちにやってくるだと!
 だがそれ以上に驚いていたのは娘であった。
「ぱ、っぱぱ…ぱぱ」
 娘はいまにもテレビに喰らい付きそうな勢いで叫んだ!
「パパ!パパ!何やってるの早く応募応募!」



 と、まあこんな感じで応募したわけだ。はっはっは!
 でもってTV番組の懸賞この格好に何の関係があるというと、応募から1か月たち2か月たち…待てど暮らせど、
 マリーさんへのクリスマスパーティ招待券のお返事が来なかったのだ。
 つまり落選したのだ我々は。
 …国立医薬研究所の開発部長を務める私の誘いを断ったというわけだ。
 いやそれなら、エリートとして器もでかい私だ。
 まだ許そう。
 許せんのは私の娘!
 日本の至宝!
 地上に舞い降りた織天使(セフィラム)!
 かわいい刹那の誘いを断ったということだ!
 …だが私もイイ大人だ。
 この世の理不尽に怒りをぶつけてもどうにもならないことぐらい知っている。
 医療の現場で幾多もその理不尽と戦ってきたからわかる。
 欲しいものがあるとき、目の前に立ちふさがるの壁を破壊するとき必要なのは拳や肉体ではない。
 必要なもの…
 それは魔法のパワーよ☆!
 …と決め台詞と共に子供の時からの宝物、
「魔放射少女ベクレルん変身ラディカル・ステッキ(C13同位体配合)」でポーズ決める。
 そういうことで不肖私がマリーさんの代役を務めることにしたわけである。
 さてそろそろ刹那ちゃんに会いに行くとしますわよ。
 可愛らしいウサちゃんカバーのかかったドアノブに手をかける。
「あなた本当ばかじゃないの」
 …いつの間にか背後にいた我が娘の次に最愛の妻(都子32歳)からの容赦ない一太刀。
「嫉妬してるのかこの衣装を着れないこと…もとい娘を喜ばせることに」
「…ほんとバカ…」
 やっぱそうか。
 ごめんねー素直じゃなくっててやつか。
 よしよし愛い奴め、今夜は娘の次に可愛がってやる。
 妻のジェラシーを背に感じつつ部屋に侵入。
 暗い。
 何も見えない。
 娘はどこだ。
 うかつだった。
 計画の完璧さに酔いしれてたせいで部屋の暗さを計算に入れるのを忘れていた。
 と、取りあえず見つからないよう部屋の隅に移動して…ぐべえ!
 いてえ!なんか踏んだ!なんじゃこれ!
 …娘の大のお気に入りだった汁馬煮亜藩の森の天守セットの無残な姿だった。
 コワシチャッタ。
 …なんたる不覚。後でまた買ってやるからな!
「そこにいるのは誰!?」
 しまった。今の音で娘を起こす失態まで!嗚呼!
 とっさにおとり潰しになった藩城を背に隠し、部屋の隅に隠れる私。
「ま、まさかサンタさん…?」
 さすがわが娘。なんて完璧なラブリー回答だろう。だが今宵のサンタ(パパのコスプレ)は一味違うのだ…!
「わ、私は…」
 ここから高校のとき合唱部で男ながらアルトに配置されていた私の「本領発揮(高音による声マネ)」である。
「マリーさんだよ!」
 決まった。
「マリー…さん?」
 ミスった。
「いや…メリー…ですわ!」
 思考回路はショート寸前。
 今すぐ逃げたいの。
「どうしたの?そんなガラガラ声で…しかもメリイをマリーさんっていうなんてまるでパパそっく…」
「わー!わー!違うの、これは…そう!ブッラクマッポの所為で!こんな!うん!」
 ナイスフォロー私。
 おのれブラックマッポ!
「…そうなんだ。かわいそうに…」
 ああ娘よ!
 非実在少女にさえやさしくする聖女よ!
「ところで!まさか私のはがきを読んで!?」
「ええ!そうよはがきの中で一番あなたが一番って思ったから来たの!決してほかの家に行ったりはしてないわ!」
「うれしい!!」
 その声が聞きたかった。
 おお私は今極楽にいます。
「メリイ、寒い中大変だったでしょ!そんなところいないでこっちきて布団は入りなよきなよ!」
 今いくわ!と即答したかったが体が動かなかった。
 実は小生体を鍛えることが趣味の一つでなんというか所謂ガチムチ体型ってやつで、つまりこのコスチュームもピッチピッチの状態なのだ。
 さっき「本場(女子合唱部室)」仕込のアルトによる声マネを見破った彗眼を持った娘だ。
 万に一つパパであることがばれる恐れがある。
「どうしたの…?」
 娘が不安からか、そして部屋の寒さもあいまってか、震えた声を出す。
 ああ!寒いだろうに!12月の真夜中にたたき起こされて…かわいそうに。
 今すぐ抱きしめてやりたい。
 だがそしたらばれる可能性も発生する。
 どうするんだ俺。
「まさか…」
「…」
 万事休す!
 こんな時特攻少女にはイケメン仮面様が助けに来るのに!
「第23話電気椅子は可塑性プラスッチックの夢を見るかに登場した怪人アタマデッカードにプラスチック・ポジトロンを食らってしまい醜い顔に変えられたのね!可愛そう!」
「………はい。」
 あなたがイケメン仮面か。
 それにしてもなんという娘!
 膨大な記憶量に裏打ちされた無理のないシナリオ!
 そして世界平和ばかりでなく俺も救われる!
 これを書きしたためTV局に送りたい。
「…そう。そんな体で無理をして…醜い姿のままみじめな一生を送るなんて。かわいそう…」
 んん?今なんかひどいこと言わなかった?この天使?
 …まあいい。計画を最終章(フィナーレ)に突入させよう!
「そうだ、刹那ちゃん!今日はプレゼントを持って来たの!」
「プレゼント!まあ素敵!」
 よし有無を言わせずプレゼントを渡して即撤退…
 しまった!
 プレゼントを渡すためには刹那に近づかないと!
 クソ…しょうがない予定は変更です!
「…いや、その…そうだ!刹那ちゃん、欲しいものを言ってから目を閉じて御覧。あなたの手に、その、それが手に入りますわよ」
「本当!」
 …凌いだ!さすが俺!さすが幾多の危機を乗り越えたエリート!そして危機回避能力だけじゃなくって調査能力も高い私。
 ふっふっふ。前からお前がマリーさんの「変身サイドミラー(フォルクスワーゲン)」を欲しがっていたのを知っているのだよ。
「えーっとねえ!私ねえ!」
 いえ、いうのだその可愛いお口で!
 イってしまえ!
「そのねえ…」
 ミラーが欲しいか!?
 ミラーをくれてやる!!
「赤ちゃんが欲しい!!」
 もじもじと顔を赤らめなんて可愛いことを………え?
「下の妹が欲しい!」
「………は?」
「あのねえ私メリイが持ってるアリルちゃんのようなどんな汚れ仕事も不平ひとつもらさず完遂し、
 かといって決して自分が目立つような莫迦をせず姉を立てることを第一に考える、そんな忠実な妹が欲しいの!」
「………………………………」
「えへへ~もう目ぇ開けていい?」
「………わかったちょっと待ってろ…」
 やっと一言だけ発することができると私は部屋を出た。
 娘があわててメリイ!と呼びかけてきたがとても反応してやることができない。
 そのままリビングに入る。
 ソファーに身をゆだねていた都子(32歳)がふくれっ面で明石屋サン○を見ていた。
「ああ、あなた。がっちむっちな魔法少女うんたらに刹那は喜んでくれましたか?」
 俺に気付くなり毒舌の刃をふるってきた。
 いじけてやがんのかこの…
 無言で都子に迫る。
「あなた?」
 肩を鷲掴みにする。
「やっぱりばかなかっこで刹那をっむぐっ。ちょっ!」
 都子の刃を俺の刃で受け止める。
 舌と舌の糸引くつばぜり合い。
「うう…むんんっ…ちょっと、ともはるっんん!」
 服の上から胸を乱暴に愛撫してやる。それに呼応するかのように都子の舌が痙攣した。
「昔からこれに弱かったよなあ」
「ちょっふざけないでよ刹那にみられちゃ…ひゃうっ」
 快感でとろけた表情の上に必死に作る怒りの面相がなんともいじましい。
「こんな!んん!ところっで!んんっあっー」
「今夜は刹那の代わりにとことん可愛がってやるからな。あと女の子を刹那の下に作ってやろうな」
「…んもうっほんとっばかッ…あっあっ…んんん」
 頭の中を三つの言葉がめぐり続ける。
 理不尽…魔法の力…肉体と拳…
 わかっていたさ。
 私はずっと手にしていたラディカル・ステッキを放ると妻の乳房にあてがった拳にさらに力を入れた。

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二人の戦い


 土曜の午前授業おわりの日、俺がいじめられるところを姉ちゃん見られた。
 青空川の土手から河原に下りる階段を下りきったところだった。



 最近街で見かけられる奇怪な変質者についての先生の長い注意がやっと終わった。
 クラスメート達の元気で間の抜けた「さようなら」で帰りの会が締められるや否や俺はいそいでランドセルを背負った。
 五月の陽光が教室に差し込こみ木床を暖め授業中には安らぎを感じられる穏やかな日であった。
 しかし、下校時刻が近づくにつれ教室の温度はどんどん失われていき、ついには木床はまるで冷たい鉄の床のようにさえ感じられた。
 給食当番のエプロン袋に伸ばしていた手を止めるとぐるりと教室を見やる。
 クラスメートたちが笑いながら午後の遊びの予定をおしゃべりしている。
 いや、本当は教室は暖かいままだ。温度を失ったのは…
 和気あいあいとする中、顔を真っ青にしている時田君が視界の隅に入った。
 いけない。
 体ごと視線をそらし廊下の方に向け足を踏み出そうとした。
 その時であった。
「高嶺君。」
 瞬間、呼吸が止まる。
 まさか。まさか!
 恐る恐るふりかえる。
 そこにいたのはクラスメートの新田さんであった。
 思わず胸をなでおろす。
「なに?」
 彼女のトレードマークの大きなメガネが日差しを反射してる。
「あの…今日私たち日直でしょだから…」
 よかった俺の早とちりだった。
「だから…」
 新田さんの眼鏡の反射が消えた。
 どうやら太陽が雲に隠れたようだ。
「だから職員室にこの日誌を…」
 ガタン。
 俺の腰が机にぶつかったようだった。
「高嶺君…?」
 俺の異変に気付き彼女の顔が迫った。
 銀縁眼鏡に黒の長髪の少女。
 その時不意に姉ちゃんの顔が浮かんだ。
 姉ちゃんは年中メガネに黒の長髪というスタイルを崩さなかった。
 あの無口でこの世界にに興味を失ってしまったような冷めた態度。その一方で何もかもを見通す眼を持った姉ちゃん。
 もしや目の前の少女の薄皮の下には姉ちゃんが潜んでいるのではないか?
 そして彼女の鼻の上に載った眼鏡越しに真実は明るみに暴かれるのだ。
 手に汗がにじむ。
 呼吸が再び乱れる。
「いや。いい」
 ば、ばかばかしい!姉ちゃんがこんなおどおどしてる女の子のわけないだろうが!
 妄想を否定するかのように新田さんの手から学級日誌をひったくると6の3の教室から飛び出した。
「高嶺君!」
 二階のクラス中に絶叫がこだます。
 家族にあのことがばれたら!ばれたら!
 だから早く抜け出さないと。
 階段を三段飛ばしで駆け降りると運動音痴の体からはみるみる酸素が失われていく。
 そのかわり肺に二酸化炭素と妄想からにじみ出てきた毒がたまっていった。
 もう少しで職員室だ!
 階段を降りた曲がり角のすぐそこに…
「高嶺え!」
 突然頭上から声が響いた。
 一気に全身の筋肉が収縮する。
 先ほどの絶叫の半分にも達さない声量であったもののそうなるには十分だった。
 なぜならこの声は
「よお、高嶺。」
 階上を仰ぎ見る。
 武雄達のにやけた顔がこちらを覗いていた。
 肺の毒が一気に心臓に流れ込んできた。
「さっきの新田の声、お熱いねえ。」
 しまった。さっきの大声のせいで。
「それはそうとさ」
「あの今日は…俺」
「お前も今日のサッカー来るよな。わざわざ隣のクラスから誘ってやってるんだからさ」
 やっぱり今日は俺の番だったようだ。



 なんで部活をやっている姉ちゃんがここにいるかなんて考えられなかった。
 そもそも今姉ちゃんはクリケット部の練習をしているはずではないのか。
「おら!クソ嶺!どこ見てるんだよ!」
 武雄の蹴ったサッカーボールは四つん這いになっていた俺の頭にクリーンヒットした。
 倒された痛みと恥ずかしさで世界がおおきく揺れる。
 羞恥の熱で赤くなった耳には武雄の取り巻きの下品な笑い声が届く。
 ああ、上にいる姉ちゃんに聞こえちゃったろうか。笑われてることさえ気づかれなければ、今のはただのサッカー中のアクシデントだって言い訳、アクシデントだって…
 いたたまれなさと悲しみできゅっと頭が締め付けられる。
 もう華奢な胸は熱い呼吸でぱんぱんだった。
 憎らしい。口内の肉を強く噛む。
 でも奴らにかみついてやろう、なんて気は起きなかった。
 ただこの天災が自分以外の何物に悟られず過ぎてくれればそれだけでよかったのに。
 真っ赤な頬を伝わって落ちて行った涙はむなしくも青空橋の橋桁が作る大きな影に飲み込まれていく。
 ああこの涙も姉ちゃんにみられてるんだろうな。
 姉ちゃんはまだ見てるだろうか。それともあきれて帰っちゃたろうか。
 腕に力をこめる。赤黒い傷跡にジンジンと砂が侵食してくるが何とか上体を起こすことができた。
 河川敷上の姉ちゃんはただこちらの様子をじっと見つめているだけだった。
 いや、見つめているというより固まっているといった方がいいだろうか、身動き一つしない。
 傍から見たらなんとも妙な光景であった。
 そしてその異常さを一層引き立ているのはこちらを見つめる表情であった。
 それは空洞だった。
 いや実際に穴が開いてるわけではない。
 ただそうとしか表現することができなかった。
 姉ちゃんの顔に空白の穴が開いているのだ。
 そこには姉ちゃんのすべてを見通す鋭い目はなかった。
 そしてそれは俺の胸を大いに締め付ける。
 空白のはずのそれは俺の心に大きく訴えかけるのだ。
 だが何を訴えているのか。
 聞いても答えは返ってこない。
 その穴がまた空白だから…
 そういえば、あの表情どこかで見たことがある。
 揺れる世界で思考が走馬灯となって駆ける。
 そうだあれは…。



 一年くらい前のこと。
 あの日河川敷のちょうどこの辺を通りかかったとき子猫が川の中ほどでおぼれていた。
 助けようか。
 最初はそう思った。
 でも体が動かなかった。
 川の流れはそれほど速くなかった。
 けど恐ろしくってしょうがなかった。
 もしあそこだけ深くなっていたら…
 見えない川底はまるで地獄へ続く底なし沼のように思えた。
 子猫は躊躇しているうちに見る見るうちに泡の中に消えて行ってしまった。
 夕暮れまで猫の消えた場所を見つめていた
 すっかり日の落ちた中帰った家に待っていたのは母からの詰問だった。
 こんな時間まで何をしていたのか。と。
 頭と心が完全に疲れてしまい良い言い訳が思い浮かばなかったから俺は正直にすべてを話した。
 母は「そんな嘘通用すると思ってんの!?しかも助けずにぼけーとしていたってあんたもっとましな嘘つきなさい!」
 と叱った。
 俺は「え~いやだよ。んなもん助けられないよ。だっておぼれるちゃうじゃ~ん」 
 と柄にもなくへらへら笑いながら答えた。
 傷ついた心を家族に悟られたくなかったのだ。
「助けられなかった…!?」
 ぽつりと漏らしたのは、普段家族の会話に参加しない姉だった。
 あの時の姉ちゃんは今よりも冷めていた。
 それは反動だった。
 その前に姉ちゃんが一時期明るくなってた時期があった。
 でも突然自分を自分という檻に閉じ込めてしまった。
 その原因は誰にもわからなかったし、自身をがんじがらめにする姉ちゃんを誰も助けることはできなかった。
 そんな姉ちゃんが自分から家族としゃべった、と驚きながら姉ちゃんを見た。
 そこには空洞があった。
 空洞が無言でこっちを見つめていた。
 俺はその空洞から責められているようだった



 あの時姉ちゃんは一体何を言いたかったのだろうか。
 そして今度は何を…
 不意に頬を生暖かい何かが伝った。
 涙ではない。
 先ほどから鼻にわだかまるような土の匂いがしていたのはこのせいだったのか。
「あーあ雨降ってきちゃったよ」
「次でラストにすっかあ」
 この天災は雨によってやっと終わるようだ。
「今度は時田もつれてこいよ!」
「いいやあいつはすぐ泣きわめいてぐっちゃぐちゃになるから」   
「あっははそうだよな時田のやつは根性ないからこうは楽しめないよな。ほらっもう一発行くぞ」
「最後の一発」が放たれた。
 とっさに目を閉じ自分の中に避難する。
 ああ、さっきのよりも速かったな。
 また当たっちゃうんだろうな。
 最後といってもまた今度がある。
 そして今度の最後の一発を超えてもまた次が、次が…
 今度のボールは歯を折ってしまうんだろうか。
 そういえば姉ちゃんは今日のこと母さんに報告するのかな?
 ああ、いやだいやだ。
 壊れた思考が胸をえぐる。 
 痛ましい時間がゆっくりと流れた。
 しかしいつまで待っても吹き飛ばされることはなかった。
 我に返ってふと目を開けてみる。
 雨で視界が曇ってよく見えない。
 がなにか奇妙な物体がぼんやり見える。
「なんだこのオッサン!」
 物体越しに武雄たちの驚愕の絶叫が聞こえる
 目をこすって再び物体を見た。
 10mほど前方に異形の巨体が出現していた。
 どうやらボールはこれに阻まれたらしい。
「ぎゅぎゅぎゅ」
 異形が音を上げた。
 どうやら生物らしい。
 異形がこちらを振り向く。
 俺は思わずあっと声をあげた。
 それの顔と思しき箇所には目があり口もあって変な形だが鼻まである。
 しかしヒトと違うのは角まであるということだ。
 この怪人は大柄な人間の体に牛の頭を乗っけたような姿だった。
 背には巨大な斧がおぶさっている。
 牛の怪人は何の感慨もなく手でサッカーボールをもてあそんでいたがそれに飽きたのかボールを斜め前方の方に投げやった。
 何かが粉砕された凄まじい音がする。
 ボールが飛んで行った方に目を向けた。
 橋桁のコンクリートに大きな穴が開いている!
「ぎゅぎゅぎゅ。これが人間。幼体ですら凶暴で醜く。ぎゅ。矮小だ。ザンゲルゲ様の目指す理想郷に存在する価値なし。」
 意味不明なことを呟くと牛男はベンチ代わりに利用される大きな石塊を軽々と拾い上げた
「あっああ…!」
 突如襲ってきた異常事態にあの武雄たちが完全に腰を抜かしている。
「た、助けて…」
 武雄たちの命乞いを意に介さず牛怪人はまるでバスケットのシュートを決めるかのように片手で石塊を放り投げたのであった。
 その時。
「危ない!」
 凛とした声が轟いた。
 何が起こったのか牛怪人の筋肉質な巨体のせいで見えなかった。
 だが一つだけはっきりしてることがある。
 あれは姉ちゃんの声だった!
 事態を確認しようと四つん這いになりながら移動した。
 !
 なんということだろうか!
 姉ちゃんが怪人と武雄の間で大きな石塊を受け止めていたのだ。
「何者だぎゅ!貴様!」
 俺も同感だ。
「…」
 なんで姉ちゃんがあんな馬鹿力を持ってるのか?
 いくらクリケット部の副部長だからってそこまで運動神経があるわけじゃない。
「変身」
 姉ちゃんから光が発せられ一瞬頭の中が光に満たされる。
 次の瞬間姉ちゃんは赤い衣装(あれはレオタードというのだろうか、それにしてはフリフリがたくさんついてるしへそだって丸見えだ)に身を包まれていた。

「高嶺に 人(緋と)知れずに咲き ちりぬるを ピュアカエデ」

 静寂が訪れた。さっきからこの場にいるだれもの理解を超えたやり取りが繰り広げられている。
 ただ2人。
「…ぎゅ。ピュア・ペアだと!?」
「燃えるカエデの力食らいなさい!」
 姉ちゃんと牛怪人を除いて。
「…ピュアカエデか、ぎゅっぎゅぎゅっ」
 牛飼い人の野太い爆笑が響く。
「おうおう!あのカエデが!あの根性をなくしっちまったつう小娘がオレに挑むだと!このリーグ・オブ・魔道NO1の力を誇る俺様に!その細いほっそい腕でか!!ぎゅっはっはっは!そういや!なくしたものは根性だけじゃなかったなあ!!」
 姉ちゃんがわなわなと身を震わせる。
「…そんなにおしゃべりして。まるで私と戦うのを先延ばしにしてるみたいね。」
「ぎゅ?どういう意味だぎゅ?」
「あんたが私にびびってるってことよ。」
 姉ちゃんの口が真一文字に結ばれる。
「…ミートパティにされてえのか?」
「…試してみる?」
 雨が一段と強まった。
 牛怪人が背に背負った斧を取り出し、
 一方姉ちゃんは体の前で腕を交差させた。
 すると何もないはずの空間からオレンジ色の光が迸った。
 それらは姉ちゃんのスラリとした両手に集まった。
 恐ろしい時間だった。
 息が詰まってうめき声一つ上げることができなかった。
 ねえちゃんの両手に集まっていた光が真紅に輝いたとき
「俊夫ぉ!」
 姉ちゃんが俺の名前を呼んだ。三年ぶりくらいに。
「危ないからさがってなさい」
 二人が動いた!
 姉ちゃんは地面を蹴って牛飼い人の方に飛び出して行った。
 牛怪人が斧を振り上げる。
 姉ちゃんは走りながら地面を大きく蹴り上げる。
 雑草ごとえぐられたそれは両手を振り上げてたため防ぐすべのない牛怪人の顔に命中。
「うぎゃあああ!泥が!目にいいい!」
 牛怪人の絶叫から間髪を入れず右手に集った光をなげる。
 手から離れた光は球となり徐々に扁平になると円盤となって牛怪人の斧を襲う。
 炎の衝撃波が炸裂すると斧の柄が両断された。
 衝撃波は牛怪人をも飲み込む。必死に橋桁の方に逃げる俺の顔にも熱風が吹きつけた。
 その間に姉ちゃんは牛怪人の間合いに入る!
 牛怪人は衝撃波でもんどりうっている。
 そこに赤い光が残った方の左手で殴りかかる!
「マツぎゅ!」
 柄の断面に残った炎が揺らめいた
「今更。命乞い?」
「ぐふふふふぅ!!」
 牛怪人から発せられる耳に残る不快な笑い。
「…その肥し臭い口閉じなさい。」
 再び左手を振り上げる。
「まあ、まあまて。こいつらを見るぎゅ!」
 牛怪人の手にはロープが握られている。それを目で追いかけた先にいたのは武雄たちだった。
「この子たちは!?」
「戦い(かけひき)にゃあ保険ってもんが必要だ!あったまのよろしいてめえだったらよくわかるだろう!」
「………」
「俺様得意のトレパーネーションでぱぱっお取り寄せしたのよ」
「テレポーテション…ね。保険がないと不安で戦えない頭も心も弱い薄ら牛にはぴったりの得意技」
「黙れ。さもないと牛縛陣がこいつらを絞め殺すぎゅ」
「…なにが牛縛陣よただの小汚い荒縄じゃない」
「ぎゅぎゅっ!だがな!」
 怪人が手にしていた縄を引っ張る
「ぎゃああ」
 聞いたこともない武雄たちのむごい悲鳴!
「お前さんを黙らせちまうほどの逸品だぜ」
「…」
「ぎゅぎゅぎゅっばんじぎゅうすだな!」
 姉ちゃんはゆっくりと構えを解いた。
「さすが前にも目にしただけあって人間がドンだけもろい生き物かわかってるな。」
「…で、要求は?」
 姉ちゃんの声は震えていた。
「そうだな。この街と引き換え…いやいや牧場より懐の広い俺様だここはてめえの命で我慢してやるぎゅ」
「調子に乗るのもいい加減にしたら…」
「ぎゅぎゅぎゅ!さっきまでの勢いはどうしたぎゅ!こんなに震えっちまって!」
 怪人が姉ちゃんの小さな顎をつまんで小さな顔を弄ぶ。
 ああ姉ちゃんが!助けなきゃ!でもどうやって!?
 …あれ、この状況って。
 突然目の前に溺れている子猫が現れた。
 その悲鳴はだんだん小さくなっていく。
 タスケナキャ!デモ…
 そして小さな体はどんどん川に飲み込まれていく。
 コワイ。シッパイシタラドウシヨウ。
 流水が砕ける泡の中に消えながら子猫がこちらを向いた。
 それは子猫ではなく姉ちゃんだった。
 怪人が姉ちゃんの顎だけを解放する。
 意識が現実に引き戻される。
 解放された姉ちゃんはあの顔だった。
 俺の胸を苦しく締め付けてくるあの…!
 そうだ。このままでいい訳がない。災厄に立ち向かうことなく何もせずにただやり過ごす。そんなのはいやだ。
「さあ!どうするぎゅ!?」
 戦うんだ俺!
「…これが応えよ」
 姉ちゃんは両腕を水平に伸ばした。
 すると姉ちゃんの衣装の赤色がぼうっと浮き出る。
 と、次の瞬間それは姉ちゃんを取り巻く火炎流として実体化していた。
 怪人は叫びながら悶絶する。
 今や天に登ろうとしている火炎の熱気を受けあたりを湿らせていた雨がどっと蒸発する。
 同時に地面の泥はまるでビデオの逆再生を見ているみたいにみるみる乾いていく。
 気が付くとあたりは水蒸気の濃霧に包まれた。
「ひいいいい!」
 前方からの悲鳴が濃厚な白紙の世界をきりさく。
 混乱しっぱなしの頭で何が起きたか考えていると霧の中から三つの悲鳴の尾にひき姉ちゃんがあらわれた。
 姉ちゃんの服は先ほどの炎でボロボロになっていた。
「この目くらましはあまり長くは続かない。はやくその三人を連れて逃げなさい」
 と青空橋の方を指差した。
 三つの悲鳴の主は恐怖から解放された安堵か、それとも姉ちゃんの扱いが乱暴だったのか気を失っていた。
「わかっうわっ!」
 立ち上がろうとしたが足がもつれてしまった。
「あんたが怖いのはわかる。でも…」
 どうやら俺が恐怖で動けないのと勘違いしたらしい。
 俺はもう立ち上がれるよ。そう言おうとした。
 その時姉ちゃんの顔が変わっていたことに気が付いた。
 それはまるで長年なくしていた物を発見したような、はたまたなにかをふっきったような顔であった。
 そして姉ちゃんはギュッと目をつぶり、ギュッと俺の手を握った。
「でもねえ!」
 そして目を開いた姉ちゃんは腕を放った。
「男の子なら戦いなさい!自分の力で!」
「…!任された!」
 武雄を背に乗せその仲間二人を両手で引きずっていく。
 背中のほうで姉ちゃんが再び怪人に突撃するのが感じられる。
「うぉおおのれえええ!やってくれたな!」
 霧の中から野獣の方向が聞こえると周囲に浮かぶ水滴を切り裂き無数のなにかが飛んできた。
 何かが右前方の方の地面に当たり、跳ね返り空へと消えていく。
 石だった。
 ピンポン玉ほどの大きさの塊が四方八方に飛び散っているのだ
「!?」
 石が右足に命中する。
 鈍い痛みと鋭い痛みに思わずうめきが漏れた。 
 それでも止まらずに逃げる。
 戦わなくちゃ。戦わなくちゃ!戦わなくちゃ!!
 ヒュンッと耳元の空気の切る音で間一髪石塊に当たらなかったことを悟る。
 戦うだって!?相手は、一体誰と!?あの化け物と!?
 興奮で混乱しながら振り返って引きずっているものを見る。
 それともこいつらと!?
 さっきまで恐れていたこいつらそれが無様に縄の締め上げられて
 気絶していた。
 そうか。
 こいつらは天災なんかじゃない。
 だったら!わかったぞ!
 そのとき石の散弾が頭に当たった。
 だんだん意識が薄れていく。
 でも見つけたこれは…なくすもんか。
 意識が亡くなる直前、野太い一本の絶叫を耳にした。



 目が覚めたときは姉ちゃんの背中にいた。
「姉ちゃんここ!?」
「ああやっと起きた…」
 なんで俺があの姉ちゃんにおんぶされて…痛ッ
 痛みが目覚めたばかりのピンボケ頭に鞭を入れる。
 この足の痛み…そうだ!
 ばっと姉ちゃんを観察する。
 姉ちゃんは長いスカートに白いYシャツといういつもの通学スタイルだった。
 あの派手なコスチュームの、ふりふり一つ見いだせない。
 あれは夢だったんだろうか。
 ううん…あたまがガンガンする。
 さっきまでの光景がまるでテレビ越しで見ていたかのように思われた。
 ああだめ。頭がおかしくなりそう。
 そうだ。あれがなんだったか確かめてみよう。
「ねえ姉ちゃん。あの衣装(かっこう)さあ、派手すぎるよ。恥ずかしくないの」
 すると姉ちゃんの白い耳がみるみる赤くなっていく
「…ば、ばか!あんたなにいっとるの!!」
 …どうやらあれは夢じゃなかったみたいだ。できれば夢であってほしかった。
 姉ちゃんがあんな恰好であんな動きをするなんて。
「あの牛がさあ姉ちゃんのこと知ってたみたいだけど」
「…うん」
 つまりあれは姉ちゃんのあの場限りの火事場の馬鹿力(ミラクルパワー)というわけではない。
「いつからあんな衣装で戦ってるの?」
「二年前から」
 ああ、姉ちゃんがちょうど明るかった時期か。
 それならあの派手さにも納得だ。
 納得していたところをまた痛みが襲う。
 それにしても自力じゃ歩けそうにないなこの痛み。
 家に帰るまでは姉ちゃんのおんぶか。おっと。
 姉ちゃんの背中が大きく揺れた。
 足元に転がっていたサッカーボールを避けたらしい。
 そういえば何か忘れているような…ん?
 ふと見た腕には洗浄され砂ひとつついてないけど真っ赤で痛々しい傷跡があった。
 この傷はたしか。
「…そうだ!武雄は!?」
「武雄君達は橋桁の下に寝かせてあげたわよ」
 姉ちゃんは事実だけを淡々と答えた。
 どうやらいじめについて自分から触れるつもりはないらしい。
 そうか助かったかあいつら。
 河川敷の遊歩道ももう終わりが見えてきた。
 ふとさっきまで事件が起こっていたであろう方を振り向いた。
 姉ちゃんお手製の霧はすっかり晴れている。
「俊夫」
 振り返っているオレに姉ちゃんが気づいたようだった
「よく勇気を出してくれたね」
 武雄の事後を報告した時のような淡々としたトーンだった。
 けどなんだか温かかった。
「だって、姉ちゃんがあの顔で睨みつけてきたから…」
 俺は素直に話した。
「あの顔?」
 姉ちゃんが首をかしげる
「俺がいじめられてるのを見てた時の」
「うーん」
「一年くらい前にさ、おぼれてる猫の話したじゃん。そん時にも姉ちゃん。同じ顔しててさ」
「そうだったの…気が付かなかった」
 低めのトーンで受け流すような感じであった。
 しかしあの表情に気が付けないとは。
「でもたしかにあの時心の中で俊夫を責めてたな」
「責めてた?」
「あのまま戦わないと姉ちゃんみたいに後悔することになるから」
 そんなことあんな顔からわかるわけない。
「なんで言ってくれなかったの。」
「だって…」
 どんどん声が細くなっていく
「お姉ちゃん、口下手なんだもん…」
 ついにはうつむいてしまった。
 さっき化け物と戦い、俺を叱咤した人には見えなかった。
「それにね。そういうことは自分で気づかないと」
 河川敷が終わってコンクリートの道に出ていた。
 その時姉ちゃんが胸につけている小さなコスモスのブローチをギュッと握りしめていることに気が付いた。
 このブローチには見覚えがある。
 確か二年前姉ちゃんが子供みたいにはしゃぎながら、
 友達がくれた宝物でコスモスはパートナーの花なの
 って話してくれたっけ。
「…」
 記憶の中のブローチについて語る姉ちゃんの顔が空洞の顔になった。
 姉ちゃんはあの時自分みたいに後悔するって俺を責めてた。
 姉ちゃんの後悔…。
 そうかあの顔の時姉ちゃんも探していたんだ。その強烈な顔になってることに気づけないくらい必死になって。
 そして姉ちゃんの顔は今日、長年なくしていた物を発見したような顔に変わった。
 そうか、見つけたんだね。
 じゃあ次は俺の番だ
「姉ちゃん」
「ん?」
「…今日みたいな事さ、やられてるのは俺だけじゃないんだよ」
「ん…」
「だからさ姉ちゃん。」
「なに?」
「武雄にやめてもらうように頼む。いうこと聞いてくれなかったら。…聞いてくれなかった戦うよ。俺。今日の姉ちゃんみたいにさ。」
 姉ちゃんがくすりと笑った。
「そうだね。今日のあんたなら勝てるよ」
 俺をおぶってたから両手はふさがってたけどまるで姉ちゃんの撫でられたみたいだった。
「それにしても俊夫重くなった。」
「そう?おれも成長したんだよ。」
 ふふーんって鼻を鳴らす。
「まったく」
 あきれ返った姉ちゃんを改めて見る。
 姉ちゃんの白い制服はさっきの衣装よりもずっと地味だった。
 けど今夕焼けに染められているそれは朱いレオタードより一段と明るい色だった。

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マギアンシャフト 〝ブレイク〟


一章 ~ようこそ魔法の世界へ おいでませマギアカデミア~

「わわわわ」
 小学校への登校中。突如白く輝く私の体。
 あわわ、みんなそんなに見ないでよ……ああ、もうなんなのこれすごく恥ずかしい。
「おい、あれってもしかして」
「ばか、声が大きいって」
 ヒソヒソ話してるけど、ばっちり聞こえてるし。わわ、人がどんどん集まってきた。光収まらないし、もうなんなのこれ……。
「ああ、もうみんな見ないで! どっか行ってぇえええ!」
 恥ずかしさで頭がいっぱいになって、気がついたら言っていました。いっそう光は激しくなり何にも見えなくなりました。そして光が収まった時、私の目の前には二人の女の人がいました。
「すごい逸材、発見♪」
「へ……?」
 だれこのひとたち?
 戸惑う私を余所に、お二人は何やらよくわからないことを話し始めました。聞き取れたのは、魔法がどうとか、マナだとか、実験だとか。
「何がなんだかわからないって感じね」
 女性が苦笑しながら言いました。
 あたりまえです。こくりとうなずきました。
「まぁ簡単に言うとね、あなたはこれから私たち魔法使いの仲間入りってことよ♪」
「はあ……え?」
 理解不能、と諦めて停止していた私の思考が動き出しました。
「って、魔法使い!?」

「そんな夢を今朝見たんです。起きた時は思わず笑っちゃって」
 ふふ、と上品に笑う望月さん。マナが発現した時点で入学するから、一一歳でマナを発現した望月さんは最上級生(四年生)だけど、私との年齢差は二歳。なのに、私より頭一つ分くらい高い背と、落ち着いた物腰のせいか、この生徒会長さんはすごく大人びて見えるなぁ。
「おもしろい夢ですけど、もしかしてその夢って……」
「そう、私の過去……魔法使いになった日のことです。そんな夢を見た日にあなたのマナが発現したから、なんだか運命みたいなものを感じました」
 
 今でも鮮明に思い出せる、三〇分前の出来事。
 中学校の入学式を終えて、帰宅途中の私の体が、いきなり光り出した。薄い桃色の光だった。興奮と嬉しさのあまりあたふたしていた私の目の前に、突然この人は現れた。
「マギアカデミア日本校の生徒会長、望月星羅です。マナを発現したあなたは、ただ今をもって我が校への入学が義務付けられました」
 手を差し出しながら、望月さんは言った。
「……」
 まだだ。今話し中。こらえろ、私。
「一緒に、立派な魔法使いを目指しましょう」
 その言葉で私の我慢はあっけなく終わりを迎えた。
「やったああああああああああああ!」

 そして、望月さんに連れられてこの生徒会室までやってきた。あの後お母さんと一緒にマギアカデミア日本校に来たのに、手続きがどうとかでお母さんどっか行っちゃうし。取り残された私は今ここで、望月さんと一緒に時間を潰している、と。
 一通り自分の状況を整理してみたけど、夢みたい。
「それで、カノンちゃん。どうですか? マギアカデミアへの入学が決まったいまのお気持ちは」 
「えっと……さっきはしゃいじゃいましたけど、今は実感沸かないです。でもそれは、きっと、ずっとずっと魔法使いに憧れてたからなんです。その夢が叶ったのが、嬉しくてしょうがないです」
 なんだかめちゃくちゃだけど、言葉にして、やっと実感が沸いてきた。それと共に、また小走りでもしてはしゃぎたくなってきた。
「そう……カノンちゃんは、どんな魔法使いになりたいですか?」
 現界の日以来、世界的に魔法使い人口は急増した。当時幼かった私は、それ以来ずぅっと魔法使いになることを夢見ていた。そして二年前……今目の前にいる望月さんが考案したマギアンシャフトが開催された。テレビ中継で観戦した私が思ったことは、ただ一つ―――。
「私、マギアンシャフトの選手になりたいです!」
 その時望月さんが浮かべた笑みに、既視感を覚えた。

「それにしても、カノンにマナが宿るなんてなぁ」
「見ててよね。立派な魔法使いになってみせるんだから」
 当然と言えば当然。夕飯中の話のネタなんてそれで持ちっきり。
 仕事から帰ってきたお父さん、話聞いたらすぐ食いついてきちゃったもん……こりゃしばらく抜けられないかぁ。
「そういやカノン、中学校はどうするんだ?」
「通えるよ。マギアカデミアは夕方から授業が始まるからね」
 マナの特性上、魔法使いになるのは小中学校生がほとんど。マギアカデミアはそこを配慮して、普通の学校の授業が終わってから通えるようにしている。中学校の授業を終えてから、マギアカデミアの授業。大変そうだけど、がんばらなくちゃ。
「でも魔法使いになったことは……クラスの皆には、内緒だね♪」


二章 ~魔法使いの、楽しい一日~

「はい、これで帰りのホームルームを終わります」
 二つの学校に通う生活が始まって、今日で二週間かぁ。最初の数日間……中学校の放課後のこの時間はくたくただったのになぁ。慣れってすばらしい。
「花咲さん、今日の塾は早いほうだっけ?」
「うん、そうだよ。また明日ね」
 表と裏、二つの顔がある方が魔法使いっぽくていい。最初の頃は、塾行ってるって嘘つくのは心苦しかったりしたんだけど……慣れってすばらしい。

「ただいまー」
「おかえりー。部屋に制服出しといたわよー」
「ありがと!」
 制服から制服への変な着替えを終えて、再び玄関へ。玄関の壁に設置された全身鏡で、身だしなみをチェック。うん、大丈夫。右手に魔法の源であるマナを集める。薄い桃色に輝く右手で、鏡に触れた。
「とうちゃーく」
 視界が一瞬光でいっぱいになり、その後目を開ければそこには、マギアカデミア日本校の校門前。転移魔法のポータルとなってるあの鏡から一気にここにこれるから、遅刻の心配もほとんどない。魔法文明万歳。
「Hi , Canon ! How are you ?」
 あれ、英語……?
 とりあえず振り返ると、金髪の白人少女。文字通り少女。
「リリィ? 私の言葉、わかる?」
 頭に?マークが浮かぶリリィ。
 そういえば二週間くらいが限度なんだっけ。めんどくさいなぁ。
 右手を挙げてハイタッチの体勢。リリィが手を合わせてくる。薄い桃色の光とライトブルーの光が小さく交差する。入学式当日、初めて習った初級魔法、コネクト。
「リリィ、私の言葉、わかる?」
「うん! 二週間くらい毎にこれやらなくちゃだ!」
 マナを交換することで一定時間、お互いに伝えたいことが伝わる。日本校にも多少いる外国人との会話のために習った魔法。
 
「よし、今日も一番乗り!」
「ふっふっふ、カノン、君の目は節穴かね……?」
 後ろから話しかけられる。リリィじゃない、佳奈だ。
「なっ、……あっ!」
 よく見たら佳奈の机に荷物が乗ってるし! 私の連続一番乗り記録の更新がストップした!
「やっほー、佳奈」
「ありゃ、魔法が解けてる」
 ライトブルーとエメラルドグリーンの光の交差。
 佳奈はいつも通り、茶髪のポニーテール。制服もうまく着崩していて、だらしないというよりカッコいい。
「リリィ、クラス中のみんなとやんないとね」
「三〇人かー、めんどくさいなぁ」
 うちのクラスだけなら三〇人。クラス合同の授業とかもあるし……大変だけど、それで言葉が通じる。初級とはいえ、やっぱり魔法なんだ。私たちは……魔法使いなんだ。

「では、先週のおさらいからいきますね」
 今日は四コマの授業。一コマは六〇分。長いと思ったけど、授業おもしろいし、あんまりそんな感じしない。んで、最初は魔法学の授業。おもしろさでいけば最大☆五つとすると三つかなぁ。
「魔法には二種類あります。魔法使いなら練習すれば誰でも扱える普遍魔法と、一人の魔法使いその人しか扱えない固有魔法。そして、固有魔法は基本的に、誰でも一種類発現します」  
 私には、どんな固有魔法が発現するだろう?
 いつ発現するのかは人それぞれ。一年生最初の数週間で発現する人もいれば、四年生になるまで発現しない人もいる。稀に発現しないで卒業しちゃう人もいるらしい。それは嫌だなぁ。
「さて、では今日の本題であるマナの話にいきましょう。みなさんご存知の通り、マナは魔法使いの生命力であり、魔法の源。テレビゲームなどで言うところの、HPとMPを合わせたようなものです。そしてマナは、十五歳以下の人間に、何らかの要因で発現するのです。これについては――」
 ということは、六歳とかでマナが発現したら、その時点でマギアカデミアに来るのかな。同級生に六歳児……めっちゃなごむ。

「ふぃー、中休みだぁ~」
 二限、初級魔法の授業が終わって、四〇分間の中休み。
「佳奈おつかれ~。お弁当食べよー」
「そだね。あれ、リリィは?」
 家から持ってきたお弁当を広げながら、周りを見渡す。リリィ発見。クラス中歩き回ってコネクトしてる。
「大変だねえ」
「日本語話せてよかった。時間かかりそうだし先に食べてようよ」
 マナがある限り生きていける魔法使いにとって、食事は必要不可欠ではないって先生が言ってた。でも……。
「おいしー」
 味はわかるし、食事をする喜び(?) みたいなものもわかる。何より、食事はマナの回復にも繋がるらしい。そんなだから、食事をしない魔法使いはあんまりいない、と。うん、復習終わり。
「ねぇカノン、次の初級魔法の授業ってたぶん演習だよね?」
「たぶんね。体育館集合って言われてるし」
 たった二週間だけでパターン化できるかわかんないけど、体育館集合の時は演習だ。直前の授業で扱った魔法の。すなわち――
「よしっ! なら今日はショットとフライトのはず!」
 ショット……マナで球体を生成して対象に放つ攻撃魔法。
 フライト……名の通り空を飛ぶ魔法。
 と、さっきの授業で説明されている。でももちろんそれだけで使えるようにはならないから、演習は必要。パターン化したこともあるけど、次の授業が演習なのは筋が通っているからほぼ間違いない。
 それよりも――
「佳奈、なんでそんなに嬉しそうなの?」
「言ってなかったっけ? あたしね、レースの選手になるのが目標なのだよ!」
「え、そうなの? なるほどね、ショットもフライトも、レースの基礎の基だもんね」
 魔法競技大会、マギアンシャフト。私もその選手になるのが目標だけど、佳奈みたいに出たい種目が決まっているわけじゃない。自分が何に向いているかわからないし。
「そそ。カノンはマギアンシャフトでやりたい種目、ある?」
「うーん……私は――」
「たっだいま~、何の話?」
 所要時間は二〇分くらいかな。中休み半分終わっちゃってる。
「マギアンシャフト、でたい種目はあるかって話」
「おー、リリィはバトル一択!」
「リリィも決まってるんだ……うらやましいなぁ」
「おやおや? カノンは特にないんだ?」
「え、うん……マギアンシャフトに出たい、とは思うんだけど」
「変なのー。きっかけはなんだったの?」
「え……あー、あれ? なんだっけ?」
「いや、あたしに聞かれても」
 たしか、テレビ中継で見たときに……いや、違う。もっと別の、もっと強い理由があった……ような。
 〝――く――く――です〟
「えっと……く……く……?」
「はちじゅういち」
「いや、そうじゃなくてえーっと」
「まーまー、決まってないならバトルやろうよ!」
「あはは、う~ん、考えとくね」
「てか、このおちびちゃんはまじでバトルなんですかね?」
「しんちょーは関係ないだろ~!」
「あははは」
 ……ほんと、なんでだっけ。すごく大切なことだった気が……。

「はい、今日の授業はここまでです。金曜日に確認するので、自信のない人は休み時間などに復習しておいてくださいね」
 ふぅ、これで今日の授業は終わり、と。ショットはそこそこうまくいったけど、フライトは浮くのでやっとだなぁ。飛び回るなんてまだまだ。少し練習が必要、かな。
 授業内容を振り返っていると、近づいてくる二人の足音。
「カノンおつかれ~」
「佳奈もねー」
 そういえば佳奈は張り切ってたっけ。どうだったんだろう。
「うまくできた?」
「うんうん、あたしのイメージ力なめたらいかんのですよ。普段からレースで活躍するあたしの姿を妄想しまくりですから!」
「な、なるほど」
 魔法は自分のイメージが明確なほどうまくできる。魔法の動力源であるマナが働きやすくなるんだとか。
「ふたりともおつかれー」
「リリィもおつかれ。どうだった?」
「ショットはいいんだけど、フライトがだめだめ~」
「私もフライトがダメだった……リリィ、今度いっしょに練習しよっかぁ~」
「うん、金曜日までに、なんとかしないと!」
「まぁ、せいぜい精進してこの佳奈様に追いついてみせるんだな、はっはっは~」
 リリィと目が合った。言葉に出さずとも伝わる。これぞまさにアイコンタクト。
 〝金曜日までに、なんとしても佳奈を出し抜いてやる〟
「「うん、がんばるよ」」
 
「ただいま~」
 二つの学校を終えて、帰宅すると午後九時。十三歳の女の子の帰宅時間としては、遅すぎるね。
「おかえりー」
 お父さんより遅く帰宅する中学生の娘なんて、普通の家庭じゃ説教くらって当然。そう思えば、この遅い帰宅に対してさえも、ちょっとした特別感を味わえる。けど、その特別感のせいで、普通の宿題とか、これからやらなくちゃいけないし、けっこうきつい。それでも――
「カノン、今日も学校、楽しかったか?」
「うん! どっちの学校も、楽しかった!」
 ――どっちもおろそかになんてできない。それに何より、充実しすぎなくらいの学校生活は、とっても楽しい!


「それで、水野先生。花咲カノンさんはどんな感じですか?」
 カノンたちの入学から一か月ほど経ったある日、望月星羅は、カノンのクラスの担任教師と生徒会室で話していた。水野が生徒会室に資料を取りに来たところを引き留めたのだ。
「あー、彼女か。良い生徒だよ。欠席、遅刻もしないし、何にでも積極的に、一生懸命取り組む。たまに空回りしたりもするみたいだけどね。彼女のような生徒は、伸びるのが早いし、将来化けることも考えられるだろうね。それに――」
 思いのほか長く語り始めた水野に対し、星羅は終始笑顔でいた。担任とはいえ、これほど教師が語れる生徒というだけで、いかに立派な生徒かわかるというものだった。
「ただ、今回の二者面談で、少し悩みがあると言っていたな」
「悩み、ですか?」
「なんでも、マギアンシャフトに出たいのだが、出たい種目がわからない、だとか。おかしな話だと本人も笑っていたがね。それでも、マギアンシャフトに出るってことに執着していたな。まるで義務……または果たさなければいけない約束のようだった」
「! そう、ですか」
「ところで、どうして君が彼女のことを気にするのだね?」
「いえ、彼女のマナが発現した日、私が迎えに行きまして、そこで初めて彼女を見た時に、なんとなく、この子には何かがあるって思ったんです。それ以来、少し気になってしまって」
 内心の動揺を悟られないように、星羅は嘘をついた。普段滅多に嘘をつかない星羅だが、仕方なかった。


三章 ~追憶~

「はぁ」
 思わずため息がこぼれたなぁ。
 今の生活はすごく楽しいけど……私にはマギアンシャフトに出るって目標がある。何で出場したいのか、それはわからないけど。
 ……前に佳奈も言ってたけど、明らかにおかしいぞ、私の心理。
「ふぅ」
 そういえば、マナが発現したのもこんな時だったな。中学校からの家への帰り道。夕暮れの感じもほとんど変わらない。まぁ、今日は日曜日。中学校からじゃなくて、ただのおつかいの帰り道だけど。
「おいあんたあぶねえぞ!」
 あの時は、なんだっけ。望月さんが来て、それで――
 〝危ない!〟
「!」

 あれ……ここどこだ……?
 たしか私は……車に轢かれそうになって……そしたら目の前が真っ白になって……。
「考え事ですか?」
「え?」
 気づかなかった。私以外の人がいたなんて。
「危ないですよ。いくら魔法使いとはいえ、車に轢かれでもしたら回復にかなりのマナを要しますし、何より痛いですよ?」
「え、あの、私……あれ、ここどこですか?」
 言いながら顔を上げて、ようやく気付いた。ここが昔よく遊んだ公園だということ。そして、目の前にいる人が誰なのか。聞き覚えのある声だと思ったら……。
「それに、望月さんはどうしてここに……?」
「私とあなたが、二人で転移したからですよ。散歩していたら、あなたが轢かれそうになっていたから、焦りましたよ……」
 え、えーと。そうすると、私は……。
「す、すみません! 助けてくれて、ありがとうございます!」
「いいえ、人助けは魔法使いの本懐ですから」
「さ、さすが生徒会長……」
 私とこの人、二つしか歳の差がないって信じられない……。
「あれ……?」
 なんだろうこの違和感。望月さんの姿が歪んで見える。

「約束ですよ、カノンちゃん。私が、約束を果したら――」
「うん、星羅ちゃん! そしたら私、必ず――」

「……星羅ちゃん?」
「! まさか、カノンちゃん……思い出したんですか?」
 そうだ……私がマギアンシャフトを目指したのは、あの日交わした、星羅ちゃんとの約束だったからだ。
「でも、その姿……」
 私の記憶にある星羅ちゃんに比べると、育ちすぎてる気が……。
「……あれから四年経っていますから。それに魔法で一手間――」
「よ、四年!? そんなに……」
 そんな昔だったのか。私は……
 あれ? 
 昔、ここで星羅ちゃんと会って、ここでマギアンシャフトにでることを約束して――
「す、すみません。私、昔ここで星羅……さんと会って、マギアンシャフトに出るって約束しました。でも、それしか思い出せなくて」
「それを覚えているだけでも異常なのですが――」
「え?」
「いえ、なんでもありません。でも、あの約束を大事に思っていてくれてとても嬉しいです。さてカノンちゃん、私はひとまず約束を果たしました。あなたが提案したマギアンシャフトを形にすること。今度は、カノンちゃんの番ですよ」
 我ながらとんでもない約束をしたんだ。全世界レベルでそれを実現させた星羅さんっていったい……。あぁもう、なんで思い出せないのかなぁ。もっともっといろんなことを話したはず。
「はい、そのつもりです。でも私、何に出たら良いか、自分でもわからなくて」
「(水野先生から伺った通りね) じゃあ、約束を覚えていてくれたカノンちゃんに、一つ道しるべをあげます」
「星羅……さん?」
「二人の時は星羅ちゃんでいいですよ。生徒会長って立場になってから、そうやって気軽に呼んでくれる人が少なくなりましたから。そっちのほうが助かります」
「じゃあ星羅ちゃん! 私、どの競技に出ればいいのかな!?」
 しまった、呼び方だけじゃなくて口調まで……。あれ、でも星羅さん、別に気にしてないの、かな?
「ふふ、あなたが出るべきは、あなたが考案した種目ですよ」
「私が、考案した種目? そんなのあるわけ――」
 いや、ないわけない。覚えていないけど、星羅さんが言うには私がマギアンシャフトを考案したんだ。なら、自分で提案した種目があるのは自然なこと。思い出せ……私は、何を……?

「バトル、レース、シュート……ここまでは決まりですね」
「う~ん、なんか物足りないなぁ」
「確かに、少なくともあと二つは欲しいところです。そうですね……これらはどれも相手と競う競技です。記録をつけて競う……いわば、自分と競う競技があってもいいと思います」
「自分と競う……あ! お父さんが空手家でね、前に瓦割を見せてもらったことがあるんだけど、すごく迫力あった! あんな感じのを魔法でできないかな?」
「それは妙案です。となると、魔法で――」

 思い出した。そんなことも言ってたね、私。とすると、現在マギアンシャフトにある種目で、私が提案した種目というのは――
「星羅ちゃん、ありがとう!」
「思い出したようですね。なるほど」
「何がなるほどなの?」
「いえ、なんでも。ではそろそろ戻りましょうか。選抜大会、楽しみにしています」
「うん!」


四章 ~それぞれのマギアンシャフト~

「夏休みかぁ。カノンちゃんは塾の夏期講習あったりするの?」
「う、うん。香織は何か予定あるの?」
「家族と旅行に行くくらいかな。ごめんね、カノンちゃんは勉強頑張るのに私は遊ぶ予定しかなくって」
 本当に申し訳なさそうに言われるとけっこう困るなぁ。
「なーに言ってんの。私だって好きで行ってるんだもん、別に気にすることないよ~」
 あ、さすがに苦しい言い訳。好きで塾行く中一なんているわけないじゃん!
「そっかぁ、さすがカノンちゃん。私の自慢の友達だよ~」
 し、信じた……。何も疑うことなく信じた……さすが香織。
「あはは、私も、香織が友達で良かったよ~」
 魔法使いだってことを隠すのが楽だし、ね。

「佳奈の中学校も明日から夏休み?」
 夏期講習どころか、マギアカデミアは中学校とはスケジュールが違うから、長期休暇まではあと一か月少しある。
「うん、明日からは魔法に専念できるね。選抜大会も一か月後に迫ってきたわけだし、頑張るぞぉ!」
 今年の冬、二回目が開催されるマギアンシャフト。学生の部に出場する選手を選抜するための大会が開催されるまで、あと一か月。
「カノンは選抜大会出るんだよね? 何に出るか決まったの?」
「うん。そんなわけで練習、練習!」
「そーなのかー。 何に出るのかリリィは聞いてないぞ~?」
「あたしも聞いてないぞ~?」
 そういえば誰にも言ってなかったっけ。隠してたわけではないんだけど……言うタイミングも特になかったし。
「ブレイク」
「へ?」
「ブレイクだよ、ブレイク」
「ほー?」
「なに、その反応?」
「別に~。ただ、あたしらうまい具合にばらけたと思ってね」
「言われてみれば」
 同じ種目になれば選抜大会では敵になる。いや、ライバルか。そんなことに気をつかうような面子じゃないけど……まぁ、ちょっと気は楽かな。
「じゃあ皆で代表目指してがんばりますかっ」
「あたしは余裕だけどね。がんばりたまえよ~」
「リリィもがんばるよ~!」
 個人種目は各学校上位二人がマギアンシャフトに参加できる。一年生が代表になるなんてほとんどないだろうけど……やるからには、優勝以外狙わない。星羅ちゃんも見ててくれる。
「みんなで日本校代表、とっちゃおう!」
「「「お~!」」」 

「広い……」
 マギアカデミア日本校が誇る自習室。実質演習室だけど。マギアンシャフトの練習に最適な演習室。連日予約で埋まっているだけのことはある。完全予約制で選抜大会一週間前にこことれたのはホントにラッキー。ラッキーなんだけど……
「うわぁお広いなんだこれ!」
「これリリィ達の貸切……わ~い!」
 なーに遊びまわってるんですかね~彼女たちはまったくもう。
「こら二人とも! 一時間しか借りられないんだからさっさとやるよぉ!」
「「あーい」」
 前途多難だなぁ。まぁでも、せっかくの機会だしあっちに構ってばかりいられない。私は私の練習をする。あの二人も私が始めれば勝手に始めるだろうし。
「えっと、ここか」
 演習室の奥の方、ブレイク練習用、と書かれている操作パネル発見。パネルで厚さを調節して防護壁を作り出す仕組み、か。試しに五センチから出してみるか。
「おぉっ」
 目の前に真っ黒な防護壁が展開。厚さも合ってるし、魔道具ってすごいなぁ。
 ……感心してる場合じゃない。早速やりますか。
「ふぅ」
 実際に防護壁に攻撃するのは今回が初めてか。私なりに考えた、最も威力のある魔法攻撃。いくつか候補はあるけど、この一時間で、どれが最強か見極める……!
「はぁっ」
 まずはシンプルなところから。ショットを作る。特大の。出来た。普通の十倍くらいの大きさの球ができた。思い切って防護壁に叩きつける!
「よし!」
 五センチの壁はあっけなく破壊。一五センチ、いってみよう。
 パネル操作により防護壁出現。同じ要領でやってみよう。
「たぁっ!」
 バシュン!
 小気味良い音なんだけど、傷一つついてないね。こりゃだめだ。
 マナをもっと込めて、もっと大きなショットを作れば砕けないことはない。けど、燃費悪すぎ。あの大きさで一五センチも砕けないならダメだ。
 んじゃ次は……。

「はぁ、はぁ……」
 目の前にそびえたつ分厚い壁。
 いろいろ試したけど、五〇センチの壁は砕けないか。ヒビをいれるので精一杯。一昨年開催された第一回マギアンシャフト。ちょっと前調べた結果、ブレイクの日本代表は八〇センチくらいまでいってた。そして優勝したアメリカ代表は一一〇センチ。
 選抜大会まであと一週間、か。
 一週間で三〇センチ以上伸ばすには、どうすればいい?
 私が扱える魔法は、授業で習った初級魔法のいくつか。中級・上級魔法の使える上級生とはその点で大きな差がある。競技名にもなっている壁破砕の初級魔法、ブレイクが使えないのもかなりきつい。頼みの綱は固有魔法だけど、まだ発現していない。
 一年生のこの時期、ブレイクでの出場はよく言えば絶望的。悪く言えば、論外。でも――

 〝今度はカノンちゃんの番ですよ〟

 ――諦めない。星羅ちゃんが見てくれる。佳奈も、リリィも応援してくれると思う。何より、一度目指した目標は、達成するまで捨てはしない。
 まず、最大の四五センチまで砕けた方法は――
「おっ、カノンは休憩か~?」
 考えようとしたところ、リリィによる妨害。
「そうだけど、リリィも?」
「うん! これ何センチ? ヒビ入ってるじゃん」
「五〇センチ。ヒビは入ってても、砕けなきゃ意味ないよ」
「まぁね~。んじゃ二回目でもヒビか~、大変なんだねー」
「二回目?」
「ん? ブレイクって、二回の攻撃で何センチの壁を砕けるかを競うんでしょ?」
「え……ああぁぁぁぁぁ!」
「え、なに、忘れてたの? 馬鹿なの?」
 ひ、否定できない……? リリィに馬鹿って言われて、否定できない! どれだけ馬鹿なの私? いや、別にリリィは馬鹿ってわけじゃないけど……! ってそうじゃなくて、ルールを見落としてるってどんだけだよぉぉ!
「あー、もう!」
 やけくそ気味に撃ったショットで、あっけなく五〇センチの壁は崩れ去った。

「おつかれー」
 利用時間が終わって、演習室から出た。時間はちょうどお昼時。夏休みで中学校に行かなくてもいい上に、マギアカデミアの授業はいつも通りだから、こんな時間がフリータイム。
「学食でお昼食べよっか。お腹も空いたし」
「賛成~」
 マナを消費するとお腹が空く。回復すればお腹も満たされるから、睡眠とかでも食欲を満たせるという不思議。
「それにしても、佳奈には驚いたよ」
「ん? 何が?」
「一時間のうちに三回くらいはちょっかい出してくるの覚悟してたんだけどね~」
「心外な~。あたし、これでもレースに対しては真剣なんだぞ~」
「うん、今日見ててそれがよくわかった」
 はしゃいだのは最初だけで、練習を始めてからはほとんど休憩もとらずに練習に明け暮れていた。表情も引き締まっていて普段の佳奈からは想像もできない真面目っぷり。意外な一面が見れて今日は豊作だね。
 会話しているうちに学食に到着。二〇〇人は入れるはずなんだけど、大繁盛中につき、空いてる席が見当たらない。みんな練習熱心だねぇ。
「佳奈とリリィは先に注文しといて。私が席確保しとくから」
「あ~い」
「カノンありがと~」
 うちの学食は頼めば即座に料理がでてくるから、あまり時間ない……こともないか。注文のほうもすごい列だし。まぁでも、さっさと席見つけないとね。
「……」
 ない。どこにもない。一人か二人分なら空いてるところもあるんだけど、三人分はないな……。
「あら、カノンちゃん?」
 肩を落としながらキョロキョロしていると、後ろから、聞き覚えのある大人びた声がした。振り返るまでもなくわかる。
「あ、星羅さん。こんにちは」
 持っているお盆には、ご飯とみそ汁、冷しゃぶに野菜サラダ。私たちと同じくこれから昼食の様子。
「席が見つからなくて困っているのですか?」
「そうなんです。三人で来たのですが、どこも空いてなくて」
「では、私と一緒に生徒会室でどうですか?」
「え、いいんですか?」
「もちろん。注文を受け取ったら、お友達を連れて学食の入口に来てください」
「はい!」
 注文して料理を受け取り、佳奈たちと合流。入口で待つ星羅さんのところに着いた。
「お待たせしました」
「こ、こんにちは、会長」
「こんにちはー、かいちょーさん!」
 意外なこと(本日二回目)に、佳奈がちょっと緊張している。いつもの軽いノリが、なりを潜めている。
「ええ、こんにちは。それじゃ、転移するから、じっとしててね」
 直後、地面から発光。見てみれば、四人全員が一つの魔法陣の上に乗っている。そして、輝きが一段と強くなり、目の前が光でいっぱいになった――と思ったら、そこは既に生徒会室の中。
「他の役員は今いないから、そこのテーブルで食べましょう」
 星羅さんが指さした方向には、大きなテーブルに六人分の席。いつも会議で使っているんだろうな。
 しかしまぁ、広いなぁ。入るのは二回目だけど、この広さには圧倒される。なにせ中学校の教室くらいの大きさがあるし。壁沿いにずらっと並べられた本棚には、何のものかわからない資料がぎっしり置かれている。私たちがついたテーブルは、合計三台もある。大きなスクリーンもあるし、生徒会が普段どんな活動をしているのか興味が尽きなかった。
 でも、なにはともあれ。
「「「「いただきます」」」」
 まずは昼食っと。
 せっかく四人で食べるわけだし、なんかおしゃべりでもしたいところなんだけど、星羅さんが入ると、いったい何を話せばいいのやら。
「そういえば二人とも、まだお名前も聞いていませんね」
 迷っていると、星羅さんが切り出していた。
「あ、は、はい! あたし、早見佳奈って言います。一年生で、レースで選抜大会に出場したいと思っています!」
「レースですか。選抜大会、楽しみにしていますね」
「はい! ありがとうございます!」
 何やら妙にかしこまった様子。こんな佳奈はレアだなぁ。
「あなたは?」
「リリィ・フローレスです! 選抜大会には、バトルで出場します!」
「ふふ、バトルですか。がんばってくださいね。楽しみに、していますから」
「はい!」
 星羅さん、佳奈の時とはちょっと違う感じ。同じ「楽しみにしている」でも、秘められた意味が違うような。なんなんだろう?
「あ、あの、会長、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。あと、役員じゃないんですから、気軽に名前で呼んでもらって結構ですよ?」
「あ、はい……えっと、望月先輩。先輩はどうして、マギアンシャフトを開催してくれたんですか?」
「どうしてそんなことを聞くのか、教えてくれますか? ただの興味本位では、なさそうですし」
「興味本位ですよ。ただ……あたしのお母さんは、マギアンシャフトのおかげで救われたんです」
「!」
 驚いた。佳奈からこんな話を聞くのは初めてだ。佳奈のこんな顔を見るのも、初めてだ。
「うち、昔から貧乏で。しかも、四年前にお父さんが病気で死んじゃって……」
 重い! ランチタイムに気軽な感じでする話じゃない! けど無理やり流すのも難しい。星羅さんがうまくやりすごしてくれると信じるしかない。
「それで、ついにお金が無くなって、借金にまで手を出し始めたんだけど……返すあてもないのに、取り立てはどんどん厳しくなっていきました。そんな時に、お母さんが魔法使いだってことを知ったんです。それまで知らなかったんです」
 そのタイミングで正体を明かした……? まさか。
「お母さんは魔法を使ってお金を得るつもりでした。もちろん犯罪です。でもそれで、少なくともあたしは助かるって。何度も説得したけど、その翌日、お母さんは行動に移そうとしました」
 魔法犯罪。それは今の時代では自殺行為にも等しい。マギアカデミアに入学した時点で自身のマナがリストに登録される。そこから逆探知され、GPSのように位置が特定されてしまう。つまり、容疑者が絞り込まれることがそのまま逮捕に繋がる。魔法警察から逃げ延びるのは、まず不可能。
「でもその時に、第一回マギアンシャフトに向けて活動していた、実業団が来たんです。お母さんの学生時代の友人がリーダーだったそうで」
「なるほど、それがレースのスター選手、早見理沙さんのスタート、というわけですか」
「うそ! 佳奈って早見選手の娘だったの!?」
 佳奈はうなずく。
 早見理沙選手。前大会で三位にランクインした日本レース界のエース。日本で唯一のメダル獲得者。マギアカデミアの生徒なら、知らない人はいないだろうね。
 そんなすごい人の娘さん? 佳奈が? し、信じられない……けど、佳奈がレースに真剣に取り組んでいる理由は、やっとわかった気がする。
「おかげで借金も解消できました。先輩がマギアンシャフトを開催してくれたから、お母さんは道を踏み外さずに済んだんです」
 佳奈の星羅さんを見る目には、感謝だけじゃなくて憧れの色もでているように見える。いや、実際憧れているかぁ。とするとさっきの慌て様にも合点がいくし。
「長くなりましたけど、こういう背景があるだけで、あとは単に興味本位ですよ」
「お話を聞けて良かったです。私がマギアンシャフトを開催した理由の一つは、まさにそのことなんです」
「え?」
「マギアカデミアを卒業した人たちがどのような進路を歩むか、あなたたちはご存知ですか?」
 えっと、確か……。
「魔法警察への就職か、マギアカデミアの講師、マギアンシャフトの選手……くらいですかね、魔法を活かしたものは」
「そうです。でも以前までは、警察と講師だけ。他に魔法を活かす職業がないんですよ。魔法を習っておきながら。それってもったいないことですし、危険なことなんです」
「あ……」
 そうか、理沙選手がそうなりかけたように、持て余した魔法は、悪事に利用される確率が高まる。本人に悪意はなく、あくまで仕方ない状況だとしても、悪事を働けば即、逮捕。
「だから私は増やしたかったのです。魔法使いの進路を。これが最たる理由の一つです」
「……」
 唖然とする佳奈……と私。私との約束以外にもそんなすごい理由があったなんて知らなかった。
「すごい、です……そんなことまで考えて、だったなんて」
 とは言ったけど、すごいなんてレベルじゃない。当時星羅さんは一一歳。その歳で、こんな……。
「すごくなんか、ないですよ。私は、そういう任務で……あ、いえ、なんでもありません」
 言いよどんだ部分は、よく聞こえなかった。ので、星羅さんは、めちゃくちゃすごい。結論。オーケイ。
「さてと、話しているうちに食べ終わってしまいましたね。食器を下げに戻りましょうか。カノンちゃん、佳奈さん、リリィさんを起こしてあげてください」
「え?」
 やけに静かだと思ったら、寝てたのね。


終章 ~壁~

「ではこれより、第二回マギアンシャフト出場選手選抜大会を開始します。最初の競技はブレイクです。選手のみなさんは集合場所に移動してください」
 練習に明け暮れる日々を過ごすこと一週間。あっという間にこの日になってしまった。
「トップバッターはカノンか。幸先よく決めてきなよ~」
「リリィたち、観客席で応援してるからね!」
「うん! 花咲カノン、がんばります!」
 二人と別れて集合場所へ向かう。ちょっと緊張してきた。こういう時は、練習のことを思い出して自信を……つけられるほどの成果はでてないんだった。漫画ならガーンって効果音がついてるところだよ……。
 二回攻撃すれば、なんとか七〇センチまではいけた。リリィいわく、ブレイクも使えないのにそこまで砕けるとかカノンすごすぎる! 自信もちなよ! だそうなんだけど。前回の選抜大会優勝者は八〇センチいってる。あと一〇センチ以上いくにはどうしたらいいか……試合の中で見つけないと。
 なんて思っているうちに到着。
 ざっと数えて三十人くらい。男女比はだいたい一対一。ネクタイやリボンの色を見るに、青や黄、緑がほとんどで、赤は男の子一人だけ。つまり一年生は私を含めて二人。あとは全員上級生。
 予想はしてたけどね。ブレイクを習っていないんだから、一年生はまず出場してこない。一人いるだけびっくり。
「よぉ。どうやら一年生は俺とお前だけみたいだな~」
 せっかくだから仲良くしようと近づいたら、すぐに話しかけられた。絡みやすい感じなのは助かる。
「そだね。一年生同士、がんばろうね」
「おう。負けないからな!」
「こっちだって負けない!」 
「へえ、女にしては良いノリじゃんか! 気に入ったぜ! 俺は神崎レオだ。お前、名前は?」
「花咲カノン。よろしく、神崎くん」
「おう、よろしくな、カノン」
 良い友達になれそう。
「はーい、では点呼始めまーす。みなさんこちらに集まってくださーい」
「よし、いこうぜ」
「うん」

 点呼を終えて、競技場に到着。一年生はやっぱり私と神崎くんだけ。欠場者はいない。総勢三二人。
「第二回マギアンシャフト選手選抜大会、最初の競技、ブレイクが今! 始まろうとしています! 本日の実況は私、剛元猛が務めさせていただきます。ブレイクの解説には、プロ選手の神崎健介さんをお招きしています。神崎さん今日はよろしくお願いします」
「よろしく」
 実況と解説までつくんだ……。
「それでは競技を始めますが、ルールを再確認しますね。二回の魔法攻撃で防護壁を破壊してください。最初の厚さは五センチで、五センチ刻みで厚みを増していきます。五〇センチまではパスすることが可能です。いいですね?」
 大丈夫。緊張はしているけどルールの見落としはない。五〇センチが破壊できるのは立証済み。パスを続けて五〇センチからスタートだ。
「では、競技開始です。五センチから挑戦する選手は、挙手してください」
 誰も手を挙げないか。まぁ、五センチからスタートする人はさすがにいないよね。
「では、一〇センチからスタートする選手!」
 まぁ、誰も挙げないよね。

「次は五〇センチですので、パスはできません。最初は天野選手です。準備してください」
「はい」
 まさかの全員五〇センチスタートとは。一昨年の大会では、三〇センチくらいからやっている人もかなりいたのに。
「なんと全員が五〇センチスタート! 一昨年よりハイレベルですねー」
「当時に比べると、競技が発足してから時間がかなり経過していますからね。有効な破壊法が増えているのは自然ですし、その影響で全体的にレベルが上がっているのも当然と言えるでしょう」
 解説の人、ありがとうございます。それなら納得がいく。
 なんて、解説聞いてる場合じゃない。今にも天野先輩が壁を破壊しようとしている。リボンの色は緑。四年生。参考にさせてもらおうかな。
「……」
 天野先輩の右手が群青色に光り輝く。右手にマナをためているのは一目瞭然。やがてマナは拳を中心とした半径一〇センチほどの球を形成した。
「トップバッター天野選手! ここはセオリー通りブレイクで攻めるか!」
 これが、ブレイクか。そんなに難しい魔法ではなさそう。見よう見まねでやってみるか……?
「やぁっ!」
 天野先輩が拳を壁に叩きつけると、拳は壁の中心くらいににめり込んだ。そして球を形成していたマナが一気に弾けて――
 バァン!
 爆音がなり響き、壁はあっけなく崩壊。一撃で瓦礫の山へと成り果てた。私がどう頑張っても二発使わないと崩せなかった、五十センチの壁を、一撃で。
「ブレェェイク! 紹介が遅れましたが、現在五〇センチを粉砕した天野綾香選手は生徒会の役員。マギアカデミアの最高峰たる五人のうちの一人なのです!」
「納得の一撃粉砕ですね」
「なお今大会、全ての種目に一人ずつ生徒会役員が配置されているようです」
 生徒会役員……! マギアカデミアの生徒会役員は講師たちの推薦で決まる。道徳、責任感、魔法……どれか一つでも欠けていては選ばれることはない、名誉の称号。それが生徒会役員。五人全員が素晴らしい魔法使い、ということ。星羅さんを見ていればそれがよくわかる。
「では次、井上選手準備してください」
 競技は続いていく。ハ行まで結構時間ありそうだし、他の選手をしっかり観察しなくちゃね。
 
「では次、神崎選手どうぞ」
「はい!」
「神崎くんがんばって!」
「おう! ばっちり決めてやるぜ!」
 さて、同じ一年生の神崎くん。何気に一番参考にしたい選手。今までの選手は全員ブレイクを使った。天野先輩のように一撃で破壊した人はいなかったけど。でも神崎くんは私と同じく一年生でまだブレイクを習得していないはず。どう砕く……?
「え?」
 右手にマナの収束……まさかブレイク?
「おっとこれは……ブレイクか!? 一年生の神崎選手は、まだ授業で扱っていないはずですが……どうでしょう、神崎さん」
「授業で扱っていなくとも、彼にブレイクを伝授する者がいたということでしょう。そう、たとえば――家族とか」
「神崎……もしや神崎レオ選手は……!」
 まさか、神崎くんも佳奈と同じ?
「でやぁっ!」
 バァン!
「ブレェェイク! 天野選手と同じく、一撃で破壊したぁ!」
「練習の成果が出ているようで、安心しました」
「そしてただ今情報が入りました! 神崎選手は現在解説にお越しいただいている神崎プロの一人息子です!」
 やっぱり! ただの一年生ではないと思っていた。
 しかも天野選手と同じように一撃破壊……相当な腕前とみて間違いない!
「よっし、良い感じだぜ」
 噂の本人様、ご帰還。
「神崎選手の息子さんとはね……びっくりしたよぉ」
「へへ、まぁこうなると思って言わずにおいて正解だったな。父ちゃんが見てる中で神崎の名に泥はつけられねえ。俺は絶対、優勝するからな」
 優勝するために私が砕く壁の一角は――間違いなくこの神崎くんだ。

「では次、花咲選手どうぞ」
「はい!」
「よし、一発かましたれ!」
「うん!」
 待ち時間長かったな……まさか最後だとは思わなかった。五〇センチは全員砕いた。一発は天野先輩と神崎くんだけ。
 でも――忘れよう。今はただ、目の前にそびえたつこの壁を、砕くことだけに専念する。
 初級魔法エレメントを使って、大きな水球を生成。壁に叩きつけて壁全体を水浸しに。次に大きめのショットを生成し、エレメントによって火属性を付加。
「いっけぇ!」
 放たれたショットが壁に衝突すると、一瞬で壁全体が燃え上がって崩れ去った。練習通り、マナの消費を最小限に抑えた方法で砕けた。
「これは知的! テクニカル! 力技が光るブレイクにおいて、なんとも画期的な破壊法だぁ!」
「最初の水で壁を水属性に染め、そこに弱点たる火属性を付加したショットを打ち込む……なるほど、これなら燃費も良いでしょうね。見事です」
 水が火に弱いってのは、魔法使いじゃない人には理解しにくいかも。エレメントによって付加されるのは、ある種概念的な地水火風。火は水に強く、水は火に強い。そういう概念のもと生成される特殊なもの。相反する属性は受けに回ると弱点となる関係。
「へぇ、お前おもしろいな! ブレイクなしでどこまでやれるのか、俺も楽しみだぜ! 勝つのは俺だけどな!」
 順調な滑り出し。佳奈、リリィ、星羅ちゃん、みんな見ていてくれたかな。
「では次に五五センチです。天野選手、準備してください」


「では七五センチ、最後の挑戦者、花咲選手。準備してください」
「はい」
 七五センチ……私にとって、正真正銘の壁。でもどうやら、私にとってだけではなかったらしく、この七五センチでかなりの脱落者がでた。残り人数は私を含めてあと一〇人。天野選手と神崎くんは突破済み。さすがに一発ではないけど。
「あ……」
 いけない。こんな時に他の選手のことなんて考えてたらダメだ。ただ目の前の壁を砕くことに集中しないと。
 とはいえ、練習では一度も砕けなかった。一応、マナの消費は抑えてきたし、マナ残量は問題ない。けど、エレメントコンボを最大威力のショットで決めても、破壊には至らなかった。
 どうする……?
「いっけーカノン! ぶちやぶれ~!」
 束の間の静寂を切り裂いて聞こえる、佳奈の声援。
「カノン~! がんばれ~!」
 そしてリリィの声。二人とも見てくれている。
 あ……そうだ。そういえば昨日――

「なるほど~、考えたねー。エレメントをそんな風に使うとは」
「でもこの方法は、一撃目は壁に属性を付加するために使うから、実質攻撃は一度しか行えないって欠点がある」
「一撃目もショットじゃダメなの?」
「うん、純粋なエレメント弾じゃないと対象の属性を変化させられない」
「なんで?」
「え、なんでって……なんでだろうね?」
「調べてないんだ……カノンって基本的に優秀なのにたまに抜けてるよねぇ」
「なんか演習室の一件以来リリィに馬鹿にされる頻度が高まった気が……! これはピンチだ……早急に調べないと」
「そだね~」

 ――そうだ。調べた結果原因もわかった。通常のショットの特性。衝突後はただ消滅してしまうから、エレメントが壁に行き渡らない。対象全体を染め上げないと属性付加はされない。
 そんな大事なこと、なんで今の今まで忘れてた? やっぱり緊張してるのかな……?
 でもリリィたちのおかげでリラックスできた。ぶっつけ本番で、やってみますか……!
「おっと花咲選手、今回は一撃目からショットを生成しています。水属性を付加しているようですね」
「七五センチは、一撃の攻撃では威力が足りないと判断したのでしょう。しかしショットで属性染め……できるのでしょうか」
 魔法の基本……マナを自分のイメージ通りに働かせる。衝突後消えてしまうのが問題なら、せめて――
「はあっ!」
 ボン!
「弾けたぁ! 花咲選手の放ったショット、壁に衝突した瞬間、まるで花火のように弾けました!」
「これは……」
 ――せめて壁全体に水を撒かせるように、散らせる!
 染まりきったかどうかはわかんないけど、火を付加して特大のショット生成。
「これで、どうだぁ!」
 火球が衝突すると、一瞬うすい桃色の光が弾けて……壁が炎上して崩れた。
「ブレェェイク! 花咲選手、七五センチ突破ァ!」
「(今の、染めきっていなかったはず)……いやー、ますます興味が沸きましたね。おもしろい選手です」
 ふぅ……なんとかやれたぁ……。
 観客の方を見ると、リリィがこっちに向かってVサインを繰り出している。
 恥ずかしいなぁ、もう。でも――
「いぇい!」
 リリィへのお礼も込めて、笑顔でVサインを返した。

「ついに九〇センチです! 既に前大会の優勝記録、八五センチを突破しています! そして残った選手はまだ三人もいます!」
「何センチまでいけるのか、見モノですね」
 そっか、もうそんなスコアなのか。こうなったらやれるだけやってやらないとね。
「では天野選手、どうぞ」
「はい」
 天野綾香選手……マナの色と同じ群青色の髪の毛。佳奈よりかなり長いポニーテールからは、まだ疲労の色が見られない。防護壁に向かうその姿は五〇センチの時から変わらず凛としている。
 そして、五〇センチの時から変わらないのは、それだけじゃない。
「天野選手、やはりブレイクのみでいったぁ! そしてやはり二撃決壊! 九〇センチ突破ァ!」
「何の工夫もなく、ただただブレイクだけでこの九〇センチも突破……おそろしい選手です」
 まだブレイクしか魔法を使っていない天野選手は……全然底が見えない。
「負けるかよ……」
「神崎くん?」
 かすかな声だったけど、はっきり聞こえた。その声が少し震えているのも、わかった。そうだ、神崎くんもきっとわかっている。天野選手の底なしの実力。私たちよりも数段上だということ。たぶん神崎くんも私と同じで、八五センチは自己ベストだったんだ。
「俺は、神崎健介の息子だ……生徒会役員だろうがなんだろうが、負けるわけにはいかねぇんだ!」
「……」
 まずい、と思った。最初から何度も思ったけど、大した実力だったから大丈夫だと流していた。
「では次、神崎選手、どうぞ」
 最初、神崎くんは佳奈と同じような人だと思った。でも違う。佳奈は真っ直ぐレースに向き合っている。それはあの演習室での佳奈を見れば一目瞭然。でも、神崎くんは違う。
 この人は……お父さんの背中しか、見ていない。
「神崎くん」
「あ?」
「ブレイクの競技中に見るべきは、砕くべき壁だけだよ」
「んなことわかってる」
「わかってない! 神崎くんは健介選手……お父さんしか見てないもん!」
「! なんだよ、わかった風な口聞きやがって……お前に何がわかるんだよ!」
「あ……神崎くん!」
 そう言われても仕方ないとは思うけど……今の状態で競技に臨んだら……。
「うおらぁぁぁ!」
 一撃目。七五センチを越えたところで使い始めた、神崎くんの助走。どういう原理かわからないけど、助走距離約二〇メートルのうち、一〇メートルに達したあたりで足元が爆発。壁までものすごい速度で跳び、その速度を力に変えてブレイクを放つ。
「揺れているな……」
「え? どういうことでしょうか神崎さん。たしかに神崎選手のブレイクを受けて、壁は揺れていますが……」
「レオの心です。意識が壁に向いていないようです。ここまででしょう」
 二撃目。一撃目と同じように助走、さらにインパクトの瞬間に体を回転させて威力を高めた。けど……。
「くそっ! 何で砕けねえ! 畜生! 畜生!」
 何度も何度も、壁に拳を打ち付けて、神崎くんは泣く。
「父ちゃんに……恥かかせられんのによぉ……!」
 ことここに至っても、神崎くんにはお父さんしか見えていない。

 神崎くんが競技場を去って、私の九〇センチへの挑戦。マギアンシャフトへの出場権は、二位以上で獲得。つまり、神崎くんが砕けなかったこの壁を砕けば、決まりだ。
「では花咲選手、どうぞ」
 集中、集中……。九〇センチを砕くにはどうすればいい? さっきの八五センチは、感覚的にかなりギリギリ。砕けたのが不思議なくらいだった。次は砕けないと見て間違いない。けど、代案もない。何か、手段は……。
 〝がんばってください。突破口はあなた自身の中にありますよ〟
「!?」
 星羅さんの声……。頭の中に直接響いてきた。
 どんな魔法か知らないけど、わかったことは二つ……星羅さんがちゃんと見てくれているってことと、星羅さんがお節介焼きだってこと。競技中の選手にアドバイスって……まったくもう。
 でも……あなた自身って? 私にしかできないってこと?
 となると、そうか、固有魔法のことか。でも私はまだ発現してないし……。いや、そういえば、さっき水属性ショットを散らしたあとに火属性ショットを当てたとき……あのうすい桃色の光は、私のマナの色。普通、相反属性の衝突であんな光はでないはず。なら……
 これにかける!
「おっと花咲選手、ここにきて再び新しいパターンですね。火と水のショットを一つずつ生成してきました」
「彼女は独特のセンスの持ち主です。今回もどのように壁に挑むのか、楽しみです」
 ショット軌道を内側に調節。同時発射!
 二つのショットを、壁に到達する前に衝突するように軌道調整してある。後は二つが交わった瞬間を見定めて、マナを――
「ここだ!」
 ――送る!
 二つのショットは交わり、一瞬うすい桃色の光が出る。そして一つの大きな球になって壁に衝突。けど壁はびくともしない……失敗か……。
「えぇっと……神崎さん、彼女は何をしようとしたのでしょう」
「わかりかねます……相反属性が付加された攻撃魔法同士が衝突すれば属性は互いに打ち消し合ってなくなります。あれでは単に二つ分のマナを込めただけのショットですよ」
 そう、失敗すればその程度にしかならない。いや、成功してもどうなるかわからないけど。チャンスはあと一回。次で、決める。
「はぁ、はぁ……」
 息が上がってきちゃったか。七五センチからは結構派手にやってるし、マナ残量もあんまりないんだろうな。
 でも……この壁は、なんとしても砕く!
「さぁ、花咲選手の二撃目、またしても火と水の二つのショットを作り出した!」
「いったい何を見せてくれるのでしょうか」
 佳奈の真摯な態度に感化された。リリィには背中を押された。星羅さんは道を作ってくれた。
 みんなの協力で得た力を全部あの壁に叩き込む!
「発射!」
「二つのショットはまたもや同時発射! 軌道も先ほどと同じ!いったい何をしようというのでしょうか!」
 ぶつかってからじゃ遅い。なら、交わるその直前に――
「これで、どうだっ!」
 ――相反する二つをつなぐマナを送り込む!
 衝突の瞬間、二つのショットと私の体がうすい桃色に光り輝いた。未知の感覚……そうか、これが――
「二つのショットが衝突! しかし、これは……!」
「固有魔法!? しかし、それにしたって、こんな馬鹿なことが!」
 成功……!
 水と火……決して混じり合うことのない二つの属性を合わせもつショット。
 その光り輝くショットが壁に激突。
 それと同時に私の固有魔法の制御が解けて、合わさっていた二つのエレメントがはじけ飛ぶ!
「ブ……ブレェェイク! 衝突とともに弾け飛んだショットは、先ほどよりも美しく大きな花火となったぁ!」
「驚きました……いったい何が起こったのか、しっかり解析したいですね」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 砕けた……。やったよ、みんな。
「はぁ……あ……」
 あぁ、我ながら、きれいな花火だな……。
 きれいなのに、ゆがんでる……あれ、真っ暗に……。


エピローグ

「ん……」
「あ、起きた!」
 目を開けて、最初に視界に入ったのは、今にも泣きそうな金髪ロングの美少女――リリィ。
「ここは……」
「マナの消耗が激しすぎて、倒れたんです。覚えていますか?」
「星羅さん……」
 だんだん思い出してきた。あの壁を破壊してから、急に全身の力が抜けて……マナの消耗が原因なら、納得できる。
「佳奈は……?」
「レースの点呼だから、って行っちゃった」
「え……! 星羅さん、今すぐ佳奈に、私が起きたことを伝えてください! できますよね!?」
「えぇ、わかっています……伝えましたよ」
「ふぅ……」
 もし佳奈が私のことを心配してレースに集中できなかったりしたら嫌だ。星羅さんがいてくれて助かった。
 一息つくと、保健室(今気づいた)の扉が開いて、男の子が入ってきた。
「お、起きたか」
「神崎くん? あ、そうだ試合はどうなったの?」
「天野先輩が一二〇センチのスコアたたき出したよ。でも記録に差はあってもお前が二位には変わりない。マギアンシャフトは、天野先輩とお前で出場だ」
「そっか、よかった」
 一二〇センチか……途方もない数字たたき出したなぁ。あの人と肩を並べて日本代表として試合……。
「とりあえず、おめでと」
「おめでと~!」
「おめでとうございます」
「うん、ありがと!」
 そっか……とりあえず私、やれたんだ。星羅さんとの約束、果たせたんだ……。
「なぁ、カノン」
「うん?」
「あそこで思いっきり泣いてからさ、お前の言葉がようやく頭に入ったんだ……俺、ずっと父ちゃんしか見てなかった。お前に負けるのも当然だったってわけだ。気づかせてくれて、ありがとな」
「神崎くん……」
「でも次は負けねえ。俺の真の実力、次こそ見せてやるぜ!」
「うん!」

「佳奈さん、一回戦一位通過です」
「よっし!」
 どんな魔法使ってるのかわからないけど、星羅さんにはここ保健室から会場の状況が見える。
 さっき神崎くんが帰ったから、保健室には私たち三人だけ。ということで星羅さんに佳奈の様子を見てもらっていた。
 何はともあれ佳奈も好成績で良かった。星羅さんの話では、決勝戦までには私も動き回れるくらいマナが回復するそうだし、佳奈には頑張ってもらわないと。
「そうだ、かいちょーさん、最後にカノンがやったアレ、固有魔法ですか?」
「えぇ、そうですね。カノンちゃんの体も光っていましたし、間違いありません」
「ねぇカノン、どんな固有魔法なの?」
「えぇっと」
 実のところ、私にもよくわからない。火と水を融合できる? それとも相反する属性を融合する?
「本人でもわからないなんてことあるんですか?」
「えぇ。固有魔法は抽象的なものが多いですから、むしろその方が多いです。そのため、マギアカデミアに固有魔法研究科があります。固有魔法を発現した生徒は一時的に研究科に入り、自分の固有魔法の正体を探らなければなりません」
「ってことは、大会終わったら私はそうなるんですね」
「えぇ、そうなります」
 大変そうだけど、自分のことだし、避けては通れない道だよね。
「ちなみにかいちょーさんは何か予想たててますか?」
「そうですね……法則や定理を覆す……ような魔法でしょうか。火と水は打ち消し合うという法則を覆したのですから」
「なんかすごそーです」
「まぁ、あくまで予想です」
 どんなものかはさておき、固有魔法を使いこなせるようになれば、ブレイクの記録もさらに伸ばせる。マギアンシャフトまでは三ヶ月くらいあるし……もっともっと、伸ばせる。
「カノン? ニヤニヤしてどしたの?」
「固有魔法を制御できれば、もっと記録伸ばせるわけだよね。そう考えたら……わくわくしてきちゃって」
「頼もしい限りですね」
 大会が終わったら、マギアカデミアは長期休暇に入り、中学校だけ生活になる。けど研究科での活動は行われるはず。
 うん、また楽しい日々になりそう!

「佳奈さん、準決勝も一位通過です」
「よぉーし!」
「佳奈すごいね~、このまま優勝しちゃうんじゃないかな」
「ふふ、それはどうでしょうか。佳奈さんはまだうちの桐野さんと対戦していませんからね」
 うちの、ってことは生徒会役員か。天野先輩が見せつけたように、生徒会役員の実力は本物。でも――
「佳奈は勝ちます。私とリリィで、思いっきり応援しますから」
「うん! 佳奈のレース、初めて見るから楽しみ!」
 微妙に食い違っている気がする……。
「それじゃリリィ、星羅さん、会場にいきましょう!」
 なにはともあれ、待っててね、佳奈。
 さっき届いた声援の分、今度は私が応援するから!
                            完

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微笑みは忘却の速度で


 暮れなずむ夕日の中を背負って、少女は電柱の上に腰かけていた。
 一日の終わりがもうすぐ迫っている。国道を行く車の量はだんだんと多くなり、買い物袋を片手にぶら下げた主婦が帰路を急ぐ。電柱の上にいると町の様子が良く見えるものだ、と思う。イツキはここで、普段ならばこの時間にはやってくるはずである相棒を、首を長くして待っていた。
「……ったく、あいつ何やってるんだよ。早く来ないと、せっかく最後まで来たのに、ゲームオーバーになっちまうぞ」
 未だ遠くまで見渡せる国道に安堵しながらも、イツキは尚も現れない相棒に対して悪態を吐いた。相手がいつ現れてもいいように、右手には武器であるメイスを持ち、左手には昨日戦った相手から奪い取ったグローブを着用している。身を包んでいる真っ青な戦闘服は一見するとアニメか漫画のコスプレイヤーのような格好で滑稽に見えるかもしれない。が、そんな子供のおもちゃのような代物ではないことは、その服に染み込んだ、シャボンとも花ともつかない不思議な香りが教えてくれる。いい香りであることには違いないが、その香りを発するものが何であるのか、イツキには心当たりがない。おそらく地球上を探しても見つからない何かで出来ているのだろう。
「よう、気分はどうだい」
 ぼんやりしていると、右肩付近の空間がぐるぐるとねじ曲がって、そこから蝙蝠に似た鋭い羽を持つ生き物が現れた。蝙蝠はイツキの目の前に来ると、体に似合わない大きな口をガバと開けて飛び回る。
「最悪だよ、アヴァロン。このままじゃ、私が一人で、しかも傷だらけになりながら相手しなくちゃならなくなりそうだ」
 アヴァロンと呼ばれた蝙蝠は風の吹くような音を立てて旋回し、イツキの前で停止した。
「ククク。そいつは見ものだなあ。色んなところを引き裂かれて戦闘服をぼろぼろにしながら呻き声を挙げるイツキ。そそるぜ……? いっそのことこのままサエが来なければ、お前の苦しむさまを見られるんだがなあ」
「黙れ変態」
「おっと」
 アヴァロンを叩きつぶそうとした左手が空を切る。イツキはチッと舌打ちした。
「そんなことより、本当にサエはどうしたんだよ。お前の力でここに呼び寄せたりできないのか」
「そんなサービスはねえよ。俺らはただの監視役だからな」
「何だよ、使えねえな」
「悔しかったらお前の魔法でどうにかしろよ」
「やだよ、これから敵さん来るだろ? 出来る限り、力は温存しておきたい。それに、いろいろ、とね」
 その返答に、アヴァロンはまた咽喉の奥を鳴らして笑った。耳障りな蝙蝠の声は、イツキにとっては悪魔の嘲笑いにも等しい。傷だらけの女に興奮する異常な性癖に下劣な八重歯を覗かせている時とは、また違った嫌らしさがある。その意味するところがイツキにも分かるだけに、イツキはなおアヴァロンに対する嫌悪感が止まらない。出来ることならば、もう少しマシな目付役が欲しかった。使い魔は使い魔らしく、主に従っていればいいものを。
「ほらほら、そんなこと言ってる間に、敵さんのお出ましだぜ」
「何……!」
 アヴァロンの一言に、イツキは緊張で体をこわばらせた。相手がどこにいるのかを確認するため、上下左右に視線を向ける。
 と、電柱の下、国道のガードレール内側を歩いてくる二つの人影を発見した。沈みかけた夕陽で影になって、顔は良く見えないが、二人とも同じ学校の制服を着ている。仲よさそうに雑談に興じている声が、電柱の上に座っているイツキの耳にもはっきり届いて来る。だがその姿は、ただの女子中学生の下校風景にしか見えない。
「おい」
 傍らの蝙蝠に鋭い声を飛ばす。アヴァロンはひゅぅと旋回してイツキの肩に止まった。
「あいつら、本当に今回の敵か? どうみても一般人じゃねえか」
 顎でしゃくってその姿をアヴァロンに示す。アヴァロンはクク、と咽喉を鳴らした。
「俺が信用できねえっていうならそう思って貰っても構わねえぜ。ま、俺はお前が勝つ姿より、負ける姿に興味があるんだからなあ」
「真面目に答えろ」
 急に太くなったイツキの声に、アヴァロンは、おぉ怖、と挑発混じりの声を漏らした。
「間違いはないわな。魔力は間違いなくあいつらから出てる。ただ、あっちの監視役の姿が見当たらないのは妙だな。魔法少女を監視するのが俺らの役目なら、あいつらの使い魔は確実に規則違反だぜ」
 ふむ、とイツキは鼻を鳴らした。逆光になっている二つの人影は使い魔もなしに魔力を放出している。アヴァロンに敵と示された以上はおそらく彼らが敵であることには違いない。しかし、使い魔がいないというのは、敵である自分たちに悟られないように、魔法少女であることを隠しているということなのだろうか。だがアヴァロン曰く、それは規則違反だと言う。ゲームのルール上、規則違反はそのまま、ゲームオーバーとなって、魔法少女の資格を剥奪されるはず。
「何か理由、もしくは抜け穴があるってことか。まあ、こっちもサエが来てないから、好都合だ。とりあえず、様子見と決め込むか」
「いや、そうもいかねえみたいだぜ」
 アヴァロンの指摘にイツキは一瞬呆けて「あ?」と肩に視線を移した。アヴァロンが全身を動かして、先ほどの中学生たちが歩く場所を見るように促す。釣られてそれを追うと、二つの人影はいつのまにか制服から華やかな戦闘服へと姿を変えていた。イツキとアヴァロンをじっと見据え、もう既に武器も手にしている。一人はサーベル、もう一人はステッキを持ち、臨戦態勢である。見えない顔が、「見いつけた」と不気味に歪んでいる気がした。
「やべ。こりゃ考えてる暇もなさそうだな!」
 イツキは腰かけていた電信柱から立ち上がって足に力を込め、二人がいる方向とは逆側に向けて思い切り跳躍した。足をばねのように動かして、二軒先の建物の屋根へと見事に着地する。二人に追いつかれてしまったら、即戦闘に突入するだろう。相手は二、こちらは一。サエがいない今、敵に先手を打たれれば、防戦一方なのは目に見えている。下手をすれば、サエが来るまでの時間稼ぎにもならないかもしれない。
「くそっ……! せめて私とあいつの属性が逆だったら!」
 二人の少女に追いかけられながら、イツキはいつ来るとも分からない相棒を恨んで、今日何度目かの舌打ちをするのだった。

***

 イツキが魔法少女となった経緯は、二か月前に遡る。
 その日、イツキは父から自宅の蔵書整理を頼まれた。高給取りで仕事に明け暮れる父は夜になるまで帰って来ないため、テスト前で早めに帰宅したイツキが空いた時間を使って整理をするように連絡があったのだった。
 父はイツキが幼い頃に母と離婚した。イツキは母の顔をほとんど知らずに育ち、父の言うことを何でも聞いて暮らした。その日の書斎の整理も、父から命ぜられた自分の仕事の一つだと思った。
 書斎内はインクと草紙類が埃にまみれる書庫独特の匂いに満たされていた。図書館と同じ匂いだ、とイツキは思った。天井の高い場所ながらも、空気が入れ替えられそうな大きな窓もなく、唯一ある明かり取りの出窓も、本が日に焼けてしまっては困る、としてカーテンで遮光されている。
 イツキは予め持ってきた懐中電灯のスイッチを入れ、本棚に並べられた書籍の背表紙を照らし出し、作業を開始した。父から送られてきた書籍リストと照合し、必要ないと思われるものを本棚から取り出す。リストには百冊余りのタイトルが並べられていたが、父曰く、整理する書棚にはその五倍以上の量の本が収められているらしい。よくこんなに集めたものだ。昔から収集癖があったんだ、と本人は語っていたが、本は収集するものというよりはその内容を読んで理解し楽しむものだ。どうせ収集するなら、本ではなく、何か別のものにすればよかったのではないか。
 イツキがリストと睨めっこをしながら該当の背表紙を探していると、丁度顔の当たりの棚に、異様な存在感を放つ、辞書のように分厚い背表紙の一冊を見つけた。
「ん……? なんだこりゃ」
 その本の背表紙には『あなたの願いを本当に叶える本 妖術・禁術・魔法大全』とある。書棚に並ぶ他の本の大半が新書や小説など、文庫サイズが多いのに対し、その本は縦横共に広く、ひときわ目を引いた。イツキはリストを床に置き、その本を力いっぱい引っ張り出してみた。手に取ってみると、腕にずっしりと紙の重さを感じた。表紙には、背表紙と同じ字体でタイトルが書かれている。
「相当古そうな本だな。けど、父さんのリストにはこの本は乗ってない。まだ読むのか?」
 何となくページを開いてみる。表題紙には題名が書かれ、一ページ目には見慣れない言語で何かが書かれている。ぱっと見では少しオシャレな西洋風の本だが、中身は日本語の書籍だ。イツキははしがきのページに目を落とした。
「何々? ……『この本にはあなたの願いを叶えるために必要な、妖術・禁術・魔法を、古今東西を問わず、歴史的な裏付けのあるものから伝説、神話に伝えられているものまで幅広く収録した本です。現代科学の発展した今もなお語り継がれる術式を細に入り微に入り説明した本書にて、あなたの願望が実現されたとすれば、本書の著者として、これほど嬉しいことはありません』……?」
 何だ、この胡散臭いはしがきは、第一はしがきと呼べるかどうかすら怪しい、と思いながら、イツキは途中を読み飛ばした。が、最終段落の米印で結ばれる一文が、何となく目に入り、それを読み上げてみた。
「『なお、掲載箇所によっては禁忌とされている内容も躊躇わずに説明してあるため、取り扱いには十分ご注意ください』……?」
 取扱い注意も何も、こんなものただの本に過ぎない。この場にあるだけで発火してしまうような爆弾でもなし、触っただけで服が焼け溶けてしまうような危険な化学薬品でもない。まさかこんな内容を本気にして実行しようとする者がいるというのだろうか。そして著者は、この本の内容が実際に危険なものであると本気で考えて、出版したのだろうか。確かに、『願いを叶える魔法の本』というと、まるで新商品のカタログを見るときのような期待をかすかにしてしまうのは否めない。魔法の本、というファンタジックかつオカルトな響きが、好奇心を刺激してしまうのもわかる。しかし、それはあくまで「ないもの」を「あるように」見せかけているからに過ぎない。この中身は、危険であるかないかというより、「実際にないもの」が「リアルなつくりものとして」書かれているから面白いのだ。それを、著者本人がこれらファンタジックなつくりものを実在していると公言して憚らないのは、何だか自分の幸運を他人にあえて言いふらすのと同じくらいその話の内容をつまらなくしている。
 イツキはそう思うと段々この本の存在そのものが滑稽に思えて来て、書かれたことが逆に全て嘘であるような気がしてきた。そしてそれを眉間に皺が寄るほどに大真面目な顔をしてタイピングしている作者がいるかと思うと、馬鹿馬鹿しいながらに面白半分で、その内容を読んでみたくなった。イツキは一度本を閉じ、そこから適当に頁を開いた。開いた先には魔法少女についての記述があった。イツキはそれを目で乱読した。

【魔法少女】
〈上文〉
魔法少女は、元々不思議な力を使う少女として創作された、日本を発端とする文化である。「魔法」という言葉は古くは呪術的・妖術的な意味合いが強かったが、科学的に説明できない不思議な力を意味することから、戦闘や生活でもこの意味合いでの「魔法」が用いられることとなり、力を使う幼い存在として魔法少女が創作された。
他国(特にキリスト教的文化圏)では、魔女と言う言葉が一般的であり、日本で言う魔法少女に当たる独立した単語は存在しない。現代の西洋文化の捉え方で言う「Magical Girl」とは、日本のアニメや漫画、サブカルチャーで取り扱われる魔法少女の事を指し、この言葉の中のニュアンスとして「超常的な力を持つもの」(男性でいえばSupermanなど)を含むとされている。
 故に魔法少女の存在方法は、魔女と比べて形式や儀式などにこだわらないことが多い。以下は、本書で取り扱うに当たり、実際の魔法少女の生成方法と、その任務である。……

 用語の説明はさらに続いていたが、イツキはそこで読むのをやめた。この本は一般的な知識体系を述べているものだと思ったが、記述はさらに実用的な方面に話を勧めているようだったからだ。第一、魔法少女の誕生方法と任務とは何だろうか。この本は著作者の妙な考えが綴られているに留まるはずなのに、なぜそんなものを書く必要があるのか、理解できない。表題には『あなたの願いを叶える』と書かれているが、それに由来しているのだろうか。だが、それにしても、あまりの現実感のない本の内容にイツキの頭は混乱していた。
「馬鹿馬鹿しい。何が、願いを叶える魔法だ」
 そんな簡単に願いが叶ったら苦労はしない。今まで散々手は尽くしてきたことが、こんないかがわしい本一冊に解決できるようなら、努力は必要ないのだ。イツキは表紙を閉じ、本を棚の元あった場所に戻そうとした。本に向けていた懐中電灯を棚へと向け、取りだした場所を探す。
「ったく、こんなアホみたいな内容でよくこの量書こうなんて考える奴がいるな」
「おぉっと、だが、そう侮って貰っちゃ困るぜ、小娘」
 思わぬ方向からの聞いたことのない突然の声に、心臓が飛び出るかと思うほど躍動した。一瞬、驚きのあまり視界が色彩を失くし、完全に光が無くなったように、イツキは感じた。
「誰だ! ……」
 慌てて声のした方に懐中電灯を当ててみたが、人らしいものは見当たらない。この書斎には今、自分一人しかいないはずである。家の鍵を開け放した記憶もないし、この書斎には人が入れそうな窓もないため外部から侵入することは不可能。書庫全体を照らし出しても、声の主は見つからない。いよいよイツキは不安になった。
「おいおい、まあ、そう力むなって。ちょっと力抜けよ、ほら」
 先ほどと同じ声が聞こえたかと思うと、今度は首筋の辺りを空気が通り抜けていくような感覚に襲われた。思わず声を漏らして飛びのく。真剣に身に危険を感じた。
「く……おい、何だ。いい加減に姿を見せろ」
 出来る限り敵意をむき出しにして威嚇し、イツキは胸の前に手を構えた。だがそれを嘲笑うかのように、見えない声は言った。
「俺ならさっきからここにいるっての。ほれ」
 再び、イツキの肩に風が通る。気配がした瞬間に避けると、その場所に一匹の蝙蝠がいた。だが普通に見かける蝙蝠よりも一回り胴体が大きい。イツキは自分の五感を疑った。だが間違いなく、声はその蝙蝠から発せられてるのだった。
「初めまして、嬢ちゃん。俺はアヴァロン。あんたをこれからちょいと素敵なゲームに招待しようと思って、遥々その本の中からやって来たってわけさ」
 飛びまわる蝙蝠は軽々とイツキの足元に舞い降りると、恭しく翼を畳んでふう、と一息ついた。イツキは足元を懐中電灯で照らしだす。蝙蝠がよく見えるように、膝を折り、子供がありの観察をしている時のような姿勢になる。
「本?」
「ああ、お前の持ってるそれのことだ。魔法少女、って項目にいろいろ条件が載ってたろ」
 慌てて手にずっしりと重みを残す厚さのそれを開き、先ほどと同じページを探す。が、厚く大きい本の量に負けて、該当のページがなかなか探し当てられない。
「ったく、面倒な奴だな。ほらよ」
 と、アヴァロンが折りたたんだ翼を広げて一振りすると、たちまち魔法少女の項目が載ったページが現れた。
「え?」
「驚くこともないだろうが。自分の家の場所を覚えてない奴があるか?」
「あ、ああ……」
 立て続けに起こる不可解な出来事に混乱しながらも、イツキは読んでいた場所の続きを探して目を通した。


***

規約
【第一条】条件と生成
〈第一項〉魔法少女になる者は、全て心身健康な未成年の女子に限る。
〈第二項〉魔法少女の生成は、前項の条件に該当する者が上文を読んだ時点で成立する。
〈第三項〉上文の項目を照度五百ルクス未満の暗い場所で閲覧した者を黒魔法少女、照度五百ルクス以上の明るい場所で閲覧した者を白魔法少女と定義する。この分類を属性と呼ぶ。

【第二条】貸与物
〈第一項〉黒魔法少女には破壊の術を、白魔法少女には治癒の術を与える。同時に、それぞれには任務遂行のための戦闘服、および武器が各一つずつ与えられる。戦闘服、および武器はそれぞれが持つ属性の術を載せることにより、魔法の効力を発揮する。なお、属性と反対の術を武器に乗せることはできない。
〈第二項〉黒魔法少女と白魔法少女には、二人に一匹、使い魔が貸与される。使い魔は魔法少女の任務遂行状況、規約順守を監視する義務を負う。

【第三条】目的
〈第一項〉黒魔法少女と白魔法少女は二人一組になって、土地半径十キロ圏内に存在する同じ時期に生成された魔法少女を倒すことを目的と定める。これをゲームと呼ぶ。
 
【第四条】生成対価
〈第一項〉全て魔法少女は、生成後、生成される以前に接点を持つ人物たち全ての記憶から、その存在を抹消される。
〈第二項〉全て魔法少女は、第三条の目的を達成するため、生成された直後から目的達成までの間、魔法少女と使い魔以外から不可視の存在となる。
〈第三項〉魔法少女が術を発動させる場合、発動の対価として自身の記憶を消失する。発動の対価として消失する記憶は、術の強弱によって範囲指定される。
〈第四項〉白魔法少女が術を介して生成対価、および発動対価として消失した記憶を蘇らせることはできない。

【第五条】報酬
 第三条の目的を達成した魔法少女に対しては、本規約の解約と貸与物の返却、および報酬が支払われる。報酬は、記憶の操作以外の無条件による願望の実現とする。

【第六条】罰則規定
 本規約に違反した場合、もしくは本規約に違反した行為として使い魔に判断され、魔女に深刻された場合、魔女裁判に処し、その判決を罰則とする。

***

 たった六条しかない条文に目を通しながら、イツキは谷底よりも深い場所に突き落とされたような気分になっていった。一条一条読み進めていく度に、魔法少女が如何に世間から隔絶された存在であり、このゲームが非現実的かつ理不尽に振りかざされているのか、思い知ることになってしまったのだった。この規約をすっぱり、あり得ない、と突き離すのは簡単だった。だが、目の前の喋る蝙蝠や本の意味不明な内容を見る限りでは、信じないと思うより正しいと思う気持ちの方が強かった。これを読んで最初にイツキが思ったのは、これは規約などではない、ということだった。なぜか。自分は何も知らずに契約書に判を押してしまうよう、陥れられた立場に等しかったからだった。
「おい、この規約は規約として成り立たないだろ。規約ってのは、“取り決めをするにあたって同意できる事項を並べた書類“の事を言うのであって、その書類以前に契約が交わされてるなんて、法律的に考えたらあり得ない。だからこの規約は無効だ」
「法律! 今、法律って言ったな?」
 足元で大人しくしていたアヴァロンが翼を広げてイツキの顔の前にずいと近寄ってきた。イツキは勢いに押されて顔を引っ込める。アヴァロンは、ちゃんちゃらおかしい、というように、咽喉を鳴らして笑った。
「魔法の世界に法律なんてものが存在してると思うか? 魔法は魔法。魔術を使って作られた法律だ。お前らの世界と俺らの世界が違うのは当たり前なんだよ、ガキが。お前らの世界で駄目って言われてることでも俺らの世界で駄目とは限らねえだろ。まして、魔法少女は魔女の下っ端。んで、人間はその更に下。人間から昇格できたんだからありがたく受け取るのが筋ってもんだろうが。でなかったら、最初に上文を読んじまった自分の不運を嘆くんだな」
 酷い言われようだ、と思いながらも、イツキは眉をしかめるばかりでそれ以上何も言い返せなかった。どうもこの蝙蝠と自分の間とに会話が成り立つ気がしなかった。全て「魔法の世界では違うんだ」の一言で強制的に終わらせられるような気がした。
 だが、イツキには最早そんな悠長なことを言い争っている暇はないと感じた。仮に本に書いてあるこの規約が本物だとするならば、自分は魔法少女でありながらにして透明人間、記憶喪失候補となる。イツキは再び規約を懐中電灯で照らした。聞きたいことは山ほどあった。が、ゲーム、魔法少女、願望の実現、どれも俄かには信じがたいし、想像が及ばない。自分のことを知る全ての人物の自分に関する記憶が消える、と言っても、父親が仕事で出払ってる今、確かめようもない。記憶を代償に魔法を使う、という魔法少女は、初めて聞いたが、そこまでして魔法を使わなくてはいけないものなのだろうか。
「そういえば、ここには黒魔法少女と白魔法少女がいるって書いてあるけど」
 イツキは数ある質問のうちで、最初に目にとまった第一条の部分から質問していくことにした。最初に書いてあるということは、おそらく最初に聞いておくべきことだと思った。
「私が黒魔法少女、とすると、組むべき白魔法少女がいるんだろ? それは誰だよ」
「やっと気付いてくれたんだね」
 アヴァロンに聞いたはずが、全く別のところから新しい声が答えた。イツキはまた背筋に冷たい感じを覚えて、声のした方に懐中電灯を向けた。
 先ほどまで誰もいなかったはずの書斎の隅に、身長を越える巨大な箒を持った少女が座っていた。茶色の癖っ毛が腰のあたりまで伸びており、レースが多めのふわふわしたピンク色の服を着ている。年は自分と同じくらいだろうか。
「おお、何だ、サエ。いたのか」
 アヴァロンが彼女の方を振り返り、鋭い翼でそちらの方へ飛んでいく。全く気配がしなかったのに突然現れた少女は、同じく現れたばかりの蝙蝠をその白い指先に止めた。
「随分と早かったな。何だ。魔法でも使ってきたのか」
 アヴァロンは少女の指から肩に移動してその顔を覗き見、からかうように言った。陽だまりのように優しい笑みを浮かべた少女は、イツキの方を一瞥すると、再びアヴァロンに視線を戻して、ふと息を漏らした。
「そりゃあもう。心待ちにしていた相棒が現れたんだもの。歩いて、なんて悠長なことしてられないよ」
「ケッ。そうかいそうかい。そいつは、ご苦労なことで」
 なぜかアヴァロンは不機嫌そうだった。イツキはアヴァロンの真意を測りかねた。
 少女は手に持っていた箒をどこにともなくしまうと、(それはイツキにはまるで消えたように見えた)イツキの方につかつかと歩み寄ってきた。彼女の桃色の服からは、蜂蜜のように甘い香りがした。
「やあ。私があなたの相方の白魔法少女だよ。サエって呼んでね。よろしく」
「あ、ああ……よろしく」
 イツキは鍵をかけておいたはずの自宅にいとも簡単に侵入してきた少女を訝しく思いながら、これから相棒となる白魔法少女に会釈した。全く見知らぬ相手と暫く行動を共にしなければならないと思うと、少し先が思いやられた。だがサエはこちらのそんな心境を知ってか知らずか、ずっとほほ笑みを浮かべたままだった。妙にこちらを見つめながらニコニコしている。
「あの、何か……?」
 やがて動かない眼差しに強烈な違和感を覚えて思わず訊き返した。サエは、表情をそのままに、ふ、とまた息を漏らした。
「ああ、ごめんごめん。あんまり驚いてないようだからつい。まあ、最初の間は今までの生活と、魔法少女の生活とに大分ギャップを感じると思うけど、段々慣れてくるから大丈夫だよ」
「驚いてないってことはない。寧ろ、あんたもそこの蝙蝠も、突然出てきたからすげえ驚いてるよ、そりゃあ」
「クク。俺たちが突然出てきたんじゃねえよ。お前が、こっち側に、来たんだ」
「どういうことだ。さっき本から出てきたって言ったじゃないか、お前」
「確かに俺の住処はあの本の中だが。規約に書いてあったろ? 普通の人間には魔法少女も使い魔も不可視の存在になるんだ。つまり、普通の人間に、見えねえんだ、俺らは」
 平然と言ってのけるアヴァロンに、イツキはまたもや戸惑った。どうやら、先ほどの本に書いてあった規約は本当らしい。自分は、抗うことのできない状態の中で、魔法少女とやらに、なってしまったようだ。全く実感がわかない。
「とにかくね。今日から、魔法少女だよ。自分の記憶を犠牲にさえすれば、魔法使い放題だよ。黒魔法少女は破壊系の魔法しか使えないのがちょっと厄介だけど。ゲームをクリア出来れば、何でも願望を叶えて貰えるらしい、っていうと、少し張り合いがでるんじゃないかなあ」
「記憶を犠牲に、って」
「書いてあったでしょ」
「いや。そうじゃなくて」
「そうじゃなくて、って、何?」
 堂々と言ってのけるサエに、イツキは戸惑っていた。記憶を犠牲にして魔法を使う、なんてことが本当にまかり通っているようなら、一体任務をこなすのにどれほどの思い出を捨てなくてはならないのだろう。忘れたくない事、忘れてはいけないことを犠牲にしてまで、任務で魔法を使わなくてはならないのだろうか。それで願いを叶えなくてはいけないのだろうか。
「あんたは平気なのか、それで」
 イツキが質問すると、サエは首を横に振った。笑ったままだった。
「そんなの」
 傍らでアヴァロンも笑っていた。
「もう忘れちゃったよ」
 イツキは意味が分からなかった。

***
 
 走り抜ける町並みはまるで電車内の車窓から外を眺めた時のように後ろへと飛び去っていく。もう随分と走った。二人の少女は相変わらず、魔法で攻撃してくることもなく、イツキをひたすら追い掛けて来ていた。
「畜生、あいつらいつまで付いてくる気だよ?」
「そりゃあ、いつまででも追いかけてくるだろうな。お前を倒せば、あっちは優勝。願望を実現できるんだから」
「んなこたあ分かってる!」
 イツキは声を張り上げて当たり前のことを答えるアヴァロンを叱責した。
「敵さんとしてはそりゃあ、極力魔法を押さえて、失う記憶を最小限にしておこうって魂胆なんだろうがな。こっちはもう持たねえぞ。早い所サエを見つけて応戦しねえと、体の方が先に音を挙げちまう」
「体の方が先に、ね。そらあ、いいね」
 クク、とアヴァロンは嬉しそうに笑った。黙れ、と言いたかったが、最早その体力はなかった。かといって、相手の魔力を足止めに使う気にもなれない。
 イツキはこれまでゲーム攻略のためにあまり積極的に魔法を使ってこなかった。魔法少女の戦闘服は想像していたよりもずっと高性能で、殴打や蹴りなどの肉体攻撃は人間であった時の何倍にも強くなったし、人間とは比べ物にならないほどの跳躍力も得られた。元々、貸与物の武器がメイスと強力であっただけに、この戦闘服の力で増強される攻撃力の高さは戦った魔法少女たちと比較しても随一であったと自負している。
 だがそうした攻撃力の高さを誇るイツキがゲーム攻略のために魔法の使用を制限したい、と言いだした時に猛反発したのがサエだった。サエは「魔法少女になったからには、魔法を使わなければ絶対に勝ち残れないよ」と言い、イツキに何度も魔法を使うように勧めた。
「なんでそこまで魔法を嫌がるの。どうせ、私たちのことは、誰も覚えててくれないよ。イツキ。あなたが、人間だった頃の記憶を覚えている人は、もういないんだよ。世界中のだれもかれも。あなたの友達だった人も、あなたの家族も、もうあなたのことを覚えてなんていない。あなたの唯一の肉親だったはずの、あなたのお父さんだって、もうあなたのことを覚えてないんだよ。そんな思い出、覚えていたって、悲しいだけでしょう? なかったことにしてしまった方が、いっそのこと楽じゃないの」
 イツキが魔法を制限していることに我慢が出来なくなったサエは、そう言ってイツキを諭そうとした。しかし、イツキは首を縦に振らなかった。
「例え世界中の誰が私のことを覚えていなかったとしても、私の中にある父さんや皆との思い出は、むざむざ捨てていいものじゃねえよ。それがなくなる、って分かってるなら尚更だ。そんなことしたら、せっかくゲームをクリアできても、何も残らないじゃねえか」
 これは、イツキが魔法少女になってからずっと考えていたことだった。このゲームは横暴とも言える理不尽な条件で回っている。まず、それがおかしい、と感じた。たった一つの上文を読むことによって無理やり規約に従わされる。姿を奪われ、記憶を奪われ、相手の魔法少女に倒されればその時点でゲームオーバーとなり、命を奪われる。ゲームに反すれば、魔女裁判に処されて、どんな罰を受けさせられるか分からない。その癖、ゲームをクリアしたところで与えられるのは、記憶の復活以外での願いの実現のみだ。イツキはその悪条件の中で自分たち魔法少女が何か得られる利益があるとは到底思えなかった。そしてその不安は、戦闘を重ねれば重ねるほどに、どんどん強くなっていった。
「なあ。サエ、ひとつ聞くけどよ」
 ある日の戦闘が終わった後、イツキはサエに尋ねた。
「お前、自分がいつから戦ってるのか、覚えてるか」
「いつ、って」
 サエはこともなげに答えた。出会った時と同じ、純真無垢な笑みを浮かべていた。
「そんなの、イツキと出会ってからに決まってるじゃない。タッグを組まないと、ゲームには参加できないんだから」
「そうじゃなくて、例えばこのゲーム、規約に沿わずに自分一人でもできる、とか考えたことはなかったのか? そのために魔法を使おう、なんてことはなかったのか?」
 サエはイツキが何を言っているのかわからない、と言ったようにきょとんとしていた。
「そんなことしたら、駄目でしょう」
「なんでだよ」
「規約違反だから。違反したら、魔女裁判、でしょ」
「それって本当にあるもんなのか」
「……? 何が言いたいの」
 イツキの質問に、サエはまたもや首を傾げた。形のいい大きい目が、イツキを食い入るように見つめた。
「あまりにも、よく出来過ぎていやしないか、ってことだ」
「言ってる意味が、ちょっとよく分からない。それが魔法を使わないことと、何の関係があるっていうわけ」
「わかったよ、もういいよ」
 不服そうに顔を歪めるサエに対し、イツキはこの質問でゲームについてのある確信を得たのだった。
「いいって言われても、あまり納得できないんだけど」
「なかったことにしてしまった方がいいこともある。さっきお前はそういったばかりだろう」
「それはそうだけど、それとこれとは話が違う気がする」
「気にするな」
 ぽん、とサエの頭に手を置いてなだめた。サエは訝しりながらも何度か頭を撫でられているうちに気持ち良いと見えて脹れっ面を納めた。
「じゃあ気にしないよ。どうせ魔法使ってる間に忘れるしね、こんなこと。とにかく、イツキが魔法使わない、っていうなら、私がサポートに回って、どんどん強化していけばいいだけだし」
 自分が自分の理屈で動いているならば、サエもサエの理屈で魔法少女という状況をやりくりしているらしかった。そこが問題なのだが、とイツキは思ったが、あえてそれは言わないことにした。
 そのときの発言通り、イツキが魔法を使わないのを補填するかのように、サエは魔法を使い続けた。サエの使う白魔法は、イツキの攻撃の強化と防御を主としていた。強い武器に強力な戦闘服、そしてサエの白魔法による能力の増強を行なわれたイツキの攻撃は、他の黒魔法少女の使う黒魔術に匹敵するほどだった。その甲斐あって、イツキとサエは、最後の戦闘まで生き残ることができた。イツキにとっては、サエの白魔法はもはやなくてはならないものだった。
 だがそのサエが、今はどこにいるともわからない。最後の最後に限って、どこにも見当たらない。これでは魔術を使ってくる相手に対して、応戦することもできず、逃げまどうだけだ。
「もう、お前もいい加減、諦めたらどうだ」
 アヴァロンが焦る気持ちに追い打ちを掛ける。記憶を惜しんでいる場合ではない、と言ってくる。
「いや、まだ行ける。サエが、見つかれば」
 この期に及んでまだ他力本願にならなくてはいけない自分自身が恨めしかったが、一つの結論に辿りついた以上は、ここで引き下がるわけにもいかなかった。アヴァロンが、そうかい、と呆れたように言った。イツキは尚も走った。
 と、直後、背中に向けて凄まじい水流が浴びせられた。氷のように冷たい水が背後から押し寄せて、イツキの体を直撃する。骨が折れるかと思う水圧に、イツキはうめき声を挙げた。
「うう」
 強化と治療がない分、ダメージは深刻だった。一人でいるところを襲撃されることが思いがけずイツキを孤独に突き落としていた。規則がどうとか、記憶がどうとか、そういった問題を全て流してしまうほどに、痛みが深刻だった。さすが、最終戦といったところだろうか。イツキの頭に、早くも敗北の字が見え始めていた。
 だがまだ少しではあるが体が動いた。叩きつけられた地面に手をつき、膝を押さえて立ち上がる。つま先の辺りに力を入れると、先ほどとまではいかないものの、大きくジャンプが出来た。イツキはない力を必死で振り絞り、追いかけてきた二人に見つからないように、今度は物陰に隠れながらあたりを走った。
 いつの間にか大分時間がたったらしい。空には星が輝き初め、静かに月が浮かび上がっていた。影になる場所を選びながら、時々地べたに座り、休憩した。追いかけてきた二人の少女の姿は、もうどこにも見当たらなかった。イツキは腰かけた場所で深く息を吐くと、そのまま思い切り寝転んで、頬を冷たいアスファルトに寄せ、軽く目を閉じた。ひんやりと熱を吸収していく、石の硬さが心地いい。
 ここまで一体どれだけの距離を走ってきたことだろうか。サエはどこにも見当たらなかった。このままサエに合流できずに、再びあの少女たちに見つかったら、今度こそ自分は終わりだろうと思った。
「なあ、アヴァロン。質問がある」
 イツキは使い魔に声をかけた。
「おう、何だ」
「もし、ペアになった白魔法少女と黒魔法少女のうち、片方がやられた場合、残された方はどうなるんだ?」
「クク。早くも自分より仲間の心配ってか。お涙頂戴の展開だな」
「いいから答えろよ」
 口を吐いて出てくる言葉には力がこもらず、やや迫力に欠けた。
「さあな。そんな例、俺は見たことねえから知らねえよ」
「そうか。よくありそうな例だと思ったんだがな」
 イツキはアヴァロンの答えを聞くと、安堵したようにため息をついた。どうやらこの使い魔が自分にもたらしてくれる情報は、殆どなしに等しいらしい。ならば逆に都合がいいのかもしれない。イツキは口を開いた。
「少し話を聞いてくれ、アヴァロン。今から言うのは、私のほんの世迷言に過ぎないし、推測の域を出ない。だが、今まで魔法を使って来なかった私だから、逆に一つだけ分かることがあるんだ。いいや、分かると言うと少し言い過ぎだ。これもあくまで予想の一つだ。だけど、サエではこの答えには辿りつけないだろう。私だから分かるんだ。まあ、死ぬかもしれないやつの独り言だと思って聞いてくれ」
 アヴァロンはククと笑った。死ぬかもしれない、という言葉を、ボロボロになった本人から聞いて、より現実味が増したのだろう。最後の最後まで悪趣味な奴だ、と思う。それもこの不敵な使い魔であれば仕方がないのかもしれないが。
「……私は最初からこのゲームのルールは妙だとずっと思っていた。私には、自分自身の記憶を犠牲にしてまで叶えたい願望なんてない。せいぜい、昔別れた知らない母親の顔を一目見てみたかったな、と思うくらいだった。だけど、このゲームの魔法少女は、生成された時に姿を奪われ、任務をこなすための燃料として記憶を奪われる。そしたら、あまりその願望と言うのは、実現できないだろうと考えるのが妥当だ。けど、それでもなぜか戦う。常人には考えられないようなリスクを背負ってでも、少女たちは戦いをやめないし、記憶を燃やして魔法を使い続ける。それはなぜだ? どうあってもリスクの方が大きく見えるのに」
 アヴァロンは黙って聞いている。頷くでもなく、話すでもない。ただ沈黙を守って、じっとイツキを見ていた。
「だから私は考えたんだ。このゲームは、初めからよく出来過ぎていたんじゃないかって。だからあえて、魔法と言うのに乗らない選択肢を選んだ。魔法を使うと、記憶がなくなるらしいなら、魔法を使わずに、記憶を溜め続けたらどうなるか、試してみることにした。それで、分かったことが一つあった。サエが私に、気付かせてくれたんだよ」
 そこまで言ってイツキは激しくむせ込んだ。背中の痛みがじわじわと全身に広がっていくのがわかったのだった。喋ることすら困難になるほどの激痛だった。だがイツキは手で唇をぬぐい、再度話し始めた。
「なあ、よく考えてみりゃあおかしいんだ。魔法を使う度に記憶が蝕まれるなら、もし最後にこのゲームをクリアできたとして、その先にある実現可能な願望っていうのは一体何なんだよ? 全く記憶がない状態でも、願望って言うのは生まれるものなのか? 魔法を使うたびにどんどん記憶がなくなっていったら、最初考えていたような願いとやらも、いずれは思い出せなくなるんじゃないか」
 咳き込んで切れた口の中から、黒々とした塊のようなものが溢れ出た。イツキの言うことを無視して、アヴァロンは黙り続けた。
「私は、サエを見ていてこれに気付いた。あの子は私が魔法使わない、って言ったら、その補填をしようと他人の倍の量で魔法を使って、記憶を消失させていたんだ。そしてな、いつしかその記憶を消失する速度が、記憶を蓄積していく速度を上回ってしまった。するとどうなると思う? 覚えてないんだ、何もかも。今、自分が魔法少女だということも、昨日まで私と一緒に戦っていたことも、全部その場で忘れてしまうんだよ。記憶の蓄積を上回る忘却は、最早彼女の人格そのものを突き破ってしまった。これで今日、戦いに来なかった理由も説明できるだろ」
 頭の中が徐々にぼんやりとしてきた。いよいよ自分が自分で亡くなりそうな恐怖に侵食される。だが段々逆にそこから冷めてくる自分も発見する。まだ全てを語ったわけではない。
「それで、だ。もしこの憶測が正しいとしたら、サエは今どこにいる? 答えは簡単だ。さっきお前に聞いただろ。私は、サエの心配をしていたんじゃない。お前に聞いたときに、一緒に死ぬんだよ、とか言われたら、私のこの話は成立しないからな。そうでないと、私があの連中から追いまわされている間のことの説明が付かないし。まあ、ここまできたら、もうそんなことも関係ないか……眠くなってきたよ、いよいよ」
 ほう、いい顔するじゃねえか。ようやくアヴァロンは沈黙を破って一言呟いた。るせえ、と消え入りそうな声で返そうとすると、呼吸が口からすうと漏れただけだった。心なしか、その息は鉄の味がした。服についていたはずの、シャボンとも花ともつかない不思議な香りは、決して拭いきれない真っ赤な匂いに塗りつぶされた。
「俺はただの使い魔だからな。お前の話には何とも言えねえ。だが」
 首のあたりに、風が当たるのを感じた。
「今のお前の顔は、最高に綺麗だぜ。寝顔の中では最上級の部類だ」
 そいつはどうも、イツキは心の中でほほ笑んだ。きっとサエもこういうときには笑っているに違いない。どこかで会ったら、「お前は忘れてるだろうけど、私はお前の事はちゃんと覚えてるぞ」と言って、あの陽だまりのような笑みに笑い返してやろう。

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宇宙の娘


 彼女は宇宙の娘でした。
 広大な宇宙の片隅にひっそりと生まれ落ちた存在が彼女でした。彼女の髪は星々が連なったかのように美しくきらめき、宇宙の風にやわらかくなびきました。彼女の瞳は氷のように涼やかな色で、幾千の星を映しこんだかのように輝くのでした。とても美しい少女でした。
 生まれた当初、彼女に退屈という文字はありませんでした。苦痛という言葉もわかりませんでした。ありとあらゆる負の感情を表す言葉を知らなかったと言っても、嘘にはならないでしょう。気ままに歌い、宇宙の中心から旅してきた星の話に耳を傾け、気の向くままに踊りました。   
 少女はいたく幸福でした。誰も知らない山の奥、そこにひっそりと湧き出る透明な泉があるように、胸の奥からそっと、幸福と呼んでさしつかえないものが溢れてくるのです。どうして幸福なのか、そのような疑問を少女は持っていませんでした。知る必要もありませんでした。
 しかし、幸福はいずれ去るものだと高らかに語る誰かの言葉を証明するかのように、幸せな日々は長く続きませんでした。厳密にいえば、幸福ではない初めての状態を経験してから、彼女はそれまでの自らの状態を幸福と形容し、そうしてかつての彼女は幸福であったとなったのです。

 彼女が幸福でなくなってしまう始まりは、少女がいつものように踊っていた際、太陽にその身を焼かれてしまったことにあります。太陽の火は少女の小さな体を包み、みずみずしい肌も醜くただれ、少女は思うように身体を動かせなくなりました。初めての不幸に、初めての不自由に、膝を抱えて少女は嘆き悲しみ涙を流しました。そうして、何千年も泣き続けました。少女を心配するものたちの声からも耳を閉ざし続けました。
 尽きることを知らないように思えた涙が枯れ始めた頃、ずいぶんと久方ぶりに少女は眼を開けようとしました。長く閉ざされた瞳を開くのはけっこうな労力を必要としましたが、幼いがゆえに深く、ある種自己中心的な悲しみの中で忘れていた、少女が生まれてから彼女を取り巻いていた宇宙の煌めきや美しさを、わずかながらでも思い出したのです。思い返せば、太陽はいつでも彼女を指の先まで余すところなく温めてくれました。兄弟星たちは共に歌を歌ってくれました。少女は与えられていた愛に気づきました。そして、それが過去形であることも知ってしまいました。
 太陽は何百、何千の謝罪を口にしながらも、決して聞くことのない少女に疲れ果てていました。兄弟は慰めの言葉を繰り返すことに疲労していました。少女の近くに残っていたのは、小さく真っ白な月だけでした。
 月は鏡のように少女のありのままの姿を映しました。白い肌も美しい髪もそこにはありませんでした。ケロイド状のやけど跡や炭化し黒っぽくなった皮膚があるばかりでした。氷のように涼やかと評された瞳は、濁った色だと考えるようになりました。
「どうして誰もそばにいてくれないの」
 少女は小さくつぶやきました。月はなにも言いません。
「なんでこんな目にあわないといけないの」
 少女はあまりにも理不尽ではないかと恨み言を吐きました。鬱々と繰り出される文言は真っ黒な色をしていました。少女は自らの言葉も月に跳ね返されているような気がして、口を閉ざしました。月もやはり無言をつらぬきました。黙って、少女の隣に寄り添い続けました。
 少女は再び目を閉じました。きらきらと輝く宇宙が無性に憎くなり、うらやましく思えたのです。逃げ込んだ暗闇はどこまでもやさしく、少女を迎え入れました。

 少女は安息を手に入れました。

 暗闇の中で来る日も来る日も少女はかつての自分を思い描きました。自らが幸福であった時期を。その行為は少女を満足させはしましたが、同時に空しさも感じさせました。あくまで過去は過去なのであって、現在ではないのです。
 再び目を閉じてから、どれほどの時間が経ったときでしょう。少女はふと、それはもう唐突に、さびしいと感じました。さびしさが来た次は、恐怖が訪れました。太陽も月も少女を見限り、どこか遠くに行ってしまったら、と思うと、恐ろしくて恐ろしくてたまらなくなるのでした。
 だからといって目蓋を上げることは、それはそれでやはり恐ろしいものでした。少女は現実から逃げたいのです。彼女にとって恐ろしいかもしれない現実を見るよりは、暗闇にいた方が安心なのです。
 それでもどうしようもないくらいに、さびしさは膨らんでいきました。幸福の正反対はさびしさではないかとも考え始めました。さびしさはどこからともなくやってきて、少女を苦しめるのでした。
 少女はさびしさはどうして生まれるのだろうと考えました。一人であるからさびしいのだと考えれば、どうすれば一人でなくなるのだろう、とさびしくなくなる方法を必死に探究しました。
 そして、ある時のことです。天啓のようにその考えは少女の脳裏にひらめきました。一人ならば、仲間を創ればよいのです。仲間がいれば、少女が寂しくなるといったことはないでしょう。
 少女は勇んで、仲間を創り始めました。これはなかなかに難しく手間のかかる作業でしたが、少女は苦に思いませんでした。さびしさの方が、彼女にとっては大問題なのです。
 幾度も幾度も挑戦して創られた初めての仲間は、少女に比べて本当に小さな生き物でした。それでも少女にとっては大きな喜びでした。そして小さな仲間が少しずつ数を増やしていったときの少女の喜びといったら、言葉で言い表せないほどのものなのです。感極まって泣くことや、天にも昇る気持ちと評することさえ、許されないほどの幸せであったのです。
 だんだんと仲間は増えていき、かれらの種類も豊富になりました。さまざまな仲間が共に生き、少女のさびしさはいつの間にかにどこかに飛んで行ってしまいました。代わりに少女のもとに訪れたのは、少女がとうに失ってしまったはずの幸福でした。

 少女はいまも宇宙の片隅にひっそりと存在しています。傷ついた少女が生命を生み、さびしさから幸福を作りだしたこと、これも一種の魔法でありましょう。

第二十四回さらし文学賞 | trackback(0) | comment(0) |


うそつきの魔法


 新学期が始まって一週間。放課後の教室、最前列左端の席。明子はその席の周りにできた友達の輪を眺めながら、一人大きなため息をついた。別に自分がそこに入れないことが原因なのではない。
「そういえば、昨日の夜のテレビ見たかよ? 拳法の達人の特集番組。俺、あいつと戦ったことあるんだぜ。まぁ残念ながら、引き分けだったけどな」
「うっそー! あの素手で猛獣を倒したって人と? 弘志君って強いんだねぇ!」
 賑やかな輪の中心から聞こえてくるのは、誇らしげに吹聴する弘志の声だ。懲りないな、と明子は思った。
 いつからか、幼馴染の弘志は嘘で自分を飾りたてるようになっていた。何故? 明子にも理由は分からないが、どうやら彼は嘘で自分を「強い男」とやらに仕立て上げたいようだ。
 彼は進級する度に嘘で新しい友人を欺き、まるで喧嘩の達人か優れたアスリートであるかのように、偽りの武勇伝を語った。彼の体格がそれなりにたくましかったこともあり、友人達は皆騙された。彼はいつもクラスの番長的な存在となり、取り巻きもできた。しかし、所詮嘘は嘘だ。実際の彼は喧嘩などほとんど経験もなく、スポーツも足が少し速いだけのド素人だと分かると、友人達は皆彼から離れていった。もう何度繰り返したことだろう。
 そのような現状が、幼馴染として昔から彼の一番近くにいた明子をやるせない思いにさせていた。故に、ため息をついていた。
 そしてどうやら、今年もすでに愛想を尽かされたようだ。きっかけは、集まった友人のうちの一人の発言だった。
「そんなに強いなら、弘志君、必殺技なんかもあったりしてぇ? 例えばぁ……カ○ハ○波とか!」
「いやいやいくら弘志でもそりゃないっしょ! 恵ちゃん漫画の読み過ぎ」
 一同の笑い声が響く。質問をしたのは、学年一の美女と目されており男子に人気の恵という女だ。もっとも、明子は彼女の男に媚びるような性格が好きではなかったが。
 しかし、そこはやはり男である弘志だ。恵の気を引こうとでも思ったのだろう。大きな過ちを犯してしまった。
「カ○ハ○波? ……あっ! そういえば出たことあるような。二、三回ぐらい」
 明子はこの一言で場の空気が変わったのを感じた。先程まで笑っていたはずの皆の、怪訝そうな顔。弘志に対する皆の認識が「凄い奴」から「嘘つき」へと変わっていく様子が手に取るように分かった。
 その後しばらくは「またまたぁ」などと言いながら雰囲気を悪くしないように気を遣う者もいたが、弘志の発言がジョークではないと分かるにつれて一人、また一人と彼から離れていった。明子は、目を伏せずにはいられなかった。
 皆が去り、一人になったはずの弘志。しかし明子は気付いた。まだ一人の女が、彼の横に立って会話をしていることに。
「ねぇねぇ、今からカ○ハ○波出してみてよぉ」
「いや、ちょっと、今日は調整不足っていうか……」
「一回試してみるだけでいいの! お願ぁい!」
「うーん……あっ、しまった! そういえばあれはピンチの時じゃねぇと出せないんだったぜ」
「えーそうなのぉ? しょんぼり……」
 弘志と話し続ける恵の姿に、明子はやけに苛々した。今まで弘志の嘘に愛想を尽かさなかった者などいなかったというのに、彼女は愛想を尽かさないどころか、嘘だということすら気付いていないように見える。普通あんな嘘を信じる者がいるだろうか。彼女には何かしらの下心のようなものがあるのではないか。ついつい勘ぐりたい気持ちになってしまう。
「ねぇねぇ弘志君、何か他の話はないの?」
「あっ、そうだっ! そういえばリレーの話ってのもあるぜ」
「何それぇ? 教えて」
「ちょっと何やってるの恵? 早くあっち行こ」
 まだ話の途中であったが見かねた友人が恵を連れて行ってしまったため、弘志は今度こそ一人になった。
 明子は寂しげな弘志の後姿を眺めながら、落ち込んでいるのだろうかと心配する自分に気付き、すぐその考えを打ち消す。こうなったのも全て彼自身の問題なのだから、同情する余地などないのだ。
 しかし……幼馴染として、現状を放っておくことはできない。彼が信用を失うことは、幼馴染である明子の威信にも関わる。だから明子は、弘志と一緒に帰って説教をしてやることに決めた。決して、弘志と一緒に帰りたいわけではない。

 昇降口に立ってしばらく待っていると弘志は出てきた。
「あっ、弘志じゃない。偶然ね……いつも一人で可哀そうだし、たまには一緒に帰ってあげてもいいけど」
「明子か……また俺を馬鹿にしに来たのかよ」
 明子と弘志は家が近所で、小学校低学年の頃は毎日一緒に帰っていたものだが、中学生になった今ではめっきりそんなことはなくなっていた。久しぶりすぎて、何を話していいのかわからない。しばらく無言で歩き続けていたが、先に口を開いたのは弘志の方だった。
「お前、いつも俺に対して嫌味な言い方するよな。昔はそんなことなかったのに。……そんなに俺が嫌いなのかよ」
「そ、そんなこと別にどうでもいいでしょ! それよりあんた、またくだらない嘘ついてたでしょ。そんなにあの女に気に入られたいわけ?」
「聞いてたのかよ。てか、恵ちゃんと何話したってお前には関係ねぇだろ」
「何がカ○ハ○波よ。あんな嘘、まともな人間が信じるわけないでしょ。あの女、きっと何か裏があるに違いないわ」
「恵ちゃんのことまで悪く言うんじゃねぇよ! あんな素直で優しい子を」
 明子は話しながらだんだん苛々してきた。どうして弘志はあんな女に肩入れするのか。嘘をやめるよう諭してやるつもりが、つい感情的になってしまう自分を抑えられない。
「嘘の自慢ばっかりして……あんた、何があってそんな男になっちゃったのよ」
「う、嘘じゃねぇ! 多少ビッグマウス気味なところがあるのは認めるけどよ、それは自分の成長を見越してだな」
「言い訳はやめなさい! 嘘で自分を飾って、それで『強い男』になったつもりなの? そんなことまでして強くなったふりをして何が嬉しいのよ……この嘘つき!」
 カッとした勢いに任せて不満をぶちまけた明子は、再び弘志の顔に向き直りはっとした。明子に責められた弘志は目を潤ませ、なんとも言えない儚げな表情を浮かべていた。厳つい顔に似合わない、今にも泣きだしそうな情けない顔。
 この時明子の脳裏に突然、ある光景がフラッシュバックのように浮かんだ。数年前、まだ弘志が嘘つきじゃなかった時。あの日の明子の言葉にも、弘志は今と同じ表情をしていた。弘志は何故、あの時あんな顔をしたのだろう……。
 弘志が消え入るような声で呟く。
「……弱い男は嫌いだって言ったのは、どこのどいつだよ」
 弘志が何のことを言ってるのか、明子にはわからなかった。気まずい膠着状態になる。
 その時突然、場違いな甘ったるい声が飛んできた。
「あーいたいた! 弘志くぅん、さっきの話の続き聞かせてよぉ」
 振り向かなくても恵だと分かり、明子の口から思わず舌打ちがこぼれる。
「あっ、明子ちゃんだぁ! ねぇ、ちょっと弘志くん借りてもいい?」
 明子が沈黙していると、代わりに弘志が口を開いた。
「悪ぃけど、そういうことだから」

 遠ざかってゆく弘志の背中を見届けると、明子は再び大きなため息をついた。
「…………何が、そういうことだから、よ」
恵と並んで歩く弘志の姿を想像しつつ、明子はこの苛立ちが消える魔法があればいいのになどと、くだらないことを思っていた。


       /


 下校中に寄り道して、学校の近くの河原に来ている。隣には、学年一の美女が座っている。夢のようなシチュエーションに弘志は、先程までの憂鬱な気分も忘れて高揚していた。
「ねぇねぇ、リレーの話、早く聞かせてよぉ」
「おう。あれは確か」
 小学四年生の運動会、最終競技のリレーの時だった。アンカーを務める弘志にバトンが回った時点でチームは七位。トップとは四十メートル以上離れており、誰がどう見てもたったの二百メートルでの逆転は不可能だった。しかし、弘志は諦めていなかった。
 否、どうしても諦めるわけにはいかなかった。
 走り出した瞬間、弘志は初めての感覚に襲われた。ふわっと宙に浮くような錯覚とともに、体が急に軽くなったのだ。弘志はそのまま滑るように前の走者をかわしていき、ついにトップでゴールテープを切った。しかし後に弘志がバトンゾーンを出ていたことが発覚し、チームは失格になってしまったのだけれど。
「すごーい! 優勝じゃないってところがなんかリアルぅ」
「だって、これはほんとに……」
「え? 何?」
「いや、何でもねぇよ」
「でもそんな不思議なことがあるなんて、弘志君よっぽど勝ちたかったんだね」
「…………」
 その時弘志の脳内ではある言葉が再生されていた。
 まただ。リレーの話をする時、いつも同時に思い出される記憶がある。いくら追憶の彼方に葬ろうとしても、ふとしたきっかけで洪水のように溢れ出す、記憶。弘志はどれだけその忌まわしき記憶に苦しんだだろう。あの日リレーの後で明子に言われた、忘れることのできない一言。その一言で弘志は、優しく素直だった心を閉ざし、偽りの強さを身に纏った嘘つきへと変わってしまった。強くなりたかったのだ、どんなことをしてでも……。
「どうしたの、弘志くん? すごく怖い顔してる」
 ふと我に返ると、目の前には心配そうに覗き込んでくる恵の顔があった。その優しい笑顔は、弘志のことをなじるためにわざわざ近づいてくる明子の仏頂面とは、大違いだ。恵だったら、と弘志は思う。この苦しみから解放してくれるかもしれない、と。
「恵ちゃん、大事な話があるんだ。その……俺と付き合ってくれねぇか?」
 さすがに唐突すぎたのか、戸惑ったような表情を浮かべる恵。断られることを覚悟したが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「少し考える時間が欲しいかなぁ。返事はまた今度でいい?」


       /


 弘志とのケンカから三日が経った。あの日以来、なぜか恵が弘志と話している姿を見かけない。理由はわからないが、何かがあったのは明白だった。しかしそれは、明子にしても同じことだ。あれから弘志とは一度も話していない。
 しかし、明子は今日こそは弘志に話しかけるつもりだ。何故なら、恵がいなければいつも一人になってしまう弘志が哀れで仕方がないからだ。決して、弘志と喋れないことが辛いからではない。
 大丈夫、何事もないかのように「一緒に帰ろう」と言えばいいだけだ。一度大きく深呼吸をした明子は、緊張を悟られないように気を遣いながら、帰り支度をする弘志の横に立つ。
「あっ……あんた、いつも一人で可哀そうよね。だから、一緒に帰ってあげてもいいけど」
「いいかげんにしろよ」
 思わず「えっ?」と情けない声が漏れてしまった。突然の弘志の反発に気が動転する明子を前に、一旦堰を切った弘志の衝動はもう止まれなかった。
「俺のことが嫌いならほっといてくれ! いつも俺を傷つけるようなもの言いしやがって。あの時お前がああ言ったから、俺はお前に認められたくて……どんな時も『おれは強いんだ』って自分に言い聞かせて。できないようなこともできるって強がってまで強い男を目指してきたのに……それなのに、お前は振り向いてくれねぇ。結局お前は俺の心を弄んだんだろうが!」
 明子は想像だにしなかった弘志の心の叫びに、ただただ驚いていた。明子自身、弘志に対してつい冷たい物言いになってしまうのは自覚しているが、それは別に弘志が嫌いだからではない。弘志と話すときだけ、とある理由から素直に感情を表せないだけなのだ。そんなこと、言わなくたって弘志は分かっていると思っていた。だからそんなふうに受け取られていたことがショックだった。
 そして何より、「弄んだ」という言葉が衝撃だった。明子はあの日、リレーで失格になっていつまでも落ち込んでいる弘志を見かねて『そんなに落ち込まないで、男なら前を向いて』というような内容のことを言ったのは覚えている。励ますつもりが少々棘のある言い方になってしまった気はするが、明子なりの弘志を元気づけたいという気持ちは届いていると信じていた。それが何故か弘志の中では、明子が弘志の気持ちを傷付け弄んだことになってしまっている。
 ただ弘志を元気づけたかっただけなのに、何故傷つけてしまったのだろう。明子が素直でなかったために、誤解を与えてしまったのだろうか。もう何も分からない。ずっと一緒にいて相手のことを理解しているつもりでいたのに、実際はお互いに相手の気持ちなんて全く解っていなかった。
「私は……そんなつもり」
「弘志くぅん! 一緒に帰ろ? この前の返事決まったよぉ」
 明子の声を遮るようにして届く恵の声。今日は明子の存在など完全に無視のようだ。しかし、こちらは今お取り込み中だ。部外者に邪魔されたくはない。
「悪いけど、今大事な」
「ちょっと待ってて。今支度するから」
 明子の口から本日二度目の「えっ?」が発せられた。弘志は一体何を言っているのだ? 今、小学校からの幼馴染と大事な話をしているというのに。状況が呑み込めない明子に対し、弘志はゆっくりと口を開いた。その手は明子に背を向けたまま、せっせとカバンに教科書を詰め込んでいる。
「悪ぃな明子。恵ちゃんと大事な話があるから」
 明子は思い知らされた。今の弘志にとって最も重要なのは、明子との関係ではない。今、弘志の一番近くにいるのは幼馴染の明子ではなく、恵なのだ。
 気付いた時には扉を乱暴に開き、教室を飛び出していた。

 いつもの帰り道を歩いているはずなのに、今日の明子の瞳にはいつもと全く違って映る。きっと溢れる涙のせいだろう。さっきから、考えているのは弘志のことばかりだ。
「自分が嘘つきなのを人のせいにして、ほんと最低!」
 言ってみたところで、この苛々した気持ちが消えることがないのは分かっている。
 明子はいつから弘志の前で素直になれなくなったのだろうかと考えていた。いつも一緒にいる、普通の友達だった。一緒に遊んで、一緒に帰って。弘志は当時から体格が良く、その顔も相まって怖がられることが多かったけど、明子だけは知っていた。弘志が、本当は誰よりも優しくて、素直な人だということを。だけどいつの間にか、弘志に対して友情とは違う想いが育っていて……気付いたら、弘志にだけは気持ちを素直に表せなくなっていた。
 弘志がどういう経緯で嘘つきになったのかは知らないが、もし自分が素直になれていたら、彼は変わらずに済んだのだろうか……。
 そこに至って明子はふと我に返り、必死にその考えを否定する。違う。明子がきっかけであったとしても、結局弘志に嘘つきになる資質があったためこうなっただけの話なのだ。そうだ。自分は悪くない。でも……。
 その時、道の反対側からガラの悪い男が数十人歩いてくるのが見えた。各々金属バットやチェーンで武装した姿は、口で言わずともこれから喧嘩をしに行きますと語っている。明子は月並みに怖いなと思い、道の端の方を歩いた。何事もなくやり過ごしたかに見えたその時、一人のヤンキーの会話に、明子は凍りついた。電話をしているその男は、弘志よりも遥かに屈強な大男だった。
「そのヒロシって奴も一緒に居んのか? ……そうか。それで場所は? ……分かった。すぐそっちへ行くぜ、メグミ」
 明子は足がすくみ、その場から動けなくなってしまった。
 ヒロシ? メグミ? まさか……いや、きっと人違いだ。どちらもよくある名前ではないか。偶然、他人の名前と一致したとしてもなんら不思議ではない。それにもしその二人が弘志達のことだったとしても、彼らがヤンキーと友達なだけかもしれないではないか。現に、メグミという人物とあのヤンキーが親しげに電話をしていたことが証拠だ。
 だけどもし……もし何らかの理由で、弘志が恵に騙されているのだとしたら。あまり考えたくはないが、やはり出会って数日であれ程まで急速に距離を縮めたことは不自然な気もする。それから弘志には悪いが、恵ほどの美人が弘志を選んだということ自体明子には解せなかった。
 弘志に何かあったらと思うと、背筋がぞっとして鳥肌が立った。助けに行きたい。でも明子が行ったところで、浩志にとっては余計なお世話かもしれない。それにもし二人があの電話と関係なかったら、勝手に勘違いして二人の邪魔をした、ただの痛い女だ。
 だけど……。脳裏をかすめる、今にも泣き出しそうに顔を歪める、不細工な弘志。
「……今回だけ」
 明子はヤンキーを追って、元来た道を駆けだした。


       /


「ねぇ聞いてるのぉ? さっきからぼーっとしてばっかりだよぅ。ぷんぷん!」
 恵に不機嫌そうな恵の声で現実に引き戻される。どうやらまた考え事をしてしまったらしい。こんな大事な時に限って、教室を飛び出した明子のことが頭から離れない。なんとか誤魔化そうと話を逸らす。
「あはは、悪ぃ。ところで、恵ちゃんさっき誰と電話してたんだ?」
「心配しなくてもただの友達だよぅ。そんなことよりほら、あそこで話そ」
 辿り着いたのは、一週間前に二人で話した河原だった。並んで腰を下ろすと、いよいよ聞ける返事に対する期待と不安で鼓動は高まり、体中から変な汗が噴き出してくる。
 ところがそんな弘志の緊張をよそに、恵が語り出したことは不可解なことだった。
「弘志君、前にカ○ハ○波出せるって言ったよねぇ。それを恵にやって見せてくれなぁい? それが付き合う条件だよぉ」
「えっ? だから、それはピンチじゃねぇと」
「うん。だから、こんなの用意してみたんだぁ」
 恵の視線を追って、弘志も川の反対側に目を向ける。そこで浩志の目に映ったものは、向こう岸を埋め尽くさんとするようにずらりと並ぶ、ヤンキー群れ。ざっと数十人はいるように見える。ドラマのような光景に圧倒されていると、突然真ん中の大柄な男が叫んだ。おそらく弘志よりも一回りは大きい。
「俺の女に手を出したヒロシってのはどこだオラァ!」
 それが自分を指した言葉だと気付くのに、しばらく時間がかかった。覚えもない疑惑をかけられた弘志が狼狽えていると、今度は恵が突拍子もないことを言い出した。
「カーくぅん! 弘志君が『お前の彼氏とその仲間達を全員倒したら付き合ってくれ』って恵に迫ってくるのぉ」
 弘志はこの時、ようやく恵に騙されていたことに気付いた。しかし、すでに後の祭りだ。
「てめぇぶっ殺してやる! 行くぞ、おめぇら!」
 カー君と思われる大男の一声で、なんとヤンキー達は一斉に川に飛び込み、腰の高さほどの水を手でかき分けながらこちらの岸に向けて歩き始めたのだ。
 逃げるしかない、弘志は動物的な勘でそう感じ、立ち上がり後ろを振り返った。そして、愕然とした。後方にも大勢のヤンキーが待ち構えていたのだ。もはや、逃げ場はなかった。「なんで?」と力なくこぼした呟志に、恵は冷たく言い放った。
「うざいんだよねぇ、あんたみたいなの。美人だとみれば、嘘でも何でも平気でついて必死で近づいてくるような奴。超きもいんだけど」
 その顔に、弘志の知る恵の面影はなかった。そうか。また弄ばれたのか。弘志は命の危機なのに、今自分は泣きそうな顔してるんだろうなぁなどと、妙に呑気なことを考えていた。
 敵が川を渡りきるまで、あと数メートル。
「弘志君強いんだよねぇ? 早くあいつら倒してよぉ!」
 恵の皮肉に満ちた奇声が上がる。
 どうせ逃げられやしない。弘志は死を目前に、自分の中にある後悔に気付いた。こんなことになるなら、嘘なんかつくんじゃなかったなぁ。こんなことになるなら、仲直りをしとくんだったなぁ。こんなことになるなら……。
 カー君を先頭に、川を渡りきった敵が武器を振り上げて走ってくる。恐怖のあまり目をぎゅっと瞑り、折れそうになる膝に必死で力を入れる。
 敵の武器が弘志に降りかかるまで、あと数十センチ。
 殺される。心の中で覚悟したのと同時だった。弘志の背後で突然響いた、断末魔の叫び。その直後、凄まじい爆発音が地面を揺らした。
 咄嗟に振り返った弘志の眼前に広がっていたのは、驚くべき光景だった。先程まで弘志の後方を囲むように並んでいたヤンキー達が、一人残らず地面に倒れているのだ。しかも、何故か全員丸焦げで。目前に迫っていたヤンキー達はというと、予想外の事態に口を開けたまま、皆立ち止まっていた。カー君が掠れた声で呟く。
「なんだ……今の光……」
 するとカー君の問いに応えるように何処からともなく響く、腹の底から絞り出すような低い唸り声。
「カ……○……ハ……○……」
 まさか、この声は……。
「波ーっ!」
 次の瞬間、眼前に映るカー君達の姿は爆発音とともに青白い閃光の中に消え、弘志からは見えなくなった。時間にしてほんの数秒。しかし光が途切れた時、カー君達はすでに真っ黒な塊となり、煙を立ち上らせながら地面に転がっていた。
 辺りが異様な静寂に包まれる中突然、横にいる恵から歓声が上がった。
「すごぉーい! 弘志君見たぁ? 本物のカ○ハ○波だよぉー!」
 恵はいつの間にか本性を隠し、いつもの穏やかな雰囲気に戻っている。そして「犯人を捜してくる」と言い残し、カー君達を残してさっさと走り去っていった。どうやら、すでに興味は弘志からカ○ハ○波を発動した「犯人」へと移ったらしい。
 しかし、弘志には「犯人」の見当はついていた。普段と声の調子を変えたつもりだったのだろうが、弘志の耳だけは誤魔化せない。何故なら、昔からずっと、一番近くで聞き続けてきた声なのだから。
「出て来てくれ、明子」
「あらら、ばれちゃったか」

 いつから隠れていたのか、近くの草むらからひょっこりと現れた明子は、ばつの悪そうな顔で「私魔法が使えるの」と言った。しかし、弘志は目の前に無造作に転がる丸焦げの死体に気を取られ、「へぇ、あはは」などと気の抜けた相槌を打っていた。そんな弘志の様子に気付き、明子が彼らに仕掛けた「トリック」を説明してくれた。
「あぁ、その人達なら気絶してるだけよ。魔法で死んでいるような幻覚を見せてるの。ほら」
 明子が言った瞬間、黒焦げの塊はすでに人間の形に戻っていた。
 この世の業とは思えぬ光景に言葉を失う弘志だったが、明子はこのようなことには慣れているといった様子で「魔法使い」というものについて説明してくれた。
 世界にはたくさんの魔法使いが暮らしていること。人間と魔法使いは同じ祖先を持つこと。大昔、魔法使いを恐れた人間によって魔女狩りが行われ、魔女と間違われた多くの人間の女性の命が失われたこと。そのような悲劇を二度と繰り返さないため、現在魔法使いは正体を隠してひっそりと暮らしていること……。
 どれもこれも信じがたい話ばかりだったが、実際に魔法を見てしまった以上、信じないわけにはいかない。
「魔法って、具体的にどんなことができんだ?」
「さっきみたいに光線で人を気絶させたり、幻覚を見せたり。あと、魔法で基礎体力を上げれば素手で猛獣を倒せるようになるわ」
「えっ? じゃあまさか昨日の……」
 弘志は昨夜の番組を思い出し、赤面した。下手な嘘をつくと魔法使いがいたら笑われることになるので、やめた方がいいらしい。
「何でもできんだな。魔法にできねぇことって何も無いのか?」
「たくさんあるわ。老いを止めることもできないし、時間を止めることもできない。それから、人の心に干渉することはできないの。だから私、弘志が苦しんでることに気付いてあげられなかった……ごめん」
 再び気まずい沈黙が流れる。だけど今回は、弘志には言わなければならないことがある。死ぬ前に後悔しないために。そして、本当に「強い男」になるために。
「明子……俺の方こそごめんな。俺は今まで、喧嘩ができてスポーツが得意で、番長みたいに扱われることが強いってことだと思ってた。だから、皆に嘘ついてまで強い自分を演じてきたんだ。だけど、強いってそういうことじゃねぇよな」
「私はただ弘志に、辛いことがあっても下を向かずに頑張れるような、強い心の持ち主でいてほしかっただけだよ」
「そうだよな。それなのに、勝手に勘違いして弄ばれただなんて……そりゃ、嫌われて当然だな」
「そのことだけど。私がいつ何を言ったのか分からないけど、弘志のこと嫌いだと勘違いさせるようなこと言ってたなら謝るわ。……ごめんなさい」
 弘志は言われたことの意味が解らなかった。あんなにはっきりと宣言しておいて、忘れたとでもいうのだろうか。
「あのリレーの後で俺がずっと落ち込んでた時、『いつまでもうじうじ落ち込んであんたそれでも男なの? 私そういう弱い男は大嫌いなの。強くならない限り、あんたのことは認めないから』ってお前言ったよな?」
「うそ? 私、そんなひどい言い方してた? あ、あれはただ、弘志があんまり落ち込んでたから慰めようとしただけで……ちょっと言葉間違えちゃったみたい」
 な、なんだと……。弘志はその言葉を聞いて、体の力が一気に抜けてしまった。つまり、ただ明子が素直じゃなかっただけということなのか? あの発言も、これまでの言葉も全て。弘志は自嘲気味に笑うしかなかった。明子に嫌われたと思って今まで散々苦しんできたことが、まるで馬鹿みたいではないか。
 しかし弘志は、勘違いを生むような言い方をした明子を恨めしく思うと同時に、何か心地よいものが込み上げてくるのを感じていた。それはまるで、閉ざされた心の壁を溶かす、暖かな春風のようだった。
 更にその風に誘われたように、弘志の中で長い間燻っていた感情が、長い冬眠から目覚めたように再びゆっくりと芽を出した。今ならもう一度、この感情を伝えられる。弘志は明子の方に向き直り、意を決して口を開く。
「明子。俺やっぱり、お前のことが好きだ。まだまだ弱い俺だけど、もうあの頃の俺とは違う。自分を飾ることじゃなく、本当の意味で強い男にいつかなるから。だから」
「……条件が、ある。明日皆に、嘘をついてたことをちゃんと謝ってほしい」
「ほ、ほんとか? よし、約束するぜ!」
「ど、どうせ彼女なんて今後できないだろうし、一生に一度の思い出を作ってあげるわよ」
 相変わらずの物言いに弘志は思わず苦笑した。本当に嫌いじゃないのかと疑いたくなる。
「その言い方。何とかならないのかよ」
「……どうにかできるほど素直だったら、とっくにこんな関係卒業してるわよ」


       /


 弘志の告白から一週間。放課後の教室、最前列左端の席。明子は相も変わらず一人で座っている彼氏、弘志の後姿を眺めながら、気を抜くと緩む口元を必死に引き締めていた。すると、帰り支度を終えた弘志が立ち上がり、ニタニタしながら近づいてきた。
「よぉ明子、一緒に帰ってやってもいいけど」

 いつもの帰り道。小学生以来久しぶりに、毎日一緒に帰る日々が続いている。懐かしい気持ちに浸っていると、弘志もそうだったのか、突然あの頃の話を始めた。
「俺って昔から、告白する度に条件ばっかり出されてるよなぁ。あの時もそうだっただろ? 小学四年生の頃にお前に告った時。お前『リレーに優勝したら付き合ってあげる』っていうから、そりゃもう必死だったよ。そしたら、何故か急に体が宙に浮いてるみたいに軽くなって…………おい」
 どうやら、やっと気付いたらしい。
「そんなことするならわざわざ条件なんて出さなくても……お前、どれだけ素直じゃないんだよ」
「うるさいわね! あんな女に告白した奴に言われたくないわよ!」
 せっかくずっと好きだった弘志と付き合えたのに、恵のことを考えるとまだあの苛々に襲われる。嫉妬してたんだ、と今になって分かる。明子は、そんな自分が心底嫌だった。弘志の彼女は自分なのに、いつまでも自信を持てないでいる自分が。
「ちがっ! あれは一時の感情というか……本当はずっとお前が好きだったんだよ!」
 だからこの言葉を言われた瞬間、魔法にかけられたみたいだった。霧が晴れるように消えていく、苛々した気持ち。それはまるで、人の心にも効く、本当の魔法……。
 私もずっと好きだったよ。そんな言葉、素直じゃない明子には言えない。まだそんなに強い人間じゃないから。だからせめて、精一杯の愛情を込めてこの言葉を贈ることにする。

「うそつき!」

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非日常のような日常の話

「ああ、ごめんなさいね。携帯は持っていないの。――次の講義遅れちゃうから」
 それは余りにあっけない、リンと私の十年ぶりの再会だった。
 

 昔、私は気が弱く泣き虫だった。友達なんて一人もできないし、男子からはしょっちゅういじめられていた。そんな折、小学校に入学する前後あたりに、近所にリンが引っ越してきた。リンと初めて会った時、私は彼女が年上かと思った。背は高く、まだ幼いながらもその表情には、彼女の名前「華凜」のように、凛としたものが感じられたからだ。
 私とリンが仲良くなるのにそれほど時間はかからなかった。いつも泣いている私が放っておけなかったのか、いつも私の側にいてくれて、大丈夫? と気にかけてくれた。頭をなでて慰めてくれたこともあった。リンは私にとっての姉のような存在だった。
 
 小学三年生のときに私は転校することになった。
「リンちゃん、私もうすぐ転校しちゃうの」
 リンは一瞬驚いたようだったけど、泣きじゃくる私の頭をなでた。
「……遠くへ行っちゃうの?」
「うん、ずぅっと遠く」
「もっと遊びたかったのに……」
 リンも涙を浮かべているのが分かった。
「もうリンちゃんと会えないのかな」
「……会えるよ、きっと、会える。私が会いに行くよ。もしかしたら、明日にでも会えるかもよ?」
 二人は一緒になって笑った。そんなのが無理なのは十分わかっていた。だから、「明日に会える」そんな突拍子もない言葉がたまらなくおかしかった。


 大学は毎日が楽しい。新しい友達もできたし、好きな人もできた。勉強も順調。前期の単位は大方取れたし。
 今日から後期の授業が始まる。長い長い夏休みを経て、久しぶりに出会う友達と夏休みの事を話す。それから、これからの授業の予定を話す。
 話を終え、友達と別れた後、一限目の講義室に向かった。この授業は後期から新しく取る教養科目で、他学部の学生もいる。だから、教室には知らない人ばかり。友達は少しでも多い方がいいと思う私は、近くの席の子に積極的に話しかけた。いくらか話した後、私はこう切り出す。アドレス交換しよ? またメールしようよ、と。この戦法(?)で交換できなかった人は今だかつていない。アドレスを交換することで、お互いに交流手段ができるわけで、安心できるのだ。いわば既成事実を作っちゃえ! ってこと。講義前に三人も交換できたので、この作戦は今回も功を奏したのだ。
 この講義は席が指定されるので、先生は座席表を回し、名前を記入してほしいと言った。私は順番的に最後の方なので、座席表をみて、知り合いがいないかとか、さっき交換した友達はどこにいったのかなとか、見ることができた。
 そこに、私の列の一番前の席に、彼女の名前「戸田華凜」が書かれていた。
 授業が終わり、私は一目散に彼女のもとに向かった。彼女がリンである保証はない。同姓同名だってあるかもしれない。でも、確かめない訳にはいかなかった。
「リ、戸田さん」
 危うくリンと言ってしまうところだった。それだけ私は彼女がリンであることに大いに期待していた。同時に十年ぶりに会う親友に会えることに私は興奮していた。もしかして、もしかしてって。
 彼女は顔をあげて、私の顔を見るやいなや、すぐ目線を下におとし、
「ああ、ごめんなさいね。携帯は持っていないの。――次の講義遅れちゃうから」
 と言った。そして私の顔をろくに見もせず、カバンを持って教室を出て行った。
 間違いない、リンだ。一瞬見ただけですぐに分かった。多少顔立ちは変わっていたけれど、昔のリンの面影が残っていた。でも、リンは私に気づかなかった……? いや、向こうはとうに私の事など忘れている……? まさかリンに限ってそんなこと……。
「待って、戸田さん!」
 今度はリンとは言えなかった。そう言ってはいけないような気がして。私は扉を開けて、廊下に飛び出した。しかし、リンの姿はもうなかった。

 その日、私はサークルに参加する気になれず、講義が終わってからすぐ、家に帰った。講義の間も自転車をこいでいる時も、ずっとリンの事ばかり考えていた。昔の記憶と今朝の記憶がリピート再生されて、何度も私の心を締め付ける。別にリンを恨んでるわけじゃない。ただただ悲しかった。泣きたいぐらい。

 母から電話がかかって来た。出たいとは思わなかったけど、何かあったと思われては面倒なので、渋々電話にでる。学校生活の様子とか、家事とか、そういう日常のことを話した後、私はついでのようにリンと会ったことを話した。
「え!? 華凜ちゃん優衣と同じ大学だったの!?」
「……もう、うるさいなぁ。そんな驚くことないでしょ」
「驚くわよ! なんせ十年……ぶりだっけ? 感動の再会じゃない! よかったわねぇ~。奇跡ってこのことを言うんだわ」
「そんなんじゃないって」
「え?」
「そんなんじゃないってば!」
 つい声が大きくなってしまった。
「――なにか、あったのね。話してみなさい」
 母にはいつも私の考えていることをよく見透かされる。私は観念して、今朝あったことを包み隠さず話した。
「それで? 優衣はどうしたいの?」
「どうするもなにも、向こうが忘れてるんじゃ、どうし」
「なに気弱なこと言ってるの! 今聞いた限りでは、とてもそうは思えないけど? 華凜ちゃんが優衣の事忘れてるって絶対は言えないじゃない。もしかして、たったそれだけの事でへこたれてるわけ?」
 言葉の途中で切られたうえ、説教じみたことを言われるので、私はかっとなって言った。
「何よ、何も知らないくせに! リンはあの頃のリンとはもう違うのよ! 私のことを本当に忘れてるかもしれないでしょ。そうしたら、私だけ覚えていて、そんなの……そんなの……」
 私はいつのまにか泣いていた。
「少しあなたを責め過ぎたみたいね。でも、これだけは母親の言葉として聞いておきなさい。人は変わっていくものよ。性格も外見もね。でもね、心にある一本の筋だけは変わらないものよ。人はそれを誇りとして生きていくのだから。優衣は華凜ちゃんのかわってしまった部分を見ただけよ。それか、もしかしたら、中身は全然変わってなくて、本心を隠しているのかもしれない。だから、今朝だけのことで決めつけるのはよくないわ。きっと彼女には彼女なりに思うところがあるのよ。昔はあなたが助けてもらったんだから、今度はあなたが助ける番よ」
 私は黙って母の言葉を聞いていた。自然と気持ちが落ち着いていた。
「……はは。お母さん、いつも説教じみたこと言うんだから」
「あら、またやっちゃったか……ははは」
「うん、でも、ありがと。私、頑張るね」
 私はそう言って電話を切った。今度は私の番、か。

 次の週の一限目、リンと唯一会えるこの授業に、私は望みをかけた。なにせ、学部さえも知らないのだから、貴重なこの時間を有意義に使わなくては。リンは授業が始まる五分前に来た。リンが席についたのをみて、私は席を立ち、リンのところに向かう。
「戸田さん、話があるの。少しでいいから」
 私の、先週とは違う真剣な表情を見たからか、リンは少し圧倒された様子ながらも、うなずいてくれた。よし、第一関門突破! 
 授業はいつもより、十分ほど早く終わった。少しは長く話せるかなと思うとうれしかった。私はリンを中庭に呼んだ。(廊下だと、ほかの人をきにしてしまうので)ベンチに座り、話を切り出した。
「ごめんね、急に。私は」
「優衣……でしょ? 成田優衣」
 また話の途中で切られてしまったが、リンは私の旧姓を言った。今は成田ではなく葉山だが、そんなことはどうでもよかった。
「お……ぼえてたの? だって、先週話したときは、忘れてたみたいだったのに」
「覚えてるわよ。十年前、一緒に遊んだこともね」
 リンは淡々と話している。別に懐かしくもない様子で、どこまでも事務的に。対して私はリンが自分を覚えてくれていたことにとても有頂天になっていた。
「ねぇねぇ、リン。今じゃろくに話す時間もないし、ゆっくり話がしたいな。今週暇? 本当はサークルあるけど、面倒だからサボっちゃえ! ははは!」
「……あなたはそうやって、大学生活を謳歌できてうらやましい限りね。何の心配事もなく、日常をただただ平凡に過ごしていける」
「ど、どうしたの急に」
「あなたがうらやましい。妬ましいほどに」
 リンは淡々と話続けるが、その言葉一つ一つには怒りが含まれていた。
「大学生活を満喫することの何が悪いの? 自由な大学生なら、思いっきり楽しまなきゃ損でしょ?」
 私はムッとなって言った。
「自由……ね。その時点であなたは幸せ者よ」
「ねえ、さっきから何なの? 私が言うこと言うことにつっかかってきて。そんな嫌味を言うなんて、性格変わったね、リン」
「それを言うなら、あなたも性格は変わったわよ。180度ね。昔はおとなしくてかわいらしい子だったけど、今はズバズバものを言うようになったもの」
 性格が変わったリンに対して起きる感情は驚きよりもいらだちだった。リンの言葉の意味が分からなかった。普通に過ごすことの何が悪いのか。
「……もう、いいよ。リンはやっぱりあのころのリンとは違う。あの優しいままのリンだと思っていたのがいけなかったみたい。――じゃあね、リン」

*****

「じゃあね、リン」
 優衣はベンチから立ち上がり、校舎の方へと走っていった。
 十年ぶりの再会だった。先週、優衣が話しかけてきたとき私は外見こそ違えど、彼女が成田優衣であることに間違いないと思った。十年ぶりに会えたのだ、私はとても嬉しかった。けど、今日優衣と話してみて合点がいった。この子は、毎日を楽しく生きている。私と違って。
 それがひどく妬ましかった。そして、この感情をよりにもよって優衣に対して出してしまう自分が嫌いだ。こんなこと、優衣のせいでもなんでもないのに……。
 私は一人ベンチに残され、茫然としていた。

*****

 私は後悔していた。リンはきっと何かを抱えているに違いない。なのに、自分の、リンの理想像を勝手に作って、彼女を責めてしまうなんて。ついかっとなって、リンにあんなひどいことを……。

 後悔ばかりでは先に進まない。次会ったらちゃんと謝ろう。そして、彼女の手助けをしよう。


「リン、先週はごめんなさい。あなたが何を抱えているのかも知らずに、ただ能天気に……」
 次の週、再び私たちは中庭のベンチに座った。私の誘いを、リンは今度はしっかりとうなずき、承諾してくれた。
「優衣、私も言い過ぎたわ。こんなこと、あなたに言ってもしょうがないのに。ただの八つ当たりだった」
「ねえ、リン。私たちまた十年前みたいに戻れるかな?」
「――それは、無理……かな。まだ再会してちょっとしか経ってないし。お互いのこと、知らないことが多すぎる」
「そうかな? 私はそうは思わないけど。ああ、でも、リンが抱えているものが分かるまでは、昔のようにはいかないかもね」
「私が抱えているの……。分かったわ、全部話す。今日の放課後空いているかしら?」
「うん」
「じゃあ6時に、またここで」

 6時ともなると、あたりは薄暗かった。少し風が涼しい。ベンチの近くには街灯がある。照らされた光の下に、リンはいた。私はそれをみつけ、手を振りながら彼女のもとに向かった。リンは左手を軽く挙げるのみで振り返してはくれなかった。
「じゃあ、話をするわね。今までの私のこと」
 話はリンの方から切り出された。そして、彼女の次の一言に私は唖然としたのだった。
「私は魔法がつかえるのよ」
 リンは私の次の言葉を待っているようだった。まるで相手の出方を窺っているような、そんな様子で。
「ごめんいきなりで驚いてるんだけど、魔法ってやっぱり、マンガとかで出てくるあの魔法だよね?」
「そうよ」
 とても冗談を言っているような目ではなかった。魔法を使えるということは色々便利ではないのか。そう思ったが、私は口には出さなかった。それはあくまで私が持つ、魔法に対する想像にすぎない。彼女の重荷となっているなら、魔法とはそんな万能器のようなものではないのだろう。
「魔法が使えるせいで、これまでに何か嫌なことでもあったのかな」
「魔法が使えて、すごいとか、あるいは、こんな突拍子もない話を笑ったりしないの?」
「だって、そのせいで嫌な思いをしてきたんでしょう? なら魔法ってそんな良いものじゃないことくらい分かるよ」
 リンは心底驚いているようだった。そんな答えが返ってくるとは思わなかったとばかりに。
「――やっぱり、優衣は他の人とは違う。他の奴らなんか、ただ私の能力を羨ましがるばかりで、誰一人として、私の気持なんて考えてくれなかった。優衣。あなたになら全てを話せる」
「いいよ、私には話を聞くことしかできないかもしれないけど、それで少しでもリンの心が和らぐなら」
「ありがとう。
 ――ふぅ。話すわね。この能力を得たのは、小学校6年生のとき。別に何か儀式をしたわけじゃない。ただ普通起きたら、もうすでに魔法が使えるようになっていたのよ。最初は喜んだわ。だって、テレビで憧れていた魔法少女に自分がなれたのだもの。当時、ずっと見ていた魔法少女のアニメがあってね。その主人公と同じことをよくやっていたわ。火を出したり、氷を出したり、とかね」
「そんなことやってたら大騒ぎにならない?」
「大騒ぎとまではいかないけど、少し騒ぎにはなったわ。私は治癒魔法が特化していたから、攻撃魔法自体はあまり強力ではなかったのだけれどね、まあ何もないところから炎とか氷が出たら驚かれるわよね。両親も、外では使わないようにって私にしょっちゅう言ってたわ」
「放火とかと間違えられると大変だしね」
「そう。小学校まではかわいいものよ。そして中学生になった。これから地獄の始まりよ。
 中学は地元。だから、私が魔法を使えることを知っていた子がいて、あっという間に広まった。人に会うたびに、魔法を見せて見せて、とせがまれた。そのころは他人にはない私の個性として、皆にみせるのがとても楽しかった。自慢したかったから。私は学校中の人気者になったわ。
 でも、分かるでしょうけど、人気者を妬む奴がいるのよ。そいつらは、私を憎み、嫌い、蔑んだわ。女のイジメって陰湿なのよね。暴力だけじゃない。噂が噂をよび、でたらめな噂話までとびかった。あいつは魔法を使ってカンニングして、テストの点数をあげているんだとかね。あげればキリがないわよ。私がどんなに誤解を解こうとしても、誰一人聞く耳を持たなかったわ。私はどんどん孤立していったわ。いじめられているのなんかと仲良かったら、今度は自分が標的にされてしまうかもしれないものね。次第にいじめはエスカレート。魔法が使える私が気持ち悪いとまで言われたわ。ついたあだ名が「化け物」。
 私は耐えられなかった。学校に行けなくなった。楽しい学校生活が嘘のようだった。……それが、一回目」
 私はまさかリンがいじめられていたなんて、想像できなかった。やはり淡々と話す彼女は、ずっと閉まっていた箱を一つ一つ開けていくように、慎重だった。その箱は宝箱ではなく、パンドラの箱。
「両親がみかねて、私を転校させたわ。もう私が魔法を使える事を知る奴はいない。学校では魔法を使わなければいい。そう思っていた。
 中3のころ、私は親友がいたわ。面倒見がよくて、かわいらしい子だった。最初に話しかけてくれた子だったから、色々と思い入れはあったのよ。その子には好きな子がいたの。私はその男子にその子が告白する前日に、こう言ったわ。
『私、魔法が使えるんだ。明日の告白が成功するようにしてあげる』当然、そんな魔法なんてないわ。でも、その子が緊張を少しでも和らいでくれるならってね。次の日、告白をしたわ。そしたらその男子は、その子ではなく、私が好きだった」
「その女の子はなんて?」
「お前が魔法をかけて、あの人を取ったんだ! お前のせいで、お前のせいでってね」
「そ、そんな……。ただの逆恨みじゃない」
「そうよ。今ならそう言える。けど、その時の私は本気で男子生徒に魔法をかけてしまったんじゃないかと思ってしまってね。その女の子のあまりの豹変ぶりにすごくショックをうけた。それが一番大きくて、正常な考えができなかったのかもしれない。この時はショックが大きかったわ。その女の子を恨んだんじゃなくて、自分が魔法を使えることを至極恨んだ。なんで私ばかりこんな思いをしなくちゃいけないのか。どうして私なのか」
「そんなことが……」
「それで終わりじゃないわよ」
「え?」
「自殺もしようとした」
「う……そ……でしょ?」
「首つりにリストカットに……。何回もね。でも、最初に言ったでしょ。私は治癒魔法に特化しているって。傷口は塞がり、飛んでいた意識が戻る。何度やってもその繰り返し。死にたくても死ねない。生き地獄よ、こんなの」
 私はリンを抱きしめていた。少しでも彼女を慰めてあげたかった。もし、その場所に私がいたのなら、こうして抱きしめていられたのなら、彼女はそこまで思い詰めることはなかったのだろう。
「ごめんね……。ごめんね……」
「優衣が謝ることないでしょ? ……フフ、優衣ってば、昔から泣き虫なんだから」
「だってぇ、だってぇ……」
「でも、こうして、優衣とまた会えたのだから、私は今幸せだよ」
「うん……」
 慰めるつもりが逆に慰められてしまった。

 落ち着いた後、私はリンに言った。
「覚えてる? 私がいつもリンに慰めてもらって、助けられたこと」
「うん」
「今度は私がリンを助ける番」
「え?」
「私は魔法の知識なんて何もない。けど、大学生活を楽しいものにしてあげられることはできる。困った時はいつでも相談に乗ってあげる。こんなことしかできないけど」
「ううん、十分。いや、十分すぎるよ。こんな……こと言われるの初めてで」
「あれぇ~? リン泣いてるの~?」
「う、うるさい!」
 二人は一緒になって笑った。あの頃のように。

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acceleration

「だって、ねえ」
 一人の少女がそう言って、ぽいと机の上に週刊誌を放り投げた。昼休みも半ばを過ぎ、教室はけだるい空気に包まれている。
「いくらなんでも、ねえ。加減ってものがあるわよね」
 リーダー格の少女が長い黒髪を払ってそう言うと、周囲の少女たちは口々に同意した。
 彼女たちが話題にしているのは、最近街を騒がせている事件だった。週刊誌の開かれたページには、ハリネズミを思い切り膨らませたような化け物と、それに飛びかかる人影が写っている。それは子供向けに撮られたドラマのような、いかにも現実味の薄い写真だったが、しかし確かに現代日本の光景なのだった。
 人を襲う化け物が出現するようになってから、もう数ヶ月が経っただろうか。自動車事故よりは死傷者数の少ない、しかし確実な脅威は、ぼんやりとした圧迫感を伴って人々の生活を浸食していた。これを気にしていない人間などいない。どこからともなく現われる化け物のこと、どうにも対応の遅い国のこと、そして――魔法少女のこと。
「怪物が出たから倒しました、それはいいわよ。ありがとうだわ。でも、あたりをまるごと吹っ飛ばすってどうなのよ。ねえ」
 とんとんと細い指先で週刊誌を叩きながら、リーダー格の少女は言う。いかにも訳知り顔の、子供を諭すような物言いだった。
「あのあたり、結構いいお店あったのにねー」
「もったいないよねー。あたし角のほら、あの看板が丸いとこ、店長と仲良くなって値引きしてもらえるようになったとこなのに」
「えーなにそれ。いいなー。今度私の分も買ってよ」
「今度はないでしょ」
「あ、そっか」
 きゃらきゃらと少女たちが会話に花を咲かせる中、一人黙って顔をこわばらせている少女がいた。内向的で何事にも控えめな彼女は、どちらかというと華やかなこのグループの中で隅っこの位置にいて、あまり喋ることこそないが、それでもいつもなら微笑むくらいのことはする。
「どうしたの? そんな顔して」
 目敏くリーダー格の少女に話しかけられて、彼女はびくりと肩を震わせた。あまりに大げさなリアクションに会話が途切れる。多くの視線にさらされて、頬を紅潮させながらも彼女は口を開く。
「あ、あの、それはちょっと、その、ないっていうか」
「なにが?」
「そこに文句を言うのは違うんじゃないかっていうか、その、ね……」
「魔法少女のこと? でも、いくらなんでも被害が大きすぎない? 怪物より街を破壊してるじゃない。調子に乗ってる証拠よ」
「そ、そんなことないと思うし、でも、それはそうなんだけど、でもね、えっと……」
 嗜虐心を刺激されたらしいリーダー格の少女になぶられて、彼女の声はどんどん小さくなっていく。
「でもやっぱり、人の命を守るために頑張ってるんだと、思うし、だからそんな、頑張ってる人だから、ええと……」
「頑張ってても結果がこれじゃしょうがないじゃない。でしょう?」
 リーダー格の少女がそう言うと、グループの少女たちは頷き合う。いつものようにやりこめられてしまった彼女は、口をつぐんだまま、顔を俯けて、手をきゅっと握っているのだった。


 星の光が月のように明るい夜を、星月夜と呼ぶ。空に雲はなく、月は煌々と下界を眺めている。闇は冷淡な星光に追いやられて物陰に潜み、夜気はりんと張りつめている。
 その中を駆ける人影があった。青空を写し取ったかのような服、燐光を纏う両手のクロー。髪を束ねるリボンは白く、屋根を駆けるブーツは黒く。伊達や酔狂でもこれは嫌がるだろうといういでたちでありながら、そこに遊びの気配は一切ない。なぜならば――なぜならば、彼女は魔法少女だから。
 彼女が目指しているのは、日頃通い慣れている学校だった。魔法によって強化された感覚が、敵はあの白い立方体に潜んでいるのだと告げる。家々を飛び渡り、彼女は屋上に降り立った。そのままクローに魔力を集中させ、振り上げる。
 地の利はこちらにあるとはいえ、わざわざ敵が待ち構えている校舎の中に入るのはリスクが大きすぎる。確実に勝とうと思うなら、校舎ごと叩き潰してしまった方がいい。
 そう考えたところで、鋭敏な感覚が校舎の中にいる人間の存在を捉えた。二、三、いや、もっと。
 僅かな逡巡の後に、彼女は構えを解いた。迂闊なのはわかっているが、出来ることなら助けたい。最後に冷たい夜気で肺を満たして、彼女は屋上のドアをゆっくりと開けた。
 夜の校内は一種異様な静けさに包まれて、昼間の姦しさの面影はない。こうも不気味では怪談が湧くのも無理はないなどと益体もないことを考えながら、彼女はとりあえず手近な人間のところへ向かう。
 人間がいたのは奇しくも彼女の教室だった。平凡な中年男性が、ぽかんと虚ろな顔をして教卓に腰かけている。彼女が遠慮がちにドアをからりと開けても反応がない。危険とあらばいつでも飛び出せるように準備しながら、彼女はゆっくりと男のところへ近寄った。入口からは影になって見えなかったが、その手には柳刃包丁が握られていた。身構える彼女を無視して、男は柳刃包丁を振り上げる。そして、最期まで彼女のことを認識した様子もなく、自分の腹を切り開いた。
 勢いよく飛び出た臓物が木目調の床を汚す。あまりのことに唖然とする彼女は、自分がよろめいたことにも気付かなかった。何故。どうして。ぐるぐると頭の中で回る疑問を押さえつけることもできず、目の前の惨状から目を逸らす。こみ上げる吐き気を堪え、彼女は口元を押さえる。
 不意に、その細い首に絡みつくものがあった。生暖かく濡れたそれは素早く彼女の首を締めあげて呼吸を狭める。一体どこから。触手の出所を見て――彼女は、声にならない悲鳴を上げた。醜悪な肉の芋虫。その出所は、教卓に腰かける中年男性の腹に開いた傷だった。柔らかい皮膚を蠕動させ、にゅるにゅると男の腹から這い出して来るそれは彼女の身体にまとわりつき、じわじわと締め上げていく。
 腸だ。
start はやく―― speed はやく―― subsonic はやくなれ
 呪文と同時に、手のクローが閃光を放つ。亜音速にまで加速した鉄爪は教室を半壊させ、彼女の身体を縛める肉縄を消し飛ばした。荒い息をつきながら、彼女は廊下に彷徨い出る。ちくしょう、という呟きが可憐な唇から零れた。
 騒ぎに反応してやってきたのか、廊下には人間が犇めいていた。誰も彼も虚ろな顔をして、手に刃物を持って、腹に作った傷口から肉触手を伸ばしている。まだ傷を作っていない人間の腹はぼこぼこと膨れてはへこみを繰り返し、内に潜むおぞましいモノの存在を知らせる。助けられないなら、潰せばよかったのだ。叫び出しそうになりながら彼女はクローを構え、呪文の詠唱に入る。
start はやく―― speed はやく ―― transonic もっとはやく
 クローが先程よりも一層強い光を放つ。加速を操る魔法少女である彼女の魔法は、ただひたすらに加速する――はやく、はやく。マッハ1を超える速度で振り抜かれたクローは衝撃波を発生させ、廊下にいた人間だったものを一人残らず薙ぎ払い、廊下のガラスを粉々に打ち砕いた。
 雪のようだ――とそれを見送った彼女の視線が、一点でぴたりと止まる。校庭の中心。醜い体をうぞうぞとみっともなく逃げていくあれは、屠らるるべき怪物ではないか。これだけの人間を死よりもなお辱めた、屠らるるべき怪物ではないか。
 窓枠を蹴り、校庭に着地する。逃げ切れぬと悟ったか、怪物は触手を蠢かせてこれを出迎えた。
 言葉もなく、彼女は飛びかかる。対する怪物は触手を滅茶苦茶に振り回したかと思うと、虚空から液体を噴射した。予想だにしない汚液に足を取られ、彼女は体勢を崩した。包み込むように伸びた怪物の触手がその華奢な身体を捕らえる。どうにかクローで何本かの触手を切り裂いたが、百を超える触手を前にしてはあまりにも無駄な抵抗だった。
 みしみしと少女の身体を絞めつけておきながら、怪物はなぜか止めに入ろうとしない。やがて彼女は、触手たちが自分の尻を執拗にまさぐっているのに気がついた。ああ、この怪物は人間の肛門にその触手を侵入させ、腸をあんなおぞましいものに変えてしまうのだなと得心した。みんなどんな気持ちだったんだろう、と思った。
 魔法少女は激怒した。
start はやく ―― speed はやく―― supersonic おとよりも
 音を遥かに超える速度によって発生した衝撃波は触手を微塵に潰し、余波を受けた校舎の一部を打ち砕く。粉塵舞い散る中で悲鳴を上げる怪物の体に、二本の爪が突き立てられる。加速を操る魔法少女の、その爪。あらゆるものを加速させるその魔術は、いわんや怪物の肉体をも自在に加速させることができる。
start はやく
 ――上に。
speed はやく
 ――空に。
speed-up はやく
 ――宇宙に。
hypersonic-overdrive いなくなれ
 ――加速する。
 一瞬で音速の数倍にまで加速されてしまえば、いくら人外の理で動く怪物であっても一溜まりもない。爆散する校舎を下に、怪物は加速し続ける――上へ。空へ。宇宙へ。魔法少女のクローから注ぎ込まれた魔力は地上を遥か離れても減速を許さず、加速を続ける。第一宇宙速度を超え、第二宇宙速度に到達した、かつて怪物であったものは地球の引力を離れて宇宙の暗闇へと消えていく。その身に注がれた魔力が尽きぬ限り、加速を続けながら。

 跡形もなくなった学び舎に立ちつくし、魔法少女は大きく溜息をついた。怪物を射出した地点を中心に、まわりはきれいなクレーターになっている。魔法で多少は損害を小さくしたつもりだったのだが、あまり効果はなかったようだ。
「頑張ってても結果がこれじゃしょうがないなあ……」
 魔法少女はそう独りごちて、長い黒髪を払った。

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